第23章 その7 深く静かに潜入せよ!
その7 深く静かに潜入せよ!
コアードの集結前に出撃せんと急ぐわたしたちです。
集会室で、寮の職員さんが用意してくれた朝食をいただき、体調も少しは回復した……気がします。
パンやチーズなどの非常食以外にも暖かいスープまでいただいて感謝です。
やはり食事は、特に暖かい食事は士気に大いに影響するのです!
「だから、ほら、レンも食べて。デニーやユイ、他に症状がある人もできるだけ、せめてスープだけでも。」
日蝕による魔術師の異常は、個人差が大きいのですが、どうもわたしが一番重症だったみたいです。
そのわたしが多少なりとも元気になったのですからきっと効くんです。
「……みんながクラリスみたいに単純じゃないってレンは思うの。」
「でも、顔色よくなった。」
「食べたら元気になるの?さすがクラリスは食いしん坊だね。」
リルの疑惑は不本意です!
おまけにアチコチでクスクス笑われてしまうのです。
でも、そのおかげか少しはリラックスできた子は、食欲をとりもどし食べ残そうとした残りに再戦を挑むのです。
「……確かに体が温まって頭痛が楽になった気がします。私の推理によれば新陳代謝が改善されたと思われます。」
「魔術師の日蝕症は、せーだい気持ちや思います。いらちな方ほど重いんやありまへんか?」
……意味ありげに一瞬だけ見て、遠回しにわたしをあてこするジェフィです。
相変わらず語感と行間だけで人を罵倒できる、この陰険女!
思わずにらみつけようとした時、響いたのは!
キ~ン!コ~ン!カラ~ン!……キ~ン!コ~ン!カラ~ン!……
今、鐘がなりました!
わたしたちの学園の鐘!
あんな姿に、ほとんど要塞みたいになった校舎や敷地ですけど、やっぱりわたしたちの学園なんです。
「戦隊長閣下、これは始業の鐘ではないでしょうか?」
つまり、朝いちばんの鐘。現在の時間は推定0800。
「例年ならば、日蝕は4時間で収まります。おそらく既に一時間は経過しているのでしょう。敵も、まだ戦闘も始めてませんし、3時間足らずの抗戦ならばほぼ勝利は確実だと思われます!」
デニーの推測を聞き、集会室中に歓声が上がるのです。
日蝕があと3時間で終れば、わたしたちの魔術回路も復活し、大いに有利になるのです。
しかし、あくまで例年ならば……なんです。
「デニーはん。甘い予断はあきまへん。」
「そうだ、楽観論では戦場の霧に巻き込まれ、状況も見失うぞ。」
ジェフィやケーシェの言う通りです。
例年よりも4、5時間は早く始まった日蝕です。
「そんな楽勝なら、学園をあそこまで要塞化なんてしないでしょう!みんな、気を引き締めて!」
いつ日蝕が終わるかわからない。
敵だって、予定外に早く始まった日蝕にいつまでも混乱してくれてるとも思えない。
いえ、何より敵や戦況の過小評価は戒めるべきです。
食事が終わり、手早く作戦会議です。
「デニー、状況を。」
作戦の主題は、どうやって学園に入るか、です。
「はい!屋上からの観測の結果、現在コアードの軍勢は100余り。」
ジェフィの考えた通り、他の施設や学園を支援なさる方々も襲撃されているならば、学園に向けたコアードの兵力はさほど多くはないはずです。
なにしろ魔術も使えない日蝕の魔法学園ですから、普通に考えればこの100人がとりあえずの敵と思ってもいいはずです。
「なお、学園時計塔の上に大きな赤い光を確認。学園は鐘を鳴らすと同時に厳戒灯をつけ、軍の施設として周囲に警戒を呼び掛けています。」
ここは魔法街の一画とは言え、その外れ。
学園周囲には魔術関係者よりも学府街関係者、つまり学者さんや役人さんの住居が多いのです。
そして軍学校でもある学園は、早すぎる日蝕と敵の襲撃を察知し、厳戒態勢に移行したことを、赤い灯りで周辺に示している、ということなのでしょう。
それは外出の禁止と、特に学園への進入禁止。
いま、不用意に学園に入ろうとしたら、わたしたちだってどうなるかわからないのです。
もちろん、学園に関係ない者は、殺されたって文句は言えない……。
「コアードの配置は?」
「ほとんどが正門に集中しています。」
「やはり正門は使えませんね。」
「門以外の侵入も不可能ではないぞ。攻城戦ではむしろ定石だ。」
軍人の娘ケーシェは軍事知識は豊富なのです。
