第19章 その11 地下に眠るは大魔獣!?
その11 地下に眠るは大魔獣!?
ピピュルを降車させ、わたしは、そのゴラオンを「水制御」で思いっきり洗浄しました。
それを済ませると、後のことはエミルたちにまかせ、わたしは本隊の戦況を再度確認します。
まだ戦闘中ですが、わたしは、シャルノ、ヒルデアが指揮する装甲魔法兵戦術(箱入り娘)と機甲馬隊に問題ないことを確認し、一安心すると、乗り手のいない機甲馬に飛び乗って、もう一カ所の戦場に急行するのです。
そう。
そこは、二人の達人が剣を交える、たった二人の激戦区。
ガキィィン!
鋭く振るわれるサムライさんの短めの曲刀ですが、リーチ特務曹長は長大な剣で軽々と防ぎます。
そして、サムライさんの全てを切り裂く線、いえ、閃も、リーチの剣風に遮られ、消え去っていくのです。
「終わりか?」
「まだまだでござるよ。」
キン、キン!
繰り広げられる達人二人の剣劇も、わたしがたどり着いた時には、もはやその形勢は明らかになっていました。
攻勢にでるリーチは、長剣の乱撃に、時々脚も交え、サムライさんを追いつめていたのです。
そのほとんどを体さばきでかわし時に半曲刀で受けるサムライさん。
わたしのような素人では技の優劣は感じられない両者なのですが、サムライさんはあちこちに傷を負い、服も破れ……。
「!」
「!?」
2m近い長身から振り下ろされる長剣の威力に、男性としては小柄なサムライさんは、その短めの曲刀でまともに受けとめることすらかないません。
今の一撃で大きく後方へ飛ばされ、体勢を崩されてしまうのです。
そのスキに切りかかるリーチ曹長!
かろうじて大きく右に飛んでそれを避けたサムライさん!
地に転がり、雪や泥にまみれていきます。
そこに容赦のない横なぎ!
下段から曲刀を振り上げ、その軌道こそ逸らしたのですが、剣風を防ぎきれず、額から赤い血が舞うのです!
「くっ。」
そして傷から流れ出る血がサムライさんの目に入って!
「今度こそ終わりだ!」
「これを!」
そこに駆け付けたリトの機甲馬!
リトはその手に持った、曲刀をサムライさんに向って投げるのです!
あれはさっき苦戦していたリトに投げられた刀。
しかも彼女の愛刀「風切丸」にそっくりな拵えのモノ。
よく見ればサムライさんが今持っている短めの曲刀を長くしたみたい。
しかし、リトが投げた刀は、わずかにサムライさんの元から遠く……!?
「ふ。かたじけない。」
え?
なのにサムライさんは、目をとじたままその刀に飛びつき、そのまま滑らかに抜き放つのです。
抜き放たれた刀身からが、火花がパチパチ。
あれは雷属性の魔剣なのです。
あの刀の銘は確か……
「雷切。確かにお返し頂いたでござる。感謝いたす。」
「んん。さっきのお返し。」
二人とも、のんびりしてる場合じゃありません!
そんな会話の間にもリーチ曹長が迫るんです!
しかし、なぜかサムライさんはわざわざ刀を鞘に納め、身を低くして身構えたまま!?
「抜くまで待たぬ!それが戦場の剣!」
長身の達人が繰り出した渾身の一撃は、剣風、いえ、既に剣嵐をまといつつサムライさんに容赦なく襲い掛かるのです!
激しい風の渦が、ここにまで感じられるような、そんな剛剣です。
「ふっ。」
なのにサムライさんは微かに笑います。
ここで笑う?
さすが「そぉどはっぴぃ」です。
剣に生きた者として剣に死すのは本望なんでしょうけど、常人とはかけ離れた神経です。
いっそ天晴れ!
いえ、決して見習いたいとは思いませんけど。
なんてわたしが起きるべき惨劇から現実逃避をしていたのは、ほんの一瞬のはず。
しかし、その一瞬!
かすかにサムライさんの右手が閃いて……カチャって音が!?
