第20章 その4 親友たちの決闘(中篇)
その4 親友たちの決闘(中篇)
叔父様の教官室の扉の前で、意外なほど待たされてるわたしたちです。
そして、待ってる間、なぜか少し気まずいわたしたちなんです。
わたしとリトの間に漂う緊張感に気づいたレンが、小首をかしげ不思議な顔をしているのです。
こんな時に限って、あの犬メイドは仕事もしない!
貴族の家と違って、家事の種類ごとに専門のメイドがいるわけではありませんから、忙しいのはわかるのですが、それを言えばこんなせまい部屋……家で、いえ、「ウサギゴヤ」ですらない!……で働いているのですから一人でも家事も接客も余裕でしょうに。
で、散々待たされて、ようやく開いた扉なのです。
その間の気まずさ。
「遅いです!」
それが犬耳犬尻尾に向うのは、わたしの差別、心の狭さと醜さなのでしょうか?
ですが、そこで開かれた扉から見せたのは!
もちろんメルではあったのですが、「わたし史上初めて」見る、不機嫌極まりないメルだったのです!
怒ってピンピン跳ねた犬の耳に、イライラした様子も隠せず激しく揺れ動く尻尾。
そしていつもはわたし相手に向ける、澄ましていても愛らしい顔が、ギロって睨むよう。
仮にも叔父様の姪であるわたしにこんな顔を向けたメルは初めてなんです!
これは、まさかの下克上ですか!?
「ううう……うっ……クラリス様ぁ!」
そしてあろうことか、みるみる半べそに変わって、わたしにしがみつくメルなんです!
ありえない!
ぜったいにこんなの、ないんです!
わたしに抱きつくメル?
まさか、これがウワサの「コピー人間」ですか!
わたしをだまして、そして十数時間で融けちゃうんですか!?
驚きすぎて「いちぶんのいちふぃぎゅあ」みたいに固まったわたしです。
「なに?」
隣のリトもびっくり。
「メルちゃん……まさかアントにムリヤリエッチなことを!」
なんてレンが言い出しますが、それはさすがにないのです。
もし叔父様がそんなことをしそうになったら、喜んで従うメルですから……いえ、わたしの知らないところでこの年中発情犬娘の方からヘタレな叔父様に迫っていたことは想像に難くないくらいです。
「メルの……メルの居場所がぁ……」
わたしの胸に抱きつくメルが指さすのは、教官室の接客スペースです。
ひきこもりをやめたのか、ソファに座ってる叔父様、と……その膝の上に頭を乗せて寝そべってる少女!
「パパぁ……ちゃんと奥までぇ……」
「ああ、いい子だね。もう少し待ってね……ここかな?」
「そこ……気持ちいい……パパぁ、大好き。」
…………………………………………はっ!
ようやく思考停止から機能回復したわたしの目が認識したのは、フィアちゃんです。
叔父様に膝枕をされ、ソファに寝そべりながら耳掃除をしてもらって、もうこの上ないくらい機嫌のいいフィアちゃんは、10歳くらいになってます。
この子は、8歳から16歳まで随分幅広く変身できる……まぁ、もともと人族に化けてる麒麟の子ですからって、それは後回し!
「フィアちゃん、天界に帰ったんじゃ!?」
まだ離れないメルもろとも、思わず中に飛び込むわたしです。
ただ、叔父様に耳掃除された経験があるわたしはともかく、後の二人は耳掃除……つまり男女が膝枕した上、耳の中を棒でかき回すという行為そのものがもう非常識みたいで。
「……痛そう?」
「アントのエッチ。」
こんな感じで感情の矛先がなんだか違う方向にいってしまうのです。
「メルの番だったのに!今日はメルがご主人様に耳を掃除していただく日だったのに!」
そして、なるほど、なのです。
どうもメルは耳掃除の順番をフィアちゃんに取られてしまった、ということなのでしょう。
しかし、この耳毛びっしりの犬の耳に掃除の必要あるのかしら?
なんて子供の頃聞いたわたしは、逆に耳内に耳垢がたまりやすく人より必要なんだよって叔父様に教えられたわけですけど。
「メル……少し待っておくれ。キミの方が大人じゃないか。」
「そうそう。フィアは子どもなんだから、お前、少しくらいガマンしろ!フィアだってこの前パパにお耳を手入れしてもらう途中で、片耳残ってたんだから!」
冬季実習中は大人の姿でしたが、今は少し成長したとは言え子どもの姿のフィアちゃんです。
真っ白な肌に赤い紅玉のような瞳は、黙っていれば大人しそうに見えるんでしょうけど、ねぇ?
