外伝 その3「僕にもついに、モテ期到来か……僕の異世界ハーレム人生がついに始まるのか!」
その3「僕にもついに、モテ期到来か……僕の異世界ハーレム人生がついに始まるのか!」
もともと多種にわたる亜人との戦いは、戦いの場所も時間も戦い方もまるで異なる種族たちとの連戦で、人族にとっては不利なのだ。
複数の軍やゲリラと戦う正規軍、みたいな感じである。
昼はオークの大軍、夜はゴブリンの夜襲、オーガや獣人は気が向けばいつでも襲ってくるし、その主食は現地調達の人族(生死を問わず)ときている。
おかげで人族の軍は味方の死体すらろくに戦地に残せない。
しかし、この時期の南方戦線が、こうも苦境続きで、次々と新兵の実戦投入を強いられるのには大きな理由がある。
一つは外的要因、もう一つは内的要因である。
ここは、南方で戦うある部隊の宿営地。
「やはり、アレなのか?」
「ああ……間違いねえぜ」
「まさか、新種の亜人なんて……でたらめ言うな!」
「でたらめじゃねえ!俺達だけじゃねえし、もう大勢の奴らが見たんだ!」
「おい……うかつなことを言うんじゃんねえ。」
ある山岳地方で戦う彼らが、兵営の大きなテントで語る内容。
これが外的要因。
新種の亜人の出現だ。
それは、ここ数十年に及ぶ亜人と人族の戦いの中では、一種の「ゲームチェンジャー」である。
もちろん人族の側にも、新兵器や新戦術、魔法兵の導入、更には異世界勇者などが出現することがあり、戦局を一変させることはある。
しかし、この新種の亜人ほど、大きく局面を変えたことはない。
「なら、なんで正式に報告しねえんだよ!上の連中にちゃんと言えよ、そんな大事なこと!」
「とっくにしたさ!だけど、上の奴ら……エライヤツラほど、信用しねえんだ!」
「……中隊長は信じてくれたけど、大隊長は半信半疑だったからなぁ……」
「どうりで、未だに何の指示もねえわけかい……前線じゃあ、こんな目にあってるのに。」
そしてこれが内的要因。
前線ではまことしやかにささやかれ、既に目撃例も多数出ている。
それどころか実際にこの新種の亜人のおかげで犠牲者が激増していた。
しかし、軍上層部、そして王国中枢部では全く取り合わないのだ。
現在存在する亜人の変異種、せいぜい亜種という認識である。
「前線での目撃情報は、敗走した部隊の誤報、或いは責任逃れの虚偽報告の可能性がある。」
「アルデウスの大森林以北に新たな転移はありえない。」
「王国を守護する外部結界は未だ強固である。」
この、王国軍中央軍参謀府と、魔法省、錬金省の報告とそれに基づく分析は、南方軍の前線部隊にまで布告という形で通達されている。
「新種の亜人などという、虚言を弄する者は軍律を侵す者として刑に処する。」
この時代の王国中央軍参謀府は、長年の防衛戦争を支えていたという自負が強く、少々……どころではなく……権威主義であり、現場指揮官を軽視する傾向が特に強かった。
一例を挙げれば、前線のある部隊で、兵の革ヨロイという軽装備を補い、森林での迷彩の意図もあって丈夫なケルル樹の皮をはりつけたことがあった。
その結果、見栄えこそ悪いものの、前線では軽くて強固、かつ見つかりにくなったと好評で、一部の部隊に流行する兆しがあった。
しかし、これを「前線部隊の奮戦記」という戦報で呼んだ参謀は、参謀府で問題視し、即刻やめるように指示したのである。
「友軍の軍装は全て王国が誇る最善のモノであり、それを改悪することは許されない。」
「装備品の上に、樹皮を覆うことは見苦しく、軍の士気にかかわる。」
……まぁ、旧日本軍でも、陸軍の上層部は兵器の使用法を厳しく定め、前線部隊が独自の改造や工夫することを異常にいやがったということもある。
その結果、ノモンハンでも対米戦でも野砲を対戦車砲がわりに使用することもなければ(保有する戦車砲、対戦車砲より数段威力があった)、戦車に砂嚢や丸太を取り付けることもなかった(特に対バズーカとしては有効でしょうに)という。
さすがに、王国参謀府はそこまで極端ではないのだが、しかし、革ヨロイの上に固い樹皮を張り付けることを禁止した例でも分かるように、かなりの権威主義的な病理が見えてくる。
そしてその症状の結果として、見逃してしまったのである。
大敵トロウル種の出現を。
この内外の要因が重なって、人族はかつてない苦境に立たされているのだが、そのことに気づいているのは、未だ前線の一部の部隊だけなのだ。