彼がその低い姿勢から刀を納めたままゆっくりと立ち上がった時、既に剣嵐はなく、リーチはその場で片膝をついていたのです!
リーチ曹長は、わき腹から血を流して、そこからもパチパチと火花?
まさか、さっき抜いたんですか?
その瞬間にもう斬ってたんですか!?
わたしには、その気配すらも見えなかったのです。
「稲光。雷を乗せた一閃でござる。」
思い出しました!
あれはアシカガ流刀術「一閃」!
いつだったか、誰かとサムライさんが戦って、でもその時はサムライさんは刀ではなくサーベルだったので、実力を出し切れなかったのです。
「一閃」とは抜刀術という、刀を鞘から抜き放つ時の、曲刀ならではの鞘走りによる加速が恐ろしいほど剣速を早めた一撃に、サムライさんの閃撃を加えた、まさに必殺の高速剣!
それに刀「雷切」自身が持つ雷属性の威力まで!
さらに蛇足ながら、雷は地水火風の四大精霊の中では風の眷属なのです。
つまりリトの「風切丸」が剣速を早める効果をもつのなら、この「雷切」もまた、サムライさんの高速剣をさらに早めているのでしょう。
「『一閃』に『雷』……そして『稲光』。なんてすごい技。」
「クラリス、詳しい?」
機甲馬から降りたわたしたち。
リトが不思議そうです。
確かに刀剣の技についてわたしが彼女より詳しいのは不自然。
でも隠しておくことじゃないし。
「前にこのサムライさん……タイト・アシカガさんに会ったことが……」
あれ、アシカガ?
このサムライさんもアシカガ?
自分で口に出してから気が付きます。
「兄弟?」
黒マントとサムライさんが?
ですが、アシカガとは厳密には家名ではなく、ヒノモト族の中で名乗る氏族名に近いはず。
親戚ではあっても兄弟ではないでしょう。
そんな推測をリトに伝えるのです。
「……そうなの。でも、なんで?」
この子は語彙が少ないのでわかりにくいのですが、なぜわたしがそんなにアシカガ衆についても詳しいのかって聞いてるんです。
そう言えばこの子も黒い髪に黒い瞳。
アシカガ衆とかヒノモト族とかって言われても全然不思議じゃないし、興味をもったのかもしれません。
一瞬だけ迷って、それでもリトに隠し事したくないわたしです。
「実は……わたしのおじいちゃんってアシカガ衆の出身だったの。」
そして、年末年始休暇をわたしの実家で過ごしたリトです。
おじいちゃんもリトを気に入ってて。
「やっぱり。」
「驚かないの?だから……わたしも異民の一族なんです。」
そのせいか、わたしの突然の告白を聞いても驚きもしません。
異民とは、異世界出身者とその一族の総称。
あまり好意的には受け入れられない人も多いのですけど。
「別に。だって、おじいちゃん、いい人。クラリスは親友。変わらない。」
そして、こんな一言まで。
ホントにこの子は、かわいい顔なのに不愛想。
でもその言葉に偽りなんかカケラもなくて。
「ありがとう、リト!」
かけがえのないわたしの親友なんです。
決着がついたと思っていた曹長とサムライさん。
ですが二人は未だ対峙したまま。
勝ったサムライさんも、全身傷だらけ。
それでも己の技を誇るでもなく、あくまで淡々とするサムライさん。
目は血で見えないままでも、いろんなものが見えてるみたい。
これも「心眼」?
そう誰かに聞いた気がします。
わたしは恐る恐る近づいて、声を掛けてからポーチの中のハンカチを渡すのです。
「かたじけない。」
素直に受け取って血をぬぐうサムライさん。
それが二人の緊張を解いたのでしょう。
「今度は武器の差が逆転したか……あと一息だったものを。」
そして、悔しげなリーチ曹長。
脇腹のケガ以外は傷らしい傷はない。
ですが明らかに深手を負ったのは彼なのです。
なのに、そのセリフ?
悔しさは隠せませんが、なんで笑ってるんでしょう?
痛いのがうれしいなんて、まさか特殊な趣味の人なんですか!?
