第22章 その5 魔法学園の秘密
その5 魔法学園の秘密
翌朝。登校したわたしたちを待ち受けていたのは、臨時集会の通達でした。
「ああ、それはやめてください!それだけは!」
そしてデニーの悲痛な声が響くのは、その数分後のことなのです……。
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「叔父様!お答えください!」
前日、叔父様の教官室で、我がエスターセル女子魔法学園のナゾを解明すべく、デニーとジェフィをつれて迫ったわたしです。
異色の二人は、ここ数日の調査の間に多くの失敗を繰り返し(主にデニー)、時に暗躍して仲間の不信を買い(全部ジェフィ)、それでも推理やら世間知やらを駆使してようやく一つの推論を得たのです。
それはわたしにとっても充分に説得力を持つものに思えました
それはわたしたちが軍学校で魔法兵として育成されてながら、卒業後は「私たちは、卒業してもバラバラに配属されない。
まして、一般部隊には配属されない」というものです!
それが具体的にはどういうことを表すのかまではわかりませんが、少なくともわたしたち一期生現22名は、一括して同じ部隊に配属される可能性を強く示唆するのです。
「……さて、僕の権限では、話すことはできないな。なにしろ僕は一介の下っ端講師だからね。しかも……おっと。」
危うくわたしにしか話していない、ご自身の秘密まで口走りそうになる叔父様は、秘密厳守に最も不適格な人に間違いないのですが、それでも中途着任以後わずか半年足らずにも関わらず、学園の警備主任的な立場におられ、かつゴラオンや機甲馬車などの各種装備を独自開発され、アドテクノ商会やテラシルシーフェレッソ伯爵家、更には王弟サーガノス大公とすら独自のつながりをお持ちになっているのです。
本人がおっしゃられるほど軽い存在ではない。
そんなことはわたしでなくても多くの生徒が気付いている……もっともそれ以上にトラブルメイカーとして有名なのは言わずもがなですけど。
「返信だな。ええっと……なんだって『このバカ また姪に甘い顔して ばらしたんでしょ』?」
叔父様は右手人差し指の教官用の指輪を操作して、そんなことをつぶやきます。
魔伝信の画面を隠しもせず、声に出してる段階で秘密保持上問題ありすぎです!
別にわたしに甘いわけじゃないです……甘いけど。
「学園長め。思いっきり誤解してるな……やれやれ。『面倒くさいことになる前に直接来なさい』?」
続く第二信も読み上げ、ようやく重い腰を上げる叔父様です。
「キミたち。今日は帰りたまえ。後は……多分、明日まで待って。」
叔父様は気乗りしない様子です。
何しろ基本的に部屋から出たがらないお方ですから。
そんな叔父様に甲斐甲斐しく服や髪の手入れを始めるメルです。
あの犬娘、なんて幸せそうに。さっきわたしと決闘したなんてそぶりは、もう欠片も見えません。
ちぇ、です。
いえ、舌打ちはしませんけれど。
「あの、ミスター?」
「デニーはん、それ言うたらあきまへん。」
この時は「はてな」の、このやり取り。
後で聞くとこんな感じです。
デニーが、学園の秘密を探ろうとしたわたしたち自身が学園長室に同行しなくてもいいのかという正直な質問しようとしたのを、ジェフィは叔父様がワザとそれを言わずにわたしたちを帰そうとしていると察し、言わせまいとしたのだとか。
後で聞いたわたしには、改めて二人の地頭の良さと正反対の気質に気づかされたのです。
そして、この時の叔父様は、その様子にコミュ障ながら何かを感じたのでしょうか?
「クラリス……友達を大切にね。特に自分を支えてくれる仲間は、大きな宝だ。」
なんて、ご自分には友人らしい人は一人もいないくせに、わたしにはそんな常識的な教訓を言いたがる叔父様です。
でも、それでもそのお心はうれしいのです。
時にお節介が過ぎるとしても。
「はい、叔父様。二人はわたしの大事な戦友です。ずっと大事にします。」
日ごろから情報収集を欠かさずその分析に長けたデニー(詮索好きな醜聞探偵とも言いますけど)に、わたしたちにない視点と経験を持ったジェフィ(元貴族で腹黒陰険謀略女!)は、クラスでもとりわけ貴重な存在です!
