第1章 クラリスのアルバイトと「爆発事件」
第1章 クラリスのアルバイトと「爆発事件」
その日、わたしたちの学園で、大爆発が起こりました。
それは、学園生活1年目のわたしたちからすればとても大きな事件です。
しかし、この時のわたしには予想もつかないことでしたが、この事件にかかわっていたある人物のせいで、世界を揺るがすような正真正銘の大騒動・大事件につながってくのです。
そして、その中心人物こそは・・・。
ここは、巨大な6体の鋼像ゴーレムに守護された六角都市ヘクストス。
その中のあるエスターセル女子魔法学園は、今年創立したばかりの新設校です。
いくつかある女子向けの魔法学校の中でも唯一の軍の学校。
わたしたちの世界は、過去100年にわたり異世界の生物による侵略を受け続けています。
近年になり、戦闘員、特に魔法系の戦闘員が大きく不足し、ついにわたしたち女生徒でも、魔法を学び国の、そして世界のお役にたてる、そんな時代になったのです。
いまだ女性が社会や軍に貢献することに対しては強い禁忌を持つ風潮も残っているのですが・・・。
わたしはクラリス。クラリス・フェルノウル。エスターセル女子魔法学園の一年生。
少しカールした肩までの赤い髪と、透明感のある青い目。ちょっと鼻が低い気もするけど、自分では名前も外見も気にいっています。
級友のエミル・・・エミリウル・アドテクノという、商人の娘・・・には、お子様体形と言われてるけど、そこは否定したいところです。
今はまだ否定できないので、今後の課題ですけど。
さて、もうすぐ1学期が終わり、学園が夏休みに入る直前。
その日、わたしたちはワグナス教授に頼まれ、学園の仕事をお手伝いしていました。
せっかくの休日であり、試験を終えたばかりで一休みしたいところでしたが、直接の担当教授のご依依・・・実質のご下命・・・であれば、引き受けるしかありません。
それでも、正式なアルバイトの依頼なので、お給料がでるということ。
そして依頼されたのは、成績優秀で品行方正と認められている生徒に限定されていたこと・・・自分で言うにはちょっと恥ずかしいのですが・・・。
このおかげで、それほどイヤでもなくなりましたけど。
「ま、クラリスは選ばれて当然よね。めっちゃ成績いいし。」
エミルは、金髪碧眼の、まるで王女様のような気品のある面差しで、なんで商人の娘なのか不思議なくらいな子です。
体形も、わたしを「お子様」扱いするほど「大人」で、外見からは想像できないほど明るい人柄の人気者。
「うん。さすが。」
リド・・・リーデルン・アスキスという下級騎士の娘で、寡黙な子・・も同意してくれます。
黒い髪の目立たない子って思われてるけど、近くでよく見ると、その黒曜石を思わせる瞳に長い睫毛、同性でも胸をうたれるほどの可憐で繊細な顔立ちです。
二人は、友人が多くないわたしにとっての、数少ないお友達です。
二人のお墨付きは、気恥ずかしさと申し訳なさと、ちょっと認められたうれしさ。
わたしを、そんな複雑な気分にさせます。
「でも、ゴメンなさい。だから、その日は行けなくなっちゃいました。」
三人で街に出かけるお約束・・・何日も前から楽しみだったのに・・・を断って、わたしは休日なのに早朝から制服を着て学園に向かったのです。
ワグナス教授は、40半ばの、適度に恰幅のいい男で、生徒にも丁寧な話し方をすることで、わたしたち女子生徒から見れば話しやすい方です。
上級魔術師という実力派教員とは思えないほど物腰も穏やかなのです。ただ、未だ独身と言うことで、この女子魔法学園では「妙な趣味があるのでは」という噂も絶えないとか。
いろいろご苦労もあるようで、今日のアルバイトも、女子生徒・・・と言っても女子学園なので生徒は女子しかいないのですが・・・だけにならないように、何人かの助教授や助手もお目付けで呼ばれたのではないかという勘繰りをされていました。
ですから人数を見れば結構なことになっていて、朝の教授のあいさつは
「これって学生のバイトは不要じゃないですか?」
っていうわたしたちの存在否定から始まりました。
もちろん、わたしたちも少しはそう思いましたが、ここまで来てそんなことを言われても「そうですね」などと同意する気になりません。
わたしを始め、4人の生徒も3人の助教授と助手の方たちは、賢明にも沈黙を守りました。
その重い沈黙に気づかずに教授は続けます。さすがです。
「それじゃ、今日の仕事の説明です。よく聞いてね。」
教授のお話によれば、わたしたちの仕事とは、昔の書類の処分です。
魔法研究関係の書類は、一見無駄に見えるものも、別な視点で見直したり、技術の進歩によって実は有用になる、そう言うことが時々あるというのです。
そこで、廃棄が決まった書類でも20年の保管が義務付けられているとか。
重要な秘密に関わる・・・かもしれないので、わたしたちは最初に秘密保持の宣誓儀式を行いました。
宣誓のスクロールに人差し指から血をたらし、誓いをして・・・破ると制約の禁忌、要は一種の「呪い」が発動するとか・・・ちょっと怖いです。
もちろんわたしは最初から破る気はありませんけど。
さて、そんな多少ぎこちない雰囲気からの始まりでしたが、仕事そのものは順調に進んだと言えるでしょう。
わたしも、わたし以外の生徒たちも教授の指示に従って効率よく作業していきます。
大量の書類を分類して、その内容ごとに教授、助教授、助手の方々に、お届けします。
さらに、その点検の結果に応じて、検討、再保管、破棄の三段階に分けます。
もっとも朝から13箱の書類を点検して、検討はまだ一つもなく、再保管がやっと3つ。
後は全て廃棄。
廃棄の箱がいっぱいになるごとに、廃棄室に運んで、わたしたち生徒が交代で破壊呪文を使って廃棄していきます。
使う魔法は「火撃」などの火炎系の呪文が多いのですが、わたしは「液酸」という水系の呪文で溶かしてみました。
火炎系の爆風で万が一にも廃棄書類の一部が飛んで行ったりしないか、考えてしまったからです。
魔法の行使には念には念を。慎重に期すべきなのです。
そんな作業もようやく終わりに近づく中、ついに事件が起こりました。
ある書類を読んでいた助教授が、突如、爆発したのです。
はい。大爆発です。
その爆音は書庫室どころか学園全体に轟き、その爆煙は学園全体を覆いました。
わたしも一瞬で黒い煙に包まれ、音を叩きつけられてその場にしゃがみこんでしまいました。
そして次の瞬間に、各地に悲鳴と泣き叫ぶ声・・・。
これではいけません。わたしは魔法学園の生徒。卒業後は戦場に赴いて戦う魔法兵になるつもりです。
ただ怯えているわけにはいきません。そう思い、立ち上がって、みんなに声をかけていきます。
そして爆発の中心にいた、いえ、まさにご本人自らが爆発したはずの・・・
「ミラス助教授!?」
なんと、助教授はご無事でした・・・あれ?
