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第19章 その18 朝焼けに消えた逃亡者(ラナウェイ)

その18 朝焼けに消えた逃亡者


 ふっと向こう側に目をやれば、リトとサムライさんは、ゲンブが断続的に氷塊を吐き出す位置から離れ一休み中です。


確かにわたしたちを守るために獅子奮迅の働きをしてくれましたが、そのわたしたちがいなければ閃撃を連発するなんて苦行も必要ないわけですから。


リトが雪原にお尻をついて座り込んだ姿が見えます。


「クラリス、さっき僕とメルの共鳴詠唱儀式、ちゃんと見てたよね?キミは賢いから、あの程度、だいたい一回で覚えたはずだ。」


 それはほめ過ぎです。


 ですが、あんな儀式魔術を一回見ただけで理解できるのは、叔父様のもと長い年月修業したわたし以外にはありえない。


「まぁ、だいたいでいいのでしたら。」


 あれは、おそらく男女一対の、しかも魔力の質が近しい同門でしか行えない儀式。


メルとは違ってぶっつけ本番になりますが……あの犬娘の代わりというのもしゃくですけど!


……動作は覚えましたし、精神的にはわたしの方が叔父様にダンゼン近いはずです!


「ですが叔父様、術式はなんですか?わたしは未だ下級魔術師の身、難しいものではお役にはたてません。」


「それは……心配しなくていいよ。キミは僕の補佐に回るだけさ。」


 ……そのお顔は、ウソをおつきになるときのもの。少なくても隠し事が、わたしには教えていただけないことがあるのです。さっきまでの有頂天がみるみる下降していくわたしです。


「ああ……そんな顔をしないでおくれ。」


 で、しっかり叔父様にも気づかれて。


隠し事が苦手なわたしたちは、いつもこんな不器用なやり取りです。


「……クラリス。僕はこれからキミにウソを言う。でも、キミにはそのウソを信じて欲しい。」


 初めからウソって言うけど信じろ?なんて無茶なことをおっしゃる叔父様です。


相変わらずなんですけど、口下手な叔父様は、いつも本心しか話せない人です。


だから時々、ほんの時々ですけど、その本心はわたしの心に、どんなきれいな言葉より強くまっすぐ届くのです。


どうしてこんなにこの人は不器用で、でもそれが誰よりも好ましく思えるわたしは、やはり洗脳されているのでしょうか。


そんなわたしの答えはとっくに決まってますけど。


「はい、もちろんです。叔父様。」


 そうです。


こんな人を信じてあげられるのは、わたしだけで、それはきっとわたしの特権。


「……いつもムリ言ってゴメンね。」


 叔父様はそう言いながらも、うれしそうに微笑んでくださいました。


わたしの胸の奥の歯車が、なんだかカチって鳴ってかみ合った感覚。


そして暖かいものが全身に広がって……。


なのに!


次の瞬間、わたしは自分の返事を後悔することになるのです!


だって!


「でも、信じてくれるなら、問題なし。ぜぇ~んぶ、僕に任せてくれば超オッケーさ。」

 

……ウソでも、せめてもう少し説得力が欲しいのです。


それにその悪いお顔!


子どもですか!


もう、わたしの信頼、秒殺されました!




 ふわり。


辰さん(スネークドラゴン)から飛びたって、淡いエメラルド色に輝く湖面の宙に一人浮かぶ叔父様です。


 ズタズタでボロボロになってる黒いマントがひるがえって、やはり焦げて破れた黒いシャツが見えています。


闇夜に融けても、なんだかいつも以上にアヤシイお姿なんです。


ですが、そのお声はまったく別。


いつ、何度聞いても聞きほれるしかないのです。


これは宣誓の儀式。


「天に星があり


 空に雲がある」


叔父様の、誰にも真似のできないほど流麗な古代魔法語が、辺りに響くのです。


 空間そのものに術理を定着、顕現させやすくするための儀式なんです。


「地に生があり


 野に花がある」


以前とは違い、今のわたしには空間が静謐になり聖別されていくのが感じられるのです。


 だけど……今までの古式詠唱とは少し違って聞こえるのはなぜでしょう?


