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第20章 二人の姪 その1 ナゾの転入生、再び?

第20章 二人の姪 

その1 ナゾの転入生、再び?


 王国中央部では、人族の真名は少し長めにつけられます。


 そして、真名を日常で使用することに禁忌や抵抗をもつ人が多いため、普段は愛称を使うのです。

 

 例えば、わたしのおじいちゃんはアーカルディオなんて偉そうな真名ですが、おばあちゃんはアークって呼んでますし、そのおばあちゃんはイーフェリアでイーフェ、とうさんはアルジェウスでアル、かあさんはクレシェリアでクレシェ、こんな感じです。


 わたしの名前クラリスは例外中の例外で、愛称をつけるには短いし下手に略すと響きが悪い。


 まぁ、異世界転生者の叔父様がつけてくださった名前ですから、仕方がありませんし、わたしは大好きな名前なんです。


 ですから、魔術師でありながら真名を常用しているという、少々風変りなことになっているわけです……。


 なお、この述懐はただの現実逃避です。わたし、今、リトの告白を聞いてパニックのまま。

 ・

 ・

 ・

「フェルノウル教官は……たぶん、リデルのおじさん。」

 

 リデル。


 王国東方の生まれであるリトの真名はリーデルン。


 家名はアスキスです。


 この辺りの愛称のつけ方に倣えばリーデルンは「リデル」或いは「リーデ」になるのですが、初めてこの子と会った時「リトって呼んで」って言うので、そのままリトで通してきました。


 どうも騎士の家で、半ば男の子みたいに育った彼女ですから、女の子としての愛称が恥ずかしいのでしょう。


 その上、リトは口数が少なく、主語を略したがるので、誰も彼女の自称を聞いたことはないのです……わたし以外は。


 もう一年近く同室で親友のわたしですら、この子が「リデル」って自称するのは二、三度しか聞いていないのです。


「ん。だってクラリスがつけてくれた愛称。気に入った。」


 なんて言うわりには、ホントに使いどころがない愛称だったのに。

 ・

 ・

 ・

「はあ~~……」


「どうしたのですか?クラリス?」


 冬季実習の翌日。


 学生食堂で朝食をとってるわたしたちです。


 メンバーは、ジェフィを除く2班のみんな。


 今日の朝食は今年最初の食堂開きのせいか、ビーフシチューにローストチキンと、なかなか豪華で美味なのです。


 ですが……。


「リトも変だよ?今日はいつも以上に全然食べてないし。」


「クラリスもため息ばかりで、おかしいって思うの。二人とも……ケンカ?」


 デニー、リル、レンたちに心配させてしまいました。


「別にケンカしてるわけじゃないんです。」


「……ん。」


 ただ気まずいだけ。


 親友で同室のリトといることがこんなにも気まずいなんて、想像したこともなかったのです。


 結局、あの後、わたしは「計画」を諦めて一晩中リトと話しして、おおよそ事情はわかったつもりです。


 気持ちの整理だって、ついたつもりだったのです。


 ですが、あんなに冬季実習で疲れていたはずなのに、ろくに眠れず、朝もそのまま。


 もともと言葉少ないリトですから、そっちはいいでしょうけど、わたしはなんて声をかけたらいいのかわからないんです!


 で、会話もないまま朝食に出かけ……今に至る、です。

 ・

 ・

 ・

「ゲンブの霊気を浴びてたら…‥気づいた。」


 この子も言葉足らずで、翻訳に苦労します。


 要は、霊獣の影響で体質が変化したのではないでしょうか?


 実際、あの場でサムライさんの「飛閃」を習得してしまったリトです。


 ご先祖様の、つまりヒノモト族としての体質でもなければ到底習得不可能と思われる、あのアシカガ流刀術ですから。


「ん。多分そう。で、教官殿の血筋が見えた。」


 サムライさんは、ヒノモト族やその一派のアシカガ衆は、一族の「血縁関係」を一目で見抜くことができる、と言っていました。


「なんてドメスティックなスキルだ」なんて叔父様はおっしゃっておられましたが、叔父様自身は違うのでしょうか?


 わたしたちの記憶を書き換えていらした間は、ジロー・アシカガと名乗っていましたし、アシカガ衆であることに間違いないのでしょうけど。


「……フェルノウル教官は、リデルの父上の双子の弟。だから、リデルの叔父上。」


「まさか!?」


 と言いながらも、叔父様は生まれた日に邪黒竜の襲撃を受け、両親を亡くした、というお話は聞いています。


 双子とかお兄さんとかは……どうだったでしょう?


