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外伝 その8「南方大陸にはあの錬金帝国があったんだろ?その遺跡を調べる機会だってある?あるよね?絶対!ならもう行くしかないじゃないか!」

その8「南方大陸にはあの錬金帝国があったんだろ?その遺跡を調べる機会だってある?あるよね?絶対!ならもう行くしかないじゃないか!」


 ここはアキシカ州都エーデルンに置かれた王国南方軍参謀府の一室である。


 石造りの堅牢な外観と印象が異ならない、過剰なまでに装飾性を、いや、居住性までも排した部屋は、部屋の住人の精神性を端的に表現していると言える。


「この報告書は?」


 黒檀の机を前に、数枚の白皮羊皮紙を受け取ったのは、まだ若い軍人である。


「はっ、中佐殿。これは東部戦域の第9師団第2連隊第3大隊第2中隊所属の二等兵が、勇者ロデリアに救出され、その後連隊本部に提出した報告書の写しであります!」


 このように、部隊名の正式な呼称は実に長い。


 故に南方戦線の前線では9232で通用するのだが、少なくともこの「中佐」は、そういう「手抜き」が嫌いなようである。


 日ロ戦争時代の海軍秋山参謀が行った戦務改革を知れば、卒倒するであろう。


 彼は作戦運用の効率化を目指し、「敵艦見ユ」を「タタタタ」、「敵ヲ攻撃セヨ」を「ナナナナ」、「敵ト接触ヲ保チコレヲ監視セヨ」を「カカカカ」などとして命令伝達速度を上げた。


 しかし、こういう実務面の彼の功績は余り重視されず、むしろ日本海海戦における艦隊決戦思想が連合艦隊を長く呪縛することになってしまったのだが。


 さて、中佐である。


 王国で一般的な金髪碧眼であり、南方軍の暗緑色の軍服がよく映える、眉目秀麗な偉丈夫でもある。


 切れ長の目の奥に輝く青い瞳は、それを見た男女どちらも大いに魅了する。


 ただ、その芸術的な外見に似合わず、秀才参謀の名も高く、若手で最も期待され、次期参謀長候補と目されていた。


 中佐は、しばらく報告書を熟読し、読み終わると大きく息をした。


 これは彼が集中した後に見せる癖で、報告書を渡した部下からしてもここ最近なかったほどの集中ぶりであった。


 ようやく顔を挙げた中尉に、部下は改めて姿勢を正した。


「アンティノウス・フェルノウル二等兵……随分と詳細な報告書だ。この文面から感じられる、まるで魔術師か学者並みの知識と見識。とうてい16歳の町民風情に書ける内容ではあるまい。」


「は?と、言われますと?」


「おそらくは、第9師団の臆病者か勇者を僭称する小娘の手が入っているのだろう。」


 ラグス周辺の東部戦線は、比較的戦況が落ち着いているため、他の師団と比べやや精強さに欠ける人員がまわされている、という噂、或いは偏見がある。


 少なくとも若手参謀はみなその噂を信じている。


 そして、軍と勇者は、相性が極めてよろしくないという伝統がある。


「ち、中佐殿!それでは報告書は偽造された、ということですか!?」


「ただ、新種の亜人を偵察したという内容に矛盾は見られない。集団での穴居生活、それ故かアリのような昆虫と一部類似する生態、そして一種のクラス(職種)の存在。上位種として、将軍種ジェネラル戦士種ウォリアー祈祷師シャーマンの確認など、貴重な情報ではある。特にこの大岩を投げる遠距離攻撃による友軍の被害の様子は、先日の師団参謀のものより余程詳細でかつ明瞭だ。」


「ならば……なぜ16歳の新兵が書いたなどという虚偽を行ったのでしょうか?」


「おそらくは、言語だな。」


「は?」


「報告書の中で、亜人……トロウルが言語を話す、記述がある。この二等兵はわずかながらその言語を習得し、一時的に、意思疎通に成功したそうだ……。」


 ここで中佐は激し、机を拳でたたく。


 部下はその音に驚き、硬直した。


「ありえない!亜人に言語などあってはならない!言語を話すということは、知性がある、ヒト種の仲間ということになってしまう。それは絶対にない!奴らは汚らわしいケダモノだ!……このような荒唐無稽を、どんな魔術師も学者も唱えたりはすまい。そして……亜人との闘いに倦んだ奴らは、少しでも和平などという、毒酒を仰ぎたくなるものなのだよ。」


 つまりは長引く戦争を終息させたがる惰弱なモノどもが、和平の可能性をちらつかせるために付け加え、しかも生き残った二等兵による報告書という形式にした、という推測である。





 場面は数日前にさかのぼる。


 ここは東部域の森林の外れである。


「ふう。今日は早く寝付いてくれた。」


 まるで赤ん坊を寝かしつけた母親のようなナーデの述懐だが、実情はそれに近い。


 先ほどの亜人群との戦闘を終え、その地から2時間ほど急行しての、ようやくの休息。


 普段は使わない小テントの中で、全身ケガの少年を介護してようやく寝付かせたのだ。


 その隣にはこれまた意識不明のロデリアが、起きてる時とは別人のような愛らしい寝姿である。


 ちなみにナーデたち冒険者一行が普段テントを使用しないのは、どうしても周囲に対する警戒が怠りがちになるからだ。


 だから、二人を介護するナーデ以外の仲間は、ちゃんと外で野宿の予定だ。


 さっきまで、少年は満身創痍で、右腕を失い、治療の半端な状態だったとは思えない元気さだった。


 亜人と戦い、ここまで自力で歩いた。


 が、その辺で限界らしく、テントを立てると珍しく文句も言わずに中に入り横になった。


 それでもしばらくは目をつぶろうとしなかった。


「ホント、この子、寝るのを嫌がってるみたい。」


 初陣の夜から何度も死にかけた少年を、その都度治療して介護したナーデである。


 部隊で噂になっていた「夜の宿営地をうろつくゴブリンのスパイ」の正体が、実は不眠症気味の少年であったことを知っている。


 眠れない彼が、夜一人で散歩したりこっそり槍の修行をしていたりしていたことが真相で、「けが人が何をしてるのよ!」と叱りつけたことは一度ではすまない。

 

