第21章 その6 組内の確執と葛藤について
その6 組内の確執と葛藤について
犬……………………犬………………犬…………犬……犬、犬、犬、犬!
見渡す限り犬ばかり!
地上の猟犬よりずっと大きく獰猛です!
ほとんどは暗闇にまぎれる黒一色で、それが一斉に襲い掛かってくるのです!
この階層は犬系モンスターの巣窟です!
そしてこれは影犬。
見かけは大きいだけの犬ですが、その妖気は空間をゆがませ、まるで「回避」の術式のように敵の攻撃を避けやすくしているのです。
この大広間には、おそらく101匹くらいはいるのでしょう!
「どりゃああ!」
そんな中、風を切ってうなりを上げるのは、ジーナの長大な両手剣!
並みいる犬をなぎ倒すその勇姿、とても強力な前衛です……って、ホントになんで魔法学校に入学なんかしたんでしょうか?
「任せて!」
がっしりと犬の攻撃を受けとめたのは、ヒルデアの頑強な盾!
さすがは盾役。
騎士の修行は既に彼女の血肉になっているのです。
彼女もホントは魔術師よりも騎士になりたいんでしょうけど。
「…………魔力矢……展開!どうよ!」
わたしの魔力矢複数展開を見よう見まねですぐ実行したアルユンの3本の魔力矢!
学生杖をふるうその姿は、わたしよりよっぽど魔術師らしい。
しかも叔父様から口止め料、いえ、お土産をもらえそうなので張り切ってます。
ちぇ……いえ、舌打ちはしませんけれど。
「くらえ!」
そして、左右の武具で犬を殴り倒すローディア、一風変わったその武具の名は「とんふぁあ」?
でも変な取っ手がついてるのに彼女は普通に棍棒に使ってるし、ホントに武具なんでしょうか?
キックの方がきいてるんじゃあ?
その戦いぶりは軽戦士?格闘家?
なんだか分類不能ですが、離れた犬にも「回転弾倉式自動魔術巻物詠唱器」で攻撃。
遠近両用の攻撃要員です。
こんなふうに、襲い掛かる犬……大きくて真っ黒な影犬の群れをなぎ倒すわたしたちです。
だけど!
「なんでわたし、かめらまん?」
そもそも「かめらまん」ってなんですか?
戦況と「まっぴんぐぼぉど」をにらみながら、時折魔術による支援こそ行いますが、むしろ「めいん」はみんなの様子を記録することだそうです。
そのために、この怪しげな機材をみんなに向けて、ここにはいない叔父様に記録をお届けするのがわたしの役割。
この機材、魔水晶を圧縮加工した一品に黒い金属の筒を取りつけて、人が肩に担げるようにハンドルもついて、このボタンで術式が発動するアイテムとは聞いていますが……思ったより重い……って程でもないけど……ずばり戦闘のジャマ!
「なんだか納得できないんですけどぉ!」
思わず不平をこぼしてしまう未熟なわたしですけど、こんな「きゃすてぃんぐ」、納得できないんです!
先ほどわたしとアルユンが……おそらくは初めて!……話し込んでいる間、叔父様はヒルデア、そしてジーナにもなにやら言い聞かせていたのです。
ロード(ローディア?)とはもう口もきけませんけど。
で
「んじゃ、後はみんな仲良く頑張ってね。でもムリしちゃダメだよ。」
「わかったよ、教官殿!」
「任せな!」
「わたい、頑張るから!」
「ふん、だれが!」
約一人学園生徒じゃない人がいますけど、生徒がこんなバラバラな返事で、それでもニコニコしてる教官って……我がエスターセル女子魔法学園の伝統に傷がつきます!
創立一年目でも伝統はあるんです!
軍の学校としての体面もあるんです!
こんな時はみんなでそろって敬礼で「了解しました、教官殿!」なんです!
まったく教官がユルいから生徒もだらしなくなっちゃうんです!
こんなところをあの鬼のイスオルン主任にでも見られたら、きっと懲罰必至なのです!
