第18章 その10 犯行予告は慌ただしくて
その10 犯行予告は慌ただしくて
「ええ!?ではあの麒麟はこの大陸の守護獣で、あなたはそれを解放してしまったと言うのですか!」
「それ、危険すぎ!?」
「・・・なんで、そんなことをって、ミライも驚いているの。」
「やれやれ。だから言いたくなかったんだけど・・・でも事情を知らなせない訳にもいかないしな。少しは大人しく聞いてくれよ。」
ダンは酉さんが少し離れた場所に連れて行きました。わたしたちに事情を聞かれた違法魔術師さんは、さすがにただの少年には聞かせられないと言ったのです。
フィアちゃんも話がややこしくなる、という理由で酉さんに預けられました。
嫌がり暴れる彼女に思いっきり羽根をむしられても、あの酉さんが、なぜか文句ひとつ言わないのです。
そして星明りの草原で聞かされたのは、未だ誰もが知らないであろう世界の秘密の一端でした。
もっと道具立てとか雰囲気づくりを要求したいところではありますけれど。
「数百年前から、或いは1000年以上前かもしれない。麒麟を始め、何体か吉祥獣を古代人が封印し、大陸全土を霊的に守護する結界に利用していたんだ。その結界が何を対象にしていたのかは、言えないが、結界の効果で現在も亜人たちの『異世界転移』はこの大陸には及んでいない。だから、他の大陸や南方大陸が亜人たちに侵略された後も、ここだけはまだ戦えているわけさ。」
亜人たちによる異世界からの侵略が始まって100年余り。
この世界にあったとされる9つの大陸の中で、人族が生存しているのはこの大陸だけです。
でも、それはわたしたち人族が、とりわけこの大陸に残った人族が結束して戦った成果だと思っていたのです。
わたしたちの誰もがそう信じて疑いませんでした。
いえ、今だって。
「そうだろうよ。なにしろ人族は優秀で勤勉、一致団結して危険に立ち向かう勇敢な種族だそうだからな。」
この人だって明らかに人族です。
それなのにどうして同じ種族に向かって、こんなに皮肉っぽい言い方をするのでしょうか?
「でも・・・だからって、他の種族を使役したり霊獣をムリヤリ封印したりなんてことは許されないと思うよ。だから、解放することにした・・・もっとも今日のはタマタマだったんだけどね。」
彼が言うには、エクサスの西の外れで、魔術回路を起動したところ、魔力が漏れ出して、封印の中で眠らされていた麒麟を起こすことになったそうです。
「以前から、この辺りの霊脈に異常があるのは知ってたんだけど、そのせいでもう封印自体が弱まってたのさ。だから、僕程度の魔力にも麒麟が反応した。」
そして、麒麟の声を聴いて、乞われるままに封印を解いた、と?
「どうしてそんなことを!だって、その封印を解いて麒麟を解放したら、亜人がこの王国内に直接『転移』してくるんですよね!?じゃあ南方で軍が戦っていくら戦線を維持しても、大陸内を自由に入って来られたら、わたしたち人族は滅びるんじゃですか!」
さっき麒麟を見送った時は、その景色に見とれてしまいました。
ですがそれが、人族の滅亡を招くことだと知っていたならば、絶対に許せないのです!
もうあの時の自分を殴ってやりたいくらいなんです!
