外伝 その7「これじゃまるで人型の強襲揚陸艦じゃないか。」
その7「これじゃまるで人型の強襲揚陸艦じゃないか。」
「光!」
いよいよ敵の本隊らしい。
木々の合間にも、その赤く輝く瞳が迫る。
そして、それをにらみつつ、小剣を愛用のメイジスタッフに替えたナーデである。
「……でけえな。確かに4m以上ありそうだ。」
矢は射つくした。
戦斧に円盾を構えるジューネだが、少々間合いが違い過ぎる相手に、イヤな顔をしている。
「赤いネ。顔も体も、全部赤いネ?」
ライトに照らされる、近づく新種の亜人。
オーガ種が大きな角と牙、巨体という特徴ながら比較的人族に近い外見であるのに対し、この新種は肌の色も、横幅の広さや短い手足という全体のプロポーションそのものも、人族はおろか既知の亜人とは異なるようだ。
ほとんどの個体には角はないが、頭部に短く太い角があるものも数体いた。
また、ひときわ太い首に四角い大きな顔をした個体が一体。
どうやら複数の亜種か、職種か……。
その多くは腰布に、3mはあろう巨大な棍棒をさしていた。
ただの丸太ではなく、それなりにバランス調整され、握り(グリップ)もある。
それが、ざっと20体。
足もとには、その倍以上のゴブリンもいる。
そんな本隊の威容に、自分は小物相手に徹する、と切り替えたフィネだが、その目が一瞬、不自然に泳いでしまった。
「ああん?あたいの親戚じゃねえぞ、変な目で見んな!」
全身赤という自分のポリシーカラーをパクられた、そう怒ってるロデリアだ。
面倒くさい子である。
「勇者殿。何かなさるのであろう。集中を。」
そこに、冷ややかなナーシアの声。
やはり当代の勇者には塩対応だ。
「うるせえアマだな。わぁったよ。」
ナーデは「あらあら、勇者様も反抗期?難しいお年頃なのね」と言いかけて固まった。
まさか……そう思おうとしたのだが、その丸い頬を、一筋の冷や汗が流れる。
「hdg。hgclxsxs!」
そして、この場に居た人族女性5人の背筋が一斉に凍り付いた!
「このバカ野郎!」
「自殺趣味ネ!」
「同じ失敗を繰り返す愚か者!」
「死ねやぁ!」
「アントくん!」
近づく亜人の群れに、またもや駆け寄り叫んだ少年の背中めがけて、罵声とか怒号とか悲鳴とか、そんなものが突き刺さるのだが、本人はちっとも気にしない。
「hgclxsxs!!……多分、意味は、話を聞け、さ。」
そして……にらみつけるような彼の目の前で、なんと、一体の新種の足が止まった。
その新種の頭部は、他の個体より一回りは大きい。
「hgc?nytr?」
「ええっと、そうそう。で、tkyymr!」
どうやら、作者も驚いているが、少年と亜人の会話が成立しているらしい……いや、失礼。
「hh!snhy!!」
「このわからずやめ!」
いやいや、早計。
万が一、いや、1000万が一、言葉が通じたとしても、戦闘直前に話し合うなんてそんなのは不可能であろう。
共通の白旗文化もないのである。
故に、顔の大きな新種が腰の巨大な棍棒……もはや棍棒と言えないサイズ……を振りかざした。
その瞬間!