ここは最前線近くの宿営地である。
一か月の連戦後、ようやく所属部隊への帰還となった夜。
「……お前、なんでまだ生きてやがるんだよ。」
まるで生きていてはいけないような言われようなのだが、言ってる方も実はそのつもりである。
言われた方は、地味に傷ついている。
外見も満身創痍なのだが。
「いちおう、今回は倒したゴブリンの数が多かったんで、例の優遇措置ですけど。」
消耗品の兵卒には、貴重な回復魔術も高価な薬草も回ってこない。
そんなものは、士官、せいぜい下士官までだ。
自然回復しそうなら、よくて後送、悪ければ放置である。
もちろん治りそうになくても放置だが。
しかし、優秀な下士官や戦功をたてた兵卒には優遇措置といって、繰り上がって治療の恩恵……要は魔術や薬草など……を受けることがある。
「なんでお前が優遇措置なんだよ!いつも一人でコソコソしてるだけじゃねえか!」
ヒノモト教官の教え……常に一対一を心掛けた結果、少年は仲間からはそう見られている。
初陣からずっとそうなのだ。
それでも仲間の危機に耐えきれずに飛び出しては結局死にそうな目に遇う。
そこは師匠の教えから外れることだが、それでもなぜかまだ生きている。
ただし彼が倒した敵は、質量ともに突出している。
戦う敵を強弱でみず、あくまで自分の間合いとタイミングだけで選んでいる結果だが、戦えば、ゴブリンはおろか、ホブゴブリンやオーガすら一撃必殺である。
それでも、懸命に相手を選ぶ姿勢が、コソコソ立ち回って手柄を稼ぐ卑怯者と呼ばれ、いっそう彼の評判を下げているのだ。
そんな少年が、優遇措置を受けている。
新兵の世話係ギッシュ上等兵としても……いや、同じ隊の仲間たちも面白くはない。
各隊にいるはずの軍監がいかに公正かはともかくとして、納得も理解もされないのである。
「そんなお前が……なんでナーデさんのお世話になるんだ!許せねえ、卑怯者め!」
それに加えて、男所帯の嫉妬が加わる。
中隊のマドンナ、ナーデさん……現地徴用兵22歳独身……に介護されるなんて、絶対に許されないのである。
ナーデさんとは経歴8年の冒険者であり、現在部隊が徴用している魔法兵である。
王国南方に多い赤毛で、王国では珍しいヒスイ色の瞳をしている。
22歳という年齢に相応の女性らしい体型だ。
少し丸い頬が子どもっぽい美人さんである。
しかし、そんな見かけによらず、魔術の中でも難易度の高い肉体回復系術式を得意とする、中級魔術師でもある。
好んで白い長衣を着ていることから「白衣のナーデ」さんとも呼ばれる。
もともとは生まれ故郷の南方で、村々を警護する依頼を中心に受けていた。
村の自警団だけでは、小規模な亜人や魔獣の襲撃にすら手を焼いていたのだ。
軍は小さな集落の存亡まで手が回らないし、多くの指揮官はそんなことは考えもしない。
結局は村同士がなけなしの金銭を出し合って、冒険者を雇うわけだ。
この時代、魔法兵を有する特務部隊は未だ多くはない。
魔法兵というものは、簡単に徴兵して育成できるという兵科ではないし、有資格者を募集し教育するにも時間と費用が掛かる。
軍が経営する名門校エスターセル魔法学園ですら、毎年卒業する生徒は平均50名前後(入学時は80名だが脱落する)であり、さらにその全員が軍に志願するわけではない。
一部は……特に優秀な魔術師ほど……研究機関に入ったり独立して冒険者を目指したりする。
その他の魔法学校の卒業生などを加えても、軍が安定して得られる魔術師は、せいぜい年間60名、といったところである。
ただ、これらは正規の教育を受けているため、下級魔術師としては上位者が多いし、中級魔術師もいる。
貴重な戦力である。
ただし、二つの例外がある。
一つは速成魔法兵。
これは徴兵時の検査によって、魔術師の才能が認められた者……1000人に一人程度……に速成教育を施し、一年間で下級魔術師に仕立て上げられた兵士である。
いやはや、二年間の兵役期間の半分を訓練に費やすという非効率ぶりだ。
彼らには、制式術式と言われる五つほどの下級術式を使う知識や技術しか教育されていないが、それでも軍でも数だけは多く、毎年100名前後は入隊する。
しかし徴兵期間の2年を終えると、その多くは好条件で慰留されても退役してしまうのだ。
普通の人は、家族と離れて戦いたくなんかないのである。
ただ、経済力の無いものはその限りではない。市民階級以下の貧困層ほど、残留することが多い。