「そして世には人間じんかんがあり、その術理がある。」


魔術師に憧れながら、どんなに努力しても魔術師になれなかった叔父様の、あの悲哀が、憂鬱が


それでも捨てきれない魔術への憧憬が今は感じられない?


「我は人の子のひとり、アンティノウス。術理に基づいて、術式の詠唱を行う」


そして、まるで片思いの相手に捧げる「恋歌」のような、あの切なさも。


 ついに魔術師になられた叔父様ですから、そんな想いは昇華してしまって……。


 ですから、その「恋歌」に惹かれていたわたしは、ちょっと残念。。


 だけど今叔父様の声が響かせるのは、純粋な歓喜!


 そして術式によって世界の一部を書き換えるという強い意志だったのです。


 なんだか、大人になったって感じ。


 この人は、もう36歳なのに、まだまだ子どもで、つまりは伸びしろがこんなにあるんです!


 気が付けば、湖の岸と言いますか、外周の辺りは既に氷が解け始めているみたいです。


急ぐべき状況なのに、それでも相手が巨大な霊獣であれば、たとえ半ば寝ぼけていても最善を期すのです。


 ですから、叔父様は過不足なく、ひたすら詠唱に集中しています。


 おそらくは、たった一度の機会を確実に活かすために。


 


古式詠唱の後、わたしは叔父様の手をとられて宙に浮かび、湖面に描かれた複雑な模様を二人一緒に見下ろすのです。


わたしを見つめてくださる叔父様は、いつにない真剣さで、魔術がからんだ時以外にもこんな表情でいらしたら、見る者の印象も全然違うのにって、残念。


でもちょっと安心でもあるんですけど。


これはわたしだけに見せてくださる本当の叔父様のお顔。


その眼差しは、星空を映して、わたしには幻想的なまでに美しくもあり、凛々しくもあるのですから。


 叔父様の左腕はわたしの体にまわされ、わたしは叔父様の腰に右手をまわして身を寄せます。


そして、叔父様の右手とわたしの左手は今、学生杖ワンド魔術宝杖メイジスタッフではなく互いの手を強く握りあって真っすぐ前につきだされているのです。


手袋越しでも、マントやコートの上からでも叔父様の存在をはっきり感じるわたしです。


 そして、いつしかわたしの左中指にあるあの指輪が、手袋の下から透けてるくらい青い輝きを見せているのです。


それに気づいたわたしの頭の片隅に、指輪の位置、後で戻さないとって。


なんだかおさまりが悪いんです。


でも、それは後。今は……!




「なんじ、平らかなもの」


「なんじ、静かなるもの」


 これは、いつか聞いた、メルの術式と同じもの。


「なんじ、穏やかにして」


「なんじ、清らかなもの」


 また、時々見せる、デニーのメガネのあやしい輝きの源。


「時に高ぶるなんじを」


「時に荒ぶるなんじを」


 そして、今、こんなに近くで呪文を唱える叔父様。


そのお声の響きを、いえ、叔父様の存在そのものを全身で感じ取って、わたしの頭も心臓も絶好調です!


何よりも体内の魔術回路が全力運転中なんです!


 この共鳴詠唱という儀式は、集団詠唱のように、全員で同じ呪文を唱え徐々に魔術回路を共鳴させていくのではありません。


「我は鎮め」


 互いに短い術句に全魔力を込めて相手に投げかけて


「我はなだめ」


それを受けとめる度に体内で共鳴させ、増幅してまた相手に返すのです!


「我は高め」


大げさに言えば、術句を一回唱えるごとに簡易詠唱なみの魔力と集中力を費やして


「我は研ぎ澄ます!」


それが互いの術句をやり取りする度に共鳴し増幅されていくのです!


「我が名はアンティノウス!」


叔父様がこんなに堂々と自分の真名をお唱えになるなんて、新鮮です!


でもいけない、わたし、集中です!


 今は互いの手を握り、身を寄せ合って、半分抱き合ってるみたいで、気を緩めると甘えちゃうんです!


