第4章 その3 北西街区の「飛行事件」
その3 北西街区の「飛行事件」
「叔父様!わたし高いのダメです!怖いんです!」
そうです。わたしは高いところが大の苦手なのです。
まさかわたしが名前をいただいた絵本のお姫様が、高い時計塔の上で悪い伯爵に散々追い詰められたせいではないと思いますが、なぜかあの場面が浮かんでしまうのです。
そして怖くて仕方なくなります。
「だから目をつぶってって言ったのに。」
「ここまで来たら目をつぶってもおんなじです!それに、この後どうなるんでしょう。呪文の効果が切れたら・・・。」
わたしは不安で怖くて、しがみついてしまいます。ですが叔父様は笑うだけです。
「大丈夫。まだ試したことはないけど、きっと大丈夫。それとも・・・クラリスは僕を信じてくれないのかい?」
そう言った叔父様は、一瞬だけ真面目な顔になりました。
今・・・何ですって!わたしが、叔父様を、信じて、ない!?
「そんなことはあり得ないのです!例えあのエスターセル湖に眠る伝説の剣がさび付き砕けようとも、わたしが叔父様を信じないなんてありえません!」
そう。湖の精霊が持つ不朽の剣。それが砕けるよりも、あり得ない。
この時ばかりは高い所なんか気にならなくなります。
「なら大丈夫。キミが信じてくれれば、僕は空だって飛べる。自由にね。」
叔父様が不敵に笑います。間近で見る、叔父様のこんなお顔・・・新鮮です。
そんな叔父様が、新たに詠唱することもしないのに、わたしを抱えながら重心を動かすと・・・わたしたちは前に進んだのです!
叔父様はそのまま右に左に、飛んでみせます。しばらくそうやって調子をつかむと、勢いよく進みます。
そして、より高く、より速く空を翔けるのです。
下から冒険者さんたちの驚く声が聞こえます。
いつしかわたしたちは、もはや弓矢よりも速く鳥よりも自由に空を飛んでいるのです。
下の景色がドンドン小さくなって、流れる景色がますます早くなっていきます。
雲が近くて、まるで手が届きそうな、そんな錯覚です。
「叔父様・・・これは?」
「ああ、ちょっと勉強してね。キミとの約束のために。」
わたしとの約束?
「現在の魔術師たちが使用している『飛行』術式は『風』系列の精霊魔法だ。だが、術式に使っていた魔法言語や言い回しには、かすかに重力魔法の名残があった。もともとは重力魔法で『飛行』できたはずなんだ。」
重力魔法。ものの重さを変えたり、この「浮揚」のように浮かせる魔法です。
「だから、古い文献、古文書をあさっていくと古代のある時期には『浮揚』術式と『飛行』術式の間にはかなりの互換性がある。つまり僕が再構成した『浮揚』は付帯術式を使うだけで、重力魔法としての『飛行』が可能なんだ。」
おそらく重力魔法は使用する魔力が大きいので嫌われて、等級が高いけれど精霊魔法の方が長時間飛べるので、こちらの利用が一般的になっていったのだろう、と続きました。
「それは・・・叔父様は、今、上級呪文の『飛行』を中級呪文の『浮揚』で代替している、
ということですか!」
「その通りだ。賢いクラリス。しかも、術式の書方も工夫して、中級呪文のスクロール化に成功した。いや、たった今、まさに成功したところ。」
またまた自慢げな叔父様・・・でも、これは自慢してもいいのではないでしょうか?
そう思ったわたしは
「素敵です、叔父様!」
そう言って、わたしは一層強く叔父様に抱きついたのです。
「うへっ。ありがとう。クラリスに褒めてもらうのが、僕は一番うれしい。」
他の人に褒められるのはイヤなくせに、わたしなら喜んでくれる叔父様なんです。
だから、ごめんなさい。いつもはあんまり褒めてあげられなくて。
「ところで、クラリス。下を見てごらん。」
下・・・忘れていた怖さがぶり返します。ですが。
「・・・はい。」
眼下は、まだ新しい建物が並んでいます。ここは・・・!
「北西の商店街・・・5年前に邪赤竜が襲ってきた・・・」
「ああ。あれから5年。ようやくここまで来たよ。約束に近づいた。」
また約束?やはり覚えがありません・・・ああっ!?