そして、もう一つの例外。それが現地徴用兵である。
平たく言えば、冒険者など、民間の魔術師を前線指揮官の権限で徴用することだ。
そして、冒険者は通常仲間と行動しているため、魔術師を徴用する時は、仲間ごと、つまりパーティごと、ということが多い。
もちろん工夫や案内人などの一般の特殊技能者よりも高額ではあるが。
一月ほど前の夜。
ナーデは戦場の跡を歩いていた。
昼の戦いで友軍の負傷者も多く、治癒系の術式を得意とする彼女は、さっきまで負傷者の治療に追われていたのだ。
そして、今は、治療を終え……つまりは「回復」「治癒」の連発で魔力がほぼカラになり……冒険者仲間たちと戦場跡の巡回任務である。
いや、本来術式を使って働いた彼女は休息するべきで、こんな汚れ仕事につきあう義務はないのだが、堅苦しい上に男臭い部隊に一人残るよりは気心の知れた仲間に同行することを選んだのである。
汚れ仕事。
前線部隊に雇われた冒険者たちは、実際の戦いに出ることはあまりない。
むしろ少人数での特殊任務、偵察や要人警護などに使われることが多い。
その中でも一番イヤな仕事が戦場跡の巡回だ。
「……ああ、安心して逝きな……」
ドス。
仲間の女戦士ジューネが、一人の人族にとどめをさす。
普通の男よりも大柄な彼女は、王国南西部に住む蛮族の出である。
オリーブ色の髪に日に焼けた肌は、夜の草原の中の彼女を隠す。
しかし、蛮族と言われながらも、彼女は優しく人情厚い立派な戦士だ。
その目に光を失った男を、今は辛そうに見ている。
ナーデはそのとなりで、息絶えた男の目をそっと閉じさせる。
魔力をほぼ使い切った上に、もう内臓が腐り始めていて助けられないだろう。
そういう同族は少しでも苦しませないよう、一思いに楽にする。
そして翌日一斉に埋めるのだ。
祈りもなく。
だから今、彼女は祈る。
こういう重傷者を全員救うには、魔力も薬も足りな過ぎるのだ……だから命の選択をしなくてはならない。
軍においては階級や功績で、治療の優先順位が明確に定められている。
しかし実際に戦場を回る者たちは、到底割り切れない思いが常に残ってしまう。
「この装備は……ヨロイは処分、そのまま放置ネ。こっちの長剣はまだまだ大丈夫ネ。そこの地面に刺しておくねネ。」
いつも明るい女盗賊フィネだ。
栗色の髪で小柄な体は、まだ幼さを残している。
仲間の最年少ながら、その性格からパーティではムードメイカー役になっている。
しかし、明るいはずのフィネの「~ネ」語も、今はどうも沈んで聞こえてしまう。
彼女はまだ使えそうな装備を目利きして、明日来る友軍が回収しやすいようにしている。
そうでもしないと、後日、亜人や盗賊、ひどい時は付近の民衆が掘り出しにくるのだ。
いや……後日どころではない。
「あ~あ~……そこの人族!盗賊か!?ならば退治するぞ!近くの村の者なら……速やかに退去せよ。高価な品は既に回収している!それに軍の金品を奪うことは犯罪だぞ!」
騎士崩れのナーシアが、「拡声」の呪符された首飾りを使い、大きな声で暗闇に呼びかける。
ナーシアは騎士の家の生まれで、唯一の子だったが、女性が騎士に叙勲されることはない。
両親は親類の子を養子に迎え後継ぎにし、彼女をその妻にしようとした。
ナーシアはそれが嫌で家を出たのだ。
家はその養子に継がせることに同意して。
王国中央部から北方部に多い、典型的な金髪碧眼だが、その面差しは美しく気品がある。
そんな彼女も冒険者家業を長くやっていれば、貧しく、更に集落の近くを戦いで荒らされた住民にとっては、戦場あさりは窮余の策、ということは理解している。
しかし、それを許すわけにはいかないのが、軍の立場で、雇われた自分たちの仕事だ。
「退去したか……今日はもう終わりそうですね。」
ナーシアは、闇から目をそらさず、仲間に話しかけるが、かすかに緊張感が緩んでいる。
「ああ。一応勝ち戦だしな。まだマシなほうさ。」
それに答えるジューネの声はいつも通りに聞こえる。
しかし、そんな勝ち戦ですら、一定数の戦死者が出る。
まして、最近、負け戦が続く昨今、他の戦場を想像したくもないのだろう。
仲間のナーシアには、意外に優しい大女の無念さが伝わってくるのだ。
「いてえ!……あ、いまのなし。痛いネ!」
「何をわざとらしく言ってるの……まったく。ホラ。」
そこに倒れていた死体は、珍しく大きなオークだ。
オーク種の中にまれに出現するオークの戦士種、オークウォリアーだろうか?
