第19章 その2 あやしいゲスト
その2 あやしいゲスト
そんなわけで定時0800です。
本来魔術師であるわたしたちには「時刻」という初級の時間魔術によって、ヘクストス魔術協会の魔術時計に同調した体内時計があるのですが、あいにくヘクストス市から出れば効果がありません。
しかし、この輸送船には新たに「魔術時計」の術式が呪符がされていて、船内または船が見える範囲であれば時間が体感できるのです。
いえ、これ以外にも、以前の輸送船とはいろいろ変わったようです。
「それでは出航します!各員、配置について!」
学園長の号令で、わたしたちは作業にはいります。
2班は、エスターセル号に乗り込み先発隊です。
旗艦とも言える輸送船から先行し、水路の確認や偵察をするという重要な任務。
さっきからリトやここまで乗り込んでいたアドテクノ商会の船員さんにいろいろ教わっていたんです。
だからジェフィのことなんて忘れてます。
「なあ、クラリスはん?」
「だから忘れてるんです!」
「なに言うてますの?……少しでええから聞いてください。」
……他の仲間の目を気にしてか、いつもより控えめなジェフィです。
まぁ、その内心はともかく、それは認めなくてはいけません……っく。
「わかりました。手短にお願いします。」
「おおきに。んでな、なんで戦隊長のクラリスはんが本隊ではのうて先発の別動隊なんです?ひょっとして、一種の都落ちですやろか?」
「う……。」
いきなりグサってきましたけど、それは、わたしも疑問ではあります。
一応理由らしいものはわからなくはないのです。
この船は、リトが以前乗り込んでいて、詳しいんです。
同様の人は他にも3人いますけど、別動隊にするには少々……でも、それをジェフィに話していいモノか、悩んでしまいます。
そんなわたしをみかねたのか、事情通でジェフィとも仲がいいデニーが説明をしています。
参謀気取りのこの子は、頼りにはなるのです。
これはこれで取り扱い注意な子ではありますが。
「ジェフィ。リトがこの船に……。」
って概ねわたしの考えていたことと同じことを言います。
付け加えれば、戦闘民族ノウキンのジーナは論外、多才だけどやや情緒過多なアルユンやマイペースな上にウラオモテがあり過ぎるファラファラは、教官のみなさんが不安になるのではないでしょうか、とか。
意外に配属された教官の関係かもしれません。
わたしに代わって答えるデニーの推理はなかなか面白いのですけど。
リトと同じくこの船に習熟している3班に配属された教官は、あのメルなのです。
半獣人の彼女ですが、実力主義の3班では意外に高評価で人気もまあまあ。
それでも、さすがに最年少教官では……生徒より年下ですし。
「そうなんです?あとなあ、なんでうちら魔法兵が水兵はんみたいに船を操つるんです?船員はんだけ別に雇えばいいですやろ?ゴラオンやら機甲馬やらはまだ分からなくはないんですが、随分エス女は生徒にいろいろやらせますなぁ?」
しかし、ジェフィは他にも質問してきます。
まったく、スパイ容疑か晴れてないのにアヤシイって自覚がないのか、ずうずうしいのか、どっちでしょう?
そんな相手に、知らないことの追究を我慢できないデニーは親近感を覚えているのか、単に自分の知識や推理を披露できるのが楽しいのか、いきいきと説明を続けるのです。
まったく、まだ押さえてはいますが、基本的にこの子はビョーキなのです。
「……船、と言ってもこのエスターセル号は、魔法兵が操船することを前提に設計された斬新な船です……(中略)……というわけで逆に普通の船員さんたちより向いてるでしょう……ねえ、リト?」
エスターセル号は、リトたち4人でケール湾まで往復できた、初心者に優しい高速艇……というより、魔術師が乗り込むことで魔力炉や各種魔法を発動できる、おそらく王国初の魔術船とでも言える最新の設計です。
「シルフィセイル(風の精霊の祝福を受けた帆)」がはられたおかげで常時順風が吹き、かつ「ウンディーネハル(水の精霊の祝福を受けた船体)」により水は常に進行方向に流れるという呪符がなされています。
そのための魔力供給なのです。
単に赤く塗装したから3倍速いってわけではありません。
「ん。そのとおり。ジーナたちと4人だけで操船したけど、ぜんぜん問題なかった。」
「魔法兵が操船する設計?……驚きです。ゴラオンといい……どんなお方が設計されたんです?」
だれが?
