外伝その14 最終話 前篇「……みんなと一緒に冒険者になれるんなら、僕の二度目の人生もそんなに悪くないかもしれない」
その14 最終話 前篇
「おい、ちゃんと上見ろよぉ、俺様の手足がどこに置かれたか、ちゃんと見てマネするんだぜぇ。」
ロープを握るアンティノウスの頭上から、ロデリアが声をかける。
きっと親切なのだろう。
しかし……。
「上って……ダメだってば。見たらダメでしょ……うわ!」
バサバサバサ……風が吹くたびに、ロデリアの真っ赤なドレスのすそがまくれ上がり、その中身を無防備にさらす。
当然、真下にいる彼には丸見えである。
いくら色気のかけらもないロデリアの、味もそっけもない「白」だからって、このアングルはやばすぎる。
オンナは苦手で興味がないはずのアンティノウスだが、キライというわけではないし、ものには限度がある。
これでは逆セクハラであろう。
「ロデリアさん!いい加減、スカート、なんとかしませんか?」
と、まあ、いろいろな意味を込めて下から注意を喚起するわけであるが。
「ん~……がはははは。俺様のパンツが気になって、登れねえってかぁ?」
羞恥心皆無なヤンキー勇者は、いつもこんな残念な反応なのだ。
寝ている時の乙女な姿とは別人過ぎ。
これで二重人格でないのは、サギのようなものであるが、それは単に寝てるだけなので、騙されたヤツがいればそれまでである。
ふと先日の寝姿を思い出す彼なのだが。
「……一生、寝てればいいいのに。」
「なんか、言ったかぁ?」
「だから!……って、うわあああ!」
で、叫ぼうしてとつい力を込めると、手元の岩はもろく、ボロッと崩れる。
足元の岩は滑る。
慌ててロープに抱きつき、悲鳴を上げるアンティノウスである。
「おい、こんなノ、ちょろいって。」
オリーブ色の髪によく日焼けした女戦士は、灰白の革ヨロイをまとっているのだが、露出控えめなのに、そのメリハリのある体形は丸わかりである。
誰に何をアピールしているかは不明だが。
「そうネ。あたいもジューネも、へっちゃらネ。」
栗色の髪の小柄な盗賊は、未だ幼さを残した顔に悪ぶった笑いを浮かべている。
仲間たちからは、ムリしてそんな顔つくんなくてもいいのに、と思われている。
そんな二人は一行の中央にいる、チーム唯一の男性に向って励ましているのか挑発しているのか微妙な声を投げかけているのだ。
かけられた相手は、ロープにしがみついてなかなか進めない。
風が強く、崖にぶら下がったままブラブラ揺られ、悲鳴をこらえる。
ここは、アキシカの奥南部、グラデ川の源流でもある大山地アルグラデ。
かつてはアルデウス大森林との境にあって、亜人の侵入を防いでいた山塞があった。
見つけたロック鳥を追ううちに、何度も逃げられ、気が付けば、幾多の亜人や魔獣野獣を蹴散らして、こんなところに来てしまった勇者ロデリア一行である。
アンティには垂直にしか思えない崖ですら、高レベルの狩人でもあるジューネとフィネは、意にも介していないらしい。
それでもなんとか、ぜえぜえはあはあと崖の上に這い上がり一休みできそうだ。
そこで命綱を結びなおし……
「あ?」
手からロープが滑り落ちる。
思った以上に握力が低下していたらしい。
これでも「軽量化」をかけてもらったのに……と自分を罵りながらとっさに崖下に落ちそうなロープをつかみ……そこなう。
で、更にあわてて身を乗り出して
「あら……あらら……あらららら……あらららららららららぁぁぁ!」
こんな感じで、少しずつ悲鳴を大きくしながら、ついには落ちていくのである。
遥か下にはうっすらと地面が見える。
「もう……このマヌケ!」
しかし、その自分に並ぶ者がいる。
しかも走っている!?
フィネは狩人クラスのスキルを発動し、限りなく90度に近いこの崖をなんと駆けおりているのだ。
そればかりか自由落下する彼を追い越し先回り。
「よっと!」
そして、彼をあっさり抱きとめた。
しかも、そのまま今も地面に(遥かかなたの地面であるが)平行に直立しているという非常識ぶりだ。
「すごいよ、フィネネさん!カリ城のあのシーンをリアルで再現できるなんて……ンガ!?フガフガ」
「うるさいネ。アンティ。もう面倒くさいネ……次は助けないネ。」
いまや自分より小柄なフィネなのだが、やはり女の子なのだ。
しかも職業柄か軽武装。
ところどころ柔らかくて、しかも、今、つつましい弾力が彼の頬にあたっている。
「ンガ……僕だって落ちたくて落ちてるわけじゃない。」
顔を赤らめながら、それでもつい口ごたえしてしまう、心のせまい男である。
ひきこもっていたわりには体力はマシな方だが、大きく成長したかつての仲間の足を引っ張ること夥しい。
それでも、このスキルが欲しいと思うのは、今の状況を解決したいというよりは、彼の歪んだ好奇心のせいであろう。
「……ここは敵の勢力圏なのだ。貴公ら、緊張感がなさ過ぎるぞ!」
この場の一行をまとめる騎士くずれナーシアが、先頭で叱咤する。
ここに来るまで、多くの亜人を蹴散らした。
しかし今は不自由な姿勢だ。
標的の巨鳥など、空飛ぶ魔獣にでも襲われたら危険であろう。
「とは言え、オーガくれえならヘーキだぜ。」
いや、こんなところに3mもあるオーガは、まず来ない。
彼が、そう口に出さないのはフラグをたてたくないからだ。
しかし、仲間はその話題から離れてくれない。
「トロウルもぉ普通のならぁなんとかなるぜぇ。」
だから、4m級のトロウルが、来るわけがないって。
「でも、さすがにトロウルウォリアーは手に負えないネ。」
亜人の中でも希少なトロウルでも、戦士種はさらに珍しいが、とんでもなく厄介らしい。
いや、だから来ないんだって。
それともわざわざフラグをたてて、来てほしいんだろうか?