そんなわたしの気苦労なんか知りもしないで、叔父様はさっさと行ってしまわれるのです……でもどうやって迷宮をご自由に往来していらっしゃるのでしょう?
ここには「転送円」はありませんし。
「ああ……師匠の儀式空間術式で、この迷宮内では『階層移動』が使えるんだ。で、僕とメルはその呪符物をもらったんだ。腐っても超級魔術師だよなぁ。」
「腐ってません!ご自分の師匠に失礼です!」
まぁ、セレーシェル超師も自由過ぎるお方ではありますが、あなたには到底及ばないのです……及ばれても困りますけど。
「危ない!ジーナ!」
おっと、いけません!
目を離したスキにジーナが影犬に囲まれています!
まだ戦闘中のわたしたちです。
最近戦闘中も回想したり考え込んだり、わたしも緊張感が足りないのかも。
しかしまだ入学一年目の生徒が、戦闘中よそ見や考え事?
戦闘に慣れすぎです!
経験豊富も偏りすぎなんです!
乙女にしては大問題です!
「礫撃!」
アルユンが土系の攻撃術式を唱えると、その周囲に散乱していた石が白銀の光を帯びて飛び、影犬に激突します!
しかも一気に10発も!?
それを受けた影犬数匹が怯んで動きを止めるんです。
「お見事です、アルユン!」
「助かったぜ!」
「ま、ここは土の精霊力が強いし素材もたくさんある。わたいにとっちゃ都合のいい場所さ。」
一から魔力でつくる魔力矢よりは簡単で一度にたくさん放てる……条件によっては、だそうですけどね。
「こっちも頼むよ!」
「はいはい魔法騎士さん、魔力矢!」
わたしの放った3つの白銀の矢は、ヒルデアの前の3匹の影犬を撃ち抜き、倒します!
「ありがとう、でも三匹一遍に?ボク、自信なくすよ。」
「あんたも大概バケモンだよねぇ?」
バケモノなんて失礼です!
たまたま打ちどころがよかっただけです!
「あなただってさっきわたしの真似して3つ同時に撃ったじゃありませんか。」
「けっこう集中してやっと3つだよ?あんたなんかその前に5つ、しかも楽勝でやってたじゃないか?」
それは二回目ですし!
去年の詠唱試験じゃ途中で気絶したんですよ!?
「おお~い、あっちも助けてやれよ。俺達はもういいからよ。」
そんなジーナの声に目を向けるのですが……あっち。
「くそおお!」
あの短いリーチの謎の棍棒「とんふぁあ」を扱い、苦戦しているのはロードです。
影犬は個体としてはともかく、群れをつくり、群れとして戦うことを本能的に熟達している面では難敵と言えるでしょう。
そして時に味方の影に潜んで不意打ちしてくる、意外に狡猾なんです。
「……どうします?」
「どうする?」
わたしもアルユンも、かつて叔父様を傷付けたあの女を助けるほど寛容にはなれないのです。
「キミたち、仲間じゃないか?」
そう叫んで助太刀に入るのは、騎士の家のヒルデアにとっては正義かもしれませんが、わたしの「魔道」に叔父様の敵を助けるという道はないのです。
「しゃあねえなあ。」
意外なことに、目の前の敵を倒したジーナもまた、ロードの元へ駆けつけるのです。
騎士は理想主義で戦士は「うぉーじゃんきぃ」。
まったく二人とも魔術師って自覚あります?
もっと冷静に判断しないといけないのがわたしたちの専門職のはず。
「……あんたが言うと違和感あるけどね。」
融通がきかないのがわたしの取柄。
エミルが言うにはそうなんですけど、それでも叔父様を欺き殺そうとしたあの女を助ける義理も道理もわたしにはないのです。
正義なんかもってのほかなんです。
「……魔力矢!」
「でも、結局助けるんだ?」
半数ほどに減った影犬の群れは、それでも戦いをやめずスキを見ては3人に飛びかかろうとするのです。
その5体の影犬をわたしの魔力矢が一気に貫きます。
「いいえ。わたしはヒルデアとジーナを援護しただけです!」
「やっぱりエミルの言う通りじゃないか。ヘンに頑固で融通がきかない……にしては、でもマシな判断かもね。」
そしてアルユンもまた「礫撃」を放ち、更に群れは動揺するのです。
残った影犬は既にヒルデアたち三人の敵ではありませんでした。
その後の戦闘はすぐに終了。
「助けてくれなんて俺は言っちゃいねえぞ。」
回転弾倉し……長いです!
