第19章 その6 やってきた襲撃者
その6 やってきた襲撃者
機甲馬を損傷させた後、ゴラオンに移乗し戦闘継続したわたしは、戦闘後、そのままゴラオンで機甲馬車を牽引します。
機甲馬は修理できそうなので、後部格納庫に収納しました。
ゴラオンも機甲馬車も見た目ボロボロですけど、中身は損傷軽微。。
ですが、戦場から充分離脱したと思えた時には、もう日が暮れています。
馬車に乗り込んだ時は、もう気を失いそうなくらいフラフラなわたしです。
だけど、まだやることがあるのです。
意識を保ち、馬車の奥に向うのです。
「みなさん、無事で何よりです。」
すみません、そのセリフ、後にしてもらっていいですか?教官殿。
「へえ、生きてたんだ。」
その言葉も、シャレになってないんです、セウルギーヌさん。
今は言葉のダメージ大きすぎ。
わたしは迎えてくれた(?)二人ではなく、もう一人の人に正対するのです。
それは……そう。いつものようにニヤニヤ笑ってる、あのナゾの男。
「やあやあ、いつお手伝いしようかずっと待ってたんだけどな。みんな無傷でよかったよ。」
ふざけた笑顔にその言葉。
わたし、なぜかとってもイライラするんです!
「あなた、何者ですか!そして、わたしたちにこんなに魔獣が襲ってくる理由を知っているんですね!」
そうです。
ゴラオンにさっき聞こえた声は、この人の声。
「あれ、聞こえちゃった?僕の心の声?……あ、あいつめ。」
「あいつ?心の声?」
そうなれば、それはわたしに憑りついてるナゾの「酉」さんのせいに決まってます。
酉さんがなぜあたしたちお互いの声を届けるのかわかりませんけど。
「それは、認めたってことですね!あなたがなにか知ってる、いえ、あなたたちのおかげでこんなに多くの魔獣と戦う羽目になったってことを!」
機甲馬車の中で、小剣を抜き放ち臨戦態勢をとったわたしです。
「班長、いきなり乱暴では?」
なんて事情がわからないデニーが言い出しますが、冗談ではありません。
あれだけの魔獣を相手にさせられたんです。
誰か死んでいたかもしれないんです!
「まあ、ね。とりあえず魔獣を引き寄せたのは僕たちかな。」
「クラリス、助太刀!」
早速、その小柄な体に似合わない武闘派リトが、これまたその身長には不似合いな長剣を抜き、男に突きつけるのです!
その速さはまるで稲妻のよう。
リトの行為もわたし以上に果断すぎるのですが、隣のセウルギーヌさんの身体能力を考えると、まず一人制圧しようという判断は正しく思えます。
しかし!
ガキィイイン!という金属音ともに、リトの長剣が受け止められたのです!
まさか?
男は抜く手も見せず構えた、おおぶりな短剣で、リトの一撃を完全に受け止めていたのです。
信じられません、学園一の使い手の、しかも不意の一撃を?
「こんな狭い車内で長剣?まだ若いね。剣速が鈍ってたよ。」
リトの長剣を受け止めたのは、男の右手に握られたギザギザの刃の短剣……。
「あれはソードブレイカー?」
男は逆手に構えたソードブレイカーで長剣を受けとめたばかりか、からめとっているのです。
むしろ、壊されなかったのがリトの反応の速さのおかげなのでしょう。
それに細剣や小剣ならともかく長剣をへし折るのは、いかなソードブレイカーでも容易ではない。
長剣と短剣が、ギシギシと音を立ててきしみながら、拮抗しています。
ですが。
「正解さ、そしてこちらが……」
男の左手に握られた鋭い短剣!
その切っ先は鋭利そのもの!
「メイルブレイカー!」
鎧どおしとも呼ばれる切っ先を、男は振り下ろします。
金属ヨロイすら貫くと言われるメイルブレイカー、あれでは革ヨロイなんか紙以下!
「くっ!」
ソードブレイカーに長剣をからめとられ、奪われまいとしていたリトは、その一撃に備えて身構え、しかし、その切っ先はリトではなくその長剣に向ったのです!
バキィィィン!