 それまでも彼が寝付くまで目を離さずにいたのだが、それ以来は嫌がる彼を力づくでベッドに押し込み、そのまま一緒に寝るようにしていた。


 おかげで「趣味全開じゃね?」とか「仕事と趣味が一致するとは羨ましい限りだ」とか「特殊な趣味ネ!」とか、要するに彼女の年下趣味を仲間からからかわれる羽目になったわけだが。


 ちなみに、この世界には未だ逆セクハラ、という概念はないようだ。


「でも、こんなに甘えてくれるのは初めてかな……何があったんだろ?」


 今までは抱きつくと照れて距離を取りたがっていた少年が、今日は自分から抱きついて来る。


 それを受け止め、その黒髪を撫でてやると、少年はいつになく早く寝入った。


 なんとなくは感じている。


 だが、自分たちと離れた三日余りで、少年がどんな経験をしたのか、実は想像を超えている。


「新種の亜人」を「観察」し、その性質を「記録」し、わずかながら「言葉を覚えた」。


 そして何よりも、きっと少年は……だれかに会って、別れたのだ。


「初恋の失恋……?」


 その甘酸っぱい言葉に、思わずウズウズしてしまう厄介な性癖ではある。


「ホントに16歳?男の子でも遅すぎるくらいだけど……。」


 でも、それもおそらく違う。


 そんなありきたりの出会いでも、まして別れでもなかったとナーデは感じている。


 必要以上に鋭い洞察力である。


「ナーデ……起きてるネ?ジューネたちが話しがあるって言ってるネ。」


 仲間のフィネが、テントをそっと開けて声をかける。


 少年を抱き髪を撫でるナーデを見たが、珍しく何も言わない。


 隣で寝てるロデリア(ゆうしゃさま)は無視である。


「そう。でも……。」


 自分が離れると、おそらくはすぐに目を覚まし、また歩き回るに決まっている。


 ここまで運ぶのが大変だったがロデリア(ねむりひめ)の方がよほど手がかからない、いい患者だ。


「面倒な子どもネ……あたしが代わるネ。」


「ええ?……いいの?」


 フィネは、一言で言えば男性不信である。


 話だけなら仲間の異性がらみの話題には積極的に乗るが、「実物」にはかなり警戒している。


 それが?


 少年は外見はともかく自称16歳(いや、事実そうなのだが)で、17歳のフィネとは一つしか離れていない。


 充分警戒に値するはず。


 もっともこの寝顔では警戒は難しいだろうが。


 まず16歳とは思えない。


 そんなナーデの耳に、聞こえるフィネの声。まるでその場に音を置くような話し方だ。


「あたし、こいつを見殺しにしようとしたし。」


 少年の初陣の夜。


 たまたま彼を見つけたナーデが、助けた。


 しかし、ほぼ魔力を使いはたしていたナーデは、仲間の許可を得てパーティー備品の「魔力回復薬」を使い、少年に「治療キュア」を行使した。


 ナーデは純粋に少年を救いたいと思い、ジューネとナーシアは少年の戦功を見つけ戦場の優遇措置に値すると評価し同意した。


 ただ、仲間の中で唯一、許可を渋ったのがフィネだった。


 ナーデは本人のお金好きと男嫌いのせいか、と思っていたが。


「ううん……あたし、きっと、運のいいコイツに八つ当たりしてたんだ。」


 顔を隠すようにうつむいたフィネ。


 その仕草と、「八つ当たり」という言葉がナーデの心に刺さる。


「……比べちゃったの?」


「うん……そうネ。たぶんネ。」


 ナーデは、フィネが誰にも助けてもらえなかった自分の弟や家族と、たまたま自分たちに会って救われた少年を比べてしまった、と思いつく。


 人の機微に聡いナーデなのだ。


「だから……見張り代わりに拘束するくらいは、ガマンするネ。」




「ちぇ、ナーデが来たぜ。」


「だから言ったであろう……賭けは私の勝ちだ。」


「何なのよ、賭けって。珍しくナーシアまで。」


 春とはいえ南方のアキシカ地方は熱帯に近い亜熱帯である。


 夜で火を焚く必要もないほど温かい。


 一方、高価な動物よけの香は焚いている。


 嗅覚のいい野性動物は近づかないだろう。


「……それは、だな。ジューネが不届きなことを言うので」


「要するに、テントの中でナーデがあの坊やを食っちまってるって思ったんだよ。」


 言い辛そうなナーシアの言を遮って、悪気もなく告げるジューネである。


「バカ!中には勇者様もいるのよ。まったく。」


「それで、まさかの3人とかって線も…‥ワリィ!わるかった!」


 柳眉を逆立てたナーデに、ジューネは平謝りである。


 本気で怒らせてはいけない相手、とは何度か思い知らされている。


 とは言え、この手の話題でからかってしまうのは、悪い癖である。


 おかげで、少々怖い思いをすることになってしまうのだが、痛い思いでないだけマシであろう。


 そこはナーデもジューネも、互いの境界線はわかってる……つもりである。


 このパーティーは女の固い友情で結ばれ、団結心が強い。


 ただ、その団結を支える理由の一つに、異性の趣味がかぶらない、というのがあるかもしれない。

 

 ナーデは年下趣味だが、ナーシアは男くさい中年に憧れている。


 ジューネにいたっては、線の細いイケメン好きであり、フィネは実物の男はキライ。

 