ええっと「りぼるばあ」のスクロールを交換して、ロードが最初に言ったのはこんな罵声!
まぁわかっちゃいましたけど。
「あなたなんか助けてません。敵を倒しただけです!」
「まあまあクラリス、そんなムキにならないで落ち着いてよ。組長らしくないよ。」
ヒルデアにそう言われては黙りますが、組長はやめて。
ふん、です。
「組長って、ツラのわりにゃあ狂暴だよなぁ?さすがは組長だぜ。」
狂暴はあなたでしょう!
ノウキンのジーナに言われたくはありません!
組長もやめて!
「褒めてるみたいだよ、ジーナなりに。で、組長の指輪、光ってるけど?」
そんな褒め言葉があるもんですか!
……女蛮族ならそうかもしれませんけど。
でもこんな時に「魔伝信」の着信?
それにその内容……叔父様のバカ。
「トンファーの使い方が違う?そんなのどうでもいいだろ?もっとマシな武器をよこせって言えよ、あの野郎に!」
叔父様からのメールの内容は、ローディアへのアドバイスでした。
甘いんです。
こうなるのは目に見えてるんです!
そして!
「……あなたに武器を渡す?引導なら渡してあげてもいいですよ?」
「なんだとぉ、やれるもんならやってみやがれ!」
「ええ!ではやらせてもらいます!」
さっきの叔父様への暴言にこの態度、もうガマンできないわたしなんです!
「見事なまでの売り言葉に買い言葉だね。」
「組長、最初から狙ってたんじゃねえか?」
「……まあ、なるようになるさ。わたい、知~らねっと。」
何度目かの衝突で、さすがに仲間も仲裁を諦め、ついに組公認の決闘です。
もう、わたし、決闘多過ぎです!
「……本当に武器はいいんですか?」
「アントの野郎から借りた武器なんかで戦えるか!?」
「とんふぁあ」も「りぼるばあ」も捨てたロードです。
腰の短刀を抜き放ち、わたしをめがけて鋭い突きを放ってくるのです。
魔術師相手に接近戦で負ける気がしないのでしょう。
以前の学園襲撃事件の時は、叔父様の安否が不安で何もできなかったわたしを甘くみているという気もします。
ですが、短い時間とは言え、その目でジーナやヒルデアの戦闘を見て、我がエスターセル女子魔法学園の実力を推し量れないのは、彼女の未熟です!
魔術だけでない、わが身を守る護身術もようしゃなく叩き込まれた日々なのです。
更に、この半年のわたしの実戦経験は、学園どころか下手な軍人さんを上回るという自負があるのです。
この数日だけでも決闘続き!
リトと比べれば、その動きは単調で遅いし、ジーナの迫力にも威力にも全く及ばない攻撃は……
「あくびが出そうです。」
小剣を使うまでもない……おっと。
意表を突いたつもりのロードのケリはなかなかですけど、受験前には半獣人のメル相手に体術の訓練もさせられたわたしです。
剣術よりはまだ得意かも。
「てめえ……なめやがって。魔術師のくせに魔術も使わねえだと……わかったよ。本気を出してやる。」
ロードは憎々し気にわたしをにらみつけ、一度さがったのです。
そして、肩口までのストロベリーブロンドをかきあげて、耳飾りを外したのです。
覆いのついた耳飾りを外すと
「……あなた、本当に妖精族の血を引いていたんですね。」
そこには先っぽのとがった両の耳が見えるのです。
それは妖精族の血を引く証。
「隠しているんだけどな。ま、お前らはオレの正体を知ってるし……なら見せてやるよ、この呪われた血の力を!」
フッ。
風が、そうです。
一瞬風が見えない刃と化してわたしを襲ったのです。
魔術師であり、その攻撃によく似た既知の術式を知っているわたしでなければ間違いなく直撃!
