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外伝 その5 「やっぱ、僕の転生って、ご褒美じゃなくて天罰だよね。」

その5 「やっぱ、僕の転生って、ご褒美じゃなくて天罰だよね。」


「どうしたの?アントくん。」


 夜の森の奥でナーデは少年が憂鬱な様子に気づく。


 ナゾの亜人の投石から逃れ、ゴブリンも追跡を諦めたようだ。


 ようやく木のうろで一休み……そんな時間のはずなのだが、味方の犠牲を思い出したのだろう、と思う。


「そんなに辛そうに見て……空になにかある?」


 しかし、少年は夜空を眺めたままだ。


 木々の枝葉に遮られた、箱庭のような夜空を。


「いいえ。ないからツライ……のかな。僕は、故郷の山にも桜にも、まして温泉にも未練はないけど……でも月だけは馴染めない。」


「つき?」


 意外な言葉を聞いて、首をかしげたナーデ。


「つき……って?あのおとぎ話や伝承の中に出てくる?」


 一部の術式にも世界を構成する概念として残ってはいる。


 しかし、その姿を見た者はいない。


 そんな月の伝承を思い出しながら、ナーデはそのヒスイ色の瞳を空に向ける。


 やはり、そんなモノは見えはしない。


 いつも通り、強弱様々ありこそすれ、夜空にはたくさんの星々がきらめいている。




 それは昔。


 大昔。


 偉大な太陽が、この地を治めていた、そんな大昔。

 

 太陽は、まだ幼い人の子を、時に大いに励まし、時に厳しく叱り、大切に育てていました。


 いつか、自分も星々も、世界の光の全てが息絶える時も、この世界に正しく強く生き残る、そんな後継ぎになることを期待していたのです。


 人の子も、太陽の強い光りを浴びながら、そんな期待に応えようと励んでいたようでした。


 太陽は、ついにその成長を認め、人族に一日の半分を自由にすることを約束しました。


 ただ、いきなり自由にするのも不安だった太陽は、自分がいない時は、自分のかわりに、優しく穏やかな月を置くことにしました。


「よいか、月よ。人の子は我が光の前にひれ伏し、我が意思に従う従順な生き物である。しかし、我に従うばかりでは、我の跡を継いで世界を治めることはできぬ。そこで、我は一日の半分を天から離れ、自由を与えることにした。その時には、お前が人の子を見守るのだ。」


「はい。お言いつけのままに。わたくしが人の子の、ありのままの姿を見守りましょう。」


 こうして、一日のうち、半分は太陽が強い光で人を導き、残る半分を月が優しく穏やかに見守ることとなったのです。


 未熟で、しかし実は狡猾な人の子は、強い太陽の前では今まで通り従順に仕えました。


 しかし、彼がいなくなる自由な時間には、やんちゃな子どものまま、時に冒険し、時に失敗します。


 進歩もしますが、堕落もしたのです。ついには魔術を身につけ賢くなって、ですが他の生き物をいじめるようになったのです。


 そして優しい月が何を言っても知らんぷり。


「太陽よ、人の子は、わたしの言うことを聞きません。」


「月よ、それでいいのだ。お前の前では彼らは自由なのだから。」


「太陽よ、このままでは人の子は、道を外れ、己以外の生き物を滅ぼします。」


「月よ、そんなことはない。彼らは未だ、我の言うがままぞ。」


 強い自分の前では、ひたすらへりくだる人の子です。


 太陽は、月の前で堕落しても、自分の前で真面目ならばそれでいい、それが自由だ、と思っていたのです。

 

 いつしか月は悲しくなって、何も見ず、何も言わないようになりました。


 人の子は、ますます増長します。


 そして、いくつかの生き物が人の子によって滅ぼされると、月は、ついに太陽にも別れを告げず居なくなってしまいました。


「月がいなくなっても、人の子らは変わるまい。ならば今のままでよい。」


 太陽がそう考えたので、結局太陽のいない間、人々は暗闇にまぎれ、今まで以上に思うがままにふるまうようになりました。


 そして、人は、もうこの世界の主のようにふるまうのです。


 人族以外の、ヒトの眷属を見下し、それ以外の動植物を乱獲します。


 世界は、だんだんときれいではなくなっていき、太陽もようやく、己の非を悟りました。

 

 そんな時、ついに亜人が現れたのです。


 彼らは月のいなくなった暗闇からやってきて、この世界に降り立ったのでした。太陽に見捨てられた人の子は、自分の力で戦わなくてはなりません。


 せめて戦って勝たなければ、太陽は人の子を後継ぎにしてくれないのです。


 また、ある者は言います。


 悪い心を隠さなくなった人の子たちから、人でないモノが現れたのだ。


 だから、これは人と亜人の戦いではなく、人の残った良い心と、もう汚れてしまった悪い心が争っているのだ、と。


 いずれにしても、月が去り、一日の半分が暗くなった世界で、人も亜人も争いを続けるのです……。


 もしも、いつの日か、月がもどってきたら、この世界を見てどう思うのでしょうか?