 そんなわけで、パーティー内修羅場、と言うあってはならない事態は、皆無である。


 幾多の名のある冒険者パーティーがこれで解散したことを考えれば、この異性関係は侮れないのだ。


「で、本題は何?話って?」

 

 一通り爆発して、ようやく怒りを収めたナーデである。


「……ああ、この後のことだけどよぉ……」


 その怒りを受け止めたジューネは、ゲンナリしている。


「うむ。軍に雇われるのは、もう止めないか、と言うことだ。」


 ジューネを冷ややかに見つめるナーシアだ。


 自業自得、とその目が言っている。


「そのことね。でも、現地部隊の権限で徴用されたら、断れないのは知ってるでしょ?」


 その通りだが、夜襲に失敗した日の撤退中に、ナーデ以外の三人の意見は一致していた。


「ああ。だけどさ、俺たちの雇い主、大隊長は戦死して、大隊は編成上全滅。」


「そして、大隊を統率する連隊では主計課が幅を利かせ、私たちの雇用には消極的らしいではないか。」


「……そうね。今の敵情視察もオマケみたいな任務だし。新種の報告したのに半信半疑……ううん、7割がた疑ってるし。あれを届けたらすぐに出ちゃおうかな?」


 あれ。


 それはつまり、新種の亜人トロウルの存在の証拠と、その生態の詳細な報告書である。


 もっとはっきり言えば、トロウルの首と少年の書いた観察記録だ。


 普通なら、これだけの功績を挙げれば、戦局に大いに貢献したと評価される。


 彼女らは金貨100枚程度の報酬はありうるし、少年は生きて二階級特進ものであろう。


 もっとも二等兵の特進などせいぜい上等兵だが、上等兵は「兵の神様」というどっかの世界の旧帝国陸軍もあるし、この王国軍でも分隊長補佐かつ班長に値するまあまあな役職である。


「そうなんだよ。あんだけのモンを見せて、これでまた安い報酬なら、ゼッタイぬけてやる!」


「待て待て。うかつに抜けたら追っ手がくるぞ!」


 まるで忍びの里を脱走した抜け忍みたいな言い様である。


「さすがに、穏便に契約を終えるくらいならそんなことにはならないと思うけど。」

 

 そう。普通に成果を出して、その上で雇用者の消失に伴う契約解除であれば問題はないと思われる。


 敢えて言えば、この任務自体が雇用者を失った後、一度曖昧な契約状態で引き受けてしまったということであるが、それはナーデが少年の救出を優先した結果である。


 もしも連隊が大隊に代わって現地徴用を命じてくれば……建前は依頼だが拒否できない依頼は命令と言って差し支えあるまい……面倒なことにはなる。


 もっとも、あの主計課参謀の様子では、とてもそうは思えないナーデなのだが。アキシカ地方東部戦域を管轄する第9師団では、州都に当たるエーデルンから一番遠いせいか、どうも動きが鈍い。


 これが激戦区であり州都に近い西部戦域の精鋭第8師団であれば、現地の少数民族まで徴用しているという。


 山岳戦が多いその地では、徴用された飛竜兵や騎虎兵が、亜人相手に大いに奮戦し、高い戦果を誇っている。


「ここの戦争も長ぇからな。」


「ああ。緊張感が薄れる戦域があるのもやむを得まい。一個大隊を壊滅させて、未だ薄いまま、というのは理解不能だが。」


 この南方では比較的平原が多いラグス周辺は、人族にとってまだ有利な地であったと言える。


 とは言え少し踏み入れば山岳や森林であり、うかつに夜襲と騒いだ末にあの大敗を招いたわけなのだが。


「……わかったわ。できるだけ、その方向で行きましょう。私だって、もう軍の下働きはコリゴリよ。」


「おめえ、特にやべえ目つきで見られたしな。」


「ああ。そろそろ貴公の貞操を心配するべきかと案じておった。」


「あんたらねえ……他人事じゃないんだから……ん!?」


「……どうした?」


「鈍いゼ、ナーシア!」


 度々気配の察知が遅れてジューネに揶揄されるナーシアであるが、公平に見て騎士の育ちであれば、戦闘に比べ気配の察知は苦手なのは止むを得まい。


 それ以上に魔術師であるナーデが鋭敏なのは、単に「女の勘」のなせる技、いや、業なのであるが。

 

 気配を感じ、茂みの向こうに行ってみれば……


「アントくん!また……けが人がなにやってるのよ!」


「ったく、代わりのフィネじゃ満足できねえってか?」


「……熱心だな。槍の修練とは。」


 そこには、木の前に槍をもってたたずむ少年の姿があった。


「あっと、驚かしたみたいで、すみません。でも師匠……ヒノモト教官の教えなんだ。」


 一か月生きのびたらこれで修行しな。


 そう言って預けられたのは、一枚の穴あき銭だ。


 転移前のヒノモト族が使っていた貨幣らしい。


 その真ん中の四角い穴にひもを通し、木の枝に結び付け、ゆらした銭の真ん中を槍で突く。


 まぁ、そんな修行だ。


「もしも、一か月以上生きていたら、少しは見込があるからって。餞別代りに。」


 その穂先はわずかに穴を外し、銭を大きく揺らした。


「惜しい!」


「いや、これはなかなか。」


「ダメよ!ケガがちゃんと治るまで寝てないと!」


 傷は魔術でふさがったとしても、完全な回復は休息と食事なしには望めない。


「完全回復」という上級術式ならば別であろうが。


「もう……こんなんだから部隊で『毎晩ゴブリンのスパイが出る』なんて噂が立つのよ!」


 先ほども少々触れたが、少年の所属部隊には、毎晩のように小さな人影がうろついていて、気になった夜番兵が捜しても見つからず、いつしかゴブリンのスパイではないかとウワサになっていた。