その怒りは、もちろんその張本人にも向かうのです。
「もし人族が滅んだら、それはあなたのせいなのですね!」
わたしは思わず腰の小剣に手を伸ばします。リトも愛刀の柄に手を。
レンは、ですがレンは動きません。
「クラリス、リト。二人とも。落ち着いて最後まで聞きましょう。」
その瞳は星明りの下で一層深い蒼。
「光栄だな。怒ってるってことは、僕のトンデモ話を信じてくれてるってことだろう。お偉い先生方相手だと、僕は狂人扱いされかねないよ。」
ウソだって笑い飛ばせればどれだけ楽でしょう。
ですが、さきほどからの怪現象や麒麟の昇天を目撃した身であれば、そこに真実の響きを感じてしまうのです。
「言っておくが、近年の霊脈の弱体化は本当だ。邪竜や邪巨人の襲来が頻発してるのも、ヘクストスの守護鋼像が動かなかったのも、それが原因だろう。だから、僕が何もしなくても、遠からず封印は解けた可能性が高い。」
「言い訳です!そのことがわかれば、封印とやらが解ける前に次の手を考えることだってできるはずです。何も今すぐ封印を解かなくてもいいじゃありませんか!」
そう叫ぶわたしです。
ですが
「それで、封印から目覚めた霊獣たちが大人しく天に帰ってくれるかな?穏和な麒麟はまだしも、人族にムリヤリ捕まえられた霊獣の中には気性が荒いヤツもいる。目覚めた彼らが大暴れしたら、それこそ人族最後の瞬間だと思うけど。」
先ほどの麒麟は、伝説の聖竜に匹敵する存在なのでしょう。
それに近い力を持った霊獣たちが暴れたら・・・その光景を想像し、寒気を感じたのはわたしだけだはないのです。
リトも、レンもわたしと同じで、その時思わず自分の体に両手を回しているのですから。
「それは・・・でも、それは憶測です。このまま結界がすぐに解けるとは限らないのでしょう?先に何らかの手を打てれば・・・そう、霊脈の異常とやらを修復できればなんとかなるんじゃありませんか!」
「その間、霊獣たちを拘束するのは当然、キミはそう言うわけかい?」
「当然・・・いえ、でも仕方ないじゃありませんか!」
そうしなければ、わたしたち人族が滅びるかもしれないのですから。
それは「魔法兵になって人を助ける」という幼いわたしの誓いからしても、どうしようもないこと・・・。
「・・・ま、理性的で大人な判断でしょ。人族としては。」
そう言いながら、その人は冷え冷えとした笑みを浮かべるのです。
初めて会った時の、あのしまりのない顔に、こんなモノが浮かぶとは全然想像できない、そんな。
「僕の話を信じてキミたちがそう考えるのは、悪くないさ。上出来とすら言える。ぜひ霊脈を見つけ、修復とやらをしてくれたまえ。」
「・・・ア・・・・あなたは協力してくれないのね?」
レンが悲しそうに言うのです。
そして、その人に見つめられ、うつ向いてしまうのです。
「僕はイヤだね。生物としては、他者を犠牲にして生きのびるのは当然の選択。それを責めるわけにはいかない。それでも僕は、人族の傲慢さは大嫌いだ。自分が生き延びるために霊獣を封印し、それを償おうとしないばかりか正当化するなんて、もってのほかだ。」
正当化・・・封印された霊獣たちからすれば、確かにそうなのかもしれません。
穏やかな麒麟の子フィアちゃんが乱暴なのも、或いはその影響なのかもしれない、とすら思ってしまいます。
ですが、この人だって、結局はキライの一言の感情論、子どもですか!?
「そもそも、この地の霊脈の多さからして異常だ。これは古代人が人工的に霊的な処置を行ったせいだろうけど、そのツケはないのか?それを修復するということは、自然に反しすぎていないのか?むしろ、それこそが、この世界に『異世界転移』を起こす原因になったのではないのか?」
「待ってください!あなたの話は仮定ばかりです!仮定に基づいて結論を急ぎすぎです!」
そう。
わたし自身がそう戒められたことがあるのです。
「仮説」を立てたら、その「検証」をしっかりすること!
