第23章 その6 クラリスの戦い 5
その6 クラリスの戦い 5
本当なら、もう朝を迎えている時間なのでしょう。
学生寮の屋上から東の空を凝視すればうっすらと青白い光を感じます。
しかし、地平線の少し上にあるのは、あるべき太陽ではなく、黒い穴。
「まるで太陽が呑み込まれたみたい……。」
思わずつぶやいたわたしに応えたのはデニーです。
なんだか細長い筒を抱えてますけど。
「さっきからあんな感じで……おそらく本当なら夜明けだったんでしょう。」
今さらながら、見れば部屋から夜着のまま飛び出したわたしとは違い、デニーもジェフィもユイだって、ちゃんとコートに長軍靴の冬季軍装です。
「あなたたち……もしかして、一晩中ここにいたのですか?」
早すぎる日蝕、学園の変貌、そしてコアードの襲撃という、立て続けの変事に状況把握が追いつかないわたしです。
ひょっとして三人が何か知ってるかもと思ったのです。
しかし返事は意外なモノで。
「はい……昨夜から天体観測をしてたんです。」
当たり前のようにそんな答えを返されて……この暴走メガネ、完徹ですか。
ちなみに抱えていた筒は叔父様からお借りした「ボウエンキョウ」だそうです。
錬金術で精製・加工されたレンズの解像度がすごいそうで、遠眼鏡よりもよく見えるとか。
「せっかくの蝕です。こないなことそうそうありまへんし。」
しゃあしゃあと言うメギツネです。
確かに四年に一度ですけど、そんな慶事みたいなものじゃありません!
魔術師にとっては凶事なのです!
「……寮母さんの許可はとってます。」
錆びた色の髪の、大人しそうなユイです。
この子もメガネをしてますけど、透き通ったレンズの向こうからちゃんと瞳が見えて……こっちは読書好きな文学少女って感じです。
同じメガネでもデニーとは大違い。
両手に抱えているのは大判の書物。
タイトルの飾り文字は「星の物語」って書いてます。
「ええ。わたしたち、実は星や星座の話が好きな仲間でして。」
……そう言えば、デニーとジェフィは初対面からそんな感じでした。
「せせこましい人間から離れてお星さん見るのは、景色ええです。」
珍しく少し殊勝なジェフィですけど、実はその人間に最も適応しているくせに。
「……うん。星座の話し、ロマンティックです。」
で、ユイは表裏なく乙女ちっくな様子です。
これでよくもまあ、この面倒くさい二人と話しが合うものです。
同好の士とはかくも得難いモノかもしれません。
「でもずっと屋上にいたんですね?なら、何か気づいたことはありませんか?蝕の様子、学園の要塞化、それにコアード……あと、あなたたちの体調は?」
そうです。
わたしたちのエスターセル女子魔法学園は、いまや敵を迎え撃つための要塞学園になってしまいました。
日蝕だって例年よりずっと早く始まってるし、敵が学園の正門前に集まっています。
そして……日蝕の間、魔術は使えず、わたしは先ほどから冷や汗もとまらないまま強い失調感を感じているのです。
星明かりしかないおかげでばれないけど。
「そうですね……魔術時計が消失して、しばらくして……今は夜明けから少したって……0700から0800だと推測されます。」
「……日蝕は、もっと太陽が天頂に来てから起こるって思っていました。でも突然吐きそうになって……今も少し。」
「コアード一党も日蝕が早すぎたのか、まだ集結しておりまへん。混乱してます。」
ジェフィに言われて、もう一度正門前に目を向けます。
よく見ると、確かにそんなに大勢じゃないし、隊列もできていない。
バラバラに集合してる?
向こうも準備ができていないのです。
むしろ学園のほうが臨戦態勢は万全に近い……これなら持ちこたえるかもしれません。
例年であれば四時間ほどで蝕は終ります。
それくらいなら魔術なしの少人数でも、あの要塞みたいな防御なら。
「……班長はん。」
しかし、呼び掛けたジェフィの声は不吉なんです。
「あいつら、軍や政府に同調者がおります……亜人おう殺と男性社会の復活は、ええ商売なる思うてはります。」
軍や政府にも、わたしたち女子の魔法兵を疎ましく思う人たちがすくなからずいるということなのですか!?