「……アントくんってロマンチスト?まだ、月の伝承なんて信じてるのね?」


 年下の少年に刺戟されている厄介な性癖のナーデである。


 少年がまだおとぎ話の類を信じて夜空を眺めていると思うと、その特殊な趣味がうずくらしい。


 難儀である。


「……いえ。ただ、同じ地球のはずなのに、月も見えないし星の配置も違うから」


 故郷の山にも桜にも未練はない。


 温泉に特別な興味もない。


 ただ、月にだけは不思議と郷愁をそそられる。


 なのに、それだけは、ここで見ることができないらしい。


「やっぱ、僕の転生って、ご褒美じゃなくて天罰だよね。」


 だから、エクサスで、今の部隊で迫害されても、どこか受け入れている。


 従軍を決意した時もナーデに同行する時も、簡単に覚悟を決められる。


 少年は、今生での幸せをとっくに諦めているのだ。


 だからと言って、次の転生を本気で信じているかも、実はアヤシイ。


そんな自分でも、仲間の生死は気になる。


 自分は無事でこうしているけれど、あの後、仲間はどうなったのか?


 そして、つい夜空に目を向けて、気がつけば、ここにはないはずの月を探してしまうのだ。


 そんな憂鬱そうな少年を、不思議そうにみつめるナーデである。


 歳より幼いと感じていたのに、今、この時は、夜空を眺めている時だけは、不思議と大人びて見えた。


 自分よりも年長なくらいに。


 しかし、その夜空を映した瞳だけは、変わらずきれいだ、とも思った。




 その後、ナーデと少年は再び、動き出した。


 幸い亜熱帯ともいえるこの地の春は、夜もさほど寒い季節ではない。


 ナーデが仲間と決めていた合流地点には、戦場となった森を大きく迂回していかなければならないが。


「大丈夫?まだ歩ける?口の中、痛くないかしら?」


 少年のサンダルから露出した足は草や岩で切られ、かかとには靴擦れがある。


 おまけに、さっきは口から血を噴出している。


 吐血ではない、噴出なのだ。


 ナーデはせめてもう一度「手当エイド」をかけようと思ったが少年自身が拒んだ。


「これくらいで術式はもったいないですよ。魔力は温存しましょう。」


 少年は懐中から貝殻を出し、中の白い軟膏を足に塗りだした。


 自分で調合した薬だと言う。


 大けがに効くようなものではないが、暇を見つけては薬草を集めていたそうだ。


「槍で大物は倒すし、肉体呪符なんかして、おまけに薬を調合?……なんて子でしょ。」


 それでも安全圏までは、魔力の無駄遣いは避けるべきであろう。


 そのまま歩き出す二人だ。


 そして、夜が明け、日が高くなった頃、ナーデと少年は、目印の巨木がある仲間との集合場所にたどり着いた。


 木の根元には大きなくぼみがあり、二人並んで隠れることができた。


 ようやく人心地がついた、というところだ。


 くぼみの中でくっつくと今さらながらも困惑する少年であるが。


 いや、女性は苦手でも嫌いではない。


 ヨロイ越しなのにナーデさんの肩は不思議と柔らかだし、少しドギマギしている。


 それを察してか、からかうようなナーデさんは優しく少年の口を開けさせる。


 楽しそうではある。


「はい、あ~んして……もう……口の中が血まみれ……ひどいわね。『治癒キュア』!」


 人の口内に手を入れて回復術式の行使とは、未だ歯医者の概念に乏しいこの世界では画期的なことではあろう。


 医療史とか魔術史に残るべき事例かもしれぬ。


 いや、或いは治癒魔術師という職業や治療魔術院がある世界であるから、虫歯や口内炎の治療に魔術もとっくに活用しているのであろうか?


 世界設定を煮詰めておくべきである、と作者は反省する。


 が、おそらくは生命の危機でもない限り、一般市民が払える金額ではない、という辺りにするべきであろう。


 某大米帝国でもないが、まともな保険制度はないのである。


「もう、いいかしら?でも、奥歯にあんなこと……ホント、あなた、非常識な子なのね。」

 

 ナーデさんは昨夜の少年の奇行を思い返している。


 余程印象に残ったらしい。


 まぁ、彼の行動はおおむねあんなものである。


 「俊足ダッシュ」の奥歯への呪符でもそうなのだが、目の付け所は悪くない……ことが多い、多分。

 

 肉体に呪符することには激痛が伴うが、歯であれば神経に達するほど深く掘らなければ痛みはない。


 呪符を行使した結果が最悪でも失うのは理論上歯の一本のはず。


 四肢への呪符と比べれば、永久歯は最大32本。


 損失は極めて軽微と言える。

 

 ただし、自分の歯である。


 そんな表面積の小さなものに精密な呪符を刻むことは極めて高い技量を要する。


 しかもおそらく鏡を見ながらの作業。


 もちろん刻む文様や魔法文字は全て左右逆転させなくてはならない。


 考えただけで面倒くさい。


 しかし、この少年は、こと魔術に関することには手を抜かない。


 往来の偏執的な関心に加え、魔法学園を落第して以来のひきこもり生活がそれに拍車を加える。

 

 さらに言えば、もともと器用な手先の上に、実家は製本・写本業者で、幼いころから家業は厳しく学ばされている。


 そして一時期、少年は印刷技術が未発達なこの世界に、その新技術を持ち込もうしていたこともある。


 その際に、鏡文字、つまり文字や文様を反転させる技術は独学で身に着けていたという念の入りようである。


 これらの要素がかみ合って、彼に「奥歯への呪符」という、超高等な技術開発を成功させたのである。


 しかし。


 結果はご覧の通り。


 奥歯が消滅してくれれば、最上の結果と言えるこの成果も、呪符そのものがうまくいきすぎて損傷ですんでしまった。


 しかし損傷のため、口内で奥歯が破裂するという、いわば口内クラスターを招いてしまったのである!