 いや、ウワサどころではなく、ちょっとした問題になっていたのだ。


「なに?あの正体は彼なのか!?」


「なんで早く言わねえんだ?解決したって言えばそれも金になったかもしれねえじゃねえか!」

 

 ウワサの真相をきいて驚くナーシアとがっつくジューネだが、ナーシアは少年をかばうように二人の前に立った。


「だめよ、そんなことしたらこの子が叱られちゃうわ。」


「……貴公、すっかり少年の保護者だな。」


「趣味全開過ぎだぜ、リーダー……。」


 母性本能が先か特殊な趣味が先か、どちらを優先しているかはわからないが、これでは完全に「少年のモンペ」であろう。


 結局、少年はナーデに拘束され、テントに連れ戻されることになるのだが。


「しっかし女が二人も寝てるとこから抜け出すなんて、おめえ、少々、いや、かなりヘタレてるんじゃねえか?」


「いや、そこは意志強固とほめるところであろう。」


「そんなことはないわ。アントくんはお姉さんじゃなきゃダメなんだもんね。」


 この間、無言を貫いたのは、少年にしては賢いことである。


「口は、災厄召喚の呪文を唱えるしかできない」と言われた彼なのだ。


 そして一行がテントを開けると……


「こりゃまた……こいつら、そっちだったのか。」


「……コホン。不謹慎であろう、と言いたいところだが、やはり当代の勇者、取るに足らず。」


「これじゃ、アントくんも逃げ出すよね。」


 方や17歳にしては小柄な盗賊娘、片や14歳とは思えぬほど長身の勇者様であるが……なぜか抱き合ったまま寝ている。


 そして少年は、あらぬ方に目を背けている。


「……なるほど。アントくん、自分の身代わりに勇者様を使ったのね。」


 最近やたらと鋭いナーデである。


 どうやら少年はフィネの拘束から自分が抜け出すために、ロデリア(ゆうしゃさま)を使ったらしい。


 仮にも勇者ともなれば崇拝の対象なのだが、そんな不届きな行為を行った挙句、ウソやごまかしがへたくそな彼はあっさり見破られてしまった。


「すみません。でも、なんだか寝苦しくて。それに、フィネネさんも寝てるのに勘がよくて。」


 ここだけの話、少年が目覚めた時、彼の右にフィネが、左にロデリアがそれぞれ抱きつく形だったのだ。


 フィネは普段は悪ぶってるくせに、素顔は年齢相応でなかなか新鮮で愛らしい。


 その無防備なさまは、少年にも毒であった。


 そして顔を背ければ、ロデリアである。


 正直「ダレ、コノビショウジョ?」なのだ。


 ぶっ倒れる前のヤンキー全開と同一人物と到底思えない、はかなげな風情すら漂う寝顔だ。


 閉じた瞳の睫毛が長い。


 少しだけ開いた唇がかわいい……少年は大いに動揺した。


 そして慌てて二人を振りほどこうとする。


 ところが、さすがに直感はパーティー随一のフィネである。


 少年が逃げ出そうとすると、熟睡しているくせに捕まえるらしい。


 つかまってしまうと、そこは小柄でも17歳の少女である。


 あちこち柔らかくて、女性に免疫がない少年としては困ってしまうのだ。


 そこで、なんとかロデリアと入れ替わる形で抜け出したわけである。


 ちなみに爆睡中のロデリアには抱きつき癖があるのは秘密だ


「へえ……こいつが男を前に熟睡した挙句、離さないってか?」


「フィネネ?貴公、今なんと呼んだ?」


「これは問題だわ。でもアントくんはやっぱりお姉さんがいいんだよね?」


 これまた、沈黙する少年は、今日は賢すぎるであろう。


 いや、これでも重傷患者であった。


 さすがにムリをしたせいか、大人しい。


「後は大人しく横になってますから……でも、ちょっとここは刺激が強いです。」

 

 それでも、つい美少女二人の寝姿に目がチラチラ行ってしまう。


 転生前の年齢は、生理的には無縁らしく、思春期真っ只中の少年として止むを得まい。


「それも問題ね。私は刺激がないってこと!?」


「やっぱり若さには勝てねえんじゃねえか?」


「……。」


 ここでこっそりと一人この場を離れたのはナーシアである。


 気配の察知は苦手だが、いやいや、どうして、騎士とは思えないほど逃げ足は早い。


 いやいやいや、騎士にふさわしく状況判断が早い、と文飾するべきであろうか。

 

 そして再びナーデの逆鱗に触れたジューネは、猛烈に後悔することになる。


 そして逃げ損ねた少年も


「……これ、僕のせいじゃないよね。」


 と一人言い訳することになるが、とんでもない。


 立派に少年が悪いのである。




「あ~よく寝たぜぇ。」


 やはりあんたらを見込んでよかった、とは翌朝の勇者様の弁である。


 最初からぶっ倒れるのは予定済みで、その前も後もしっかり守ってくれそうだったから、遠慮なく「ブチかました」そうだ。


 不用心なのか、人を見る目があるのか、微妙なところである。


 ちなみに一行の中で熟睡できたのはロデリア(ゆうしゃさま)だけだ。


 ナーデは一晩中ジューネをへこませ続け、ジューネはナーデにへこまされ続け、おかげで少年も、途中で目覚めたフィネも眠れず、その場を去ったナーシアはご立派なことに一人しっかり夜番を続けたのだ。