「ジェフィ!敵の標的は学園だけではないのですね!それが事実であれば私たちを容認する軍・政府の派閥の有力者も襲われるのではありませんか?」
そして、デニーの推論が正しければ……テロや暴動が王都のあちらこちらで起きるのです。
「それ、当たりや思います。もう王都のあちこちで、こないな騒動になってるでしょうなあ。」
では、シャルノのテラシルシーフェレッソ伯爵家も、エミルのアドテクノ商会も襲われるかもしれない、ということ!?
「……ですが班長はん。あちらはあちらです。学園関係者、いえ、公私ともに支援してくださる御両所は人手もお金も充分。むしろこちらはこちらでなんとかせなあきまへん。」
なんとかする?
魔術も使えない、一介の学生が、こんな重大事に?
いえ、教官方は少なくとも日蝕の日の来襲は覚悟しておられました。
それなのにわたしたち学生には何も悟らせず……。
「……デニー、寮母さんのところに出向いて、教官方から非常時の指示書や、或いは……本件についての命令書がないか、確認してください。ジェフィとユイはみんなの部屋を回って寮生に連絡して。全員、冬季軍装にて10分後、屋上に集合……お願い。わたしも着替えてきます。」
「班長はん……いえ、戦隊長はん。いつになくほいない様子やないですか……このせんどに。」
どきり、です。
ジェフィの細い、糸みたいな目が少しだけ開いて、瞳がのぞいています。
まるでわたしの心の動揺を見透かすようなのです。
わたしはその声に答えず、逃げるように自分の部屋に急ぐんです。
戦隊長。
クラスのみんなに選ばれた戦闘指揮官という役目は、もともとガクエンサイの集団魔術戦の主将のことでした。
しかし、いつしかクラスメイトの信任を得て、教官方ですら生徒たちによる自主自立の表れとして尊重してくださるようになりました。
生徒の身でありながら数々の実戦を経て、このあやふやな臨時職は、今ではクラスの要とも言える、いえ、生徒と教官方をつなぐ要職で、士官と下士官・兵士を橋渡しする先任下士官みたいな、非公式ながらかなりの権限を黙認されるようになってしまいました。
「……そうか。貴校では平民が代表になっておるということか。」
「無礼であろう!王女殿下が出場なさる試合の代表が平民!在り得ぬ!」
なんて、初対面ではレリューシア王女殿下(に成りすましていたエリザさん)とオルガさんに罵られましたけれど、今ではレリシア様ご自身がわたしの指示に諾諾と従ってくれるのです。
先日だってイスオルン主任がとってつけたようなわたしの戦隊長権限を認めてくださった。
でも……今は重いのです。
魔術も使えず、教官方の指示も仰げない今、クラスメイトの動揺を鎮め、そしてこの非常事態にどう対処するべきか、なんて重すぎる決断なんです!
このまま学生寮で待機?
いえ、ここだって学園の施設。
敵に気づかれれば抵抗もできず捕まるだけ。
では、逃げ出す?
でもどこへ?
ジェフィの推測が正しければ頼りの伯爵家も商会も、大公家だってコアードが押し寄せているでしょう。
王都の主要な通りも閉鎖されているかもしれません。
軍の施設に支援を求めるにも、そこまでたどり着けるかどうか……。
なら……戦う?
教官方とともに学園に立てこもって日蝕が終わるのを待つ?
でも……魔術も使えないわたしたちは、足手まといにしかならない……そんな状態なのに戦ったら、仲間が傷つき、死ぬかもしれない……それはダメ!絶対にダメ!
考えはグルグル回って、結論なんかはるか彼方。
いえ、きっと完全な正解の見えない今、必要なのは、きっと決断だけなのに……。
頼りたいのは、自分以外の誰か……叔父様!
そして教官方!