そんなことはわかりません。
そう答えたいわたしですが、なぜだか、また黒い霧が……わたしの記憶の景色は今日も半分が黒いまま。
なぜ?
「クラリス?」
リトが心配そうにわたしを覗き込んでくれて、わたしは安心させるために笑ってみせます。
その間も、わたしに代わってデニーが答えようとしてくれますが……。
「デニー、その辺りでストップ。そろそろ作業に集中して。……それにジェフィ、あなたのスパイ容疑はまだ晴れていません。そんなあなたにわたしたちがこれ以上答えていいのか、判断できません。そんなに気になるなら直接教官に質問してはどうですか?」
「え?クラリス、それは少し厳し過ぎませんか?私の解説もまだまだこれからなのに?」
「ん。意地悪。らしくない。」
二人は意外そうにわたしを見ますが、これは意地悪ではないのです!
作業中も本当だし、この腹黒陰険謀略女をどこまで信頼できるかもわからない。
だから、困った時は教官に丸投げなんです。ですが。
「ほんにしぶちんや。戦隊長いうお人がいじましいこつ言うんは、みなさんもなんぎやぁ思うとりまへんか。うちもなんやらげんなりしますわ。そんなんですから都落ちしなはるんです。」
「だから意地悪でもケチでもありませんし、都落ちなんか論外です!!聞きたいことがあるなら自分で聞けばいいでしょう!みんな作業中で忙しいんですから!」
「さっき教官はんに仲ようします言うたではありまへんか。」
「ぐ……」
追い詰められましたが、最初から舌戦で適う相手ではないとわかってはいます。
後は無言を貫くだけ……ホントにイジワルじゃないんです!
ちょっと信用できないだけなんです!
「まあわかりました……エス女の教官はんたちは、ほんに優しいお人ばかりですけんど、質問なんかして怒られまへん?」
ジェフィが以前いたパントネー魔法女子学園では、確かにスパルタ教育の権化でした。
初年生ではリーダー格だった彼女でも、いえ、彼女だからこそ教官が恐ろしいのでしょう。
ジェフィは思わず緊張していて、ちょっと新鮮で意外ですけど。
「クラリスくん、ジェフィくん。聞こえていますよ……さっきから。」
まあ、狭い船内ですし、そうですよね。
40代独身、恰幅のいいワグナス副主任が穏やかなお顔でこちらを見ています。
その様子には、固くなっていたジェフィも少し安心したようです。
「ただ、質問を叱ることはありませんが、答えられない質問も、答えない方がいい質問もあるのです。それが答えです、ジェフィくん。クラリスくんたちも同じですよ……さ、作業を続けてください。ただ、みなさんは別動、先発という重要な任務を任された自慢の生徒たちですからね。わたしたち教官も期待してますよ。」
期待されてる!
そんな風にほめられると、質問の内容なんてどうでもよくなっちゃうし、気分良く作業に集中してしまう素直なわたしたちです。
さすがは副主任。
上級魔術師にして、あの鬼の主任を補佐する逸材。
優しい顔してちゃっかり人を動かす術は巧みだったのです。
そして、船員の指導を受けながら、セメス川を上り、あのエスターセル湖に入ったわたしたちです。
冬の澄んだ青空を映し、波のない湖面はとてもきれいです。
「では、指示どおりお願いします。」
「はい、教官殿。エスターセル号は、湖岸に向かいます。リト、舵は任せます。」
「了解。進路そのまま、ヨーソロ」
「デニーは魔動水路図の確認。浅瀬に気をつけて。ジェフィはデニーの補佐を。リルは魔力供給続行。レンはその補佐をしつつ、探査器で周囲観測。空中、水上、水中に魔獣や怪獣が出ないともかぎらないわ。」
そして、今も艇長のわたしの指示通りみんなが動いてくれます。
デニーなんか水路図を見ながら、いろいろ「探査」してますし。
まず問題ない。
わずかな時間ですっかり慣れたようです。
「班長、いえ、艇長…‥どっちがいいの?」
「今は艇長で。」
そんな気分です。
湖水を進む感覚が、湖の上の風が心地いのです。
「じゃあ、艇長。えと、エリザさんを確認したの。大公様のお屋敷前の湖岸にいます。」
そうなんです。
ここでエリザさん(ホントはレリューシア王女殿下その人!)が合流して、ようやく、わたしたちエスターセル女子魔法学園一同は全員集合なんです。
なんだかエリザさんの手を握るレリューシア王女殿下(ホントは影武者のエリザさん)とオルガさんが必死過ぎて笑えません。
王女殿下がお忍びのまま北方実習に参加なんて知られれば、そして万が一にもなんかあったら……何人の首が飛ぶんでしょう?