「お前が勝ったのではないぞ、その刀のおかげだということを忘れるな!……ってか?」
そこに聞こえた、その声は!
ふりむくとニヤニヤしてる、あのだらしない表情の黒マントその人がいるんです。
しかも、なんですか、そのふざけたセリフは!?
「アントか。全くだ。次は……ちゃんとお前らと相手させてもらおう。」
その曹長の言葉には、なぜか憎しみを感じることができず。
「ああ、一昨日来やがれ。『大佐』にも夜露死苦。」
こんなふざけたセリフなのに、そこには言葉には表しきれない何かが込められていて。
「今度は対等な条件で立ちあうことを願うでござるよ。」
そして、これは純粋な敬意と戦意。
たった今まで殺し合った仲なのに、なんだかこの人たち、変です!
そんなわたしのぬぐえない違和感を置き去りにして、リーチ曹長は腕を掲げました。
すると白銀の光の渦に導かれるように消えていくのです!
移送用の魔法円も描かずにいなくなるなんて、これは「空間転移」!
魔術師でもないのに、そんな上級の、いえ、おそらくは超級の空間魔術を?
「『大佐』は、なにしろ一軍まるまるのアイテムを秘匿してるからね。まだまだやばいモン、持ってるんだろうな。やれやれだよ。王国政府も中央軍も、やらかしやがって。」
前回の学園襲撃の際も「星の願い」という、広範囲対魔術結界を使用していました。
さっきだって、魔物を召喚する呪術具を二つも!
そんな魔術具が、まだまだ?
「コアードって……いったいどれだけすごい組織なんですか?」
「う~ん、その実態は不明だけど、ほとんど『大佐』一人に頼ってるとは言いながら、あちこちで彼の人脈が生きてるみたいだなぁ。あの腐った思想が核にもなって同類もいるし。」
「ん?黒マント!?」
あ!
リトが小剣を構え、怪人黒マントことアンティノウス・ジロー・アシカガに警戒しています。
そう言えば、それが当たり前!
わたしたちは年末、この男の起こした騒動に巻き込まれ、散々な目にあった挙句、挑発されて、それでその無謀な計画を阻止するべく覚悟を決めてここまでやってきたのですから、ちょっと手助けされたくらいでうっかり親し気に話しているなんて、わたしやさっきのメルの方が油断し過ぎ!
おまけにさっきだってこの人にだまされて捕まっていたし、リトなんか長剣まで折られてたし!
遅ればせながらわたしも距離をとり戦闘態勢です。
「おおっと、そう言えばそうだった。タイト氏、頼むよ。僕は非暴力主義だし、その上丸腰だ。」
黒マントはわたしたちから逃れるや、見苦しくもサムライさんの背中に隠れるのです。
子どもですか!
そして苦笑しながらもそれをかばうサムライさん。
仲良すぎ。
これではフィアちゃんが勘繰るのもわかる気がします。
「フッ。でもかまわぬのか?姪御でござろう?」
え?
今、なんて?
「……なんのことかな。」
「ヒノモト族には、同族の血縁は隠せぬでござるよ。」
「ちっ、なんてドメスティックなスキルだい。道理で……。」
姪?
この人たち、なんの話をしてるのでしょうか?