なんだか仲間がバトルジャンキー化してないか、不安になってきたアンティノウスである。
さて、ナーシアから更に先行しているのは実質上のリーダー、ナーデだ。
「いいな、みんな楽しそうで。」
その感想には一同不服だと思うが、いくら人がいい「白衣のナーデ」でも、一人で先行しているとそんな風にも感じるらしい。
少し丸い頬がふくれているが、それがかわいく見えるのは美人さんの特権だ。
赤い髪や白い長衣が風に乱れていないのは、「障壁」のおかげである。
一人、「浮揚」術式で上昇し、「敵検知」で偵察をする。
「過保護ネ」という苦情も無視してアンティには「軽量化」までかけての大活躍である。
一方、下では遥か頭上の白衣を見つけ、どうせなら自分も抱えて「浮揚」してほしい、とは思った彼なのだ。
ナーシアは鍛えた筋肉で問題ないし、他の仲間は魔術やらスキルやら、みんな随分と便利だな、とうらやましく見つめてしまう。
魔術を人に投射すると魔力消費が大きいし、フィネたちのスキルも瞬間的なものらしく、今は普通に壁登りである……いやいや、あの速さは尋常ではないのだが。
ふと、彼は先日初めて「アンティ・ノーチラス」名義で記述し始めた内容を思い出した。
『この世界のスキルは、厳密に言えば術式の一つである。術者が自分のオド(生命魔力)を触媒として世界のマナ(現象魔力)に働きかけ、一見超常的な現象を発現させる、ということにおいては同一原理と言っていい。
ただ、魔術師の術式がその発現の観測が容易であり、また魔術師自らが魔法文字を使うことで体系化していることに対し、他の職種の術式は、個々の術者に依存するもので千差万別、加えて他者に観測しがたいことが多いため、まったく体系化には程遠い。
例えば、魔術師の魔術は、魔法言語に基づいて正しい詠唱と動作を行えば、魔術書を詠みながらでも行使できるほどに体系化されている。つまり正しく学び、正しくふるまえば才能がある限り(これが一番難しいのだが)誰でも行使できる。
一方、騎士のスキル、例えば「突進」は、騎士とその騎馬の物理的な攻撃の延長に見えるし、更に騎士たちもどういう原理で発動し、どういう修行をすれば確実にそのスキルが身につけられるのかは未だ完全には説明できない。それが才能、というよりは修練によるものなのは経験的に知っている。また、スキルによっては、どういう能力を持っていれば身に付きやすいのか、ということも知っている。それゆえに、騎士団などでは、ある程度の能力をもった者に対して、特定の修練を徹底的に反復させることで、意図的に身につけさせることができる。
しかしその原理は不明であり、また、他者には教えられない秘伝であり口伝である。この世界では……どこでもそうか?……重要な知識は未だ独占されるものであり、その公開はありえない。書物が貴重な上に口伝が基本なのだ。拡散することはない。騎士スキルは騎士団が、戦士スキルは軍や傭兵ギルドが、盗賊や商人・職人などはその所属ギルドが、狩人は徒弟の口伝、こん風に独占されている。そして、多少なりとも専門的な研究者が研究することはまずない。その研究も体系化も不十分のままということだ。
要するに、スキルが術式の一種である、という理解は、未だごく一部にとどまっている。
魔術やテクノロジー(科学技術)ではなく、専門職のテクニック(技巧)の延長線上にあるのがスキル(技術)という解釈である。あながち間違ってはいない。確かに専門職の熟練者にしか身につかないのだから。』
「あ~あ。いくら仲間だからって、術式やスキルの発動を観察させてくれ……なんてダメか。」
非常識の塊である彼ですら、あきらめているのは、以前ナーデにエーデルン派の魔術術式について聞いたところ大目玉をくらった経験で、思い知らされたからなのだ(逆に言えば実際にやった前科があるということなのだが)。
「この辺りでいいわ。休んだら、ここからはいよいよ、ね。」
登攀途中に襲撃してきた翼竜や鳥は、ナーデの術式、ジューネの長弓、フィネの投げナイフで無難に撃退した。
ナーシアとロデリアは欲求不満らしいが、空に浮いたり崖に立ったりできる仲間に任せて大正解、と彼は思う。
今、それを口に出さないのは、分別がついたのではなく、襲撃されるたびに同じことを言っては二人に怒られて懲りたからである。
まぁ、ソーンダイクのネズミ程度には学習効果があったらしい。
