第19章 その10 初対面の魔術師二人?
その10 初対面の魔術師二人?
「えい!」
ゴラオンの大剣は、今、炎に包まれ、まさに火炎剣!
その一撃が与えるダメージはさっきまでとは大違いです。
わたしの弐式が振り下ろした大剣は、ついに竜亀の右足を切りとばしました。
三本ある右足の一本ですけど、初めての大ダメージです!
「やるぅ、クラリス。あたしも負けないよ!」
エミルも、勢いづいて、右後足を切り、傷を与えます。
さすがのタラスクも、連続ダメージに少し怯んだように見えます。
「ファラは……ええい、『加力』なのぉ~♡」
語尾のハートこそ相変わらず意味不明ですが、ファラファラはその剣撃に重力をくわえ、瞬間的にダメージを倍増させたみたいです。
竜亀の左前足に火炎剣を深々と突き刺さってます。
あれは効いてます!
「うふふ~で、からのぉ~火撃ォ~なの~♡」
そして、その、人によってはかわいいと思うかもしれない間延びした口調からの、傷口への追加攻撃!
しかも「火撃」の連続詠唱は止まりません!
三連発、四連発、五連発……!
こういう時は、つくづくこの子が「紙一重のこっち側」って思うんです。
おそらくは本能的に、でも一番有効なことをしてるんです。
タラスクはその足から左半身を炎に包まれ大ダメージ!
激痛からか暴れまくってます!
そして足をジタバタ。
「あらら~なのぉ~♡」
……で、その足に深く突き刺した炎の大剣が抜けず、タラスクが暴れるたびに大きく振り回されるファラファラの参式。
なのになんて楽しそうな悲鳴でしょう?
こんな時は「ああ、やっぱり紙一重の向こう側だな」って思っちゃいます。
「遊んでないで剣を離して!」
と叫んだものの、間に合わない!
大きく上に浮きあがり、次いで地面に叩きつけられそうなファラファラの参式!
わたしはその剣が突き刺さったままの左前足を切り落とすのです!
でも、突き刺した足ごと、そのまま宙に舞う参式!
「あ~れえ~~なの~♡」
まったくもう!
「ピピュル、受け止めて!ファラはさっさと『加力』!」
落下前にファラが自分で「加力」の術式で落下速度を弱め、ピピュルが自分の参式で受け止めます。
二機の間には、さきほど黒マントが唱えた「障壁」が働き、ダメージを更に軽減してくれるのです。
その間、スキができた二人に攻撃が向かわないよう、わたしは弐式で更にタラスクを攻撃。
エミルも察して続いてくれます。
さすがは親友!
とっさながらも左前方と右後方からの挟み撃ちです!
たった二機でも、この包囲網は簡単には抜かせません!
「どう、クラリス。わたしもなかなかやるでしょ?」
時に得意の「魔力矢」を簡易詠唱し、大剣と組み合わせて巨大な魔獣をけん制する戦いぶりは、堂々としたものです。
「ほんと。エミル!すごいわ!」
「なんか戦いじゃいつもクラリスやリトに任せてばかりだからね。これくらいは。」
そう言えば、最近エミルと一緒に戦っていません。
いえ、でもわたしだってそんな戦いたいわけじゃなくて巻き込まれてるだけだから、それって気にすることじゃ?
「いやよ。友達が戦ってたのに、自分は知らなかったなんて。」
「エミル!ありがとう!」
思わず叫んじゃうくらいうれしくなっちゃいます。
「お二人とも。戦闘中なのです。特にクラリス様、戦隊長自ら、私語厳禁なのです。」
あ?そんなわたしの弐式とエミルの参式。
動きが止まっていたのでしょう。
まだまだ未熟です。
教官であり中級魔術師のメルに注意されてしまいます。
いえ、注意だけじゃなく、援護の「魔力槍」まで。
白銀の投槍を突き立てられて、いっそう暴れるタラスク。
そこに
「全くだね。覚悟がたりないよ。今は休戦してるけど、そんなんで僕の計画を止められると思うのかい?」
ってユルイ声。
でも、次の瞬間、そんな声とは無縁の光景が!?
「……ない、ない。こんなのない……」
エミルがつぶやくのも当たり前です。
わたしたちの目の前には、星の明かりから降ってくる、無数の魔力矢が!
空から放たれた白銀の矢群は、雨のよう。
それこそまるで夢のような景色なんです。
なんてキレイ……じゃなくて!
