第20章 その2 「魔道」の暴走と、その結末
その2 「魔道」の暴走と、その結末
「……そこで、魔術師ガイエルは、禁断の魔術を行使してしまったのです。」
今日の「魔道」……魔術師の道徳・倫理を育てる授業……の課題は、仲間を助けるために、俗に言う禁呪、つまり禁断の術式を使ってしまった若い魔術師の苦渋の決断です。
優秀な魔術師ガイエルは魔法学校を卒業後、軍に入ることを拒み、冒険者の一員となったのです。
そして仲間と共に迷宮に入り、その最下層で遭遇した巨獣と戦います。
しかし、その巨獣の毒の吐息により、仲間は全員半身不随……。
「彼の行使した魔術の対価は人族の命です。ガイエルは己の生命を対価として、術式を使い、そして仲間の命を救ったのです……。」
なんて崇高な行為でしょう。
ガイエルさんは仲間を助けるために死んでしまうのです。
「さて、みなさん、彼の行為をどう思いますか?」
わたしはガイエルさんの行いに感動し、自分もそんな時が来たら仲間のためにって思うのです。
クラスのみんなも、程度の差こそあれ、ガイエルさんに敬意を感じていたに違いないでしょう。
リルなんかもう涙ぐんでるし。
「最低だな、その男は。」
なのに、この人!
今日から魔術協会公認の刑として、生徒と一緒に「魔道」を学ぶと言う屈辱的な境遇にあるにも関わらず、なんの反省もない!
仮にも魔法学校の教官が、なんで今さら魔術師の心得を教えられるのか、その自覚もない!
この違法魔術師の怪人!
「フェルノウル教官。その発言の意図を聞かせてください。」
ですが、ワグナス教官、せっかくの課題を全否定されたのに、上機嫌のままなんです。
「いえ、教官ではありませんでしたね。この授業の中ではあなたも一介の生徒ですし、アンティノウスくん、とお呼びしますか。」
それどころか、ますます上機嫌なんじゃ?
さすが学園一のいい人教官なんですけど、今のは……少し叔父様をいじめてません?
叔父様、真名を呼ばれることが大嫌いで、ご自身でもめったにお名乗りにならないくらいなんです……。
「ああ、別にかまわない。でも長いからアンティでいいよ。」
なのに、かまわない?
その反応も予想外なんですけど!
「で、率直に言えば、ガイエルは自分が死んで仲間を助けたなんていい人ぶってるだけの無能な魔術師だ。」
で、速攻でガイエルさんを「ディス」り始めるのです。
「魔術師たるもの、冒険者一行の知恵の源泉であるべきで、味方が倒せない魔獣のいる迷宮にノコノコ仲間を案内する段階でもう、事前の調査が甘すぎ。市場調査はマーケティングの基本だろ?冒険者として自分の狩り場くらいちゃんと押さえろ。」
マーケティングって何?っていう「はてな」マークが教室に飛び交いましたが、きっと叔父様には見えてないでしょう。
「お待ちください。フェルノウル教官。」
「シャルノくん、教官はやめてくれ。僕は今、一介の生徒らしいからね。」
何より生徒相手に「ふれんどりぃ」過ぎです!
「それでは……アンティさんでよろしいのですか?」
シャルノもあっさり受け入れすぎです!
そんな簡単に叔父様を愛称で呼ばないで!
「では、アンティさん。魔獣との遭遇は不慮の事故ではありませんか?ですから遭遇したことを甘いなんて言うのは厳し過ぎと思いますけれど。」
「いや、そうでもない。過去、探索した冒険者を調査するのは難しくない。最近は冒険者ギルドも公営化されたんだから、その辺は万全だ。」
確かに。6年前公布されたトレデリューナ臨時法で、冒険者は王国の管理下に置かれ、それに従わない一部の闇営業は取り締まられるようになったのです。
「でもアント、初めての迷宮かもしれないってレンは思うの。」
レン!
滅多に質問もしないくせに、叔父様相手になると慣れなれしいんです!
ちゃっかり「アント」って、普段言いそびれてる呼び方までしてるし!
「未登録迷宮への不法探索かい?それこそこのガイエルこそが闇営業してるってことになるよ?それなら事前調査もできないけど、なら全滅も自業自得だね。」
……確かに論理的にはそうなるのです。
ですが、わたしは次第にイライラしてくるのです。
「叔父様!論点をずらさないでください!この課題はガイエルさんが、仲間を救うために禁呪を行使したという行為の是非を問うものです。それからすれば、迷宮探索の難易度を見誤った件は些事なのです!」
思わず立ち上がり、叔父様をにらむわたしなんです。
まったく、この人は……物事の枝葉にこだわって根幹を見誤るという、昔からの性癖なんです!