青みがかった銀色の金属ヨロイに着替えるナーシアは、とても均整の取れた体形で、常にトレーニングを忘れない筋肉マニアとは思えないほど女性らしい肢体である。
それにしても、一応は男である自分の目を気にせず堂々と着替えるのは、ヤンキー勇者といい勝負であるが、その破壊力は段違いなのだ。
目を背けるばかりか完全に背中を向けて顔まで覆うアンティノウス。
「……随分、俺様の時と反応が違うよなぁ?」
「お前、あんな固い女が趣味なのか?」
「ナーシアは筋肉マニアネ。お前の筋肉じゃ、ムリネ。」
「お姉さんじゃ、ダメなの?……いいわ、わたしも着替えるから。」
で、なぜか長年にわたっていろいろ呪符した白の長衣を脱ぎだそうとするナーデだが、それは仲間が寄ってたかって説得するわけだ。
なにしろパーティーの実質的なリーダーで頭脳、熟練魔術師とくれば、その防御力の減少は一行の生存率に大きく関わる。
しぶしぶ説得されたナーデだが、アンティに「ダメですよ、もっと自分を大切にしてください」なんて言われて、コロッと上機嫌になる、困った性癖の持ち主である。
本当は慈愛に満ちて奥ゆかしくも賢い女性なのだが、性癖一つで残念に見えてしまうのは、世の摂理であろう。
山頂には、目指す標的の巣がある。
しかし、山頂は大きくくぼみ、しかもここから通じているらしい。
こことは崖に張り出した平らな大岩で、崖の斜面に大穴があって、そこから風が吹き出しているのだ。
いろいろな術式による探査の結果、ナーデはそう結論づけた。
「ナーデさん、ここの岩……平ら過ぎます。その大穴も、ちょうど人族が出入りできる大きさにつくられている……ここなんか、知らない金属?プラスチックみたいに柔らかで滑らかだよ。人の手が入っていると思うんだけど。」
プラスチックがなにかは誰も知らないし突っ込まない。
2年ぶりとは言え慣れたものである。
「ん~……誰かがロック鳥の巣をつくったってかぁ?」
「モンスターの巣穴を?ありえぬ。」
「でも……俺もそっちに一票。この岩面に洞窟、滑らかすぎだぜ。」
「だれがこんなところに来るネ?なんの得にもならないネ?」
「……アンティが気にするのはわかるわ。でも、ここを通らないで更に上に登る?そうすると今までよりもっと大変だけど。」
言外に、というよりはっきりその目が「あなたが大変よ」と告げている。
「……別にイヤだなんて僕は言ってないよ。」
これは本当である。
身の安全よりも知的好奇心が優先するのだ。
単なるマッドに近い。
「ただ……この辺りにはトロウルの巣穴があってもおかしくないんだ。」
この分析は、シャズナーの下で彼自身が導いた可能性である。
つまり、亜人の統制が異常にとれた戦いが行われたのは、南部と東部に限られている。
そのうち、東部戦域でもっとも亜人の動きが統制され、かつトロウルの姿を確認したのは、もう4年も前のこと。
つまり、自分がラグス周辺の森林で戦い、そしてナゾの洞窟で数日すごし、ロデリアに救出されて以来、東部域では亜人の統制は失われトロウルは出現していない。
なおバルボアは東部域に所属してはいたが、グラデ川を挟んでアルデウス大森林に近く、地理的には南部域とも言える。
そして、14年前の「アルデウスの悪夢」から現在に至るまで、亜人の動きが統制されているのは南部域が多く、ここ数年にわたって出没するトロウルが確認された件数も群を抜いている。
「……ぐ。」
4年前の、トロウルの巣穴で過ごした時間を思い出すと、なぜか激しい頭痛に襲われる。
そして、その時の記憶はあいまいなままだ。
ただ、知識としてではあるが自分ほどトロウルという種族を理解している人族は、今もいないと確信できる……。
「それで、トロウルの出現場所と、統制された亜人の群れ、特に他種族との共同の動きのあった場所を見ていくと……」
そう話しながら、自分の「倉庫」から取り出した地図を広げ、記憶している場所を示していく。
「……なるほどなぁ。」
「さすがアンティね。こういうことは魔術師よりも詳しいのね。」
「でもよ、これでいけばこのアルグラデ大山地からアルデウス大森林の最北部がアヤシイってのはわかるんだけど……」
「南方大陸との往復に使ったルートのすぐ近くではないか!」
「なんで教えなかったネ!?知ってたら、こんなトコ、通らなかったネ!」
それは、その時はデータ不足で、そもそも考えもしなかったからである。