「で、昨日の奴らのことなんだけどよぉ……もぐもぐ……あれが新種の亜人なのかぁ?」


 起きてしまうと、寝姿の愛らしさがどこかに行ってしまう、残念なヤンキー勇者である。


 ドレス姿のくせにヤンキー座りが超絶に似合っている。


「トロウル、と言うそうです。」


 だれも反応しないので仕方なく答えるナーデだ。


 ナーシアはロデリアには妙に冷たいし、ジューネはいじめられ過ぎたせいか大人しい。


 フィネは「あたしはそっちじゃないから。違うんだから」などと一人言い訳し続けているし(誰も聞いちゃいない)、少年に至っては人と話をすることがそもそも苦手である。


 結局ナーデが一人で対応しているわけなのだ。


「そうかぁ。もぐもぐ。」


 朝食のトナムは、南方で多く食べられるトウモロコシの粉を挽いて焼いた薄いパンである。


 トルティーヤのようなものであろうが、焼いてから時間がたった保存用のものであるから、やたらと乾いて固く、おいしくない。


 それを真っ白な歯で食いちぎりながらも話を続けるロデリアに、ナーデですら「せめて朝食終わってから話してほしい」とこっそり胸中でつぶやく。


「んじゃぁ、要は……もぐもぐ……そこのおめえが新種に一番詳しいってわけかぁ。」


 そう人差し指を少年に向けた勇者に、


「人に指を向けてはいけません!」


「しかも食べながら話すとは品性に欠ける!」


 とナーデ&ナーシアの22歳コンビが怒りだす。


 いやはや、勇者相手にいい度胸ではある。


「ち。わぁったよぉ。」


 後の事ではあるが、ロデリアは、相当に勘がよく、かつ強運で知られる勇者である。


 「波のように押し寄せて波のように退く」がモットーだ。


 もっとも人々は「津波のようにやってきて嵐のように去っていく」と言うのだが、引き際の潔さはうかがえる。


 ここでも素直に引き下がったのは正解であろう。


 で、一層トナム退治に全力を挙げるわけだ。


「いまいちだが、ハラがふくれればいいやぁ。お代わりぃ!」


「ねえよ。」


「少しは遠慮するがよかろう。」


「そうネ、食べ過ぎネ。あたいらの分まで食べられたネ!」


「14歳の割りに背が高いのは、ちゃんとご飯を食べてるからなのね……フィネもアントくんも見習わないと。」


「余計なお世話ネ!……ってアント、何やってるネ?」


「ああ、すみません。」


 何か言われる度に条件反射的に謝るのは、少年の前世の国での一般的な習慣だが、この世界ではただの悪癖である。


 ただ謝りながらもその手は器用に作業を続ける。


 隻腕という不自由さをまったく感じさせない。


「昨夜のうちに見つけたタヤボを……」


 以下、面倒なので作者権限で自動翻訳するが、要はタロイモ(里いもの親戚)を、これまた採取した山菜や香草と一緒に大きな葉で包んで地面に埋めて蒸し焼きにした、ということである。


 それを地面から掘り出し、包んでる葉をめくると、辺り一面に湯気と香りが漂い出す。


 なかなかにいい臭いである。


 つられて一斉にあつまる。


「夕べから妙にウロチョロしてると思ってたがよ……お!」


「美味ではないか!?」


「あ、ナーシアちゃっかりズルいネ!」


「マジうめぇ!」


「勇者様、あんなに食べたのに。」


 戦闘食がわりのトナムにみんな飽き飽きしていたのか、早速蒸し焼きに群がる様はピラニアのようであった。


 幸い料理はそれなりにあったので、くいっぱぐれはない。


「アントくん、どこでこんなこと覚えたのよ?」


「徴兵されると決まった時に。実家の本で南方の植生とか食べ方とか調べたんだ。」


「へ~本なんて無駄なモンだと思ってたが、意外だな。」


「知識は財産なのだ。野蛮人め。」


「そういうナーシアも料理なんか全然駄目ネ。」


「もぐもぐ……うめぇ……おい、おめえ、俺の従者になれよぉ。」


「「「「は!?」」」」


 そして、どさくさにまぎれての重大発発言、いや、問題発言であろう。




「だってなぁ、こいつ、こんなナリして」


 小柄でひ弱で片腕、というナリである。


「新種の亜人について詳しいしぃ、槍であのデカブツどもをザクザク倒すしぃ、なんたってメシがうめぇ!」


「そこが一番かよ?」


「しかし、この少年は軍の兵士だぞ?」


「そうネ。ちゃんと部隊に連れ帰らないと……あたしらの報酬が減るネ。」


「報酬ぅ?今さら二等兵一人連れ帰るのに意味ねえだろぉ?」


「あります!アントくんは軍にトロウルの報告をしなくちゃいけないの!」


「そりゃそうだ。それはこの戦局を左右する重大な情報だ。」


「ま、あの報告書だけってわけにはいかねえからな。」


「だいたい、いくら勇者様でも、アントくんに妙な誘惑しないでください!」


「誘惑なんかしてねぇ!勧誘だぁ!」


 意外に言葉に敏感な勇者様だ。


「一応、勇者ともあろうモンがぁ、今まで一人だったのはぁ、気に入ったヤツがいなかったからだぁ。でも、夕べの戦いで、すっかり気に入っちまたんだぁ!……なぁ、あんたらみんなぁ、俺の従者になってくれよぉ?」


「「「「は!?」」」」


 そして、再びの重大発言である。


 これが某英米語であれば「YOU」という人称代名詞は二人称単数でも二人称複数でもあるわけで、こういう誤解はありそうではある。

 