手足の一本くらいは持っていかれたかもしれません。
「風切……いえ、術式じゃない?」
そうです。
リトの得意術式「風切」に似てる。
でも……
「組長、精霊だよ!妖精族の中には直接精霊を支配して使役する力を持つヤツがいるんだ!」
直接!?
つまり魔術言語や詠唱、動作といった簡易儀式すら省略して精霊を思い通りに使える!
「そうさ。例えばこういうふうに!」
足元の地面から腕が何本も生えて、わたしの足をつかむのです!
大地の精霊さんたちです!
これは……動けません!
「それなら……ゴメンなさい……衝撃!」
簡易詠唱で、わたしに触れる精霊全てに衝撃波を放ちます!
風の精霊を使役した術式です。
妖精族の血を引くロードの前でもわたしの願いに応えてくれるか不安でしたが、風の精霊さんがわたしの目の前で踊りながら、大地の精霊さんを追い払ってくれるのがはっきりと見えるのです……きました!
ウィザーズハイです、絶好調です!
わたしの目はおそらく緑色に輝いて、精霊の動きや魔力の流れ、全てを見ることができるのです。
叔父様によれば一種の「ぞおん」……瞬間的に集中力が高まって普段以上の力が出せる状態なんだそうです。
そして、妖精族の血を引くと言っても自らの出自をさげすみ隠してきたコアードのロードには、精霊さんたちへの感謝も思いやりもない。
だったらただの人族のわたしだって、負けるはずもないのです!
「くそお!」
大きな火がわたしを襲います!
ですが、その火の精霊さんは、あまりやる気がなさそうです。
なら……
「耐火!」
わたしの周囲に呼び出された火の精霊さんが、前に出て、わたしに向かう火の精霊さんからかばってくれます!
そして……二人のサラマンダーさんが消えた後、無傷なわたしが立っているのを見て、さらに怒り出すロードです。
「なんでだよ!精霊め!オレの言うことが聞けないのかよ!なんでこいつの言うことなんか聞くんだ!なんでこいつの呼び出す精霊に負けるんだ!」
もしも、彼女が精霊と仲良くできていたら、妖精族の血を引く彼女に勝てるわけがない。
「ですが、精霊を嫌い、ムリヤリ使役するあなたには、精霊は真剣には応えてくれません!精霊は道具ではないのです。」
道具ですら手入れを怠れば、使い方を誤れば、その力を発揮できません。
まして精霊とは誠実に向き合わなければいけないのです。
幼いわたしが叔父様から学んだ大切な教えの一つなのです……もっとも当のご本人は道具を変な使い方をしては失敗し、精霊さんにもコミュ障でうまく意志を伝えられないんですけど。
「あなたの境遇は理解しています。ですが同情はしません。」
「ぐっ……だれもそんなもん、頼んじゃいねえよ!」
「そうですね。ですから……これは罰です。決闘に負けたあなたへの。」
「この取っ手を握って、こう……そして左右で、敵の攻撃を受けたり、この先で突いたり……後ろの部分はひじうちの際に、こう!だそうです。」
「…………。」
決闘に負けた罰として「自分の利益になる指示にはちゃんと従う」って言ったところ、なんとか従ってるんです。
怒ったような顔は変わらず、返事すらしないものの表立って逆らうことは、それでもやめた様子です。
で、叔父様の助言通り「とんふぁあ」の使い方を教えると、その通りの動作はするのです。
「それで……この取っ手を話しても、ベルトで固定しているので、『りぼるばあ』を使うこともできる、そうです。」
「…………。」
正しく使えば、攻防一体の武具で、しかも別の武器も使える工夫をしている。
リーチの不足は、彼女の足技でカバーできそうです。
ブーツには強化用の突起をつけて、なんてまあ、用意周到な叔父様でしょう。
もちろん「りぼるばあ」で中距離攻撃も可能。
「意外に便利な棍棒じゃねえか?」
「格闘術に長けた軽戦士ってとこだね。」
「で、さ。その『りぼるばあ』って、フェルノウル教官殿の作った武器なんだろ?」
「……どうなんです?ロード。」
「言わねえ。」
なるほど。
自分の利益でなければ言う必要はない、そう約束したのはわたしですし。
「でもさ、なんかあったらわたいらもそいつを借りて援護できるんだよ?教えてくれたら、お前のためにもなるんじゃない?」
「ぐ……。」
なんてアルユンの説得だか利益誘導だかに乗ってくれて、ロードは一応の説明はしてくれるのです。
「こいつの基本的な原理はシリンダー・オルゴールなんだってよ……。」
オルゴール?
