第23章 その4 中庭にて
その4 中庭にて
「……にゃあ」
「クロちゃん?」
今日も叔父様はネコ探しで、学園の外ばかり探してますけど、まさに灯台の足もとが一番暗いのです。
中庭の茂みから聞こえたのはネコの声……でもなんだか弱々しくて。
わたしがそこに向かうと、草むらの影に隠れていたのは、赤い首輪をしたネコ。
「やっぱりクロちゃん……でもなんでケガなんか!?」
その右前足には、なにかが刺さっていたのか深く傷ついて血を流しているんです。
わたしは迷わず緊急用のサイドポーチから「治癒」のポーションをとりだし、クロちゃんに飲ませるのです。
きっと後でポーションの補充を申告することになりますけど。
小瓶の中身を素直に飲んでくれたクロちゃんは、みるみる傷が治って……ホッ、です。
その後も、クロちゃんはわたしから逃げもせず、長い尻尾をピンと立て、わたしにスリスリ。
大人しく撫でられてくれるのです。
鈴のついた赤い首輪も似合ってます。
もう、なんて可愛いんでしょう!
つい数日前までネコは妖獣なんて言ってた自分が信じられないくらいです。
そのままわたしに抱きあげられて、一緒に中庭の東屋に行くのです。
そこにはチームの仲間が待っていました。
放課後の待ち合わせなのですが……。
「げ、ネコ!?」
親友というよりもはや義姉妹のリトが、わたしから大きく後ずさっています。
「なんでネコなんかが学園にいるんです?」
デニーはいつものメガネを曇らせてます。
「ダメダメ、クラリス、危ないよ!」
いつも明るく無邪気なリルですら、首と両手をフルフル振って……つられて大きなムネもユラユラですけど。
「ネコなんかに触ったら危ないってレンも思うの。」
妹みたいなレンも、ネコをにらみ、わたしをたしなめているのです。
王国では、ネコは怪異を起こし人を惑わす妖獣と言われています。
ある者は巨大化したネコに食べられかけたとか、人気のない夜道で美女に誘われたら実はネコが化けていたとか、そういう噂はこの王都でも聞いたことくらいはあるのです。
ですから仲間たちもクロちゃんを足蹴にする勢いで。
リトに至っては、お人形のような顔を思いっきりしかめてますけど?
「ん。ネコはダメ。邪悪。黒くて不気味……」
なんて力説です。
何か個人的にイヤな思い出でもあるのでしょうか?
でも自分だってキレイな黒髪なのに?
「ケガしてたんです。今、手当して……。」
そしてリトによく見えようにクロちゃんを近付けるのです。
「ほら、こんなにきれいな黒い毛並みです。」
「ん。そう言えば、お……」
「リトはアントみたいって言いたいの?そう言われれば、そうかもってレンも思うの。」
あ、そう言えば!
叔父様とリトは血縁で、同じ黒髪です。
しかも叔父様なんかいつも黒い服しか着ないし、わたしが意外とすぐネコに慣れたのは、そのせいかもしれません。
もっとも当の叔父様はネコに嫌われて、見つけては近寄り、そのたびに引っかかれてますけど。
「みんなもよく見ると、小さくて華奢で、かわいいって思いますよ。ねえ、クロちゃん。」
「にゃあ」
なんていいタイミングで鳴き声。
無邪気なリルはこれで
「ホント!かわいいかわいい~!」
って、イチコロです。
すぐにわたしの隣に来て、ネコを食い入るように見てるのです。
「今、くらっときました。ですが!」
デニーはメガネを押さえながら、頭を振って、何かと戦っているみたいです。
あ、でも鼻血……。
「……意外。大人しい。でも……」
わたしに撫でられているクロちゃんを見ても、リトはまだ警戒です。
「……怖いって思うの。」
レンもです。
二人とも外見は大人しいのに、こういうところは警戒心が強いんです。
「にゃ」
しばらくして、飽きたクロちゃんが立ち去った時には、すっかりネコ好きになったリルと、何かと戦い続け疲れ切ったデニーが残るだけでした。
あの夜から、次の夜も、夜にはなぜかネコが一斉に鳴いています。
ですが、天空に謎の真円が出現したのはあの日だけでした。
「あれは確かに月だった……ちっ、何もかもみな懐かしい……ってか。」
叔父様は前世のことを、例えば故郷の食べ物や風景を懐かしむことのないお方です。
薄情、というよりは「転生した僕は、もうあまり覚えていない」そうです。
