第5章 ケンカの真相 その1 戦場想定週間
第5章 ケンカの真相
その1 戦場想定週間
「基本の確認だ。リト、魔法兵の心得として、3つ挙げろ!」
イスオルン教官の「戦術」の実習です。
あれからしばらくたって、すこしずつ戦場実習が近づいています。
戦闘に直接かかわる実習が増え、わたしたちにも熱が入ります。
ここは実習用の大きな模擬戦闘室です。
で、わたしたちも運動服に学園のローブ、学生杖を持っています。
「はい。教官殿。」
リトです。騎士の家系のせいか、いつも簡潔に答えます。
「距離、時間、魔力。」
言葉遣いがざっくり過ぎですけど。小柄ですが白兵戦も得意です。
「エミル、距離とは?」
「はひっ!?」
・・・エミルは、実技は得意なのですが・・・習うより慣れろを地で行くタイプです。
お姫様と見まごう気品のある顔が舌を噛んだせいで歪んでいますけど。
「距離とは・・・敵が近いとめっちゃ危ない?」
「阿呆。3点だ、10点満点の。・・・クラリス!」
わたしです。軍の魔術士だったイスオルン教官相手だと緊張します。
「はい。教官殿。距離とは、呪文の射程距離でもあり、いまエミルが言いかけた交戦距離でもあります。
術式の詠唱時間に合わせて、自軍がどの距離で戦うのか、この選択が魔法兵にとっては極めて重要です。」
「そうだ。通常の戦場において、魔法兵の心得で、最も重要なのは距離だ!・・・デニス、何か聞きたそうだな?」
イスオルン教官は、ああ見えて生徒の様子がよくわかるのです。誰かさんと違って。
「は、はいっ。教官殿!無詠唱の達人が、敵と零距離戦闘を敢行、多数の敵を殲滅したという話があります。無詠唱が可能な魔法兵ならば距離の選択は・・・」
「バカモン!くだらんことを・・・これだから女は。」
怒声が飛びます・・・やっぱり怖いです。苦手です。
「それは戦場伝説みたいなもんだ。そもそも無詠唱でも魔力は消費する。零距離戦などしかけて、魔力がつきれば白兵戦だ。魔法兵の武装では死ぬぞ。特にお前のような魔力しか取り柄がないヤツほどな。」
デニスは頭がよくて魔力も豊富なんですが、術式の実習が苦手で運動も不得手っていう子です・・・推理小説の読みすぎでしょうけど。
わたしたち魔法兵・・・軍の下級魔術士・・・は、複雑な動作を行い、かつ敵との距離を取りやすくするために身軽さが求められます。
だから、基本装備はメイジスタッフ。せいぜいワンドにショートソードでしょうか。
防具だってローブくらい。
更に、魔力を使い切ったら役立たずって言われるくらい、全力戦闘時間は短いんです。
それだからこそ部隊としてまとまって行動したり、他の兵科の方々と協力することが大切です。
ですから
「そもそも戦場で単独行動など、考えるな!そんなことはせめて超級魔術師になってから考えろ!」
超級・・・もはや単独で一軍に匹敵する破壊魔法を行使できるレベルです。
ひょっとしたら・・・わたしは挙手してしまいました。
「イスオルン教官殿、質問があります!」
「最近質問が多いな・・・まあ、よし。」
すみません。最近目立ってます。でも「聞きたいことは聞きたいときに」ってあの人が。
「ありがとうございます。教官殿。もし超級魔術師クラスともなれば、ヘクストスに襲来する邪竜に対抗できるのでしょうか?」
ざわざわ・・・。みんなも気になる質問だったようです。
邪竜・・・何年かに一度、南方戦線も途中の防衛網も全て無視して直接このヘクストスを襲う異世界からの敵。
前回からの襲撃からもう5年。
あの時、北西街区の、あの一画にいて生き残ったのはたったの二人。
「・・・一概には答えられん。だが、何人かの超級魔術師、あるいは秘級魔術師ならば一人でも可能かもしれん。しかし、秘級術式を使えるのであれば『ゴーレム生成』でもう一体巨大ゴーレムをつくってほしいものだ。その方が有益だ。」
「秘級魔術師よりも、巨大ゴーレムが有用なのですか?」