叔父様や教官方がこの事態を予測していたとすれば、まさか生徒に判断を任せたりしない、とは思うのです。
ですからデニーに確認にいかせたのは、それなり以上に命令書の存在を期待していたからなのです。
それだけが、今のわたしの頼みの綱なのです。
そう、わたしは自信がない。
叔父様に導いていただいた魔術だけが、それだけが取り柄の、地味で平凡な娘なのに、魔術が使えない今、みんなに指示するなんて……。
日蝕特有の不安が、恐怖が押し寄せる中、戦隊長という重責がこんなにもわたしを追い詰める。
「んん?クラリス、顔色悪い?」
お部屋ではランプをつけたリトがわたしを一目見るや、心配してくれます。
「そんなに悪いですか?」
自覚はしてますけど。
でもリトは思ったより平気そうで、少し安心です。
日蝕の間に感じる魔術師特有の不快感は個人差が大きいみたいで、さっき聞いた時には、デニーは軽い頭痛、ユイは嘔吐感を感じているみたいでした。
ジェフィには質問そのものを無視されましたが。
わたしは感覚を一つ失ったような喪失感に魔力が流出し続けるような脱力感、そして魔術回路が起動しない無力感にさいなまされ、不安、恐怖といった感情がこみ上げてくるのです。
4年前には叔父様に抱きついて泣きじゃくったくらい。
そして、それは今も続いている。
「でもレンの方が辛そうですね。」
レンはわたしのベッドで横になったままです。
もともと白い顔は青白いんじゃなくて、もう真っ白。
「今から、寮生を集めますけど、レンは寝てて。非常時だから、サイドポーチの使用を許可します。」
ポーチの中身は各種ポーションに水や非常食などです。こんな時もありがたいのです。
「でも……クラリス、アントは?」
どき、です。
叔父様は……学園にいるのでしょう。
あの、要塞と化した学園に……でも、一瞬の心配は、すぐにかき消されて。
不安がないと言えばウソですけど、叔父様が覚悟の上であそこにいるのなら、きっと大丈夫なのです。
非暴力主義者のくせに無抵抗主義者ではないそうですから……だけど!
いきなり怒りがこみ上げるのです!
わたしに黙って!
こんなわたしを一人にして!
「……なにが非暴力主義ですか!学園の改装、いえ、もはや要塞化とも言える変貌には、どうせ叔父様が関わっているに決まってるのです!よくもまあ、校舎が合体して巨大ゴーレムなんかにならなかったものです!」
拳を振りまわすわたし!
八つ当たりって自覚はありますけど。
「それ、笑えない。」
「……ふふふ。アントならやりそうだって、レンも思うの。」
もちろん蝕の影響で魔法生物は使用不可。
合体巨大ゴーレムどころか、わたしたちの独自兵装であり、簡易量産型ゴーレムとも言えるゴラオンや機甲馬ももちろん作動しない。
本当なら集結前のコアードに先制攻撃をかけるべきなのに……。
「んん?深刻?」
「……クラリスこそ大丈夫?」
いけません。
考え込んでばかりで……不安が消えなくて。
目覚めた時の悪寒もずっと続いていて。
「リトは準備いいのですか?全員、冬季軍装で屋上に集合です。」
わたしはやや乱暴に夜着を脱ぎ捨てて、クローゼットを開くのです。
「夫れ戦いは勇気なり」
そこには、以前自分ではりつけたままの戦術論の一節があるのです。
思わず一瞬立ち尽くして。
「……まるで叱られたみたい。」
制服、いえ、こっそり術生衣をまとって制式戦闘衣になったわたしです。
制服も、冬用の長軍靴も黒タイツも変わらない、布切れ一枚増えただけの制式戦闘衣ですが、少し力が湧いて来る気がするのです。
その上に冬季用コートを着込み、学生杖に小剣、サイドポーチ、帽子……一通りの装備を身につけます。
学生杖は……今日、使う時がくるのでしょうか?
生徒用指輪と、そして叔父様から戴いたあの青い宝玉の指輪も。
二つの指輪の箱も一応ポケットに忍ばせるのです。
戦闘準備は完了です。これで外見だけなら、いつもわたしなのです……そのはずです。
後は、そう、大事なのは……勇気と覚悟……。
「戦隊長閣下!寮生への伝達、終了いたしました!」
「……同じく、です。」
まるで下士官みたいに話し出したのはこんな時のデニーで、大人しいのはユイです。
「……あれ?デニーには寮母さんに命令書がないか確認を、そう指示したはずですけど?」
「はい、閣下!ですがジェフィが、寮外生の自分は学生寮は不案内だから、代わってほしい、と言ったので。私も合理的だと思いまして。」
「……おかげで早く終わったと思います。」
確かに、不案内のジェフィとユイだけでは寮生の部屋を急いで回るのにはムリがありましたか……空き部屋もあるし。
どうも初手から判断ミスみたい、不調です。
「戦隊長はん、そいでですけど……寮母はんが言わはるには、朝ごはん、用意してくだはるそうです。集会室で。」
「それは助かります。」
寮生は基本的に学園の食堂を利用しているのですが、非常時用にパンやハムにチーズ、乾燥果物などは備蓄しているとか。
さすがは軍学校の学生寮なのです。
「では、今回の命令書は?或いは非常時用の教官方から指示書か何かは!?」
非常時に備え、食事や装備の備蓄までしているのであれば、やっぱり……そう思って勢い込んだわたしです。
「……何も言うてません。」
「え?……ないんですか!?」
「うちは何も。」
……ない?