リトは砕けた愛剣を前に茫然としています。
「ふっ、僕の自慢のブレイカーズさ。TSGだろ?」
二本の短剣を交差して、謎の言葉を話すナゾの男。
「TSGはチョースゴイってことね。」
そんな解説はいりません!
なんですか、あのこれ見よがしの手袋にポーズは!?
その挑発的な行動に、わたしは禁じられている術式を簡易詠唱すべく、左中指の指輪を前に向けるのです!
青い輝きが、厚い手袋を透かして外に漏れ出します。
「衝…!」
「待った、こんな密室で、しかもキミ以外は戦闘不能な状況でまだ戦うのかい?」
確かにみんなは魔力欠乏状態です。
ですが、途中からゴラオンで指揮をとったわたしは、まだ魔力も残ってます。
「当たり前です!それに仲間は魔力切れでも教官が……」
「すみません、クラリスくん……。」
どさっ。
声を発した後、後ろで崩れ落ちるのはワグナス教官!
「拍子抜けだね。上級魔術師って言うから覚悟していたのに、全然戦い慣れてないよ。」
毒づくセウルギーヌさんが、それでも気絶した教官がケガをしないようソッと横たえています。
乱暴なのかやさしいのか、悩む所です。
ですが、その手刀は教官の喉に。これでは。
「おっと、そこの緑の髪の子……そのスカートの下のものは捨ててくれないか?キミが一番僕たちを警戒してた。他の子たちは、僕たちを怪しんでた割に不用心で助かったけど、キミはなかなか目を離してくれなくて、細工するのに苦労したよ。今まで手間取ったのはキミのおかげだね。キミが魔力切れになって、僕らから意識を離すまであんなに魔獣をひきよせけなきゃいけなかったんだからね。それにしたって随分な数を、まぁ……やってきた魔獣は全滅か?」
「……注意をそらした覚えはありまへんでしたけんどなぁ……これでええですか?」
ジェフィはスカートの中の太ももに、三節棍をベルトで巻いていたのです。
そして、それを相手に見えるように落としました。
「すまないね。他の子も、一応武装解除してくれないか?学生杖はそこにおいてよ。魔力は残ってないはずだけど、念には念を、って言うだろ?あ、余計な心配はしなくていいよ、僕は女の子に暴力をふるうつもりも下心もないからね。」
悔しさに泣きそうになりながら、言われるがままに武装を解除し、コートやサイドポーチを外すわたしです……屈辱です!
「なんでこんなことをするんですか!なんのために!」
無言のリト。
メガネで表情も見えないデニー。
怒ってるリル。
いつも通り何を考えているかわからないジェフィ。
でもわたしは感情が抑えられなくて……そんなわたしに笑いかけるレン?
(大丈夫だよ。あの人、遊んでるだけだから。)
「?」
わたしの肩に一瞬ふれ、そんな思念をおくるやレンはすぐに真面目そうな顔に戻ります。
「おい、お前、今、思念波を使ったろう!」
「え?ううん。レンは普通の子なの。そんな特別なことはできないの。」
「なんだと!?」
いけません!
セウルギーヌさんが何か気づいたようです。
ですが
「セウル。いいからほっとこう。キミは強いから、この子たちじゃどうしようもできないよ……ただ、ここじゃ少しずれてるな。移動を頼むよ。」
「任せてよ。」
移動?頼む?機甲馬は一頭中破してしまいましたし、ゴラオンでここまでようやく引きずってきたのに……セウルギーヌさんがゴラオンに乗るのでしょうか?
……いえいえ、とんでもありませんでした。
セウルギーヌさんは、そのまま、つまり生身のまま機甲馬車をひき始めたのです……なんて力?
しかも、おそらくあの大魔術師養成ギブスはしたままのはず……本当に人族ですか?
馬車の奥に座らされ、しかし、特に拘束されずにいるわたしたち。
まだチャンスはありそうです。
気を取り直し、気をうかがうわたしです。
みんなは茫然としたままですが、班長として、いえ、仲間としてみんなを無事に逃がさなくてはいけません!
「ねえ、ア、あなた、お名前は?」
そんな中、レンが御者台にいる男に話しかけています。
相手を油断させようとしてるのでしょうか?
