第22章 その7 面接
その7 面接
「誓約」を行使した上での緊急集会、それから数日後。
あの後の、教室での「誓約」内容の確認や進路希望の提出なども終わり、わたしたち初年度生22名は全員進級を希望したのです。
正直に言えば、安心しました。
やっぱりみんなと一緒にいたいんです。
「大丈夫だよ、クラリス。あたい、ちゃんと進級して軍人になるから!」
リルは無邪気な顔のまま跳ねるような勢いです!
童顔に似合わないム……も弾んでます。
「ん。魔法騎士になってみせる。」
そしてリトは、お人形のような顔に静かな決意を浮かべて。
「うん。レンも進級するって覚悟したの!」
じつは年下のレンですが、その年齢以上に幼く無垢で純真に見える子です。
それでもそんなレンがともに軍人を目指してくれる。
そう思えば複雑ながらも、胸がいっぱいになってしまうわたしなんです。
「もちろん私もですよ。なにしろクラリスが何をしでかすか心配で、目が離せませんから。」
魔法のメガネを光らせたデニーが胸をはるのですけど、この子はガリガリにやせすぎて、そんなに胸をはったようには見えません。
リルとは正反対。
「リル、リト、レン、デニー……みんな……これからも一緒に頑張りしょう!」
「「「「おお~!」」」」
って、学生食堂の朝食を前に、盛り上がるわたしたちです。
ちなみに今朝の朝食はハムとチーズのホットサンド!
アツアツの一口をかじって……おいしい!
「でもわたし、デニーに目が離せないって言われるなんて、心外です。」
「そうそう!いくらクラリスだって、暴走して危うくメガネもノートも没収されかけたデニーには言われたくないよねぇ~?」
いくら、という言われ方自体は不本意ですが、まぁ、リルの言うとおりなんです。
「それはひどい。ですが、リル。私が推理するに、あなたの場合は進級を希望しても成績が微妙です。次の試験の結果、落第するという可能性がありますよ?」
「うええ、そっちこそひどいひどいよ、デニー……でも確かに!来月の年度末試験、がんばんなきゃ!……でも、フェルノウル教官殿に面接ですごい褒めてもらったよ!2学期はとっても頑張ったねって!それに、苦手な所もちゃんと教えてもらったし!」
「私もですよ!ミスターの指導でバッチリです。次こそは1学期の屈辱は晴らして見せます!」
わたしのチームのリル、デニー、レンは、1学期は下から数えてワン、ツー、スリーでしたから、相当頑張らないとそれこそ落第の可能性があるんです。
「そうなんだ。早くアントに面接してほしいなってレンも思うの。」
「あ、レンはまだなんだ?」
「ミスターの助言があると、全然違いますよ。」
叔父様の生徒たちへの個別面接は連日のように続き、ようやく最後となりました。
それは日頃の怠惰でひきこもりな様子からは、考えられないほどの勤勉さだったのです。
「あんなにあたいのことを見てくれたんだ☆」
もともと叔父様に憧れるアルユンなんか、いつもは不愛想な表情なのに、今は赤味を帯びた地肌を更に赤くして、目がキラキラ☆になってます。
そんな乙女に化けたアルユンは当然として。
「フェルノウル教官もファラのファンだったの~♡ストーカーかもしれないの~♡」
なんて大きなカン違いしてるファラファラも、まぁ、ほうっておくとして。
「軍人教育には不向きな軟弱者!」
「あの姪っこラブのえこひいき!」
「ケモノムスメ好きの変態!」
「トラブルメイカーの怪人!」
などと、叔父様の術式や魔法言語への能力は認めながらも、イマイチ批判的な態度を……概ね正当な評価という気もしますけど……残していたクラスの一部ですら、面接後は大人しくなりました。
それは豹変した、とも言えるくらいで。
「……基本の術式を、例えば魔力矢をもっとしっかり身につければ、術式というものの構造をしっかり理解できて、もう1ランクは上がる?なにそれ?」
「私は、魔法言語。騙されたと思って真剣にやってみて……って、発音から文字の書き順から指摘されまくって……ホント、細かすぎ!」
「術式動作をもっと正確にしようなんて言われて、指先の角度まで一つ一つ直されたよ!……でも……」
「略式詠唱の威力が落ちすぎだから、呪文の要点をちゃんと押さえなさいって、その場でくどいほど指導されて、仕方なく本気でやったら……」
「「「「次のテストでランク的に3っつも上がった!」」」」
まるでアヤシイアイテムの宣伝みたいですけど、こんな生徒が続出です!
