第19章 エスターセル女子魔法学園、北へ その1 美しき訪問者(ビジター)
第19章 エスターセル女子魔法学園、北へ
その1 美しき訪問者
年が明けました!
王国では1月1日にみんなで一斉に歳をとるわけで、わたし、クラリス・フェルノウルはいよいよ16歳です。
王国では15歳で成人なので、特別何がある、ってわけではありませんが、なんとなく16歳!なんです。
リトも一緒に16歳。レンだけ14歳です。
今は3人でエクサスの年始のお祭りに来ています。
そして、1年の平穏を土地の祖霊様方にお祈りするのです。
そんなに大きくはないし立派でもない、でも住んでる人の想いがこもった祠は、町の中央広場にあります。
今日だけは人がたくさん。
その周りには屋台もあって、とても賑やかです。
真冬ではありますが、内陸のこの地は雪が少なく、今日もいい天気のお祭り日和。
もちろん寒いはずなのですが、この新装備のコートを着てれば全然平気です。
「わたしも16歳になりました!今年もこの街が平和でありますように!」
年末にちょっとありましたけど、あれはきっと例外。
できれば忘れたいのです……いえ、ムリなのはわかってますけど。
「ん。16歳。みんなと楽しい一年にしたい。」
主語が少ないリトも、きっとわたしと同じ気持ちなんです。
寮でも同室ですし。
「レンだけ14歳で、置いてきぼり?」
ですが、一人、なんだか不服そうです。
「そんなに気にすることもないのに。」
「ん。この間、5歳ほどかさ上げしたばかり。」
レンは拗ねていますけど、年齢ばかりは追い越すことはできませんし、わたしの「お姉さん」の地位は安泰なのです。
ちなみにリトが言う「かさ上げ」とは、年末に起きた「エクサスの光柱事件」の時に、レンがマジカルステッキで「変身」したことを言っています。
「あ、あのお菓子、おいしそう!」
なんて言ってるそばから、屋台のリンゴ飴に気をとられるレンは、とても14歳には思えないほど幼く、夢見る無垢な乙女って感じですけど、中身もそんなに違ってません。
もっとも本当に「夢見」をする少女なんですけど、これはばれたらシャレになりません。
「あっちの見世物小屋の剣技、ヤバイ!」
こっちのリトも16歳には思えないほど小柄で可憐な乙女なのですが、その中身は見た目とは真逆の武闘派。
剣をとっては学園一、いえ、同年代では男女を問わず、ずばぬけている印象があります。
卓越した身体能力に、風の精霊系を得意とするレベル4魔術師でもあり、魔法騎士を目指しています。
要するに文武両道の美少女なのです。
そんな二人と一緒に過ごした年末年始のこの数日は本当に楽しく、兄弟のいないわたしにとっては夢のような日々でした……妹分?そんなのいません。気のせいです。
ただ、今年の年始祭り、やはりちょっとだけ雰囲気が。
年末の事件のせいではない、とは思うのですが、ここ数年の王国の政情不穏の影響でしょうか?