そう言えばあの人、結局名乗らないまま。
「……パルシウス。シーフだよ。」
泥棒さんですか!?
冒険者さんのクラスではスカウト(偵察)が一般的だと思っていました。
ですが、言われてみれば、気配というか存在感というか、これほどないのは納得です。
隠蔽スキルの一種なのでしょうか?
「そうなの?セウルギーヌさんは本当に賢者なの?」
レンはこんな状況なのに不思議なくらい怯えもせず、質問を続けます。
「ははは。キミたちのご想像に任せるよ。」
「パ、パルシウス!笑うな!笑う豆腐の角は右フック並みに痛いんだぞ!」
馬車をひきながらのそんな声。
それは賢者じゃないって答えで間違いないんでしょう。
わたしたちは……教官以外は、ですが……縛られもせず、このまま時間がたてばさすがに魔力も回復すると思うのですが、なぜか男は気にしてません。
「で、パルシウス?なんでこんなことをしてるの?」
「雇われたからだよ。」
なんて素直……怪しくないですか?
なのにレンはどんどん質問を続けて、男……パルシウスというシーフは何でも答えるのです。
何なんでしょう、この二人?
「じゃあパルシウスはだれに雇われたの?」
「コアードっていう連中さ。」
コアード!
その言葉を耳にするや、デニーとジェフィはうつむいていた顔を上げ、互いの顔を見合わせます。
リトとリルも表情が険しくなるのです。
コアードとは核人主義者のことです。
つまり、この世界は人族だけのものであり、それ以外の種族は存在すら認めないという考えの人たち。
侵略してくるゴブリン、トロウル、獣人といった亜人の殲滅はもちろん、異民・・・異世界からの転生者や転移者・・・やその子孫をも排斥し、さらにかつての王国のように男性優位の血族社会を目指すのがその根幹思想とか。
王国に古くから根差していた思想で、伝説では人族と盟約を結んでいた妖精族もそのせいで決別したと言われています。
そして、この思想によれば女性はあくまで家庭の中の存在。
わたしたちのように兵士をめざすことはおろか学生であることすら認められない。
もちろん、メルのような半獣人は殺されてしまうのでしょう。
何の罪もないのに。
何より、コアードは昨年、と言ってもわずか3週間ほど前ですが、わたしたちの学園を襲撃した張本人なのです。
仲間に犠牲者こそでなかったものの、学園の防衛設備は大きく損壊し……そう言えばジェフィもコアードのスパイとして潜入していたのです。
気まずそうな顔してますけど、今は無視。
「なんでコアードが!」
だって、わたしは黒マントを見つけ、その企みを阻止するために備えていたんです。
昨年の夏以来、なぜかたくさんの事件に巻き込まれたわたしですが、今回は違う。
もちろん北方実習はありますが、頭の中はいつも黒マントにどう先んじてどう戦うかだけなんです。
あれ以来、あのゆるい表情、ふざけた態度、そして恐るべき実力と不遜な計画をいつも思い描いて来たのです。
自分から覚悟して戦いに挑むのは、本当の意味では今が初めてかもしれません。
それなのに、なんでここでコアード!
「どうしたのですか、クラリス。」
「そんなに怒るくらい許せないんだね!あたいもあたいも!」
「そうですなぁ……わりといけ好かない相手ではありますけんども。」
「……落ち着いてほしいの、クラリス……ねえ、コアードは、ゴラオンを奪うつもりなの?」
そのレンの言葉に、わたしもまた、彼らが学園を襲撃した目的を思い出すのです。
「ま。そんなところだろ。ひょっとしたら、あの機甲馬や、この機甲馬車も欲しがるかもしれないけどね。」
まさか、学園の北方実習を知って、コアードが待ち伏せしていただなんて!
学園そのものは今はヒュンレイ教官たちが嬉々として改装中と聞いていますが……。
「待って、それはまさか他の班も襲われているのですか!?」
学園が雇ったはずの冒険者さんが実は全員コアードに寝返っていたら!
それにゴラオンや機甲馬車の性能も知られてしまっていたら!