いけません、わたしだって魔術師のはしくれ、感心なんかしてる場合ではないのです。
「あんなにたくさんの魔力矢、どうやって!」
わたしなんか、たった五本の魔力矢を同時に出しただけで魔力切れを起こしたんです。
一つの術式で同時に出現させるのは、思った以上に負担が大きいのに。
「スターライトシャワー……なんて名前だけど、どうかな?星明かりに魔力矢の発現を仮託してるんだよ。イメージの具象化だね。この世界はヒトの認識で成り立ち、その世界に僕らの意志を刻むのが術式ならば、イメージをどう使うか、ちゃんと考えないとね。」
暴れるタラスクに一斉に突き刺さる小さな白銀の矢。
黒マントの声とともに、そんな光景が、わたしの意識にも刻まれていくのです。
悔しい。
わたしはまだまだだって。
でも……一緒になにかがこみ上げても来たのです。
魔術ってこんなに先があるんだって。
魔力矢という、最も基本的な術式ですら、まだまだこんな唱え方がある。
それは、驚き、いえ、感動なんです!
「……これじゃ、主任たちの出番はいらないの~♡」
「本当。私も、もう帰っていい?」
ファラファラとピピュルは、なんだか呆れてますけど。
「みなさん、気を抜き過ぎなのです……そこの黒いお方、援護には感謝するのです。ですが……」
「わかってるよ、こんなので倒せるんなら僕も苦労はしない。」
苦労!?
なんだか、カチンです。
あなたがなんの苦労をしたんですか!?
わたしたちとコア-ドをここにおびき出しただけで、こんなに簡単に、すごい魔術を使いこなして、それが魔術師になってたったの一週間だってあの話が本当なら!
わたしたちなんか……いえ、それでも!
「わたしたちの努力をバカにしないでください!」
今は歯牙にもかけられていない、ただの「女生徒」。
だけど、いつか絶対見返して見せるんです!
「わたしは、必ずあなたの計画を防いでみせます!」
「うへえ?なんで怒られたのかわかんないけど、こわいこわい…‥っと。稼いだ時間は、もう尽きたか。さ、態勢を立て直すんだ。第二ラウンドだよ。」
「え?」
そうです。
少し目を離しただけなのに……。
「ウソやねん!もう治ってるやんか!」
「ファラもびっくりなの~♡」
「やはり帰っていい?」
なんと、切断した左右の前足も、炎の包まれていた半身も、ほとんど元通り!
「これは予想以上なのです。メルも、早く主任と副主任にお任せしたいのです。」
「まあね。これはこれで、竜属の仲間らしいからね。」
竜種!?
それは、ピンからキリまでとは言え、この世界でも最上位に位置する種族ではありませんか!?
「そんな大事なこと、もっと早く言ってください!」
「言ったじゃないか、竜亀って。」
「もっと強く強く竜を強調してください!」
自分たちの注意不足を棚に上げてる自覚はあります。
でも、この黒づくめの男には、なぜかついつい矛先が向いてしまうのです。
タラスク。
邪悪な海竜と凶悪な牛の怪物の間に生まれたとも言われる魔獣だそうです。
亀のような固い甲羅に、鋭いトゲ。
ワニのようなウロコに包まれた六本足。
そしてヤマネコのような頭。毒息を吐き、その体は固く、また傷ついてもすぐに治ってしまうのは実体験の通り。
「時には人の頭をしてるヤツもいるらしいけど、ネコでよかったよ。」
うえ、です。
さすがにアレに人の頭はちょっとイヤです。
「で、これによく似た怪物が僕の母国の伝承にあってね、だけどこっちはほとんど不死身なんだ。牛鬼って言うんだけど。」
牛で鬼?
「竜種とは全然違って聞こえますけど?」
「まあね。それに伝承もバリエーションが多くて、決めきれないことも多いんだけど。」
ですが、黒マントが言うには、大海獣と牛の間に生まれ、毒息を吐き、魔術や魔剣でなければ傷も負わない、固い甲羅にたくさんの足、大好物は人族……確かに、なんだか共通点が多いです。
「だいたい牛ってさぁ、地域にもよるけど、竜種の仲間なんだよね。」
「まさか?」
そんな妄言、初耳です。
「いやいや、僕の世界じゃ古くは東に竜が、西では牛が主神クラスで、でも、もとを正せばどちらも同一種って説、根強いんだよね。」
主神が何かはわかりませんが、なんでも竜種と牛種は善悪を争うけど、種族は同じっていう伝承みたいです。
なんて不謹慎な世界でしょう!