そして、そんな面接の最後はわたしたち……。
「ええっと……三人一緒でいいのかい?けっこう細かいことまで話すから、一人一人と面接してるんだけど?」
今日もメルにお茶を淹れさせて、ご自分は座ったままの、メガネの叔父様です。
「まぁ、以前よりは飲めるものになってきたと思いますけど。」
一口含み、まぁ、できるだけ客観的で公平な評価をしたつもりのわたしです。
「もちろんなのです!メルのお茶の腕は日々成長してるのです……クラリス様と違って。」
グサッ、です!
わたしの料理やお茶の腕が致命的に成長していないことをあてこするなんて、なんて執念深いんでしょう!
こんな犬娘に退官なさる叔父様のお伴を許可するんじゃなかった!
思いっきり後悔するわたしですけど、言葉に詰まっている間にメルは早々に席を外しているのです。
うまく逃げられた?
なんて要領がいいんでしょう。
野生の勘なのでしょうか……。
「まあまあ……で、三人一緒でいいの?」
そんなわたしをとりなす叔父様です。
わたしとメルの不仲をこの人なりに気にはしているのです。
で、素直なわたしたちはあっさりその気遣いに乗って。
「ん。叔父上。リデルは平気。」
「レンも。二人ならいいって思うの。」
「わたしたち、もう姉妹みたいなものですから。」
なんて、素直に返事するんです。
「それに叔父様……。」
「ああ。わかったよ。麒麟の件、だね。」
そうです。
霊獣ゲンブの覚醒に立ち会わせただけのクラスのみんなですら、その後魔力量の増大やその回復速度の向上など、さまざまな影響を受けたみたいなのです。
まして、その前に霊獣の中でも中心的な存在、麒麟の昇天に居合わせた、わたし、リト、レンは……。
「では、キミたちの体質の変化とか今後の成長のアドバイスを……キミたち自身から聞いた内容、それから僕が観察したり考えた内容から話しさせてもらおう。」
思わずゴクリとツバを飲んでしまうわたしたちです。
「まず、リーデルンくんから……」
最初はリトから、なのですが、いきなりリトの抗議です!
なんでしょう、この勢い?
「リデル!叔父上、リデルって呼んで!」
わたしの叔父様は、血縁上はリトの叔父さんだそうです。
それに気づいてからリトは、もともと叔父様を優しい教官として慕っていましたし、「兄さんがほしかった」と言ってたこともあり、すっかり懐いて、歳の離れたお兄さんに接するみたいなんです。
だから事情を知ってる者しかいないのに、叔父様が今までみたいに他人行儀に呼ぶと、滅多に使わない「リデル」という愛称で呼ぶよう激しく強要するのです!
甘えてるのです!
「……リデル。」
「ん、叔父上!」
リトは叔父様の隣に移って、なんだか近いんです!
ちぇ、いえ、舌打ちはしませんけれど。
でも、あらためて並んだ二人を、こうしてみると、瞳の色は少しだけ違うけど、顔立ちはどこか似てる。
黒い髪なんかそっくりおんなじ色で……やはり血縁なんです。
叔父様はゆっくりとメガネをかけ直し、落ち着いた声で話し始めました。
「それで、リデルは、自覚してるみたいだけど……」
まず敏捷性の著しい向上、魔力の増大、そしてサムライスキルの習得っていうより、体質的に本来の異世界転移者ヒノモト族としての先祖返り。
……それは、だいたい予想も覚悟もできていた内容です。
「ただ、リデルは魔法騎士科への進級希望だったよね。」
でも、ちゃんとわたしたちの進路希望を見てくれてる。
そして、それに基づいてのアドバイスまで。
「魔法騎士は騎士のような叙勲システムじゃないし、うちの学園が推薦するとはいえ王国が承認してくれるかはわからない……。その辺りも考えておかないといけないよ。ヒルデアルドさんともよく相談して。」
特例が多いので一概には言えないのですが、騎士は貴族騎士社会の一員で、魔法兵は軍の一員です。
そして魔法騎士は未だその間のあやふやな位置づけにあるのだそうです。
それでその後も魔法騎士学科を目指すリトにしっかりとしたアドバイスです。
なんて親切な叔父様……。
「あと、リデルは自覚していないみたいだけど……実は幸運値がすごいことになっている。」
「ええ?」
そんなことまで?
それじゃ、宝くじとか?そう言えばエミルが福引当たったって大喜びしてましたけど……とても大商会の娘とは思えないくらい。
でも、そういう方面には効果ない?