「あ……やっちゃった。」
少年の左腕には、さきほどのゴブリンの死体から奪った槍があった。
槍は2m余り。
腕を伸ばした少年の穂先はギリギリその喉を貫き、喉骨を砕いた。
実はこの亜人は再生能力があるので急所を一撃で潰さない限りなかなか倒せない。
しかし、今、その巨体がゆっくりと倒れ、少年の足元に沈んだ。
慌てて飛びのく少年だ。
「話し合おうって言った僕だけど、攻撃動作に入ったのはお前が先だからな!僕は非暴力主義だけど無抵抗主義じゃないんだから!」
どうやら彼にとって敵味方のラインは明確で、かつ一線を越えたら先制攻撃、即オッケーらしい。
とても前世が平和主義国家とは思えない。
それでも後ろめたいのか、その場で立ち尽くしたまま動こうとしない。
「ああ、もう何言い訳してるのよ!いったん下がって!」
ナーデは、わが身を顧みず、猛烈なダッシュで少年の腕をつかみ、後方に引きずる。
そんな彼女は、少年とともに囮として退却した際にその腕前を見たので、まだこの程度で済んでいる。
「ウソ……あんなガキが?」
「マボロシであろうか?」
いち早く少年の戦功を認めたはずのジューネとナーシアが、それでも余りの見事な一撃に自分の目を疑い、互いの顔を見合わせる。
相手の顔に浮かんだ表情は、自分と同じモノである。
半信半疑だ。
「ハハハ……新種って弱いネ?」
フィネは乾いた笑い声をたてるが、全然笑っていない。
語尾の「ネ?」も疑問ではなく反語であろう。
いや、そんなはずはない、である。
「何が話し合おう、だ。相手を知る、だ。結局真っ先にてめえで相手を殺ってるし。」
身もふたもない事実を言いながら、それでもロデリアは笑った。
こちらは乾いていない笑いだ。
いや、14歳の美少女が、死体を見て笑うのは、これはこれでシュールかもしれぬが、それが戦争の哀しさか。
「あ~あ、またやり直しか。さっきから気が散りっぱなしだぜ。」
そして、今度は目をつぶる。
どうやら後は完全に周りに任せるつもりらしい。
初対面の者に生死を預けるとは、見かけ通りの豪胆さである。
いや、顔立ちは、黙っていれば純洋風美少女なのだが。
そして、ナーデに引きずられながら少年は叫ぶ。
「今の頭デッカチがトロウルの将軍種さ。だから指揮官が死んで、こいつら困ってる所。やるんなら今だよ!」
「トロウル?」
「将軍種?」
「困ってる?」
「アントくん、あなた何言ってるのよ?」
「僕は、さっきまで洞窟の中で三日間、あいつらを観察していた!だから、今、この世であいつらのことを一番知ってるのは、この僕さ!ちなみにさっきの言葉はトロウルにしか通じないみたいだから、トロウル語だ!そうさ、こいつらはトロウルって言うんだ!」
「話し合いがこじれたら即殺し合いかよ!何が敵を知る、だ!?」
それでも戦機と見たか、乱れた敵の陣列に、真っ先に飛び込んだジューネだ。
ここでの彼女の最大の武器は、狡猾さである。
指揮系統が混乱する中、乱戦に持ち込んだ。
トロウルの足を攻撃して怒らせては、そのメイスの反撃にゴブリンを巻き込むのだ。
振るわれるのは3メートルのメイスである。
巨体がそれを振るう度に2,3体のゴブリンをなぎ倒している。
もちろんジューネはちゃっかり避難。
しかも木の間にいる敵への接近だ。
敵だってなまじ巨体で大きな武器を持っているからこそ、自由に武器を振るえない。
今も、イラついたトロウルが強引にメイスをふるい、木に遮られている。
いや、木の幹を砕いた威力は恐ろしいが、その木が倒れ込むのは自分のほうである。
そこで右往左往すれば、ジューネの一撃、いや、連続攻撃をくらうことになる。
「いや、機に臨み変に応じる。これはこれで理に適ってる。気に入った!」
ナーデは森から出ようとするトロウルの前に立ちふさがった。
あの巨体の攻撃では、大盾や金属ヨロイでも防げまい。
そう悟るや、あっさりと盾を捨てた。
「軽量化」のおかげで重量のわりには機敏に動ける。
彼女は敵の攻撃をかわし、半裸の上半身めがけ渾身の突きを放つ。
長剣はまずその腹をえぐった。
崩れ、膝をつくトロウル。
しかし、まだ致命傷ではない。
みるみる傷がふさがり始める、恐るべき再生能力だ。
が、ナーデの長剣が再び一閃し、その首を胴体から切り離した。
後ろでゴブリンがウロチョロしてるが、そちらは金属ヨロイでうまく受け止め、振り返りざまに、これまた一閃。
こちらは胴斬である。
「こっち来るな、ネ!」
やや後方で、浸透したゴブリンを駆逐するフィネだ。
さすがに一人では手に余るが、要所で放たれるナーデの術式の合間に、傷ついた敵にはしっかりとどめを刺している。
「もう……アント、お前のせいネ!」
「ええっと、フィネネさん、敵が襲うのは僕のせいじゃないから。」
「フィネ、ネ!」
「だからフィネネさんでしょ?」
これはフィネの話し方に問題がありそうだ。