「あれは約束じゃありません!叔父様が一方的に宣言したのです!しかも勘違いして!」
5年前。叔父様に助けられたわたしは、でも自分の無力さが嫌でした。
ですから「魔法兵になって、みんなを助ける」って誓ったのです。
ですが、叔父様はそれを勘違いしたのです。
わたしが、あの魔法兵ゴーレムのように巨人になって、戦うという勘違い。
叔父様の脳裏には、なぜか青い宝玉を胸につけ、3分だけの巨大化呪文で邪竜や巨人と戦うわたしの映像が浮かんだそうなのです。
どんなモウソウですか、全く。そして
「いやいやいや、クラリスにそんなことはさせない!代わりに僕がキミにあんな巨大なゴーレムを作ってあげるよ!」
そう。これが叔父様のいう、約束・・・ですから、これは約束じゃありません。
勘違いです。叔父様の妄想が生んだ、一方的な宣言なのです。
「大丈夫。この実験でキミのゴーレムづくりの課題は一つクリアされた。実現に近づいたよ!」
叔父様がいかにも聞いてほしそうな目でわたしを見ます。本当に子どもみたいです。
「・・・なぜ『浮揚』術式で、飛行することがゴーレムづくりに関係があるのですか?」
ですから聞いてしまいましたが・・・聞きたくない気がとってもするのはなぜでしょう?
「それはだね、キミのゴーレムは『黒鉄の城』の魔神なんだ!だから、キミは飛行する操縦席に乗って頭部に合体しなくちゃいけない。それに必殺技は、ゴーレムの腕が飛んで敵をぶち抜くんだ!どうだい、すごいだろう!」
・・・やっぱり、聞かなきゃよかったって思います。
「だから重いものを重量変換したり制御したりしながら飛行する術式が欲しかったんだよ!それは重力魔法による『飛行』術式が完成したことで、実現するんだ!」
こういう時の叔父様は、さっきまでとは別人のように「残念」な雰囲気満載です。
わたしが一人で地面に飛び降りようかなって考えてしまうくらい。
そもそもゴーレムをつくるといいながら「ゴーレム生成」の術式から遠ざかってばかりです。順番が変です。
「・・・ところでクラリス。」
「またですか、叔父様。」
今度はどんな妄言でしょうか?身構えてしまいます。
「もう、飛ぶのは怖くないね?」
「え!?」
そう言えば・・・いつからでしょう?飛ぶことも高い所も全く平気になっていました。
それどころか今、下を見て飛び降りようかって・・・。
「ふふふ。叔父様、空を飛ぶってこんなに楽しいんですね!・・・夢みたい。」
まさか、叔父様はわたしがこうなることを見越して・・・イエイエそれは過大評価です。気のせいです。
でも・・・叔父様と空を飛ぶことが楽しいことは・・・認めてあげます。
そう思って再び下を見ます・・・さっきよりは高度が下がったせいか、街の様子がよぉく見えます・・・あれ?でもよく見ると・・・
「叔父様・・・下の方々が、なぜかみんなこっちを見てませんか?」
「え?『飛行』呪文くらい唱えられるヤツもいるし、そこまで珍しくもないだろう。手でも振ればいいのか?」
そんな、ほほえましい様子には見えませんけど。ああ、馬車の御者の方がわき見運転をして脱輪しました。
わたしたちを見て歩いていた人が、犬の尻尾でも踏んでしまったのか追われてます。
窓の草花に水をかけている人が、じょうろを落として、下の人に当たって・・・。
まだ大きなことにはなっていませんが、次々と小さな出来事が起こって、騒動が広がっていきます。
「そう言えば・・・わたしは今まで空を飛んでいる人を見たことはなかったです。」
「・・・普通の『飛行』でも上級呪文だ。超級や秘級じゃあるまいし、唱えられる魔術師なら魔法学園にもいるだろう。・・・いや待てよ。僕だって実際に飛ぶ人を見たことはないな。」
「なにか、飛んではいけないという法律でもあるのでしょうか?」
「そんなの聞いたこともないけど。」
「でも叔父様は、世間のことに興味がないって。法律も・・・。」
「そう言われると、全然自信ないな。」
そんなことを言っている間に、わたしたちはエスターセル魔法女子学園に到着しました。