この異民の出身世界は……まぁ、わたしも異民の子孫ですけど。
「いくら異民でも、そんなことを言うなんて、聖竜様のバチが当たりますよ!」
と言ったわたしですが、おじいちゃんの出身が異民ヒノモト族から出奔したアシカガ衆って誰かから聞いたことを思い出しました。
アシカガ?
「……あなた、アンティノウス・ジロー・アシカガ、でしたよね。」
「ああ。やっと名前で呼ばれてうれしいよ。黒マントなんて、まったくシャレにもならない。」
そのユルイ表情に騙されていましたが、黒い髪に黒い瞳。
それはおじいちゃんやおとうさんとよく似たものです。
顔立ちは全然違うけど、この男はおじいちゃんの親戚なんでしょうか?
わたしの目は、ゴラオンの映像盤に映るその姿から離れることができません。
「コホン。お二人とも。戦闘中なのです。特にクラリス様。さっきから何度目なのですか。これでは戦隊長失格なのです。」
「メル!……もう、なんでわたしばっかり。」
ちぇ、です。
いいえ、舌打ちはしませんけれど。
他の教官方と違って幼少期を一緒に過ごしたこの犬娘には、つい口答えくらいはしたくなっちゃうんです。
「だって、そちらの黒い紳士はお話をしていても、戦闘を、しかもみなさんを手助けしながらも続けていらっしゃるのです。ご立派なのです。クラリス様はすぐにお手がお休みになられて、その間何回、皆様ともども黒い紳士にお助けになられたのか……。」
そんなメルの非難に仲間の同意が続きます。
思わず赤面。
「ごめんなさい!」
素直に謝り戦線に復帰するわたしです。
ですが……黒い紳士?
あれが紳士!?
メルの目は相当に曇っているようです。
なんだかムカムカします。
「……お褒めにあずかり恐縮だよ。かわいい教官さん。耳と尻尾がとりわけキュートだ。」
「……いいえ。どういたしまして、なのです。初対面ですが、素敵な紳士の方。」
それに、なんだかわざとらしい会話。
そしてメルは自分の身長並みに長い魔術宝杖を、高くかざすのです。
正式に中級魔術師になったのが、まだそんなにうれしいんでしょうか?
まるで黒マントに見せてるみたい。
「……それ、とっても似合ってる。」
「ありがとうございます!……メルは……うれしいのです……。」
ホント、ムカムカです!
なんなんでしょう!
「メル!あなただって手が止まってますよ!」
思いっきり目立つように火炎剣を振りかざし、ゴラオンを飛び上らせてタラスクのネコ頭に切りかかるわたしです。
八つ当たり?
ええ、ええ。
それがなにか?
そして、オマケです!
「酸性風!」
雑念のせいかウィザーズハイには程遠い念の集中でしたが、指輪の効果で無事発現!
大剣の傷と火炎のヤケドに酸の風が吹きかかり、ダメージもですが、かなりの痛みをあたえました!
ぎゃああああ!
そんな悲鳴が辺り一面に響きます。
どうですか!
「やれやれ、剣と魔術の見事な連続技だけど、怪物相手には容赦がないね。」
「本当なのです。さすがは無慈悲なクラリス様なのです。戦闘狂なのです。」
なのに、なんだか褒められた気がしません!
「ホント、なんかえげつなくて、あたし、ひくわぁ~。」
「ファラもぉ~なんだかクラリス怖いの~♡」
「戦隊長、何か怒ってる?」
「怒ってません!」
……いいえ。ウソです。
怒っている自覚はあります。
ですが、なんで自分が怒っているのかはわからないわたしなんです。
ぎゃあああああ!
そして、次々繰り出されるわたしたちの火炎剣の攻撃に、メルや黒マントの攻撃術式に、タラスクもかなりの手傷を負っています。
ついには4機の包囲網を突破して逃げ出そうとするのです。
「みんな!逃がさないで!」
「合点!」
「任せてなの~♡」
「うん……。」
自信なさげに応えたのはピピュルです。
大人しい子ですし、わたしもムリはさせたくない。
一瞬、逃げてもいい、って言うべきか悩みます。
しかし、そんなスキに、何かがピピュルの参式に向って飛んでいったのです!
赤茶色の物体がまき散らされるたびに、なんだか粘着質な音が……。
それにぶしゅううって煙。
「きゃあ!」
いけません。
熱を持った石弾、いえ、粘液でしょうか?