今回だって、ロック鳥とやらがエーデルン付近からここまで来るとは考えなかったし。
とは言え、実際に潜った大穴は、内部まで滑らかなままで、以前はいったトロウルの巣穴とは随分違う。
全面的に安全とは言えないまでも、とりあえずの安心材料にはなろう。
「そもそもトロウルの巣穴は地下だから、山の上で会うなんて、まずないんだけどね。」
できるだけ言霊とかフラグとかにならないよう慎重に話す彼である。
今さらであろう。
ナーデの「光」で明るい空間は、妙に人工的な気配を感じさせる。
「危ないわよ、アンティ。」
床、壁、天井……一体成型にすら見える継ぎ目のなさに見とれ、足元が危うい彼である。
幸い障害物も段差もないが、斜面ではあるのだ。
しばらくして、先行しているフィネがもどってくる。
「ナーデの探知通り、巣穴らしいところまでは一直線ネ。迷宮でもないし罠もモンスターもなし……でもネ。」
「フィネネさん、これ……ですか?」
なぜか、見た瞬間に顔をしかめる彼である。
「そうネ。罠もないけど鍵もないネ。なんだかわかんないネ。」
それを不思議そうに見るフィネだ。
目の前にはトンネルを遮る一枚の扉。
「入り口にもなかったくせに、面倒くせえな。」
扉の表面には、謎の彫刻。
いや、謎ではないのだが。
「トリ……五羽の鳥か。一羽でよいものを。」
「まさかこの奥にはロック鳥が五羽いるとか?」
兜の下に隠された柳眉を顰めるナーシアに、緩やかに小首をかしげるナーデ。
「それは願い下げだなぁ……でも、アンティ。おめえはこれがなにかわかってるんだろぉ?」
横目で彼を見るロデリアに、アンティノウスは返事もしなかった。
「バカにして……いや、これをつくったヤツらは、四神相応、いや五神をちゃんと知らないで結界にだけ利用してるってことか?瑞獣も神獣も……なんだと思ってるんだ!」
珍しく冷たい怒気に満ちた声で、つぶやく彼を、仲間たちも薄気味わるそうに遠巻きにする。
わからないことをつぶやく彼には慣れてるつもりでも、今回はどうもちがうらしい。
「上は北。そこに描かれた黒い鳥は太陽に住む三本足、これが三足烏。右は東。青い鳥は……背景に森?シームルグか?左は西。白くてワシっぽい巨鳥はロック鳥。そして下は南。赤い鳥は……ワシに近いならフェニックスの可能性もあったけど、孔雀に近い。それに南部域の結界の源に使われるなら、スザクなんだろうな……。」
その、下部に掘られた赤い鳥の彫刻のみ、よく見ればうっすら輝いてる。
いや、その輝きは点滅し、今にも消えそうだ。
「中央には五色の鳥。ちょっと鶏っぽくて五色の尾羽、鳳凰だ。これがこの中の鳥の本来の姿だな……まるででたらめだ。五行には五鳥はないし、ペルシャやエジプト圏のモノまで交じってる。」
押さえた声でスラスラとよどみなく話すアンティノウスは、妙に冷たく不気味に見える。
加えて最も博識のはずの魔術師ナーデにすらまったく理解不能な単語の羅列。
いつも以上の暴走ぶりに、少年時代から彼を案じている彼女も相当に不安そうだ。
そして、そんな周りの目に一切気づかず、彼は赤い鳥の彫刻に触れようとする。
「ちょいと待ったぁ……何がどうなってるか、教えろよぉ。みんな不安がってるぜぇ?」
ロデリアに伸ばした腕をつかまれ、ようやく仲間の様子に気づく。
が、彼はそのまま続けるのだ。
「だったら、奥にいる本人に聞けばいい……本鳥かな?」
最後に、そう付け加えた彼は、ようやくいつもの彼に見える。
同じ変人でも危険な変人と安全な変人では、後者の方がマシと思われたらしい。
今度はロデリアも止めなかった。
その空間は、深い縦穴の底にあって広い場所であった。
が、奇妙に荘厳な静けさを保っている。
ただし、色彩は豊富だ。
壁の色ではない。
その場の主の放つ光の色だ。
その巨大な主を目の前にして、彼は平然としている。
むしろ先ほどよりは余程自然なのは、やはりどこか頭のネジが緩い、いや、そもそも数本足りないのかもしれぬ。
「その頭は鶏、頷は燕、頸は蛇、背は亀、尾は魚で、色は黒・白・赤・青・黄の五色……のはずだけど、聞いてたのとは随分違うね、鳳凰様。」
彼にしては最大級の敬意のつもりか、頭を下げている。
鳳凰。
古代の中華な国、伝説の霊鳥である。
それが、なぜこの異世界にいるのか?
またなんでエーデルンまでやってきたのか?