その割には偏った知識ばかり覚えているし……実は前世の失敗に未だ強い罪悪感を持たれてもいるのです。
「桜も温泉も故郷の山にも未練はない。だけど、月だけは忘れられない。」
その叔父様が、毎夜、空を見上げてはツキを捜しています……。
朝から慌ただしくも珍しくも「調査」や「準備」で走り回ってるくせに、ネコが鳴く時は決まってお部屋で待っているのです。
「ツキってなんなんですか?叔父様……あんな大きなモノがなんで突然……。」
現れてはすぐに消えた。それは淡くてきれいな黄金色の、まん丸い幻影のよう。
そして一瞬だけしか見られなかったので、王都でも気づかなかった人の方がほとんど。
クラスメイトは新手の都市伝説って思ってるのです。
「あれは星なんだけどね。」
「星?あんなに大きいのに……。」
大きさだけなら昼の太陽と同じくらいだったのです。
「それに、ネコと何か関係があるのでしょうか?」
「推論はあるけど……まだ仮説でしかない。調査中だよ。」
もう仮説があるだけでもすごい、というのは身内びいきでしょうか?
それともネコの一件で調査していたこととどこかで重なるのでしょうか?
「僕の前世の世界じゃ、猫は、特に黒猫は月の象徴とされていたのさ。だから、こっちの世界でも因果関係があって不思議じゃない……いや、不思議ではあるけどそこまで不自然じゃない……かな?」
自信はなさそうですけど。
それに黒くないネコなんて聞いたこともないのです。
ただ、ネコの瞳孔がツキを思わせるとか、ツキのミチカケに生理や行動が影響されるとか……?
「ミチカケ?」
なんでも叔父様の元の世界のツキは、丸くなったり細くなったり見えなくなったり……?
「それのどこが星ですか!アヤシイ魔獣の一種ではありませんか!?」
百歩譲っても怪奇現象にしか聞こえないのです!!
「そうなんだよな……もともとこっちの世界の伝承に残っていた月も満ち欠けはしないで、ずっと満月だったみたいだし。人の認識でそう確定されてしまって、更に認識されなくなって、いつしか消えてしまったって思ってたんだけど……。」
叔父様の仮説によれば、この世界の多くの現象は人族の認識によって成立しているそうなのです。
元の世界での、量子力学を発展させた人間原理……わたしの理解では発展というよりは曲解という気もするのですけど……などもそう。
「いろいろ調べることが多くて……それに、対処の時間がなさ過ぎる……」
「対処?」
「……ああ。いろいろね。」
「いろいろばかりですね、叔父様。」
「え……まあ、ね。」
わたしはネコ探しに一度ご一緒しましたけど、その後は叔父様は一人で学園外を動きまわったり教官室で怪しいことを研究していたり……忙しそう。
「何お手伝いすることはありませんか?」
「……いや、もう大丈夫。キミはしっかり学業に励みたまえ。それに学園でも蝕の準備が始まったはずだ。」
それはそうですけど。
数日前までは魔法街の他の学園や研究施設のお手伝いしていましたが、学園自身も準備は必要なのです。
むしろ自分たちの作業を後回しにしていたのは、創立一年目のため教官方も含めて対応が未経験なので、他の施設で説明を受けて研修を積ませたようなものなのでしょう。
魔法生物は種類や用途ごとに確認し札をはって別々の格納庫に、マジックアイテムも素材や呪符、装飾や属性を確認して保管庫に、となかなか大変な作業で、しかも時々記入に不備があってわたしやエミルが「鑑定スキル」で、デニーやアルユンが「感知系術式」で調べたり……ぐったりです。
「こんなことが今日は学園でもあったんですよ、叔父様!」
砂場のサンドゴーレムとか北の空き地のストーンゴーレムとか、北西のマックの樹木に内装されたパペットとか……新設校のせいかこれでも魔法生物もアイテムも少ないそうですけど、秋以降改築があって、その都度防衛用迷宮とか仮想訓練室とか、自動清掃パペットシステムとか魔法装置が増えて、その閉鎖作業はかなりの手間なんです。
「叔父様がおつくりになった防衛設備や演習設備は、そういう保守点検方面が未整備ですし、手順書をつくってくださらなかったら何人か死んでるかも!」
作業をするわたしたちや教官のことを考えてほしいのです!いえ!