そしてこの場合の「首」とは、職務上の手続きではなく、単に物理的なそれ。
わたしの首だって文字通り飛びかねないのです!
「それにしても……教官殿。質問があります。」
「なんです?あなたまで。」
「あの……ひょっとして、わたしたち3人の、セメス川での途中参加を許可してくださったのは……」
「こほんこほん!何のことでしょう?……質問には答えられないものと答えない方がいいものがあるんですよ!」
……やはり。
ワグナス教官は穏やかで生徒思いの教官ではありますが、少々身分差に配慮し過ぎというか……以前わたしは王女殿下の側近に授業中拉致されたことがありましたが、教官殿はそれを黙認なされたのです!
つまりわたしたちの途中参加も、公爵令嬢にして王女殿下の側近であるエリザさんに配慮したツイデ。
ま、これは言わぬが花でしょう。
「お出迎え、ありがとうございます。2班のみなさん。ジェフィも。」
不安だらけのレリューシア王女殿下(の影武者エリザさん)たちを半ばふりきってエスターセル号に乗船エリザさん(と入れ替わってる王女殿下)。
水色の髪に赤い瞳、みんなと同じコート姿です。
変装相手よりの少し優しい顔立ちに見えるのは、メイクと瞳の色を変えるクリスタルレンズのせいだとか。
「エリザさん、エスターセル号にようこそ。これでエスターセル女子魔法学園生徒全員集合ですね。」
その正体を知っているのは、おそらくわたしとジェフィにシャルノ、あとはクラス委員長のヒルデアだけ。
なかなか胃が痛くなる展開ですけど。
教官のみなさんこそ数人が留守で参加しませんが、生徒は全員参加の冬季実習。
いよいよその始まりなんです。
しかし、その始まりは予想外の事件から!
「クラリス!北からナゾの船団が接近!」
そんな警戒の声をデニーがあげるのです。
視界には船影はまだ見えませんが。北?
エスターセル湖とビーワ湖を結ぶ水道から侵入してきたのでしょうか?
「レン、船団の規模を確認して!デニーは船団のルートを!」
事前の情報によれば、ここエスターセル湖には、中規模の漁船と輸送船こそ多いのですが、新年早々の今の時期はさすがに休業中。
警戒するべき湖族だってここにはいないはずです。
ですが、北、すなわちビーワ湖方面から、というのが気になります。
「ワグナス教官殿、もしもの場合は交戦許可を!」
軍学校の生徒、すなわち軍属でもあるわたしたちですが、実際の戦闘行為は厳しく制限されています。
今回各班に教官方が同行しているのは、このため、と言っていいでしょう。
「……人族相手の戦闘行為は北方実習では想定していません。戦闘は極力控えてください。」
なのに、この反応……別にわたしだって戦闘狂ではありませんし、戦いは避けたいのです。
しかも魔獣や亜人相手ならまだしも同族相手。
ですが、近年の政情不安でビーワ湖に湖賊が出現するとおっしゃったのはワグナス教官ご本人!
いい人教官に間違いないのですが、民間魔術師のせいか、戦闘の判断は正直頼りないと思ってしまうわたしです。
「艇長、湖族って、悪い人?」
「そうなの?」
年上のくせに無邪気なリルと、見かけ通り無垢で幼いレンが、そう聞いて来るのです。
「……捕まったらひどい目に遭います。」
わたしたちのような若い娘は、おそらく……。
思わず12の時に母さんからもらった懐剣を手に取りたくなります。
わたしたち人族の女は亜人相手に辱めを受けないよう懐剣を授かりますが、それは悪い人族相手の時にも使うべきなのでしょうか?