「学びて思わざるは暗く、思いて学ばざるは危うし」です。
学習と思索、そのバランスを欠いたこの人は、今、とても危うく見えるのです。
「もっと時間をかけて、みんなで知恵を出し合えばいいじゃありませんか。あなた一人ですべてを背負うようなことはないのです。」
わたしだって彼が危惧することは理解できるのです。
霊獣を解放すること自体は、むしろ共感すらしてしまいそうです。
おそらく根は悪い人ではないのでしょう。
でも急ぎ過ぎた結論とその行為のために犠牲が、と考えればやはり賛同はできません。
わたしは必死になって説得するのです。
ですが、その人は、そんなわたしを見てなぜか・・・微笑んだのです。
さっきまでの冷笑ではなく、とても暖かく、そしてうれしそうに。
「・・・キミにそう言われるとはね。全く。」
その瞳、夜の色を映した不思議な色の瞳がわたしを見ています。
でも、それはほんの一瞬。
「だが、これは麒麟と約束したことでもある。僕は、この大陸の結界の為に封じられた全ての霊獣を解放する。」
再び冷笑を浮かべ、少し芝居がかった仕草でマントをひるがえし、彼はそう宣言したのです。
「あなたが言ってることはわかります。人族が、自分たちのためだけに過ちを犯しているならば、それは償われるべき。ですが、今、急に結界が解かれては多くの人の命が失われるかもしれないんです!」
「ん!やはり危険!」
「・・・考え直してほしいの。」
わたしたちは彼に向かい、あらためて説得します。
「安心したまえ。言っただろう。今日はタマタマだって。僕だって全ての霊獣がどこに封じられているかなんてわからない。探すのはこれからだ。今すぐ解放なんかはムリさ。それに、麒麟が解放されたからと言っても、今日明日、いきなりトロウルやらが『転移』してくるわけじゃない。しばらくは残留効果があるし、『転移』にも都合があるはずさ。」
思わず一安心してしまいます。
「だったらその間、わたしたちと」
協力して最善策を考えましょう、そう続くわたしの言葉は遮られるのです。
彼の左の掌によって。
「それでも必ず僕は彼らを解放してみせる。そう遠くないうちにね。それで人族が滅ぶとしたら、それは人族自身のせいさ。」
冷たく不敵に笑う、その人。
「いけません!」
わたしはついに小剣を抜き、学生杖を構えるのです。
わたしの隣でカタナを抜くリト。
そして・・・やはり動かないレン。
「やれやれ・・・せっかく事情を教えたのに、今度は力づくかい。」
「だって・・・人族が滅びるかもしれない、多くの人が犠牲になるかもしれないのなら、あなたを捕まえてでも!」
「思いあがるな。」
びく。
大きな声を出されたわけでもないのに、その声でわたしたちの動きは止められてしまうのです。
「さっきも言ったけど、キミたちは勘違いしている。ここで僕と戦うことが最善の選択なのか?一介の学生が何をできるか、冷静になって考えてみたまえ。」
「ここで、あなたを止められれば、事態は・・・悪化しません。少なくても結界を維持する手段を考える時間を」
「違う!もしもここで戦ってキミたちが死んだら、誰がこの危機を知らせるんだ!誰が僕を止めて、誰が世界を救えるっていうんだ!」
この人は何を言ってるんでしょう。
まるでわたしたちを叱ってるみたいです。
でも、油断し過ぎなのはあなたです。
「だから、ここで勝てばいいんです!わたしたちをただの学生と侮らないでください!」
武器も、ワンドすら持たない人です。
なら機先を制すればいいんです。
「先んずれば人を制す」です。
それに、わたしたちは、こう見えて経験豊富。
キッシュリア商会の陰謀を砕き、南方戦線で生き残り、邪巨人とも戦った実績があるのです。
加えて、三択ロースからいただいた、この強力なアイテムがあれば!!
先に動いたのは、誰よりも俊敏なリトです。
リトは、いち早くカタナを抜き「風切」・・・と唱えようとして・・・しかし、突然、ドサって音を立て、倒れてしまいす!
なんで?
いえ、いつの間にか魔法円が発生してたんです。
一瞬だけ、光って消えて。
でも動作も詠唱も全くないのに!?
「たかが中級の違法魔術師一人・・・そう侮ったのか。だから言っただろう。思いあがるな!」
怒気のこもった強い視線を受け、後ずさってしまいそうです。
ですが前に出るんです!