「班長閣下!」
でも閣下はやめて。
いつもながらこの子は感激しすぎです。
またあのメガネ、怪しく光ってるし。
「……そないなお世辞なんて、なんやむず痒いだけです。」
まぁジェフィですからこっちは軽く流されますけど。
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で、ワグナス教官の説明の後、二列縦隊で講堂に駆け足で向かうわたしたちです。
講堂は、年末年始の突貫工事で増築された設備の一つです。
室内演習場の二階にあります。
ちなみにその更に上の屋上にはなぜかプールがあって、わたしなんか思わずここから巨大ゴーレムが出撃するのでは?なんて言って、シャルノに呆れられエミルに笑われました。
一方、リトやレンはぜんっぜん笑ってませんでしたけど。
むしろ顔がひきつってたくらい。
講堂は、儀礼的な集会のためにつくられた施設ですから、内装もそれなりに立派です。
両側のあるたくさんの大窓にもカーテンなんかではなくて分厚い暗幕が、壁にとりつけた室内灯もランプではなくおしゃれな銀細工の火精灯が使われているのです。
もっとも今は天井の大きなガラス窓からプール越しに陽光を直接取り入れていますけど。
「そこで止まれ!」
講堂の入り口には、やや広い空間がありますが、ここにいたのはイスオルン主任です。
いつも怖いお顔ですが、とりわけ今日は……そう言えばクラス担当のワグナス副主任も今朝はあの温厚さをややひそめていらっしゃいました。
思わずとなりのジェフィと目があってしまいます。
一列前のデニーも振り向いて……。
「やっぱりジライを踏んだみたいですね。」
ジライとは異世界の兵器で、なんでも踏んではいけないモノなんだそうです。
「またそないわからんことを言わはります?」
「……私が推理するに、それは土系の『落とし穴』みたいな術式でしょうか?」
要は、学園の秘密を探ろうとしたわたしたちの行動に対して、学園側は秘密保持のために、クラス全員を拘束するような手に出た、ということなのでしょうか?
「でも……きっとみんな一緒だから……」
「そこ!口を開くな!」
主任の「雷撃」を思わせる罵声です!
しかし、いつものような懲罰を命じることはなく、それは集会の進行を優先していることをうかがわせます。
それほど大事な集会なのです……クラスのみんなも不安そうです。
「集会の前に、集会の内容を口外させないため、全員この場にて、『誓約』をしてもらう……なお拒絶する者は、自動的に本校生徒の資格を喪失する!」
無言の悲鳴!
そんなものがあるとしたら、まさにこの場のわたしたちから発せられたことでしょう!
あの鬼の主任がひときわ人相を悪く、いえ、厳格にしておっしゃったからこその無言。
しかし内心はいかな軍学校の生徒で身分は軍属だとしても、いきなりこんな一方的な通達なんか信じられないのです。
「主任!質問があります!」
「質問は却下する!」
そして、これ!
以前の主任ならまだしも、復帰後の主任は生徒の質問にも誠実にお答えなさっていました。
それが質問すら認めない……。
「ウチら、何をやってしもうたんでしょうか?」
あのジェフィが。
鉄面皮、いえ、多重顔面装甲を誇るジェフィですら、こんな弱音を言い出すのです。
誓約。
しかし、それは別名では制約とも言い、更には呪い(カース)でもあるのです。
つまり、誓った行為に反することはできないよう、一種の呪いが発動するのです。
それでも誓いを破った者は、術者の技量や意図によっては最悪死ぬこともあるのです。
わたしは昨年の夏に、学園の作業の一環で保存文書の廃棄を行う前にも行ったのですが、その時は仕事の内容も知らされていましたし、教官の推薦のあるアルバイトのようなものでしたから迷いはありませんでした。
それでも不安が皆無ではありません。
まして、初めての、事情もまったくわからないみんながこんなことを言われて動揺しない訳がない!
