第23章 蝕 その1 決闘は5対5で 前篇
第23章 蝕
その1 決闘は5対5で 前篇
異常です!
あれから、そう。
叔父様の教官室で面接を受けてから既に一か月以上経ったのに!
あんなことを、「事象への影響が特異点クラス」「因果律が歪む」「吉祥獣の顕現に近い」なんて叔父様に言われて、その挙句に「キミはもう、僕を騒動の原因なんて非難できないってことさ」なんてサンザン脅されて!
なのに、何にも起きないんです!
なんて平和な日々だったでしょう!
平和過ぎて異常なんです!
それは軍学校の学生ですから、鬼の主任の過酷な訓練、叔父様の一見低姿勢なくせに異常に高いハードルの課題実践、ザンネンイケメン教官の女子には苦手な体力向上などに打ち込んで、苦しくもそれなりに充実した日々ではありましたけれど。
そしてその間にも、リルの妹の結婚とか(危惧された、本人の嫌がるものではなく、幸せなものでした!)、学生食堂のアルバイト求人にまぎれたクレオさんの潜入取材とか、新年度受験でわたしが以前修行をつけたウラーリャさんにキラシアさんと再会したりとか、放課後や休日は暇を見つけて学園が管理してる迷宮に挑んでは実戦訓練したりとか……まあ、実にいろいろなことがあったのですけれど。
「ん。普通。」
「大きな騒動や事件は起こってないってレンは思うの。」
そうなんです!
昨年の晩夏に叔父様が学園にいらして以来、毎月、いえ、下手すれば毎週のように起きていたトラブルは、きれいになくなって!
「ここ最近、とても学業に集中できましたわ。いいですか!今度こそ、わたくしが単独首位になってみせますわ!」
ってシャルノがにらんでくる通り、もう3学期の試験も終わり、後は3月の後期魔術師認定に挑むばかり!
残り一か月程度で、わたしたち初年度生の一年目が修了するのです。
そしてそれは叔父様が学園を退官される日が近づく、ということでもあるのですけれど……。
「ホント、あたしら、めっちゃ頑張ったよね!」
「ですが、エミル、まだこの学園には大きな謎が隠されているに決まっています!私はそれを突き止めなくてはいけないのです!」
「デニー、またビョーキ?」
「ほんに。リルはんの妹はんも無事ご結婚なされたいうに、そんなもっさいこと言わんといてください。」
季節はもう冬の終わり。
厳しい寒さもようやく過ぎて気がつけば2月もあと数日なんです。
そして……
「叔父様!何をなさっているのですか!?」
「やあ。いらっしゃい、クラリス。」
「招いてもいないのに無断でご入室とは、クラリス様は礼儀知らずなのです。」
何度ノックしてもドアが開かなければ、姪としてはそれくらいは許されるのです!
むしろメイドのくせに接客をさぼって、この犬娘!
「また?しかも今度は叔父上が?」
「アント、やっぱりそれ、エッチだってレンは思うの。」
そうです!
ソファに座るメルと、その膝を枕にして寝そべる叔父様です。
また耳掃除なんて……?
「耳掃除は健全な行為だよ!耳垢を除去することで耳孔を清潔に保つと同時に副交感神経を優位状態にして安らぎを得る医療行為であり、癒しの時間でもある!」
フクコウカンシンケイノユウイジョウタイ?
「そうさ。つまりゾナハ病の予防に一番いいんだ!」
「そんな難しいことを言ってもごまかされません!」
叔父様の耳に耳かきなるアヤシイ棒を注意深く入れるメルは、本当に幸せそうですけど。
それでも時々は叔父様が痛がって。
「申し訳ございません、ご主人様。メルはまだまだ精進が足りないのです。」
「いやいや、僕が手ほどきした中では一番上手だよ。」
そう言いながらも、耳からは血がタラ~って。
素人が施術するにはなんて危険な行為なのでしょうか!?
「叔父上……今まで何人にもそんなことを?」
そんなこと聞かなくてもいいのに、リトは叔父様に甘いのです!