そんな重大な疑問があるはずなのだが
「……いや、待てよ?尾羽は孔雀だよね?」
個人的には、某大作コミックの「鳥」との関連性を追究したいところだが、それはガマンしたらしいが、それでも個人的な疑問から片付ける彼である。
「あ?そうなの?もし今本来の姿に戻れたら僕にはそう見えるんだ……」
しかし目の前の巨鳥は、赤い羽根と黄金の輝きをもった姿をしている。
彼が先ほど口にした鳳凰の姿とは大きく異なる。
「……へ~。それは僕の認識なんだ?確かに僕の母国とあなたの母国、つまりオリジナルとのイメージには違いがあるって聞いてたけど……でもその方が雰囲気でてるし、僕は好きだな……ゴメン。今のあなたの姿じゃないことをグチグチ言って。だけど、今の姿もきれいですよ、朱雀バージョンって言えばいいのかな?」
そんな独り言を繰り返す彼を穏やかに見つめるのは、謎の巨鳥だけである。
「ん?ああ……俺様にもなんか届いたぜぇ。前にもあったけど、よく似た感じだぜぇ。」
この場にいるもう一人の人物ロデリアは、この異常な光景をスンナリ受け入れている。
他の仲間たちはなぜかここに入れなかった。
この巨鳥は、古代に異世界から瑞獣として召喚されたという。
その時は「鳳凰」の姿であった。
しかし、その後、異なる種族なのか、別の人族が自分たちの土地を守るために結界を守る守護獣「朱雀」に変換し、この地に封印した。
そして、長年にわたりこの地で「朱雀」を崇めていた一族も、十数年前の亜人の襲来によって族滅したという。
以来、朱雀を封じる力は弱まり、短い時間であれば巣穴から離れられるようになった。
「それで、俺様をご指名ってわけかぁ……思ったより遠くまで呼ばれたけどよぉ。で、何の用なんだぁ?」
どうやら自分の存在確認をアンティノウスに、そして依頼を当代の勇者ロデリアに、ということらしい。
「認識……おそらくは正しく現状を認識できるものは、鳳凰様と出身世界が近い僕が最適、ということなんだろうな。認識によってこの世界は成り立っているのだから。」
なんて彼が呟くのはムシするロデリアである。
「それにしても、鳳凰を朱雀に変換する?なんて暴挙だ?もともと二つは同一視されがちだけど、瑞獣と守護獣じゃ随分違う。そもそも霊獣とも神獣とも言える鳳凰を呼び出して……」
他の面々がいたならば、もう、ひきまくっている場面なのだが。
「朱雀にするにしたって、なんで山頂に封印なんだよ?窪地とかじゃないのか?いい加減すぎる!」
「ああ、もううるせえよぉ。」
なんてロデリアに呆れられるのは当然なわけである。
しかしそれでも彼の独白は止まなかった。
おそらくはロデリアと共にメッセージを受けているのであろう。
そして、ついには。
「……やはりそうなのか。もう、人族なんか滅んじゃえよ。」
ゾッとする声が、その彼の口からもれるのである。
この世界では「召喚」という考えは薄い。
我々の世界とは異なり、もともと精霊が実在する世界である。
精霊に話しかける手段さえわかれば普通に呼び出せるのだ(古くは精霊と交感する祈祷師、現在は魔術言語で精霊を使役する魔術師がそれにあたる)。
故に異なる世界から存在を魔術的に「召喚」することも、その力を身に宿す「喚起」も概念として発達しなかったのである。
故に、その「召喚」が行われた数千年前、更に召喚した霊獣を「変換」した約千年前には、その度に多くの生贄を必要とした。
いずれも自分たちの部族、或いは国家の繁栄を願っての行為ではあるが、その犠牲は周辺部族であり、異人たちであり、中には逆らった同族の者すらいた。
鳳凰は、自分の意志とは無関係に行われた蛮行を嫌悪し、人族を軽蔑した。
そして、今この封印が亜人の侵入によって弱まった機会に、ここから脱しようとして……
「亜人の中に、他の亜人やこの地の魔獣すら操る者がいるぅ?」
トロウルの支配種に、その力があるかもしれない。
その可能性は彼がシャズナーに伝えた内容と一致する。
「かつての人族のように、他者を操るその存在を許したくはないってかぁ?」
その存在は、地の中に潜み、人工的につくった巨大な力場で力を増幅しているという。
「地の中は苦手。それで俺様にってかぁ……。」
そんなロデリアに乾いて冷淡な声が届く。
「……でも、そんな必要ないんじゃない?そんなことをする亜人も人族もほっとけば殺し合って互いに滅ぶって。鳳凰様はさっさとここから飛び立った方がいいよ。」
どうやら鳳凰と共感し過ぎているのか?