あのシャルノですら微かに不安そうです。
エミルなんかあのきれいな顔がくちゃくちゃ。
ミュシファなんか泣いてます!
ファラファラが平気なのはわかってますけど。
「主任!お願いです!質問ができないのなら……せめてみんなに一言言わせてください!」
その直後、わたしの背筋は主任の視線で凍りつくのです。
まさに無詠唱で「凍結」された、と錯覚するくらいです。
それは伝説の、あのエスターセル湖の主が悪さをして、主である湖の精霊に凍らされた気分なんです。
でも。
「きさまが戦隊長として、クラスの動揺を鎮めたい、と言うのなら、十秒だけ許可する。」
悪辣なお顔はそのまま。
邪悪に光るあのマルメガネも。
それでも主任はわたしの権限を最大限に拡大解釈してくださったのです。
「ありがとうございます!」
だから大丈夫。
わたしは学園長はじめ教官方が、わたしたちのことを信じ、守ってくださることを疑わないのです。
「みんな、騒動を起こしたのはわたしです。でも、巻き込んだわけじゃない。これは少し早く知っただけの、わたしたちの、学園の未来です。だから、むやみに怖がらないで、落ち着いてください!」
その言葉がどれだけ効いたかはわかりません。
シャルノは諦め顔というより呆れ顔、エミルは一転して笑顔、ミュシファはそれでも泣き止んで……。
そう言えばリトもレンもさっきから全然平気そう。
いえ、リルもそうです。
アルバトロスのチームメイトは、いつも最前線で一緒でしたから、きっとわたしを信じてくれている。
他の子たちも、少しずつ動揺が鎮まって。
結局全員が主任の前で「制約」を受けたのです。
わたしにはこんなに宝物がいっぱいあるんですよ。
もしもこの場に叔父様が居たら、絶対そう話すんです。
わたしなんかの言うことを、みんなも、そして主任だって認めてくれたのですから。
なのに。
「では、続いて秘密保持のため、記録の手段や媒体および各種アイテムを一時預かる。特にマジックアイテムは生徒用指輪に至るまで、全て預からせてもらう。」
こんな当たり前の指示に。
「ああ、それはやめてください!それだけは!」
なぜかデニーが悲痛な声を上げるのです。
「デニー?特段変わった要求でもないし、そう騒がなくても……?」
「どうしはりました?預かるだけ言うてますんに?」
なんてわたしたちが言っても全然ムダ。もう両腕を振りまわして!
「ダメです!この……この……メガネだけは!」
どて。
みんな一斉に転倒するのです。
同室のリルによれば、デニーは寝る時も決してメガネを外さないとか。
ですからわたしたち、実はこの子の素顔を見たことはないのです。
以前からそうなのに、三択ロース(叔父様)からこの魔法のメガネをもらってからは、それはもう大事にして……。
「でも、それはそれ。」
「……これはこれ、ですなぁ……」
わたしはデニー背後から羽交い絞めにして、拘束!
ジェフィがそのスキにメガネを奪取するのです!
「ああ!ミスターから戴いた家宝が!」
「…………頼む、お前ら……いいかげん静かにしてくれ……。」
命をとられたみたい騒ぐデニーとは対照的に、イスオルン主任は力なくつぶやくのです。
ちなみにデニーは、常日ごろメガネのスペアを最低三つは持ち歩いている変人です。
ですからマジックアイテムのメガネを取られたって、素顔をさらす前にはもう別のメガネ。
「素顔見る暇なかったし、あたい見たかったなぁ。」
「…………ほなら、なんであないに大騒ぎなさるんです……なんや疲れました……。」
「もう集会なんかいいってレンも思うの。」
「ん。帰りたい。」
おかげでさっきまでの緊張感が全くなくなって。
なのに……
「あああ、それもダメです!わたしの日ごろの調査結果を記した、大事なノートだけは!」
また?
しかも今度は、あのデニーノート!
