第22章 その6 約束はいつの日に
その6 約束はいつの日に
「……この不良教官、いますぐ首にしてやりたいわ!」
集会の後、学園長室で思いっきり怒り心頭のセレーシェル学園長です!
集会中は自制しておられたのでしょうけれど、今はいつもの落ち着いた大人の女性イメージが台無し……。
「それは願ったりだ!こっちだってもともと女の子を軍人にしようとするブラック学園なんかまっぴらだったんだし!」
で、まったくそれ気にせず暴言を放言する叔父様です。
こっちはもともと子どもじみた人ですけれど、今は普段にもまして……。
「なんですって!この叔父バカの姪好きの変態!過保護もいい加減にしなさい!」
「そっちこそ!人でなし!少女の敵!」
これでは、もう子どものケンカです。
「二人とも、生徒の前ですし、落ち着いてください。」
こんなお二人の仲裁に入られるのは、学園一のいい人、ワグナス副主任です。
それはまるで、「ごじら」と「もすら」の戦いの真っただ中に飛び込むような、勇敢で気高い行為なのですけれど。
「ふん。学園長、この男に何を言ってもムダだ。」
同席するイスオルン主任は、あの人の悪い笑みを浮かべて他人事。
「ふぉふぉふぉ。セレーナもまだまだ若いのぉ。子どもの頃を思い出すわい。」
学園長のお父上であり、叔父様の師匠でもあるセレーシェル超級魔術師に至っては、遠いまなざしで昔を懐かしんでいらっしゃいます。
やれやれ、なのです。学園長がお怒りなのは、叔父様のせいで、我がエスターセル女子魔法学校の秘密の一端をわたしたち生徒に話さざるをえなくなってしまったということに憤慨していらっしゃる。
軍学校としてはアリエナイほどの逸脱行為をしているわけで、秘密の厳守には、わたしたち生徒や教官方にすら誓約……で言うより制約……を行使したほど徹底していました。
ですが、叔父様の気持ちもわかるのです。
何も知らされないまま、疑問だけを膨らませて毎日の訓練や授業に打ち込めるのか、わたしだって自信がありません。
ですから叔父様の気遣いが、わたしたちへ向けた好意や信頼がとてもありがたく感じるのです。
「……で、クラリスさん。あなたは三日間の停学です!」
ぐっさあ!
いきなり向けられた矛先がわたしの心臓を直撃!貫通です!
「僕をクビにすればそれでいいだろ!この子には」
「関係大あり!もとはと言えば、あなたが姪に気づかれたのが悪いんです!」
わたしの処分を巡って口論が再開したのですが、わたしの頭の中はもう停学でいっぱいです。
「まあまあ、学園長……生徒にも気づかれるような秘密ですから。」
「内輪で秘密保持に苦労するより、学園の意義を打ち明け生徒の信頼を得たほうが訓練の効率も高い。教育術として余程、合理的だ。」
「まったくじゃ。バカ弟子ながらな……セレーナだって納得した上で決断したんじゃろ?英断じゃったぞ。」
「それでも頭に来るのよ!この人のおかげで今までどれだけ大変な目にあったか!」
ていがく……ていがく……ていがく……ていがく……ていがく……ていがく……。
「それはそうですけれど……ですが彼のおかげで学園の計画が」
「おい、それは言うまい。こいつがつけあがったらどうする?なにしろ元の計画はもはやこの男に乗っ取られたようなものなんだぞ。」
「……だれが乗っ取ったって?僕は明確な指針を提示しただけだぞ!それでも軍人を目指すっていう生徒たちの安全を考えれば相当の妥協だ!このブラック学園ズ!」
「ふぉふぉふぉ。まぁ、そういうことじゃ。お互い様で、差し引きトントンでいいじゃろ?」
テイガク……テイガク……テイガク……テイガク……テイガク……テイガク……。
「みんな甘いわよ!……まさか買収でもされてるの!?」