なぁんだ……。
そして、話がサムライのスキルにまで及ぶと、レンが待ちくたびれたか、叔父様をほぼ独占しているリトに嫉妬し始めたのか、いつの間にかリトとは反対の位置に移り、叔父様のマントを手でクイクイ引っ張ったり脇腹を指でツンツンついたり……。
最年少の年齢以上に幼く見えるレンですから、それは似合ってはいるのですが、いつも内気で大人しいこの子にしては珍しいことです。
リトもそれに気付きます。
「ん。叔父上、リデル、もういい……ありがと。」
「そうかい?でもまだ少しあるから、今度でもおいで。」
で、妹分に譲るリトなんです。
わたしには真似できない寛容さです。
「んじゃ、次のレンネルさん……」
「レン!レンネルなんて今さら他人みたいだって思うの!」
だって他人じゃないですか、レンは?
わたしのように赤子の頃から姪として愛されたわけでもなく、リトのように血縁上のつながりが発覚したわけでもないのに?
「違うの!クラリスはアントの姪で、リトも実は姪なんだから、二人の義妹のレンはアントの義理の姪だって思うの!」
もう、普段は内気なこの子がこんなに自己主張するのは叔父様相手の時だけじゃないでしょうか?
「それじゃ……レンさん?」
「だからなんでさんづけなの?」
それは叔父様が少年に戻ってた時に、レンと会った記憶がどこかに残っているから。
レンだって「アント」ってずっと呼んでるし、お互い様です。面倒くさい二人なんです。
それでも、ようやく納得したレンに話した内容は
「レンさんも、自覚はないんだろうけど」
やはり魔力・体力の向上が認められ、加えてもともと持っていた感応力、共感力の上昇。
「それに、最近は、親しい仲間とは普通に念話してるよね?」
そうです。
わたし、リトが相手なら、術式によらず思念で会話できている。
でもそんなこと、どうやって気づいたんでしょう?
「それは、生まれながら持っていた……キミの一族の力を強めた可能性が高い。」
つまり、レンも「夢見の一族」として先祖返りみたいに?
それは大変!
これ、秘密厳守です!
「最後はクラリスだけど……」
わたし相手にあのわざとらしいクンはなくなったのは、叔父様にしては上出来です。
さすがに前の二人で学習したのでしょうけど。
「まず、魔力・体力の向上は二人と同様、いや、それ以上だね。特に魔力の回復速度は異常と言っていい。」
「異常!?異常ってなんですか!」
乙女相手になんて失礼な言い方なんでしょう!
「……落ち着いておくれ。本題はまだまだこれからなんだ。」
なのに、叔父様はそんなこと気にもしない。
それはいつもの人の気持ちに鈍感というだけではないのです。
もっと深刻なことがあったから。
「……キミはもともと術式の習得が早かったけど、冬季実習辺りから、ほとんど一見の術式や儀式魔術すらその場で習得しているよね?」
叔父様に言われたくはないのです。
叔父様こそ、昔から術式やらの習得はとても早くて、わたしは呆れていたくらいなんです!
「ああ、そう?でも、僕は習得できても使えないよ。魔術回路が起動しないからね。キミは見て覚えてすぐに行使できる……もう、それ、反則だよね。」
「…………でもわたしの場合は叔父様から戴いたこの指輪のおかげでは?」
「それはあるけど……あれだけじゃ、そこまでの効果はないと思うよ。キミの学習効果はもはやラーニングというスキルに匹敵している。」
らあにんぐ?
……つまりは、見たり聞いただけですぐ習得できるって言うこと?
それは、確かになんだかカンニングみたいでズルしてるみたいで、叔父様じゃないけど反則みたい。
正直、心苦しい……楽ですけど。
「それに」
「まだあるんですか!?」
「ああ……キミの事象への影響は……もはや特異点クラスと言っていい。」
「……は?」
はしたなくも思いっきり口が開いたままで、あわてて閉じるわたしですけど。
「それは因果律が歪むくらい……キミたちが3人集まったら、これじゃ吉祥獣が顕現するのに近いくらいだよ。どうりであの程度の召喚術で竜亀は出るは、目覚めたばかりの玄武が妙に聞き訳がいいは……」
「あの……叔父様?」
幼いころからこの人に師事していたわたしですら、意味不明の単語の羅列……。
リトやレンに至っては言語にすら聞こえていないでしょう。
リトは天井を見上げてボーッとして、レンは首が直角になるくらい傾いてます。
それでも二人ともかわいいんですけど、どこか虚ろな感じです。
わたしたちのそんな様子を、叔父様も気づいたみたいです。
さすがのこの鈍感な人でも……。
「つまりそれは……」
ゆっくりとメガネを外し、微苦笑を浮かべながら、優しく、言い聞かせるようにお話しになられる叔父様です。
きっと叔父様にしてはわかりやすい言い方で伝えたつもりなのでしょうけど。
「キミはもう、僕を騒動の原因なんて非難できないってことさ。」
でも、それはとっても不吉な言葉なんですけど!