亜人相手には無用とも言える攻城戦にも詳しいのです。
通常、我がエスターセル女子魔法学園の敷地は高い壁で囲まれています。
そして、更にその上に魔術障壁があり、外部からの物理的・魔術的侵入を防いでいるのです。
「しかし、現状、日蝕の影響で魔術障壁は消滅している。高い壁とは言っても城壁でもない。はしごその他での手段による侵入は不可能ではないぞ。」
ただし、少々常識的過ぎて。
「ですが、おそらく教官方もなんらかの対処をしていると思われますよ。一見何もなさそうに見えて、はしごを掛けたら、罠が作動する、とか。」
まぁ、デニーの推測の方が、ありそうなのです。
正門そのものは防御は弱く、壁も高くないのですが、ただそれだけの設備ではすぐに突破されて敗北必至。
叔父様だけならともかく、あの鬼の主任がいながらそんなことはありあえないのです。
「普通に通用門じゃダメなの?」
リルが言う通り、数mの通りを挟んで寮の向かい側に東通用門があります。
夜間や休日に寮生が学生食堂の出入りに使用しているのです。
とは言え狭い門なので、一人かせいぜい二人ずつ‥…。
まあ、20名に足らない今のわたしたちなら、何もなければそれでいいんですけど。
「ですが、各通用門には数名ずつ、見張りがついています。突破するには戦闘が不可避でしょう。」
そういう事態は予想済みなんです。
戦闘になって、わたしたちを迎えてくれようとしたところに、開いた門から敵が侵入……なんてことになったら最悪です。
「そもそも、教官方がわたしたちを入れてくださるかどうか。」
「え?学生が援軍に来たら喜んでくれるって思うの。」
……仲間にも、まして無垢なレンには到底言えませんが、叔父様も教官方も、わたしたちに黙ったまま日蝕の日の防戦を覚悟し、準備しておられた。
おそらくは、わたしたちの参戦を歓迎しない。
むしろ……チラ、とジェフィを見てため息をつくわたしです。
きっと寮母さんには、「そういう意図」を託しておられたと思うんですけど。
ま、いいです。
そこは知らないフリ。
寮母さんは民間人ですから、戦闘を決意した軍属のわたしたちに意見するわけにはいかないでしょうし、あってもあのメギツネがなんとかしたのでしょう。
大いに不本意ながら、暗黙の了解で共犯になったわたしですけど。
「門で確認してる時間がないのです。わたしたちは敵にも、味方である教官方にも悟られず、一気に学園に入らなくてはいけません!」
「……それ、難問すぎ。」
叔父様ならば、たぶん「むりげ~」とかいうのです。
「おいでやすやのうておこしやす言うてもろうのは、しんどいことですなぁ。」
その言い方、どこがちがうのかわかりませんけど。
「どうしたの、デニー?」
「いえ、こんなときこそこれの出番なのです。」
背嚢をゴソゴソしていたデニーがとりだしたのは、なぜか一冊の使いこまれた、そして悪名高い……
「「「「デニーノート!?」」」」
そうです。
醜聞探偵と称されたデニーの調査の集積物!
「そんなの破っちゃえばいいの!」
「焼く!」
義姉妹たちの気持ちは大いに賛同したいのですが。
「まあまあお二人はん。デニーはんの調べたことが役立つこともあるかもしれまへんし。」
そうなのです。
調べた内容によっては……。
「そうかなぁ?教官方の秘密の趣味とか、あたいたちのムネのサイズとか下着とか、そんなのしか書いてないんでしょ?」
「バラバラにしたいって思うの!」
「絶対、焼く!炭も残さない!」
それなら「酸」の術式で一欠片残らず溶かすんです!
「これです!これなら、いけますよ!」
なのに、わたしたちの殺気にも破壊衝動にも全く気づかないデニーです。
なんて幸せな子なんでしょう。
そして、ノートを死守しボロボロになったデニーの、その調査内容に基づいて立案された作戦。
「デニーノート 教官のページ ファイル9 ヒュンレイを探れ!」
「………………。」
「こんな時に不謹慎です!」
重い沈黙の中、ヤフネの叱責が響きます。
ですがデニーが嬉々として語るのは、ヒュンレイ教官の性癖と秘密。
未だ担当する授業もなく、叔父様以上のひきこもりとして謎に包まれていた教官です。
しかし、今、行動様式に得意術式など、その姿が次々と暴かれておくのです……デニー、おそろしい子!?