だから、あんなに準備した計画も、ちょっとしたことですぐに変更の繰り返しで、魔術回路もすぐに焼き切ってしまって。
なのに、そんな目に遭っても、ぜんっ然変わらない!
フィアちゃんじゃないけど、ホント、バカ!
そんな心のつぶやきがもれてしまいます。
「……言い過ぎ。」
その時の、リトのぼそってつぶやく声。
なぜか不思議なくらい、カチンってきました。
「……クラリス、クン。でもさぁ。キミは些事って言うけど、前提条件は曖昧なまま、結論を出すのはよくないよ。」
叔父様の反論を聞いてうんうんうなずくのは、アルユンにデニー。
それにエリザさんやジェフィまで。
「いいえ、例えガイエルさんが魔術師として準備を欠き判断を誤ったとしても、その最後で仲間を救うために自らを犠牲にした尊さに変りはないのです。もちろん禁呪を行使した罪は許されるものではありませんが、それも己の命で償うのですからやむを得ないでしょう。」
そう、これが本質。
もしも彼が違法な闇冒険者だとしても、そこは譲れない!
「いいこと言うじゃない、クラリス。」
なんてエミルが褒めてくれて安心するもつかの間。
「それを言うのなら……僕はそれが一番許せないんだけどな。」
叔父様は、そう言って口をとがらせるのです。
ですが、そんなお顔では子どもっぽくて困ります。
もう、わたしより20歳も年長で36にもなるのに。
姪としては……あ……思わずリトの表情をうかがってしまうわたしです。
気にし過ぎでしょうか?
ですが、リトは少し柔らかい表情です。
さっきは呆れて「あんな叔父上いらない」なんて言い出したのに。
「自分が犠牲になって仲間を助けるだって?助けられた仲間がどんな気持ちになるか、考えてほしいね!死なれた者が、死んだ相手に感謝して終わりか?冗談じゃないよ。犠牲は尊くなんてないんだ。」
この人、なんだか自分が助けられた仲間みたいに感情移入してます。
ですから、それも本筋じゃないのに。
「ですから叔父様、これはガイエルさんの決断が課題であって、それ以外は……」
「違うよ、クラリス。一人の決断は周りに、まして仲間に必ず影響を……」
論点を戻そうとするわたしと、それに反対する叔父様の論争が続くと、みんなも興味ありげに話し始めるのです。
「たしかに『魔道』の課題は、ガイエル師の行為を問うものですわ。」
「ボクもそう思うよ。だからクラリスが正しいと思うけど。騎士道にもかなうし。」
「でもさ、あたし、教官殿の言いたいこともめっちゃわかる。」
「ん。クラリス、固すぎ。融通効かない。」
どうも、クラスの優等生はわたしに同意してくれているのですが、親友二人がまさかの造反!?
エミルは叔父様寄り、リトに至っては思いっ切りわたしを批判しています。
「ええっとヒルデアルドくん。」
「え、はい、教官殿!」
そこで叔父様に真名を呼ばれたヒルデアが驚いて立ち上がります。
「魔道と騎士道は違うよ。そして魔法騎士を目指すキミは、その真髄を理解して、その相克にのたうつ覚悟が必要だ。できるのかい?」
「ええ!?……わかりません、教官殿。」
いきなりの指名に加えて、あのフェルノウル教官から「覚悟」なんて言われて、動揺しきりのヒルデアです。
それに聞きなれない言葉に困惑もしているのでしょう。
「……教官殿、騎士道はともかく、『魔道』の神髄とはなんですか?」
そう、魔道の神髄?なんだか怪しげな言葉がでてきて、わたしは警戒です。
ここでまた、いつもの前世の「オタクネタ」とか「中二病」発言なら、もうわたし、恥ずかしくて不登校になっちゃいます!
一方、これまで生暖かく見守っていた当の授業者ワグナス教官は露骨に興味津々なんです。
授業、脱線いえ、これでは乗っ取りなのに、不自然なくらい気にしてない。
「じゃあ騎士道の神髄はわかるね。」
「はい……国王陛下への忠誠、王国と軍への献身、敵との闘い、名誉と礼節、そして弱き者を守ることです!」
……さすがは上級騎士の家で生まれ育ったヒルデアです。
誇らしく流暢に騎士道のなんたるかを話す様子は、やはり本心では今も騎士になりたいのでしょう。
「では……クラリス。魔道の神髄とはなんだ?」
そんなの習ってません!
