外伝 その11「なんでだ!この世界の瑞獣が、異世界から来た亜人に味方するのか!?同じ世界の住人、人族を滅ぼすというのか!?」
その11「なんでだ!この世界の瑞獣が、異世界から来た亜人に味方するのか!?同じ世界の住人、人族を滅ぼすというのか!?」
ブオ~ン、ブオ~ン……ブオ~ン、ブオ~ン……ブオ~ン、ブオ~ン……
「拡声」術式が付与された角笛の音が、晴天の下、戦場に響き渡る。
「一回、あけて一回……1の1だな。」
1の1。
別に、どっかの学級ではない。
角笛の一回目は、部隊への、二回目は作戦の指示である。
変事があれば伝令がうごくが、基本的に大まかな動きは「拡声」が呪符された角笛で指示される。
1の1は、全軍、その場にて戦闘開始の合図だ。
遠くにはバルボア市の高い城壁が見える。
右手には大河グラデ川が見える。
そして目の前にはオークの大軍だ。
亜人の中では唯一軍旗を持つオーク軍は、故にその数を把握しやすい。
その中央やや後方にはひときわ大きな将軍旗は、オークのジェネラル種が率いる証の、鈍色に、血にまみれた兜の図案だ。
人族であれば悪趣味、と思う。
「ざっと、四個師団くらい。4万ってとこかな。」
「味方は1万6000人弱でしたか。2.5倍ですね。隊長殿。」
部下の少年が、似合わない敬語で話しかける。
リーチはその横顔に目を向けた。
「……アント、少し背が伸びたか?」
「まさか?今さら伸びないと思いますよ。もう18だし。」
少年は少しやせたようだ。
あの集落を去って、この数日、夜もテントには入らず星ばかり見ていた。
そのせいかもしれぬ。
しかも、兜もかぶっていないので、やせた頬が目立つ。
とは言え、数え年の18歳は、前世の満年齢では17歳、誕生日によっては未だ16歳の可能性がある。
伸びることは充分ありうるのだが。
「……で、お前、装備は?」
「え?あんな重いもの、僕には無理ですよ。羽ペンより重いものなんか持ちたくもないし。書物だって置いたまま読んでますよ。」
ちなみにこの時代の書物は重い。
一般的に使われる羊皮紙は厚く、装丁の表紙には特に厚い紙か、木板を使う。
某FFⅢで「けんじゃ」が書物で敵をぶん殴って攻撃するイメージで、ほぼ間違いない。
りっぱに凶器になる。
もっとも、貴重な書物をそんなことに使う非常識な「賢者」は、幸いこの世界にはいない。
この少年にして、ナーデからもらった「マガジン(倉庫)」に収納している以外、持ち歩くような暴挙はしないくらいだ。
それにしても、最前線の致死率NO1、槍兵分隊にいながら、兜はおろか円盾も小剣も装備せず、文字通り槍一本とは、命知らず、と思われても仕方ないのだが。
「……まぁ、好きにするさ。」
その小柄な身では、重い装備はかえって負担になるのだろう、とリーチは納得する。
だいたいその槍兵分隊長自らが槍すらもたない身であれば、人のことは言えないのである。
昨夜、目標地点に到着した東部派遣軍は、工兵隊の指揮の元、総出で陣を構えた。
数人の魔術士が「土形成」や「素材強化」で空堀と土塁をつくり、他の者は人力でその見本を真似してつくるのである。
ところどころ指揮する工兵に直されたりはしたが、まずは立派な陣が完成した。
野戦築城は人族の得意技である。
敵の正面には、第二師団三個歩兵連隊が対峙している(ちなみに王国軍の歩兵連隊は各3000人プラス連隊司令部)。
少年たちが所属するゼルベードルン戦闘団は予備戦力である。
新兵が多いので足手まとい、後衛にまわされたと見えなくもないが、決戦においては予備戦力こそが勝敗の要。
ここぞのタイミングで投入される攻撃の切り札である。
一個歩兵連隊を基幹とした部隊は少数ながら、希少な騎士団に騎兵隊、加えて特務大隊(魔法兵配備)まで配属されている。
それゆえ、その突破力が大いに期待されているのだ。
戦いは、バルボア市を包囲するオーク軍の後ろを突く人族、という形である。
頑強な城塞都市で大軍を引き付け、長期攻囲で疲弊した亜人の群れを急襲する。
人族にとっては、必勝の状況と言える。
しかも、もともとは湖沼が多く湿地であったが、現在は地面が乾燥し、人も騎馬も移動が容易だ。
オークとともに市を包囲していたはずのリザードマンや半魚人の姿もない。
「都合が良すぎる」「罠ではないのか」という意見もなくはなかったが、偵察しても異常はない。
むしろ軍司令部は、この機とばかり、迷わず攻勢に出たのである。
会戦の序盤は矢合わせから始まる。
バルボア市城外会戦と呼ばれる予定だったこの戦いも、その終末とは裏腹に、実に定石通り始まった。
敵味方数千本の矢が晴天の空を飛び交っていく。
ゴブリンやオークと比べれば、体格に勝る上に、ヒト種のなかでは視力に優れた人族である。
やや高い土塁上より、2m以上の長弓を放って、オーク兵を戦闘不能に追いやっていく。
最大射程は250mほどではあるが、現在は、有効射程のギリギリ、100mほどまで引きつけている。
一般的な魔法の有効範囲とほぼ同じだが、魔法兵は参戦していない。
所属する特務大隊が、この場にいないのだ。
それでも、長弓兵を主力とする長距離戦では常に敵を圧倒する。
オーク軍の粗悪な弓や下手な射手では、射程でも命中力でも威力でも敵わず、大半は手前の空堀に落ちるだけ。
届いたところで土塁や盾兵の大盾に防がれる。
前線のオークの指揮官種(チーフ種)は、現状不利と見るや、早々に接敵し、白兵戦に持ち込もうとする。
オーク軍の前衛である5つの軍団旗が前後に振られ、それにやや遅れて大隊旗も同調する。
大隊は横陣のまま、前方に押し寄せようと動き始める。
猪のような頭のオ-クが群れを成し、味方の屍を踏み越えて進むのだ。
ブオ~ブオ~ブオ~ブオ~ブオ~ン、ブオ~ブオ~ン……
ブオ~ブオ~ブオ~ブオ~ブオ~ン、ブオ~ブオ~ン……
ブオ~ブオ~ブオ~ブオ~ブオ~ン、ブオ~ブオ~ン……
オークの前衛部隊が犠牲を出しながらも前進を続ける中、再び角笛が響き渡った。
「5の2!」
もちろん五年二組ではない。
最初の音が1つなら全軍へ、2つ以上なら各連隊への指示。
5つの音は4番目の連隊、すなわちゼルベードルン戦闘団への指示である。
そして、二番目の音。1つならその場で防戦、2つは進軍せよ、だ。
ちなみに3つは退却であり、戦場で聞く時は負け戦、聞きたくもない。
ここで、ゼルベードルン中佐は、味方の陣を迂回して、攻めあがったオーク軍を横撃することにした。
打ち合わせ通りで、まず順当な作戦であろう。
そして、その先鋒は、リンデルヘーグ騎士団だ。
わずか20人の正騎士と60名の従士で構成された騎士団だが、幼少時より鍛えられた精鋭中の精鋭であることに変りはなく、貴族の子弟が多いとは言え、惰弱な者はない。