 

 最高の成果が、最上の結果を生むとは限らない。


 いや、少年の人生に限って言えば、だいたいそんなものなのだが。


 だから彼のつぶやきは、誰の耳にも届かない。


「だから、僕の人生は、ここでもそんなモノなのさ。」




 巨木の下で、身を寄せたまま、そのまま、待つことしばしの二人。


「おやおや、いい感じじゃないか、ナーデ。」


 少し離れた茂みから、二人を見つけたジューネが姿を見せた。


 随分と楽し気な声ではある。


 実はジューネはフィネと賭けをしていた。


 ナーデが自分の趣味に駆られて、少年のDTを強奪したかどうか、という賭けだ。


 もちろんジューネは成功に賭けた。ちなみに真面目なナーシアには絶対に内緒だ。


「早かったわね、ジューネ。みんなは?」


「ああ。無事さ……ところでさ……お前らどこまでいった?まだなら、手伝おうか?」

 

 ナーデと少年を交互に見つめ、意味深にニヤニヤ笑うジューネである。


 まさかの二人がかりでの既成事実化?


 これが実現すれば、この外伝はR指定になってしまうのだが。


 もしもそうなったら作者はそういう描写をしなくてはならないのだろうか?


「いらないわよ、バカ。」


 さすがにナーデもジューネの意図を察し、顔を赤らめて少年から少し離れた。


 特殊な趣味はあるものの「力づくなんて趣味じゃない」のである。


 作者としてもほっと胸をなでおろすのだ。


 その間、当の少年はまったく自分の危機に気づいていない(好機かもしれないが)。


「みんな無事でよかったわ。敵の追撃、厳しいんじゃないかって心配したんだから。」


「おかげさんで。っていうか、たった二人で囮を引き受けたあんたらに心配されるほどじゃねえよ。」


「ナーシアとフィネは?」


「あいつらは前衛部隊の護衛任務続行中さ。ほとんど終わったけどね。」


 安全圏に達したところで、パーティ一中一番のサバイバリティを誇るジューネが、ナーデとの合流に赴いた、というところらしい。


 数百人もいた部隊が、熟練冒険者とは言えわずか二人に護衛されるほどになったと嘆く半面、まだ護衛任務と言えるほど生存者がいることで安心した気持ちもある。


 そんな葛藤でナーデは複雑な表情だ。


「ええっと、あの?」


 人の名前を覚えるのが苦手な少年は、蛮族の女戦士ジューネの名前が浮かばないらしい。


 相変わらず失礼な男である。


「ん?俺か?なんだい、坊や?」


 そんな細かいことを気にしないジューネであるから、見逃してもらえたが、後の二人ならこうはいくまい。


 何しろ堅苦しい騎士崩れと面倒くさい思春期後期なのだから。


「あの……僕の所属部隊は無事ですか?」


「無事な部隊なんかないよ。でも坊やの中隊は……ああ……おい、ナーデ!」


「な、何よ、ジューネ、大きな声なんか出して?」


 突然振られて驚くナーデに、追い打ちをかけるジューネ。


「あんた……あの伍長に殿軍しんがりの伝言なんかさせたのかい?」

 



 話は少し戻る。


 ナーデに強く撤退を進言された中隊長は、ナーデに対して、ではなく自分の配下に直接撤退を命じた。


 当然であろう。


 現地徴用兵は軍属であるが、正規の命令系統からは外れている。


 ラインではなくスタッフ、と言う扱いなのだ。


 この部隊で言うなら、大隊長が大隊本部のスタッフとして雇用している傭兵扱いで、大隊長の指示で一時的にこの中隊の預かりになっているに過ぎない。


 そのナーデたちが、結局この撤退戦の中心となるのは、あくまで彼女らの個人的判断と善意の結果である。


 雇用主である大隊長が消息不明、と推測されたからでもあるが。

 

 ナーデは、その間にいち早く少年と共に飛び出し、囮として行動を始める。


 中隊から離れるや、例の「火柱ピラーオブファイア」を行使したり、わざとらしく「ライト」を使ったりと、ド派手な脱出劇の演出である。


 おかげで大岩の飛来も一時中断し、その間に中隊は撤退を始めた。


 なお、中隊長は、前衛部隊の先任指揮官であり、前衛の各中隊にも事態の急変を告げ、撤退の指示をした。


 ただし。


「伍長、前線のオデル小隊に伝令だ……全部隊が撤退を終えるまで、ゴブリンらの追撃を遅滞せよ。」


 オデル小隊。


 碌に人名を覚えようとしない困った少年であるが、さすがにオデル少尉の名前と顔くらいはわかるはずである……きっと。


 彼が所属するマグド伍長の分隊もこの指揮下にあるのだから。


 ただ、大隊1000人の撤退に、殿軍が一個小隊30名のみ、というのは、もう捨て石の囮、と思うしかない。


 おそらくは、中隊長としては、現地徴用兵の進言通りに撤退し、しかもそのわずか3、4名の女性に囮を任せるのが不安なのか信用できなかったのかどちらかだったのであろう。


 そこで、あくまで独自に前衛部隊の撤退を指示した、という形をみせたのだ。




「私、そんなこと言ってないわよ!……一個小隊に遅滞任務?こんな状況で?」


 そんな悲鳴じみたナーデの声を聴きながら、少年は立ち上がった。


 前世でも今生でもミリタリーに疎い少年だが、こんな暗い森の中で、しかも夜目の利く亜人相手にその本拠地で遅滞なんて、ただの集団自殺命令に等しいという実感は伝わったのだ。