でも、なんだか胸が……苦しい。
そして、頭が……痛い。
「ヒノモト族やアシカガ衆の中でも祖先の血を強く引く者は、今でも一族の血脈を一目で見極めることができるのでござるよ。だから拙者には」
「そこまでにしないか?さもなくばキミでも許せないことがある。」
さっきまでの子どもじみたしぐさからは別人のような緊張感です。
そして見つめ合う両者。
その視線はピーンとはりつめた糸のように……でも目をそらしたのはサムライさんでした。
「すまぬ。」
「いや、わかればいいんだ。」
あっさりと謝罪するサムサイさんとそれを受け入れる黒マント。
二人はそのままわたしたちには目もくれず、行こうとするのです。
「どこへ!……どこへ行くんですか!」
思わず問いかけたわたしでした。
「……忘れてるだろ?僕はここに、封印された霊獣を解放するために来た。そろそろお目覚めの時間だ。キミたちは早く逃げたまえ。」
なのに、男は振り向きもせず、返ってきたのはこんな声。
その声は、とても平淡な、感情を全く感じさせない声。
きっとこの人には似合わないはずの声なのです。
そして二人は宙に浮き、そのまま飛び去って行くのです。
「クラリス?」
「リト?……なんでもないの。」
そうです。
わたしは、あの男の危険な計画を阻止するだけ。
たとえ今は未熟でも、でも、みんなの、そして教官方のご協力があればきっとできるはず。
わたしはリトと共に機甲馬に乗って、本隊と合流するのです。
唯一戦闘中のコアードの軍勢は機甲馬隊に攪乱され、連結された機甲馬車の防御網を突破できず、大いに勢いを減じています。
みんなが本気になって攻勢に出ていればとっくに追い散らせたでしょう。
「クラリス?ええ、ここは平気ですわよ。他の戦線も終わったようですし、教官方の許可があれば、いつでも反撃に出られますわ。」
機甲馬の伝声器からはシャルノの声です。
これは「拡声」の術式を編集して、周囲に大きく聞こえるのではなく、器械から器械へと声を伝えるようにした魔術具だそうです。
なんだか酉さんの「声寄せ」に似てますけど。
そんなに小さくはないから、機甲馬車や機甲馬、ゴラオンにしか装備されていませんけれど、便利なアイテムです。
そして、そこから聞こえるシャルノの様子は確かにまだまだ余裕そう。
「そうだよ。ボクらはいつでも突撃できる。あ、でもゴラオン隊の支援があればさらに安全かな。」
ヒルデアも、ちゃんと戦況を冷静に判断できているようです。
相変わらずどこかちゃっかりしてますけど。
「あ、班長閣下!よくぞご無事で!」
「いい気なモンですなぁ。なかよう観戦です?」
「班長、班長!この子どうしよ?」
「ロードって子なの。まだ眠ってる。さっき、フィアちゃんが置いて行ったの。」
機甲馬車で防戦中のみんなも、無事な様子です。
でも、フィアちゃんがロードさんを置いて行った?
さっきの黒マントの声がよみがえります。
「聞いて、シャルノ、ヒルデア、デニーたちも!教官方、聞こえますか!?」
ゴゴゴゴゴゴゴ。
少し前から、地響きが鳴っています。
もう時間は真夜中。
教官方は1班の機甲馬車で場所で会議中です。
さすがに生徒は参加許可が下りず待機ですけど。
わたしたちも各馬車に別れ休憩中。
ここは2班の機甲馬車です。
また地響き……。
この場にとどまることは不安です。
とは言え、黒マントの計画を知っている教官の方々もできれば阻止したいというお考えのはず。
なので、ここから避難するべきか残って戦うべきか、そのお話し合いだと思うのです。
わたしたち生徒も休憩中なのですが、まあ、事情を知っている者は眠れるわけもなく。
あ、でもリルは寝てます。
大物です。
さすが、隠れた最年長者です。
で、この機甲馬車の中で、緊急会議をしてるわたしたち。
メンバーは昨夜の仲間に新たにジェフィですけど。
「コアード一党、大人しい。」
念のために窓から見張っているのはリトです。
幹部を失って戦意もなくしていたコアードたちは、主任の人の悪い、いえ、冷厳な勧告に従って既に戦闘をやめ、武装も解除しています。
そんなところにこの地響き。
こわごわとした様子は、既に一般人とさほど変わらない。
「どうも、あれは使い捨ての兵士やありまへんか?」
「仲間を使い捨てですか!?」
「ありえない!」
ジェフィの発言には思いっきり反論したい。
でも……きっと彼女が正しい。