油断禁止です、わたし!!


そして、短い時間で大量の魔力のやり取りをするために、魔力の質が近くなければむしろ悪い意味で空間に干渉して威力が消散しかねない。


加えて、増幅率は、異極である方が圧倒的に高く、つまりは異性で同門であることがこの儀式成立の条件!


「我が名はクラリス!」


叔父様と一緒にこんな儀式を行えることの誇らしさは、言葉にできません!


いつも教えてもらって、助けていただいてばかりのわたしが、叔父様のお力になっているのです!


そんな思いが、叔父様に名付けられたこの名の誓句と共に、今はじけます!


「「偉大なるマナよ、今、ここに集い、大いなる世界の真理と秩序に基づき、我らが願いをかなえたまえ。」」


叔父様のお声とわたしの声が重なり融け合い、一つになって!


「「平穏アタラクシア!」」


声とともに出現した二つの白銀の眩い魔法円。


融合されて統合された複雑な魔法円はひときわ強い輝きを周囲に放っていきます。


それに感応して、湖に描かれた術の文様もまた、金色に輝いて、湖はまるで黄金の海みたいです


もともと初級術式「眠りの雲」や「光」ですら幾多の事件を起こすほど非常識な叔父様の詠唱です。


それが中級術式を共鳴させ増幅させて極大化したんです!


もう、あの特大種の巨人を飲み込んだ超級術式「超加重メガグラビティ」をも上回る魔法力かもしれません!


 この「平穏」は精神系の術式で、対象の精神状態を鎮静化させ、むしろその思考や集中力を高める効果のある術式です。


 暴れそうな相手の感情をなだめ、かつ理性的に説得するには最適の術式!


 対象に対しては抵抗不要な支援系でもあり、これなら、そしてこの威力なら、恐るべき霊力を持つ霊獣にだって効果があること、間違いないんです!


 しかし!


術が完成する直前なのに!


ギラッツ!


霊獣の半ばとじられていた瞳が、ついに開かれてしまったのです!


赤い瞳の輝きは、強く、そしてひたすら赤く、更に次の一瞬で、黒く暗転。


わたしたちが放った術式の白銀の光は霊獣を包む暗黒の霊気に押し戻され始めるのです。


いけません!


「ちぃっ!」


 叔父様の舌打ちが耳元で聞こえます。


わたしの舌打ちはあんなに嫌がるくせにご自分ではけっこうなされる叔父様です。


ですがそんな思いもすぐに消え去るのです。


そして息を合わせて、完成直前の術式の、最後の最後に、更に魔力を注ぎつくそうとするわたしたち。


思いっきり息を吐いた後に更に肺腑の底から呼気を絞り出すのも似た感じです。


叔父様の右手がわたしの左手を強く握って、わたしも握り返して!


更に輝きを増す、手袋の下のわたしの指輪。


 そこで霊獣の黒い霊気と術式の白銀の光が拮抗し、強く妖しく明滅するのです。


もう少し!


あと一息!


なのにこれ以上はもう限界!


やはり強大な相手はその霊力も無尽蔵なのか、このままではわたしたちの力が尽き果ててしまうのです!


あとちょっとで、不可能とも言われた霊獣の鎮静化ができるのに!


「……そうか。この指輪、魔術宝杖メイジスタッフの代わりにわたしたちの魔力を……」


 あんなに立派なメルのメイジスタッフに匹敵するくらい、或いはそれ以上かもしれません?


ならば!


「叔父様!手を!」


 わたしは握り合った手をほどき、口で手袋をかみ脱ぎ捨てるのです!


お行儀が悪い!?


それがなにか!?


そしてこれまた口で指輪を中指から薬指に移すんです。


そして叔父様のズタズタになっていた黒い手袋も、そのまま破り捨てて差し上げます!


そんなわたしのお行儀悪と言いますか、既に奇行とすら言える暴走にまったく動ぜず、わずかの間とはいえ、わたしが欠けた間の魔力を一人で負担なさってくださる叔父様は、本当にわたしを信じてくださっているのです!