今はワガママがホントによく似合う……まさか、そのためにこの姿なんでしょうか……だとしたら、あざとすぎるのです。
「メルだって、年末からご主人様から離れて、だからご主人様からずぅっとかわいがっていただいていないのです!今日は久し振りに甘えるつもりだったのです!なのにいきなりやってきて、ヨコハイリして、メルのご主人様を!」
もう13歳のメルですが、昔から叔父様以外に甘える相手がいないだけ、叔父様にはホントに甘えたがりです。
おばあちゃんにはちょっとだけなついてますけど……ヨコハイリ?
ですが、わたしにはこんなに嫉妬をむき出しにしたことはないのです。
だからこんなにとり乱すメルはどうしたらいいものか、正直戸惑うしかありません。
「……んん。相手は子どもだから、メル教官はガマン。」
なのに、リトはあっさりフィアちゃんの肩をもつのです。
騎士の家の育ちのせいか、この子は感情を抑えることになれているし、他人にもそれを求めてしまうのでしょうか?
「でも……メルちゃんかわいそう。」
そして、メルと年の近いレンは、メルに同情しているのです。
ちょうどこれくらいの娘は、大人と子どもの中間で複雑な思いをすることが多いのです……って、それ、わたしの経験ですけど。
で、肝心の叔父様は……これはダメですね。
もう10歳くらいのフィアちゃんを見たのは初めてなのか、もうなんだか甘えられて単純にうれしいみたい……なんてわかりやすく顔がゆるんで……。
子どもが苦手なくせに。
「……僕は子どもが苦手だけど、キライってわけじゃない。ただ子どもたちが僕を嫌うんだ。だから僕を嫌ってない子どもには、いつも優しいつもりだよ。」
なんだか微妙な発言です。
「子ども」を「女性」にしても、変わらなそうな。
お昼休みのおしゃべりの、クラスのみんなの高評価なんか知ったら、急に女性好きに変節するかもしれません。
なんて思うと、ムカ、です。
「……叔父様。子ども相手には、ちゃんと順番を守るって躾も大切ですよ。メルの耳掃除を先にしてあげてはいかがですか。」
そのせいでしょうか。
わたしは、ついメルをかばう発言をしてしまうのです。
「え?……まぁ、そう言われるとそうかも。確かに子どもにはそういうことも大切かな。」
そして、昔からわたしの言うことには素直な叔父様なんです。
不満げなフィアちゃんが上げる「ええ~パパぁ~」という甘い悲鳴を聞いても、そのまま耳かきを抜こうとするのです。
そうそう、こう見えて子どもの躾は一応大事にする叔父様なのです。
それなのに……。
「それ、おかしい。」
え?
「だって、どうせもう片耳だけ。」
ええ?それはそうですけど?
「それも、すぐ終わる。少し待てばいいだけ。」
なんてドライなリトでしょう?
普段は情誼に厚い子なのに?
なんだかわたしの方を見ながら口をとがらせているのです。
「リトはなんだかイジワルだってレンは思うの。」
口には出さないものの、実はわたしもレンと同じ感想です。
「リト……さっきからおかしくないですか?」
「おかしくない!クラリスの言うことより、こっちの言い分が正しい!お……教官殿、そう思わない?」
「ええ、僕かい?僕は……クラリスの言うことを聞くしかないけど?」
そして叔父様に話を向けるのですが、この人はリトの様子なんかに気づくわけもないのです。
だから叔父様にとっては当たり前のことを言っただけ。
「なんで?姪だから!?だったら……んっ!」
なぜか怒ってるリトです。
そして何かを言いかけて、教官室から飛び出したのです。
わたしはとっさに追いかけました。
後ろからレンの声が聞こえましたけど……。
しかし、リトはクラス一の俊足。
「俊足」なしでは見失わないのが精一杯のわたしです。
それでも、北校舎、野外演習場となんとか追跡、最後には学生食堂ちかくの東屋で、一人座ってるリトに追いついたのです。
まぁ持久走は得意ですし。
ですが、リトは近づくわたしに気づかないのか、じっとうつむいたままです。
「……父上は立派な騎士で、尊敬してる。」
どきっ。
いえ、気づかれてました。
この子、感覚が鋭敏なのもクラス一でした!