「それに、若い時の教官殿は、弟に似てる。」


 ……言ってましたね。


 16歳当時の叔父様ことアントを見た時に。


 わたしだって、アントはどこかリトに似てるって思ってたし。


「でも……だったらリトのお父さんもアシカガ衆なのですか?」


「……昔、アスキスの家に婿養子に入ったとだけ。その前のことは話してくれない。」


 リトのお母さんは下級騎士アスキス家の娘で、リトのお父さんはそのお婿さんになって騎士位を継いだ、ということです。


 それも以前聞いた記憶があります。


「だから次の休日に、一度帰る。」


 リトは女の子で、騎士の位は継げません。


 そして弟さんは病弱で、騎士になるのは難しい。


 リトはせめてものこととして、魔法騎士になって、新たにアスキスの家名を残したいと考えているんです。


 そして、魔法騎士になれるまでは帰らないって言ってたのに。


 それだけ、叔父様が、いえ、あのアンティノウス・フェルノウルが自分の叔父であることは彼女にとって大きなことなのかもしれません。


 でも……それはわたしにとってもそうなのです。


 親友のリトこそが、本当の「姪」で、ならばわたしは?


 「姪」じゃない、いえ、「姪」ですらない?


 「姪」としか扱ってもらっていないんじゃないかってあんなに不満だったのに、もっと一人の「娘」として見て欲しいって思っていたのに。


 いざ「他人」になって、本当の「姪」が現れた今、足元が崩れていきそうで、不安で、恐怖で……だから、リトの顔もちゃんと見られない。

 ・

 ・

 ・

 気まずい朝食も、リルがそれなりにフォローしてくれて、なんとか大事に至らず。


 しかし、事情を察していたレンは、いつも以上に大人しかったのですけど。


「クラリス、昨日は伯母ちゃんとどんな話したの?教官殿も一緒だったんでしょ?」


 ドキ。


 何も知らないエミルが、教室で話しかけてきたのですが、これも難しい質問で、今のわたしにはうまく答えることはできません。


 隣のリトも無反応。


「どうしたの?変だよ、二人とも。」


 エミルは勘のいい子で、たったこれだけで見抜いてしまいます。


「なんかあったんなら相談してよ。二人とも、あたしの友達でしょ?」


 そうです。


 去年の4月の入学以来、クラスでは内向的で浮いてたわたしとリトに、最初に友達になってくれたエミルです。


 彼女になら相談しても……でも。


 なんて悩んでるうちに、もう朝のホームルームの時間なのです。


「おはようございます、みなさん。」


 クラス担当のワグナス教官です。呪いの影響は完全に消えたみたいで、前にもまして穏和なご様子です。


「なんだか機嫌がよさそう?」


「彼女でもできたんじゃない?」


「まぁっさかぁ~」


 そんな内緒話がそこかしこから聞こえますが、みんなもワグナス教官が「呪い」であわやタラスクに化けかかってたなんて知ったら、とてもこんな話では済まないでしょう。


「さて、早速ですが、学園長からお話があります。みなさん、講堂まで移動してください。」


 講堂は、年末年始休暇の間に増設された新施設の一つで、室内演習場の二階にあります。


 更にはその屋上にプールとか、野外演習場に倉庫とか、他にもいろいろ……です。




「みなさん……予想外の事態が続いたにもかかわらず、誰一人大きなケガもしないで、よくぞ無事に実習を終えましたね。」


 演壇の上の、上品な紫色のスーツ姿はセレーシェル学園長です。


 少し低めの魅力的なお声は、真新しい講堂にもよく響くのです。


「さて……とは言え、この度の冬季実習では、どうも学園内の一部の者が、いろいろと画策したようで……」


 そこで学園長はチラリと視線を向けたのです。


 イスオルン主任とセレーシェル客員講師へと。


 そして更に何かを探して……ああ、一番の張本人がこの場にいないってお気づきになったようです。


 微かに忌々しそう。


「クラリス・フェルノウルさん!」


「はいっ!?」


 ここで、わたしですか!?