少なくてもこのコミュ障の少年にとっては、人の名前を覚えただけでも大したことなのだから。
そして、非暴力主義と自称して、散々「真理の探究」だの「敵を知る」だの言ってた張本人は、非力で小柄で片腕にもかかわらず、一人一殺、一撃必殺を量産している。
どうやらトロウル相手にも実戦経験済みらしい。
もっぱら小物はフィネの相手、大物は少年の担当。
いつの間にか、そんな役割分担めいたものができていく。
「……ナーデが願いあげます!『塁陣炎』!」
更に、ナーデの防衛術式が展開する。
いや、これを単に防衛と言っていいものか。
まずはこれも極めてレアな……まるで痛い痛撃みたいな二重表現になってしまったが……中級の火の精霊系術式だ。
術者が指定した地点に火の精霊が集まり陣を組むのだ。
つまり、空中に多数の火の玉が浮遊し、敵の侵入を拒むのである。
もちろん敵が侵入したら、火の玉が群がってその敵にダメージを負わせる。
今ナーデが指定した地点は、彼女とロデリアを囲む5m四方。
ゴブリンごときでは近寄ることもできないし、メイスを構えたトロウルでも、火のダメージは躊躇する。
いや、実際に今、火だるまになったトロウルが一体……。
さすがの再生能力も火のダメージには効果がないらしい。
しかし、この術式は、もちろん展開中も術者は多大な魔力と集中力を消費している。
呪文の効率ならば一般的な「炎の壁」の方がいいのであろうが、あれでは一枚の壁を突破されれば侵入されてしまうのに対し、こちらは対象がそのエリアにいる限りダメージを負い続ける。
短い時間に守りを固める。
その覚悟でナーデは、この術式を選んだ。
決して、珍しい術式を唱えれば、魔術を偏愛する少年が賞賛してくれるからではない。
「なんてレアな術式なんだ!ナーデさん、凄過ぎ!あとで絶対その術式の事教えてね!」
とはいえ、少年が彼女らを守りながら奮戦すれば、ナーデも思わず口元がユルユルになっている。
難儀な状態であるが、それでも集中力はきれていないようだ。
「おい、まだかよ、勇者殿!」
とは言え、乱戦に持ち込んだ分、体力も集中力も消費は激しい。
ジューネの円盾は半分欠け、その息を切らせ始める。
それでも、多くのゴブリンを直接間接的に葬り、数体のトロウルを足止めした。
今も、一体の頭を戦斧で勝ち割ったところである。
足を傷つけ倒してしまえば、頭部に防具がないので、なんとかなる。
自分の顔に飛び散ったその脳漿をペロリとなめたのは、塩分の補給のつもりだろうか?
「やはり、あの小娘には荷が重いのではないか?先代様の勇姿と比べ、さっきの戦い方には品がないし、今も何をしてるやら。」
敵の前に堂々とたちふさがるが、ナーシアの動きは最小限でまだ余力がありそうだ。
トロウルはリーチが長い分、多数で彼女を取り囲めず、逆に足元に迫られて各個に撃破されていく。
とは言え、これもナーシアの実力やナーデの支援魔術、そして仲間の援護あってのことではある。
なまじな戦士では4m級のトロウル相手に一対一で互角に戦うことすら不可能。
それ故か、先代への思慕のせいか、ロデリアへの評価は低くなる一方なのだが。
「塁陣炎」の中にいるナーデの、更にその陰にいるロデリア。
彼女の持つ長い薄茶色の木刀は、いつしか輝きを増している。
それは、淡い緑色の輝き。
その光は、彼女を、ナーデを、辺り一面を照らし、更に広がっていく。
その景色を目の当たりにした少年は、血相を変えた。
「なんだ、これ……ああ、もう邪魔しないでくれ!」
さっきまで戦わないとかなんとか言ってたくせに、もはや自分の興味を遮るものには欠片も容赦しない。
瞬く間にゴブリン、トロウルを数体葬る。
君子でなくても豹変はできる、という悪い例がまた増えた。
しかも苦手なはずの先手で瞬殺である。
腕前はこの数日で数段上がったようだが、言行不一致も甚だしい。
それでも周りが減ったせいか、彼はこの現象に集中することにしたようだ。
後ろに下がり観察に夢中である。
どこからともなく羊皮紙と羽ペンまで取り出している。
いや、これは彼が自分の体のあちこちに呪符した「収納」という下級の空間系術式らしい。
「魔法のポッケ」の割りには大した収納力ではない。
器用なことに右腕の残った部分に紙をあてて顎先でとめ、左手に持った羽ペンですらすらとメモを始める有様は、もう戦闘なんかどこ吹く風である。
「こら!こっちの敵が増えたネ!これもアントのせいネ!」
トータルで見れば、周囲の敵は激減したのだが、一時的にフィネの周りが敵だらけになる。
彼女からすれば大迷惑だ。
挙句にその張本人は無防備である。
口は悪いが根はやさしさを捨てきれない彼女としては、つい、そのバカの護衛の為に投げナイフを大いに消費し、相手にも自分にも腹を立てる。
「もう、アントくんたら……でも、こっちはいいみたいだし……」