フィネが盗賊らしからぬドジで、その死体に躓いて転んだらしい。
「あんがとネ……でもネ、この辺り、なんかすごいネ……」
フィネを引き起こしたナーデも、思わず目を見張った。
「光」はケチってるので、あらためてランタンを足元に向ける。
「うわぁ……なんだい、こりゃ?」
「大小のオークどもが……こんなに群がって……」
ジューネとナーシアもつられてやってきて、絶句している。
辺りには、オークの死体が多数散乱していた。
人族の死体はない。
ここで戦った部隊が精鋭だったのか、どうやら一方的に優勢だったのだろう。
「……仕方ない。フィネ。」
「え~、オークの武器なんかいいじゃないの……あ、リテイク!ほっとこうネ?」
「オークたって、このウォリアーのグレートソード……まぁまぁだしなぁ。セーフだよ。」
「だったらジューネが目利きするネ……もう。」
結局は使えるモノは使わなくてはならない。
冒険者家業が長ければ経済観念が発達するし、とてもまじめで仕事熱心な一同でもあった。
他の者も手伝って、手際よく終わらせる。
もちろん亜人の死体なんて思いっきり粗末に扱った分、同族よりは楽なのだが。
「……どうしたんだい、ナーシア?」
男勝りの女騎士……もとい、騎士崩れとは思えないほど、気品ある面差しのナーシアだ。
ジューネは、その彼女がわざわざ汚らしいポーク、いやオークの肉塊を注目していることを、不審に思い、ついからかう。
「オークなんて見て、そんなに腹でも減ったか……ん……待てよ?……確かに妙だな……」
つられてオークの死体をみていたジューネも、慌てて他の死体を見直している。
「……二人とも、なんて特殊な趣味ネ。」
「趣味じゃないと思うけど……あら?」
ジューネが放りだした死体の下に、小さな……。
「……人族の子どもネ?」
「こんな子どもまで戦争に来るなんて……。」
その黒い髪をした小柄な少年は、片手に槍を握りしめたまま倒れていた。
兵士の革ヨロイも原型を保っておらず、むき出しの素肌には無数の傷が見える。
ナーデはその幼ない顔を見て、思わず胸を押さえた。
そのまま自然に膝まずいて、少年の髪を優しくゆっくりと撫でる。
「かわいそうに……。」
ナーデのヒスイ色の瞳からポツリ、と涙が少年の頬に落ちた。
「…………ん……」
「え?……うわぁ、生き返った!ゾンビだよ、アンデッドだよぉ!」
少年がうっすらと目を開けたことに気づいたフィネは、すっかり「ネ語」も忘れて大声で叫び回るのである。
盗賊の武器で倒せないアンデッド系は大の苦手のフィネなのだ。
しかし、さすがに魔術師であるナーデには、アンデッドでないことはもちろんすぐにわかった。
「……生き返った?ううん……生きてたのね!……あなた、大丈夫!意識はある!?」
しかし、少年はナーデの声に一瞬だけ反応して、瞬きをしたが、再び目を閉じた。
どうやら最後の力だったらしい。
その瞳に一瞬だけ、夜空の星々が映ったようにナーデには感じらえた。
「なんてきれいな瞳……まるで夜空の色ね……その瞳、もう一度、見せてもらうから!」
そして、ナーデはとっておきの品、もしもの時の最後の頼り、「魔力回復薬」を取り出した。
しかし、これはパーティの備品。
使用する際には仲間の合意が必要である。
「いいでしょ、ナーシア!ジューネ!フィネ!」
「えええ~ダメだよ!もったいない。今までだって何人も見捨てて来たじゃない!今さら子ども一人助けるなんて、そんなことに大事なアイテム使うなんて……って、あれ?」
もう、せっかくの「ネ語」という作者の設定を放りだして叫ぶ困ったフィネなのだが、他の二人、道理にうるさいナーシアも、無駄遣いが嫌いなジューネも何も言わない。
「何よ……あたしだけ悪者?」
思わず拗ねたくなるフィネはこれでも御年17歳である。
お金が大好きで口は悪いが、仲間には正直者なのだ。
「……これは軍の優遇措置に該当する。代金は後で軍に請求すればいい。」
「だな。ならいいさ。」
「……なに言ってんのよ、ふたりとも!?」
「許可はうれしいけど……優遇措置に該当って、どういうこと?」