「衝撃!」
わたしは勢いよく突進し、そして左手を伸ばすのです。
銀の指輪の碧玉をきらめかせて。
そうです。
接近して捕まえてしまえば、この術式は必ず麻痺の効果を・・・
バリバリバリ!
その時わたしの体を貫いたのは、まさに「衝撃波」!
一瞬で意識を奪われてしまうんです・・・そして、真っ暗な底に引きずり込まれて。
ダメ・・・レン、逃げて・・・。
目覚めると、朝日が照らしてるのは、知ってる天井です。
自室ではありませんが、でもこの天井も、昔から知ってます。
特に年末休暇はずっとここで三人一緒・・・ここは実家の「開かずの間」だった部屋の大きなベッド。
「クラリス、起きた?」
レンの声!
ベッドの側には心配そうにわたしを見つめるレンがいます。
「よかった、無事だったんですね!」
一気に昨夜のことが頭をよぎり、わたしは思わずレンを抱きしめるんです。
「それ、レンのセリフなの。」
あきれるように、でも抱きしめ返してくれるレンは、元気そうな声です。
ふと見ると隣にはまだ眠ったままリトが。
「リトは?大丈夫なの?・・・それに・・・ダンは!?」
「落ち着いて。みんな無事。ダンはとっくに帰ったの。リトも寝てるだけ。ただの『眠り(スリープ)』だって。」
ウソです!
それは初級術式「眠りの雲」以下の威力しかない、しかも魔力消費は変わらないくせに対象は一人だけという、超使えない術式のはず!
「・・・しかも・・・無詠唱で・・・・」
ゾクリ。
昨日から何度目かの震えです。
中級の、しかも違法魔術師なのに、なんて強さ。
わたしたちの身近には、イスオルン主任のように元軍人でしかも上級魔術師という強者がいます。
ですが、あの黒づくめの男はまったく違う意味で恐ろしい使い手だったのです。
そんな人相手に、わたしは無謀にも戦いを挑んで。
なんで無事なんでしょう?
「レン?レンは何もされませんでしたか?」
「もう・・・何かされるなんて、あの人、そんな人じゃないの。」
なぜか顔を赤くするレンです。
それでは、かえって気になるんですけど。
「あのね・・・クラリス。昨日のこと、ちゃんと反省できる?」
反省?
なんでレンにそんなことを言われるんでしょうか?
いえ、でも、そうです。
反省は必要です。
「はい。相手の力量を見極めずに正面から挑んだのは失敗でした。次は・・・」
「違う!全然わかってない!」
珍しくレンに大きな声で叱られます。
初めてかもしれません。
「あのね、クラリスは・・・ううん。これ見て、伝言。」
「伝言?」
「うん・・・あの人からの。」
レンは、昨夜のことを教えてくれました。
あの後、あの人とフィアという子は連れ立って立ち去ったそうです。
レンは酉さんにわたしたちを乗せて、ダンを豆の木の館に、わたしたちはそのままわたしの家に連れ帰ってくれました。
かあさんたちは「夜遊びして寝たまま帰るなんて!」って大騒ぎだったみたいですけど。
あれ、ということは酉さんは大きなまま?
・・・ならば麒麟の霊力と酉さんの巨大化は無関係なんでしょうか?
わたしたちは、目覚めたリトと三人で、レンが預かった「石板」を起動します。
長辺が20センチくらいの薄くて黒い石でできた長方形。
それが呪符物なのはわかります。
「ええっと・・・START?」
それが、レンが教わった起動式だそうです。
そして、これがレンがナゾの違法魔術師から預かった「伝言」。
文字で書けばいいのに、わざわざこんなものを・・・ムダに手が込んでます。
凝り性なんでしょうか?