「アント、それ、そんなにしてほしいの?なら、今度レンにも教えてくれてもいいって思うの。」
そしてレンまで!
でも無垢な義妹にそんなことをさせるわけにはいかないのです!
「いけません!レンにさせるくらいならわたしが叔父様のお耳をきれいにします!」
「リデルも!」
メル如きに叔父様を独占させまいと、先を争うわたしたちですが
「……キミたちは……ゴメン。遠慮するよ。」
どうせわたしとリトは3秒足らずで鼓膜を貫通する不器用者ですよ!
クスクスと勝ち誇るメルの笑い声も、ピクピク動く耳も尻尾も思いっきり不愉快なんです!
なのに、叔父様ときたら!
「クラリス、イライラしてるね。あの日が近いからかい?」
なんてことを言い出すのです!
「叔父様、失礼ですよ!」
そう。
あの日。
まもなく来るのは、4年に一度のうるう日、2月29日なのです。
この日、この世界では、昼間なのに太陽が隠れ真っ暗になる、日蝕という現象が必ず起きるのです。
幾多の魔術師や賢者、天文学者も、その原因はわかりません。
現状では、諸説あり、なのですが、有力な説のない諸説なのです。
博学な叔父様ですら「なんで、もう月がないこの世界で日蝕が起きるんだ?」なんて、相変わらず意味不明のことをおっしゃられますけど……つき?
…‥なんでしょう、それ?
それよりも大変なことは、その日蝕の間、なぜかわたしたち魔術師の力が失われることです!
暗いだけなら夜と同じで、それなら普段の夜と変わらないはずなんですけれど、この日の、日中突然暗くなった時間だけは、わたしたちは魔術を使えず、アイテムに呪符した術式やスクロールすら無用の長物になるのです。
4年前の日蝕の時には、既に魔術回路が開き魔術師としての道を進み始めていたわたしでしたが、ようやく目覚め始めた魔術師としての感覚がいきなり消え、強い無力感を感じてしまったことを今でもはっきりを覚えています。
その時は、もう思春期に入って反抗期だったわたしですが、思わず叔父様に抱きついて、子どものように慰めていただいたのです。
……でも、それは昔の事!
いまさら子どもの時の話を持ち出すなんて失礼なんです!
「わたしはもう子どもではありません。日蝕なんか怖くないです、叔父様。」
ですが……一抹の危惧は残るのです。
これは魔術回路を起動した魔術師ならば、きっと誰もが覚えるはず。
あの、もう魔術を使えないのではないかという焦燥と不安を。
「へえ~、そうなんだ。」
なのに、この他人事みたいな反応!
リトやレンを始め、ほとんどの生徒が今回は魔術師になって初めて迎える「日蝕」です!
仮にも魔法学園の教官なのになんて無関心でしょう!
「一度は魔術回路が開いたのにすぐに失って、にもかかわらず平然としている叔父様の方が異常なのです!」
こんな非常識な人にはわからないのです!