「そしてガクエンサイ後の、街の復興で気づいたのは、学園の裏手に職員宿舎があるにも関わらず、ヒュンレイ教官殿はそこに入っていないのです。しかも隣の家にヒュンレイと名乗る女性が。」
隠し妻!?
まさか、あの、教官室に室内迷宮をつくるほど来客を拒んでいた人嫌いが、その点では叔父様以上と言える偏屈者が……?
「不潔!不潔です!」
「規律委員」ヤフネの叫びは、みんなの総意です!……多分。
「ウラもとれてます。マリア・ヒュンレイ。24歳……教官殿より二つ年上です。」
教官、20代前半!?
絶対「あらさー」だと思ってたのに!
驚愕の事実が次々とあらわになっていくのです。
「……おい、そんなことをやってる場合じゃないだろう。」
ケーシェが言うまでは、そんなことも忘れていたわたしたち。
「いいえ、ここまでは布石!……実は前回のコアード襲撃の際、わたしはヒュンレイ教官に重大な疑惑を抱いたのです!」
その後に続いた疑惑とは、ありそうな話しで、それを裏付ける傍証もいくつかあったのです。
「その疑惑を解明し、それを足掛かりに学園に進入するのが、今回の作戦なのです。コアード軍の集結と襲撃に先がけて実行しなくてはなりません!」
そんなデニーの宣言を聞きながら、とっさに作戦の具体的な実行を思案したわたしです。
「と言う訳で、まずは偵察です。ソニエラ、ファラファラ、やっておしまいなさい!」
「はい、戦隊長。」
「は~い♡ファラにお任せなの~♡」
「ええ、ちょっとあの、私、なにをされるんです?」
「ん。なになに!?」
目くばせで動いてくれた二人が、デニーとリトを拉致していきます。
待つことしばし。
戻ってきた二人を見るや、大歓声をあげるわたしたちです。
「リト、似合ってるって思うの。」
「デニー、デニー、ずっとそのカッコーの方がいいよぉ。」
「……お二人とも、いえ、なんも申しまへん。」
「さすが、ソニエラ!メイクばっちり!」
「ファラもいいチョイスだぜ。」
そうです。
ソニエラはガクエンサイで演劇を担当し、役者のメイクはお手の物。
そしてファラファラが、なぜか意味不明の衣装を多数所有しているのは、以前の潜入捜査で実証済み。
「いやいや二人とも、ほとんどメイクの必要なかったよ。」
「そうなの~♡衣装もぴったりなのぉ~♡」
わたしたちの前に立ってるのは、もう完全に二人の少年です!
白に近い灰色の髪にベレー帽を深くかぶってメガネを目立たなくしたデニー。
ベリーショートの黒髪がもともと男の子じみていたリト。
すっかりやせっぽちなお兄さんに小柄な弟って感じです。
冬なのになぜかハーフパンツ、いえ、もっと短いショートパンツですけど。
まあ、こんな時に女生徒が学園周辺をウロウロしたら、コアードの見張りに絶対捕まりますし。
「では、デニーとリト。二人に偵察任務を命じます!ヒュンレイ教官殿のご自宅を訪問してください!」
「デニー、リトの両名、恥ずかしながら戻って参りました!」
「ん。恥ずかしかった。」
「いやいや、ちゃんとやり遂げたんですから、恥ずかしくないですよ?」
意外に早く戻ってきた二人です。
そして偵察任務も完璧にやり遂げていました。
その報告を受けた後、即断したわたしです。
「では、二人に続いて、全員出発です!」
「「「「はい、戦隊長!」」」」」
そんなわけで寮の職員方に見送られて裏口を出て、一度学園の反対方向から回って次の通りを、なんて遠回りした上で、目標地点に到着です。
途中一度だけコアードの見張りを見かけましたが、なんとかやり過ごして。
隣の職員宿舎と比べれば小さいけれど、手入れの行き届いた、石造りのきれいな民家。
その前でコソコソしてるわたしたちです。
コン、コン、コン、コン、コンココン……そんな取り決めがあったみたいで。
デニーがノックしたら、ドアがあいて、きれいな女性が……。
「これ、ホントに?」
コクコク、というリトの同意です。
ホントに隠し妻なんだ……。
「こら、お嬢ちゃんたち、失礼だぞ。わたしは逃げも隠れもしてないんだから。」
いけません!