そうなった場合の自分の家族の安否すら気にせず淡々と言うアンティノウスである。
ロデリアはそんな彼をひっぱたいた。
思わず「そこは軟弱者って言って」などと言いかける彼だが、いつになく真剣な顔のロデリアに飲まれ、黙り込んでしまう。
更に追い打ち。
「いろいろ考えすぎよ、アンティノウス。森の中にはいろんな生き物がいる。その何匹かを見て嫌いだからって、森を焼くの?そんなあなたこそ、人族の業を背負いすぎてる……あなたは早く大人になって。」
それは言葉が持つ叡智に似合わない幼さで、しかし言葉にふさわしい妖精じみた美しい面差しであった。
そしてロデリアは両の耳の耳飾りを外す。
その全身がうっすらと金色に輝いてゆく。
それと共に、その声は神韻を帯びて辺りに響き、巨鳥を鎮めていくのだ。
「鳳凰様。この人族との感応はしばらくやめて。あなたの感情に影響され過ぎたかもしれないの。」
そして、ロデリアは巨鳥と話し続ける。
真っすぐ鳳凰に向ける群青の瞳は、いつもより深い。
そして、いつも覆っていた耳飾りが外れた耳は、その先端がとがっていた。
「ロデリアさん。あれだけ木刀で広域破壊しておいて、僕に森を焼くなって、どの口で言うんだい?」
長時間放置され、朱雀の姿をした鳳凰も穏やかな眠りについた。
二人きりの巣穴である。
文句を言いながらも、アンティノウスはいつもの様子だ。
不服そうだが基本的にどっかユルイのだ。
「最初にそれを聞くの?さすがね……まぁ、あなたらしいけど。ちなみ私が壊した跡は、ちゃんとおつきの樹木の妖精たちが修復してくれてるわ。」
ロデリアには遠巻きに見えない親衛隊がいる、ということらしい。
「スクラップアンドビルド。どっかのゼネコンかよ……でさぁ、落ち着かないからいつもの調子に戻ってよ。」
いつものヤンキーなロデリアでなければ、目の前の美少女相手に緊張してしまう、女性が苦手の彼である。
しかし口調も表情も全く異なる相手であれば、別人疑惑を持ち出さないだけマシなのだ。
経歴詐称は、この際、見逃してもいい。
「私の仲間たちって、ホント変わった人族ばかりね。あんな野蛮なのが落ち着くってみんな言うんだから……これでいいかぁ?で、そんなに落ち着いてるってことは……知ってたろぉ?」
「それそれ。その調子じゃなきゃ、ロデリアさんって気がしないんだ。で、返事は……まぁ、うすうす。」
耳飾りをつけ直したロデリアは、年齢詐称こそないものの、種族は詐称していた。
いや、自分から人族と名乗ったことはないのだが、世界樹に守護された世界の住人で、かなりの不老長寿で美形の森の住人である。
そのくせ、本人は弓も魔術も種族の中では劣等生で、この世界に転移した経緯はホントに不明。
転移早々、黄金の聖竜と先代に勇者指名された挙句、この外見でなめられまくって、ついには真っ赤な衣装とヤンキー口調にたどりついたらしい。
2年前に仲間と別れた時点で、彼は不自然な耳飾りや豊富すぎる植物知識などが気になっていたのだ。
この世界では、既に人族とたもとを分かった森の妖精族と、まったく同種族かどうかはわからない。
幸いかどうか、彼は異種族萌えではないので、まずまず冷静な対応である。
というより、彼なりに仲間に気遣ったのであろう。
これが術式がらみであれば、魔術フェチの彼がガマンできたかは怪しいが。
「……ホントはいろいろ聞きたいんだけど……でも、まずは」
「ああ。おめえはバカだぁ。」
頭が冷えたおかげで、多少はロデリアの言いたいことは理解できる彼。
過去の人族の悪行が現在の人族全てに背負わされていいのか。
その未来を閉ざすことになってもいいのか。
ただ、自分自身が嫌いで許せない彼は、基本的には今生への執着がない。
幼少時より迫害されたことが多い彼は、人族全体への愛情がない。
家族や今の仲間への感謝と愛情は極めて例外で限定的。
だから、意外にあっさりと人生を諦めるし、すぐに人族に絶望するのだ。
これはこの後も完治せず、彼の宿痾と言っていい。
「人族の全てがわかるわけじゃねえけどよぉ、異種族の俺様でもまだ人族に未練があるぜぇ?だから、助けてくれよぉ……チューしてやっからぁ。」
ただし、彼は意外に人がいい。
いや、好意をもった相手に真摯に頼まれれば断りきれないのは、単に非情に徹しきれない、優柔不断な前世の影響かもしれぬ。
少なくても「チュー」が苦手で逃げ回るのは、間違いなく前世から引き継いでいる。
だからロデリアに迫られると
「わかったから!わかりましたから!チューはいりません!ゼッタイいらないから!」
なんて、あっさり変節したのである。
この時は。
「でもさ、ロデリアさん。僕なんか、なんの手助けにもならないよ?」
危うくロデリアの攻勢をしのいだアンティノウスである。
やや息が荒く顔が赤い。
「ん~?そうでもねえだろぉ?」
こちらは例によって羞恥心皆無のヤンキー状態だ。