一言で言えば「レベル」が違う。
「我が騎士団旗を掲げよ!」
水色の髪と青い目の、レドガウルス王子が声を挙げれば、青地に金の城塔という団旗がひときわ高く翻る。
屈強な旗騎士が「高潔なる騎士の戦いに加護あれ!」と、思念を込めて旗を振る。
すると、旗は白銀色に薄く輝き、騎士団を照らし始める。
王国が誇る集団スキルである。
呪符された法術は、旗が掲げられている限り、その麾下の騎士の士気を高めるばかりか、気力体力を回復させ続けるのだ。
小さなケガや捻挫程度なら、数分で治ってしまうレベルだ。
骨折なら、さすがに数時間はかかるであろうが。
「皆の者、よいか。この戦、我が父がアキシカを治めるために必ず我らが第一功を立てるぞ。」
「おお~っ!」
レドガウルス王子は、次期アキシカ州を治める者の息子である。
そのせいか、やや戦闘団の指揮を軽視する傾向がある。
父の期待に応えるべく、大いに逸っているのだろう。
「……公私混同だろ、それって。」
ボカッ。
そして騎士団を護衛する特務中隊である。
少年がぼやけば、王族に忠誠厚いリーチは迷わず拳骨をかます。
これはこれで、ボケと突っ込みが成立しているのかもしれぬ。
「いいか、みんな。騎士団に後れを取るなよ。」
「お~っ!」
「ええ?まさかあれを追いかけるの!?」
もちろんである。
護衛は側にいてこその護衛なのだから、それが例え馬であれ鳥であれ、追いかけるのが護衛任務の第一歩であろう。
魚ならばどうするか、までは責任とれないが。
「人馬一体!」
正騎士20人が馬上で騎槍を掲げ、一斉に騎士スキルを発動する。
単体の重量が一トン以上と、大柄なくせにひときわ従順な戦馬だが、このスキルでまさに騎士の思い通りに動いてくれる。
これで右手に騎槍、左手に騎乗盾で手放し乗馬が余裕でできる。
もちろんスキル発動など、心が通っていれば不要かもしれないが、念には念を、だ。
そして
「行くぞ、者ども……『突進』!」
再び一斉にスキル発動だ。
突進。
光膜につつまれながら高速で直進し敵をけ散らすスキルである。
20騎が横並びのまま、直進する。
本来初速が重い重馬であるが、スキルのためか、加速が早い。
銀の風圧をまとって守りも固く、もちろん騎槍の切っ先は、淡く輝いている。
人を乗せた馬の最高速度は、一般的なサラブレッド種で時速70km以上、アメリカンクォーターホース種の瞬間最高速度記録は時速90km以上と言われるが、それは巡航速度ではない。
数百mから数km走る競馬では、距離によるが時速50km~70km程度と言われる(ちなみにあのディープインパクトは65kmというデータがあるそうです)。
しかしそれは舗装された競技場で、しかも常に体重コントロールをしている騎手が乗ってのこと。
戦場で重馬種、しかも人馬ともに重装備の戦馬は、おそらく時速40kmくらいと思われる。
しかし「突進」スキルや「疾走」術式で補えば、60km前後で、なにより一トン超。
重量税で例えれば立派な貨物自動車である。
まさに暴走トラック。
しかも、高い位置で槍をかまえ突進するその姿はパナイ威圧感、見ようによってはダンプ以上に怖い。
騎士の周囲には銀の被膜で覆われたように見え、オーク兵はその巨大な銀塊たちが猛烈な勢いで押し寄せるのに驚き、隊列を乱して逃げ惑う。
逃げ遅れれば騎槍に砕かれ馬脚に蹴られ馬蹄に踏まれ、オーク兵は原型のない元死体となる。
まぁ、肉の塊とか肉の破片とかだ。
砂ぼこりを巻きあげて疾走する銀弾の騎士、それが20騎横並びで、その場を鳥の視点でみれば、20本の白銀の矢が黒い群雲をつらぬいて駆逐する様に見えるだろう。
あっという間にオーク軍の戦列を蹂躙、大穴を開けた。
「まるで、あれじゃ、水滸伝の、連環馬だ。いや、マップ兵器、かな。」
走りながら、息も切れ切れに、誰もわからないことをつぶやく少年に、相手する余裕のある兵は一人もいないが。
騎士団の「突進」は1分ほどの効果時間だが、その時速を60kmとすればざっと1kmもの空間が騎士団の後ろにできる。
いや、戦馬は初速こそ遅いが一度加速がつけば意外と速い。
最高速度はもっとあったのだろう。
オーク軍の横っ腹を1200m以上は突破し、大穴をあけた。
仮に一騎ごとの間隔を3m前後とすれば、レドガウルス王子率いるリンデルヘーグ騎士団は、60m×1200mほどの領域を1分間かけて完全に蹂躙したのである。
まさにマップ兵器のごとく、その領域には生者はいないし、死体も残っていない。
あるのは肉塊と血泥と破片だけだ。
そして、20騎の騎士の開けた穴に、60騎の従士が続き、戦果を拡大していく。
従士とは言え、一見、正騎士と変わらない。
ただ、騎士スキルが劣る上に、装備品が劣る。
正騎士のヨロイは家に代々伝わる一品で、「軽量化」「冷却」「疲労回復」「防御」「素材強化」などなどの術式が呪符されたものが多いのだが、さすがに従士では普通に頑丈な金属ヨロイ(フルプレートアーマー)だ。
それでもその突進力は、騎士の攻撃に怯えた周囲のオークを蹴散らし、混乱させて、穴を広げていく。
一方、その後に続いて突入した騎兵隊は、騎士団とは明らかに違う。
王国の騎兵は、基本的に軽騎兵、特に弓騎兵なのだ。
もちろん胸甲や長剣も装備はしているが、騎兵突撃は最後の手段で、通常は短弓での騎射が攻撃手段だ(白兵が最後の手段とは、どっかの秘密部隊とは逆であるが、これが当り前であろう。どうせ月もない世界だし)。
騎士団が開けた穴に突入し、こちらは縦列で軽快に走り抜け、矢を射まくる。
オーク兵は革ヨロイのみの軽装だが、もともとの皮が厚く、短弓では近距離か、頭に当たらなければ致命傷にはなりにくい。
それでもこの混乱を広げるにはかなり有効であった。
「あれ、隊長殿、あいつら、引き返して、来たよ!?」
一度は左から少年らを追い越した騎兵隊は、途中で時計回りにターンをし、再び縦列での騎射をしながら戻っていく。
走りながら、今度は右ですれ違いになった少年が首をかしげているのだ。
「騎兵の馬じゃ、オークに接敵されたら怯えちまうよ。動けなくなっちまう。だから一定の距離は保つんだ。で、タイミングを見て引き返す、でまた攻める。その繰り返しだ。」
こちらは走りながらでも息一つ乱さないリーチである。
彼が言うには、乗り手に騎士のようなスキルや長年注いだ愛情でもなければ、臆病な馬は亜人が怖くて、固まるか逃げてしまうらしい。
いくら人に従順といっても限度があるのだ。
そして、武装も騎士とは違う。
「へ~、だから、戦況を、見て、要領よく、戦ってる、わけか。」