ぶうん。石の表面に小さいながらも複雑な魔法円が浮かび上がります。
それが消えると・・・
「やれやれ・・・こんな伝言を残すことになるなんて、実に不愉快なことだけど、前途ある学生に一度の失敗で人生諦めるなって言わなきゃいけないのが、大人の義務ってヤツかな。」
その石に浮かび上がったのは、もちろんあの違法魔術師。
音声と映像を同時に再現するこの未知の術式には驚きです。
それでも、その余裕の態度が妙にムカムカするのです。
「いいかい、キミたち。僕は非暴力主義で平和主義者なんだ。」
どこがですか!
思わず口がへの字になるわたしです。
「それなのに、いきなり切りかかって来るなんて、ヒドイじゃないか。何でも暴力で解決しようなんて、そんな短絡的な人間になっちゃいけないよ。」
チャリ。
リトがカタナに手をかけます。
気持ちはよ~っくわかります。
「・・・リト、ダメだってば。」
「だいたい善意でわざわざ事情を説明した僕を悪者扱い?なんて、心が狭いんだ。ちゃんと相手を理解しようって話し合いの基本ができてないね。」
「あなた以外なら、理解のしようもありますけどね!」
「もう、クラリスも。石板に言ってもムダなのに。」
レンが何かつぶやいてますけど、聞こえません。
「だから、ここでもう一回話をするよ。」
「最初からそう言う!」
リトも珍しく毒づいてます。
「僕は、この大陸に封じられている全ての霊獣を解放してみせる。それが、かつて古代人が自らの利益の為に、人々に幸福をもたらすはずの吉祥獣を強引に封印したことに対する、わずかばかりの償いになると思うからだ。このまま霊脈が枯渇して、その結果自然に封印が解けるのを待つというのは不誠実だし、事情を知ってなお人族の利益の為に彼らの封印を続けるのなら、それは卑怯だと思うからだ。」
ですが、その口調が一変し、真剣なものに変わります。
それには聞き入らざるをえません。
「そして、その結果、結界が破れ、亜人たちの異世界転移が自由になって、それで人族が滅んだとしても、それは人族自身の責任なんだ。」
ぐ・・・一理はあるかもしれません。
ですが、やはりそのために払う犠牲は無視できないのです。
そう、犠牲になるのは、いつも無力な人々なんですから。
「さて。キミたちは、この一件を、どう扱う?こんな荒唐無稽な話、証拠もなしで誰も信じないよ。証拠や証人の確保は、キミたち自身が拒絶した。」
え!?
そんなことしてません!
ですがレンがうなだれているんです。
なんで?
「また、僕との話し合いもキミたちから中断した。」
そ、それは・・・だって仕方ないじゃありませんか!
強引にでも止めるにはそれしか!
リトは悔しそうです。
それは負けたからでしょうか?
「もう事態は絶望的だね・・・キミたちの独断と油断がこんな危機を招いたんだよ。これで人族が滅んだら、後悔のしようもないねぇ?く、く、く・・・。」
なんてイヤな人でしょう。
勝ち誇るために、こんなものをつくって!
握った拳が真っ白になっているわたしとリトです。
「そんなキミたちに、絶好の機会が到来した!おめでとう。」
ここで「パンパカパ~ンッ」ってあざとい効果音に、くす玉がパカって割れて、その中からは「祝!冬季実習!」の文字が。
って!?
なんですか、このわざとらしい演出は!!
「キミたちは、あの、巨人殺しのエスターセル女子魔法学園の生徒なんだろう?新年早々サム~~~い北方にわざわざ出向いて、魔獣や野獣を討伐しようっていう戦闘狂の!」
「だめ、クラリス、リトも!武器をしまって!!」
ぬぬぬ、です。
「幸か不幸か、キミたちが向かう北方は、古代帝国の遺跡が未だ数多く残っている。僕としては、実は・・・霊獣が封印されている可能性が高い、とにらんでいる。」
ピタリ。
レンに抑えられていたわたしとリトの手が自然と止まります。
「そこで、僕は充分に調査をし、余裕もって準備をしてから北方に赴いて・・・今度も霊獣の封印を解こうと思っている・・・キミたちが北方にいる間にね!その目の前で解放してやるよ!どうだい、悔しいか、悔しいだろう!?」
なんて楽しそうな顔、子どもですか!