祭りの喧噪の一画で、妙な主張を叫ぶ一団がいたのです。
「亜人どもを殺せええ!」「護国のために立ち上がろう!」「男は戦場へ、女は家へ!」
家に帰って、とうさんたちに
「あんなこと言う人たち、エクサスにいたの?」
って聞いちゃいました。
だって、この町は小さくても平和で、住んでる人みんな仲良く暮らしていたって思ってたんです……あ、あの怪人黒マントは別ですけど。
なんだか昔よくあった、過激な亜人排斥というか、女性差別っていうか、古き良き王国をとりもどせ、そんな感じです。
「……去年あたりから、少し、な。」
「まったく、口で叫んでお国が守れるんなら苦労もいらねえ。」
「そうね。それに今お国を支えているのは、男だけじゃないの。それに気づかないなんて。」
「まあまあ、お義父さんもお義母さんも、そのくらいで。今日はごちそうですよ。クラリスもそんな話はやめて、リトちゃんレンちゃんも楽しく食事してね。」
そんな平穏な日々はあっという間に終わりを告げ、ついにその日がやってきたのです。
わたしたち、エスターセル女子魔法学園の臨時学校行事「冬季実習」の日が。
王国暦419年1月3日。
わたしたちはセメス川の渡し場に向かいます。
前日、クラス担当のワグナス教官からわたしたちに「魔伝信」がとどきました。
「03より、明朝はセメス川渡し場で合流」。
実は年末の「光柱事件」で独断専行が過ぎたわたしたちは、事件後ヘクストスに緊急招集され報告がてら、鬼の主任にたっぷりと指導されてしまいました。
副主任でもあるワグナス教官は、そんなわたしたちにささやかな温情をくださったのです。
当日は、ヘクストスの魔法街にある学園への集合ではなく、エクサスの船着き場からの途中から合流でよい、ということです。
まぁ、あの鬼の指導を受けたわたしたちに、隣で憐みの視線を向けてくれた副主任です。
その心遣いをありがたく受けて、当日は多少ゆとりをもって準備できたわたしたちです。
ですが……
「リトちゃん、またウチに来てくれ。いつでも歓迎する。」
「そうよ。クラリスがいつも迷惑かけてるんですから、遠慮しないでね。」
なんだか、リトを離したがらないとうさん、かあさん。
「レンちゃんや、クラリスのことを頼むぜ、面倒でも見捨てないでくれよ。」
「ああ、レンちゃん、本当にかわいいわぁ~。絶対また遊びに来てね。」
レンのストーカーみたいになってるおじいちゃん、おばあちゃん。
「みんな、わざわざ渡し場まで見送りに来るなんて……。」
わたしの時は、入学のときも戦場実習もガクエンサイだって見に来なかったのに……しかもわたしが迷惑かけてること前提?
誰かと間違えてませんか?
なんだか面白くないんです……って、誰か?
最近、特に年末の「事件」の後からでしょうか?
何か思い出そうとすると、ときどき黒い霧が頭に湧き出してきます。
わたしの思い出の光景は、その多くが霧に覆われ、半分が黒い。
そして、そんな時は、いつも意味もなく泣きたくなるのです……一人で。
船着き場に、大きな輸送船が到着しました。
以前南方に向った時の船と同じ船でしょうか?
そう言えば、セメス川を利用する軍の輸送船は全て同じ大きさに規格されていると聞いてます。
わたしたちは見送る家族に手を振って、船に乗り込んでいくのです。
そんなわたしたちを、甲板で出迎えてくれた人がいます。
「クラリス、お元気でしたか?」
「リトもレンもずっとクラリスのトコ?ずるいずるい!」
「デニー!リル!」!
なんだかしばらくぶり。
そう思ったのはわたしだけではなく、わたしたち2班は駆けよって互いに再会を喜ぶのです。
たった1週間にも満たない別離ではありましたが、なぜか4か月ぶりくらい懐かしい。
「そうですね。でも班長、お元気そうで何よりです……年末にやらかしたわりには。」
ギクッ!
怪しくメガネを光らせながらのそのセリフ、さすがはデニー。
何かと詮索好きというかムダに事情通というか、わたしたちが遭遇した一件で「指導」されたことを既に知っている!
まったく今年15歳になったばかりなのに油断できない子です。
「そうそう。あたいも心配してたんだよ。班長、また事件を起こしたんだって?」
「起こしてません!巻き込まれただけです!」
「そうなの?でも、クラリスってホント事件が好きだよね。」
「好きでもありません!」
リルは、小柄で童顔、その無邪気な笑顔に騙されてしまいますが、実はクラス最年長の17歳(秘密)。
そして、本人の動きに合わせ、飛び跳ねるようなそのム……は、到底十代の少女のモノとは思えない迫力なのです。
「そうなの?でも、無事でよかったね。リトやレンも。」
「ん。」
「けっこうハードだったの。」
「ええ。今までで一番つらかったかもしれません。」
単に強弱であれば巨人災禍の方がひどかったのですが、あの巨大化したミ……とかゴ……とかは、もう二度とゴメンです。
それに……ムカムカ!
あの怪人黒マント!