「そんなに怖い?リデルも不安……。」
「主任に叱られ慣れてるクラリスでも怖がるなんて、レンは泣いちゃうって思うの。」
……それはいくら妹分からでも、随分不本意な言われようなんですけど。
その翌日の午後のことになります。
ここは大きな建造物が面する広い通りの一画です。
ただし建造物は大きさに反して飾りが少ない素朴な外装が多く、人出も多いもののその様子は買い物をするような動きではありません。
貴族街や商店街とは明らかに異なるのです。
そう、ここはヘクストス北部にある学府街の一画、通称魔法街の中心部なんです。
「ショク祭?」
聞きなれない言葉に一斉に首をかしげるのは、冬用のコートに毛皮の帽子、長軍靴の冬の軍装を身に着けたクラスメイトたちです。
背嚢にはゴーグルなどもありますが、街中ではさすがにそこまで寒くはないので素顔のままですけど。
「お祭りなの?あたいお祭り大好き!」
リルは飛び跳ねるようで、その童顔と身長に似合わないム……が揺れてます。
「私が推理するに、それはガクエンサイみたいなものなのでしょうか?」
そして、デニーは例の如く、あの怪しいメガネを光らせてます。
「ええっと、本当にお祭りがあるわけじゃないんです。」
まぶしい冬の日差しが、うっすら積もった雪に反射していっそうまぶしいのです。
少し目を細めながら、そう答えるわたしです。
そして足元には寒さに凍った水たまり。
氷に映るわたしは、みんなと比べれば、ホントによくある容姿なんです。
赤毛はありきたりだし、自慢のはずの青い瞳も金と緑が融け合ったレンや黒曜石のようなリトの瞳の前では普通で、どこか地味な自分になんだか少し自己嫌悪です。
別にファラファラみたいにファンが欲しいわけじゃないけど。
「クラリスの言う通りですわ。ただ、この時期の魔法街は日蝕に備えて大騒ぎでして、魔術師でない方々からすればまるで祭りの準備のように感じるのでそう言われているのですわ。」
シャルノがきれいなプラチナブロンドをひるがえし、そんな補足をしてくれます。
実際の話、最近知った貧民街や下町商店街の様子からは考えられないくらい、今の魔法街は騒々しいのです。
「へえ、そんなんだ。でも確かにめっちゃにぎやかだよね。」
絵に描いたような金髪碧眼のエミルが、お姫様みたいな顔で辺りを見渡し、
「そうですぅ~お祭り騒ぎって、そのとおりですぅ~ですけどぉ~……。」
薄いピンクの髪のミュシファがその背中に小動物みたいにかわいく隠れています。
その視線の先には……なんと動く骨格標本の群れがゾロゾロです。
「あれって、ボーンゴーレムだっけ?」
そうです。
死霊魔術でつくられたスケルトン、ではなく、人骨を基につくられた「ゴーレム」です。
まあ、ぱっと見不気味なのは変わりませんけど。
「あっちのは、ストーンゴーレム?」
いいえ、それは小さなストーン(石)ではなく大きな岩でつくったロックゴーレムです。
もう体長8mくらいの巨体がズシンズシンってすごい地響きをたて、歩いてます。
「みなさん、あまりキョロキョロしないでください!我々は観光に来たのではないのですから!」
同じ魔法街で学ぶ身とは言え、未だ見慣れぬ光景に再びお上りさんとなったわたしたちを、美少年教官エクスェイルが注意するんです。
でも、わたしたちのエスターセル女子魔法学園は女子の学校でしかも新設校のせいなのか、同じ魔法街でも思いっきり外れにあってこじんまりしてるわけで、ここを訪問するのもようやく二度目。
ですから中心部の景色が珍しいのは当然です!
「クラリス……そんな不服そうな顔、似合わないってレンは思うの。」
「ん。美人が台無し。」
そこに、義姉妹のレンとリトのこんなうれしい声が!
「……リト、レン!ありがとう!」
特徴的なみんなに対し地味な容姿で、魔法街の景色に学園の力関係で、なんとなく劣等感を感じていたわたしは、思わず二人に抱きつくんですけど。
「だからクラリスさん、あまり騒がないでください。また田舎者ってバカにされますよ!」
……かちん、です。
思わずあの、不肖の兄弟子をにらむわたしです!
「いけませんよ、クラリス。エクスェイル教官は単に騒がしい生徒を注意しただけなんですよ!……そんなことでは後期魔術師認定にも影響が出ますわよ!」
前半だけなら鎮まらなかったであろうわたしの怒りは、でもライバルの親身な忠告にはなんとか下火になり。
「ほんに、なんやらイラチですなぁ、班長はん。」
…………そして、図星です。
ジェフィには見透かされている。
きっとレンやリトにも。
「あ~あ、フェルノウル教官殿、どこにいっちゃったのかしら☆」
「メル教官もお伴でどこかにいっちゃったのぉ~♡」
叔父様の話題になると瞳がキラキラ☆になるアルユンと、むやみやたらに♡を飛ばすファラファラのこぼした通りです!