ですが、その反動でしょう、まだ不完全で未修復な叔父様の魔術回路は再び強い熱気をまき散らし、叔父様の服をマントを、燃やし始め!


「叔父様!」


「僕は大丈夫だ。それともキミは諦めるのかい?」


「いいえ!負けません!」


「さすが!諦めが悪いのがキミの取柄なんだね。」


 そんなこと言うのは、きっとエミルですね!


ふん、です。


いつもは叔父様が諦めが良すぎるだけなんです!


そして打ち合わせも全くないまま、でも二人で同時に放つ、最後の術句!


「「*全ての魔力をこの術式に注がん!」」


そう!


付帯術式です!


叔父様が発明なさったこの術式は、術の発動条件を最後に書き加えることで、その効果を術者の自由に発揮させるもの!


一度途絶えたわたしたちの、しかし残る魔力を全て「平穏」に自動的に捧げることもできるのです!


 更に、素手で握り合うわたしたちの手。


でも叔父様の手が、いえ、体が熱く燃えて、わたしもきっと燃えている。


今はそんなことなんか気にならないけれど。


炎に包まれて、でも、わたしの左薬指の銀の指輪は、その限りなく純粋な青い宝玉は二人の魔力を限界まで吸い取り、そしてますます強く輝いて……。


そしてわたしたちの放った白銀の光は、ついに霊獣の暗気を打ち破ったのです!




で、わたしの意識もそこまで。


あの霊獣の霊気のような暗闇に呑み込まれていくのです。


わたしはきっと叔父様に支えられて、後は叔父様にお任せです。


この後のこと?


炎?


そんなの、大丈夫に決まってるんです。


叔父様はすぐにご自分の魔術回路を安定させて、お鎮めになる。


だってわたしを抱いたままの叔父様が、わたしが燃えるのを見てるだけなんて、絶対そんなことはないんですから。

 ・

 ・

 ・

「GEGUGEGU!?GOHO、GEFON!……GHFYRDEWWWW!」


 なんですか、これ!?


口から炎が吐き出されるような、OH!モーレツ!な熱気が!?


オマケに目からも熱い涙だかアヤシイ光線だかが出てるかもしれません!


「あ~あ、だから気付けのポーションには気を付けてって言ったのに。」


 それ、ホントにただの忠告だったんですか!?


「起きた途端に死んじゃいそうだってレンも思うの。」


「おじ……ゲホゲホ!」


 もう声も出ません!


喉が焼けちゃいました!


「ほら、クラリス。水、飲んで。」


 叔父様が取り出したグラスに思わずしがみつくわたしです。


ごくごく……お水がこんなに甘く感じたのは生まれて初めてなんです!


「リーデルンくん、気付けの量、間違えてないよね。」


「え?……はい、お、教官殿。」


「……ならいいさ、もともとこいつの主原料は『ドラゴンブレス』だからこれくらいしかたない。」


 ドラゴンブレス!?


それは錬金術の試料とも言われる、高アルコール度数の蒸留酒です!


「一口飲んだら、ドラゴンのブレスを吐いたように口中が熱くなり」


「二口飲んだら、ドラゴンのブレスを浴びたように全身熱くなるって聞いたの。」


「三口飲んだら、ドラゴンのブレスと同じ。死ぬ。」


 致死性のある気付けポーション!?


 ある意味、臨死体験必須アイテムじゃないですか!


「そんなものを飲ませないでください!」


「適量なら気付けには最高なんだよ。」


「knhjsk!……ゲホゲホ!」


 もう、乙女のなんたらとかどっかにいっちゃったわたしなんです。

 ・

 ・

 ・

 ここは、雪原です。


 いま、朝日が昇ってます。


 もう1月5日。


 なが~~~い1月4日がようやく終わったのです。


 たった一日だったのに、なんだか二か月くらいたったような気がします。


 白々と登った朝日に照らされた雪の平原。


 そして……辺りはこの何時間もの激闘がまるでマボロシだったかのように、すっかり静謐をとりもどし、地平線まで見えるありきたりの雪原にもどったのでした。


 さっきまでぽっかりと空いていた地底湖、いえ、ゲンブさんがいなくなって露出した湖は、跡形もなく?