金属の管を回転させ、その外側にあるピンが弾かれて出す音が曲になる、あの?
「打ち出される時に銃身に刻まれた条が、この金属スクロールの外側のギザギザやデコボコを音にして、内部の紙に書かれたスクロールを読み上げるんだとさ。あの野郎が何言ってるか俺には全然わかんねえけど。」
なるほど。
だから中の紙が本当のスクロールで、一度使用するごとに消滅する。
でも外の金属部分は……。
「ああ。こいつは再利用できるから、できるだけ拾ってくれって言われてる。」
しかし、さすがは叔父様というべきか、やはり偏執的と言うべきでしょうか……こんな小さな金属管に入るスクロールをおつくりになられる器用さといい、それを機械的に読み上げる道具を考えて具体化してしまう知識と技術といい……。
「すごいぜ、やっぱりフェルノウル教官殿だ!」
「……オレ様にはピンとこねえんだがよ?アルユンが言うんならそうなんだな。」
「でも…‥そのアイテム、ちゃんと詠唱できてないんじゃない?威力は普通のスクロールより小さかったと思うよ?」
「確かに。おそらく一枚の威力は半分以下だと思います。そしてスクロールをつくる手間暇もかなりのもの。ですが、一枚一枚スクロールを広げて読み上げるよりは数段早いのです。」
「……ああ。アントのや……」
ジロリというわたしの視線、ギロって光ったアルユンの目に気づいたかどうかわかりませんが、それでもロードは言い直して。
「アントもそう言ってたな。連射に向いてるけど生産は追いつかない。だからせめて金属管だけでも回収してくれだとよ。」
それはできるだけ協力するのです。
「ですが、今はこれだけ魔術師がいるのですから、そんなに『りぼるばあ』を使わなくてもいいでしょう……ちゃあんと援護しますよ。ちゃあんと。」
あなたがいい子にしていれば……ですけど。
もちろん後半は省略したわたしのセリフですけど……あれ?
「………………。」
「なんだか今怖かったよ」
「背中がゾクって?」
「組長……いや、もうあんた、番長だね。」
おかしいんです。
ロードは口もごって、アルユンもヒルデアも顔を青くして、ジーナはむしろ赤くなって?
なんだかみんなに誤解されて伝わったみたいで……しかも組長、いえ、番長!?
それはイヤすぎるんです!
撤回を要求するのです。
「そっかぁ。クラリス、ケンカ強いもんな。ケンカ番長だな。」
「……そうなのか。俺も番長に負けたんなら面子がたつ。」
「キミが納得するなら、クラリス番長にみんな従うさ。」
「これでわたいらも、なんとか組の体裁ができたってもんさ。」
なんの体裁ですか!?
クラス委員長まで決闘を公認するようなことを言い出すし、みんな、おかしくないですか?
そんなわたしの悲鳴はなぜか誰にも伝わらず……それでもなぜかその後、ロードですらそれなりのチームワークで迷宮は進んでいくのです。
「ロード……そう言えば、あなたをルーラさんはローディアってよんでましたね。」
「………………。」
それには無言のロードです。
ですが……
「あなたはどちらで呼んでほしいのですか?」
一歩踏み込むわたしです。
名前もはっきりしないと、お互い不便ですし。
「前の名は、義父とともに捨てた。今はローディアだ。」
……目鼻立ちはともかく、言動はまるっきり粗野な男の子のオトコオンナにはふさわしくない、女の子らしい名前ですけど。
「わかりました。ローディアですね。」
「……ふん。」
そう言えばこの組、女の子らしいって言えるの……わたしだけ?