 自分の小隊はただの兵士たち、森林や夜戦に慣れ特殊技能をもった冒険者とは違うのである。


「アントくん!?」


「おい、坊や!」


 その勢いに驚いたナーデとジューネに少年は頭をさげる。


「ナーデさん、それに……ジューネさん。」


 ナーデの呼びかけでようやくジューネの名前を認識したらしい。


「ありがとうございました!みんな、ホントはここまでしてくれる義理はないのに、部隊の面倒を見てくれて。」


 面倒、とは言い得て妙ではある。


 事実、支援とか手伝いというレベルを大きく超えている。


「おまけに僕が言う筋ないじゃけど……生きのびた人をお願いします!」


 確かに筋ではない。


 たまたま生きのびた部隊最後任の二等兵が、まるで部隊の代表みたいな言い様である。


 ただ、二人はそれを笑う気にはなれなかった。


 少年の言葉からは素直な感謝と敬意しか感じられなかったからだ。


 しかし、違和感は消えない。


「それは当然だけど……」


「あんた、何考えてるんだい?」


 しかし、少年はそんな二人に背を向けて走り出した。


 その背中ごしに叫びながら。


「気に入らない連中ばかりだけど、世話になった人もいる。僕は戻ります!」


 慌てて止めようとしたナーデだ。


 いや、決断の早いこと、既に「眠りのスリープクラウド」の詠唱に入っている。


 さすがは熟練冒険者……なのだが。


「ナーデ、やめな。」


 同じ熟練冒険者に肩を揺すられて、詠唱を中断されるのだ。


「なんでよ!あのままじゃあの子死んじゃうのよ!」


 仲間相手に食って掛かるのは、「白衣のナーデさん」らしからぬ剣幕なのでだが。


「頭を冷やせ。あの坊やはあたいらの指揮下にあるわけじゃない。本来の所属部隊に帰隊するのは当然だ。」


 実際、冷静になればその通りで、ナーデとともに行動した少年は誰の許可も得ていない。


 ナーデの護衛もせいぜい中隊任務の範疇で、それが終われば原隊復帰は義務であろう。


 それでも


「待ってよ。わたしの護衛って言い張れば、部隊の撤退まで一緒にいてもなんとかなるでしょう!?」


 その可能性は高い。


 ナーデも本人もそう言えば、だが。


「だから、頭を冷やせって!坊やはそれを拒否して原隊に復帰するんだろ!それを邪魔することの方がお門違いさね。」


 そういうことである。


 少年は自ら戻ることにしたのである。


 全く、わざわざ迫害されていた部隊に戻るのは、軍に忠誠を誓ってるとか、規律を重んじる真面目な性格だからではないし、M気質や玉砕にロマンを感じるなどの特殊な趣味があるわけでもない。


 敢えて言えば……見かけによらず義理堅いとか、薄情に見えて肝心な時は手を差し伸べてしまうお人よしとか、ヒトに言われれば本人がムキになって否定するに違いない事情からであろう。


 そして、何よりも、彼は彼自身のことを諦めているのだ。


 一人だけ生きのびて罪悪感に悩むよりは、さっさとラクになりたい。


「どうせ天罰みたいな転生だから。」


 そういう達観が、諦念が少年を走らせた。

 

 そんな、小さくなった背中を見て、ナーデは


「んじゃ、私も……」


 一人じゃ見てられない、とついて行こうとする。が


「俺たちには仕事だよ。あんたも命令違反になるぜ。」


 情に厚いが、流されもしないジューネである。


 これにはリーダーとして、ナーデも独走を自戒せざるを得ないのだ。


 思わず小さな唇をかみしめる。


「もう……いいわ。じゃあ、さっさとその任務、終わらせてやるから!」


 少し考えれば、今の大隊で自分らに下せる任務内容なんて、お見通しなのである。


 だからナーデは、すぐにケリをつけることにした。


 それまで少年の無事を祈る。


 幸い明るい内は、昨夜の亜人たちも活発には動くまい。


 であれば少年が原隊に合流する、或いはその全滅を確認して本隊に合流しようとする可能性もそれほど低いわけではない。


「ホントに……あんなに危なっかしい子、見たことないわ。」


 それでも、そんな愚痴くらいは出てしまう。


「あんた……なんだか最近、趣味全開だね。暴走はやめてくれよ、リーダー。」


 ジューネとしては、少年以上に仲間の方が心配なのである。


 なんだかんだ言っても、ナーデは仲間の要で、何より得難い友人なのだから。




 ジューネの言う仕事とは、ナーデの推測通りであった。


 生き残った先任指揮官の中隊長から通達されたのは「大隊本部の損害の確認と、重要物資の回収」である。


 もっとも大隊本部が壊滅したのは、ほぼ確実。


 大隊長や先任参謀、副官の誰一人も撤退中の味方の中にいない。


 それでも確認して来い、というのは教条主義も過ぎるのであるが、ジューネは「重要物資」回収のオマケと考える。


 本来、生存者はともかく重要物資とやらは、撤退する時に本部の人員が行うべきなのであるが、その本部が真っ先に壊滅した、ということであれば、回収は必要だ。


 なお、ここで言う重要物資とは、大隊「金庫」と部隊の装備、アイテムである。


 各大隊には、一応「金庫」が持たされる。


 戦費である。


 もちろん前線、しかも夜襲に出る際に持ち歩く予算は巨額ではない。


 それでも有事には大隊長権限で、人員や物資を調達することを考え、それなりの金銭を持参する。


 重要なことに、それには彼女らの給金も含まれる。


「まさか「金庫」がないからって俺たちの支払いがパ~……ってことはないにしろ、ボーナスの有無には関係ありそうだしな。」


「幸い亜人たちは金銭には興味がない……はずなんだけど、時々そういうのが好きなヤツもでるのよね~。それに、戦場アラシの同業者や盗賊、近くの村人に奪られないとも限らないし。」