「ああ。王国では騎士は剛直に、騎兵は柔軟に戦え、と言われている。」
しかし、戦場で馬を追いかけるのはなかなかきつい。
せめてもの慰めは、目標が大きくて、かつ視線を遮るものがないってことくらいだろう。
足元は肉塊やら血泥やらでひどいことになっている。
思わず何かに躓きそうな、「特二」こと特務第二中隊約200人だ。
「おい、ちゃんと足元を見ろ、つまずいて怪我しても置いてくしかないんだからな。」
「うえっ、足元なんか見たくもないよ。」
少年がそう言うのも当然の惨状なのだ。
しかし、兜なし盾なし小剣なしの超軽装の身とは言え、中隊について行っているのは、それなりに体力がついてきたのであろう。
「あ?」
どて……と、作者が言ってるそばから転んで遅れる少年である。
まったく、フォローのし甲斐もない。
あいた馬蹄跡の穴に踏み込んで転んだが、幸い辺りは乾いた地面だ。
おかげで泥もかぶらない。
ち、残念なことだ。
「いてて。」
「こんなところで転ぶヤツがあるか!?アント、急げ、騎士団が孤立しているぞ。」
「……騎兵みたいに不利ならさっさと引き上げてくれればいいのに……って、そう言えば、なんでこの辺り泥もないんだ……?」
「何言ってるんだ?急げ!」
が、隊長のリーチがせかしても、少年は、そのまま地面に座り込み、馬蹄の後を調べ始めるのだ。
仲間も呆れたか、いい休息と思ったのか。分隊一行が集まりした。
「地面の表面は乾いてたから気づかなかったけど、中はけっこう湿って、やはりもとは湿地だよな……この辺りってグラデ川の近くでもっと湿地ばかりかと思ってたけどなぁ?」
考えだすと、モヤモヤしたものが胸の奥に漂い始める。
「特に干ばつってわけじゃなかったし……まさか!?……まぁ、ないな、そりゃ。」
「アント!置いていくぞ!全員、急げ!」
「はい!」
「はいはい、急ぎます、すみません、隊長殿。」
平時は穏和なリーチだが、非常には非情にもなる隊長である。
正しい意味でキレル。
これ以上遅れればよく戦場に一人置いて行かれ、最悪ここで斬られるかもしれない。
ようやくだが、そのことに思い当ったのは少年にしては上出来である。
どうせ、この場で何に気づいたところで、今更彼にはどうにもできないのだから。
数週間前に自分で書きとめた内容を思い出しても。
「まだ仮説なんだけど、僕は、この世界は術式による認識で形づくられている、と考えている。認識を具象化して世界を形作るのが、おそらく、マナ……現象魔力とも言われるものの存在だ。例えば僕の前世じゃ、気候とかは緯度ごとにだいたい決まってて、それに地形とか、気圧差による風とかが影響していた。でも、この世界じゃ、マナの発生量とその濃淡が重要で、例えばマナが多く存在する場所には精霊が多く集まり、その精霊の性質で気候や自然現象が影響されると言われている。火精が多く集まれば暑くなるし、風精がよく飛べば強い風が吹く……らしい。ま、どの精霊が、実際にどんな土地に集まるのかは、正直よくわからない。でも結果としては、僕の知ってる世界の気候とそれほど大きくは離れていない気がする。
ところが、だ。
精霊王や上位精霊たちは単体で気候を左右し、時に自然現象を起こすことができるという。また、怪獣や大魔獣クラスが動き出すと、実際に局地的な気象災害が起こることがある。
実際、十年かそこらに一度ヘクストスを襲撃する邪竜どもは、その都度周辺の気候ばかりか地形にすら影響を及ぼす。ただ、アレは実在する神話級の怪獣というより神話の主役、神に近い。そして、この世界では異物のはず。
一方、この世界の伝説級の大魔獣、『河竜』や『山虎』など、その多くは、人族に瑞獣としてあがめられているせいか、大人しくしている。だけど、ひとたび暴れだすと、洪水や山崩れなどが起きるんだ。その枚挙にはいとまがない。
どちらにしても、暴れられたら大迷惑ってことに変りはないんだけど、それでも、『河竜』や『山虎』たちはまだ人族と共存していると言えるから、要はちゃんと大事にしようってこと。
気になることがある。ナーデさんが言っていた。『近年のアキシカでは、災害が多いのよ』って。ならば、亜人との戦いで人心が乱れ、人々も瑞獣をあがめる余裕がなくなっているのだろうか?フィネネさんは『あがめたって一文の得にもならないネ』なんて言ってたし、ナーシアさんは『迷信だ』で一刀両断だけど、ジューネさんは『俺の部族は獅子妃をあがめてるぜ』なんて意外にも信心深いんだよな。」
第11師団としての編成前に、急遽編制された戦闘団の出陣。
訓練不足、連携未熟に加えて、王立騎士団の配属など、ゼンベードルン中佐にとって、指揮権の混乱は大きな課題だったと言える。
もちろんその対処として、騎士団はじめ各部隊指揮官とは充分に打ち合わせ、戦況を把握し指示を伝える手段も準備している。
「ただいま戻って参りました。」
灰色のローブの肩にワシを乗せた男が、中佐の前にやってきた。
右手に魔術宝杖を持っている。
魔術士だ。
戦闘団司令部には、各参謀に加え、参軍魔術士として参謀府より中級魔術士が送られている。
ちなみに軍が保有する魔術士の階位は上級までである。
上級魔術士は希少で貴重、加えて概ね高齢であることを考慮し、前線に送られることはまずなく、おもに後方で教官として次代の育成に努めている。
更に上の階位である超級や秘級の魔術師は軍には属さず、国王の許可なく戦争に関わることもない(一応、魔術師は民間人、魔術士は公人という扱い)。
「司令、リンデルヘーグ騎士団は、敵左翼を横撃し、その分断に成功。しかしながら、その場を動かず。現在護衛の特務中隊とともに防戦中です。」
参軍魔術士の役割は、作戦ではなく魔術による補佐であり、主に偵察・索敵である(もちろん時には直接攻撃術式も行使する)。
王国参謀府で情報参謀が軽視されがちな一因には、術式をつかった偵察が便利すぎることがあるかもしれない(もっとも、いくら偵察機が優秀でも情報収集の方針が未熟ならば、どっかの連合艦隊の二の舞になるだけなのだが)。
この参軍魔術士は、先ほどまで使役するワシに術式で「憑依」し、上空から偵察を行っていたのだ。
飼いならした動物に対しては、術式による交感や支配は容易になると言われている。
このワシも魔術士が軍用に飼っているものである。
我々の世界でも、乗用馬や番犬に始まり、戦象に伝書鳩や火牛、近現代でもアメリカ軍の軍用イルカ(海中の偵察・運搬・輸送・水中銃での攻撃や爆弾の設置が可能)や旧ソビエト軍の戦車犬(敵戦車の下で自爆)、フランス軍の空挺犬(空挺降下し、捜索・警戒を実行)など動物兵器の利用は多数に上る(さすがに今後はドローンに変わると思うのだが、どうであろう?)