すごくイヤな想像で、背中にイヤなものが走るのです。
最悪なことに、本船にはエリザさん(実は……!)まで同乗しています。
万が一のことがあれば……わたしの首ではすまないかも。
一族ごと……そんな不安がよぎります。
「クラリス!対象の船団は、中小の船で隊列をつくり、旗艦をめがけて包囲の態勢に入りつつあります!」
「ジェフィ!旗艦の学園長に魔電信を!」
「はいな。」
「クラリス、船団の規模は小型船10、中型船6なの。」
「おそらく隊列中央の中型船が旗艦と思われます。」
「リト、最大戦速!エリザさん、体を固定してください。」
交戦許可こそ下りませんが、基本的に実習中は自己判断です。
だから旗艦の護衛に入り、万が一、というより八割がた襲撃を受けた場合は抗戦するしかありません。
「クラリスはん、学園長はんから返信です……『対象の船団は湖族と確認。』」
「ワグナス教官!交戦許可をお願いします!」
普段は穏やかな表情を浮かべて居るワグナス副主任。
しかし、今そのお顔に浮かべるのは焦燥と苦悩。
わたしたちを同族相手に戦わせたくないという優しさとためらいなのです。
ですがそれは、キッシュリア事変でも学園襲撃事件でも、人族相手に散々戦ったわたしたちには1周遅れのためらい。
そのお気持ちはうれしくとも、しかし、このままでは……。
「あら?クラリスはん、『魔電信』の返信がもう一通?……主任はんからです……『手出し無用』?」
それから、わずか数秒後です。
わたしたちとは逆方向から黒い快速艇が出現し、旗艦である輸送船と湖族の船団の間に突入していったのです。
青い湖面を駆けるように速い!
そして、その船に掲げられたのはわたしたち、エスターセル女子魔法学園の学園旗なんです。
「ん。おそらく同型船。」
このエスターセル号と同じ船種なのでしょう。
しかし、その判断と行動の早さは段違いでした。
接近したわたしたちの目前で繰り広げられた光景は目を疑うような!
「あの弓の威力はおかしいですよ!」
黒船の甲板から、冒険者らしき狙撃弓兵が巨大な長弓を射るたびに、湖族の小型船が射貫かれ、その船体がバラバラ!
沈んでいくのです!
確かにあれでは弩砲以上!
南方で見たトロウル投擲兵をも上回っているかもしれません!
沈没した船の湖族はそのまま湖面に漂っていますけど。
「あの風、変!」
そして敵が放った矢群は、黒船の周辺で大きく軌道を変えられています。
おそらく「風操り」の術式でしょうけれど、教官ではない、あの黒いローブの魔術師さんが行使したのでしょう。
そのタイミングは最適です!
おそらくは簡易詠唱。
相当に実戦慣れしている様子です。
「あの人、だれだれ?」
そしてもう一人。
黒船の甲板にいたのは、すらりとした体形の若い女性。
おそらくはわたしたちと同年代?
その人が白い長衣を脱ぎ捨て、その体につけた何かを外します。
ギクリ!?
その何かには見覚えがあって、わたしの背筋を凍らせるのです。
「え!飛ぶの!?」
そう、なんと、その人は大きく離れた中型船までジャンプ!
どしいいいん!ってこっちまで聞こえるくらいの音を立て中型船の甲板に着地します。
ウソ!?
中型船まであんなに離れていたのに?
そしてその人は、まだゆれる船上で、武器を持ち近寄る湖族たちを次々と船外に突き落とし投げとばし、ケリ落としていくのです!
なんて身体能力!?
格闘家ですか?
「あ?いつの間にか接舷してる?」
そんな活躍に目を奪われたスキに、黒船は敵の中央の船に突入していました!
そして数人のやはり冒険者らしい人たちが乗り込み……軽戦士さん、重戦士さん、あれはきっと偵察さん?そして狩人さん……あっと言う間に制圧してしまいました。
しかもほぼ無血占領!