その一つがピピュルの参式に命中!
煙を上げています。
幸い黒マントの「障壁」のおかげで直撃ではないようですが。
「ピピュル!ケガは!?」
「ないけど……障壁の中に飛び散ったもので、ゴラオンの関節が……それにすごく臭い。」
それで包囲網の一画が崩れ、その方向に逃げ出すタラクス。
「逃がさないよ……ええっと、かわいい教官さん、いいかい?」
「はいなのです。すてきな紳士の方。」
二人はいつの間にか身を寄せあって、メルの左手はメイジスタッフを握っているとはいえ、右腕は黒マントに抱きついています!
半身ながら完全に体を黒マントに押しつけてる!
一方黒マントは右腕でメルのスタッフを握り、左腕はメルの体に……スタッフを間に両者対称な姿!
なんの相談もなく、いえ、なんでそんなにくっついてるのでしょう!
そんなわたしの憤り(?)も知らず、二人の中級魔術師は自然に、本当に自然な流れで術式の詠唱に入ったのです。
「その見えざる力」
「その強き力」
そして二人で術式を交互に詠唱?
そんな形式、知りません!
集団詠唱とも違う?
「そのあるが故の力」
「そのかけがえなき力」
特に黒マントの詠唱!
今まで簡易詠唱や無詠唱ばかりで、その詠唱をまともに聞いたのは初めてですが、その詠唱には一瞬の淀みもありません。
そしてなんて正確で表現に富んだ古代魔法語の詠唱でしょう。
その律も韻も……すばらしく美しい。
共に唱えるメルが、学園の教官のなかでも飛びぬけた詠唱力なのに、今は黒マントについて行くのが精いっぱい。
いえ、あれについて行けるのがむしろすごいと素直に言えるんです。
「その力をこの場に集め」
「その力でかの者を捕らえよ!」
それにメル……なんて真剣で、そしてなんて幸せそうなんでしょう。
「我が名はアンティノウス!」
「我が名はメルセデス!」
そして……なんて誇らしそう!
あんなあの子を見るのは……初めてかもしれません。
「「偉大なるマナよ、今、ここに集い、大いなる世界の真理と秩序に基づき、我らが願いをかなえたまえ。」」
二人の詠唱が完全に重なり、ユニゾンとなります。
「「局所重力波!」」
その声とともに出現した白銀の魔法円は二つ。
それが重なりあって、より大きく複雑な魔法円に融合していくのです。
ぐにゃり。
目の前の光景がそんな音を立てたかのように歪みます。
空も、星の光も、雪原も泥濘も、全てが歪み、その姿を崩しました。
その歪みは次第に一カ所に、そうです、タラスクに集まっていくのです。
重力魔術。
それはわかるのですが、以前男が使った中級の「加重」とは全く違うその威力!
ぎゃああああっ。
タラスクが声を上げて暴れますが、まるで見えない手に押さえつけられたかのように、いくらジタバタしても全く前にも後ろにも進めません。
むしろ更に地面に押し付けられ、地面もまたその重さでひび割れていくのです。
その後ろ、尻尾のつけね辺りから再び赤茶色の粘弾をまき散らそうとするのですが、その全ては放たれるやすぐに落下。
地面にまき散らされて異臭の源泉となるのです。
その異臭は離れたわたしたちにまで届き、意外なくらいダメージなんですけど!
「って、ホンマ臭いわ」!
「これ、なんなんですの~♡」
「私、もっと臭いの。……限界よ。」
みんな、いえ、わたしだって、ガマンしてるんです。
息をとめて、でも限界。ゲホゲホです。
「早くとどめをさしてください!」
そんなわたしたちの苦行に、ようやく終末が。
「みなさん、お待たせしました。」
その穏やかなお声はワグナス副主任!
ホントに待ってました!思わず躍り上がりたいくらいです。
「そこから離れろ!」
なのに続く声は、不愛想の極致!
その声だけでもなんて人が悪そうなんでしょう!?
あの人の悪さ倍増アイテム丸眼鏡は声まで悪そうにするんでしょうか?
「魔力砲!」
「魔力増幅。」
そんなわたしたちの疑念を打ち消すかのような、大きな白銀の光線が遠くからタラスクを強襲します!
しかし、これもまた、主任お得意の「魔力砲」の数倍の大きさ!