実際、人族とは羞恥心が異なっている可能性がある。
「四神とかトロウルとかぁ、おめえが一番詳しいんだぁ。」
まず鳳凰とか朱雀がどんなものなのか、わかるのは今の時点で彼だけ。
その存在や現状をロデリアが正確に理解できたのは、イメージの中継として彼がいたからと感じている。
ついで、トロウルである。
彼の戦闘力には期待はしていない。
自分の身を守れればそれで充分である(トロウル相手で実はたいしたことなのだが)。
重要なのは、その生態や言語について最も詳しい者が彼であるということだ。
そして、巣穴にいた聖鳥(この表現が王国ではしっくりくる)の重大なメッセージが、巣穴の外で待機していた仲間にも伝えられた。
「まぁ、これも勇者の宿命ってかぁ?さすがは俺様。見込まれたからにはやってやるぜぇ。」
当代の勇者を見込んで、と言われると……人を見る目があるのかないのか、微妙なところではあるが。
「ええ?聖竜に匹敵するような聖鳥が、わたしたちにトロウルの巣穴を潰してほしい?」
「それは名誉なことだ!これでようやく先代にも顔向けができる!」
「でもよ、貧乏人相手じゃねえんだから、もらうもんはもらわねえとな。」
「そうネ!報酬次第ネ!」
「やれやれ。みんなは動じないし、ぶれないな。ええっと、お願いしたら、羽根をくれるってさ……きっと一本金貨200枚は固いね。それを10枚くらいでどうかな?」
そんなこんなで、仲間の賛成をとりつけ、洞窟を出て、山を下る。
途中いろいろあるが、都合により割愛する(落ちる、またかよ、いい加減にするネ、うるさいぞ、とか)。
次第に近づく地表には、黒い装束をまとった一団が見える。
「あ!あいつはぁ、あの時のバケモノじゃねえかぁ?」
「え、それイヤな予感しかしないんだけど。」
「ん?それ、ロディが言ってた腕利きの剣士ネ?」
「ほお、俺と互角じゃねえかってヤツか……いい男じゃん!」
「うむ、この身に匹敵する強者……なかなかいい体格ではないか?」
「うわぁ、ここの三角関係は危険すぎるわね。痴情のもつれは血しぶきでって……どうしたの、アンティ?」
「ああ……もう一人、懐かしい人が交じっててね。びっくりだよ。」
そこに居たのは、リーチ特務曹長率いる特殊部隊。
その中にはアンティノウスの槍の師匠ヒノモト教官がいたのである。
「おい。」
「…………なんです。」
リーチの目的は、この地に潜むトロウルの支配種の討滅であり、そのために勇者ロデリア一行の協力を求めることである。
アンティは、徹頭徹尾リーチの存在を無視し、彼とは全く口をきかなかった。
仲間たちから見ても大人げないにもほどがあるのだが、ナーデが間にはいってもまったくダメ。
結局、彼をいったん外しての話し合いである。
そしてボッチの彼に近寄り話しかけたのはヒノモト教官なのだ。
「お前の相、気になるな。せっかく生きてやがったのにさえない顔してやがる。」
さすがのアンティも、大恩ある師匠に話しかけられてはシブシブながら答える。
この状況下でなければむしろ自分から話しかけたい相手でもある。
師匠の言う相とはそのことなのであろうか?
「…………師匠は僕がすぐ死ぬって言ってたもんね。ま、偶然この仲間たちに助けられてね。」
初陣の夜、ナーデたちに見つけてもらえなかったら間違いなくその予言は的中したわけだが。
「ふうん。いい女たちじゃねえか。運がいいヤツだ。」
「そこは認めますよ。」
「それなのに、お前の面相、ずいぶんけわしいじゃねえか?」
で、再び面相の話をぶり返す。
もともと一見科学的でない言い回しが多い師匠であったが、その実、その教えと修練のおかげで生きのびた身であれば、それなりに根拠があるのはわかるのだが、それにしても面相とは時代がかるにもほどがある。
いや、師匠はサムライであるから時代設定にふさわしいのかもしれない。
で、いろいろ思いが空転して、出た答えは平凡の極致。
「……そうですか?」
芸のないこと夥しいのだが、実際、周りの仲間たちも、彼の表情なんて気にしていない。
元の隊長がいて不愉快なんだろうくらいの理解だ。
ヒノモト教官ことロクロー・ヒノモトにだけ感じるものがあるらしい。
アンティノウスを同族と遇するだけあって、黒い髪に暗褐色の瞳は、彼の親類に見えなくもない。
「師匠はなんでここにいるんです?」
「これも軍役さ。お上のお声がかりじゃあ、しかたないさ。なんでもいいから腕のたつのって集められたんだ。」
実際にはもう少々複雑な事情があるのだが、教官は語らない。
「南方軍は出撃可能なほぼ全軍を、この地に展開した。その最終目標は、先の勇者殿の活躍で空いた亜人どもの穴を突破口に、アキシカ南部域を完全に回復し、亜人どもをこの地から追い出すことだ。」
「ええ?そんなに早く動員できたんですか?」
リーチの言葉にナーデが驚くのは当然で、あれからわずか数日なのだ。