だからデニーやリトが反論しても
「それをするんが『大佐』です。ほんに恐ろしいお人や。」
その確信は大きくなるばかりなんです。
「ジェフィ。あなたの考えを聞かせて。」
デニーやリトが不満そうですが、今はジェフィと話したいのです。
ジェフィもうなずいて、あの細目をいっそう細め、ゆっくりと話し始めます。
「先の学園襲撃の際では、大尉に精鋭を率いさせて、あと一歩でしくじりなさった。」
で、いきなり知らない学園襲撃の一件を聞かされ、シャルノ、ヒルデア、アルユンたちの顔が強張っています。
わたしがデニーに合図すると、察したデニーが三人に事情を話してくれるのです。
ホント、気が利く、いい子なんです。
ジェフィとは大違い。
「そして、あの時はジャーネルンやあなたのようなスパイもいた。」
なんて、つい皮肉が出てしまいます。
「それは言わんといてください。いちびりなさって、いけずな班長はんや。」
ジロリ、とジェフィを見て、黙殺します。
そんなやり取りの間、デニーの説明が終わってシャルノたちが合流したのを確認すると、わたしは続けるようにジェフィをうながすのです。
「はいはい……そいで、大尉はん、そない有利な夜襲やのに失敗しはった。」
「そんな大尉にまた襲撃を指揮させた。しかも今度は遠征。」
「おかしい思いまへんか?」
……「大佐」がどんな人なのかはわかりません。
しかし、コアードが核人思想という、一種の選民思想を持っていることはわかります。
「あんお人が仲間にふさわしゅうない。そう思いなさったら、どうしなはるやろ?」
「ですが……仲間ですよ?しかもあんなに大勢の。大尉一人ならともかく……」
デニーは変り者ですがいい子です。
そのうえ参謀役を引き受けてくれるくらい、地勢・戦況の判断は的確です。
推理小説が好きなせいか、情報収集が大好きで、物事の裏を読むのも不得手ではありません。
さっきは「大佐」が「大尉」を斬り捨てたのを推理したくらい。
それでも、こんなに大勢の仲間を切り捨てる、ううん、最初から使い捨てるということは考えたくはないのでしょう。
「せやから、あん人たち、みぃんな、役立たず思われなはったんやろ。」
一方、ジェフィです。
この子は人の悪意に慣れている。
かつてのこの子自身も、そして家族もそれが当たり前だったのかもしれません。
だから、平気でこんな非情なことを思いつくのでしょう。
おかげで、わたしもガクエンサイでは随分と痛い目にあわされたモノです。
それでも、冷静になって今までジェフィがしてきたことを思えば、意外にそんなひどいことはされてない。
「そんな!ジェフィ、だってあんなに多くの仲間ですよ!」
「絶対おかしい!」
だからデニーやリトが今のジェフィの言葉に怒っても。
「……デニー、リト。怒る相手が違います。ジェフィは正しい推測を言ってるだけです。」
そう。
わたしは理解しなければいけません。
わたしたちの戦いが学園の中の、学生の立場から大きくはみ出してしまった今、彼女のような考え方は必ず必要なんです。
「ですが……班長?」
「クラリス!?」
驚いてわたしを見る二人。
大好きなお友達です。
本当に純粋で、いい子なんです。でも。
「ジェフィはわたしたちの戦友です。わたしに大切な助言をしてくれる。それをみんなも聞かなきゃいけない。だって、わたしたちは、今、そういう敵を相手にしているんですから。」
「ぐ……わかった。」
「すみません、ジェフィ。」
そして、素直にわたしの言葉を受け入れてくれるリトとデニーです。
「お気になされんと。なんでうちが謝られてるのか、ようわかりまへんけど。こん場で一番人が悪いんは、クラリスはんでありましょうに。」
で、これがジェフィ!
もう、わたしなんかでは見透かされまくりです!
そう、わたしたちが戦う相手は、ガクエンサイの学生でも、強いだけの邪巨人でも、野蛮な亜人たちでもないのですから。
それをわかるためのジェフィなんですけど。
「ジェフィ、デニーも考えて。ううん、みんなも。わからないのは……黒マントです。彼はなんで、わたしたちの馬車に乗りこんで、ここに連れ出したのでしょう?ここにコアードが来たのが彼の手の内なのはわかるのですが、なんでわたしたちを戦かわせたんでしょうか?それにそのくせ、わたしたちに手を貸した。なんで?」
レンに言わせれば、黒マントが関わるとわたしの記憶力やら判断力やらがなぜか大きく低下するとか?