 まさか坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、肉親の罪は九族まで、叔父の因果が姪に報い、で、叔父様の陰謀の責任は姪のわたしにってことですか?……ホントの肉親じゃないけど。


「フェルノウル教官を勤務に復帰させなさい!今すぐ!」


 それはつまり、居住している教官室から引きこもってる叔父様の首根っこを捕まえて連行しろってことなのです。


 くすくすって、クラスのみんなの笑い声。


 いえ、ワグナス教官はじめ、ミラス准教授やエクスェイル教官たちも忍び笑い。


 そしてイスオルン主任の人の悪いニヤリって笑顔……邪悪です。


 セレーシェル超師の笑顔は反対に全く邪気がないのですが、考えようによっては「記憶置換」やら「もしもの保険役」やら叔父様と結託していたにも関わらずのこの笑顔でですから、かなりの悪党と言う可能性があります。


 いえ、あの叔父様が「師匠」と呼ぶお方ですから、人間性には問題がおアリな方なのでは?


 時に魔術師という生き物は、階位があがるほど人としての意識や常識が薄れる場合があるのです。


 だからこそ、わたしたち魔術師はただ人以上に努力をして、その行いを正す必要があるのです。


「はい!クラリス・フェルノウル、直ちにフェルノウル教官をこの場に連行いたします!」


 それでも軍人教育の成果、心中思うところがあったとしても、直立不動の姿勢で拝命するわけです。


 ですが、去り際に見てしまったのです……とっても複雑そうなリトの顔を。


 そんなこともあり、そもそも騒動の根源のくせに怠惰にもひきこもってる叔父様への怒りもあり、廊下を歩くわたしの足音はズンズンと、もう、怪獣みたいって自覚があります。

 

 そして、北校舎の3階の外れにある、一番小さな教官室の前にやってきたのです。


 その扉に向って五回のノック。


 「わ、た、し、が、来たぁ」って感じの仁王立ちで、実家の開かずの扉をたたく時とおんなじ勢いです。

 

 そして、開かれた扉から顔を出すのは、予想通りの、犬の耳。


 メイド姿のメルなのです。


「……クラリス様?どうなさったのですか?ご主人様はまだお休みなのです。」


 もう、この犬メイドは教官失格です!


「もう新学期です!みんな朝会で、叔父様を待ってるのです!早く起こして!あなたも正規の教官なのですからそれくらい当然でしょう!」


「正規であろうとなかろうと、教官である前にメルはご主人様のメイドなのです。ご主人様がお休みになりたいとおっしゃられるのなら、何よりもそれを優先させるのがメルの務めなのです!」


 得意げに頭の上の犬の耳を震わせ、尻尾も振りまわすその姿。


「何を自信満々に職務放棄を宣言してるんですか!」

 

 まったく、この半獣人は叔父様のことしか考えない、ある意味とっても幸せな生き物ですけど、人族の世はもっと面倒くさいのです。


 わたしは時間のムダと判断し、教官室内の準備室(なんて名前の居間兼寝室)」に向かい……って、あれ?


「待ってください、メル……あなた、前に叔父様の寝顔を見たことがないって……」


 そう、わたしには信じられないことでしたが、わたし一緒にいる時はあんなに無防備というか年甲斐もなくと言いますか、だらしないくらいすぐにお休みになる叔父様が、実は不眠症に近い方で、一日二、三時間しか眠らないというのです。


 だから、メルは叔父様の寝顔を見たことがない、そう言って悲しんでいたのは、数週間前の、学園襲撃事件の翌日でした。


「なのに……叔父様はまだお休みなのですか?」


 その時の、メルの顔!


「はい♡昨夜、ご主人様はぐっすりとお眠りに♡あんな安らかなご主人様の寝顔、メルはずうっと見ていたいのです♡本当なら今もお隣に添い伏していたいのです♡」


 この、アマアマな顔!


 それに無意味に飛び交う♡、なんなんでしょう?


 ファラファラだって、こんなに無秩序に飛ばしてないのに。


 わたしはなにかに突き動かされるように準備室に乱入し、隅っこの狭いベッドでぐうすか幸せに寝てる叔父様をたたき起こすのです!




「……で、目が覚めましたか、フェルノウル教官?」


 講堂で待ち受けるみんな、特に学園長の前に叔父様を差し出すと、学園長は冷ややかににらむのです

 

 が、睨まれたご本人は起きたばかりで状況把握が今一つ。


 それでも着替えさせて、顔を洗うくらいはしたんですけど、今もメルが甲斐甲斐しく髪を整えているのは、火に油、ただの逆効果でしょう。


「ええっと……宿泊実習の翌日だよ?一日くらいは休もうよ、学園長。働きすぎだよ。」

 

 前世では時間に追われて、ひどい生活だったらしい叔父様です。


 その反動もあってなのか、前世の末期、そして今生では怠惰なひきこもり生活に浸っているのです。


 ですが、この世界の生活にいい加減慣れて欲しいのです。


 確かにここは軍の学校、「ぶらっく」学園ですけど。


「あなたは実習に参加してないでしょう!?裏でコソコソやってた人を、参加者なんて認めません!」

 

 正式に参加したみんなが一堂に会しているわけで、まあ。当然かなって気がします。


「……決めたわ。あなたの処分。楽しみにしてなさい。」


 そして、その様子をいかにも楽し気に眺めていらっしゃった主任と客員講師にも矛先が向くのです!