さらに、みんなもこんな目に遭って、いえ、それ以前にあんな数の魔獣に襲われたら……。
「いいや、雇われたのはパルシウスとセウルギンだけさ。」
ホッ、です。
でもセウルギン?
セウルギーヌさんじゃなくて?
そう聞こうとしたのですが。
「パ、パルシウス!こんな女と仲良くおしゃべりするな!」
当のセウルギーヌさんが急にわたしとの会話を遮るのです。
なんででしょう、レンとの会話は放っておいていたのに?
しかも仲良くなんてしゃべってないし!
なんだか納得いかないのです。
まだ外からにらんでるし。
その目が不可思議に光ってるような気がしてゾッとしてしまいます。
「やれやれ……あ、この辺りかな?」
「うん。」
そして、男は機甲馬車の窓から何かを夜空に放ったのです。
「閃光」のアイテム?
辺りは一瞬だけ強い光に照らされて、おそらくあれを見た男の仲間がここに来るのでしょう。
すぐ仲間が来る、だからこその油断なのでしょうか。
しかし、逆にチャンスは今かもしれません。
二人の注意は機甲馬車の外に向いているようです。
「ジェフィ、本部、それに主任に送信は?」
前回「光柱事件」の失敗を繰り返さないよう、まずは報告と救援要請、なのです。
学園の職員生徒に配られた指輪はつけたまま。
それには連絡用の「魔伝信」が呪符されています。
仲間では一番元気そうなジェフィに任せたのですが。
「あきまへん、『メール』が送信しまへん?なんでです?」
右手の人指し指で宙に文字を描き、発信したはずなのに……やはりジェフィも、魔力が尽きているんでしょうか?
なら、わたしなら……。
「クラリス、そう言えば、ちゃっかり『あの』指輪もつけたままだだったんだね。」
「そうですよ、わたしたちには禁止したくせに。」
「ずるいずるい。」
「そんなこと言ってる場合じゃぁ……。」
昨年末に、ナゾの「三択ロース」さんからいただいたプレゼント、レンのステッキにデニーのメガネ、リルのペイントペン、リトの曲刀。
あまりに強力なアイテムで、北方実習で使ってしまえば他の班の子らに対し卑怯だと思ったわたしは、班の仲間と相談して、黒マントを見つける時までしまっておくように告げたのです。
今はネサイアの本部に預けたまま。
「……ごめんなさい。どうしても外せなくて。」
「呪い?」
白兵であっさりやられたのがショックだったか、ずっと無言だったリトがようやく言葉を発します。
ですが、それは まさかです!
そんなカースドアイテムじゃありませんし。
「気分的に……。」
外そうとするとなぜか心が痛んで。
みんなにも手袋で今まで隠していたんですけど。
「心が痛い?」
「それではやはり呪いではありませんか?」
「それ、呪いじゃなくて、絆だってレンは思うの。」
目がパチクリです。
なんで見も知らない「三択ロース」さんとわたしに絆なんてものがあるんでしょう?
それならみんなのアイテムだってあるでしょうに?
「……しっ。どうやらコアードがきたようです。ざっと百人くらいは……。」
デニー?
いつの間に魔力が戻ったんでしょう、いえ、「敵検知」まで?
「あ?そのメガネ!?」
「デニーも、あのメガネのまま!」
「しぃっ……静かに。」
言われて、デニーの銀ぶちメガネを注視すると、確かに!
この子はメガネを何個も持ってるからわかりにくかったけど!
まったく、苦学してるくせに何にお金を使ってるやら。
「今まで使わなかったんですからいいでしょう!だっていつ何があるかわからないっていつも言ってるのは班長閣下ですよ!」
くっ、確かに。
わたし自身指輪をしてるから、文句も言えません。
「まあまあ、みなさん。いいではありまへんか。この状況をなんとかできるんやら。」
そう言いながら、うすら笑いを浮かべるジェフィの手には魔力回復薬のビン!?
「あ、これですか?こんなん、教官はんがどこにしまってたか調べておくんがもしもの時の用心、当たり前ですえ。」
何が当たり前ですか!