「ば、ばいしゅうなんて!ま、まさかじゃないですか!『レインウッドの呪文大全』などの魔術書を20冊ばかり借りているだけですよ!」
「も、もちろんだ!ドラゴンブラッドなんてブランデー、聞いたこともない!」
「メルメルちゃんのふぃぎゅあ……ああ、かわいかったのぉ……」
TEIGAKU……TEIGAKU……TEIGAKU……TEIGAKU……。
「……全員有罪なのね!」
「学園長だって僕の新作ケーキ、食べたじゃないか。あのストロベリーソースと生クリームでデコレートした、新春紅白ケーキ。」
「あんなモノで買収なんかされるもんですか!食べたって、利益誘導しなきゃ買収されたことにはならないわ!」
「それはただの食い逃げではありませんか?」
「人聞きが悪いわね!一方的にプレゼントされたからイヤイヤ食べてあげただけよ!」
「イヤなら捨てればいいだろうに。」
「あのケーキか、セアラやセオルと一緒に相当うまそうに食っとったぞ?しかもわしにもよこさんでペロリじゃ。」
「うるさいわね!」
…………この時のわたしは、まだ「停学」と聞かされた衝撃でウツロな状態だったのです。
しかし後で冷静になって思い出すと、けっこういろいろ暴露されていたのです。
そしてそれはこの後も……。
実はセレーナ・セレーシェル学園長は、当年27歳で、しかも女性ながらも上級魔術師という尊敬すべき方なのですが……
「とにかくだ!生徒に打ち明けたことは当然で必然だ!そのことでこの子を責めるのはやめてくれ!」
「何をもっともらしく言ってるのよ!一介の講師のくせに!そもそもだけど、だいたい、あなた、20年前から生意気なのよ!」
「20年前って、キミはまだ子どもだったんだろ!なんで子どもに生意気なんて思われなきゃいけないんだよ!」
実は、叔父様はセレーシェル超級魔術師の私塾で学んでいた際に、当時7歳の学園長の弟弟子だったとか!
ところが、叔父様は学園長をきれいさっぱり忘れておられて……まぁこの人、キホン他の人に興味ありませんし、それこそ当たり前なんですけど……一方学園長はこんな人のことは思い出したくもないので、昨年再会した時は他人のフリだったそうで。
今にして思えばあの論文術式の製作者について過剰に警戒していたのもわかる気がするのです。
「……待てよ?言われて思い出したけど、魔術言語については僕の方が相当進んでいて、けっこう教えてあげたんじゃなかったか?」
「覚えてないわ、そんな昔の事!」
「ふぉふぉふぉ、セレーナが、最年少で上級魔術師に認定されたのは、幼少期に魔術言語をみっちり学んだおかげじゃよ。」
「そんなことないわ、才能よ!」
「……あの、セアラとセオルってどなたです?」
「同僚のくせに知らんのか?セレーナの子じゃよ。セアラが姉でセオルが弟じゃ。二人ともセレーナに似てかわいくて、しかも魔術の才能も有望じゃぞ!」
「そうだ、ワグナス、お前、どうだ?」
「は?」
「お前、いい年して独身のくせに女子校の教官だから悪いうわさが立つんだ……学園長は今、独身だぞ。」
「父さんに主任まで、なにばらしてるのよ!さっきから!」
「そうじゃ、こいつ、無能で惰弱なダンナを追い出しての。今は独り身じゃよ。そうか、ワグナス、お前も独り身なら……どうじゃ?」
「勝手に縁談すすめないで!だいたい無能で惰弱って、そんな男と結婚させたのは父さんでしょ!」
「あの頃はわしも若かったのぉ。人を見る目もなかったし、女の幸せは結婚しかないと思い込んでおった……ふぉふぉふぉ。」
「ふぉふぉふぉじゃないわ!今さら理解ある父親ぶって!おかげでわたしバツイチよ!」
停学……停学……停学……停学……停学……停学……停学……停学……停学……。
ハッ!
で、思い出した今となっては、聞いちゃった罪の意識で一杯です!