この世界では術式を介在することで、動物兵器の一層の利用が図られているらしい。
それでも動物とは言え、嫌がる相手を強制的に支配するのは、抵抗されてしまい面倒で、術式も精神系は難度が高く、飼いならした動物と交感するのが一般的である。
強制支配はリスクがあるのだ。
ひどい時は「支配」が解けた後、逆襲される。
それ故、飼いならした鳥に、術式で人の意識をはりつけ、上空から俯瞰できるというのは実に貴重である。
上級魔術で「飛行」では、あまりに怪し過ぎるし、そもそも上級魔術師がいるなら、そのまま広域攻撃術式を使えば、下手な作戦より効果的であろう。
もっとも本人もそれなりに危険ではある。
加えて、「飛行」は魔力消費が大きいし、高いところを飛ぶことが怖いという者や、恥ずかしいという者もいて、不人気術式と言える。
本題に戻る。
ゼンベードルン戦闘団司令部では、参軍魔術士の偵察結果を聞き、困惑中だ。
「なぜだ、敵を一撃した後、騎士団は戦場にとどまらず、一旦離脱して、休息後再度突撃すればいいであろうに?」
騎士スキルの「突進」が大技であり、その集団運用は上級魔術士の攻撃術式に相当する威力がある。
その分消耗が激しく、休息が必要なのはわかっていた。
しばらくは通常の突撃もムリであろう。
しかし、敵陣にとどまって休息するとは、司令部では考えていなかったのだ。
普通に空けた穴から離脱すると思っていた。
もちろん、その都度穴は埋まり、やり直しにはなるが、数回の反復攻撃を行うことで、敵は損耗し、何より騎士団旗が近寄るだけで逃げ出すだろう。
そこで総攻撃、これが確実だ。
「現地点から再度『突進』を行えば、あとわずか一回で敵司令旗にたどり着ける……そういう位置ではあります。騎士の誇りか、戦功を焦ったか。いずれにしても若さゆえの……でしょう。『憑依』状態で伝書は落としましたが、小官はあくまで参軍、命令権はありません。必要ならば正規の伝令を送って司令が指示するべきでしょう。」
前もってワシには数種類の伝書をつけてある。
しかし、それは指令書ではない。
「司令、小官も参軍殿の進言を支持します。あのままでは、騎士団は防戦により無用に消耗、次の突撃の効果が減衰、最悪、部隊として戦力が大きく低下することもありえます。そうなれば反復攻撃も難しくなると推測されるのであります。」
同席していた作戦参謀も、魔術師の騎士団への一時離脱命令に同意した。
しかし、ゼンベードルン司令には一抹の遠慮があった。
相手は王子。
順調にいけばこのアキシカを領する次期大公の息子なのだ。
自分の命令を、どう思うか……軍人、とくに指揮官としては考えてはいけないことに、考えを巡らせてしまった。
かと言って結果として何もせずに見殺しとなったら最悪だ。
「……このまま、本隊が突入をするのは?」
だから、参謀に諮問したのは、強気に見えて、実はその反対なのである。
政治的配慮を軍事的決断に見せかけただけなのだ。
「……未だ、敵軍の多くは戦闘継続中です。本隊の即時突入は危険です。」
最初から、騎士団突入後、即、戦闘団が続くという作戦ならば、まだよかった。
その機を逃せば、本隊のみの所詮は一個連隊3000人。
連携不足であるし、信頼関係の醸成が足りなかったとか、純軍事以外の目的を持った部隊編成が裏目に出たとも言える。
「所詮は編成を急いだ速成部隊」……一部で言われことが、露呈する。
「では軍司令部に援軍を……。」
「司令!それでは我が戦闘団の存在意義が薄れてしまいます!我らが他兵科混合として編成されたのは、どのような状況にも対応できるからであります!」
敵に勝つ、ということが軍隊の存在理由なのだが、実際には様々な付帯条件がつく。
階級社会で官僚社会でもあれば、己の戦功を大きく見せることが、重要になるのだ。
時には味方全体の勝利を危うくするかもしれないとしても、その自覚は次第に小さくなり、理論武装の前に沈黙していく。
「ならば、どう対応する?」
「はっ!連隊の前進は行います。ただし弓兵による支援にとどめ、槍兵と盾兵は威圧・牽制。同時に敵陣内には、現在活動中の騎兵大隊に加え、特務大隊と傭兵を救援に向かわせます。」
つまりは手持ちの諸兵科を総動員して援護に徹するのである。
決め手に欠けるが、無難だ。
しかし、時間稼ぎに成功すれば、騎士団が回復し再び「突進」する。
その時こそ戦闘団全軍が突入し、敵中核を粉砕するであろう。
そうすれば、オーク軍は崩壊し、戦功第一はゼンベードルン戦闘団となるのだ。
「わかった。では、特務大隊および傭兵隊に伝令を向かわせろ!」
何度目かの敵兵の撃退。
まったく、半ば無秩序に騎士団への襲撃を続けるオーク兵を何体突き伏せたやら。
少年は槍を振って血を払う。
実は柄にもなくオークへの敵意がむき出しで、攻めに出ては危ない目に遭って、多少の傷を負っている。
師匠に見られたら、殺されそうな目(修行のやり直し)に合うであろう。
「この前の集落の一件が悪く影響してるな。」
その都度彼を救ったのはリーチである。
彼は槍兵隊の分隊長でありながら、長剣を振るい、多数の敵を切り伏せる。
スキルこそ見せないが、その腕前は達人級、2m近い長身に加えその手の長剣はロングソードというよりバスタードソードである。
非正規武装だが、それが振るわれるたびになぎ倒されるオーク兵をみれば、文句を言えるヤツはいない。
おそらく彼一人でオーク兵100人は軽い。
これはこれで、一種の人間兵器、バケモノである。
「隊長殿……。ええと……。」