「あなたたちもです!こんな不良講師と一緒になって、わたしに隠れて!生徒たちになにかあったらどうするのですか!?」


 どうやら学園長は冬季実習前後おける三人の暗躍を正しく把握なさっているようです。


 創立一年目にして、いろいろと騒動が続く我がエスターセル女子魔法学園ですから、すっかり事後処理には慣れていらっしゃる。


 これはきっとご本人には不本意の極みでしょうけれど。


「学園長、ここは軍の魔法学校だ。不慮の戦闘くらい覚悟してもらわないと困る。」


「そうじゃよ、セレーナ。たかが魔獣の一匹や二匹くらい、のぉ?」


 そんな、丸眼鏡の悪い顔も、白髪にお髭の福々しい微笑みも、なんだかとっても白々しいのです。


 思わず生徒一同、不躾な視線を浴びせてしまうのです。


「イスオルン主任……あなたはフェルノウル教官と共謀してコアード一党をおびき寄せた。その意図は理解しますが責任はとってもらいます……学園の教官、生徒は当分あなたを家名では呼びません!……いいですね、エルミアさん。」


 エルミアさん、なんて女性的で優美なお名前ですが、これがイスオルン主任の愛称なのです!


 この悪辣で人の悪い人相ナンバー1で、その印象を裏切らない鬼教官がエルミア!


 ぷぷぷっ。


 くすくす。


 うひひひ。


 各種の押し殺した忍び笑いが講堂のそこかしこから聞こえてきます。


 いつも主任の横暴の後始末をしているワグナス副主任なんか、もうお腹を揺すっています。


「ほ~ほっほっほ……それはいい。エルミアさん、のぉ?」

 

 隣でも笑われて、イス……いえ、エルミアさんの……くくくっ……お顔が歪んでいます!


「そこの客員講師……あなたも同罪なんですけど?……あなたは当分無給で働いてもらいますから!」


 びしっと超師を指さされる学園長です。


 とっても失礼なんですけど、まあ、父娘であれば許されるでしょう。


「待て待て!仮にも超級魔術師のワシが無給で奉仕じゃとぉ?」


 超級魔術師といえば、国の宝です。


 国王陛下の許可なく戦闘に参加なんかもできません。


「だって、あなた。バカ弟子なんて言いながら、そのバカ弟子の口車にのって、未承認の超級魔術を行使したり、魔獣召喚を黙認したり……」


 魔獣召喚?


 それはコアードによるタラスク召喚のことでしょうか?


 霊獣解放の件は……さすがに秘密なのかも?


 わたしを一瞥する学園長のご様子から、みんなにもナイショって察するのです。


 


 そして……一時限目の授業は「魔道」です。


 術式によって世の理を己の意志で書き換える魔術師であれば、その正しい使い方を考え、人族の世の秩序のために行使するべきで……要は魔術師の、道徳と倫理を学ぶ授業なんです。


「うえっ、朝から退屈ぅ~。」


「ん。」


 なんて、理論より実践派のエミルや武闘派のリトたちからは敬遠される科目でもあります。


 わたし自身は、幼い時に魔術回路を暴走させたという苦い経験があるので、正しい魔術の使い方、特に魔術師の心の在り方を決して軽視できません。


 ですからいつも真面目に取り組んでいるのです。


 そこでエミルには「クラリスはかた苦しいのが取り柄」なんて言われるわけですけど。


 確かに、クラスでもあまり熱心な子はいません。


 デニーやリルも当然苦手で、ジーナなんか一時間暴れないのが不思議なくらい。


 きっとアルユンがなんとかしてるんでしょう。


 で、ファラファラなんかは脳がお花畑な子ですから、意外に普通にしてても発言は思いっ切り見当違いなことが多いんです。

 

 そんな「魔道」の教官はクラス担当のワグナス副主任です……けれど……?