 

 結局は戦場跡の巡回は、現地徴用兵のお仕事、ということなのだ。


 しかも大隊本部ともなれば、武器や防具、アイテムだって一級品である。放置はできない。


「でも、金庫の中身は支給した連隊主計課で把握しているから、著しく異なる金額を回収した場合、却って疑われそうね。」


「まったくだ。だから、中身がなくなる前に急がなきゃな。」


 冒険者の現地徴用兵は、重宝する。


 大隊規模の部隊ならば、何チームか雇用しても元が取れよう。


 もっともこの大隊はケチなのか、プライドが高いのか、或いは女性の社会進出に必要以上に理解があったのか(絶対にない)、逆にナーデたち若い娘にふくむところがあるのか(こっちの方がむしろありそうではある)、いずれにしても彼女らのパーティしか雇われていない。


 おかげでやたらとこき使われる。


 一応、軍にも、偵察小隊、戦場巡回が得意な小隊、護衛もできる中隊などはあるのだが、能力も使い勝手も熟練冒険者には遥かに及ばない。


 まして希少な魔術師までいるのだ。


 軍の権限で雇われざるを得ない彼女らだが、正直、徴用兵の給金では安すぎであろう。


 しかも今回は、味方部隊の撤退に大いに寄与したのである。


 それゆえ、ボーナスの機会は絶対に逃せない。


 そんな事情で、ナーデとジューネは大隊本部跡に急行し、日中にもかかわらずウロウロしていたゴブリンらを追い散らかして、大急ぎで任務を終えるのである。


 その後、ナーデは、少年を連れ戻しに行こうとするが、さすがに金庫やアイテム類をもったまま行くことの是非をジューネに突かれ、結局は断念する。


「んじゃ、いったんラグスに戻って、今度は偵察任務を出してもらうから!そしたら大手をふって戦地に戻って、アントくんも探せるわ。その時はちゃんと手伝ってね!」


 さすがのジューネも、そこまでされたら納得する。


 本来、薄情に程遠いし、少年が心配でないわけでもない。


 ただ、冒険者プロとして、ただで人助けをするのが気に入らないだけなのだ。


「あんた……ただの趣味じゃないよね?なんでそんなにあの坊やに肩入れすんのさ?」


 これでもリーダーのナーデである。


 聡いそぶりは見せないが、利害に疎いはずもない。


 にもかかわらず、少々この一件は、暴走気味で、ジューネとしても気になるのだ。


「……あの子、変わってるていうか、なんだか、違う世界のことを話してたような気がするのよね……だから、ひょっとしたらって……」


「まさか異民だってのか!?それ、絶対ナーシアには言うなよ!」


 「異民」。


 それは、ここ数十年で急増した、異世界からの人族の転移者、または転生者である。


 向こうの世界からそのまま来た者が転移者、この世界に生まれ変わった者を転生者と呼ぶ。


 極端な場合、集落ごと転移することもあるし、その子孫もそこそこ存在し、まとめて異民扱いされている。


 その中には特別な能力や知識、才能を持つ者もいて、更に一部は「異世界勇者」を名乗る強力な個体もいて、半ば信仰の対象になっている。


「言えないわよ。確信ないし。それに異民だからって、みんなが勇者様なわけないし……でも、私たちが見つけるまであの子が生き延びてたら、そうかもなって。」


「それで、最後は大人しく俺についてきたのかよ……やっぱりあんたも魔術師なんだな。」


 それは「腹黒」属性ということであろうが、別にナーデさんは腹黒と言うほどでもない。


 ただ、おっとりした外見でも、ちゃんと頭脳派というだけである。


 そして、それなり以上の清算を見込んでいるだけなのだ。




 現存する人族の国家が、北方大陸の王国のみになって久しい。


 王国暦で言えば、311年に初めて異世界からの亜人の侵略が確認されたわけだが、王国は3世紀の末にようやく北方大陸を統一したばかりであった。


 もしも統一前に亜人との戦争がはじまっていたら、同族相手のもめごとで戦線の統一もできないまま人族は滅んでいたかもしれぬ。


 それ以前から南方大陸に存在していた国々がどうなったか、がその不安を裏付けている。


 南方大陸にあった帝国や族長連合らは、互いに疑心暗鬼に駆られ、最後まで協調して異世界の軍に挑むことはなかった。


 故に滅んだ。わずかな人数が北方大陸東部の高原地帯に逃れ、現在は王国の保護下にあるに過ぎない。


 ちなみに南方人は、赤みがかった肌と白や灰色に近い髪という人種的特徴を持っていたという。


 この外伝はそれから約80年余り後の物語である。


 この時代の戦場は、さらに約20年後の本編の時代と比べ、著しく広い。本編で「南方戦線」と呼ばれているのは主に北方大陸の最南部である。


 しかし、外伝当時は、北方大陸と南方大陸の連結部であるアキシカ地方全域から王国最南部までが戦場であった。


 面積的には数倍であり、かつ未だ人族の町や集落がこれらの地に広がっていたのだ。


 

 

 そして、ここは、そんな町の一つ、ラグスである。

 