「生まれてすぐに厳しく修行させられたけど、ツライなんて思ったことは一度もない。」
女は騎士になれないとわかっても、リトのおとうさんはリトを鍛えた。
それもおとうさんなりの愛情だったのでしょう。
「でも、弟が生まれてから、ずっと弟を鍛えてばかりで」
騎士の家。
まして婿養子として入った方であれば、後継ぎを大事にするのは当たり前でしょうけど。
「母上が亡くなってからは……特にそう。」
リトのおかあさんはお亡くなりになっていた。
それも以前聞いていました。
初めて聞いた時、わたしは彼女が不憫で思わず涙ぐんでしまって、逆にリトに慰められるというおかしな展開になってしまいましたが。
「でも……生まれつき病弱な弟が無理して、そのせいで却って体を壊して……」
以来、リトのおとうさんは、弟さんには無理はさせず、しかし、すっかり気を落とされたとか。
「アスキスの家は諦めてもいい。そんなことを言う父上の姿はみたくない。自分なら、自分が男だったら絶対立派な騎士になってみせるのに。」
リトはあらゆる手段を探し、そして魔法騎士という道を見つけたのです。
王国に公認された歴史が浅い魔法騎士は、適正を持つ者が極めて少ない専門職です。
それこそ性別の壁も少なく、女子でも騎士になれるのです。
そして彼女には騎士の下地も魔術師の才能もあり……。
「ん。それでエスターセル女子魔法学園に来た。他の女子魔法学校とちがって、ここは軍の学校。魔法騎士になるには一番の近道。」
そして、懸命に勉強して合格し、入学したらわたしと同じ部屋になって。
「来てよかった……クラリス、優しいし親切。魔術にも詳しくて、おかげで勉強も進んだ。」
「ううん。リトはすごい頑張ったし、とても才能あったもの。」
ずば抜けた才能はあっても、入学当初のリトは魔術の知識が付焼刃でした。
それでも短期間でみるみる上達し、前期魔術師認定ではレベル4の好成績だったのです。
そして、生まれ持った身体能力や子どもの頃から身に着けた剣術ではクラス一!
その総合的な戦闘力では戦闘種族のジーナをもしのぎ、他の追随を許さないとすら言えるのです。
「だけど……クラリスはずるい。」
え?
ここでわたし、責められるんですか?
しかもズルイって?
「クラリスは、魔術師になるって夢があって、その夢に一番近い……それは、お、教官殿がいつも側で支えてるから。」
いつも?
あのひきこもりは引きこもってばかりで、ひきこもっていないときは事件ばかり起こして迷惑ばかりかけて、なんでそんなこと言われるのか、なんだか不当です!
「あなたこそ、なんにも知らないくせに。叔父様はそんな便利アイテムじゃありません!」
大人しく魔術を教えてくださるだけなら素直に尊敬もできるのです……してないとは言いませんけど……ですが!魔術以外のムダ、いえ、むしろ有害な知識のいかに多かったことか!
わたしは入学以来、自分が教えられた知識の多くが世間では非常識、異世界由来のただの「とりびあ」な上に、誰にも理解不可能ということを知ってどれだけ恥ずかしい思いをしたか!
それは一緒にいたリトも知ってるはずなのに!
裏切られた思いで、つい語気も荒くなるのです。
それに反応して、リトもまた、いつもは浮かべない強い怒りで、可憐な顔を真っ赤にしているのです。
「む……そこまで言うの?いらないんなら、教官殿はリデルがもらう!リデルの叔父上なんだから他人のクラリスはもう甘えたりしないで!」
他人……たにん、タニン、TANIN……。
叔父様自ら告白されたわたしです。
わたしと叔父様には「血縁」はないって。
でも、それを見た目も叔父様の面影を思わせるリトから言われる衝撃は、意外なほど大きかったのです。
思わず親友のリトが敵のように見えて。
バチバチバチ!
その時二人の間に飛び散る火花は、きっと魔術師でなくても見えるくらい激しいのです!
いつしかわたしたちは一触即発なのでした!