自覚はありませんが、それでもわからないことだらけ。
だから、みんなの意見を聞きたいのです。
「コアードを叩きたい、これはあると思うんです。だから私たちと戦わせたのでは?」
「共倒れを狙うんにしては、うちらに手助けしすぎや思いましたけど。」
「それは、わたくしたちを利用はしても危害は加えたくない。そういうことなのでしょうか?なんだか甘く見られてるという気がいたしますけれど。」
「ん。わかる。そういう人。」
「女の子には優しい、っていうより甘い人だってレンも思うの。」
「ボクはやっぱりそんなに悪い人じゃないように思えるんだけどなぁ。ちゃんと話したかったよ。」
そんな話の中、一人、ずっと発言のない子がいます。
どうしたんでしょう。
やっぱりわたしなんかと話すのがイヤなんでしょうか?
「アルユン、何か意見はありませんか?幻視や呪具制作に才能を持ち、『土』属性の精霊魔術に長けたあなたの意見も聞きたいのですけど。」
ですが、アルユンはギクリって身じろぎ。
なんだか不安そうです。
そしてゆっくりと顔を上げて。
「なんか……イヤな気配だよ。大地の精霊がすごく騒いでる。きっと地下からなんかやってくる。さっきからそんな気がするんだ。……確か、その黒マント、霊獣だか大魔獣だかを解放するっていってるヤツなんだろ?」
ギクリ。
「そう言えば……去り際にもそんなことを言ってました……。」
僕はここに、封印された霊獣を解放するために来た。
そろそろお目覚めの時間だ。
キミたちは早く逃げたまえ。
「班長閣下!そんな大事なこと、もっと早く思いだしてください!」
「じゃあ、その『ここ』言うんは、北方いう意味ではなくて……」
「「「「「「「ここ!」」」」」」」
この下に!?
「そういうことでありましたか。つまりは、供物やら儀式やらそんなんではありまへんか!うちらはここで戦わされて!」
「その犠牲者とか戦いそのものとかが、その大魔獣を起こすために必要で!」
それってつまりは……。
「気付け(アウェイク)のポーション!」
人を起こすときに飲ませたりするための!
パルシウスというシーフを騙っていた黒マントは確か「『気付け(アウエイク)』はよく注意して使ってね」って言って去っていきました。
「それは……私たち自身が大魔獣の気付け薬ってことですかぁ?」
「そんなんで済めばいいですけどなぁ……目覚めた魔獣はんの朝食ならんいうアテもありまへん。」
朝食!?
食べられちゃうんですか!?
でも確かに。
麒麟さんは穏やかな、自分の霊力を吸ったミ……やらゴ……やらも一匹も殺さず、その霊力だけを回収して昇天しましたけれど、この地下の霊獣やらがわたしたちの戦いで刺激されて目が覚めるような戦闘狂の大魔獣だったら……
「わざと?起きた大魔獣の朝ごはんを残すために、わざとわたしたちを生かしておいた!?」
「……そういう人じゃないってレンは思うの。クラリスだってホントは知ってるのに。」
「ん。早く逃げろって言ってた。」
「お二人の言うことはわかりまへんけど、最悪、そういうことも考えんと……いずれにしても、うちはさっさと逃げだすんがよろし思いますけど。」
そんなジェフィの言葉もむなしく。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォッ…………。
ひときわ大きな地鳴りが響きます。
機甲馬車の外からは、バリバリっと音を立てて何かが割れる音。
そうです。
機甲馬車の窓から見えたのは、地面が割れていく光景なのです……。
1月4日。
北方実習の二日目です。
もう朝から何度戦ったのでしょうか?
もしも生き残ったら、この日が今年最悪な日って決定です!
まだ始まって四日目の今年ですけど。
そして、もちろん、もしも死んじゃったら、人生最悪決定です。
16歳になって四日目の人生なんですけど……。