 もっともこの場合のロデリアは、少年をナーデの仲間と思い、ナーデたちごとスカウトしていたということらしい。


「安く見られたな。俺様ご一行がこの坊やのオマケか?」


 だから、ジューネがこう言って怒っても、


「そういうわけじゃねぇよぉ。あんたたちも、こいつとは別枠で、すげえ気に入ったしぃ。強いしぃ、なんてったって、女同士、余計な気苦労や心配がいらねえからぁ。」


 こういう答えが返ってくるわけだ。


 そしてロデリアは強運の主。


 彼女にすれば、たまたまやってきた場所で、優秀な女冒険者一行に出会い共に戦うことができたというのは、天の、いや、聖竜のお導きなのである。


 オマケに強引。


 思いついたら即実行なのだ。


「それはわかるネ。男なんかがいるといろいろ面倒くさいネ。」


「……不本意ながら理解はできる。」


「勇者様の従者か~……冒険者としては一つの頂点ではあるわね。」


 異世界出身者に限らず、英雄に剣聖、聖騎士に大魔導士、異能使いに精霊王、幾多の猛者は存在する世界である。


 しかし、黄金竜が認めた「勇者」は頭一つ、或いはそれ以上抜けている。


 未だ知名度が低くかつおそらくは史上最年少であるロデリアだが、その辺りはむしろ勇者を鍛え支えるという自負が上乗せされる。


 このアキシカ東部では屈指の現役冒険者パーティーにとっても悪い申し出ではない。


 ちなみに引退した冒険者の方がレベルは高いのは、この世界でも事実である。


 だが、引退とは、要するに現役で活動できない社会的、身体的、精神的、家庭的諸事情があるわけで、いくらレベルが高くても現役復帰、パーティー再結成なんてなかなかうまくいかない。


 アイドルグループとは違うようである。


 なので、復帰するにしても、現役パーティーの助っ人という、おいしい役を狙っている。


「追加戦士」でもいいのだが、むしろ「昭和の先輩ライダー」という役回りが望ましいようだ。


 もっとも「戦隊二作目の白い鳥人」を狙う者もいて、現役側としても油断できない。

 

 ……なお、引退云々以下のくだりは途中からは少年の脳内での妄想であり、作者は関与していない。


 本題に戻す。


 そして、今まで存在感のなかった当の本人であるが。


「僕はイヤだ!」

 

 ナーデたちがそれぞれ考え話し合っている中、突然宣言したわけである。


「ええ?勇者様にお仕えできるのは、とても名誉なことなのよ、アントくん?」


「だって僕は、兵役を終えて、家に帰らなきゃ。」


 いつどこで死んでもいい今生であるはずで、どうせ天罰みたいな転生なのだ。


 それでも、一応は、家族がいる……例え血はつながっていなくても。


 死に場所をホイホイ決めた割には、未練がましくも兵役を終えて帰ることが目標らしい。


 難しい。


 前世の記憶や、今生で実の両親が死んだ記憶まで思いだして以来、多少の距離感を抱いてしまった。


 それでも家族を愛している。


 こんな問題だらけの自分をかばってくれた家族を。


 要するに、その日その場で流される死生観。


 感覚的にはこの世で生まれた16歳なのだ。


 女の子を助けると言っては死を覚悟し、はぐれた仲間を助けに行くと言って死地に飛び込み、世界の深淵を覗くためには犠牲を恐れず、そして今は家に帰ると言う。


 兵役は2年で、まだ1年と半年ちょっと残っている。


「わけわかんないネ。」


「ま、ガキだってことじゃね?」


「……家族を大切に思うのは当然であろう。」


 情に厚いが流されないジューネと、家族を失ったフィネは首を傾げ、一方両親に背いて家を飛び出したナーシアでは反応は随分違う。


「でも……私と一緒に戦ってくれるって、二人で激しく燃えた、撤退戦の、あの一夜のことを忘れたの!」


 そこに、大いに誤解を招きそうなナーデの発言である。


「……あんたらぁ、どんな関係なんだぁ?」


 ロデリアが混乱するのは必然であろう。


 そもそも彼らが出会って一月あまりだが、その大半は少年は気絶中、これほど濃密な話をするのも昨夜以来の仲である。


 こんなわけで、ナーデら一行は自然にロデリアと行動を共にする方向で話が進むが、少年は頑なに拒絶するのである。


「ま、仕方ねえさ。こいつが戻んなきゃ、下手すりゃ他のモンが再徴兵なんだぜ。」


 意外に真相はこれかもしれぬ。


 確かに死にもしないで行方不明、脱走などと思われてしまえば、家族に矛先が向くであろう。


 ジューネの言に、少年は無言で応え、一同も沈黙するしかない。


 そもそもロデリアとナーデ以外はそれほど少年に執着しているわけでもないし。




 そして翌日。


 ラグス郊外の連隊宿営地である。


 ロデリアはラグスの町で待機し、一行が軍との契約を終えた後、合流することになっている。


「ええと、そう言えばお前さぁ……アントだっけぇ?気が変わったらいつでも来ていいぜぇ。お前の特技は役に立ちそうだしぃ。」


 わずか三日の撤退で、トロウル種の生態や言語を調査したのは、充分以上に評価している。


 その点では、ナーデという中級魔術師すら上回るのだ。


「すみません、ロデリアさん。僕は軍は嫌いですが、今は離れるわけにはいきませんし……自主的に亜人と戦うなんて特殊な趣味は持ってないです。」


 実は、言語を理解する、ということは、相手を知的生命と認める行為である。


 その上で戦い何人もトロウルを葬ったことに、少年は密かに罪悪感を感じている。


 しかし、彼以外の人族にそれを分かってもらうことは難しい。


 同じ人族が盗賊となって村を襲う時代である。


 この世界、特に戦乱が続くアキシカ地方では、殺人の禁忌が緩い。


「むしろ異世界からきたあなたが、なんでそんなにこの世界の為に戦うのかわかんないです。同じ人族に見えるから、ですか?」


「……るせえや、バーローォ。」


 こう見えて、ロデリアの世界は、12本の世界樹が調和をもたらす平穏な世界なのである。


 その世界樹の一つに認められ、数万年にわたって世界を支えつづけた先代世界樹の芯核という、最も生命力を凝縮した分体を預かることになった身だ。


 暴れるならまだしも(?)生命を奪う行為には強い禁忌を感じている。


 そんなロデリアが首を振ると、長い紅金の髪が揺らめき、いつもは髪に隠れている耳が、不思議な耳飾りに覆われた姿をさらす。


 そして、さりげなく乱れた髪を直すロデリアの仕草は、いつになくヤンキーらしくない。


「それでも、このままじゃこの世界は滅んじまう。戦いを止めたいんなら、今はバランスを取らないと終わんねえのさぁ。」

 