熟練の冒険者さんたちってすごいです。
以前戦った闇営業の違法冒険者たちとは大違い。
でも……一人だけ、なんにもしない人がいました。
イスオルン主任のそばでボ~っとしてる人。
あんな人も冒険者さんなんでしょうか?
さすがは自由業なのです、自由過ぎ。
「また主任はんから……『敵、降伏。事後処理一任されたし。』」
「ワグナス教官殿?」
「はい、クラリスさん。あなたたちの予想通り。あれは、みなさんの護衛や戦闘教範として雇用した冒険者たちです……なお湖族たちは水上警備兵に預けるそうです。」
わたしたちの手に余りそうな相手や対象外の敵の相手をし、かつ戦闘の見本となってくれる人たち、ということです。
ですが、あんな人間離れした人たちを見本になんかできない気がします。
というか、あんなの真似したら、わたしたちなんか死んじゃいます。
「みなさん、一度セレーシェル号に接舷、乗船してください。」
セレーシェル号?
「ああ、あの旗艦である改装輸送船の名前です。学園長は嫌がっていましたが、超師もいらっしゃいますし、礼遇として改名しました。」
学園長のお父君であるセオードルン・セレーシェル客員講師。
なんと、超級魔術師です!
国の宝とも言えるお方のご参加で、わたしたちも気がひきしまります。
「へ~?あの白じいちゃん?」
……ですが、リルたちにイワセレバ白じいちゃん。
白髪に白いお髭。純白のローブ姿に白木のメイジスタッフ。
白づくめのお姿を、親しみを込めてそう呼ぶ生徒も多いのです。
メルなんかはすっかり上から対応ですし……。
そして、セレーシェル号には、わたしたちより先に一隻の船が接舷していて、用件が終わったのか、エスターセル号とは入れ代わりのように離れていきました。
「あれに後続の者たち全員が乗ってきたはずです。これで今回の参加者が全員そろった、と言うわけです。さ、今度はあなた方が接舷です。慎重に作業してください。」
「はい、教官殿!」
「いい返事です。ああ、大丈夫とは思いますが、万が一でも接舷に失敗すれば、合流した主任の指導が待っていますからね。」
それには一斉に、ゲ!なのです。
乙女らしからぬ声がもれてしまいましたが、それだけは絶対に避けなければいけません!
今日、今まで罵声も怒声も聞こえなかったのは、イスオルン主任がいなかったからなんです。
おそらくはこの後飛び交うことになるとしても、その犠牲者第一号だけは避けなくてはならないのです!
そんなわたしの緊張感がみなにもうまく伝わったようで、なんとか無事接舷もやり遂げました。
これもみんなのおかげです。
なにより初心者にこれほど簡単に扱えるこの船が素晴らしいんですけど。
「ちっ……まぁよし。」
今、舌打ちしましたね、主任!
わたしたちの失敗を期待?
いえ、おそらくそこから全体に気合をとばすおつもりだったんでしょう、あの人の悪さ倍増アイテム丸眼鏡をかけた、ひたすら悪人顔のお顔がわたしたちの一挙一動を見据えていたのです。
「怖かったよぉ~。」
「……レンも。」
リルやレンばかりか、わたしだって思わず疲れ果てて、ため息です。
「結団式を行います。ただちに甲板に集合せよ!」
「はい!」
狭い渡し板を駆け、慌てて乗り込むと、もうみんな整列しています。
そこには、見慣れた顔や見知らぬ顔。
何人かは見つけられない顔もあるのですが。
「そう言えばあのひきこもり教官、いないよ?」
どきっ。
なぜかは知りませんが、わたしの胸に強い痛みが走ります。
「リル、ヒュンレイ教官殿は今回不参加なんです。」
「どうしてどうして?」
「推測ですが、前回、学園襲撃された際に石陣や迷宮を突破されたのがよほど悔しかったのでしょう。今頃は学園大改装に燃えている、とのウワサでした。」
「……面倒くさそう。」
「レンも。また暴走パペットとかいたら大変って思うの。」
……そうですよね。
ひきこもり教官と言えば、学園の「用務員さん」枠で、土魔術の使い手、ヒュンレイ中級魔術師ですよね?