「そもそも叔父様ご自身が作業なさればよろしいではありませんか!?」
それならもっと簡単で、きっとすぐ終わるんです!
「……ゴメンね。でも……。」
そして力なく謝罪される叔父様のお顔を見て、わたしの憤激は一気に醒めるのです。
「……いいえ。仕方ありません。もうすぐ退官される叔父様にこれ以上のご負担をおかけできませんし。」
そう。
あとひと月ほどで叔父様は学園を去られるのです。
そんな叔父様にいつまでも頼っばかりではいけないのです。
「まあ、ね。でも精霊による空調装置は、もうワグ氏に任せてるから、日蝕が始まるギリギリまで運転できるよ。」
日蝕が始まれば、なぜか魔術が使えず、全ての魔法生物やマジックアイテム、スクロールは暴走したり無効化したり……もしも温度管理を行う魔法装置が暴走でもしたら、目も当てられません。
死人続出は必定でしょう……。
「……メル。これ、淹れなおしてください。」
「クラリス様はイジワルなのです。メルのお茶は長足の進歩を遂げているのに、そんなイヤガラセをするのです。」
わたしと叔父様の会話には口を挟まなかったのは、メイドらしく振舞っていたのではなく叔父様の顔ばかり見てたからなんです。
それなのにいざわたしに話しかけられるとこんな口答え!
「叔父様、やはりこの子、メイド失格です!退官後に連れて行くのはお考え直しください!」
「クラリス様こそ、思いやりに欠けるのです!嫉妬深いのです!」
そんな言い争いが始まった時、叔父様はもうこの場にはいないのです!
窓の近くで空を見上げて……そして
「「「「「にゃあ~~~お!」」」」」
おそらく街中のネコが一斉に鳴いたのです。
魔術時計もないのに、毎晩、なんて時間に正確なネコ、そして叔父様でしょう。
ヘクストス魔術協会の大魔術時計に同調しているわたしたちなら、ともかく……ちなみに今は2000です。
ここ三日ほど毎晩この時間にネコが鳴くのです。
「月の高度なんて毎日変わるはずなのに……猫はなんで同じ時間に鳴くんだ?」
「星なのに、高度が変わるんですか?それも毎日……」
……やはりそれは魔獣の一種ではないでしょうか?
叔父様から聞くたびにそう思うわたしです。
「それより、クラリス、とっくに門限過ぎてるよ。またリーデルンくんに迷惑かけるんじゃないか。」
確かに同室で義姉妹のリトには門限破りの偽装工作をさせて申し訳ないのです。
しかも帰れば「また自分だけ叔父上のお部屋……」って、あの黒曜石みたいなきれいな瞳で恨めしく見つめられるのです。
「……では叔父様。わたし、帰りますから寮まで送ってください。」
「しかたな……あ、でもゴメン。今からやらなきゃいけないことがあるんだ。」
ウソです!
叔父様がわたしを差し置いてやることがあるなんて!
「だから……ゴメン。でもなにかあったらメールで、急ぐなら酉にでも言いつけておいてくれ。」
酉さんになんか頼れないのです!
ムッとしたわたしをすまし顔で見つめるメルの姿が思いっきり癪に触るんです!
あのピクピク動く犬の耳や尻尾を引き抜きたくなるんです!
帰り道、とは言っても、学園内の教官室に起居してる変人の叔父様ですから、そのお部屋から学生寮まではすぐそこです。
学園の中庭を通って、東の通用門を抜ければ……。
「こんばんはぁ。確かクラリス・フェルノウルさん、ですよねぇ?」
「え…‥‥あなたは?」
星空の下、中庭の木陰から現れたのは……白に近い水色の髪、釣りあがり気味の大きな銀色の瞳の女性です。
わたしたちより少し年上でしょうか?