あなただって教えてくれなかったじゃないですか!
思いっきり叔父様をにらみつけるわたしですが、こんな時のこの人は容赦がないのです。
「魔術師になるからには、それは知らなければならないことだ。誰かに教えてもらうことじゃない。」
しかも、人の追い詰め方だけは論理的で計画的。
どうせさっきまで考えていない展開だったくせに。
「つまり自分で見つけろってことですか?」
あっさりうなずく叔父様ですが、なんて理不尽。
ですが、わたしにとっては自分の答えは決まっているのです。
「わたしにとって魔術師とは、魔法兵であること。そして、人を助けられる存在と言うことです。」
それは10歳のわたしの誓い。
邪赤竜の襲撃を叔父様と魔法兵ゴーレムによって救われたわたしが、それでも多くの犠牲の中で自分だけ助かってしまったという想いから抱いた誓いです。
子どもっぽいとは思いますが、それでも今も変わらないのです。
だから、わたしは毎日優秀な魔法兵、つまり軍の魔術士になるべく精進を続けているのです。
ですが……そのわたしの決意を誰より知ってるこの人が!
「人を助けるだけなら、魔術師になる必要はない。それこそ騎士になるべきだね。弱き者を守る。それにキミは魔法兵、つまり軍に入ることを望んでいる。単に魔法兵のゴーレムに助けられたから魔法兵になる、軍に入り亜人と戦う……本当にそれは正解なのかい?」
「なんで今さらそんなことをおっしゃるんですか!?」
確かに、もう大人になったわたしです。
軍についても学び、戦場実習でいささかその実体にも触れ、現実を理解しています。
軍とは組織であり、上からの命令があれば暴動を起こしたとは言え民衆すら鎮圧しなくてはいけません。
それでも亜人と戦う軍は、この世界を、人族を救う唯一の存在なのです。
「それは……去年の入学前に言おうとしたんだよ。でも……その前にケンカになって。」
あ~~~~……あの、「三月のふぃぎゅあ事件」の。あの時なにか言いかけていたのは、このこと?
わたしから「事件」を聞いていて、うすうす事情を察したリト、エミル、シャルノは一斉に微妙な顔になるのです。
きっとわたしもそんな顔です。
それにしたって、あれからもう一年近いのです。
もっと前に、せめてこんな授業で言うことじゃないでしょうに……本当に場の読めない人なんです。
そして、あの時「ふぃぎゅあ」を持ってわたしたちのジャマをしたメルを思わずにらんでしまうのです。
もっともメルは叔父様の横顔に見とれて全然気づきません。
予想はできましたけど。
「軍にいることが前提の魔術師なんか、底が浅いよ。その魔術は戦闘用の術式に限定され、もちろん新たな知識の探求や世界の有り方を思索することもない。そんな魔術師の唱える術式なんか、その威力も意義も弓矢と何が違うんだ?キミは、いや、キミたち近いうちにその限界に気づくだろう。」
わたしたち、軍人になるために学んでいる生徒に、この暴言!
そして、これは軍の魔法学校の教官にあるまじき発言です!
この人、やっぱり全然反省しないばかりか、相変わらずの軍人嫌い。
クビにならないのがおかしいのでは!?
思わずワグナス教官の反応をうかがうわたしです。
でも、教官は教官で何をお考えなのか、顔色一つ変えてません。
幾ら温厚なお方とは言え、ある意味大物過ぎですけど。
見かけ通りの太っ腹は、冬季実習の時の優柔不断で頼りないお姿とは大違いなんです。
「ですが叔父様、あの邪赤竜のような強大な敵から人々を守るには、歩兵や騎士では不可能です。」
叔父様のような規格外ではありませんが、それでも魔術師の力は強力。
上級魔術師ともなればあの大敵相手でも単身で時間をかせぐくらいはできるかもしれません。
「だから魔術師?じゃあキミにとって魔術はただの戦う道具なんだね……残念だな。」
ぐさ、です。
単純に言われてしまえば、その通りなのでしょう。
でも、なんだかうまく言えませんけれど、わたしにはもう一つ密かな願いがあったはずで、その、今の願いと幼い誓いは必ずしも別ではないはずなんです。
そのもどかしさが、言い返すのです。
「自分こそ、以前なぜ魔術師になりたいのかってわたしに聞かれて、『げえむ』『あにめ』の影響なんて、訳の分からないことをおっしゃっていたくせに!」
周りから失笑が聞こえますが……いいえ、聞こえません!
