第5章 その4「フィギュア事件」
その4 「フィギュア事件」
外に出て、草花に囲まれた場所にいると少し落ちついてきました。
リトがわたしたちにお盆に乗せた冷たいお茶を持って来てくれました。ふう、です。
3人ともわたしの様子を気遣っています。
わたしは、3人にお礼を言います。ですが話す言葉もなく、周りを見回しました。
そしてふと思い出します。
11歳の頃から、新しい法律を知って混乱したわたしは、叔父様に会うたびに、ひきこもりを責めたり、家計が厳しいことを訴えたり、そして、だんだん会えなくなって・・・。
それでも叔父様は
「クラリスも反抗期か。順調に大人になっていくんだねぇ。」
なんて、寂しそうに、うれしそうに笑ってばかり。
わたしが12歳になり、叔父様のお部屋を訪れる機会が激減しても、たまに訪れた時は本当に楽しそうで。
それが14歳になるまで続いて。
その間、以前はわたしがしていた叔父様のお世話やお話し相手は全てメルが奪って。
・・・いえ、メルが奪ったのではありません。それはわたしが放棄したのですから。
14歳になって。あと半年で女子魔法学園の受験。
そこで、突然父が、叔父様に家庭教師になってもらおう、と言い出して。
母もしぶしぶそれを認めたので、わたしは・・・難しいことを考えず、ただ弟子として叔父様に会える、それだけで舞い上がる気持ちになり・・・そこからの半年間は、幸せな子供時代の復活でした。
お互い何のわだかまりもなく、再び子弟として過ごす日々。
時々メルが出しゃばってきましたが、今ほどは気になりませんでした。
いえ、大人になっていたわたしは、むしろメルに見せつけるように叔父様にべったりでした。
怒ったメルと、わたしの仲裁に入る叔父様は迷惑そうでしたが。
そして、わたしは試験に合格しました。
一般市民の出としては異例の好成績ということで特待生枠にも入りました。
そんなある日でした。叔父様とケンカしたのは。
あの日。
「クラリス・・・ちょっといいかな?」
合格が決まって数日後のことでした。
あと何日かで叔父様と離れて生活することが寂しくて、毎日のようにお部屋に入り浸っていたわたしに、叔父様が真剣な声で話すのです。
「魔法学園に入学するのは、いいんだけど・・・。」
叔父様は、話しにくそうでした。わたしは単にいつもの話下手って思っていましたが。
「今さら聞きにくいんだけど・・・卒業したら、どうするんだい?」
どうもなにも話すまでもないことで、わたし自身聞かれるとも思っていませんでした。
「もちろん、軍に入って、魔法兵になります。いつかお話した通りです。」
そう。10歳の時。魔法兵になって、みんなを助けたいって。
「本気なのかい!?戦争に行くなんて・・・やめるんだ、そんなことは!」
叔父様は急に駄々をこねるようなことを言い出しました。
魔法学園に入ったら軍に入ったも同然ではありませんか。
お給料までもらって魔法を学ばせていただくのです。それに、
「叔父様!この世界はもうずっと戦ってばかりでそのせいで男の人はたくさん死んでます。わたしたち女だって、このままじゃいけないんです。せっかくみんなのために戦えるんです!」
「女の子が、キミが戦うことはないだろう!キミ一人なら僕にだって守れるよ。こんなひきこもりだけど、守ってみせる。」
そう。その叔父様の決意にウソはない。
今までも、いえ、この後もわたしは叔父様に守られてばかり・・・でも・・・
「それでも、わたしはもう守られてばかりじゃイヤなんです!わたしだって、大切なものを守れるくらい強くなりたいんです!叔父様!」
「・・・それじゃナウシカだよ。ホントに・・・僕はクラリスに傷ついてほしくない。戦争はキミが思うような、甘いものじゃない・・・。軍になんか入らないでくれ。僕は、キミだけじゃなくて、キミが大切に思うものも全部守ってみせるから。」
今になって思えば、この時の叔父様は本当に必死、といえる表情でした。ですが
「違うんです。叔父様!わたしは・・・泥棒さんに守られてばかりのお姫様じゃないんです。叔父様がわたしに名付けてくれたクラリスは、もうこの世界のクラリスなんです!・・・お姫様だって、もう助けられてばかりの弱い自分は・・・助けを待ってるだけの自分はイヤになっているはずです。」
「・・・重い。」
「そんな深刻なケンカしてたの?クラリスと教官って・・・。」
「教官殿のお気持ちもわかりますが・・・しかし魔法学園の生徒としてクラリスが正しいとわたくしは思いますよ。」
「でも、教官、いい人。」
「う~ん・・・めっちゃムズイ・・・わたしなら守って欲しいかも。」
