第5章 その3 叔父と姪
その3 叔父と姪
エミルがなにか思い当ったったようです。
「クラリス、今さらだけどゴメン。あたし、わざと時間に間に合わなければよかった?」
それは考えてもいませんでした。
「そこまで気を遣わせて、わたしの方こそごめんなさい、エミル。もういいのです。別に大した秘密でもありませんし。」
そう。秘密そのものは大したことではないのです。
隠していたから想像というかモウソウを生んでしまっただけで・・・。
「うん。エミル悪くない。頑張った。」
リトもエミルが術式を解いたことを褒めます。笑みが一段と崩れるエミルです。
「でも・・・秘密、心配。」
わたしも不安です。いえ、叔父様が何を話すのかと言うことですが。
「ちなみに・・・デニスくんは、僕とフェルノウルくんの間柄を何だと思ってるんだい?」
そういうのって、人に聞きますか!?
わかっていたけどあの人の非常識を目の当たりにするたびに痛感します。胃がキリキリしてきました。
「はい!教官殿。わたしはお二人が同じ姓であり、また、教官殿の特に優しいふるまいや、それに反応するクラリスの初々しさから、新婚だと推理しました!」
デニスのメガネが怪しいです。
「あの空飛んで戻ってきたクラリス、ホントにそんな感じよね。」
「新婚の幼な妻・・・ぴったり!」
そんなひそひそ声も聞こえます。
しんこん・・・もう、心臓の歯車がぎっちょんぎっちょんぎっちょん・・・。
ガンガンガン。頭が痛いです。顔も熱くて痛いくらいです。
「クラリス、そんなに頭を机にぶつけたらケガするよ~」
「エミル、止める。」
エミルとリトが不穏な動きをするわたしを抑えてくれます。
「ふ~ん・・・デニスの推理に賛同するものは?・・・12人?多いな。計13人か。」
数をききますか!多数決で新婚になっちゃうんですか!ジタバタします。
「危ないよ~もう~・・・こんなんじゃめっちゃ疑われるって。」
「うん。怪しい。」
あなたたちにも疑われるんですか・・・。もういいです・・・がっくし、です。
「他には?」
「はい、リルルです。あたいは親子親子!なんか年まわりとか、そんな感じ。」
「なるほど・・・。同意見の者は・・・全部で3人か。あとは・・・ああ。」
はい、事情を知っているわたしたちです。
「シャルノくん、エミルくん、アスキスくん。そこの3人は?」
三人ともそろって両手でバッテンをつくりました。
「無回答、と。じゃ、集計すると13人が夫婦、3人が親子、3人が無回答、で当事者。・・・意外に真実ってバレないものなんだな。」
「ええっ」
「全部ハズレですか?」
全部って二つですし・・・。
「ハズレ。僕はその子の父の弟。叔父だ。普通だろ?」
さらっと言っちゃいました。でも、ようはそれだけなんですけどね。
「でも、それだけですか?」
「ん?デニスくん?叔父という言葉にウソはないけど。」
「いいえ。叔父と姪で、新婚ってことっです!」
他のみんなも「おお~」って・・・エミルやリトもちょっと微妙な顔。
ですが、あの人・・・叔父様は不機嫌そうな顔になっています。
「・・・僕はともかく、クラリスはそんなふしだらな子じゃないぞ!叔父と姪でそんなことあるわけないだろう!」
・・・やっぱり叔父様、わかってない・・・。みんな互いに顔を見合って首をかしげてます。
ここは・・・そうなんですね。わたしなんですね・・・。わたしは立ち上がって前に出ることにしました。
みんなの視線が痛いです。刺さります。
「ん・・・クラリス。そうだ。キミからも言ってやれ。僕なんかと変な噂が立つと困るって。」
・・・本当に叔父様は、なにもわかっていません。
「みなさん。フェルノウル教官はわたしの叔父様です。それは本当です。」
叔父様はウンウンうなずいてもう終わった気でいます。逆にみんなは「それでそれで」って・・・。
「・・・で、みなさんがお疑いの・・・その・・・件ですが・・・叔父様はトレデリューナ臨時法を知りません。知ろうともしない・・・世間に興味がないのです。」
「はあ?」
もう・・・死にたい。何回目でしょうか、こう思うのは・・・。
「だから、叔父様にとって、わたしは、ただの姪です。これが事実です。」
そう。それが事実で真実。それだけのことです。
なのに、なぜか教室中、シ~ンとなりました。どうしたのでしょう?