年いくつなんですか!
「こほん・・・で、だ。もしも、キミたちが本気で僕を止めようと思うのなら・・・装備も貧弱なキミたち三人なんかじゃあ、ゼ~ンゼ~ン無理だから。次はちゃんと準備をしてやってきたまえ。それに、誰と相談して何人で来たって卑怯だなんて言わないからね。準備と相談だよ、いいね・・・僕は諸君らの健闘を、心から期待しているよ。では、さらばだ。」
これが伝言!?
いいえ、これは挑戦状です、宣戦布告です、犯行予告です!!
「もう、絶対止めてみせますから!」
ついに我慢できず、怒りにまかせて石板に向け、武器を振り上げるわたしとリトなんです!
そこにポツリ。
「なお、この石板は、自動的に消滅する。」
え?
思わず顔を見合わせるわたしとリト。
一人頭を抱えるレン。
そして・・・どっかああああんん・・・もくもくもく・・・。
いえ、爆発は音だけで、黒煙も視覚効果だけなのでしょう、すぐに消えましたけれど・・・。
もう、へなへなと床に崩れ落ちるわたしたちです。
目の前の黒い「石板」は、もう影も形もありません。
絶対に遊んでます、あの人。
きっとわたしたちのことを丁度いい遊び相手だとでも思っているのでしょうが、次はそうはいかないのです!
ちゃんといろいろ装備を整えて、ちゃんとデニーやシャルノ、いえ、叱られてもいいから教官にも相談して!
「・・・あ!?」
「どうした?」
不思議そうな顔をしたリトです。
一方レンは・・・笑ってる?
「そう言えば・・・今回の光の柱を見た時・・・わたしたち、全然準備もしなかったし誰にも相談しないまま行っちゃいましたね。」
「ん?急いでたし。」
「・・・うん。レンも気づかなかったの。」
少し寄り道して、家にある学園支給のポーチ(緊急キット入り)を持っていくとか、コートや帽子とかの装備を整えようとか。
それに何よりも「魔伝信」の指輪なら、エクサスからヘクストスくらい届いたはず。
だったら教官に連絡して、指示を仰いだり増援を求めたり、いろいろできたんです。
「わたし・・・うぬぼれてたんでしょうか?」
今までなんとかなったから、この指輪があるから、自分たちなら何とかなるって。
今回、もしあの人が本当に悪い人で、わたしたちを殺したり監禁していれば、この「霊獣解放」の一件は誰にも知られないままだったのです。
・・・敵に戦略物資である塩の重大さ教えられた、そんな気持ちになるわたしです。
「クラリス・・・これ。」
「なんですか?」
レンに渡されたのは、黒くて四角い、小さな紙。
「ええっと、名刺?って言うんだって。あの人の。」
名刺?
その小さな紙きれに顔を近づけるわたしとリト。
そこには、流れるように見事な古代魔法文字が書かれています。
少し角ばってるけれど、とてもきれいな筆跡で、銀色のインクが輝いているのです。
なぜか、胸の奥がチクリ。
「・・・アンティノウス・ジロー・アシカガ・・・」
そうつぶやくわたしに、レンが、自分では少し大人っぽいと思ってる声でささやくのです。
「・・・そう。それが今の、あの人の名前なんだって。」
「アシカガ・・・?」
そしてリトもその黒曜石のような瞳を曇らせるのです。
これが、わたしにとっての、この年最後の大事件「エクサスの光柱」の顛末だったのです。
この後「魔電信」で、学園に報告した時のことは、思いだしたくもありません。
もう・・・結局学園に臨時召喚されて、主任自らの事情聴取・・・もう大変だったんですから!
ですが、今度は負けないのです。
きっとあの違法魔術師の暴走を止めて見せるのです!!