 姿が近い人族に親近感はあるし、何人かには恩もある。


 そして、現状では、転移した亜人が優勢。


 外来種の方が在来種より強い例と同じ理由かどうかは知らないが、亜人の領域は広がりこそすれ、留まることを知らない。


「……ひょっとして、ロデリアさんは、和解を模索してるんですか!?そのために人族の勢力を一時的に盛り返して、亜人をテーブルに着かせる。そこで交渉を……それなら、僕みたいに亜人を調査する人材が必要で……だから僕をこんなに?」


「ああん?何言ってるんだぁ、おめぇ?」


 どうやら買いかぶりであろう。


 ロデリアに、そこまで熟慮とか計算とかができるわけがない。


 だが、或いは直感的に、そして無自覚に正解を見抜いている、その可能性は低くない。

 



 そして、その後、少年は一人所属大隊の宿営に向かった。


 ナーデたちが目を離した一瞬であった。


 気づいたはずのジューネは、知らんぷりをしてくれた。


 


 なのに。


「えへ。やはりアントくんとお姉さんは離れられない運命なのね!」


 連隊主計課と交渉を終え宿営地から戻ったナーデは、少年の左腕を抱えてルンルンである。


 なにやら茫然としている少年を、半ば引きずっていると言っていい。


「ナーデ、何を仕組んだネ?」


 そのしかめっ面は、いつになく大げさで不自然なフィネであるが、口元がヒクヒクしているのはなぜであろうか。


「……摩訶不思議ではあるな。」


 ナーシアは完全に表情がない。


 絵に描いたような無表情、というモノが実在するとすればまさにこれである。


「どうせこうなるって思ってたぜ。」


 そしてニヤニヤ笑うジューネである。


 密かに心中では賭けときゃよかったと舌打ちしているが。


「やっぱ、お前、俺のミリキにメロメロだったんだなぁ。」


 大股開きで椅子にふんぞり返り、よくもこんなことが言える、と一同に冷たく見つめられるロデリアだ。


 その真っ赤なドレスのスカートから見える下着は無地のシロであるが、少年すら突っ込まない。


 これでは異性の同行者がいれば大変であろう……同行する方が。


「えっとね。勇者に同行して南方大陸まで行ってくるって言ったら、偵察結果を報告してくれって言われて、お目付け役をつけられたの。」


 お目付け役。


 つまりは部隊でも一定以上の戦績があり、更にはナーデたちと交流がある兵士。


 加えて所属部隊で厄介者で、その部隊も今はない。


 もう決まったようなものであろう。


「それ、無事戻って報告したら連隊から報酬出るネ?」


「もちろん。出来高払いだけど。」


「それで貰えるモンが貰えるなら、大歓迎さ。よく交渉しやがったな。」


「ああ。俺の従者が一人増えて満足だぁ。」


「愛の力よ!……ってどうしたの?アントくん?ナーシアまで?」


 そして、ナーデは後悔することになる。


 少年だけならまだしも、いつもは高貴で落ち着いた様のナーシアまでがその態度を一変させているのだ。


「ホント?ナーデさん?ホントに南方大陸に行くの?亜人の勢力圏になってもう何十年にもなるけど南方大陸にはあの錬金帝国があったんだろ?その遺跡を調べる機会だってある?あるよね?絶対!ならもう行くしかないじゃないか!これこそ真理の探究だよ!」


 真理の探究のためには、何をしてもいいらしい。


 得意の非暴力主義も怪しいだろう。


「ホントに南方大陸に向かうのか?そこには先代勇者のラルバ様が冒険に向かわれているのであろう。ああ、会うことがかなったら今度こそはあの方に恩を返さなくては!」


 一方ナーシアの脳内は南方大陸=先代勇者と直結するらしい。


 これまた騎士道すら危ぶまれる勢いである。


「そもそも錬金術が発達した南方では魔術回路がない僕みたいな人族でも錬金術師として世界の深淵に立ち向かえたわけで魔術と比べればその威力は限定的ながら汎用性は遥かに富んでいる可能性があるんだよ!」


「もしもラルバ様が危機に瀕している場面に駆けつけることができたならばこれに勝る幸運はない!この機を逃してはなるものか!このナーシアルド・デルミーヒッシュ、一世一代のこのチャンス、絶対にものにしてみせる!」