 あの撤退から二日後。


「ああ~あ、まったくひどい目に遇ったぜ。」


「よくみんな生きてたネ……ナーデも無事でよかったネ。」


「うむ。ああ見えて」


 ああ、とは一見おっとりした丸顔美人さんに見えて、なのだが。


「腕は確かだし、度胸も判断も充分な我らのリーダーだ。私はナーデの心配してなかったぞ。」


 ラグス近郊には、レンガや石、木材を使って、なかなか本格的な建物が並んでいる。


 周囲には空堀に塀まであり、仮設の拠点ではない。


 この地を束ねる南方軍第9師団第2連隊の宿営地なのだ。


 ちなみに王国軍南方軍は三単位師団、つまりは三個連隊で一個師団という編制である。


 これは広い戦場を防衛するために、多くの作戦単位で防衛戦を行うという事情からだ。


 故に団長は准将クラスである。


 中央軍が四単位師団で師団長が少将クラス、と差があるのは純粋に編制上の理由である、と説明されている。


 もちろん誰も信じないが。


 生き残った部隊を先導したナーシアたちは、連隊に報告を終え、一足先に休息中……ではなく、早々と生存者や他の部隊から状況の確認を行っていたのだ。


 そしてナーデとジューネが「回収」を終えてようやく合流、と言う訳である。


 四人には、テントではなく、多くの兵を救った功績をそれなりに認められてか、現地徴用兵ながら士官用の一室が提供された。


 或いは女性がいることで部隊の士気にかかわると気を回したものがいるのかもしれないが、部屋は部屋である。


 人目を気にせず、きれいな水で体を拭き、ようやく人心地ついたジューネだ。


 そこにナーシアとフィネが白湯を持って来たのだ。


 さすがに高級品のお茶ではないし、話題のナーデ本人は、この場にいない。


「ナーデは心配してない?ひひひ、ナーシアは一緒にいる坊やのあっちの方が心配だった、ってか!?」


 この手の話題になると、やや品が下がるジューネである。


 王国では珍しい女性優位部族のせいか、そっちの経験も豊富らしい。


「ふ~ん、実はナーシアもあっちの趣味ネ?」


 女ばかりの冒険者稼業である。


 男がらみの話題は、それなりに話が弾むようだ。


「またその話か……ナーデの趣味は、ナーデにしろ。」


 それでも固いナーシアは直接的な話は苦手なのである。


 育ちの良さがでるのだ。


「き、きたねえぜ、逃げるとは騎士らしくねんじゃねえか?」


「そうネそうネ。卑怯ネ!」


 ナーデは、ナーシア以上にこの手の話題を好まない上に、自分の性癖をからかわれると一気に機嫌が悪くなる。


 両者ともにイヤな記憶を刺激され、思わず唇をへの字にゆがめる……そんな仕草は、熟練冒険者どころか、まるで女子学生である。


「私は騎士ではないし、兵は詭道なり、と言うぞ。時にはらしからぬ手段も有効であろう。」


「ちぇ……それはそうと」


 判断が早いジューネは、話題転換の機を逃さない。


「あのゴブにオーガ……まさに、らしからねえんじゃねえか?」


「そうネ!統制され過ぎネ!」


「こうも統制された亜人の群れなど……かの『アルデウスの悪夢』以来だな。」


 追撃も皆無ではなく、前衛にいた各中隊は、更に被害を受けた。


 それでも予想より追撃がはるかに少なかったのは、ナーデの陽動のおかげであろう。


 それでもうまく見つけたルートにまで、ああも追撃されると、単なる亜人の群れとは思えない。


「『アルデウスの悪夢』?……あれからもう10年ネ。」


「アルデウスの悪夢」。


 人族にとっては忘れがたい出来事である。


 それは広大かつ迷路のごとしと言われたアルデウス大森林を、獣人族やゴブリン族が一気に縦走し、一夜にして人族の防衛線を崩壊させた。


 しかも、これで防衛線を形成していたグラデ川をもぬかれたばかりか、以後、その流域にリザードマンや半魚人と言った水陸両棲種の亜人が住み着くようになり、アキシカ地方の物流を支える水運が一気に機能不全を起こしてしまったのだ。


「うむ。あれでアルグラデ山塞が陥落した。まさか攻城兵器も持たぬ亜人どもが搦め手からくるとはな……おかげで戦場が大きく広がったそうだな。」


「……うん。ひどかったよ。」


 近くの集落に住んでいたフィネの家族は、この後、集落を捨てて町に逃れたのだ。


 更に数年後、その町も戦いに巻き込まれた。そして彼女を残して家族はみな死んだ。


「……ふん、ネ。昔のことネ。」


 湿っぽくなった自分を慌てて取り戻す。


 そんなフィネの頭に隣のベッドからから手を伸ばすジューネだ。


「おかげさんで、今は飯のタネには困らないネ、てか?」


 王国南西部の、女蛮賊スケバンと言われるジューネの一族は、女系の狩猟民族である。


 集落から離れて暮らす場合、冒険者や傭兵になる者が多い。


 この戦役以前から、この地では仕事に事欠かない。


 もっともフィネの頭にやったはずの手からはするりと逃げられた。


「貴公、不謹慎であろう。」


 騎士の家系だったナーシアからすれば眉を顰める発言だが、その程度で済むのは彼女自身も似たような境遇だからである。


 戦うしか能のない女が独り立ちするには、北方で遺跡潜りや魔獣狩り、またはこの南方で傭兵が一番なのだ。


 そして、比重で言えば、北方は冒険で南方は戦闘である。


 騎士崩れとしては南方がマシに思えた。


「またかい、この堅物。でもな、おかげでこのアキシカ地方じゃ、亜人どもが跳梁跋扈さ。軍だって大軍でどうにかするなんてできないくらい、あちこちに奴らが根付いちまった。結局数百から千人くらいの小規模戦の繰り返しさ。俺たちにはちょうどいい戦争ってわけだ。」