エクスェイル教官の授業ではありますが、助手としていつものようにメルが、校外活動のオマケとして叔父様がついてきたにも関わらず、二人ともいなくなって!
「もう……校外活動の引率なのにいなくなるなんて、叔父様のバカ!」
教官をしているのも、残り一か月しかないのに……。
メルはどうでもいいけど。
「ん……でも何かある。」
「うん。ひきこもりのアントだけど授業中にいなくなるなんて、無責任なことはしないってレンも思うの。」
「なるほど。それではフェルノウル教官殿になにがあるのか、私が突き止めて見せましょう!」
「デニー……またぁ?」
「こんお人も難儀なお方ですなぁ……。」
しかし、そんなわたしたちの騒ぎも、周辺の騒動の中では氷山の一角、砂漠の砂、木の葉隠すには森の中みたいなもので、各種ゴーレムやら魔法生物やら、時には魔法街の魔術師の術式にまぎれてしまうのです。
「みなさんも、このお手伝いにきたんですからそろそろ意識を集中してくださいね!」
そうです。
「日蝕になると、術式が無効化されるのはいいんですけど……」
よくないです!
でもクラスのほとんどは最近魔術回路が開いたせいで、ピンとこないのです。
「クラリス、それ、ホントなの?」
「はい、エミル。」
「んじゃあマジックアイテムが使えないのもホント?」
「そうですよ、リル。」
「では……まさか、このメガネも!?」
どて。
愛用のメガネを押さえたデニーの悲鳴に、一斉に転倒するわたしたちです。
「みなさん!特にクラリスさん!……お願いしますから、真剣に聞いてください!いくらおじさんやメル師匠がいないからって、今日はさっきからあんまりです!」
はいはい、不肖の兄弟子さん……セイン・エクスェイル教官は、幼少期には家族ぐるみで叔父様のお世話になって、魔術の基本も叔父様に習った、わたしにとってもいわば先輩格です。
すっかり心細げなエクスェイル教官に、わたしは無言の敬礼でごまかすのです。
「はい、お願いしますよ……それで、僕たちは、日食前に魔法街のアイテムや魔法生物の管理・収納のお手伝いに来たわけです。」
「クラリス……なんで日蝕前に?」
「そうですね、リト。これは以前叔父様に教えていただいたことですけれど……」
日蝕の間は、魔術師の術式が無効化されます。
そして、もしマジックアイテムやスクロールをそのまま放置していると……
「ええ!?魔術が解放されて、ゴーレムが暴走するの?」
「そういうこともある、ということで、絶対そうなるってことじゃないんです。」
前回の日蝕でも実際にあったそうですけど、普通は動かなくなったり、ゴーレム生成の術式が解けて素材に戻ったりです。
「スクロールもなんですか?」
「スクロールを放置してると、特殊なインクで記述された呪文が消えて、白紙になっちゃうんです。しかもこっちはほぼ100%……。」
4年前の日蝕では、叔父様がわたしを慰めてくださっていた間に、保管しそこなったスクロールが何枚も……それでも一言も愚痴をこぼさなかった叔父様を思い出すわたしですけど。
あんなに大事にしてるものより、わたしを優先してくれた叔父様なんです……えへ。
「ん??」
「きっとまたアントとの思い出だってレンは思うの。」
「私の推理によれば、口元がにまあってなるとクラリスはだいたいそうなのです。」
「デニー、それ、あたいにだってわかるよ。」
……みんな、うるさいのです!
「と、に、か、く!そういう訳で、魔法生物は特殊な結界をはった格納庫に、スクロールは保管庫に入れて、日蝕の影響が出ないように処理するのに、今は魔法街が大忙しなんです!」
「そいで、ウチらみたいな駆け出し魔術師もかり出されるいう訳です。」
そこ、結論もっていかないで!
この腹黒陰険謀略女!