「そうだな。この街を守る6体のゴーレムは、もうだれがいつ作ったものかすらわからない。それでも、今も我々を、街を守り続けている。作った魔術師は死んでも、その意志は残ったのだ。・・・そろそろ質問は終わりだ。10人一組で分隊をつくる。分隊単位での模擬戦闘を行うぞ!」
「はいっ!」
この後、イスオルン教官は、模擬戦闘用の魔法装置を起動させます。
これで教官がイメージした幻影幻聴を投影させます。
以前は棒や標識を並べて敵のかわりにしていたのですが、最近あの人がつくって設置したこの装置で、教官の考える通りに幻の敵の集団が動きます。
これにイスオルン教官の実体験と実戦経験が加わると・・・
「ゴブリンって気持ち悪い~」
「いやぁ~近い近い!間に合わない!」
「ええっ?そこから来るのはズルイ!?」
・・・かなり臨場感あふれる実習になります。
あの人とは出会った時から相性が悪かったイスオルン教官ですら、この魔法装置を作った件で、あの人を少し見直されたそうです・・・。
そんな熱のこもった模擬戦闘も終わり、ふと気が付きます。
「次、授業?」
「はい・・・いつもなら実習は昼前か最後です。今日みたいに2時間目は初めてです。」
「めっちゃヤバイ。教官ずいぶん時間オーバーして終わったから・・・。」
「次の授業まで間に合いません。」
そんな風に慌てるわたしたちに追い打ちです。
「お前ら、急げよ。あんな授業でも遅れるのは許さんからな!」
「ええ!?教官殿!ですが時間がめっちゃ押したのは教官が」
「エミル、バカ!」
「それは言ってはいけません!」
・・・って止めたんです。軍の規律では上官の意志は絶対。
しかも最近は学園も戦場実習に指導を合わせているところ。
そんな時に目上の方に反論なんて、しかもイスオルン主任に。
「・・・よし!今日は実戦仕様だ。実習の後は着替えなしで講義を受けることを許可する!」
教官の声にみんな一斉に「ええ~!!」って悲鳴です。
この場合の許可は許可じゃないんです。上官の温情に見せかけた強制です。グスン、です。
結局わたしたちは、散々動きまわって汗だくになった運動着姿のまま、次の授業に急いで出なければならなくなりました。
戦場では着替える暇だってないぞって。
「エミル、口は災いの元よ。」
シャルノが怒っています。彼女は伯爵令嬢です。
いつもはそんなことを感じせたりはしないのですが、こんな時はどうしても育ちの良さが裏目に出ます。
着替えには汗拭き・香水・下着の交換が欠かせない彼女にとって、汗だくのまま着替えもできない、というのはかなり苦痛なのです。
しかしエミルは壁の張り紙を指さして反論します。「常在戦場」っていう。
「でも・・・だいたいシャルノが『実戦想定週間』なんてつくるから!」
言ってましたね。戦場に行く前に雰囲気づくりのため、学校の雰囲気を戦場に合わせようって。
調子にのってあんな張り紙も。でもみんな賛成してましたし。エミル、あなたもです。
「お互い、無駄。」
「そうね。ここで言い合っても仕方ないし。」
「そういうことにいたしましょう・・・次の授業はなんでしたかしら?」
「・・・魔術原理です。」
よりにもよって。しかも広い講義室では前回、前々回のようになるからって、せまい教室です!
とどめに今日は残暑が厳しくて。
「フェルノウル教官・・・若い。独身。困る。」
リトは口をとがらせてうつむきます。かわいいですけど・・・少しムカ、です。
「・・・クラリスはいいよね。どうせ今さら気を遣わなくてもいい人だし。」
「エミル!たった今言われたばかりのことをもう忘れたのですか!」
気がつくとデニスやリルルが私たちの会話に聞き耳を立てています。
「壁に耳あり。」
「少女はメアリーですわ。」
結局、わたしとフェルノウル教官の関係は今も非公開のまま。
わたしだって別に「叔父様」ですって言うだけなら今さら問題ないって思うんですけど・・・要は教官の方々が、わたしたちの間を疑っているのではないでしょうか?
だから生徒たちに自信をもって説明できないのでは?