身長もわたしよりは少し高めです。
「食堂の新人さん?」
「はぁい、ミャールンでぇす。」
ミャールンさんは、親し気にわたしの前までやってくるのです。
話したの初めてなのに。
「クラリスさんってぇ、呼んでいいですかぁ?」
「はい。」
今は食堂の制服ではなく、白の丈の短いコート姿です。
寒くないんでしょうか?
「それでぇ、クラリスさん。昼間ぁ、ネコを助けてましたよねぇ?どうしてネコなんかをぉ?ネコは人族を惑わす妖獣って言われてるのにぃ?」
どこで見たんでしょう?
あの時は、仲間以外には会ってないのに?
「……先日あのネコをたまたま見かけて、近くで見たら意外にかわいいって思いましたし。」
「でもぉ、非常用キットのポーションまで使ってぇ。あれぇ、確か許可なく使ったらぁ、何に使ったのか書類かかなきゃいけないんでしょお?」
食堂に入ったばかりなのに、学生の規則にまで詳しいみたいです。
いろいろ知って積極的に頑張ってるいい人なんでしょう。
「はい。でもかわいそうでしたし。それに……なんだか矢傷みたいにも見えて。心無い人族に撃たれたんなら、申し訳ないって思って。」
「あなたのせいじゃないのにぃ……人族なのにお人よしねぇ。」
その言い方は、なんだか他の種族が邪悪な人族って言ってるように聞こえるんですけど。
「それでぇ、なんで猫を捜してたのぉ?」
「それは叔父様が……」
わたしは当たり障りのない程度にどう話すか、考えながら話し始めたのですが。
「あの変態おじさんぅ?」
「わたしの叔父様は確かに変態ですけど、変態おじさんではありません!」
その反応は、かちん、なんです!
だから思いっ切り弁護するのです。
「どこが違うのかわからないけどぉ……。」
「全然違うんです!」
少なくてもいやらしい変態ではありません!
迷惑な変態ですけど。
なんて力説したら ミュールンさんになんだか呆れられてしまったみたいです。
「もぉわかったからぁ……はいはい、言わないよぉ。」
ですが、なんとか納得してもらって……諦めただけかもしれませんけど。
そして少しの沈黙の後です。
「実はぁ、最近、猫を襲うやつらがいるのぉ。」
「え?ネコをですか?」
「うん。でも、猫だけじゃなくて、シティバッターとかニッキーマウスとか、街に住む怪異のもとは片っ端から、かなぁ。」
シティーバッターとはコウモリを好んで食べる巨大なバッタらしいのです。
特に輝くモノは黄金バッターとも言われ、人骨特に頭蓋骨に潜むのが好きと言うイヤな妖獣です。
ニッキーマウスとは、人族に憑りついて、その行動を毎日毎日日記のようにいちいち読み上げるという、鬱陶しいネズミの妖獣だそうです。
どちらもネコと違って実在するかは怪しいのですけど……いたんですね?
「だからぁ、猫なんかうかつに助けたらぁ、クラリスさんもぉ危ないよぉ。」
「ですが……怪異を起こす妖獣とはいえ、人の街に住み長い間共生していた存在を故なく迫害するなんて許せません!」
もうすっかり義憤に駆られたわたしを、ミャールンさんはなんだか生暖かい目で見てるのです?
「さすがにへんた……あの変人教官の姪なのねぇ。」
それはきっと褒められた、と素直に思うわたしです。
ネコに関しては叔父様に大いに影響されたという自覚がありますし。
「それならぁ……あのねぇ、猫たちを襲ってるのはぁ、衛兵の格好をしたヤツらなんだってぇ。巻き込まれないようにクラリスさんもぉ……気を付けてねぇ。」
そう言った後、その場から離れたミャールンさんです。
後ろ姿のうなじからも、あの赤い首輪が見えたのです。
……あんなのをいつもつけて、窮屈じゃないんでしょうか?