聞こえてました?
「すみません!」
謝るわたしたちに、コロコロと笑って返す女性です。
マリアさん、でしたっけ?
「いいえ、主人があんな人で、生徒さんにも黙ってるのが悪いんだけどね。事情はメガネちゃんから聞いたから、気にしてないよ。」
おしとやかそうな外見に反して、なんだか包容力があるというか……なるほど。
「ねえねえ、ヒュンレイ教官殿のどんなところが好きなの?」
さすがはリル!
無邪気なあなたには許されるその質問は、実はみんなの総意なのです!
「レンも知りたいって思うの。どうしてあんな困った人がいいの?」
ナイスです、レン!
無垢なあなたなら、少し失礼なことを言っても問題はまったくありません!
「……班長はんも興味深々ですなぁ。面倒な殿方には、やはり年上がお似合いや思いますけど。」
ぐっさああ!
一般論に偽装した、わたしへの狙撃は今日も被害甚大。
毎度のことながら、この陰険女は心臓に悪すぎるのです。
おかげでこの後はしばらく消沈するわたしです。
どうせわたしは叔父様よりも20歳年下のお子様なのです……。
「あら、手のかかる子ほどかわいいって言うじゃない。主人だって、外じゃああだけど、内でもそんなには変わんないけど、でもかわいいんだから。」
「「「「へえ~……。」」」」
なんて話も、わたしヌキで盛り上がってて。
でもその間、デニーは地味に働いていたらしく。
「閣下、準備完了です。学園までの地下通路、確保いたしました!」
そうです。
ヒュンレイ教官の疑惑。
それは、自宅から直接学園に入る地下通路の無許可造成とそれに伴う遅刻早退欠勤疑惑です!
「昨年のコアードの襲撃の際、ヒュンレイ教官殿は北校舎北部の空き地に防衛用迷宮を設置し、敵の侵入を大いに遅滞してくださいました。」
……それまでただの空き地だと思っていた場所に、突然あんなモノができて、茫然としたわたしでしたけど。
「ただ、ご本人は迷宮設置後すぐに帰った、とメル教官が話しておられました。」
そうでしたっけ?そうかも?でも……それがなにか?
「不思議です。敵の侵入経路がどこか不明の段階で、正門や通用門も通った形跡はなく」
確かにわたしたちやその他の人もヒュンレイとすれ違うことはなかったけれど。
「教官殿は実に短い時間で姿を消したのです。」
あんなに大掛かりな迷宮を起動して、しかもすぐに姿を消した……。
「しかも、教官殿は、あのミスター以上のひきこもりですが、教官室に住んでいるわけでもありません。教官室から出た姿を見たことすら、ほとんどありません。出退勤は?食事は?いったいどうしてるのでしょう?」
まあ、叔父様は、ホントかどうかは不明ながら禁断の術式「活力付与」で食事も不要ですけど。
「しかも、学園裏に、自宅を構え、その直線距離は数十m。」
通りの幅だけなら十mもないのです。
学園の北校舎まででも、そんなものかもしれません。
「ならば……結論は一つです!土系の精霊魔術の使い手であるヒュンレイ教官殿にとって、地下に通路を作り、それを利用して人目を避けて自由に学園へ出入りするなどというのは、児戯にも等しいことなのです!」
これがデニーの推理!
そして、実際に調査した結果……的中したみたいです!
ここが、地下通路……。
「全然そう見えませんね。」
普通の家の普通の地下室ですけど。
ランプに照らされて薄暗い、石壁に囲まれた、清潔ではありますけど、ごく普通の。
王国では、中流以上の家で地下室にワイン貯蔵庫とか冬に備えて保存食を蓄えていることは、珍しくはありません。
わたしの実家にも、小さいけれど地下室くらいはあるのです。
「でも、この木棚には車輪があって、ホラ……さ、どうぞ。」
石壁に取り付けた木扉が見えます!
魔術なしでも簡単な偽装をしていたのでしょう。
「中は暗いから、ちゃんと明かりを持って行くんだよ。なかったら貨すけど?」
ランタンは冬季装備の背嚢に在中です。
ぬかりはないのです……叔父様には。
「通路は土むき出しだけどちゃんと固めてるから……わたしは通ったことないけどね。」
カギを預けてくれたマリアさんにお礼を言い、わたしたちは扉を開けて、一人一人、マリアさんに魔法兵式の敬礼しながら通路に入るのです。
「頑張るんだよ!でも気を付けて!」
そして、マリアさんの声援を背中に受けながら、向かうのです。わたしたちの学園に。
「そう言えば、デニー。マリアさんは随分協力的でしたけど、どうやって説得したんですか?」
固いとはいえ土の床ですから、足音もそれほど響かず、話しながら前進中です。
声が大きいとヤフネが「私語厳禁です」って注意するので自然と小声ですけど。
「ええと……これです。これを届けてくれって、マリアさんが。」
これ?布で包まれた籠……お弁当?