それは、教官方の交友関係や秘密の趣味、更にはわたしたちの胸のサイズまでメモしているという噂の……。
「それは没収で。」
「ん。廃棄でいい。」
だから、みんなも冷静にノートの取り上げに協力なんです!
「あああああ、わたしのノートォォォ……」
そんな悲鳴は、もう主任ですら、聞いてもいないのです。
すっかり無駄な時間を費やし、それでも講堂に入って隊形を一列横隊に組みなおせば、軍人教育ももう十か月め、厳粛な集会にすっかり合わせるわたしたちです。
「学園長に……敬礼!」
いつものようにワグナス教官が司会を務め、その指示にもとに魔法兵式の敬礼をするわたしたちです。
そんな様子をイスオルン主任はじめ、ミラス准教授やスフロユル医務主任、多くの教官方が見守っています。
その中には……なんと、ヒュンレイ教官まで!?
あの叔父様以上に人嫌いで、教官室内に迷宮まで作って、来客すら魔王を倒しに来た勇者の如く忌み嫌う超変人が列席しているのでありませんか!
まさに学園の主な者はこの場に集められているのです。
もちろん、フェルノウル教官こと叔父様とその侍女で教官のメルも、セレーシェル超師のお隣にいらっしゃいました。
「のぉ、弟子よ。お主の弟子のメルメルちゃん、ワシにくれんかの?」
「師匠……見る目があるのは認めるけど、だれがやるもんか、このひひじじい!」
「ご主人様……ご主人様がメルを守ってくださるのですね!ああ、メルは幸せなのです!」
…………この人たち、ホントに師弟なんですね。
ひょっとしたら叔父様の困った性癖の一部は、この超師の影響なんじゃあ……。
「そこ!騒がないで!生徒の前でなんて恥ずかしい!」
すっかりお怒りのセレーシェル学園長です。
肉親が衆目で不始末をさらすと、本人よりこっちが恥ずかしいのです。
そのお気持ちは、よぉぉぉぉっくわかるのです。ホントに。
ですが、そんなわたしの共感なんて伝わらず、壇上から厳しい視線を向けられたのは、わたしも同じ。
「さて、みなさん。我がエスターセル女子魔法学校は、王国初の女子の軍学校として昨年創立され、以来私たちは教官、学生一体となって多くの困難に立ち向かってきました……。」
叔父様の起こす騒動は別格として、それでもキッシュリア商会に暗躍され、戦場実習では南方戦線の崩壊に巻き込まれ、ガクエンサイでは邪巨人と戦いながら多くの市民を救出、更には核人主義コアード一党の襲撃を受けました。つい先日の冬季実習では、霊獣ゲンブの上でコアードの逆襲に竜亀の召喚で、教官は呪われるは猛吹雪でみんなは行動不能になるは、何度死にかけたのでしょうか?
それでも生徒には一人の重傷者も出さずに全員生還!
一番の重傷者は、右腕がなくなったり、暗殺されかけたり、魔術回路を二度も焼き切った叔父様なのは間違いないのですけど……。
「しかし、そんな中、一部の生徒が我が学園の機密を探り出そうと活動を始めました……。」
痛い!
みんなの心の視線がなぜかわたしに集中して、思わず悲鳴を上げたいのです!
「一部の生徒一号」としては心当たりありすぎで、もう小さくなるだけですけど。
ちなみに「一部の生徒二号」デニーは意外に平気そうです。
彼女は謎の解明を正義と信じるビョーニンですから後ろめたさが全くないからなのでしょう。
「三号」ジェフィに至っては完全に他人事!
顔面も心臓も装甲厚過ぎです!
「もちろんそれはスパイその他の利敵行為ではなく、学生全員の安全、そしてこの学園の存在意義を確認する行為であり、それを咎めるつもりはありません……そんなに厳しくは。」
咎めるんですか、やっぱり?
これってまた停学でしょうか?
再び学園長ににらまれるわたしです。
「しかし、わずか数人の学生ですら学園の現状から推測しうる、となれば、むやみに隠し立てして学生を不安がらせるよりは、むしろ打ち明け、共に進むことを考えるべきだ、という意見もあり……」
あ、それ絶対叔父様です!