「クラリス・・・そんなに僕が叔父だってことが嫌だったんだね。」
え?な、なにを・・・。なんでそうなるんですか?
「とてもつらそうな顔して・・・。ゴメン。もう絶対に問題起こさないから・・・。」
叔父様は寂しそうに、そう呟きました。わたし・・・どんな顔をしていたんでしょう?
叔父様が何で謝ったんでしょう?それを聞かなければ、と思いました。
しかし、丁度そこにチャイムが響きました。
叔父様は、わたしがそこで悩んでいる間に、チャイムととも教室を去っていきます。
いつもならチャイムが鳴ると急いで食堂に向かうみんなが、その様子を無言で見ています。
わたしと、叔父様が去った扉を交互に見ます。
「ご主人様。お荷物お持ちします・・・どうなさったんです?そんなお顔して。メルがいなかったからお寂しかったんですね?すみません。メルもとっても寂しかったのです。これも悪臭をまき散らすメスザルどもがいけないのです。もう離れませんからご機嫌をなおしてほしいのです。ご主人様。昼食は・・・。」
この時、廊下で話すメルの声が癇に障ったのは、わたしだけではないでしょう。
「クラリス、教官殿、何か誤解?」
「うん・・・あんな顔するから、変な方に考えたんじゃない?」
「あなた・・・本当は何をおっしゃりたかったんですの?」
リトにエミル。シャルノも入って今日は4人で食堂です。食堂にメニューはないのです。
つまり、朝、昼、夜の三つだけ。出されたものを食べる。
これでも軍の経営なので、そのへんは厳しいのです。
それでも味も量も、毎日の献立の変化も悪くはないので文句は・・・
「多い」というリトと、「もっと甘いもの食べたい」というエミルと、「もっと品のあるものが・・・」というシャルノくらいです。
ちなみに今日の昼食は「チキンのトマト煮」「オニオンスープ」「サラダ」「バゲット」です。
「バゲット」と「サラダ」は、とり放題でした。
「バゲット」のバターやチーズ、ジャムと、「サラダ」のドレッシングはセルフです。
「クラリス?聞いてます?」
シャルノが、わたし、エミル、リトの3人と一緒に昼食をとるのは珍しいんです。
よほど先ほどの叔父様が退室した時の様子が気がかりの様子です。
誤解・・・でしょうか?
確かにわたしは、いつも・・・少なくとも十代に入ってからは・・・ひきこもりで穀つぶしでコミュ障で奇行ばかりの叔父様を、迷惑と思っていない、とは言えません。
そもそも、わたしと叔父様の仲がこじれたのは、いつ頃からだったのでしょうか?
わたしが10歳の時に「魔法兵になる」と言った時から?
あるいは、母が叔父様のことをいろいろ話すようになって世間体を気にしだしたころから?
それとも、叔父様がメルを助けて侍女にするようになってから?
それとも、やはり様々な騒動や事件のたびに一緒に逃げたり、謝ったりしていた積み重ねなのでしょうか?