「ヒュンレイ教官は極度の偏食に加えて重度の愛妻家らしく、マリアさんの手作り料理以外は口にしないそうです。」
しかし、今日は予定より早い出勤で、お弁当が間に合わなかった、と?
新婚夫婦のノロケ話に付き合わされたみたいで……なんだか真面目に戦闘を覚悟している自分たちがバカバカしくなるというかみじめになるというか……納得いきません!
みんなも同じ思いらしく、それぞれカベを叩いたり、足音が大きくなったり、ブツブツつぶやく子もいます。
「で、マリアさんは、絶対に学園に来ないでくれと教官に泣きつかれてるらしく、自分では届けに行けず、それで、互いの利益が一致したわけです。」
わたしたちがお弁当を届けるから、通路を開けてくれた、ということなのです。
「あと、実は私の推理にも間違いがありまして……」
「間違い?」
つまり、ヒュンレイ教官が学園に無断で地下通路をつくったり遅刻欠勤しているわけではない、ということだそうで、つまり公認!?
軍学校とは思えない自由な校風とは、生徒より教官が対象なのでしょうか?
「ヒュンレイ教官は、若くして才能がある魔術師ですが、ああいう方なので」
叔父様以上の人嫌いでひきこもりというだけで、もう社会不適格者でしょう。
「どんな研究機関も魔法学校も当然雇うことはなく、結局魔術師協会でももてあまし」
……もちろん冒険者ですら向いてないでしょう。
「ですから、うちの学園長が学園で雇用するにあたり、自宅からの直接出勤や勤務時間の自由裁量権を一部お認めになったそうです。」
それ、叔父様に認めたら、絶対教官の仕事なんかしないです!
この前だって、意味不明のネコの調査なんか勝手にしてたし、ヒュンレイ教官の方がまだ勤勉かもしれません。
「よく見込んでくれた、とマリアさんも感謝してくださっているのです。だから、学園を必ず守りたい。自分は戦えないけど、同じ気持ちをもって戦ってくれるなら、それが生徒でも応援する、と。」
……コアードの突入前で、急いでいたからマリアさんとはちゃんと話ができなかったわたしです。
いえ、見送ってくださった寮の職員方にもろくに事情を話せませんでした。
でも、それでもみなさんはわたしたちを、いえ、我がエスターセル女子魔法学園を愛してくれる。
軍学校の生徒で一応軍属とは言え、所詮は市民で学生、そして女。
それでも、こんなわたしを、わたしたちを応援してくれるのは、エス女を護りたいから。
それは自分たちの生活がどうこうだけじゃない。
きっとみなさんも、学園になんらかの可能性を感じてくださってるからなのです。
女や、日陰者や、そんな人たちでも活躍できる、わたしたちの学園に。
ランタンが照らす通路はすぐに行き止まり。
そこに梯子があって、地上に出られるのです。
先頭のリトがためらわずに上り、カギで扉を開きます。
「ん、眩しくない……」
まあ、絶賛日蝕中ですから。
ここは北校舎側にあった備品保管庫の中です。
なんて巧妙な偽装でしょう。
「さっきまでモグラだったが、外に出ても変わんねえじゃねえか。」
ジーナの言う通り、地下通路も外のそんなに明るさは変わらないけれど
「でも、星が見えるよ。」
「キレイだって思うの。」
「わたいは土の中でも落ち着くんだけどねえ。」
術者としての適性というべきか、精霊との相性のせいなのでしょうか、アルユンは土系の精霊に馴染むのです。
「でも、一刻も早くフェルノウル教官のもとに駆けつけたいわ☆」
どて。
せっかく地面に出たばかりなのに、思わず転倒するわたしたちです。
アルユン、変わりすぎ……。
「君子、豹変す」と言いますが、女子もまた豹変するのでしょう。
「アルユン、不謹慎です!」
……ヤフネの声の方がよっぽどうるさいのですけれど。
慌てて口を塞ごうとするケーシェたちですが、しかし、そんな騒ぎがいけなかったのでしょう。
「誰だ!コアードか!?」
「侵入者だぁ!」
「者ども、出会え、出会えぇ~!」
穏便に名乗り出る前に、発見され、騒ぎを起こしてしまったのです……。