「クラリス?」
「なんでもありませんよ、リト。レンも。」
そう。
こんな時も、わたしの頭の中には黒い霧が湧いて来る。
だからわたしの思い出の景色は、半分黒いまま。
「……チーム、ユニコーンこと1班に、新たにエリザーナ・デ・エリルフォーショヌンが所属。さらに班行動中は冒険者2名を配属し、その引率はイスオルン主任!」
はっ。
いつの間にか、学園長が今回の北方実習の参加者紹介とその配属を全体に伝えています。
エリザさんが1班?
シャルノたち1班はそれでなくても優秀で力量ある生徒がそろっていたのに、更にエリザさんまで(中身は前期レベル5、記録タイの王女殿下)。
考えてみれば今年度のヘクストス市前期認定魔術師レベル5は、過去最高の5人。
そしてそのうち3人が女子という中で、3人ともこの場にいることがすごいことかもしれません。
そして、うち二人が1班……。
「なんか偏ってる。」
リトが言うまでもなく、影武者のエリザさん自身もレベル4です。
もともと優秀な1班がさらに優秀に?
なんだかえこひいきです。
あと各班には護衛役として冒険者二名を配属します。
1班は軽戦士兼スカウトさんと、重戦士さん。
魔法兵であるわたしたちには戦士二人は最適の護衛でしょう。
それもなんだかちょっとえこひいきっぽいんです。
「……チーム、アルバトロスこと2班に、新たにジェフィを配属。引率はワグナス副主任!」
……で、こっちにはジェフィ?
認定レベル3は、まあいいとして、チームとしては明らかに……はぁ、です。
いえ、前期認定レベルの平均で言えば、そもそもわたしたちは最低値なんですけどね。
「なにやら失礼なため息ですなぁ。」
だって、あなた、わたしの天敵ですし。
それに、もともと問題の多かった2班が盛り返したのはチームワークと成長力があったからこそ。
あなたにそれを望むのは……。
「まあまあ、クラリスもジェフィも、仲良くやりましょう。それにわたしたちは副主任が引率ですよ?」
「ラッキーラッキー!」
「そうね。ワグナス先生、当たりかも。」
「二人とも!引率教官を論評するなんて失礼にもほどがあります。」
「はいはい。」
「クラリス、真面目すぎなの。」
なんて口では言うわたしですが、でも、素直に言えば二人の気持ちもわかります。
学園長ご自身や鬼の主任は息苦しくて論外。
とすれば、お二人に並ぶ上級魔術師で穏和なクラス担当教官が引率。
これはかなり幸運と言えます。
ですが、わたしとしては、戦闘指揮にはやや不安があります。
そこは自分たちがカバーですけど。
あと、配属された冒険者の方は、どうなんでしょう?
「賢者?セウルギーヌさんって、賢者なんですか!」
驚愕です!
わたしたちに配属された冒険者さんは、白の長衣をまとった金髪碧眼の女性です……って、あの大ジャンプで敵船に乗り込んで徒手空拳で一隻を一人で制圧した!
「……賢者でわりいかよ?」
大問題です!
賢者と言えば、わたしたち魔術師にとって、知恵と知識を高めた上級職のようなもの。
それが、あの身体能力!
格闘家顔負けの戦闘力!
どこに知恵と知識があるんでしょう!?
すらりとした細身の体形にひたすら白い肌はキレイですが、それはそれ!
「ああ?……賢者らしくねえ?そんなことねえよ。例えば……ホラ。『井の中でカワズ』とか。」
一斉に見えないハテナを浮かべるわたしたち。
ジェフィもちゃっかり同期してますけど……意外にかわいいです。
思わず、ちっ、です。
いえ、舌打ちはしませんけど。
「あ、それはね。買い物は大きな街でしようって意味の格言だよ。品数が違うからね。」
わかるようなわからないような……。
そんな、謎の賢者さんのフォローに入ったのは、わたしたちの班に配属されたもう一人の冒険者さん……あの、最後までなにもしなかった人です。
なんだかあまり印象に残らない、平凡な顔立ちに普通の体形の30前後の男性です。
「か、格言ですか?」
デニーなんかすっかり毒気をぬかれた顔をしていますけど。
「どうだ、賢者らしいだろ?あと……『獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすのに全力を尽くす!』」
「かわいい子には旅させろ、ってことだね。」
どんな過酷な旅ですか!?