首をかしげながらも、わたしは助教授を起こして差し上げます。
「すまない。クラリス君。みんな!大丈夫か?」
他にも当然大きな犠牲が、被害が出たはずです。
わたしたちは互いの無事を確認するまではそう思っていました・・・。
「あれ?被害なし?」
「けが人もいません!」
「んじゃ、あの音と煙は何だったんだ?」
そう。爆発の中心にいた助教授ですら、怪我どころかスス一つついていない、完全無欠の無傷です。
被害がないことは何よりでした。ですがあまりに不自然・・・。
「ミラス助教授・・・一体何が起こったのでしょうか?」
「わたしも何が何だか・・・。」
一同、首をかしげること、しきりです。
そのうち、シャルノ様・・・シャゼリエルノスという長い名前の方・・・が、わたしにむかって、言ってはならないことを言い出しました。
「こんな変な事件。まるであなたがよく話してる叔父様が起こした事件みたいですわね、クラリス。」
ムカッ、です。
シャルノ様は、エミルやリドほどではありませんが、仲のいい同級生です。プラチナブロンドの長い髪をきれいに結い上げて、碧色の瞳をした、級友の中でも一、二を争うと言われる美しい方。
伯爵令嬢というご身分なので、一定以上のお付き合いはしていませんでしたが、身分にこだわらない気さくな方なのです。
だから、以前、つい叔父様の奇行を話してしまったメンバーの中に、この方もいました。
ですが、これは許せません!
「シャルノ!あなたがわたしの叔父様の何を知っているというのですか!そもそも、いくらあの叔父様でも、こんな場所で騒動を起こせるわけがありません!あの、面倒くさがりで女性嫌いのひきこもりが!」
そう。それは冬のエスターセル湖が干上がって、伝説の湖の主が干物になってしまうくらいありえないことなのです!
そんな、烈火のごとく怒るわたしを、シャルノは不思議なものを見るような目で見ていました。
「クラリス・・・あなた、怒ると別人みたいですわね。今、呼び捨て?」
そう言えば、伯爵令嬢のシャルノ様を呼び捨てにしましたが
「それが何か!?」
ふん、です。 シャルノ様は、とても愉快そうに笑いました。
これ以後、わたしはシャルノ様を、シャルノと呼び捨てしてもよい、という厚遇を得ることになるのですが、それはまた後日の話。
「まあまあ、クラリス君、落ち着いて。」
ミラス助教授が、生徒同士のケンカを避けるために、わたしたちの間に入りました。
しかし、わたしは、その時、その足元に、一枚の紙を見つけました。
いえ。ある意味、わたしだからこそ、それを見つけてしまったと言えるでしょう。
この時のなんともいいようのない感覚。
もちろん、ソンナコトがあるはずがないのです。
アリエナイのです・・・でも否定すれば否定するほどこみ上げる、この悪寒・・・。ついにわたしは、その紙を拾い上げます。
そこに書かれていた、とても美しい、しかしどこか角ばった不思議なクセがある古代魔法文字・・・あれは今でも毎日のように見ている、わたしの魔術書に書かれた文字と同じクセ字。
つまり同じ人が書いたということ。
そして、それを書いた人こそは・・・「わたしの困った叔父様」。
わたしが生まれるよりも5年も前から、かれこれ20年もひきこもりの叔父様なのです。
しかし、なぜ叔父様の書いたものが、この魔法学園にあるのでしょう?
しかも、それはこの騒動に関係があるのでしょうか・・・。
どうも、イヤな予感がする、いえ、叔父様に言わせればイヤナヨカンしかしない、という気分です。
さっき、シャルノ相手に否定したのも、今となっては、かえって「フラグを立ててしまった」ようなものなのでしょうか?
いっそのこと、この紙を闇に葬りたい、そんなよこしまな考えすら浮かんでしまいます。
もちろん、その誘惑に打ち勝ち、わたしはその紙を皆に見せるのです。
融通が利かないのが私の取柄、エミルに言わせればそう言うことなのです。