さすがはもとスパイです。
ケロリと窃盗疑惑を正当化するや、後ろ手で見えないようわたしたちにポーションを手渡していくのです。
まあ、受け取りますけど。
「ですけど……わざわざポーション隠してるすぐそばにうちらを押し込めるんは、相手はん、どこまで本気やろ思いますわ。」
……それはあの、パルシウスという盗賊も、知ってて?
じゃあ、レンが言ってたことと同じ?
「あの人、遊んでるだけ」って?
そんな時です。
「デニーはん、ところで周囲の地形はいかかです?」
「……雪原にでました。ですが、さすがは冒険者の聖地、北方です。この辺り、さっきから地下に迷宮やらいろいろです。ただ、ここの下にはなんだか大きな空洞がありますよ。何でしょう?」
「そんなことまでおわかりになるんですか?便利な『検知』ですなぁ。」
デニーはあのメガネのおかげで、「検知」「探知」系の術式が平面ではなく立体に、空中や地下にまで及んで作用し、加えてより詳細な情報をしることができるのです。
しかし、ジェフィとデニーの、そんな会話が耳に入ると、わたしとリト、レンは一斉に顔を見合わせてしまいます。
一瞬背中がゾクって。でもまさか……ふと年末のことを思い出してしまったんです。
「しかし……魔力が戻っても、あん人たちは厄介ですなぁ。」
「ええ、セウルギーヌさんは無論、あのシーフも……。」
「ぬぬ、屈辱。」
「どうしよどうしよ。」
「あの二人よりは、前に戦ったコアードたちの方が楽だったってレンは思うの。」
「もう少し様子をみます。あと、今のうちに打ち合わせしておきましょう。」
馬車の外から、声が聞こえます。
「手引きご苦労。パルシウスにセウルギンだな。」
「……あ、はいはい。僕たちだね。頼まれた仕事はここまでってことでいいのかな。」
馬車の中なのに、音と気配だけで囲まれたのをヒシヒシと感じるわたしたちです。
「んじゃ、キミたち、健闘を祈るよ。」
「パ、パルシウス、そんな奴らのことなんて気にするな!」
「まあまあ。あと、ポーチの『気付け(アウエイク)』はよく注意して使ってね。」
そして、二人の冒険者(?)はあっさりとこの場を去っていきます。
「気付け(アウエイク)」のポーション?
確かに救難用のそれは使ってませんが、何を注意しろと?
誰かを起こすってことですか?
意味不明です……。
そんなことを考えていると、リトに肘でつつかれました。
確かにぼんやりしてる暇はありません。
黒づくめの男たちが馬車に入ってこようとしているのです……しかしその動作はいかにも油断って感じで、今がチャンス!
「衝撃!」
問答無用!
学生杖がないままですが、指輪のおかげでこの禁止された術式も簡易詠唱で発動!
風の精霊さんが思いっきり標的に体当たりするのが見えます。
これは……来ました、久々のウィザーズハイです!
最高度に集中が高まった魔術師にのみ起きる現象なんです!
術式の行使の瞬間、まるで時間の流れが止まっているかのような感覚。
そして強い高揚感がわたしを包んでいます。
最高度に決まった「衝撃」の遠当ては、三人の男を一瞬で戦闘不能に追い込みました。
「リト!」
「承知!」
わたしは学生杖をつかむや、リトと一緒に馬車の外に躍り出るのです。
わたしはゴラオン、リトは機甲馬を奪回します!
その後ろではジェフィたちが気絶した男たちをドカドカ投棄し、鉄扉を閉め窓を開き車輪を固定して機甲馬車を再び戦闘態勢にするのです。
後、馬車の隅で縛られたままのワグナス教官も自由にしているはず。
わたしは、ゴラオンに乗り込もうと背中の搭乗口を探していた男も「衝撃」で倒します。
なにしろ、前回はこの男たちは術式への耐性を高めるアイテムを所持していて、「眠りの雲」などの初級術式では抵抗されましたから、いきなり抵抗不能の「衝撃」連発です!
一方リトも「閃光」を唱え、周辺の敵の目をくらませて、そのスキに機甲馬を奪い返したのです。
「クラリス、オッケー!」
オッケー?
それって、どこかの異世界語じゃなかった?