思い出しただけで、はらわたが煮えくり返るのです。
あのユルイ表情、ふざけた言動、わたしたちへのヨケイなおせっかいぶりに、破滅的な計画!
そして、なんと言っても違法魔術師!
わたしたち魔術師は、正規の師範資格を持った魔術師からの教練を受けて、初めて術式を学ぶことができます。
そして魔術協会の認可を受けて魔術師となるのです。
術式を学ぶ以前に魔力向上や魔法文字習得、魔術に関する諸知識を学ぶことはギリギリできますけど、「魔術師」を名乗り術式を行使するには、あくまで魔術という偉大な力を正しく使える人格と厳しい倫理観が必要なのです。
軍が仕方なく動員している速成魔法兵とは違うのです。
「それを、あの黒マントは!」
魔術協会の認定も受けず階位もないまま術式を行使し、挙句に人族を滅ぼしかねない賭博的な行為に出るとは……しかも彼は、わたしたちエスターセル女子魔法学園の「北方実習」に合わせて北方の霊獣を解放すると犯行予告までしてるんです!
人格的に歪んでいるに決まっています!
ぜったいに、ゼッタイに、絶対に許せません!
「クラリス、どうどう。」
「落ち着くの。もう、あの人のことになるとホントに……」
「なんです、レン?あの人って?」
「まさかまさかクラリスにスキな人が?」
わたしはアバレ馬ではありませんし、あんな人なんでもありません!
でも、あの違法魔術師はわざわざわたしにその犯行予告をよこしたんです!
あんなふざけた内容の!!
「誰と相談して何人で来たって卑怯だなんて言わない!?僕は諸君らの健闘を心から期待している!?……もう、あんな人!ゼ、ッ、タ、イ、ニ、許さないのです!!」
「どうどう、どうどうどう。」
「もう……」
「まあまあ」
「なになに?なんでなんで?」
リトもレンもデニーもリルもわたしを取り囲んで、おかげで、ずいぶん目立ってしまったのでしょう。
「なんの騒ぎですの?」
「どうしたのよ?そんなに怒り狂って?」
「クラリス、とっても怖いです~ぅ。」
シャルノ、エミル、ミュシファたち、1班のメンバーまでやってきてしまいました。
「みなさん、いいところに。いえ、クラリスがまた発作を起こしまして……」
「ん。いつもより多く暴れてる。」
「発作なの?」
「ほっさほっさ!」
発作ってなんですか!
少し怒ってるだけです!
「なんだか大変ね。クラス一の結束力を誇る2班の班長が。」
「エミルの言う通りですわ……クラリス、いい加減にしなさい!」
エミルの呆れた声がわたしの胸に、シャルノの怒った声がお腹に響きます。
そうです。
二人はお友達ですが、違う班のライバルでもあるのです。
そんな二人の前で、いつまでも感情的な姿を見せられません。
わかってはいるんです。
「クラリスは戦隊長なんですぅ~。だから、ワタシもみんなもすごく心配するんですぅ~」
そしてミュシファの声は、心に刺さりました。
わたしはクラス委員ではありませんが、クラス全体の戦闘指揮を司る戦隊長なんです。
こんな醜態は、みんなを不安にさせてしまうかも。
なにしろ、今回の「冬季実習」は実戦なんですから……反省です。
ところが!
「あらあら、ええご身分ですなぁ。お味方に支えられての、ご立派な御神輿ぶりは、雷様でありましたか。」
その遠回しに嫌味な言い方は、ジェフィ!?
線みたいに細い目で、うっすら笑っているんです。
その顔は、あの黒マントの次くらいに頭に来ます!
「ああ、もうまた……ジェフィ、今は遠慮してもらえますか?後でお楽しみはいくらでもできるんですから。」
「……そうですやな。ま、デニーはんのお顔に免じて、正式なご挨拶は後でゆるりとさしていただきます。」
「え?」
思いっきり身構えたところだったのに、珍しくジェフィが大人しく去っていったので、わたしは気が抜けてしまいました。
がっくし、です。
「ふう。」
「やっと大人しくなった。」
なんだか、船に乗り込んだ早々、これでは先行きが危ぶまれるのです。
「それ、あなたが言ってはいけませんわ。」
……はい、ごめんなさい。で、あらためて
「シャルノ!エミル!ミュシファも久しぶりです!みんな、元気そうでよかったわ!」
「ではわたくしもあらためまして。お久し振りです。お元気そうで、いえ、お元気過ぎて先が思いやられます。初めて会った時のあなたはあんなにおしとやかだったのに。」
ぐさ、です。
わたし、そんな変わったでしょうか?