これ、学園の秘密を突き止めた時より、よっぽど重くないですか!?
それでも、この後もいろいろあって、結局、叔父様の即刻辞職はなし、わたしの停学も取り消しです!
思いっきり安心するわたしです。
それなのに。
「ちぇ。キミの停学取り消しは当たり前だけど、僕まで現状維持か。こんな非人道的なブラック学園、さっさと辞められるって思ったのにな。」
教官室で、お茶を淹れてくださりながらも、こんなグチをこぼす叔父様です。
「叔父様、そんなこと言わないでください。あと二か月余りでも、わたし、ううん、わたしたちはもっと叔父様から学びたいことがあるんですよ……できれば卒業まで……ぐす。」
話しているうちに、自然に目がジワってなっちゃったわたしです。
ホントにこの人はわたしの気持ちなんか……。
「ゴメン……でも、最初から3月までのつもりだったし、それに僕にだってやらなきゃいけないことができたんだ。今が最後のチャンスで……。」
それが何かは教えてくださらない。
でも、わたしを大事にしてくれる叔父様が、わたしを置いていかなければならないことです。
本当に重大なことなのはわかるのです。
「……でも、せめて約束してください……。」
わたしは叔父様に強引にいくつかの約束を迫るのです。
「誓約」は使えませんけど、わたしとの約束ならば、叔父様にとっては「制約」以上に効果的なはず。
「一つ、メルを連れて行くこと。」
叔父様がいなければ、あの犬娘は生きていけない。
どんなに不仲なわたしでも、それくらいはわかるのです。
「え?でも、メルにはメルの人生があって、いつまでも恩返しなんかで僕に縛られちゃいけないんじゃないか?」
なのに叔父様自身が気づかない、わからない、考えない。
たった十日ほど叔父様と離れていたメルが、どれだけ……。
「本人にも聞いてください。でも、叔父様……メルがいなければ魔術も使えない叔父様はご不自由でしょう?」
いくら魔術巻物製作者として優秀で、呪符物製作者として名工で、術式詠唱者としては頂点にいらっしゃるかもしれない叔父様でも、魔術そのものは使えない。
「それに、身の回りのことをするメルがいないと、叔父様は……」
髪はボサボサで、お髭だって伸びてしまうし、服に至ってはろくに洗濯もしないのです。
「……別にいいじゃないか。身だしなみなんて、少しだらしないくらい。誰の迷惑にもならないんだし……」
「少し!?……メルの前にお世話していた、このわ、た、し!に、それを言いますか?」
実家の叔父様のお部屋は、幼いわたしの安らぎの場であり、戦場でもあったのです。
片付け、お掃除、蔵書の管理、そして何より叔父様のお世話!
髪を整え、衣服を着替えさせ、なのに、目を離すともう、なんにもしないんです、この人!
その気になれば意外にできるくせに!
「……ゴメン。まぁ、メルが側にいてくれれば、僕もいろいろ助かるから、頼んでみるよ。」
どんなにメルが叔父様を慕い必要としているのか、それすら自覚に乏しいこの方は、やはり人としての何かが欠落しているのでしょう。
ご自身もメルを愛してはいるのです。
それでも「自立させなきゃ」とか「強制したくない」とか……おそらくわたしにも同様の気持ちでいるのかもしれません。
それから数分後、教官室に戻ってきたメルです。
「……ご主人様?」
珍しく緊張気味の叔父様です。
そんな固くなることじゃないのに。
「あのね、メル……僕が3月に退官する話は以前したんだけど……」
「はい……確かにお聞きしたのです。」
その緊張が伝染したか、声が上ずり気味のメル。
何を言われるのか不安になったのでしょう。
犬の耳がピクピクしているのです。
「それで……まだ話してなかったけど……」
だからそんな深刻に話すことではないのです!