時々お見掛けするあの人の不機嫌そうな表情や教官方の複雑な様子から、そんなことがうかがえます。
わたしたちは学園の運動着・・・コバルトブルーにパールホワイトでラインを作った・・・を着たまま慌てて教室になだれ込みます。
ギリギリセーフでしょうか?今チャイムが鳴りました。
ガラガラっと扉が開いてメルが入ってきて・・・でも次の瞬間
「クサイッ!死ぬ!」
と叫んで戸を閉めて出ていきました・・・あの子は嗅覚もいいのでしょう犬並みに。
でも、教室のあちこちから、怒りのオーラが立ち上がります。メラメラッ、です。
「ご主人様!今日の講義はおやめください!ここには発情したメスザルの臭いしかしません!ご主人様のいろいろなものが危ういのです!」
この子は!あの人に対して過保護です。いえ、そこじゃありません。
「犬娘、言い過ぎ。」
「めっちゃしっつれいねえ・・・教官殿もどういう躾してるのよ。」
と言いながら二人とも自分の臭いをクンクンかいで、オエってやっています。
「・・・基本的にあの人は、人に優しいのです。」
特に女性には。わたしは自分のにおいなんてかぎたくもないので、表面上は平静を装います。
とはいえ、普通にしているだけで、狭い教室がわたしたちの汗やらで大変な状態であることに気づかせます。
口呼吸にしていますが、口が渇いて困ります。つい鼻で呼吸すると・・・うぇ・・・です。
「教官、いい人。」
リトは、なぜかあの人に好意的です。
いえ、クラス全体、あの奇行を体験したにも関わらず好意的と言っていいでしょう。
あまりに異常なことが続き過ぎて却って面白がっている様にも思えます。
ですから、あんなウワサが立ったのも、関心の現れという気がします。
「・・・遅れました。すみません。」
メルは今日休むことにしたようで、あの人が一人で入ってきました。
教材なども一人で抱えています。
相変わらず、世慣れていないというべきでしょうか、浮世離れした風情というべきでしょうか。
そんな雰囲気です。臭いを気にしない様子なのは上出来です。
授業が始まりました。あの人は、何事もなく授業を進めます。
そう言えば、最初と比べれば、声もちゃんと聞こえるようになりました。
板書もきちんと計画して書いています。丁寧に書いたあの人の魔法文字・・・。
「教官殿の板書・・・この前書いた文字を読んだだけで術式が起動したって・・・」
「誰よ、そんなデマ。・・・でも」
「あるかも。」
「あんなきれいな文字なら・・・。」
加えて、最近では黒板絵も評判です。
リトやシャルノは授業が終わった後も、あの板書を完全に写そうと休み時間を削っています。
「教官殿!その魔法文字は・・・どうすれば上手に書けるのでしょうか?」
「シャルノくん。ええと、そうですね。・・・魔法文字、特に古代魔法文字を正確に理解し読み書きできれば、イメージを強化し術式を詠唱する時にも効果があります・・・ただ、きちんと詠唱する場合です。今、学園が目指す即実戦という立場からは、これ以上の筆記の技術はお薦めはしません。それでもいいのですか?」
・・・今は実戦想定週間。あの人はそれを皮肉っています。
誰もかれもが戦場に、戦争に行きたがる。そんな雰囲気が嫌いなのです。
シャルノが彼女らしくもなく、その一見穏やかな教官の言い様に困惑しています。
「フェルノウル教官殿。生徒が質問しているのです。その好奇心と向学心をあなたがそう言って押さえつけるのですか?」
あの人が発言したわたしを見ます。わたしはかなり無礼な発言をしています。
これが他の教官、例えばイスオルン教授などが相手であれば、叱責では済まないでしょう。
ですがあの人は意外にもうれしそうです。ドキッです。いえ、それは気のせいなのです。
「やれやれ・・・ま、戦場実習一色で危うい学園も気になるけど、フェルノウルくんの言う通りさ。それを言われたら僕は喜んで説得されるよ。では、今から魔法言語一つ一つの原義を記した紙を配る。それを読むと、一文字一文字の起源と現在までの変遷がわかる。それがわかれば、その文字が、どう書いてほしがっているのか感じられるようになる・・・かな?」
「文字が・・・書いてほしがる?」
「僕もうまくは言えない。ただきちんと勉強して、文字を見つめていると、そんな気がする。実際、僕が研究して、そう感じた通りに書いた結果、魔法文字は明らかに効力を上げた。」
「ま!待ってください、お・・・教官殿。」
こんなにあの人と話すのは何日ぶりでしょう。できれば話したくはなかったのですが。