「なぜか霊獣は自分の意志であそこに戻ったの。」


「ん。……お、教官殿が説得したみたい。」

 ・

 ・

 ・

 だからこれは、あの後、つまりわたしが意識を失った後の話です。


 空飛ぶ大怪獣ガ……いえいえ、霊獣ゲンブの吐き出す氷塊は途絶え、いつしか周囲の吹雪もなくなってそうです。


 あの赤かった目は、本来の金色に光ったとか。


 宙に浮いた100mほどの巨体から放たれた圧迫感も薄れ、穏やかな気配に代わって。


 見下ろすゲンブの視線の先に立つのは叔父様。


「これは、あいつを解放するのは僕の契約だ。キミたちは離れてくれ。」


 儀式の後、意識を失ったわたしを辰さんとレンに預けた叔父様は、そう言って止めるみんなの言葉も聞かずに飛び去ったのです。


 見下ろすゲンブの視線の先に立つ叔父様。


「だけどパパぁ、ママとの契約は封印からの解放だよ?もう終わったから、ほっとけばいいんだよ?」


 叔父様が霊獣の長、麒麟さんと約束した解放は終わったのでは、というもっともなフィアちゃんの疑問。

 

 ですが叔父様はそれにはお答えにならなかったのです。


 だから、鎮静化しているとはいえ目覚めた霊獣の眼前に立つなんて危険なことを、なぜ叔父様が行ったのか、今のわたしにはわからないのです。


「ヒトノコヨ。ワレヲトキハナッタノハオマエカ?」


 離れたリトたちにまで届く重低音は、しかし明らかに言葉ではなく思念波だったそうです。


「ああ、キミを起こしたのは僕だ。でも解き放ったというのは違うよ……それはこれからすることだから。キミが持つ怒りや憎しみから解き放つのが、僕の義務だ。」


 ただ封印から解放しただけでは真の解放じゃないなんて、なんて理想主義なんでしょう?


 この人、わかってはいるんですけど……封印の次は怒りや憎しみから解き放つなんて!?


 どこまでお人よしなんですか!


 まったく。


「クラリス、今、レンに言われても困るって思うの。」


「ん。教官殿に直接言うべき。」


「……ゴメンなさい。」


 聞いてる途中なのに、つい怒ってしまうわたしです。


 だって、それが人の世を救うためというのなら理解はしますが、全然そうじゃない。


 縁のない霊獣のためなんですから、意味不明で理解不能です!


 そしてゲンブがうなずき、大きくお口を開けて……まさか?


「うへっ。さすがにゾッとしないけど、言いだしたのは僕だしね。お邪魔するよ。」


 叔父様はためらうそぶりも見せず、フワリと浮き上がり、そのゲンブのお口の中に入ったのです!


「教官殿、豪胆!」


「レンは気を失う所だったの。」


「パパぁ、ダメだよぉ!」


 フィアちゃんはそんな悲鳴を上げたとか!


 話しを聞いてるわたしですら叫びそうです!


 この考えなし!


 ですが、近くのサムライさんは微動だにしなかったってリトが言います。


 叔父様の……おそらくたった一人の……友達なら心配じゃないんでしょうか?


「んん。それ、きっと信頼。」


 可憐な顔に似合わず、硬派なリトは、そういう関係もうらやましいのかもしれません




 ですが、意外にすぐ叔父様はゲンブのお口から飛び出して来たそうです。


「ああ~ん、パパぁ……なんでフィアに内緒であんな危ないことしたのぉ!パパのバカ!」


 たった数分のはずですが、とても長く感じたレンたち。


 戻ってきた叔父様にさっそく抱きついたフィアちゃん……。


「どさくさにレンも。」


 ええ!?


 内気なレンが叔父様に!?


 わたしが寝ている間になんてことでしょう!?


 大人しい顔をしても最年少でも油断できないんです!