いえ、これも事件が悪いんです!
そんなシャルノはそのプラチナブロンドの髪をたなびかせた、とっても気品ある美少女なんです。
伯爵令嬢にして、初年度前期の認定レベルはわたしと並んで市内歴代タイのレベル5。
そして細剣の使い手で戦闘指揮も手堅い優等生。
わたしの最強のライバルです。
「なんだか他人行儀ね。もう、今年も楽しい年にしようよ、ね!」
エミルはわたしに抱きついてくれます。
わたしより少し背が高くて、これまた金髪碧眼の美少女。
ただし、表情の変化が大きすぎて時々その美貌が資源の浪費に思えるくらい。
でもとっても明るく物怖じしない性格は、クラスの人気者です。
そしてわたしの親友の一人。
「エミルとクラリスはホントに仲よしですぅ~。」
そして、薄いピンク色の髪をした子爵令嬢がミュシファ…‥なんですが、この子は数年前まで市民として育ったせいで、貴族社会になじめず、いつもオドオドしてるんです。
だから、美少女ぶりが目立たない、少しもったいない子です。
でも歌が上手で魔術の才能もホントはあるんです。
磨けば光る逸材だと思います。
「ああああ!?」
「リト?どうしたんです?」
いつもはあまり表情をださないリトが、その黒曜石のような瞳を大きく輝かせて?
「あれあれ?あの真っ赤な船?」
「見覚えがあるの。」
「エスターセル号ですね。以前事故で半壊したそうですが、今回の北方実習に改装して参加するそうです。」
さすがはデニー。
そう言えば、リトはあの船にのってケール湾にクラーケン退治に行ったことがあるのです。
よほど思い出深いのでしょう、もう舟の舷から身を乗り出さんばかり。
少し離れた場所で、同じくクラーケン退治に行った一行……大柄で豪快なジーナ、赤みのある肌のアルユン、ムダにかわいいアピールのファラファラ……「たこ焼き隊」も喜んでいるのが見えます。
しかし、一名挙動不審な学生が?
「エミル、どうしたの?」
「クラリス……あれはアカン。オレは逃げるねん。」
また、そんな変な言葉遣い……。
エミルがこんな風になって、この美貌を台無しにするのは実家とお金がからんだ時が一番……って、あ!
「あれ、エミルのお父さんじゃ?」
確かガクエンサイ前の困った大人の会議で一度お会いしました。
確か見かけの割りにはお若いはずの……。
「と、父ちゃんはいいねん。問題はおおお、伯母ちゃんや!あん人が外に出るいうんは、天変地異や!もうアカン!オレは帰るわ!」
「エミル、困ります。あなたはわたくしたち1班の……」
「ええ~エミル、帰っちゃうんですぅ~?せっかくワタシ、勇気をだして参加したんですぅ~?」
そんなこんなで、今度は1班のシャルノたちがもめてますけど……。
わたしも困ってつい視線向けると、輸送船に接舷したエスターセル号から、白いコートを着たエミルのお父さん、確かオッティアン・アドテクノさんがやってきました。
その後ろには……なんだかとってもきれいな人がついてきます。
あのツヤある毛皮は……まさか黒貂のコート?
わたしの未熟な鑑定眼では鑑定不能な高級品です!
それを着こなす貴婦人は、薄茶の髪だけど、エミルによく似てます?