「それは、教官殿が解き明かした秘術とも言えることではありませんか!?こんな簡単に生徒に教えるべきものでは・・・」
わたしがそう言うと、教室中から「ひっ」という息が漏れるような声がします。
みんなはそこまで貴重なものとは思わなかったのでしょう。
「誰にだって教えるさ。僕の研究に価値を認め、それを悪用しない人物にならば・・・キミたちなら大丈夫だ。それにこれは魔法文字だ。さすがに古代魔法文字までは、簡単に教えられない。これだって、一応、他人には譲渡禁止で頼む。」
そう答えて、教官は人数分の紙を持って生徒の机の前に行こうとしたのです。
用意のいいことです。前もって渡す気だったのでしょう。説得される気満々で。
ただ、わたしたちは、急に思い出し恥ずかしくなりました・・・運悪く一陣の風が通り過ぎ、自分の汗だらけの体臭を思い出してしまったのです。
こんな状態で、一応若くて独身の異性に近づかれたら・・・これがワグナス教官相手であればここまで気にしなかったでしょうけど。
「教官殿!来ないで!」
リトが顔を赤くして、あの人を制止しました。
「これじゃ乙女のたしなみが台無しよ!」
「確かに。しかもこんな時に限って助手もいません。」
しかし教官殿が首をかしげます。臭いに気づいていないということないのです。
ただ、それをわたしたちがどう思うかという部分が全く分からないだけなのです・・・年頃の娘の気持ちよりも、魔術文字を記す紙の原料になる青羊や白牛の気持ちの方がわかるのでしょう。
「クラリス。あなたなら、今さらだから平気でしょ。代表で受けとってみんなに配ってよ。」
「イヤです!」
わたしだって乙女であることは変わりがないのです。あの人の前では、いえ、前でこそ。
だいたい何が「今さら」なのですか!?
わたしたちはそんな、互いの汗をかぎ合うような関係ではありません!昔ならともかく。
でもこんなやり取りは教室中に丸聞こえです・・・。
「フェルノウルくん、事情を説明してくれないか?」
あなたも・・・わたしに頼るのですか。まったく。
みんなの期待のまなざしがわたしに刺さります。
こんなに必死でいいんでしょうか、と不安になるくらいです。こんなこと、とは言いませんが。
「フェルノウル教官殿。わたしたちは、前の授業の実習が長引き、着替えどころかろくに汗も拭かずにこの授業に出席しています・・・。」
それで?というお顔。まあ、そうでしょう。相変わらず察しが悪いことです。
「わたしたちはこれでも年頃の乙女であり、社会通念上身だしなみに気を遣わなければならず、しかも独身である教官殿の前で欠礼しているのではないかと懸念しています!」
教官殿は・・・しばらく沈黙した後、
「ハハハハ!」
と爆笑しました。わたしはムカッとします。みんなは逆にシュンとして、その後の成り行きを見守ります。
「・・・こいつはいい・・・いや、失礼。事情はわかったが、しかし戦場想定週間なら、その身だしなみとやらは不要だろう。戦場で入浴中に敵襲があったらどうするんだい?」
「その時はその時です!」
つい勇ましく腕を振り回します。
「まぁ、女性をオークやゴブリンの目の前にさらすような友軍がいたら、僕自らが教育してやるけど。」
・・・これは本気です。若い女性に興味がなくても大切にはしてくれるのです。
非暴力主義でも、この人は守りたいものははっきりしています。
「ま、僕には女の子に嫌がらせする特殊な趣味はないから、いいよ。んじゃ、僕は窓際に引っ込んでるから、一人一人教卓にとりに来ればいいさ。不要と思う者はもらわなくてもいいからね。これを試験に出す気もない。」
そう言うと教官殿は言った通り窓に向かいます。
それを待ってリトとシャルノが争うように教卓に向かいます。僅差でリトが一番目です。
それを見て、みんなも教卓に取りに行きます。わたしは・・・迷って、結局行きませんでした。
そして、リトがいただいた紙をうれしそうに見つめているのを見て、複雑な気持ちになります。
「クラリス・・・なんか、こじらせすぎだよ。」
エミルが私の机の上に魔法文字で書かれた絹毛紙をのせます。
こういう表情を「どやがお」というのでしょう。
わたしは一瞬悩み、エミルに一礼をして、紙をしまいました。
しかし、白牛皮紙や青銀羊皮紙よりは安いとはいえ、それでも一束10枚で銀貨1枚。
二束ですから銀貨2枚。
授業にそんなにお金を使っては、教官としてのお給料も飛んでしまうのではないでしょうか。
できれば実家に納めていただきたいのに・・・。