 そう。


 転移によってどこからともなくやってきて、数年で南方大陸を支配した亜人たちが、なぜかこの地より以北には転移できない。


 結局、ここからは陣取り合戦の繰り返しである。


 南方大陸に続くこのアキシカ地方は、もともと小さな部族国家が乱立していた。


 が、南方諸国の壊滅を知り、王国への服属と救援の依頼を申し出たのである。


 半ば土着化し始めた亜人たちと人族の生存圏をかけた戦いは、今も続いている。


 時折、邪竜や邪巨人といった神話級の大物が出現し、ヘクストスを急襲したり、異世界から転移した人族が異常な力で活躍したり、といった例外を除けば、均衡状態が続いているのである。


 ジューネからすれば稼ぎどころ、と言えるし、フィネからすれば生きのびる手段と言える。


 ナーシアからすれば、騎士たる勲の場となるであろうか。


「女のあんたが活躍したって、誰も認めてくれないだろうに。」


「う、うるさい!私が自分で認めればそれでいいのだ!」


 所詮は女の身。


 騎士にはなれぬし、傭兵として活躍しても、取り立てられるはずもない。


 ジューネのようには生きられない。フィネのようには割り切れない。


 それでもナーシアに他に道はない。


 そう育ってきたのだから。


「どうしたの?大きな声なんか出して。」


 そこにドアから入ってきたナーデだ。


 なにやら疲れた顔でやってきた。


 ここは彼女らのために用意された部屋だが、ここにくるまで、宿営地は負傷した敗残兵だらけで、優しい彼女としては、心が痛むのだ。


「ナーデ。どうだったんだい、仕事の件は?」


 戻ったばかりのナーデは休む間もなく宿営地の本部に呼び出されていたのである。


 自分でも用件はあったので、そこに不満はない。


「う~ん……仕事。というより、新しい依頼かな?」


 雇用主である大隊長はやはり戦死していた。


 先任参謀も副官も。大隊本部は壊滅したと言える。


 彼女らの雇用主はいなくなった。


 彼女自らが確認し、報告したのだ。


「我らの雇用は連隊にひき継がれたのか?それでは、新種の亜人の件はどうなったのだ?」


「おいおい、その前に今までの支払いはどうなるんだよ!」


「そうネ!特に大活躍のボーナスは絶対もらうネ!」


 約1000人の部隊だが、死傷者は半数を超える。


 それでも、確かに彼女ら現地徴用兵のおかげで編成上の意味ではない全滅、文字通り全員死亡、という事態からは救われたのだ。


 大いに自己主張するべきであろう……新種の件も重要なのだが。


「ボーナスは、それなりに。金貨で一人10枚。」


 微妙な額である。


 ちなみに、彼女ら現地徴用兵は、基本給が一日銀貨1枚。


 これでも徴用兵としては高額であるが、本来なら自分たちで稼いだ方が実入りはいい。


銀貨1枚というのは、冒険者でいえば亜人の首一つくらいなのだ。


 とは言え少年らのような徴兵の、無給と比べれば相当マシと言えなくもない。


 食事と住居は支給されるし。


「ちぃ……安っ!」


 ジューネは舌打ちするが、気持ちはわかる。


 ちなみに大雑把な感覚で言えば、銀貨1枚は5000円程度。


 銀貨10枚で大銀貨1枚。


 大銀貨2枚で金貨1枚なので、金貨10枚は100万円くらいである。


 命がけの活躍で数十、いや数百の兵士を撤退させた身としては、納得できないのは当然であろう。


「あれだけ働いて?これなら大きな集落の防衛とか、小規模な亜人の群れを討伐とか、そっちの依頼を受けた方がもうかったよ!」


「……人の命は金銭には代えられぬ。とは言え、その金銭そのものを持ち帰ったのはナーデとジューネなのだがな。」


 「ネ語」も忘れ、素でプンプンと怒るフィネに、「金庫」回収任務の報酬が曖昧になっていると冷静に指摘するナーシアだ。

 

 どちらも不満なことに変りはない。


 小さな村でも金貨50枚くらいの仕事ならなくはない。


 大集落なら1000枚規模の依頼もある。


 上級者であるほど、装備の維持やスキルの習得にも金がかかるのだ。


 ただ、これも単に意地汚い、というわけではない(フィネは怪しいが)。


 冒険者プロとして、その成果には正当な報酬ペイを求めるべきなのだ。


 ボランティアを否定しないが、自分たちの特殊技能スキルに誇りを持つ限り、自分を安売りすることに納得できないという、プロ意識の表れなのである。


「ゴメンね。連隊本部付主計課参謀が、『うちが発注した仕事じゃない』って。」


 本来の雇用主は大隊長で、支払いは大隊本部。


 回収任務に至っては先任指揮官の中隊長の個人的な依頼にされたらしい。


 本社としては子会社や孫会社の受注まで面倒みたくない、というところであろうか。


「セコ!」


「けちネ!」


「……。」


 主計課参謀なる人員は、どうやらコスト削減とコトナカレ主義の最前線で戦う官僚らしい。


 かなり馴染めない軍組織の中でも、自分たちとは相いれない価値観の権化と言える。


「おまけに、新種の亜人の件も、ちゃんと報告したんだけど……再調査は、私たち以外の人員でも行うみたい。」


「別の人員?……我ら現地徴用兵は信用できない、ということなのか。」


 なにしろ上層部からのお達しが出ている一件だ。


 うかつな調査ではすまされない。


 超タテ社会の軍なのである。


「もちろん、私たちもちゃんと調査するんだけど。だから、準備がすんだら、出かけるよ。」


「急ぎすぎじゃねぇか?」


「そうネ!せめて街で一騒ぎしたいネ!」


「……こうも急ぐ理由があるのか?」


 一行で一番疲れているはずのナーデが、休みもせずになんでこうも急ぐのか?