・・・そして、わたしはいつの間にか3人に話していました。
魔法学園入学直前に、叔父様と大ゲンカしたことを。
10歳の自分は、叔父様を傷だらけにして、自分ではただしがみついているだけで、無傷で助けられて。
あの日、大勢の人が邪赤竜の襲撃で犠牲になったのに。
わたしは叔父様がいてくださっただけ。全てを賭けて守り抜いてくださっただけ。
助かっている自分が、生きている自分が申し訳なくて、素直に喜べなくて。
だから叔父様にも感謝できないままでした。
「魔法兵になってみんなを助けたい。」
この気持ちは、きっと叔父様からいただいたこの名前と魂にふさわしい存在になりたいという決意。
今にして思えば、そういうことだと思います。
ですが、それを叔父様に上手に伝えることができないまま、今まで時間がたってしまいました・・・。
「それってさあ、今からでもちゃんと話してくれば?」
「うん。教官、悲しんでる。誤解したまま。」
「そうですわね。教官殿は、クラリスに迷惑に思われているだけだと誤解していらっしゃいますよ。あなたが素直にその思いを・・・感謝と決意をお伝えすれば・・・」
「そのついでに、言っちゃいなさい!」
「何をですか?エミル。」
「好きです、って。」
ぎっちょん!?ええと・・・でも!
「それは違うのです!あなたたちは叔父様の真のお姿を知らないのです。だからそんなことを言えるのです。誤解してるのです!」
・・・わたしが叔父様と、話していた時・・・今にして思えば、この時お互いの本音をもっと言い合っていたら、わたしと叔父様が・・・少なくともわたし自身が叔父様に向ける気持ちでこうもこじれることはなかったと思います。
「ご主人様!」
そう。あの時、叔父様のお部屋にメルが入ってきたのです。
「メル。今、叔父様と大切なお話し中です。」
「ああっと、ちょっと・・・メル。少し奥で待ってて・・・」
その時、慌てる叔父様の視線はメルが持っているモノに・・・。
「それ、何ですか?叔父様?」
叔父様の動きが止まりました。さっきまでわたしと話していた時の、真面目な印象は霧散しています。
「メル!?お見せなさい。叔父様、よろしいですね!」
「いや、あの、ね?クラリス・・・」
「叔父様!」
慌てる叔父様と、事態が全くわかっていない無邪気なメル。
二人を無視して、わたしはメルから手に持っている品を預かりました。
「クラリス様。さすがにお目が高い。」
そう自慢するのは・・・20cmくらいの人形。しかしその精密な出来栄え!驚きです・・・けれど。
「随分と歪んだご趣味ですね、叔父様。」
それはメルをモデルにした、まさに生き写しと言っていいくらいの人形です。
服も本人が今着ている「メイド服」そのもの!
メルの特長の犬耳も尻尾も、その見た目と言い手触りと言い再現度の高いこと。
何より今メルが浮かべている無邪気でかわいらしい微笑みをそのまま浮かべて・・・。
「ええっとね、それはフィギュアって言ってモデルを六分の一のスケールで正確に再現した人形で・・・作るのはかなり大変で・・・だからそんなに強く握らないでほしいんだ、クラリス。」
誰かさんがなんか言っています。
とてもいかがわしいものに見えます。
嫌らしいです。女性の人形・・・しかもこの半獣人の!
「素敵ですよね、クラリス様。わたし、ご主人様にこんな素敵なものを作っていただいて、とっても嬉しいんです。」
「・・・叔父様の暗黒面に魅入られた呪われし使い魔メイドなら、そう思うのも、仕方ありません。」
「クラリス様、また中二病的な言動をなさっていますよ。本当にご主人様の影響大ですね。」
グサッですが・・・黙殺します。
「しかし他のだれがこんなものを作られて喜びますか!この変態主従!」
「え~!?クラリス様はうれしくないんですか!?こんなにきれいにかわいく作っていただいて、愛情の表現としてこれに勝るものはありません!」
愛情の表現ですって!?ヌヌヌ、です。
「気味が悪いでしょう!こんなもの!つくられでもしたら魂が汚れます。つくった者の変質的な妄執を感じます。」
「そんな・・・あんなこと仰っていますよご主人・・・んん?」
叔父様が必死でメルに何かを伝えようとしています。そういうことをする方が目立つんですけど。
「メル・・・何か言いたいことがあるんですね。言ってもいいですよ。」
「はい。」
メルは事態が分かっていないのか、相変わらずニコニコです。
「クラリス様だって、つくっていただいたのですから、本当はメルの喜びを知ってらっしゃるのでしょう?」
はい?つくって・・・いただいた?・・・まさか!?