作戦立案が素早いこともさることながら、これほどの大規模動員をこの短時間でなすということは、軍の臨戦態勢と指示連絡体制が高いレベルで確立していた証拠であろう。
「大佐殿の功績だ。この2年で南方軍のありようを大きく変えてくださったのだ。」
魔術による遠距離通信に加え、ワシやハトを調教しての中短通信網の完成、大小の商会を利用しての輸送・流通網の整備、軍内の指揮官・参謀の教育と人事権の占有。
多くの反対を総司令官の信任の名の元で押しつぶして成し遂げた成果である。
これが偉業か暴挙かは、まだわからないが軍として効率化が進んだことは間違いない。
「この作戦が成功すれば、アキシカから亜人がいなくなるということか。」
「もう、戦争が終わるネ?」
「この地に土着化した亜人どもとの戦いは続くんじゃねえか?でも、でっけえ戦はおしめえさ。」
そんな一同にリーチは最後の依頼をする。
「ただし、この作戦には、いまだ不確定要素が高い。そこで……」
「アンティ、あの人たち、もう行ったから。」
リーチたち一行との話が終わり、ナーデは内容の説明をしてくれる。
こういう気づかいはさすがはナーデさんなのである。
彼は、それに無言で応じる。
「……ん?おめえ、大丈夫かぁ?」
「え?全然平気ですけど?」
「勇者殿、ことは急ぐ。アンティ、貴公もだ。イヤな相手でも話くらいは聞くべきであろう。」
「ナーシアは相変わらず固いネ!」
「まったくだ……ま、でも急ぐなら話をつづけるぞ。アンティ、お前が道案内だ。」
「そうよ、アンティ。わたしたち、軍の支援を受けて、トロウルの支配種を倒しに行くの。」
勇者一行とリーチ率いる特殊部隊での共同作戦。
一種の斬首作戦であろう。
それがシャズナーが打った一手である。
「その場所は、あなたが見つけられるだろうって、あの隊長さんも、もちろんわたしたちも期待してるわ。」
期待されている。
彼にとって希有の経験である。
なのに、なぜか面白くない。
しかし、もともと自分が予想していた地域は近く、それなりに目算もある。
「その、支配種とやらをやっつければ、魔獣が妙に暴れることもねえし、亜人同士がなかよく戦うこともねえんだろぉ?鳳凰様にも頼まれてるし、なぁ。」
「そうなんだ……このアキシカの戦いもようやく終わるかもしれない……ッネ!」
そのフィネの声は、本人の意図とは別に、その本心を伝えてしまう。
王国と亜人の戦いが始まって、既に80年以上経つ。
その歪みは彼の眼にも随分大きく感じられる。
戦いによって一度はすべてを奪われた彼女のように。
「そっか……そうなりゃ、俺も失業か?」
女蛮族のジューネは、故郷を出て、亜人から人々を守る冒険者になった。
「なるほど。それは失念していた。ならば、次は北方で迷宮探検なのか?」
騎士の出のナーシアは、家を捨て、己の生き方を貫く場所を探していた。
「まだ早いわよ、みんな。でも、そうなったらいいわね。みんなで北に行こうね。」
そしてナーデは、自分の村を守るために、自分を鍛え冒険者を目指して、村を出た。
しかし、実は彼女の村はもう存在しない。
それでも、このアキシカの地で戦い、守ることをやめなかった。
「その時は……アンティ、あなたも来ない?」
優しく微笑むナーデ。
その笑顔を見ながら「軍の兵士なんかもうまっぴらだけど……みんなと一緒に冒険者になれるんなら、僕の二度目の人生もそんなに悪くないかもしれない」なんて考えてしまう。
この時、彼の脳内には、世界の謎に挑みつつ、分厚い書物で敵を殴り倒す「けんじゃ」になった自分の姿が浮かんでいた。
この時ばかりは胸の奥の屈託を忘れられた。
そして
「はい!母さんの……両親の許可をもらったら、必ず!」
なんて返事をして「あら、お母さん?」「いい歳して、許可?」「マザコンネ!」「早く自立するがよい!」と仲間からからかわれてしまう訳なのだが。
そんな仲間たちを見るロデリアの目も今は優しい。
広げた地図には、いくつか彼にしかわからない符丁がある。
それでもリーチたちには絶対見せない。
何カ所かには、トロウルの巣穴の可能性が高い地点が記されている。
幸い、2年前と4年前、通った地点でもあり土地勘もある。
こういう点はマメである。
更には、山頂の大岩で休んだ時も、辺りの地形は確認済み。
マッパーとしては、熟練狩人の二人も舌を巻く、最優秀といっていい彼なのだ。
ちなみにナーシアは重度の方向音痴で地図が全く読めない。
「4年前の巣穴は森林近くの洞窟が入り口だった。なら、単純な穴じゃなくて、丘や山に近い森林内にある可能性が高い。で、候補地の中でも、一番怪しいのが……ここさ。」
それは、かつてのアルグラデ山塞の麓である。
そこに山塞の隠し通路があった。
「トロウルはそれを利用して掘り進んだって思う。だから僕たちは、それを利用する。」
というわけで、外伝もあと二話で完結。その後本編に戻る予定です。