「予定より少し早いのですが……昨夜の会議の結果、必要なことをみなさんにお話しすることに決定したのです。」
昨夜の会議!?
わたしたちが叔父様に秘密の解明を迫り、その説得で引き上げた後、学園長はじめ主要な教官方はそんなことをしていらっしゃったとは!
イスオルン主任とワグナス副主任、そして学園長の視線が向いた先にいるのは、もちろん叔父様ですけど。
これはこれで、関係者が誰か丸わかりで、やっぱりこの学園は秘密保持の面で叔父様以外にも不安要素があるって思うんです。
「ですから……これから話す内容は、先ほどの誓約に従い、必ず厳守していただきます。それは、軍の機密に該当する内容だからです。例え家族であっても、漏らしてはいけません。また教官の許可する場面以外では、この件に関する会話そのものを禁止します!」
そんな再度の忠告の後、ようやく学園長はお話になるのです。
「まず……再来年三月に予定していたみなさんの卒業時期は、数か月早まる可能性があります。」
その瞬間、悲鳴こそもれなかったものの、初めて聞いた全員が身じろぎし、講堂内の空気が大きく揺らぎます。
わたしは、そう。
叔父様に聞いて、みんなより早く、更に正確に知っていますけれど、それでもやはり小さな諦めと納得はあったのです。
ホントは多分一年。
きっと今から十四か月後には、わたしたちは卒業し、戦場に行くのです。
「我らが先達であるエスターセル魔法学院では、来年度の卒業は半年早まり、今年の十月には実習ではなく実戦に赴くことが決定しました。私たちもそれくらいは早まる、そう覚悟してください。」
わたしたちの卒業と実戦配備が一年早まる、というのは可能性が高いけれど未だ確定ではない、ということなのでしょう。
それでも……リルやミュシファと言った、軍人になる覚悟ができていない子たちにとっては大きな衝撃。
それに……デニー。
彼女もこのことは知らされていないので、ショックなはず。
「それからもう一つ。みなさんは、他の軍学校の卒業生とは違い、配属先が異なる、ということはありません。」
やっぱり!
デニーとジェフィが考えた内容は正しかったのです!
ですが、言われた内容が未だ把握できない子がけっこういます。
ひょっとしたら卒業後は普通はバラバラ、その常識すらない子もいたのでしょう。
そんな子はキョロキョロして落ち着かない。
それを見かねたのでしょう。
「いい。あなた方は卒業しても一緒なの。同じ部隊の仲間。ずっと戦友としてやっていけるの……わかった?」
「ホント!?ずっと一緒!?」
学園長の優しい声に、つい声にだしてしまったのはリルです。
でも声はみんなの気持ちを代表して言ってくれているのです!
そんなうれしそうなリルを咎める教官は、あの主任すらいないのです。
「そうよ、リルルさん。あなたがみんなと一緒に卒業し、一緒にいたいと願えば、それは叶うの。」
「なら、あたい、軍人になる!」
はっ。
わたしは思わず胸をつかれたのです。
リルは、貧しい家の子で、妹がたくさんいて、自分がどこか見知らぬ相手の元に嫁がされることを半ばあきらめ、それでもたまたま「お金をもらえる学校」に合格したから、ここにいる、そういう子です。
わたしの大事な戦友で、いつも明るく無邪気な彼女は、班のムードメイカーなのです。
でも、そんな彼女でも、軍人として戦争に行くことをためらい、冬季実習も参加するかどうか最後まで悩んでいました。
デニーも、レンも、少し違うけどミュシファもそう。
そんな子はきっと何人もいるのです。
でも、そんな子たちも、クラスの仲間といられることをとても願っていて……。
「女子がこの国で普通に生きることは難しい。ですが、みなさんには魔術師という才能があります。それは、この王国では貴重な才能なのです。しかし、軍は男性社会。どれだけ才能があってもみなさんを男性と平等に扱うことはできません。せいぜい男と同じ扱い、そういう名分で男の中に放り込み、男女の差異を見ないまま使いつぶすのが関の山でしょう……」
ジェフィの話が本当なら、着替えも寝床もきっとトイレも男女一緒。
いえ、服も装備も全部同じ。
今、この学園でわたしたちが身に着けているような、配慮の行き届いたものは決して支給されない。
叔父様のつくってくださったコートや長軍靴なんか絶対ムリ。
それでは寒さに凍え、行軍で疲弊し、きっとわたしたちは戦う前につぶれる弱兵、役立たず……。
「しかし、ここ数年の王国の消耗は激しく、男性だけでは社会も軍も成り立たなくなるのは時間の問題なのに変りはありません……ですから、みなさんには、女性単独の部隊、その中核になってもらう予定なのです!」
その規模は少数で、その任務は詳細不明。
しかし……それでもその未来は明瞭なんです!