ジーナは、体形はともかく大柄で乱暴だし、ヒルデアはもともと美少年めいてそっちのファンもいるくらいだし、普段のアルユンもぶっきらぼうで不愛想。
女子力はわたしが一人で独占しているみたいなものではないですか!?
なのに組長とか番長とか、やっぱりおかしくないですか!?
そんな不満を一人抱えるわたしの元に、使い魔がもどってきました。
時間もないので「まっぴんぐぼぉど」を見て直感だけで決めてる進路ですけど、先行偵察は欠かさないのです。
「……この先……通路奥……」
使い魔の言語も「魔伝信」の指輪を通して文字で表示されるのですが、あまり情報量は多くはありません。
「広間……三頭犬……他多数!?」
階の主かそれに準じる大敵を見つけたのに……さすがに敵が多くて強そうです。
三頭犬って、まさかケルベロス!?
ヘルハウンドなんかよりよっぽど強敵でしょう。
「今度はどうする?」
漁夫の利を狙え、と言いたげなアルユンです。
賢い彼女ですから、他の組が来るのを待つとか、自分たちの利益を優先しろって言いたいのでしょう。
でも、ここに降りる前と比べれば、その声には明らかに信頼が宿っている気がするのです。
「ボクはキミに従うよ。」
こちらはわたしの指示を仰ぐヒルデアです。
ですが、ただの思考停止ではないのです。
「みんな」ではなく「わたし」に従うと言ってくれている。
それはわたしをリーダーとして尊重してくれているからなんです。
「いくにきまってるじゃねえか、なあ番長!」
そして常に戦う一択のジーナです。
この子も人生に悩むことはないでしょう。
ある意味幸せかもしれません。
うらやましくも見習いたくもありませんけど。
「いかない」なんて、言ったら、また決闘でしょうか?
いえ、彼女もきっと従ってくれる。
それが彼女が通した「筋」だから。
「………………。」
沈黙を続けるローディア。
何か言おうとして、首を振ります。
きっかけは依頼されただけの冒険かもしれません。
ですが、このまま一人で生きるために、冒険者を選んだのなら、きっとこれからもこんなことはたくさんあるでしょう。
今は彼女なりに学ぼうとし始めているのです。
「ムリは厳禁です。」
わたしがそう言うと、なぜかみんな不思議そうな顔。
てっきり突撃を期待していたみたいです。
アルユンですら覚悟していたようです……わたし、やっぱりケンカ番長なんでしょうか?
「……だから、危なくなったらすぐに救難信号を送りますよ。」
で、こう続けると、みんな納得します……しちゃうんです。
わたし、突撃を期待されてたんですね。
もう、乙女としてはとんだ誤解です!
ですが……これは試験なんです、叔父様が課した成長の証明!
ならば!
「では、前進します。目的はこの階の階層主と想定されるケルベロス!そしてその護衛と思われる多数の犬系モンスターの……殲滅です!」
「「「了解、組長!」」」
「……わかった。」
みんなの声を受け、前に進むわたしです。
微かに残るためらいは、地下迷宮に入る前からわかっていたこと。
モンスターとは言え、その巣穴に突入しての戦闘の強要ですから、心が痛まないと言えば実はウソ。
幾度も遭遇戦を行っても、痛みに慣れることはなかったのです。
ですが、あの非暴力主義の叔父様ですら演習を認めたように、迷宮の怪物は放っておくと異常に増えて、地上にあふれ出し、人々の生活を脅かすばかりか、その生態系を破壊することもあるのです。
軍人が亜人から王国を守るように、冒険者はモンスターから人々を守る。
だから、これはわたしにとって単なる演習ではないのです。
小さくても、わたしの夢を、「大きくなったら魔法兵になって困ってる人を助ける」という幼い誓いをかなえる一歩に違いはないのです。
そして、あんなにぎくしゃくしたみんなも、今はわたしを助けてくれる。
そう信じて前に進むだけ。