 なぜか息がピッタリ、二人がかりでナーデに迫り、ここでハイタッチまではじめた少年とナーシアに、呆気にとられる一同であった。


「えっと、ナーシアルドさん、南方探検、一緒に頑張りましょう!」


「おお!少年よ!必ず成功させて見せようぞ!」


 そして固いスクラムを組む二人である。


 まったく、人間何がどうして、どこで意気投合するかわかったものではない。


 そして、すっかり置いてかれた一同は、思いっきりテンションが下がっていく。


 それはもう、見事な急降下ぶりである。


「何よアントくんったら。あんな身も心も固いだけの女がいいの?」


「……なんであの二人が息あってるネ?よくわかんないネ。」


「ちぇ。だから男に免疫のねえヤツは危なっかしいんだよ。」


「まぁ、これでオレの思った通りの一行がそろったわけだから、いいじゃねえかぁ。」


 この瞬間、思わずこの場の視線が声の主に集中した。


 本人は相変わらず、歳に似合わぬ長身のくせに、下着を見せても色気のカケラもない残念美少女なのだが。


「なんだか、この子、運が良すぎない?」


「ああ、偶然坊やを見つけて、偶然その知り合いの俺たちにも会って、偶然戦闘になって……で、これか?」


「まるで全部あのノッポの望んだ通りネ。」


 ヒソヒソと、顔を寄せ合ってそんな相談をする3人である。


 しかし、少年の一言がそんな3人をも一変させる。


「なんたって錬金帝国って言えば、錬金術だね。特に冶金術的なものが発達していたんだよ。別名、黄金帝国って呼ばれるくらい」


「「「黄金!!」」」


 一言で錬金術と言っても、字面通り黄金を錬成する冶金術的なものと、全ての病や傷をいやし不老不死を実現する医療的なものに大別される。


 その両者をつなぐものが俗に言う「賢者の石」であるらしい。


 目指す南方大陸では、特に前者が発達して貴金属が豊富にある……


 そう聞いた冒険者一同の士気はうなぎのぼり、いや、鯉の滝登りの勢いであろう。


「うひひひ、きっと金貨がザックザクだぜ!」


「そうネ!黄金の城とか塔とかあるはずネ!」


「いくら金でも、建物を壊すのは気が引けるけど……その時はその時かな。」


「では勇者殿、早速南方大陸へ向かおうではないか!」


「ロデリアさん。こうなったら僕も兵役が終わるまで付き合うよ。」


 まったく、そもそもなんのためにロデリアとナーデが、人族の絶滅した南方大陸まで向かうのか、みんな理由も目的も全然気にならないらしい。


 もう自分の動機しか見えていない。


「いいか、おめえらぁ。南方大陸に行きたいかぁ!」


「「「「「おお~!!!!!」」」」」


 これは大陸縦断スペシュアルクイズであろうか?


 そんな異常な盛り上がりもどこまで続くやら、である。


 こうして、王国暦399年5月。


 若きアンティノウス・フェルノウルは南方大陸へ旅立つのである。


 その一歩目は州都エーデルンの治癒魔術院で「完全回復」をかけられることであったが。





 そして、その、エーデルンの参謀府の一室である。


 これは、南方軍中枢の者の中でも、共通する思想を持った集まりだ。


「では、先の新種の亜人についてだが。シャズナー中佐。」


「はっ。ではご報告させていただきます。」


 中佐が、立ち上がり、その偉丈夫をさらすと、参加者から心ならずも感嘆のうめきがもれた。


 貴族的な優美な所作と軍人の律動的な動作の見事な融合でもある。


「先日第9師団より送られた、新種の亜人についての報告書です。」


 ……この後、中佐のよく響く低音による説明が続く。

 

 報告書は、一部を除き信用に値するということ。


 それは同時に送られた新種の亜人の首が、既知のどの亜人種とも異なることが明らかであることからも裏付けされる。


 一方、一部の誤り、すなわち亜人の言語については、明らかに考えられず、既存のどの学説や調査結果とも矛盾することから、誤りである、ということ……。


「この報告書を提出した兵に再調査を命じるよう、同志である師団参謀に指示しました。亜人についての更なる詳細な報告を待つところであります。」

 

 もっとも、再調査とやらにはさほど期待していない。


 要は、面倒な報告をした当事者を遠くに追いやって、時間を稼ぐことである。


 その間に、彼の戦略構想を実現すればいいのだ。


 もちろん同行する連中ともども、いなくなってくれればこれに越したことはない。


「そこで、まず、王国政府並びに中央軍へ新種の亜人、トロウルの実在を報告することであります。これは、以前布告された内容に逆らうことになりますが、ここにいない方々に現場の、戦場の実態を知っていただくためには必要にて不可欠なことなのであります。」


 彼とその所属する派閥にとって、中央軍は実戦を知らないお飾りにもかかわらず、数十年の戦闘を経ている南方軍が下に置かれる現状は許しがたいのである。


 それゆえ、中佐はこの機会を利用している。


 新種の亜人の実在を中央に訴え、今までこれを無視し、窮状を訴えた者をむしろ処罰していたという失態を明らかにするために。


「小官は、中央の方々に思うところなどありません。」


 もちろんウソである。


 これは個人的感情ではなく、あくまで大義のため、ということを強調するのに必要な作法なのだ。


「しかし、あくまで事実は事実。それを見過ごしたばかりか、戦場にいない尊い方々によって、戦地で戦う将兵がいかに制約され苦境に立つことになったかを思えば、やるべきことは明らかであります!それ、すなわち、我ら南方軍は、これより王国政府や中央軍によってこれ以上の掣肘を受けず、己の頭で考え、己の目で見た敵と、己の腕で戦うべきなのであります!!」


 中央からの制約を受けない、自由な戦争の希求。


 それは単なる軍事的な自立ではなくとも、南方軍の軍閥化を招き、事態の混乱に拍車をかけることにならないだろうか。


 そう危惧した者もいた。


 或いは、軍の利権に関わる中央と南方の争いが、形を変えただけではないのかと感じた者もいた。


 しかし、この場の多くは、多かれ少なかれ、日ごろ政府や中央軍に不満を抱えていたのである。


 それゆえ、この場の決議は中佐の提案に近いものとなる。


「我ら南方軍は、新種の亜人トロウルの実在を正式に確認した。今後は、この戦いをトロウル戦役と名付け、同亜人種と徹底的に戦うものである。なお、つきましては、中央軍より以前布告された内容について、南方軍は三つの要求をする。これは実際に戦場で戦う将兵として誠に正当なものであり、速やかに受諾されると確信している。


 一つ 布告の即時撤回と謝罪。


 二つ 布告者への厳罰。


 三つ 同戦役終了までの一切の布告・軍令の停止。


 以上である。」

 

 数日後、この、後に「核人派コアード」と呼ばれる派閥の決定は、参謀府に提案され、南方軍総司令部に具申されることになる。



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作者:SHO-DA 作品名:異世界に転生したのにまた「ひきこもり」の、わたしの困った叔父様 URL:https://ncode.syosetu.com/n8024fq/
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