「本当にクラリス様はご主人様にたいして複雑過ぎですから、メルのフィギュアを見てつい嫉妬に駆られていらっしゃるのでしょけど、メルの方こそクラリス様に嫉妬の想いを抑えきれません・・・なぜなら」
「メル・・・その辺で・・・」
「叔父様、お静かに!・・・続けて、メル。」
「はい。メルはクラリス様に、いえ、ご主人様が抱くクラリス様への強い愛情に嫉妬しております。あれほど多くのフィギュアをおつくりになるなんて。メルがやっと1体作っていただいただけなのに、あんなにたくさんのフィギュア!最低でもクラリス様がお生まれになってから1年に1体。毎年のように作っていらっしゃったのに間違いありません!しかも・・・」
「待って!メル!」
「はい、クラリス様?」
「叔父様・・・どういうことですか?」
「・・・クラリス・・・顔が怖いんだけど。」
「どう思いますか?みなさん・・・叔父様は毎年毎年わたしの人形を無断で勝手に・・・」
「・・・めっちゃひく。」
「・・・。」
「・・・ですが、それも教官独特の愛情表現と言うのもわからなくはありませんけど。」
ドン!わたしは思わず東屋のテーブルをたたきます。
「あ・・・すみません、シャルノ。ですが、あなたもあの光景を見れば・・・」
そうです。メルに案内させ、叔父様も同行させて、叔父様の部屋の奥にある一画に向かいます。
そして、その一番奥の金庫を開けると・・・
「赤ん坊のわたしから15歳のわたしまでずらっと並んでいて・・・服もその年の頃一番お気に入りの服をちゃんと着てて・・・し、しかも」
「それはめっちゃ怖いかも」
「それは肖像画みたいなもので、それほどの愛情を注いでいた、ということではありませんか?貴族なら似たようなことは・・・」
「・・・しかも?なに?」
「し・・・しかも・・・し、下着まで!」
「叔父様・・・人形にし、し、し下着まで?いやらし過ぎます!!」
「え?でも下着ない方が危なくないか?」
「・・・・・・いやああああああ!」
はあはあはあはあ・・・。あの時を思い出すたびに我を忘れてしまいます!
「下着は教官に一理ある。」
リト?本気ですか?
「いや、どうだろ?」
「・・・。」
ほら、エミルもシャルノも完全にイヤな顔してます。
「その後は、もう、わたし、訳が分からなくなって、部屋の中で暴れたみたいです。そしたら、なぜか叔父様がケガしてて・・・」
「それをなぜかって言うの?クラリス?」
「クラリス、意外に狂暴。」
「この子、怒ると怖いですわね、本当に。」
その後、エミルとリトとシャルノは互いの顔を見つめ合って、エミルがうなづいて・・・なんでしょう?
「こほん。あのね、クラリス。まさかと思うんだけど・・・」
なんでしょう、三人ともあらたまって。
「ねえ、実はあなたが言う大ケンカって・・・こっちの方?」
エミルが真剣に聞いてきます、後の二人も真面目な顔してます。
だからわたしも真剣に答えます。
「もちろんです!」
わたしの生き方と叔父様の考え方の違いは、ゆっくり話し合って、たとえわかってもらえなかったとしても、きっとわたしが納得させて御覧に入れます。
ですが、あの「ふぃぎゅあ」という人形の件は絶対許せません!
しかも、あの時わたし、あれを壊した記憶がないんです。
もしもあんなものをまだ叔父様が持っていて、あの人形を見たり触ったりしていると思うと・・・。そもそも本人の許可もなくあんなものをつくるなんて、不潔でいかがわしくて汚らわしいと思います・・・あれ?
「めっちゃバカバカしい。ホントに痴話ゲンカじゃん。」
「不毛。」
「なんて人騒がせな叔父と姪なんでしょう・・・」
三人ともわたしを置いてどこに行くんですか?
ひどくないですか?放置ですか?
せっかくわたしと叔父様の間に存在する、あの冬の夜のエスターセル湖の湖底よりも広く深い、黒い真珠を集めるよりもまだ暗い深淵なる秘密をお話したのに・・・あの忌まわしい「3月のフィギュア事件」を。
なぜ、呆れて行ってしまうのでしょう?
わたしはこの3月の事件から、あの8月の事件まで、まともに叔父様と話すこともできなくなっていたというのに。