「なんだ、珍しいな。お前が口ごもるなんて。天変地異の前触れか?」
そう言いながらも、もう一列分、横なぎに切りはらう。
軽く数体は胴斬だ。
そして振り向く。
が、自分の後ろは少年が位置していた。
背中を守っているつもりらしい。
ふとリーチの口元が微かに緩む。
「僕だって、時を場合と立場はわきまえてますよ。」
大嘘である。
あるいは無自覚かもしれないが、好んで「万年二等兵」を名乗る男が何を言うか、である。
もちろんリーチも、そういう目で少年を見る。
「……ええと、だからね。小隊長に具申したいんだけど……どうもグラデ川の水量が少ない気がするんだよ。アキシカ一の大河で、特に乾季じゃないはずなのに……ホラ、あのへん、河岸が乾いてる。だから、土地に詳しい人に聞くか、上流に偵察に……。」
言いながらも、さすがに自分が口を出すことではないとわかってはいるらしい。
「何を心配してるかわからんが……自分で言いに行け。ただし、敵が下がった今だけだ。2分で戻ってこい。」
しかし、リーチは意外にも許可を出した。
自分で言え、という条件付きだが、これはリーチ自身が口数が少ないので面倒だったのであろう。
「え!いいの?」
「仮にもお前の経歴が本当なら……なんかの取柄があるんだろう?」
仮にも勇者の従者、である。
1年以上特殊任務に就いていた経歴を、リーチは完全に把握している。
その割には槍の腕前は今一つ(リーチからすれば)だが、妙に博識な上、観察力はあると認めている……実は彼も、原因不明のイヤな予感がしているのだ。
「……ありがとう!行って来ます!」
逸って走りだす少年の背中を不思議な生物のように見つめながらも、どうせ無駄だろうが、とは思うリーチだった。
そして、オークの死体を量産する作業を再開した。
特務第2中隊所属第6小隊の小隊長は、30近い少尉である。
通常、少尉への任官は士官学校卒業と同時に行われるので、10年近く遅い。
つまりは珍しい兵卒上がりのたたき上げなのだ。
こういう人物がいるだけでも「特にぃろく」はいわくありげなのだが。
「……万年二等兵が何の用かと思えば……阿呆!兵卒は目の前の敵を殺してればいいのだ!とっとと持ち場に戻れ!」
それでも、問題兵士に意味不明の具申を受ければ、実戦豊富で防戦中の身としては、きわめて当然の反応であろう。
具申を許可した分隊長の方が悪い。
「でもさぁ、小隊長。何かあってからじゃ、遅いんだよ。僕の考えすぎならそれでいいけど、万が一のことを考えてよ。何なら僕が戦線離脱して偵察に行こうか?」
「……お前、敵前逃亡で、今、死にたいか?」
「はい、いいえ、小隊長殿!アント万年二等兵は騎士団の護衛に戻り、オークを撃退しまぁっす!」
別に小隊長が悪いわけではない。
防戦中の最前線でこんな具申を聞くヤツはいない。
少年にしても珍しく諦めが早かった。
しかし、小隊長はこの一件を長く悔やむことになる。
そして、この戦いの後、著しく精彩を欠き失態を重ねてしまう羽目になるのだが、それは別の話である。
レドガウルス王子は、騎槍でオーク兵を薙ぎ払っている。
とはいえ、動かない重馬の上では、動きが制限される上、先ほどのような無敵状態ではない。
「殿下!従士テルギエルが!」
「殿下ではない、騎士長と呼べ!」
戦場では身分ではなく役職で呼べ、と言いたいらしいが、それこそそんな場合ではない。
リンデルヘーグ騎士団総勢80騎、一度止まった重馬は、再び走りだすまで助走が必要で、それゆえに一時離脱するのが定石であるが、なまじ最初の「突進」が決まり過ぎた。
オークを蹴散らし、蹂躙し、その戦果に酔ってしまった。
初陣でもある。
過信してしまったのだろう。
そして、どれほど戦果を出した部隊でも、その条件が変わればすぐに立場を逆転されることを知らなかった。
所詮、戦いはジャンケン・ゲーム。
チョキには無敗を誇っても、パーには勝てない。
動かない騎士は、ただの大きな的なのだ。
長大な騎槍も戦馬の馬蹄も囲まれてしまえば焼け石に水で、しかも敵は数と戦意だけはである。
いや、オーク兵であるから戦意よりは食欲かもしれないが、この場合、そちらの方が恐ろしい。
とは言え王子も無策でこの場にいるわけでもない。
動けない騎士の周りを、余力がある従士たちが「風車陣」という周回防御を行っている。
周回と言っても「車懸かり(カラコール)」のように、ピストル騎兵が敵陣に馬上射撃をした後、半回転し交代するのではない。
その中央の味方を守るために、従士は20騎ごとに横列で周回し、近づく敵を粉砕する。
それが間隔をあけての3列。
上空から見れば、3枚の羽を持った風車に見えなくもない。
世が世ならば三枚刃ミキサーなどと言うかもしれぬ。
これが、リンデルヘーグ騎士団が編み出した新機軸の防御陣である。
しかし、3列とは言え、その回転のスキマをかいくぐって、中央の騎士に押し寄せるオークも少なくないし、周回する従士は次第にその突進力を衰えさせ、脱落していく。
軽傷ならばすぐに回復できる「団旗」の下とは言え、既に従士の数名が討ち取られている。
他も、いや、王子自身すら先ほどまで危うい状態であった。
今、騎士団の周囲には、駆けつけた護衛の特務中隊が盾兵防壁を展開し、防戦にあたっているが、それすら時折すり抜けてくるほど、敵兵は多いのだ。
「危ないよ、ちゃんと前見なよ。」
左から声をかけられ、目を向けると、一人の歩兵が数体のオークを突き伏せていた。
その小さな体には見覚えがある。
王子相手に、口の利き方すらすら知らないド平民だ!