ナーシアとジューネは一度見つめ合い、それで役割分担を決めたらしい。
「この辺りのオークは、この少年が倒した。その戦功を考慮すれば、当然の優遇だ。」
ナーシアが少年の粗末な槍を指さした。
それに思いっきり反論するフィネだ。
「わけわかんない。こんなちっこい子が、そんなのできるわけないじゃない!」
ナーデすら、納得しかねている。
いや、それでもさっさと切り替えて、もう説明も聞かずに魔力回復薬を飲むことにした。
死んでしまえば「治癒」では治らないのだ。
「だからフィネには、まだ任せられないんだよ。……いいか、その辺のオークは全員喉の一撃で即死だ。他に傷はない。そして、このウォリアーの喉……明らかにかなり下からの突きだ。つまりは相当体格差があるヤツに一撃で殺されたってことさ。そしてその下から、この坊やが出て来た……もう証拠は充分だよ。」
「…………マジ?」
「大マジ。」
「剣に誓って。」
そんな仲間の声を、もうナーデは聞いていない。
少年に最大の念を集中し「治癒」を唱える、それだけに没頭している。
星明かりが照らす中、ナーデは大きな白銀の光に包まれた……。
なのに。
「あんな必死になって助けたのに、なんであなたは毎回死にかけてるんですか!」
「僕だって好きでケガしてるわけじゃない。そんな特殊な趣味はないよ、ナーデさん。」
あれから一か月。
ゴブリンの夜襲、獣人の朝駆け、オークとの野戦にオーガの襲撃。
度重なる戦いの度に、アントと呼ばれる黒髪の少年は瀕死の重傷を負っている。
ただし、毎回二けた以上の敵を倒し、戦功としては異常なほど立派である。
特にオークやゴブリンの一般種ならともかく、戦士種や隊長種、さらに巨大で剛腕を誇るオーガまで含めての戦果なのだ。
客観的にはもう昇進、せめて勲章ものなのだ。
それでも敵を……厳密には戦機を……選んでコソコソしてる、という部隊内の印象が強過ぎて、かつ毎回重傷を負っていることから評価は低い。
「アント、治ったらさっさともどってきやがれ!」
「そうだ、またスキを見てナーデさんに取り入ってやがったな!」
オマケに、こういうことである。
毎回彼を治療し、回復するまで親身に介護するナーデさんの姿に、小隊の、いや、中隊の仲間たちは嫉妬の嵐なのである。
男所帯の悲しさだ。
更には
「貴公ら、大事な仲間、しかもまだ幼い少年ではないか。もっと寛容に接するべきだぞ。」
滅多に声すら聞けない高貴な美女ナーシアや
「まったくだ。王国軍の男は肝が小せえな。」
とびっきりのグラマーで露出も高いジューネや
「おい、アントはあたいらの下僕ネ。文句言うならフィネが相手ネ。」
美少女系のフィネまでが、えこひいき(彼ら目線)しているのである。
どうやら前世でも今生でも、女性に縁がなかった彼の人生に、ようやく春がきたらしい。
「あ~もう、いいから、お姉さんたち。僕はもう行くよ。お世話になりました。」
ところが、本人は基本的に、女性が嫌いではないが苦手で、やたらと距離を取りたがる。
まして、前世の歳を合計すればまあまあな歳なのだ。
「坊や」扱いは馴染めない。
そこまで度量もないのである。
そんな器量もなければ、オマケに意気地もないのである。
だから、現地徴用兵のテントから慌てて飛び出しては、わざわざ嫉妬に狂う仲間の元に戻って、迫害されることになる。
要領が悪いにも程がある。
そんなわけで、数日後の夜に話は飛ぶ。
約1000人の大隊から、先発する各中隊では、中隊長自ら檄を飛ばしている場面だ。
ちなみに王国南方軍の編制では、1個大隊は6個中隊から、一個中隊は6個小隊からなっている。
各小隊は槍兵10名、盾兵10名、弓兵10名である。
もっとも連戦により大隊も補充が追いつかず、本来の定員1080名(プラス大隊本部)から一割近く割り込み、1000名をきっている。
その中で比較的損害が少ない中隊が先行部隊に選抜されている。
そんな中隊の一つである。
春の夜であるが、曇った空では星も見えない。
「いいか、今日の獲物はゴブリンどもにオーガだ。」