敵の襲撃を予想しておられらた叔父様や教官方が?
「……わたしたちに事前に何も知らせず、学園防衛戦にも参加させず、それで指示もない?」
「戦隊長はん。こないなこと自分らでどうにかしい、いうことやありまへんか?エス女は生徒の自主性を尊重してくだはりますし。」
「でも!自主性って……まさか、あなたは!?……戦闘行為への参加は厳禁です!」
「そいでもこれは自己防衛です。学園の生徒が学園を守るいうなら、むしろ義務と見てもらえる違いますか?」
それは一理あるのです。
未だ軍属の身ではありますが、所属する施設の守備や民間人の救助などであれば、非常時の戦闘も認められるのです。
でも!
「死ぬかもしれないんですよ!魔法だって使えない!ゴラオンだって動かない!」
「ク、クラリス?どうしたんですか?みんなそろそろやって来ますよ?」
「戦隊長はん……魔術が使えんと怖気づいてます?覚悟きめんとおくない。」
学園を守れと詰め寄るジェフィと、困惑しながら間に入ったデニー。
その二人に背を向けて、わたしは屋上の柵に手を当て、学園を見下ろすのです。
ですが、寒々とした闇の中の学園は要塞化して、わたしたちの学園には見えなくて、見ているのがつらくなって。
「……戦隊長閣下、ご命令はまだですか?」
「デニー、お前、閣下閣下と乱発し過ぎだ!閣下とは将官以上に使う敬称だぞ!」
ケーシェがデニーをたしなめています。
彼女は軍人の娘で、そういう点では厳密なのです。
「いいじゃないですか、これくらい。」
「ん。あだ名みたいなもの。」
「いけません!そんなゆるみが、あのガゼットのような三流紙に利用されて、学園もみんなも恥ずかしい思いをしたんですから!」
ヤフネは市民の娘ですが真面目な子で、いつもみんなに注意するので「規律委員」って呼ばれてます。
「ガゼットは三流紙じゃありません!……大衆紙ですけど。」
「あたいは恥ずかしくないよ!街のみんなも喜んでたし、妹たちにも自慢できたし!」
「……レンは恥ずかしいけど、でもイヤじゃないよ。クラリスもわたしたちも頑張ったんだし。」
「いくら頑張ってからといえ、過大な評価を受ければ次第に自信過剰になるものだ。」
「そのとおりです。ですから魔術も使えない今、しかも教官の許可なく戦闘するなんて、いけません!」
そして、いつの間にかわたしのチームメイトとケーシェやヤフネたちが言い争いになっています。
でも……仲間の気持ちはわかるけれど、ケーシェたちの意見も間違いじゃない。
「じゃあ、このまま教官たちがやられてもいいの!?」
「ん。もちろん学園を守って戦うべき!」
「バカな。許可なく戦闘するなどありありえない。軍人を目指す限り命令は絶対だ!」
「そうです。規則はまもるものです!」
わたしが指示をしないから、わたしが決断しないから、わたしの迷いがわたしの弱気がみんなに伝わってみんなを動揺させています。
そう、わたしが逃げているから。
戦闘?
待機?
避難?