「阿呆!ちゃんとした言葉を使え!使えぬなら、口をきくな!」
そのド平民を蹴り倒し、長身の分隊長が長剣を一閃すれば、自分の周りに押し寄せるオークどもは、全て上下二つに両断される。
平民の兵とは思えぬ腕前だ。
「殿下、いったんお下がりください。道は開きます!」
「ええ?そんなことまでするの?過重労働だよ!?」
「うるさい!」
目の前で言い争うように見えて、その隊長と兵士は不思議と息があっているように見える。
加えて、仲間の分隊も同時に突撃、レドガウルスの周囲のオークがいなくなったばかりか、ついに一方が拓けた。
しかし、自分には自分の考えがあってこの場に残ったのだ。
たかが平民の言うことなど聞けるものではない。
「あとわずかで、また『突進』が行えるのだ。そうすれば一路、オークジェネラルを突き伏せるのみ。それまで、この場を死守せよ!」
騎槍を高く挙げ、騎士団と周囲に展開する友軍に命じるレドガウルスだ。
「死守!?なんで僕が死んでまであんたを守んなきゃいけないんだい?あんたらがここから離れてくれれば……ぐへっ!」
もう無言で少年を切り伏せるリーチ……あ、生きてる。
どうやらミネウチ、いや、剣の平でぶん殴っただけらしい。
「まったく……はいはい、分隊長殿の仰せとあれば、死なない程度に頑張りますよ。」
自分は何も言ってないし、少年はあくまで死守はしないらしい。
それでもリーチはそれを「可」とした。
ミリタリー音痴、つまりは「ミリオン」の少年の方が、今は合理的なのだ。
しかし、げに恐ろしきは宮仕え。
リーチにはそれを口に出すことは決してできぬ。
できるのは、「王子」の意志を尊重するだけ。
これが「王子」でなくただの「騎士長」なら、ほっといたであろう。
「みんな、苦労をかける。」
それでも「特にぃろく」の槍兵分隊は士気を上げ、騎士団に近づくオークをひたすら阻み続けた。
新兵が多い割には、行軍中に暇を見てリーチに鍛えられた一同でもある。
使い手と言える者は皆無だが、仲間同士スキなく連携し、まさに奮戦だ。
そしてリーチが攻めて、少年が守る。
わずかな兵数だが、この一角は、なかなか守りが固い。
「殿下を、騎士団を、槍隊を見殺しにするな!魔法兵、全力支援に移行!弓隊、各個、狙撃開始!」
そして、先ほど少年を追い返した小隊長だが、ここが正念場と麾下の全戦力を上げ、この苦しい時間を乗り切ることとにした。
乱戦となった場所には、「眠りの雲」ではなく、白銀の「魔力矢」や炎の「火撃」が放たれて、次々と敵を傷つけ、時には倒していく。
百発百中の攻撃術式による全力支援は、一時的なものではあるが、オークを大いにおそれさせ、その足を止めた。
そして弓隊が直接目視しての水平射撃に切り替える。
こちらは同士討ちを避けるため射撃速度は下がったものの、動きの鈍ったオークを正確に射貫いていく。
装甲の厚い敵に対しては有効射程は50mとも言われる長弓隊だが、もはや充分に殺傷距離である。
そして、こちらに押し寄せるオークは盾兵の巨大な大盾に防がれ、その剣によって突き倒される。
小隊が所属する特務中隊も、その麾下の動きに即応し、残り五個小隊による防御支援を一層強めた。
辺りのオーク兵が騎士団とその護衛に集中するが、ついに護衛中隊の守りをぬくことはなかった。
そして、ついに援軍の到着である。
再び押し寄せる騎兵大隊に加え、特務大隊に傭兵までが騎士団の支援に押しかける。
さすがのオークの大軍も勢いを失い、おおいにその密度を薄くした。
「……何しに来たのだ!これでは騎士団が皆に守られていると思われ、吾輩の戦功が薄れる!」
レドガウルスがそんな正直すぎることを言うと、少年も思わず叫んでしまう。
「こいつ、何様だよ!王子様ってか?」
自分で言って自分で突っ込み、リーチから慌てて逃げ出す少年である。
危うい所であった。
「……まぁ、よい。もう充分に回復した。我が騎士団旗翻る所、勇気は常に勝利をもたらすのだ!……者ども、いいか、これで勝負を決めるぞ!」
王子の声に続いて、騎士団の男くさい怒号が「おお~」っと響く。
そして……再び輝き青空に翻る、青地に金の城塔の旗。
本来は一日一回程度しか使用できないほどの大技スキルを、「旗」の加護が回復させる。
その「旗」の輝きを浴び、「突進」を始めたリンデルヘーグ騎士団だ。
淡い光の膜に覆われた20騎の、銀の弾丸を遮るものはなかった。
今度はオーク軍中央を分断し、残った勢いで敵の司令旗のある地点を目指した。
それを追うのは50騎余りの従士、続く騎兵隊、さらに護衛の「特二」。
そして、今度こそ、ゼンベードルン戦闘団全軍が続き、総突入である。
ブオ~ン、ブオ~ブオ~ン……
ブオ~ン、ブオ~ブオ~ン……
ブオ~ン、ブオ~ブオ~ン……
「1の2、全軍、進軍……総攻撃だ!」
陣にこもって防戦していた第2師団の各連隊も、陣から飛び出し、進軍を開始した。
人族の長弓と野戦陣地に攻めあぐみ、既に隊列を乱していたオーク軍は、その勢いに押されていく。
しかも、軍の内部には、未だ敵の精鋭が猛進中なのだ。
徐々に混乱が広がり、オーク軍の旗は乱れ、陣が崩れていく。
そんな中。
テッタッテッタタッタタ~……テッタッテッタタッタタ~……テッタッテッタタッタタ~……。
戦場の後方から、明るいラッパの音が響き渡る。バルボア市からだ。
そして、その巨大な城門が開き始めた。中からは、重装備の人族が現れる。
ついにバルボア軍が出撃するのだ。
自軍の背後を突かれる恐怖が、オーク兵を襲う。
そして、気が付けば戦闘団は、敵の中核に達していた。
中央の大旗は倒れ、辺り一面は、騎士団の後方と同じく、無人の惨状が残るのみであった。
「しまった。敵の司令、オークジェネラルくらいは一騎打ちで倒すべきであったか。」
将軍種も近衛種も、とっくに一般種と見分けはつかない。
みな等しく肉塊である。
そんな中で余裕の発言をする王子様だった。
「……隊長殿。もう目の前に敵、いないよ?」
なにしろ二度の「突進」で2km以上の大穴を開けたのだ。
いくらオーク軍4万体とは言え、その陣はとっくの昔に突き抜けている……わけではない。
約4万体と言えば、仮にオーク軍を古代ローマ軍並の編成はしていると仮定した場合、8個~10個軍団相当である。
今回は攻囲中に後ろを突かれ、急遽陣形を組み替えたからには、梯陣(縦)よりは横陣である、とし……以下、詳細を省くが、手持ちの資料とインターネットの情報から、作者はオークの陣は大雑把に一個軍団(4000強)で縦200m、横1200mと仮定する。
それが10個、横陣に展開すれば、横列に5個、縦列に2個軍団展開するとして、ざっと……縦500m、横6000mくらいはありそうである。
つまり、横撃で2000m以上突進しても、それだけでは完全に分断はムリであろう。
それでも、中央にはなんとか到達し、その司令部を踏みつぶしたのではある。
前からは、第2師団が進軍を始め、攻囲を解かれたバルボア市からは援軍が出撃し、後ろから攻めかかる。
前後から責められた挙句、横っ腹に騎士団突撃(マップ兵器)をぶち込まれ、さらに騎兵やら魔法兵やら冒険者崩れの傭兵やらが押し寄せる。
で、それに一個歩兵連隊3000人が続く。
ついには司令部は壊滅。
その大旗が倒れるところを目の当たりにしたオーク兵……これは、もう士気崩壊してもいいのではないだろうか?