わざわざ夜戦が得意な亜人に、こちらから夜戦を挑もうという果敢な作戦である。
「やつらは、いつも夜は襲う側だ。しかし、今夜は、違う。現地徴用兵がその根拠地を偵察済みだ……つまり、奴らの油断をついて、こっちから逆に攻めてやる!」
うまく奇襲に持ち込めば、戦果がでるかもしれない英断となる。
一方、先に見つかってしまえば、逆襲され大敗しかねない愚行となろう。
「……自分としては、せっかく発見した好機、故意に自軍の位置を知らせ、自陣に誘引、一気に埋伏の計で決着をつけるが有利、と説得したのだが。」
ナーシアは豪奢な金の髪を振っている。
無念そうだ。
彼女らは今、襲撃部隊の先導である。
いつもなら大隊本部の警護任務をしているのだが、この暗闇の中、敵の位置を知り、そこまで正確に案内できるのは、夜目の利くフィネやジューネ、「暗視」を使えるナーデたち冒険者くらいであろう。
ただ、夜襲のため、ナーシアはいつもより軽装で、落ち着かない。
このクイルボイル……油で煮固めた厚い革ヨロイは、予備の装備だ。
「まあ、回りくどい手が使えるほど、味方は戦い慣れちゃいない。」
ジューネはドライに割り切っている。
偵察任務で実際に敵陣を見つけたのはレンジャー技能も高い彼女であり、故郷の部落では亜人相手に実践経験も豊富だ。
実はまだ20歳で、パーティでも二番目の年少だが、幼少時より戦士として鍛えられ、その戦歴もかなりのものなのだ。
そんな彼女が思うに、できないことにこだわらない方がいいのだ。
厚い革ヨロイ(ハードレザーアーマー)に戦斧、円盾はいつもの武装。
背中には短弓に矢筒までしっかり結わえている。
それもあってか完全な平常心である。
「しっ。二人とも声が大きいネ。静かにするネ。」
それでもフィネからすれば、興奮し大声で騒いでいるように思えたらしい。
メンバーでは一番新顔でもあり、経験はやや少ない。
夜戦の先導という、本格的な戦闘では盗賊の数少ない見せ場に、意気込んでもいるようだ。
普通の革ヨロイに小剣、は見せかけで、逆手で操る短剣や投げナイフ(スローイングナイフ)が主武器である。
ただし、乱戦に自分が出た時は負け戦、その時はさっさと逃げると決めている。
仕事モードのフィネは慎重だが果断でもある。
もう敵の姿を見つけ、布陣に兵数、その動きを観察して数分。
向こうに動く気配はない。フィネは指で〇、つまり状況は、攻撃開始を待つのみである。
「なら、中隊の人に状況報告して。」
濃い灰色のローブに身を包むナーデである。
夜に白い長衣は目だつし、もともと戦闘では灰色のローブなのに、なんで「白衣のナーデ」なんて呼ばれているのか自分では不思議に思っている。
まぁ似合ってるし、「男のロマン」だからなのだが。
そのおっとりした仕草と子どもっぽい丸頬が相まって、左手の魔術玉杖がなければ、とても中級魔術師には見えない。
美貌と気品ならナーシアが、気さくさと肉感的な体形ならジューネが、かわいらしさならフィネが、それぞれ上回りながらも、部隊の人気は圧倒的にナーデなのだ。
「……自分はここで敵の動きに備える。余人が赴くべきであろう。」
「おいおい、ここは夜で森、戦闘ならこのジューネ様に任せろよ。」
「待ってネ。ここは盗賊の数少ない見せ場ネ。ここから離れられないネ。」
若くても女性でも、冒険者なんてやくざな家業をやってるからには、活躍の場面は逃がしたくないのである。
ただの目立ちたがりとも言うが。
それに何より一番人気が向かった方が、雇用主も喜ぶであろうという口に出せない計算もある。
人、これを人身御供という。
で、三人そろってじ~~とナーデを見つめる次第である。
「……はいはい。わかりました。んじゃ、行ってくるから、後はよろしくね。」
魔術師という腹黒を期待される(?)職業にしては、きわめて素直で物分かりがいいナーデである。
働くことに否やもない。
そんな彼女でも、本音を言えば、所属部隊がいろいろな指示を出すための合図をちゃんと決めていないことが面白くない。
なんで敵陣を前にして、今さら状況報告なのか?