きっとどれも正解なのでしょう。
幸せな子供時代が過ぎていくと、少しずつわたしが大人になり、叔父様と距離を置くようになりました。
だって・・・叔父様ですから。
それなのにトレデリューナ臨時法が施行されて・・・わたしはどう叔父様に接すればいいのかわからなくなってしまって。
5年前の敗戦をきっかけに、長期にわたっての防衛戦に疲弊した国を立て直すべくつくられた法律。
これによって、わたしたちの社会は変わっていきました。
一つは徴兵範囲の広域化。
それまで、15歳以上40歳未満だった市民階級への年齢制限を14歳以上45歳未満に改めました。
兵役年数も1期2年から3年になりました。
この徴兵の任務地は、南方の最前線に向かう兵から故郷の衛兵まで含まれます。
また、10世帯当たり3人程度だった徴兵割合も5人くらいにひき上げられました。
3月に近所の年下の子の徴兵が決まった時は共に泣き、その後任務地がエクサスの衛兵隊に決まったと知らされた時は喜んだものです。
そんなことがあって、戦争の影響をはっきりと感じまるようになりました。
二つ目は、女子の社会貢献の推奨です。
このエスターセル女子魔法学校のような特殊な選択ではありますが、志願することで軍に入る道が開かれました。
軍以外でも、政府関係の一部の役職・・・料理・清掃などの業務です・・・に女性を任用することが増え、工場などの仕事も女性を対象にした求人が当たり前になりました。
三つ目は冒険者業の免許制度です。
それまで完全に放任で自由だった冒険者さんに対して、政府が免許を発行したり管理する組合を公設しました。
これで依頼や報酬の手続きが公正・公平・かつ簡潔になりました。
また軍や衛兵隊では手が回らないことに速やかに対処できるよう、政府自身が多くの依頼を出しています。
もっとも、組合に管理されることを嫌がる無免許冒険者さんや、組合を通さない依頼を引き受ける闇営業は後を絶たないということです。
先日わたしが誘拐されたのもおそらくは、そういう方々によるものだったのでしょう。
そう言えば、わたしを誘拐させた方やその狙いは聞いていませんが・・・。
そして四つ目・・・。
「クラリスは、教官と夫婦って言われて、どうなの?」
ぎっちょん!
「エミル!?あなた!」
「シャルノ、待つ。そこ大切。」
「リトまで・・・。」
それは・・・。わたしはうつむいてしまいます。
心臓は異音をたてて、痛いくらいです。
「4年前のあの法律で、おじさん相手でも結婚していいんだよね?」
エミル・・・。
そう。四つ目は、人口を増やすために結婚に関する制限を緩和したことです。
結婚可能年齢を、男子15歳女子14歳から男子14歳女子12歳に。
原則一夫一妻から、夫一人に対し、正妻の他内妻二人まで可能にしたこと。
そして親族婚の緩和。
それまで禁止されていた異父母兄弟同士や叔父と姪の婚姻の許可。そして多産の推奨制度。
戦死者の増加は、その家族の扶養という問題を生み、結果としてこのような結婚制度の見直しになったのは、理屈としてはわかります。
ですが、直接それにかかわってしまう者からすれば、虚心ではいられないのです。
「あたしなら、別に気にもしてなかったけどなぁ・・・。別にできるようになっただけで、しろ、って言われたわけじゃないし。」
「エミルに同意。」
「わたくしは・・・実は叔父との縁談の話がありまして」
「え~~!?」
シャルノが?
「貴族でも親族が多い家では、長女以下の娘の嫁ぎ先としては検討されるんですよ。」
・・・知りませんでした。
「うわあ・・・貴族もめっちゃ大変なんだね。で、どうするの?」
「結婚?」
「まさか。お断りしましたわ。年はまあまあでしたが、軟弱すぎて。せっかく女子魔法学園に入学できるのに、そんな人と一緒になっても、退屈ですし。」
「それは入学前のことだったんですか?」
「ええ。ですから、もしわたくしが不合格でしたら・・・結婚させられていたかもしれませんね。」
「意外に深刻・・・。」
「危なかったんだ・・・。」
「失礼ですね。危なくはありません。合格は余裕です!当然の必然です!」
「わかってるわかってる。」
そう言うシャルノでしたが、三女という立場でも、なかなか自分の意志で結婚するしないを決めるのは難しいことが多いそうです。
「で、本題に戻りますけれど。」
「うん。」
「クラリスは、教官が好きなの?嫌いなの?」
ぎっちょん!?です。頭が真っ白です。ガンガンします。
「クラリス!?それダメだって!」
「危険!」
「落ち着いてください!」
わたしは三人におさえられて、それで初めて自分の頭をテーブルの角に何度もぶつけていたことを知りました。
落ち着くと、周りの方もわたしを見守っています。
ある人は面白そうに、ある人は心配そうに。
「避難。」
「そうね。人目は避けた方がいいわね。」
「搬出します。エミルはそちらを持ってください。」
それで、わたしたちは人目の多い食堂をはなれ、中庭の東屋に行きました。
正確には、3人が取り乱すわたしを運んだ、ということになるのでしょう・・・。