と言う訳で、オーク兵は総崩れ、ついには少年らを遮るものはいなくなったのである。
それで、「目の前に敵がいない」という状態になったわけだ。
「あ~あ……戦意を失うと、亜人って、見境いないね……。」
敗れたオーク兵は、逃げ道を失い、わずかな群れはその後方、南西にある大河、グラデ川の川沿いに敗走を試みるが、遮られ、突破を試みている。
残る多くはそれを断念し、川に飛び込んでいた。
背後(南東)にはバルボア市の城壁とその軍がいる。前方、北からは第2師団が押し寄せる。
右後方、つまり東側にはこれまた大河リブロ川があり、突破を果たしたゼンベードルン戦闘団が待機している。
となれば、逃げるのは西から南西方向しかない。
しかし攻めてきた時は半魚人やリザードマンの支援もあって渡河も容易であっただろうが、今、その両者がいないまま混乱の中、アキシカ一の大河を渡ろうとする。
多少は川位も下がっているとはいえ、やはり無謀……。
その多くは溺れて、二度と川面に上がってこない。
「人族だって敗走する時はひどいモノさ。さほど変わらん。」
大規模な戦闘が初めての少年に、リーチは抑揚のない声で言う。
こんな時は嫌な記憶でも思い出しているのだろう、と少年は想像した。
それが顔に出たようだ。
「フ……柄にもなく、気を使うな。」
そっと頭に手を乗せられた。
子どもじみた外見ながら、子ども扱いが嫌いな少年なのだが、なぜか今はそれを避けることができなかった。
「おおお~~っ!!」
「勝ったぞぉ!」
東部派遣軍のあちこちで、バルボア市で、歓声が上がる。
オークの敗走を見ながら、兵と市民、数万人の歓声が大きく響き、この戦闘の終結を告げるのだ。
そして、第二師団の各部隊が西進を始める。
最も西に位置した第一連隊を先頭に、川岸を遡上するオーク兵の追撃に入る。
「やれやれ、情け無用の追撃戦か。僕らは参加しなくて何よりだよ。」
少年のいる戦闘団は敵陣を突っ切り、今は戦場の東に位置する。
加えて疲労が大きい。
追撃に加わろうと動いた騎兵大隊はともかく、他の部隊はまだ動けない。
「……フ。戻ったか……。」
リーチのセリフに首をかしげる少年だが、どうやら自分は好戦的になったと思われていたようだ。
いや、実際、その傾向はあったが。
「あんなの見たら、なんか、ね。」
グラデ川は、溺れたオークが浮かび、その血で赤く染まっている。
騎士団の「突進」跡や、あんな惨状をみると、もともとの自称非暴力主義に戻ったらしい。
甘いことである。
前世の非戦国家幻想を未だ引きずっている夢想家と言える。
が、なまじ好戦的よりは、やはりこの少年には似合ってる。
人族も亜人も、死ぬのはもうたくさん、なのだ。
しかし、そんな時間は長く続かなかった。
予定されていた「バルボア市城外会戦」という名称は、この後の出来事により、忘れ去られてしまう。
「あれ?……声、止んだわけじゃないよね?」
「……ああ。違う音が……。」
ようやく解放されたバルボア市からは、大きな歓声が続いていた……はずだった。
しかし、いつしかその声は聞こえにくくなっている。
別な音が次第に大きくなっている。
しかし、数万人の声を打ち消す音とはなんなのか?
リーチの胸中に再び黒い不安が沸き起こる。
「隊長!あれ見なよ!」
ようやく兵卒らしい口の利き方ができるようになったばかりなのに……そんなグチを消し少年の凝視する方を見る。
「!?」
アキシカ最大の大河グラデ川は、赤く、オークの無数の死体を浮かべた血河と化していた。
しかし、その赤い血がない。
いや、水面すらない。わずかな間に、河水は消えた。
今は、川底の泥が露出し、オークの死体が残されるのみ。
「水は!?」
「川の水が……なくなった?」
「グラデだぜ?アキシカ一の大河なんだぜ!?」
どっかの島国のちっぽけな河川ではない。
おそらく長さ1000キロ以上はあろう、大陸の大河である。
川岸の向こうは遥か遠い。
が、そんな川の水がない。
同じモノを見る分隊、いや、特務中隊全員が同じ疑問、いや、不安を共有するまで一瞬であった。
互いに声を出し、同じ事象の確認をしている。
自分の目が信じられないのだろう。
「……湿地のはずなのに乾いていた地面、いつの間にかいなくなっていた半魚人とリザードマン、さがっていた川の水位……そして、今、急になくなった水!?」
少年は、先ほどから浮かんでは消えていた疑問を次々と並べ、脳内で関連付ける。
「川を堰とめて、決壊させ敵兵を押し流すとか……今さらだし、そもそもこの川じゃ、そんな土木技術、人族にだってムリ……魔術?上流で『水操り』?『氷生成』?或いは……でも、何の為に?この戦いはもう終わったし、そんな強力な魔術は超級クラスか魔法兵何百人分だよ?オークなんかに使える訳が……それにオークはたくさん死んで……まさか生贄なのか!?事前に仕組まれた儀式魔術?それによる精霊力の偏り?水の精霊が一時的に大きく集められた?」
一心不乱に物騒なことをつぶやく少年に、分隊の仲間は不安がってやめさせようとしたが、リーチはそれを止めた。
戦闘中にも何事かに気づきかけていた少年であった。
少なくても自分たちよりは何かにたどり着くかもしれぬ。
「でも……隊長どのぉ!?」
「リブロ川も!?」
「何だと?」
振り向けば、東にはリブロ川。
この地域ではグラデに次ぐ大河である。
そして、その川底もいつしか露出していた。
こちらにはオーク兵の死体がない。
バルボア市がある地は、二つの大河の合流地。
それゆえ、その水運と水上戦力の価値は極めて大きかったのだが……。
いまや川は、不安の源泉にしかならぬ。
「避難する……みんな、バルボア市に向かえ!」
「ダメだ!いますぐこの地を去るんだ。ここにいちゃマズい。おそらく何らかの形で水の精霊力が集められている。でも、すぐにそれがあふれ出す。もしそうなったら、ここらの地形を変えるくらいの……」
自分でも半信半疑。
しかし、この場合、最悪を考えて最善の行動を考える。
マーフィーの法則ではないが、起こってほしくないことは必ず起こるのが、二度の自分の人生だ。
「どっちに行けばいい!?」
そして、リーチも知っている少年の趣味は、夜の徘徊とマッピングだ。