男性の部隊と違う部隊には、違う装備、違う戦術、そして何より違う空気があってもいいのですから。
「我がエスターセル女子魔法学校は、人族最後のトリデの一つとなります。そして、それは女性なのです。男性だけでは勝ち抜けないこの戦いには、女性の力が必要なのです!それを実現するのは、その先駆けとなるのは、私たちの生徒、あなた方だけです!現在、学園は多くの協力者の元、優秀な魔法兵であるあなた方を中心に、少数でも精鋭の、独自に行動できる特殊な部隊の創設を目指しているのです!」
女性だけの独立部隊!
その中核としてのわたしたち!
「我が学園の装備も戦術も、これから行われる授業内容も、全てはそのために考案され開発されているのです。ですから……そのことを理解し、その上で、みなさん全員が本校で学ぶことを期待します。」
学園長は軍人ではありません。
それでも軍に任され、軍属の教官として着任しておられる方。
それなのに、お話の後の敬礼はとても見事なものでした。
ざっ!
無言のまま、とっさに返礼するわたしたちです。
それは動きも、そして心の中もきっと一つだったでしょう。
「……みなさん。」
ワグナス教官が、いつもの穏やかな声で話しかけてくださいます。
「冬季実習の際にも問われたと思いますが……みなさんの覚悟がまた試されます。具体的な手続きはこの後教室で行いますけれど、一つだけこの場で言わせてください。」
教室以外ではあまりそんなことを言わないクラス担当教官です。
そんな珍しい教官の様子に、思わず体全体をそちらに向けるわたしたちです。
「もしも学園を去っても、それでもわたしはその決断を尊重します。その子も、わたしには同じ生徒なのですから。」
……クラスの中にも軍人とか戦争とかが似合わない子は多いのです。
そんな子が、去ったとしても仲間であったことに変りはない。
決して責めてはいけない。
きっと一番クラスと一緒にいた教官だからこそ、この場でわたしたちに、教官方に言いたかったのでしょう。
少し感動したわたしたちです。
なのに。
「いい人ぶるな、ワグナス。全員進級するに決まっとるじゃないか。」
「そうかい?まぁどっちだっていいけど。自分で進路を選べるってのが大人の一歩なんだからさ。」
「ふぉふぉふぉ……お前は徴兵されて自分で進路なんか選べんじゃったからの?」
「うるさいな師匠。その前にエス魔院の受験はちゃんとできたよ!」
「ああ、でも落第したんだってな、お前。」
「落第では自分の進路は選べんのぉ~。」
主任といい、超師といい、叔父様といい……なんだかなって感じです。
「あなた方!少しは静かになさい!生徒たちの前だって何回言わせるの!」
ほ~ら、学園長にしかられた……。
この集会で、エスターセル女子学園の秘密は、その一端が明かされたのです。
ですが、まだ隠されているモノは間違いなく存在します。
「フフフ、それはきっと私が解明してみせるのです!」
なんてデニーが張り切っていますが、これ以上は禁止でしょう。
機会が来れば、そして必要があれば必ずわたしたちに教えてくださる。
わたしはそう信じることにしたのです。