 一斉に疑問を抱く仲間たちだ。


「もちろんよ!早くアントくんを助けに行かないと!きっとあの子、また死にかけてるに決まってるわ!今度こそ、そんなアントくんをお姉さんが助けてあげるのよ!」


 そんな疑問の答えがコレである。


 鼻息が荒いナーデに、思いっきり引いたジューネたちだ。


「……もう死んでるって考えねえんだ?その自信はなんなんだよ?」


「女の勘ヨ!」


「うむ。毎回意識がないところを助けているせいか、なかなか貴公にもなびかない。焦るのはわかるが……。」


「そんなことないわ、今度こそバッチリヨ!」


「アントかぁ……単純に年増嫌いなんじゃない?」


「……それ、どういう意味かしら!?」

 

 ナーデの声が、まるまる一オクターブは下がった。


 特殊な趣味を直接からかわれるのも嫌いだが、年増と言われるのはもっと嫌いなナーデなのだ。


 この後、フィネは自分の失言を心から後悔することになる。


「せめて年上が苦手とか、年下趣味とかでごまかしておけばいいものを……若いな。」


「言葉を飾るのも、経験値、ってか。さすがはあんたも22歳だしな。」


「2歳しか変わらぬだろう!」


 そんな二人はさっさと脱出して、出発の準備に入ることにした。


 ジューネは無論だが、ナーシアも意外に逃げ足が早い。


 いや、状況判断が、と作者も文飾するべきであろう。


「だが、あのフィネが、反対はしてなかったな。」


 一行で最も金銭に執着し、かつ仕事後の宴会を楽しみにしているフィネなのだが。


「……ああ。あいつ、弟がいたんだよ。」


「……そうか。」


 一瞬だけ、ナーシアとジューネの視線が絡み合う。


 二人は無言のまま二手に分かれて、物資の手配に入った。


 生まれも育ちも、おそらく生き方も違う。


 しかし彼女ら4人は仲間。


 言葉にしなくても、思いは通じた。




 そして、翌日。


 朝早くから戦場跡に向かい、捜し回ったナーデたちだ。


 森林にあった死体の多くは、既に骨のみに変わっていた。


 ただ、小隊に所属する10人、その数とその周辺の人骨の数が合わない。


 もちろん生きたまま連れ去られることもあるし、死体として運ばれることもある。


 逃げ延びた者もいるだろう、と希望的な観測をする。


 足跡を細かく探るには、もう暗い。 


 明日こそは、見つけてあげる、そう考えながらも、不安を隠しきれないナーデだ。


 近くにあったはずのゴブリンの集落には、なぜか一体もいない。

 

 他の3人も無言のまま、一同は夜を迎える。


 ところが。


 ビカビカ、と眩い閃光が走る


 ドッカアァ~ンと大音量が鳴り響く。


 その方向に走ったナーデらは、意外にあっさりと、森の奥の崩れた洞窟の前で倒れる、ぼろ雑巾のようになった少年を見つけるのである。


 その右腕は、肘から10㎝ほど上を残し、失われていた。


 切断されたわけではないのか、幸い出血はない。


「アントくん!その腕、どうしたの!?」


「全身傷だらけじゃん!?ナーデ、『治癒キュア』しないと!」


 慌てるナーデとフィネだが、ナーシアとジューネは警戒を怠れない。


 そして倒れた少年の傍らに立つ、もう一人の人影を見つめるのである。


「あんた……何者だ?」


「……この少年は我らの知人で、保護していただいたのならば、礼を言うが……」


 その人物は、思いっきり場違いにも、ド派手な赤いドレスをまとった少女である。


 長い紅金ストロベリーブロンドの髪に真っ赤なハチマキ、足にはこれまた赤いハイヒール。


 そしてその手には長大な木刀が握られていた。


 これでは二人が警戒するのも当たり前。


 こんなアヤシイ存在を無視して少年に駆け寄るナーデやフィネの方が、よほど驚きである。


 しかし、その少女は堂々と言い放ったのだ。


「ふ……あたしかい?アヤシイもんじゃないよ。」


 どこが、とジューネが突っ込む前に、少女はクルリとその背を向ける。


「安心しな。背中のコイツが、あたしの証明さ。」


 まさか、ドレスの背中にキンキラキンの刺繍があるとは、お釈迦様でも思いもしない。


 いや、この世界には神仏はいないということになってはいるのだが。


「まさか!」


「その黄金の聖竜の刺繍は!?」


 絶句する二人に、少女はこともなげに告げる。


「ああ。第13代異世界勇者を襲名した、ロデリアとは、あたしのことさ。」


 その群青色の瞳が、なぜか夜目にも明るく光るのだった。


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作者:SHO-DA 作品名:異世界に転生したのにまた「ひきこもり」の、わたしの困った叔父様 URL:https://ncode.syosetu.com/n8024fq/
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