そしてすっかり少年に甘くなってしまったナーデは、「塁陣炎」を解き、普通に「火撃」(ファイアボルト)」で援護を始めた。
そして少年に強化した「防御」までかける。
「ナーデ、過保護ネ、趣味丸出しネ!」
「ごめんなさい。つい……。フィネにも、『回避』!……これで許して。」
「しょうがないネ。でも後で一杯おごってもらうネ!」
そんな後方のやり取りに、さすがのジューネも呆れだす。
ナーシアもだ。
いつしかナーシアも森に入り、乱戦に加わっている。
そして、瞬間的にジューネと並ぶ。
「お前らな~こっちは大変なんだぜ!」
「……これも勇者殿が待たせるからだ。」
「ナーシア、お前、随分ロデリア殿に冷たいじゃねえか?」
「気のせいだ。」
いや、それなりに余裕はあるらしい。
ナーシアは息を切らし、ジューネにいたっては左腕が傷つき垂れ下がっているが。
「そっちもゴメン!射程延長してっと……『治癒』!……『疲労回復』!」
二人にそれぞれ回復魔術を行使したナーデは、さすがにここで息を乱す。
「そろそろ打ち止め……まだかな、勇者様は?」
一同が苦戦を楽しんでいるその間にも、淡かった緑色の輝きは、濃く強く、その印象を大きく変えていった。
元来緑色とは穏やかさを感じさせる色調なのであるが、ロデリアの木刀から放たれる緑色は、持つ本人が真っ赤っ赤な攻撃色のせいか、次第に周囲への侵食率を高めているような、アヤシイ気配に変わっている。
「へへへ、待たせたな、てめえら!」
待たせたのは敵か味方か、ドッチに言ってるのか、もうわからなくなっているが、そのまま緑色に輝く光の柱を振り下ろした!
「来やがれ、野郎ども!」
そんなヤンキー色にまみれた叫びと共に振り下ろされた先で、空間が裂ける。
そこには緑色の空間が凝縮されていた。
無数の木々が、そしてその奥にそびえる一本の、天を支える巨木が見えたような、そんな気がした……のは一瞬であった。
もうさきほどの景色は一変し、その空間から、何かがやってくるのだ。
わらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわらわら………………。
見えるのは、無数の木が、いや、木ではあるが、人の顔らしいものが浮かび、枝の中には手のように変化したものがある。
根っこは足に見えなくもない。
樹人だ。
比較的若い樹木が多いせいか、小さくてもトレントにしては血の気が多い。
小さいと言っても大半は5mを越え、トロウル種を上回るのだが。
「やってきましたぜ!姐さん!」
「遅くなりやした!」
「出入りの相手はどこのモンですかい?」
「腕が鳴りやがるぜ!」
その数はおそらく数百に上る。
これでは、どう見てもやくざの出入りであろう。
あまりのことに、もう人族の娘たちは戦闘どころか、放心状態である。
「ええと、木の精が、一つ、二つ、たくさん……。」
数を数えるという初歩の文明的行為を、ジューネはあっさりと放棄した。
「……何やら戦うことがばかばかしくなった。」
ナーシアは騎士道、いや、自分の生き方すら放棄しそうなことを口走っている。
「なんだか、今回の依頼は、わけわかんないことばっかりネ。」
こちらは思考を放棄したフィネ。チョコンと座って、珍しく頬杖姿まで見せている。
「……でも、仕事のお代はちゃんといただきましょう。新種の死体でもみせれば、偵察任務大成功よ。連隊の主計課だって。」
しっかりというかちゃっかりというか、ナーデはリーダーらしく抜かりない。
いや、普段は露骨なソロバン勘定を見せてないのだから、これも何かを放棄したのだろう。
外面であろうか?
その間にも洞窟前の森林は樹人兵に埋め尽くされ、もうトロウルもゴブリンもモミクチャで、押し流されるだけだった。
「どうだ!これが第13代異世界勇者ロデリア様の本気のジツリキだぜ!」
右手に木刀、左手でガッツポーズをするロデリアである。
所詮は他力本願のはずなのだが、その後ろめたさなど、まったく感じていないサワヤカサだ。
この直後に力つきて、真っ赤なスカートがまくれ上がる姿でぶっ倒れることになるのだが。
ちなみに、その一見ただの木刀は「先代世界樹の芯核」、異世界の御神器である。
それを持てることが既に常人ではないのだが、この時期はまだそれに振り回されるだけのロデリアだった。
目の前で倒れた少女のあられもない姿に、さすがに目のやり場に困る少年だ。
それでもこうつぶやくのは忘れなかった。
「どっからかやってきて、敵前で強引に部下を上陸させるっていう……ロデリアさんって、これじゃまるで人型の強襲揚陸艦じゃないか。」
第13代異世界勇者ロデリア。
人呼んで「人型強襲揚陸艦」。
しかしその概念は伝わってもasultshipという語句はうまく伝わらないせいか、こう呼ばれることになる。
「異世界襲撃者」と。