「なんだか楽しそう?」「なんだろ?」


 ついエミルとそんな目くばせしてしまいます。


 リトは……うつむいたままですけど。


「みなさん……実は今日から新たに授業を受ける生徒が増えました。」

 

 ええ!


 また転入生ですか!?


 突然の宣言に教室内はガヤガヤ。


「まさか……オルガさんたち?」


 エリザさん(の変装をしたレリューシア王女殿下)の双子の弟さんが護衛の増援でくるとか?


 ありそうですし、それならレリューシア王女殿下(の身代わりになったエリザさん)も一緒にくるかも?


「あの子、ロードってオトコオンナも怪しいよ?」


 同年代の女子ということであれば、ジェフィなんかがちゃっかり転入したこともあってありうるのです。


 そもそも、あの子、あの後、どうなったんでしょう?


「あの白い子じゃあ?」


 まさかのフィアちゃん!?


 天界に帰って、もう戻ってきたとか?


 で、人族の常識を学ぶために就学……ありそう。

 

 みんな次々とそんな憶測を話し、それを咎めるでもなくニコニコと眺めるワグナス教官です。


 ホントにいい人教官ナンバーワンなんですけど、今日はなんだか機嫌良過ぎです。


「では、ご紹介しましょう!さぁ、入っていらっしゃい。」


 なんて、教官、見たことないくらい最上級の笑顔なんです。


 これは……やはり転入生は高貴なお方なのでは?


「……ち、ちくしょう。なんで僕が……」


 え?


 しかし、廊下から聞こえる声は、とっても聞き覚えのあるのです。


 わたしにとっては世界で一番。


「ご主人様。それはイマサラなのです。魔術師の認定も受けないまま、あれほど自由に未承認魔術をお使いになったからには、違法魔術師として処罰されなくてはいけないのです。」


 ええ?


「そうですよ、フェルノウル教官。あなたは奇跡的に魔術回路が開いて、三十過ぎて魔術師になったそうですが、魔術師たるものの心得がま~~ったく身についていません。ですからヘクストス魔術協会とも相談して、本校で学びなおすという寛大な処置が下されたのです。ありがたく思うべきですよ。」


 えええっ!?


「今さらそんなの不要だよ!それに僕の魔術回路はもう修復しないかもしれないし。」


「修復してからでは遅いのですよ。諦めて生徒と一緒に魔道を学んでください。」


「ご主人様。メルも一緒なのです。メルはご主人柾と一緒に学べて幸せなのです。」


 ……学園長が、魔術協会と相談したうえで下した処分は、確かにワグナス教官のおっしゃった通り、寛大なものと言えるでしょう……表向きは!


 ですけど


「ははははは!教官殿が生徒と一緒に魔道を学ぶなんて、ボクは聞いたこともないよ!」


「……くく……ヒ、ヒルデア、笑いすぎですわよ……。」


「シャルノだって……んぷぷぷ」


「うふふ~メル教官も一緒なのぉ~♡」


「ひぃひっひっひ」


「な、なんて……ふふ……せ、生徒と共にお学びに……ふふ……なられるなんて……ふ……謙虚なお方……ふふふふふ!」


 もう、教室中大笑いです。


 そして、本来それをたしなめるべきワグナス教官が一番大笑い。


 さすがに「いい人」でも冬季実習の一件は含むところがあったのでしょう。


「こらあかん。もうわろうてまるやろ、なあクラリス、リト。」


 エミルがいつもの、あのおかしな話し方になるのも当然なんです!そして……


「ん……くすくす……クラリス。あれ、やっぱり気のせい。あんな叔父上、いらない。」


 リトも、今朝までの気まずさを忘れ、かわいく笑うんですけど……このタイミングで返却されても困るんです。


「くそ~魔術師の心得なんて深淵なものが、こんな座学なんかで身に着くもんかぁ~魔術師の道に王道なし!魔術師の道は一日にしてならずぢゃ!」


 ……そんな妄言を飛ばす人には、やっぱり「魔道」の授業は必要です!


 基礎から学びなおしてください……でも、おさないわたしに「魔道」を教えたのも叔父様なんですけど。


 あの人、教える側としてはともかく、教わる側とか実践する側とかになると、全然ダメなんです。


「ワグ氏ぃ~聞いてる?僕はこんなの認めないぞぉ~!」


 もちろん、こんな苦情は誰も聞いていないのです。


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作者:SHO-DA 作品名:異世界に転生したのにまた「ひきこもり」の、わたしの困った叔父様 URL:https://ncode.syosetu.com/n8024fq/
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