黒マントとメルのような詠唱技術で術式の威力を高めているのに対して、教官のお二人は主任の術式を、副主任が増幅する術式を唱えた、ということなのでしょう。
増幅術式?
これも公開されていない術式だと思います。
しかも遠くで唱えたから、その詳細は不明。
さすが、教官方は大人です。
秘密の秘匿にも長けていらっしゃる。
もっとも黒マントたちの詠唱だって、あんなもの、いくら見たからって真似なんかできませんけど。
大きな光線は、それまで苦戦したわたしたちや、そんな獣を足止めしていた黒マントたちをあざ笑うかのように一瞬でタラスクを焼き尽くし、消し炭に変えたのです。
「ふう。やれやれだ……いや、キミたちもお疲れ様。あそこでいい気になってる主任たちなんか気にするな。キミたちが足止めしなきゃ、あんな時間のかかる術式なんて行使できないって。自慢したまえ。」
なんでしょう、この人、教官でもないのに。
でもこの男の声を聴くと、なんだかわたしも誇らしくなるのです。
不思議で仕方がない、と言いたいところですが、これが自然に思える感覚。
不思議に感じないことが不思議です。
「そうなのです。このステキな紳士のおっしゃる通りなのです。メルたちの術式も時間には限りがあるのです。ゴラオンであいつを包囲し続けてくれたのはとても助かったのです。」
だれがステキな紳士かは、大いに異論があるのですが、それでもわたしたちは自分たちの苦労を褒められ報われたと感じたのです。
でも、それはそれ!
「……メルっち教官、なんかいつもと違うよ?」
「そうなの~いつもよりとってもかわいいの~♡」
「あんなにくっついていいの?」
そうなんです!
二人の中級魔術師は、ともに術式を唱えた格好のまま、つまりほとんど抱き合ったまま!
メルの耳がピクピクとうれしそうに震えているのが丸見えです。
おそらく教官マントの下の尻尾もブンブンと振り回されているに決まっています!
「初対面の異性相手に、なんて節操のない!」
犬とか狼とか、イヌ系の動物は心を許した者以外には容易く触れさせないと聞いているのですが、なんて駄犬でしょう!
ペット犬ですか!
「それに、黒マント!あなたもそんな耳とか尻尾とか執拗に触って、変態ですか!」
そうです。
彼の手は、メルの髪、というよりメルの頭上の犬の耳を、もう片方の手はほとんどお尻近くにまわされているんです!
獣人や半獣人にとって、耳も尻尾も鋭敏な器官で、ほとんどプライベートゾーンのはずなんですけど、それをあっさり触る方も触らせる方も、
どっちも変態!
「娘さんがいないからって、会ったばかりの相手にそんないやらしいこと!女の敵です!」
フィアちゃんが言うには女性を怖がるヘタレのはずなのに、当の娘がいないとコレ!
やはり男はみんな狼族類。
この男は立派な女たらしさんなんです!
「ええっと……そう言えばそうだね。初対面の女の子に、馴れ馴れしいよね。」
「メルは気にしないのです。ですが、初対面なのは事実なのです。」
そう言って、ようやく離れた黒マント。
メルも澄ました顔に戻りました。
ですが、マントの下の尻尾が男の方に伸びて……未練を隠しきれていません。
「クラリス、ホントにこの二人、初対面なの?」
そんなエミルの声に答えられる者はいないのです。
だって、それはとってもアヤシイのです。
「そんなことより、キミたち、さっさとその機体、洗った方がいいよ。特にその参式。」
黒マントが指さしたのはピピュルの機体です。
確かに直撃ではないにしろ、機体表面には飛散した赤茶色の物体がこびりついています。
そこからはけっこうな悪臭が……。
メルがイヤそうに、飛び散った辺りを「浄化」しています。
「そう言えば、タラスクが飛ばしたコレ、なんなんです?」
なんて聞いてしまったのはヤムなきことなのですが。
「ああ、あいつは逃げる時に糞を飛び散らかすんだ。なんだか投石機みたいってあったけどホントだったんだな。」
「フン?フンって……まさか!?」
「ウ〇コだよ。」
ウ×コ!?
それを聞き、一斉に悲鳴を上げたわたしたちは、自分たちの機体を「水生成」やら「水操り(ウンディーネコントロール)」やらで、ひたすら洗い流すことになるのです!
それはもう、あのファラファラですら、一心不乱に。
そして、気がつくと、別の戦線も決着が近づいていたのです。