だいたいみんな、すっかり「観戦もおど」なんです。
授業なのに……思いっきり脱線してますけど授業は授業。
「まぁ、最初はってことで、今は違うよ。魔術について学べば学ぶほど、僕には理由が増えていくんだから。」
それはとてもうさんくさいのです。
思いっきり「ジト目」になるわたしです。
「ならあなたの魔道とはなんですか。」
ホントの魔術師になったのはつい最近。
オマケに早々に魔術回路を二度も暴走させて、もう再起不能かもしれません。
そんな人がまともな魔道なんて言える訳がないのです。
「魔術とは、世界の理を知り、己の意志で書き換える行為だ。で、あれば、魔術師とは必ずしも術式を操る者ではない。世界を知り、利用し、書き換える行為は全て魔術。魔術師は、知恵と知識と、術式の全てを使って世界を変える者のことだ。」
なのに、なのに、なんですか!
そんなもっともらしい答え!
それは、わたしがまだおぼろげにしか描けなかった「世界の深淵を覗く」という夢のような願いを、「亜人の侵入を防ぐ方策を探す」という絶望的な望みを、まさに具現化したものに思えたのです。
「ええっと、この前、キミは魔術回路がダメになったのに意外に僕はあっさりしてるとか軽いとか散々言ってたけど」
言いましたけど、ここで反撃?
なんて小さな……って口がとがってしまったわたしですが、それは間違いでした。
だってこと魔術に関しては、いつも真剣なんです、叔父様は。
「今の僕にとって、術式が使えるかどうかはそれこそ些事なんだ。だって、この世界は人の認識でできているはずさ。なら、僕の認識でどこまで世界を変えられるんだろう?世界を知り、しかしそれにとらわれず、新しい発見と開発で世界は変えられるんじゃないか?こんな、亜人や邪竜と戦うしかない世界なら、変えてもいんじゃないか?」
そして、もう授業のことなんか、きっとわたしのことすら、頭にない。
自分への認識を変える実験は大失敗だったくせに、なにを……そんな反論すら、どうせ聞いちゃいないんです。
自分の想いをひたすら語りだすんです。
魔術、魔術。
本当にこの人の頭の中は、魔術でいっぱいなんです。
「そして……キミのような子が、キミたちみたいな生徒たちが人族の認識をどこまで変えられるか、挑戦したいことはたくさんある。そっちの方が大事だろ?」
でも、結論は予想外、いえ、予想を超えすぎです。
自分では30年以上も魔術を使えなかったくせに、魔術師になって十日かそこらで再起不能になったセミみたいな魔術師人生のくせに!
この人は魔術回路が起動しない年月も、魔術に夢中で、そしていつしか魔術とは世界を変える方法全てに変わっていたのです。
だから、符術もスクロールもアイテム製作も、ゴラオンだってきっとそう。
「だから、もっと学びたまえ、考えたまえ。術式一個を唱える是非で終るんじゃない。魔術のありようは、もっと根源的で、多岐であるべきだ。」
ぐうの音もでない……わたしは叔父様の声を半ばくやしさに、ですが半ば感動して聞いてしまうのです。
もう、こんな人を相手に禁呪がどうこう言う自分がばかばかしくなってしまうのです。
「そして……この世界を変えよう。」
こんな、ありきたりな魔道の授業で語るには、なんて根源的で刺激的。
もう違法魔術師への罰なんて誰も思えない。
キーン……コーン……カラーン……キーン……コーン……カラーン……。
「……あれ?……ええっと……」
授業の終わりを告げるチャイムが鳴って、そこでようやく我に返った叔父様です。
なんだか妙な汗をかき出して、お顔も赤い?
「……今のなし!なんか調子に乗っていろいろ言っちゃったけど忘れてくれ!」
「ご主人様ぁ。メルはとっても感動したのです。メルはそんなご主人様のお力になってみせるのです。」
最後はバタバタと、あいさつもしないで撤退、いえ、敗走される叔父様です。
敗走?
いいえ、あれは本人が気づかないだけ。
あれは勝ち逃げなのです。
わたしは、いえ、クラスのみんあは魔術師としてのあり方を思いっきり揺さぶられ茫然自失。
もうガイエルさんの術式の使い方なんて小さなことは追い払われてしまったのです。
「……思った以上にやってくれましたね……オホン、みなさん、あいさつして終わりますよ。今日の魔道の結論は自分で出してください。今日の課題にしますから明日の朝に提出すること。そろそろ来年度の学科志望をとる時期ですから、よく考えて。」
そして、最後に授業をこうまとめたワグナス教官は、どこまで叔父様の暴走を見越していたのでしょうか?