 ジロリ。


「だって……ア、教官殿が心配だったの。」


 リトにばらされて都合悪げに視線を背けるレンは、とても無垢な乙女に見えるのですが、もう見かけには騙されません!




 そんな叔父様たちを見下ろしながら、ゲンブはその頭上を通り過ぎたのです。


「さすがは北極佑聖真君。僕の祖国じゃイマイチだけど、本国じゃ武の化身として人気バツグンなだけのことはある。なかなかの大物だったよ。」


 そんなノンビリなお言葉は、相変わらずみんな意味不明で一斉に首をかしげたとか。


 そして霊獣ゲンブは、静かに元の位置に、つまりぽっかり空いていた地底湖にそのまま収まったのです。


 そして……辺りはこの何時間もの激闘がまるでマボロシだったかのように、すっかり静謐をとりもどし、地平線まで見えるありきたりの雪原にもどったのでした。


「ああ。当分の間、ゲンブは自主的にこの地を、北方を守護し、人族の結界を維持するのに協力してくれるそうだ。そのための霊脈の回復は、もうすぐ終わる……やれやれだよ。ま、彼がイヤだって暴れたら、それはそれで仕方ないって僕は思うけどね。」

 ・

 ・

 ・

 起きてすぐ聞いたわたしが悪いのか、聞かせたみんなが飽和状態で無思慮だったのか。


 いきなり聞くには頭にも心にも重い話で、でも未だナゾが残って、もう疲れてるわたしです。


「ホッホッホ。かわいい姪が起きたようじゃな。」


 もう疲れて倒れそうです……って、誰の声!?


 どこから?


「あ、師匠!来るの遅すぎ!なんかあったら頼むって保険役任せたのに、ぜんっぜん遅い!さては隠れて見てたな!」


 さっき成長したって思ったのは早すぎたようです。


 また、そんな子どもみたいなリアクションに戻られて!


「なんとかなったからいいじゃろ?魔術を覚えたてのバカ弟子のくせに。」


 いきなり出現したのは、セレーシェル超級魔術師です!


 金の刺繍を入れた真っ白いマントに真っ白いおひげ、そして白木の魔術宝杖メイジスタッフ


 その身なりとお人柄から人呼んで「白じいちゃん」……呼んでるのは主にリルたちですけど。


 学園の客員講師で、今はネサイアの実習本部にいたはずなのに……まさか、叔父様の知り合い?


 師匠って?


「だいたい、師匠、こないだの魔術不完全すぎ!クラリスなんか自力で解いちゃったよ、どうなってるんだい?」


 もう、これでは16歳当時の叔父様、「アント少年」と変わらない。


 表情も仕草もホントに子どもなんです。


 36にもなって。


「仕方ないじゃろ?お前と違ってこっちは読解が専門で、古代魔法語の詠唱だけならお前の方がうまいんじゃから。魔術も使えん時から変わったヤツじゃったが。」


 叔父様から後日白状させたのですが……と言うほどの苦労はしてませんけど。あの人、わたしに隠し事するのがホントに苦手で……叔父様がエスターセル魔法学院を受験した時、魔法言語の基礎を学んだのがセレーシェル超級魔術師だったとか。


 で、叔父様が長すぎる兵役を終えてから、なぜか貴重な書物を大量に持っていて、その読解によって得た知識の一部はセレーシェル超級魔術師の名で魔術協会に発表されたそうです。


 まぁ、無名の、しかもただ人であれば、それが一番かもしれません。


 相変わらず名誉欲とかには無関心で呆れますけど。

 



 その後、超師が「集団転移」でお連れした学園教官方と冒険者さんたちの救出部隊による救援活動が始まりました。


 それはとてもうれしいことなんですけど、でも救護担当のスフロユル教官のおかげで元気になった教官、いえ、半獣人教官が!