ホラ、メルが誤解して。
「まさか……まさかご主人様!?メルをまた置いていくのですか!一人にするのですか!」
もはや犬の尻尾もフルフルと震え、大きな目には涙が浮かばんとしています。
……見ているわたしがつらくなるのは、きっとわたしがそんな気持ちだからです。
「イヤ!イヤです!ご主人様!メルはご主人様と離れて生きていけないのです!また置いて行かれるくらいなら……いっそ!」
「ああ、違うんだ!違う!……もしもメルがイヤじゃなかったら」
この期に及んで「イヤじゃなかったら」?
ホントになんにもわからない叔父様!
「メルについてきてほしいんだ。もう生徒にも慕われて、同僚もそれなりにメルを評価してるし、そんなメルを連れて行くのは心苦しんだけど」
「ご主人様……メルを連れていってくださるのですか……。」
「あ、ああ。メルがイヤじゃなかったらだよ?何しろ僕はクラリスが言うには身だしなみもできないしひきこもり体質だし騒動ばかり起こしちゃうし……」
それ、わたしだけが言ってるんじゃありませんけど……そんな文句も言いたいのです。
でも、もうここまで!
見ていられません!
わたしはうれしさで大泣きするメルの声を背中に、教官室を去るのです。
「そんなに、泣くほどイヤならムリしなくても……」
「うえ……うええ……うええええん……」
まだわかってない叔父様に抱きつくメル。
バタン。
わたしは静かになった廊下で一人。
ただメルをお伴に連れていくだけの話なのに、これではまるで……なんだか、叔父様をとられたみたい。
そんな複雑なもやもやに囚われたまま、わたしは学生寮に帰るのです。
わたしと叔父様の約束は、あと二つ。
でも、それが実現するのは……もっと後のことなのです。
「ん。お帰り。」
「どうせアントのお部屋にいたんだってレンは思うの。」
「レン、それは見事な推理です!」
「デニー、それはあたいにだってわかったよ。」
学生寮の玄関には広めのロビーがあるのです。
でも出迎えてくれた仲間の中に?
「クラリス、あなたやっとお戻りですか!」
「めっちゃ遅かったね。」
寮外生のシャルノにエミル、さらにその後ろにミュシファまでいたのです。
「……なんで学生寮にシャルノたちがいるんですか?」
わたしの親友で商家のエミルはまだしも、シャルノにミュシファのような貴族の子女が来たのは初めてでは?
「なんで!?あなた方には自覚がないのですか!またあんな騒動を起こしておいて!今度は何をしでかしたかと思えば……」
「まあまあシャルノ、怒るのはわかるけど、今回はしかたないよ。特に害もなかったし。」
「そうですぅ~逆に学園のことを教えてもらって、ワタシも覚悟ができたんですぅ~。」
「ん。」
「しかも騒動の大半はほとんどデニーのせいだって思うの。」
なんて話でロビーは大賑わい。
後で寮母さんに叱られたくらいです。
でも……みんながにぎやかなおかげで、わたしの気持ちは暗いもやもやが少し晴れていくのです。
そう。
わたしにはこんなに仲間がいる。
ですがメルには、やはり叔父様しかいないのです。
だから、今は……。
「……クラリス?」
「どうしたの?なんだか沈んでるってレンは思うの?」
リトやレンのような義姉妹がいます。
「みんな、騒動に慣れすぎですわ!いいですか、クラリス、何事も慎重に……聞いてます!?」
「シャルノ、めっちゃ不機嫌だね。」
「うう~シャルノ、怖いですぅ~でもそれだけシャルノはクラリスが心配なんですぅ~。」
「ミュシファ怯えないで、あたいがついてるよ。よしよし。」
「閣下、私のせいなのに責任を押し付ける形になってしまって、申し訳ありません!」
あんな集会の後に訪ねてくれる友人たちもいます。
みんなと一緒にここで学び、そして戦場に行く。
そんな道を選んだわたしです。
ならば、叔父様のことは、あの半獣人の犬娘で使い魔メイドの、できの良すぎる妹弟子に任せるしかないのです。
そして、叔父様と交わした約束が実現する日まで、頑張るだけなんです!