何が正しい答えがわからないから。
「……みなさん。」
そんなみんなに、ユイが呼び掛けています。
彼女は大人しい子ですが、実はクラス委員でもあり男爵家の娘でもあり、それなりに発言力はあるのです。
「……事態は戦隊長に一任しています。自由な発言はともかく、争うのは止めて、クラリスの決断を待ちましょう。」
……それで、その場は収まったのです。
でも、それはわたしの決断が重くなっただけ。
そして、だれもわたしに代わってくれないのです。
いつしかみんなから更に離れて、一人うつむくだけのわたしです。
「クラリス……。」
側に来たのはリトです。
隣に立って、一緒に変貌した学園を見るのです。
それだけで乾いてささくれ立っていた心が、少し鎮まるんです。
「ねえ、クラリス。あなたが本当にやりたいことは何?レンは聞きたいって思うの。」
……レンまで。
冬の屋上は風が冷たくて、顔色だってまだ悪いのに。
「やりたいことですか?」
「ん。義務とか任務とかじゃなくて。」
「夢とか願いとかなの。」
……願い、と言われれば浮かぶことは一つです。
いえ、本当はもう一つありますが、それは義姉妹の二人にも言えません……多分バレてるけど。
「前にもお話ししましたけど……魔法兵になって困ってる人を助けたい、です。」
それが10歳の、叔父様に助けていただいた、魔法兵のゴーレムに救われた、わたしの誓い。
「どっち?」
「どっち……ですか?」
「特に大事なのは、前半と後半、どっちなの?」
「ん。魔法兵になること?」
「それとも、困ってる人を救う方なの?」
それは、最近叔父様にも近いことを聞かれた気がするのです。
魔法兵、つまり軍の魔術士になるのは実現可能なわたしの希望。
でも、戦いを終わらせて、全ての人を救いたいっていうのは実現不可能な夢物語かもって答えたような、そんな記憶があります。
でも叔父様は、その実現不可能なわたしの夢物語を実現してみせるって!
そう言って退官を決意なされたのです!
わたしの夢をわたしに無断で叶えるって、でもなんか違う、その時は言えませんでしたけど。
「……んじゃ、魔法が使えない叔父上が実現できること?」
「それなら魔術師のあなたが、ううん、レンたちだってできるって思うの。」
「ん。今はムリでも、いつかは。」
……魔術が使えない叔父様は、それでも時々どんな魔術師よりも魔法使いに見えるのです。
でも、それでも、魔術が使えるわたしにだって……。
「ミスターは言っておられたではありませんか……魔術を使うものが魔術師とは決まってないって。」
叔父様を真似した、あのメガネを直す仕草のデニー。
「そうそう!術式でもなんでも、使えるモノはなんだっていいから世界を変えるのが魔術師だって!」
こんな時なのに飛び跳ねる勢いで話す無邪気なリル。
「それは少し素直に聞きすぎだと思いませんか?」
でも……確かにそんなことは、それに近いことは言っておられた叔父様です。
「ですけど……クラリスはん。コアードの主張が通る人間なら、うちらはやっていけまへん。」
自分こそ、以前はその手下だったくせに……。
でも確かにそのとおりです。
「女は家庭」。
その主張だけが正しいのなら、わたしたちは学生も魔術師もやめなきゃいけない。
学園長が、教官方が、そしてあの叔父様ですら認めて、励ましてくださったわたしたちなのに。
このままではわたしの夢なんか、もう見ることすら許されない……。
なのになにもできないんでしょうか?
叔父様に甘えるばかりで、教官方に頼ってばかりで、それで夢みる資格があるんでしょうか?
でも、迷いの捨てきれないわたしに、みんなは……。
「ん、クラリス。リデルたちも世界を変えたい。」
「私は家にいるしかない女という立場がイヤです。」
「あたいも!それに戦うだけで好きなこともできないなんて、おかしいよ!」
「あないな人たちが牛耳る人間なんて、お断りです。」
「そんな時代は、終わらせたいってレンたちも思うの。」
コアードは核人主義。
一種の優性思想に基づいた集団です。
彼らが今日の日蝕にまぎれて起こした作戦が成功したら、亜人を皆殺しにするまで戦い、男性はますます戦場に追いやられ、女性は家庭に押し込められて……そして、それでも救われない。
そんな世界は、もうたくさんです!
「学園長はおっしゃいました。わたしたち、エスターセル女子魔法学園こそが、戦いを終わらせる、と!人族最後のトリデである、と!その意味はまだわからないけれど……。」
そうです。
叔父様がかなえてくださるというわたしの本当の願い。
それは子どもの頃の幼い誓い。
それには学園のみんなの、友達や教官方の力が絶対必要で!
「でも!やっと見つかったか細い希望を、失うわけにはいかないのです!」
それを思い出させてくれたのは、みんな!
ありがとう!