もちろん崩れていない時の。
「エミルのお母さん?」
「ちゃうわい!伯母ちゃんや!父ちゃんの姉ちゃんや!」
後で聞いた話ですが、実際エミルのお父さんと伯母さんにはいろいろとウワサがあって、しかも伯母さんがやたらとエミルに似ていることで、更にウワサなんだそうです。
そんなウワサする大人ってなんだかイヤですけど。
「しかも伯母ちゃん、オレが知る限り人前に出たことないねん!オレと口きいたこともない!ホンマ何しに来たんや!」
……伯母さん、エミルと口をきいたこともない?
それはまぁ、随分と変わった伯母さんです。
困った親戚を持つと苦労しますね、エミルも……なんだか妙に同情してしまいます。
「おお、あんた、確かクラリスはんやったな。エミルの友達の。」
「はい、クラリス・フェルノウルです。いつもエミルのおかげでクラスみんな楽しく過ごせています。」
わたしとリトがまだクラスに馴染めなかった頃、エミルがわたしたちの友達になってくれて随分うれしかったものです。
あの明るい性格は、得難いお友達なんです。
「そうかい。まあ、これからも仲ようしてや……でな、って、義姉さん?」
その時、オッティアンさんの背後にいた方が、つまりエミルの伯母さんが……え?
「………………。」
え?え?え?
思わず後ずさるわたしです。
「………………。」
え?
後ろの壁に当たって、もう動けません。
なんで、わたし、エミルの伯母さんにこんなににらまれてるんでしょう?
いえ、ガンつけなら苦手じゃないんですけど、でも初対面のしかも年長の方になんかできませんし。
なんで、こんな……鼻先がくっつくくらいまで接近されて?
「………………。」
そして伯母さん、壁に手をドンって……ドキッ。
これってまさか、伝説のカベドンですか!?
わたし初対面の絶世の美女にカベドンされてるんですか!?
なんて不本意な初体験……。
しかも、こんなきれいな人に無言でにらまれて、なんだか怖いですけど!
「………………。」
そう言えばこの方、若く見えますけど何歳なんでしょう?
見ると、薄茶色だった髪がうっすら光って、紫の瞳の周りが銀色の輪のようで……思わず見入ってしまい、首を振って慌てて正気にもどります。
カベと腕に邪魔されて動けませんが、勇気を出して声をだすのです。
「あの!なにか御用ですか!?」
「………………………………フ。」
ようやくの反応が、それですか?
フってなんですか!?
フって!?
「ええ?伯母ちゃんが口きいた?」
いえ、フ、が、フが!
口きいた内に入るんですか!?
あなたたちおかしくないですか!?
「エルン義姉?もう帰るんか?何しに来はったんや?」
「ホンマやねん。伯母ちゃん、怖過ぎるで!」
パアン!パアン!
「痛いわ義姉ちゃん!」
「痛いわ伯母ちゃん!」
父娘がそろって後頭部を押さえています。
声も動きも完全に同期して、さすがですけど。
伯母さん、手が早いです。
怖いです。
そして、やはり短気です。
何も言わずにさっさと輸送船から降りて、エスターセル号に随伴してきた青い船に乗り込んでいきます。
その意味不明にして傍若無人な振る舞いは、いっそ爽快さを感じさせるくらいです。
「義姉ちゃんにはたかれたん、久しぶりや……ああ、これはセレーナはん、相変わらずお美しいでんなぁ。」
いつの間にやら……っていうか、さっきからあれだけ騒いでいれば当然という気もしますが……セレーナ・セレーシェル学園長がおいでです。
今日は紫のスーツ、ではなく同色のローブととんがり帽子をまとった魔術師姿です。
ローブと帽子にはきらっと光る金のライン。
それは上級魔術師の印。
「ローブ姿もまたお似合いで。その若さで上級魔術師言うんは、ホンマえらいわ。」
「父ちゃん、また女口説いてるわ!しかもうちらの学園長やで。やめい。母ちゃんに言いつけたる。それが嫌ならオレの小遣いもっと増やしい!」
なんだか、この父娘も業が深いのです。
「あの、オッティアン商会長?今日はなんのご用でしょう?」
「…………用?なんやったかな?」
ええっと、結局アドテクノ商会の会長であるエミルのお父さんも、伯母さん同様何しに来たのかわからないまま、青い船に帰っていきました。
わたし、初対面の伯母さんにあんなににらまれて、なにかしたんでしょうか?