すぐに包囲に入って、火矢かなにかを合図に一斉に突撃。
これでいいはずなのに、わざわざ敵前で状況を報告させる……そんなに慎重を期したいのなら、隊長自身が前線に出るべきなのだ。
せめて撤退の合図を決めて退路を決めておくとか……さすがにそんなことを言えば、「戦う前に負けることを考えるな!」と叱責されるから言えないが。
だいたい中隊長くらいで威儀だ容儀だと堅苦しい。
そのくせ自分を見る目が……あのいやらしいオジさんめ!
ナーデは、気を取り直して歩き出した。
正直、男たちの視線はうっとうしいが、それも暗闇がうまく隠してくれるであろう。
彼女自身は「暗視」で行動に不自由はないが。
そんな彼女が、ふと短い道中に見つけてしまった。
茂みに潜むひときわ小柄な影を。
「アントくん!」
「し~~っ、し~~っ……」
周囲からの、暗闇で見えないはずの嫉妬の視線を、なぜか感じてしまう少年である。
「ゴメンなさぁい~……ねぇアントくん、お姉さん、これから隊長さんの所に状況報告に行かなきゃいけないの。お願い、警護とか案内とか必要だからついてきてぇ。」
…………説明せねばなるまい。
ナーデさんは、繰り返すが回復魔法の使い手で、魔術師ながら腹黒要素も全くない、普段はおっとりした仕草の子どもっぽい丸顔美女だ。
しかも、神仏への信仰のないこの世界で、死者を弔い負傷者を気遣うその姿は、まさに「白衣のナーデ」という、聖女信仰の対象そのものになり得る素晴らしい女性である。
「ねぇ~お姉さん、怖いのぉ、お願い!」
なのに、唯一の欠点……とうよりは、特殊な趣味がないわけではない。
それは、年少の少年を著しく偏愛する、という……ま、要するに、やや特殊な趣味の持ち主なのだ。
いや、仲間の冒険者メンバー全員、程度の差こそあれ、むさくるしい兵隊どもより、このどう見ても徴兵年齢に達している様には見えないこの少年を気遣うのは、女性の本能としては正しいのだが、ナーデは明らかに……そういう傾向に特化しているのです。
だから
「いけません!こんな卑怯で臆病なガキにナーデさんの護衛なんて……俺が!」
「あっしが!」
「おいらが!」
なんて近くにいた小隊の兵士たちがせっかく隠れているところからでてきて自薦したって聞かないのである。
「アントくぅん、お姉さん怖いのぉ~!守ってねぇ~!」
……すっかり腕を取られて困惑する少年である。
これでは前世でリア充どもがやっていたという伝説の「肝試し」ではないか。お化け屋敷じゃなるまいし。
定番と言えば定番。
しかし、なんで人族の決戦の前にこんなことに……どうも普段の変人ぶりが完全にナーデに飲まれて常人みたいな感想である。
いや、もちろん、腕そのものはとても幸せなことになっていて、ナーデさんの微かな体臭も甘く鼻をくすぐっている。
女性が苦手でも決してキライではない少年は、もう、こんなうわごと・たわごとを言いそうになっている。
「僕にもついに、モテ期到来か……僕の異世界ハーレム人生がついに始まるのか!」
まったく敵の勢力圏の中で、いいご身分である。
この後の惨劇も知らずに。