「ご主人様!メルを捨てないで!もうお側から離さないでください!」

 

 セレーシェル超級魔術師の背中から飛び出すや、叔父様にしがみつき泣き出すんです。


「僕がキミを捨てるわけがない。ただ、もう年頃になるキミをいつまでも恩返しなんかで僕に縛り付けておくのは……もう自立しなきゃダメだよ。」


 なんだか気おされながらも、叔父様もメルを優しく抱き返して、髪をナデナデ……ふん、です。


「いいえ!メルは自分で考えて、自分の意志でご主人様のお側にいたいのです!ご主人様から離れては生きていけないのです!」


 ちっ、いえ、舌打ちはしませんけれど。


「パパぁ、いい加減そんな女、放っておこうよぉ……だいたいパパ、フィアたちキリンより犬っころのほうが好きなの?あ、フィアも耳や尻尾だそうか?」


 そこで一瞬メルを抱く手が止まったのは、素直過ぎる叔父様なんです。


 そんなに耳付き尻尾付きがいいんでしょうか?


 やはり変態です!


「……コホン。フィア、そういう言い方はやめて。メルは僕の大事なメイドさんだ。こんな僕に仕えてくれる、とても大事な子なんだ……こんなに痩せて……ゴメンね、メル。」


「ご主人様ぁ。」


 もうイライラするわたしです。


 今ばかりは素直に気持ちをぶつけられるフィアちゃんがうらやましくもなります。


 いえ、ガマンです、大人ですから、わたし。


 こんな修羅場に復帰したのは、リトとレン。


「ア……教官殿。クラスのみんなも術が解けたの。」


「お……教官殿。あのロードって女、どうする?」


 この「ア」とか「お」とか、なんなんでしょう、なんでリトまで?


 レンの「ア」は、アントと呼ばれていた16歳当時の叔父様をまだ慕ってるから、つい出ちゃうんですけど、リトの「お」って?


 それにメルとかフィアちゃんとか、まだ叔父様にまとわりついて、この人こんなにモテたことなんて絶対に初めてじゃないですか!?


 そのせいかどうだか知りませんが、雪原から「浮揚レビテーション」で逃げ出そうとして……この卑怯者、ヘタレ!


 わたしを置いて逃げようなんて……って、あれ?


 浮かない?


 叔父様の魔術回路が起動してないのです。


「どうも、僕の魔術回路、もう戻らないかもね。」


 で、そんな言葉をポツリ。


 まだ定着していない魔術回路を、一晩で二度も暴走させた叔父様です。


 そんな……あんなに憧れていた魔術師にやっとなれた叔父様なのに、たった十日かそこらで……叔父様……。


 わたしには、叔父様にかける言葉すら浮かばないのです。


「30年かかって、ようやく魔術師になって、でもちゃんと魔術を使えたのは10日だけか。僕の魔術師人生はセミみたいなもんだな。」

 

 なのに、軽い!


 そんなうまいこと言ってる場合じゃありません!


 結局、叔父様はどこからともなくスクロールを取り出し、「浮揚」って、飛んでいきました。


 メルとフィアちゃんをしがみつかせたまま……。


 ちっ、です。


 本日二度目の、いえ、舌打ちはしませんけど。


 


 こうしてわたしたちの冬季実習はようやく帰路に向かうわけです。

 

 ですが、叔父様に逃げられました!


 あの人、まだまだ隠し事たくさんあるんです!


 きっと問い詰めて見せるんです!


 もう、次は絶対に逃がしません!


「クラリス、元気。」


「本当なの。あんな目にあったばかりなのに、なんでそんなに元気なのか不思議だって思うの。」

 

 他人事のように言ってるリトもレンも、無自覚なだけで、でもきっとわたしと同類なはずです。


 麒麟さんの昇天を一緒に目撃し、そして今またゲンブの解放に立ち合わせたからには、霊獣からなんらかの加護を受けている可能性があるのです。


 でも、それを言うなら、クラスのみんなだって、ゲンブの解放には一部立ち会ってるわけで……わたしたち、これからどうなるんでしょう?


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作者:SHO-DA 作品名:異世界に転生したのにまた「ひきこもり」の、わたしの困った叔父様 URL:https://ncode.syosetu.com/n8024fq/
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