「なにせぎょうさんですし、いっしょくたに収納すると、日蝕の後であますることになるいうことです。」
息を吸うように策謀を巡らし、今もわたしのスキを狙って、ちゃっかりいい所を持っていくジェフィなんです!
緑色の長い髪を後ろでまとめ、ほとんど糸みたいな細い目のジェフィも、よく見れば美人なんですけど、性格の悪さが全てを越えているのです!
「そうですわ。ですからわたくしたちも担当ごとに手分けするのですよ。ご自身の部署をしっかり確認なさってくださいね、みなさん。」
ここに、まさかのエリザさんまで!
水色の髪に赤い瞳はとっても目立つ上に、とてもきれいなお方です。
実はエリザさんは先日クラスのみんなにご自身の身分を明かされたのです……新年度からは側近のエリザさん(もちろんホンモノ)とオルガさんが編入してくるので、みんなの混乱をさけるために……「実はわたくし、レリューシアなのです」って。
「「「「「は~い!」レリシア様!」」」」」
で、以来クラスメイトは恐れ多くもレリューシア王女殿下をレリシア様って呼ばせていただいて、そのお声には絶対順守!
もう、戦隊長のわたしなんか、いきなり権威急落です。
これって下克上なんでしょうか?
でも「王女殿下の下克上」って、おかしいですし……なんだか叔父様の絵本のタイトルみたい。
「……丁寧な説明ありがとうございます。殿下。……ジェフィさんも助かりました。」
で、エクスェイル教官も二人にお礼を言うんですけど……途中までわたしが説明してたのに……ふん、です。
「なんだなんだ、あの田舎者の群れは!」
「この魔法街にお上りさんとは、マジかよ……。」
「ショク祭って聞いて、祭りと勘違いしてきた、無知な民間人じゃねえか?」
「いいや、ありゃエス女だ。学校できたばかりで、魔術師には全然見えないね。」
「なのに、魔法街の真ん中まで来るのかよ?でかい顔すんなよな。」
……なんだか記憶にある展開です。
こんな嫌味な声の方に視線を向けると、そこには……
「深紺の襟高、魔炎の制帽、深紅のスタッフ、ローブの姿・・・音に聞こえしエス魔院。」
なんてデニーがつぶやいた通り、十数人の男子学生がいるんです。
あのメガネはすりガラス状態で表情を隠していますけど、きっと顔をしかめているのでしょう。
「またあの人たち?」
いつも無邪気なリルですら、うんざりした様子です。
エスターセル魔法学院の生徒とは、秋の戦場実習以来、不快な記憶しかありません。
「あの人たち、冬なのにコートも着てないし」
「靴も短いままだよ?」
「あれで寒くないのかな?」
「こっちのあったか装備と比べたら、あんなの風邪ひいちゃうね~」
なんて声もチラホラ。
叔父様のつくってくださった装備のおかげで、厳寒の冬季実習でも風邪一つひかなかったわたしたちです。
半分は暖かい自分たちの軍装を自慢してイヤミを言ってるんですけど。
「みなさん、そんなこと言っちゃいけませんよ。エス魔院の生徒はあの制服衣に誇りをもっていますし、冬装備がないのは寒さなんか気にしないよう精神を鍛えている、鍛錬の一環なんです。」
エクスェイル教官は、むしろあっち目線での解説です。
まぁ昨年までは向こうの生徒だったのですから、仕方ないでしょう。
ですが、エス女は……多分叔父様のせいだと思いますけれど……魔術や学業、訓練以外の場面では精神論を重視しない風潮があって、それはあの鬼の主任ですら影響を受けているのです。
はっきり言えばムダとムリは避けて能率主義。
そのくせ、いざ術式詠唱や教練になると「もっと意志を強く刻みたまえ!」とか「気合が足らん!走ってこい!」とか豹変しますけど、その使い分けは明確です。
耐寒訓練だってしますけど、それと普段の服装とは全然別なんです。
もちろん軍装品への配慮は過保護なくらい行き届いて。
「あれ…‥あれ!エクスェイル先輩じゃないですか!」
「ええ?あの去年卒業した秀才の?」
どうやらエス魔院の男子生徒たちも、わたしたちを引率しているのがかつての先輩だったことに気づいたようです。
さすがは昨年の次席卒業者ですけど……。
「なんだ、エクスェイル先輩、女の学校の教官かよ?」
「やっぱり最後の試験で失敗して首席抜かれるような人だから、どっかユルイんだろうよ。」
「そんな人は女生徒相手にチヤホヤされてるのがお似合いさ。」
……………………なんて失礼な!