それでは児童虐待で、ライオンはとっくに絶滅しています!
「『百文は一剣に如かず!』どうだ、賢そうだろ!」
「グダグダ言う間に実力行使ってことさ。議論の前にクーデターなんて、ナポレオンみたいだね。」
それ、賢者としてはどうなんでしょう!?
そもそも賢者って、やはりもっと年長の落ち着いた人ってイメージで、このセウルギーヌさんみたいに、わたしたちと同年代の肉体派には似つかわしくないのです。
白い長衣から時々ちらっと見える細い脚はカモシカみたいできれいなんですけど……あ、でもその足に!
……そうですか、やはりさっき見たのは気のせいではなかったのですね。
「まあまあ、あまり深く考えないでくれたまえ。」
結局その人は名乗りもせずに、セウルギーヌさんを連れていってしまいます。
なんだかいろいろくすぶったままのわたしなんです。
「クラリス様。お久しぶりなのです。」
そんな時にわたしのところにきたのは、犬耳犬尻尾の半獣人教官メルです。
いえ、教官なのですが、幼いころからわたしの実家で侍女として働いていたので、教官になった今でもわたしにこんな態度をとるんですけど。
「メル……あなた、さっきのアレ、見ましたか。」
ピクリ。
その耳が思わず持ち主の動揺を示してしまいます。
この子は表情を消すことが上手になりましたが、とっさに話を向けられた時には耳や尻尾が反応するのです。
「そう。あなたも気づいたのですね……あの、忌まわしいアレに。」
さっきセウルギーヌさんが甲板で外したもの。
そして今、白い長衣の下から一瞬見えたもの。
それは!
「大魔術師養成ギブス!」
そうです。
誰が見間違えるものですか!
そして誰が忘れられるものですか!
大魔術師養成ギブス。
それは幼少時に魔術師になるため修行していたわたしたちが着用していた魔術具です。
魔力を伝導させることで張力が変化する特殊金属のバネが、両腕両足の動きを制限する仕組みで、着用者が高純度の魔力を錬成し、操作しなければ身動き一つままならない、という恐ろしいものなのです。
わたしはおろか、さすがのメルもこの魔術具の修行には音を上げ……だって年頃の女子が身動き一つできないまま、ミノムシみたいにいつも転がってるんですよ!……ごく短期間しか使用しませんでした。
その代わり、他のどんな厳しい修行でも耐えられるようにはなりましたが。
アレがなければわたしにしろメルにしろ、今の魔力が身につかなかった、と頭では理解し得ても、もう二度と着用、いえ、思い出すことすらイヤなのです。
それを、今になって再び見ることがあろうとは!
破壊衝動に駆られ笑うしかありません!
ふふふの、ふ、なのです。
あんなものがまだこの世にあったなら、壊すだけです!!
「あれは、クラリス様の弐式でも、メルの参式でもないのです。」
さすが、あのときばかりは苦労を共にした同志と思えたメルです。
普段はいがみ合っていましたが、この呪われた魔術具、いえ、呪いのアイテムに関する時だけは今でも無条件で連帯感を持てるのです。
「そう。あのバネの太さはわたしたちのものと比べても一回りは太い。だから、あれは大魔術師養成ギブス肆式と呼ぶべきものなのでしょう。」
口にするたびにその禍々しさで空気が汚れます。
だれがあんなものをつくったのでしょう?
それはおそらく非常識で恥知らずな変人に違いありません。
絶対に許せないのです!
「そして、それを着用してあれほど自由に動けるセウルギーヌさん……いったい何者なんでしょう?」
「あのような方が実在するとは、メルにも想像できなかったのです。」
ただの賢者では絶対にありえない。
正直に言えば、賢者とすら思えません。
しかし、その魔力の質と量は、わたしたちをはるかに超えた域に達しているハズ。
きっとそれだけならセレーシェル超級魔術師すら超えている。
「それは、とても人族とは思えないのです。」
そんなメルの言葉は、わたしの実感そのもの。
あの賢者さん、怪し過ぎて気を許せないのです。
いえ、冒険者さんって、ひょっとしてみんなそうなんでしょうか?