「待って、クラリス、リト……事情はわかったの。だからクラリスが行ったらこじれるって言ったのに……手遅れ?」
そこにやってきたのはレンなのです。
彼女にしては短時間でここに来たのはわかるのですが、確かに完全にタイミングは外しているのです。
もうわたしたちの仲はこじれまくり。
「ならば仕方がないのです。ここはお二人が納得するまでとことん勝負するのが一番なのです!」
そして、なぜか一緒にやってきたメルです。
不思議なことに機嫌はすっかり直っています。
「あの生意気な子は、もう天界に戻ったのです。なんでも急に耳掃除の途中だったことを思い出して来ただけで、まだ正式には人界に戻れないとか。人騒がせにも程があるのです。所詮はお子様の気まぐれなのです。ふん、なのです。」
それは、僥倖と言えるでしょう。
あの子が降りてくるたびに、なんだか面倒なことが増えるという気は否めないのです……でも今は!
「勝負……なんでもいい。叔父上のありがたみがわからないクラリスには、叔父上は渡さない。リデル、叔父上に事情を話して、本当の姪になる!」
「いいえ、リトはわかっていないのです!でも、たとえ血がつながってなくても叔父様はわたしのモノなのです!」
そう。
これが、わたしとリトの決闘の始まりだったのです!
そして、なぜかわたしたちの決闘の判定役を務めることになったメルです。
「それでは勝負は伝統にのっとって三番勝負で行うのです。」
しかし、この裏切者の半畜生なんです。
子どものころからわたしが叔父様の「姪」であることを知り尽くしているはずなのに、血がつながっていないと知るや、手のひらを返したようにわざとらしく第三者を気取るなんて。
だいたいなんの伝統ですか!?
「だってメルは、クラリス様がご主人様の親類であるから敬意を示していたわけなのです。メルがご主人様に甘えようとするといつもジャマするクラリス様をずぅぅぅっと疎ましく思うのは当然のこと。それが血縁でないのなら……うふふふふふふ……もうご主人様とメルの愛めくるめく時をジャマするものは何物も存在しないのです!」
この恩知らずのド畜生なんです!
わたしだって家族や他の人の差別や無理解からかばってあげたことだって……多分少しくらいは……あるんです!
「ですから、決闘は中立に行うのです!決して日ごろの恨みとか昔からのつらみとかは無縁な、公平で公正な手段を選ぶのです。メルに任せてほしいのです!」
絶対根に持ってるメルです!
子どもの頃からの恨みつらみが行間からあふれ出ているような気がするのはわたしの妄想ではないのです。
なのに!
「さすがはメルちゃん教官殿ってレンは思うの!ならレンも決闘見届け人として協力するの!」
王国では正式な決闘には、審判役だけでなく、見届け人が不可欠。
わざわざそれを買って出たレンには、おそらく悪気はないのでしょうけれど、事態の解決にはむしろ遠ざかってることに間違いないのです。
で、そんな決闘方法がこれ!?
教官室に戻ったわたしたちに告げられたのは……
「最初の勝負は、今日の決闘のキッカケとなった耳掃除対決なのです!」
「ん……耳掃除?」
くっ……まさかの、いえ、メルであれば予想してしかるべきでした。
わたしのトラウマをつくくらいのことは!
あのピクピク動く犬の耳を、ふるふる揺れる犬の尻尾を引っこ抜いてやりたい衝動に駆られるわたしです。
「……耳をかき回されるのを我慢すればいい?」
いいえ、リト。
そんなガマン大会的な決闘ならどれほど楽だったか!
「違うのです。ご主人様のお耳をどちらがきれいにお掃除できるかを競うのです!」
やっぱり!
「耳掃除では、お耳の中を傷つけず丁寧にお掃除できる、気配りと器用さと、何よりも相手への愛情を試されるのです!メルはご主人様に耳を掃除していただくたびにそれを耳から、いいえ、全身で感じてうれしくなってしまうのです。ご主人様の『姪』を競うお二人には一番適切な決闘方法なのです!」
前半はまだしも、結論はゼッタイ違う!
なのに素直なリトに無垢なレンは
「おお。なるほど。」
「そうなの?さすがはメルちゃん教官なの。」
なんてあっさり納得して。
そして
「あのさぁ……何が起きてるのか誰か教えてくれる?」
なんてソファの上でボ~っとしてる叔父様は、わたしだって蹴とばしてやりたいのです!
「先手、クラリス様なのです。」
一応経験者であるわたしが先手なのは、ちゃんとした耳掃除を見たことがないリトにお手本をみせるというもっともらしい理由があるのです。
普通なら経験者のわたしが圧倒的に優勢!