「呆れたわ!」
わたしたち寮生12名プラス2名は、臨時指令室と化した学園長室……の前の廊下でズラリと正座です。
で、烈火のごとくお怒りなのが、紫色の魔術師衣装をまとったセレーシェル学園長。
「まったくです!みなさん、何を考えているのですか!」
学園一のいい人教官に似合わない渋面で叱責するのは、灰色の術者衣をまとったワグナス副主任。
「……。」
そして、いつもの不愛想で怖い主任は無言のまま。
身なりも普段の教官服です。
あの人の悪さ倍増アイテム丸眼鏡もいつも通りなのですけど。
「またね!またあなたなのね!クラリスさん!」
え、わたしだけ名指しですか……って仕方ありません。
わたしは戦隊長ですし、実際みんなを指揮して潜入したのですし。
「そうです。わたしの指示です!ですが聞いてください!」
「いいえ、聞きません。これは命令違反です!」
学園長に向って反論は心苦しいのですけれど。
「命令なんて受けてません!ですからこれはわたしの判断とわたしたちの総意です!学園を守り、この戦いを終わらせると言ってくださった学園長と教官のみなさんの意志を、期待を……?」
……ってなんです?
この雰囲気?
学園長も副主任も途中からわたしの話を全然聞いてないんですけど?
「命令を」
「受けていない?」
けげんなお顔で見つめあうお二人なんです。
そして、クククク、と意地悪く笑う主任?
「いやいや、命令書は確かに渡るよう手配したのだが……戦隊長にまで届かずにどこかで消えてしまったようだ。まったくザンネンだ。」
あ~……あ!
いえ、考えてはいけません!
頭をカラッポするんです!
わたしは何も知らないし、気づいてもいないのです!
「……あなた、ちゃんと正規の手順で渡さなかったの!」
「何を考えてるんです!冬季実習ならまだしも、今は日蝕で魔術が使えないんですよ!」
「魔術が使えない時の訓練もミッチリ積んでいる。エス魔院なんかの比でないレベルで……こんなこともあろうかと、な。」
確信犯です!
この悪魔のような人は最初からわたしたちを巻き込む気満々で!
「そうなんです?いややわぁ、ほんまに。どうりで転入してからこの学園、さすがに軍の学校やからやたら厳しい思うてましたわ。」
そしてこのメギツネは!
主任と謀ったわけではないでしょうけれど、鬼と狐がこんなところで暗黙の連携をしてくれたのです!
なんて自然な、悪辣と狡猾のこんびねいしょんに愕然とするわたしです!
そこに慌ただしい足音です。
「が、学園長、コアードからの通告です。降伏せよ。学園の施設や装備を譲渡し、全女生徒を除籍、以後軍に関わらせないと約束すれば、命は保証する、とのことです……キミたち!?」
廊下を走ってきたエクスェイル教官がわたしたちを見つけて驚きますが、それでもちゃんと伝言の任務ははたしています。
シャルノがいたら、ムダに感嘆符をまき散らし褒めるのでしょうけど。
「降伏……?」
そして学園長が、うっすらと笑い、わたしを見るのです。
「クラリスさん、せっかくここにいるのですから、戦隊長のあなたに返事をさせてあげる。」
その学園長の笑みは、いつもの上品そうなものとは異なり、そうまるで……どっかの悪魔みたい。
どっかといっても、すぐ隣にいますけど……これは思いっ切り期待されているのです!
即座に立ちあがって、魔法兵式の敬礼の後、答えんとするわたしです!
しかし、とっさに浮かんだ答えは一つだけ!
「……では、お言葉に甘えて。生徒、いえ、学園を代表してお返事させていただきます……バカめ!以上です!」
目を剥いたのは、エクスェイル教官ただお一人で、学園長もイスオルン主任も、あのいい人のワグナス副主任ですら、とっても楽しそうにお笑いです。
もちろん、仲間たちも立ち上がり、一斉に繰り返すのです!
「「「「「バカめ!バカめ!バカめ!バカめ!」」」」
その声は狭い廊下に鳴り響いて、きっと伝言なんかしなくたって、向こうに届いてるでしょう!
もう後には引けません!