昨夜もテントに戻らず、陣地構築もさぼって、星の観察、その後散歩に出かけていた。
実は以前の部隊では、敵のスパイと間違われたことが度々ある。
「……北西!」
それは二つの川の流域の合間。
今、最も河から遠く、最も乾いた土地で、この辺りではやや高い。
その方角に低い丘が見える。
少年が言うには、丘の周りは低地(おそらくは雨季は川になる)で、見かけより高低差があり、安全。
リーチは迷わず北西への脱出を指示した。
もっとも彼自身は騎士団に向ったのだが。
「王子様なんて、ほっとこうよ。何にも起きないかもしれないし、そしたらかえって罰せられちゃうよ!」
古来、味方の不幸を予言する者は、敵よりも嫌われるのである。
「何も起きないならそれが一番だ。隊はお前が指揮して避難しろ。」
それでもリーチはひたすら王族への忠誠を全うしたいらしい。
しかし、これは由々しき事態である。
「ええ、隊長殿。こんなヤツを隊長代理にするんですかい?」
「いっそみんな死ねって言ってください!」
こんな時でも分隊一同ブーイングである。
仮にも部隊最先任二等兵の少年であるが、彼に指揮権をゆだねることは目の前の異常現象よりも不安ならしい。
「僕だって、部隊指揮なんてお断りだ。」
まったく、それでは何のために昇進を嫌がって懲罰まで受けたのかの意味がないのである。
しかも二回も。
「……ついて来い。」
結局、分隊全員で騎士団に向かう羽目になる。
レドガウルス王子は、自分の護衛をした部隊に好意的で、異常現象からのいち早い避難も意外にも即断した。
「敵から逃れるわけではない」と。
で、部隊全員従士の後ろにしがみつき、二人乗りながら騎乗で避難できるという恩恵を被ることになったのは、単なるラッキーであろう。
一人を除き。
「僕は馬は苦手で……いてて、ホラ……いいよ、自分で走るから。どうせ身軽だし。」
避難の旨は小隊長にも伝えはしたが、彼は未だ茫然としたままだった。
それから、数分後である。
上流から、膨大な水が押し寄せ、河岸はあっという間に川面に飲まれる。
その川の水は赤い。
赤い濁流が一気に川からあふれ出し、近くのオークや、それを追いかけていた人族を押し流していく。
悲鳴が辺りに響き渡る。
しかし、更に、それを上回るほどの濁流の音。
「バルボアの港が!?」
城市の外部にある港の施設が、大波の直撃を受け、一撃で粉々になった。
その破片である木が流され、そのまま城壁にたたきつけられる。
「なんだ、あれ?」
上流から押し寄せるその大波は、高さは、おそらく20mを越えるであろう。
見た目には、大きな瀑布が迫ってくるような理不尽な眺めだ。
そして
「見えた?隊長?」
「……ヒレか?」
その莫大な水流から、時折なにかがはみ出して見える。
ヒレらしい何か、ウロコをまとったらしい何か、水の流れから一瞬透かして見えるその影の巨大な何か。
「アキシカの伝承は、未だまとめられていない。戦ってる場合じゃないのに……」
自分の探求心を最優先させて、そんなグチをたれる少年なのだが。
「アント、何が言いたい?」
そして、リーチに促され、推論を告げた。
「あれ…‥おそらく『河竜』だ……この世界には単体で気象現象を起こしうる巨大な生物が存在する。」
この言い様は、少年が「この世界」ではないところの出身者「異民」であることを暴露しそうなものなのだが、リーチは眉をひそめただけで、気にしないことにした。
「『河竜』はその一つ。大きな川や山には、そんな怪獣や大魔獣が生息しているのは、王国のある北方大陸でも確認されている。」
我々の世界に、中国と名乗る国があるわけだが(人口面積は大国で、政治的器量は小国、平均すれば中くらい?)、古来、その黄河には黄竜が住んでいるという。
この魔力あふれる世界では、同種の存在が、もっと一般的に観測されているらしい。
『河竜』と言われた存在は、時々水流から一端をのぞかせるものの、全身を見せないまま、水流をまとってバルボア市に迫った。
「で、困ったことに……あっちからもね。」
グラデ河と同じ現象が、リブロ河でも見える。
やはり巨大な水流が押し寄せ、その中には何かが潜んでいる。
二つの大波は、莫大な水量をあふれさせ、河岸近くにいたモノを、人、オークかまわず飲み込んでいく。
倒れる軍旗、浮かび沈む無数のヒト。
そしてその二つは合流する。
南と東。
二つの巨流が、その合流地のバルボア市を襲った。
高くそびえていた城壁はその半ばまで水没していたが、今、その水位を大きく超える二つの波が城壁を直撃する。
「見えた!」
一瞬だ。
二匹の細長い竜身が。
それが水流に隠れながらも、交差して、城壁に激突する。
「ああ、バルボア市が!?」
「城壁が崩れたぞ!」
「今の、なんだ?生き物か?」
そう叫ぶ一行も、実はその足もとに水が迫る。
河岸から遠く、高い場所にもかかわらず、水が押し寄せてくるのだ。
重馬は次第にぬかるみに足をとられていく。
「人が……市民が流されていく!?」
壊れた城壁は、水流によってその破損部を広げられ、内部のモノを流出していく。
アキシカ最大の河川港、水運と水上戦の要バルボア。
それは、その歴史が終わった瞬間であった。
そして同時に、東部派遣軍壊滅の瞬間でもあった。
第2師団と第11師団所属ゼンベードルン戦闘団は、その一部を除いてことごとく水に飲みこまれたのだ。
「なんでだ!この世界の瑞獣が、異世界から来た亜人に味方するのか!?同じ世界の住人、人族を滅ぼすというのか!?」
少年の声に答える者はいなかった。
一瞬だけ水流から覗いた赤い眼が、少年を見たかもしれぬ。
人族と戦う亜人のような赤。
或いはそれが答えなのだろうか。
この日。
王国暦401年3月23日。
アキシカの西部戦域を守る精鋭第8師団は、突如出現した『山虎』と戦い、大きな犠牲を払う。
師団が徴用していた騎竜兵、騎虎兵は、なぜか前日からいなくなっていた。
南部戦域で、亜人の北上を押さえていた第5、第6師団は、その堅固な宿営地を一夜にして失った。
生き残った者は口をそろえて「森に呑み込まれた」という。
そう。
この日は、「魔境アキシカ」と呼ばれるこの地が始まった日と言われる。
しかし、後にミレイル・トロウル戦役と呼ばれるこの戦いに、未だその主役の姿はない。