いつの間にそんな言葉をリトまでが?
「こちらもオーケーです!では、迎撃戦開始!」
ぐぃぃぃん……わたしの魔力に感応したゴラオンはすぐに起動し、重厚な音とともに、戦いのため大剣と大盾をかまえるのです。
敵は闇夜にまぎれた黒づくめの男たち。
そしてその奥に数名のローブを着た魔術師がメイジスタッフを構えています。
そんな様子がゴラオンの映像盤には丸見え!
まずはあそこにいる魔術師を叩きます!
肩の弩弓に照準をつけ、まず一射!
しかし、短矢はわずかに外れ、魔術師たちは一斉に術式の詠唱に入るのです!
いけません!
まずは足元の車輪を駆動して、高速走行!
道を塞ぐ兵士らを跳ね飛ばし、いきおいそのまま魔術師の群れに突入です!
「なんて油断!助かるわ!」
そう。
敵の魔術師たちが、分散せず、密集したままここにいる。
この場を制圧すれば、ゴラオンや機甲馬車の装甲を貫けるような重武装をした敵はいない!
リトもわたしを援護するかのように、長剣をかざして疾駆!
あの子、遠慮も手加減もないからもう何人も切り倒してます。
さらに機甲馬車の中から「光」が投射され、それに照らされた敵が「魔力矢」「火撃」で撃たれていきます。
「あれ?」
なんででしょう、どうも軽い違和感です。
「班長、おかしくないですか、こいつら、『眠りの雲』なんかで寝てますよ!?」
普通の兵士ならそれが当たり前なのですが、なにしろ前回の手ごわさがわたしたちの記憶にあるのです。
それが今は?
「機甲馬車から攻撃されるいうことを予想もしてまへん……何も知らされてないのはありまへんか?」
攻撃対象の情報も知らない?
あいつらが?
そんなの、ありえないんじゃあ?
「ええ?あたいらが強くなったからだよ!」
まあ、リルがそう言いたい気持ちもわかりますけど。
「むしろ不意を突かれたのはこいつらみたいってレンは思うの。」
そうです。
遠くでリトの騎乗する機甲馬に蹴散らされる黒づくめの兵士たちは、まさに烏合の衆……。
わたしは魔力を流し、弐式に呪符された「拡声」を起動します。
「こちらはエスターセル女子魔法学園、初年度生2班、チームアルバトロス班長、クラリス・フェルノウルです。コアードの兵士たち、今のあなた方ではわたしたちのゴラオンを奪うことは不可能です。これ以上の犠牲は無意味です。このまま撤退しなさい。追撃はしません。」
死者はまだ出ていない。
けが人だけで済むんなら、それでいいんです。
「甘いですなぁ、班長はん。どうせこいつら改心なんかしまへん。あとであだんなるきもうとります。やれるときにやっとくもんです。」
ジェフィが言うことは、軍人としては正論だと思います。
イスオルン主任ならそうするでしょう……ですが。
「……いいえ、あなただっていったんはコアードに勧誘されて、それでも今はわたしの戦友でしょう?なら、これで戦うのをやめる人が一人でも出れば、人が死ぬよりずっといい。」
そう。亜人と戦う魔法兵であることを目指す身とは言え、人族とは戦いたくはないのです。
「…………ほんに、お人よしです。うちらよりよほどしんなりしたとうさんやわぁ。」
「ジェフィ、男爵家令嬢に言われても、クラリスには皮肉にしか聞こえませんよ。ですがあなたも班長の「戦友」ですからおわかりでしょう?」
「デニーはん、あまりいちびらんでくださいな……まあ、おんなじ班やし、勝手にうちらが用心しとけばええんです。」
「ええ?あたいら何を用心すればいいの?」
「……リル、あれ。ああいう怪しいのには用心しようってレンは思うの。」
あれ。
そうです。
わたしの「拡声」の後、黒づくめの兵士たちは明らかに戦意を失い撤退する気配をみせていたのです。
それなのに……。
ゆっくりとやってくる二つの影。
それは兵士たちの足を止め、道を開かせ、そして再びわたしたちへ向かう流れを作り出したのです。