「ああ?エルミウル伯母ちゃん?……うちの父ちゃん以外の人にあんなに馴れ馴れしくするの、初めてみたよ。クラリス、知り合い……なわけないよね?」
どこが馴れ馴れしいんでしょう?
鼻と鼻がぶつかるくらいの近さでにらまれて、フって、あれのどこが?
「だってどう考えても、クラリスに会いに来たんじゃない?」
「全然心当たりないんですけど!」
あれを「会いに来た」とは絶対に言わないと思いますし。
「ここだけの話だけど……伯母ちゃんは人を観るっていうのかな?父ちゃんも昔、なんの取柄もない要らない子って言われてたのに、伯母ちゃんは父ちゃんは必ずえらくなるって支えてたらしいの。他にも人の運命や未来を予言するって……うちの商会じゃすごい怖がられてるの。」
わたし、そんな人ににらまれたんですか!?
なんだか、わたしの将来、大ピンチじゃないですか!?
そして、そんな不安でいっぱいのわたしに、早速、不幸の第一弾が訪れたのです。
それは糸のような細い目をした、うすい緑の髪の人の姿でわたしにやって来ました。
「んでなぁ、クラリスはん。以後、よろしゅうお願いします。」
「ええ、クラリスくん。いいですか。」
ジェフィ?
それにワグナス教官まで?
なんでしょう?
そう言えばジェフィ、さっき、わたしに用事があるような……。
「今回の北方実習から転入生のジェフィくんを2班に所属させることになりました。仲良くしてくださいね。」
教官が何をおっしゃっているのか、理解するのに数秒かかりました。
そして
「…………ええ?ワグナス教官!ちょっと待ってください!」
理解するや、思わず教官への礼を忘れかみついてしまうわたしなんです。
「どうしました?」
「どうしたって、わたしたち何も聞いていませんけど!?」
だって、ジェフィですよ!
ガクエンサイ以来、わたしとの確執は数知れず、彼女の謀略で飲まされた煮え湯はドラム缶よりも多く、挙句に学園襲撃のスパイとして潜入してきた、このジェフィ!
「まあ、うちのような未熟ものが、エス女一の猛者が率いるチームアルバトロスに入れていただけるなんて、おこがましいんはわかっとります。ですけど、これも何かの縁ですえ、よろしゅうお頼みします、クラリス班長はん。」
……この女、こんな時だけ殊勝にふるまって……ほら、ワグナス教官なんか学園一のいい人教官ですから、すっかり騙されて……さすがはメギツネです。
でも、腹の内では何を企んでいるやら。
「そういうわけで、クラリスくん、ジェフィくん。以後仲良くしてくださいね。」
「はい、了解です。教官はん。」
「…………はい。」
ここでイヤと言えるほど、わたしは狭量でも独尊でもないのです……。
そんな自分が時々イヤになるのです、ぐっすん、です。
結成以来、今までどんな時でも気兼ねなく、そして絶対の信頼のおけた2班ことチームアルバトロスが、こんな腹黒陰険謀略女を受け入れなくてはいけないなんて……。
そして、教官が立ち去るや問い詰めるわたしです。
「あなた、いったいどういうつもりでわたしたちの班に潜入してきたの!?」
「おや、あらくないこと。教官はんがいなくなるや掌返すように怖い顔なさるん?人として表裏があるんはどうやろか思いますけど。」
「あなたがそれを言いますか!」
このメギツネにだけは言われたくないのです。
しかし、さすがに鋼鉄面皮の毒舌家。
舌戦や腹の探り合いで勝てる気が全くしません。
ここは戦線離脱、三十七計目です。
「…………とりあえず、まずは他の仲間にも正式に紹介します。決まってしまったことですし、仕方ありません。」
「こないにあたたこう迎え入れてくださり、おおきにですえ。」
だれも歓迎していないのですが、そんなこと、ジェフィには言うだけムダ。
ケロッとして、普通にわたしについて来る。
そのしれっとした様が余計に憎らしい……まさにわたしの天敵なんです!