……なのですが。
ちっ、なのです。
いえ、舌打ちはしませんけど……メルめ。
耳掃除。
子どもの頃のわたしは叔父様に耳掃除されるのが大好きで、よくせがんでいたものです。
耳の中にはなんでも「メウソウシンケイ」とかいうものがあって、そこが刺激されると気持ちよくてリラックスできるのだとか。
わたしには実感できる話なのです。
ですが……
無防備にわたしの膝に頭を載せて素直に目をつむる叔父様……だらしないお顔でにやにやして、横顔もホントに子どもみたい。
その頭の重みを感じながら、お耳にそっと耳かきを入れるのですけど。
なのに。さくっと手ごたえが?
「んぎやあああ!」
いきなり左耳を押さえ飛び上がる叔父様です!
「ゴメンなさい!」
「ギブまで2.3秒なの。早すぎるって思うの……。」
「クラリスさま……またですか。御主人様のこまくは全壊というか全開なのです。」
そう言っては、すかさず叔父様にべったりくっつき「治癒」を使うメルなんです。
これではわたしの不器用なところばかり目立って、一方メルの株は上昇。
誰の、何のための決闘なのやら、わからないのです。
「まったくクラリスは昔からこういう家庭的なことは破壊的なまでに苦手だから仕方ないけど。」
かちん、ですけど。
ですが、そうなのです。
以前も、そう、わたしがまだ幼い時、いつも叔父様に耳掃除していただいてる恩返しに、わたしが叔父様の耳掃除をすると言い張って。
「もともと僕は、人に耳掃除されたくて、だから耳掃除を知らない王国で啓蒙活動していたようなものだからね。それが、クラリスにしてもらえるなんて、本当にうれしいよ。耳掃除こそ、男のロマン!前世からの夢がかなったよ!」
なんて歪んだロマンなんでしょう?
叔父様の前世のお国とやらは、スキンシップがほとんどなくて、家族ですらろくにハグやキスもしないお寂しい国なのですが、そのくせ耳掃除が夢なんて……ホントにおかわいそうです。
そう思った幼いわたしは、嬉々として膝の上に頭を載せた叔父様の耳の穴にそっと……わたしとしては……怪しげな、耳かきなる棒をいれたのです。
それを喜んでた叔父様が、今のように叫んで飛び上がるまで、多分2秒もかかりませんでした……耳の穴から出てる血が、昔も今も本当にいたたまれないわたしです。
「……で、今度はアスキスくん?なんでキミが僕なんかの耳掃除を?何かの罰ゲームなのかい?」
メルとレンがどう言いくるめたのかは知りませんが、叔父様はまんざらでもない顔で、今度はソファに座るリトの膝の上に頭を載せるのです。
ぐううう、この浮気者なのです!
「んん……お、教官殿。じっとしてて。」
そして顔を微かに赤らめて、叔父様の耳に手を伸ばすリト……その表情も振る舞いもいつになく女の子らしくて、見ているこっちがイライラしてしまうのです。
そしてリトは慎重に耳かきを叔父様の耳に……
「んぎやあああ!」
いきなり右耳を押さえ飛び上がる叔父様です!
さっきみた光景が完全にかぶるのです。
「でじゃぶ」ってると言うには、視点を変え、左右逆転しただけの再現映像。
もはや「てんどん」と言うべきものかもしれません。
「ゴメン!」
「……ギブまで、これも2.3秒なの。」
「リト様まで……。御主人様のこまくはまたも全壊なのです。痛々しいのです。」
で、またまた叔父様にべったりくっつき「治癒」を使うメルなんです。
やはり、わたしたちの不器用なところばかり目立って、メルの株はまた上昇。
本当に誰の、何のための決闘なのやら、全然わからないのです。
「しかし、リト様もクラリス様と同程度の不器用なお方なのです。この勝負は引き分けなのです!」
なんてもっともらしく宣告する、自称中立の審判メルです。
「じゃあ、メルちゃん教官殿……次の勝負なの?」
そして、それになんの疑問も感じない無垢なレンです。
「そうなのです。姪対決は二回戦に突入なのです!」
そして、ああ、なんということでしょう。
わたしとリトの意地の張り合いは、どう考えてもメルにいい様にされてるだけのような気がしてならないのです。
「ん……次は勝つ!」
なのに、素直なリトは完全にやる気なんです。
「クラリス……教官殿はリデルの叔父上だから!」
そして……
「わたしだって負けないから!リト!」
そんな風に言われては、一歩も引けないのは、わたしだって同じなのです!