さすがに先輩相手に聞こえないよう小声で話しているつもりなのです。
ですが、なぜかわたしには丸聞こえ。
これはきっと叔父様がわたしに憑けている使い魔「酉さん」の声寄せでしょう。
……って、あれ、みんなも怒ってる?
(酉さん、ひょっとして、今のみんなにもきかせたのですか?)
(…………コ~ココッコ)
(こら、聞こえないフリは止めなさい!)
まったく、この使い魔、借り物のせいかホントに言うこと聞かないんです!
「…………。」
そして、どうやらエクスェイル教官にまで聞こえていたらしく、すっかり肩を落として意気消沈の美少年教官です。
教官仕様のトレンチコート姿が、なんだかかわいそう……。
「あ~あ。人間、落ちぶれたくないねえ。」
「ハハハハハハハ。」
……プチ、です。
今、わたしの額で何かが切れたのです、決定的な何かが!
「あなたたち、仮にも先輩に向って失礼です!
もう思いっきり男子の群れに怒鳴り込んだわたしです!
「クラリス、よくぞ言ってくれましたわ!わたくしもエクスェイル教官に対するあのような暴言、見過ごすわけには参りません!」
そして、わたしに続いてやってきたシャルノです……普段はすぐ止めるくせに。
「お、組長の出入りか!なら俺も!」
するとその後も更に続いて、腕まくりするジーナや
「自分ら、よう言うたわ!」
なんてお姫様みたいな顔をすっかり台無しにするエミルや
「エス魔院の男子生徒相手に、なんて無謀な人。でもあのお方の弟子なら当然ですわね。」
レリシア様までわたしに応援してくれるのです……叔父様を賛美するついでみたいですけど。
もちろんわたしのチーム、アルバトロスは勢ぞろい!
「ん、こいつら卑怯者。」
「あたいも怒ったぞ!」
「レンも。こそこそ人の悪口なんてズルいって思うの。」
「私が推理するに、彼らは堂々と言えないという自覚があるんです。ですから、いっそう罪が重いのです!」
「それ言うたらあきまへん……こないなあかんたれにはあけすけ言うてもわかりまへんけどな。」
もう気づけばエス女初年度生22名は、エクスェイル教官ご本人の必死の静止を振り切って、大通りの一画に一列横隊です!
目の前には、十数人のエス魔院の生徒です!
「あなたたち、今すぐエクスェイル教官殿に謝罪しなさい!」
「僕のことはいいですから!蝕の準備で大変な時に!」
なんて言われても、聞く耳もちません!
「もしも謝罪しないのなら」
ずざ!
わたしたちは、一斉にコートの隠しポケットから学生杖を抜き放つのです!
もう、その動作は完璧に同調!
「しんくろりつひゃく」なんです!
「エスターセル女子魔法学園一同は、エスターセル魔法学院に決闘を申し込みます!」
わたしたちの、せっかく続いた平穏な日々は、こうして破られたのです。
思い返せばガクエンサイ前にもそっくりおんなじことがありましたけれど、あの時はイスオルン主任の悪謀(自称、教育術)のおかげでウヤムヤになっていました。
でも、やはり、わたしたちはエス魔院と決着をつけるさだめだったのです!
そして……この時のわたしたちは、まさかこの決闘騒ぎがあんなことになるとは予想だにしていなかったのです。