わたしはやっと自分のためらいを吹き飛ばせたのです。
「この戦いは負けられません!そんな戦いを見てるだけにもいきません!だから、みんな、力を貸して!!」
いつの間にか勢ぞろいしていた寮生たち。
「ん。当然。」
無口なリトは、一番の親友で、いえ、もう姉妹みたいで。
「……レンはクラリスの味方だよ。それにアントのお手伝いをするの。」
無垢なレンは、もうかわいい妹分で。
「フフフフフ。私のメガネの力、お役に立てる時が来たのです!」
スペアのはずなのに、やっぱり怪しく光るメガネ、あれはデニー自身のスキル……体質?……なんでしょうか?
「あたいもやるぞぉ!」
無邪気なリルには、いつも元気づけられてる気がします。
童顔でも年上のお姉さん。
「わたいも!フェルノウル教官をお助けするの☆」
難民の末裔らしいアルユンは、最近きゃら変が著しく、叔父様がからむと☆を飛ばすのです。
「ファラはいいのぉ~♡」
なにかと♡を飛ばすファラファラは、意味も目的も不明なUMAですが、その実力は侮れない。
正直に言えば、戦って勝てる気がしないのです。
「組長、今日の出入りは、俺様の出番かぁ!?」
クラス一の長身と怪力のジーナは、まさに主役級の活躍必定です。
でも組長はやめて。
その後も、全員一人一人決意を言ってくれました。
ユイ、ソニエラ、ピピュル……反対していたケーシェも「いったん指示が下れば従う」って。
ヤフネも「……わかりました。学園を護ることが今は正しいのですね」って同意してくれました。
これで全員一致です!
だけどシャルノ、ヒルデアにミュシファ、レリシア様に……そしてエミルがいない。
王族に貴族や上級騎士、大商人といったメンバーは寮にはいないのです。
今はクラス半分ちょっとのわたしたち14名なのですから。
「ですけど、うちも、こん場におらへん方々も、きっと気持ちは同じ思います……クラリスはん。」
ジェフィ……この腹黒陰険謀略女は、わたしとの相性は最悪です。
しかも言ってる内容は普段の彼女が絶対口には出さない類のもの。
じ~~~……ってあの糸目を見てしまうわたしです。
「いややわ、戦隊長はん。そないあけすけにらまんといてください。」
本当にイヤがってるようには見えないくらい、うっすら微笑むジェフィです。
でも、利益が一緒の時の彼女は信用できるのです……そのはずです。
「ジェフィ、あなたが言うと、説得力がありますね。」
「ほめんといてください。」
「今回は随分と積極的ですけど……そうですね。コアードの協調者が軍や政府を牛耳ったら、裏切者のあなたには居場所がありませんものね。」
「またいちびりなさる?ですけど、そう思うてくださってもかましまへん。」
ときどき見せるこの濃緑の瞳も意外に澄んでてキレイです。
「家を追い出されたうちです。こないなおもろい居場所、他にありまへんしなぁ。」
それを見てしまうと、この言葉すら信じたくなってしまうのです。
そして、いつしかわたしは、日蝕の影響が、不安や恐怖が和らいでいることに気づくのです。
これは、きっとみんなの、そして……。
「……ゴメンなさい。でも……ところで、あなた、ホントに寮母さんから……」
ですが、教官方からの命令の有無を確認したわたしの質問に!?
「なんのことかわかりまへん……知らん方がええんです。」
やっぱり!
……でも、そうです。
そういうことにするしかないでしょう。
「……責任はとってもらいますけど。」
「ああ、済んでからなら、いかようにでも。勝っても負けても、もう、ええことになってますでしょうから。」
確信犯です!
わたしも共犯ですけど。
だからもう、やるだけです!
「エスターセル女子魔法学園生徒有志は……これより、学園要塞の防衛に参戦します!」
みんなに向き直って宣言するわたしです!
「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおっ!」」」」」」
そして、みんなからわたしに、こんな力強い声が返って来るのです!
もちろん学生杖は一斉にクルクル回って宙を舞い、そしてピタリと頭上でキャッチ!
みんなの動きに一糸も乱れはないのです!……ポトリ?
「いややわ……こないな曲芸、うち、練習してまへん。」
……約一名を除いては。
ちっ、です。
いえ、舌打ちはしませんけど。
やっぱりこのメギツネにはどっかで裏切られるんです。
でも……今日は特別に見ないフリです。




