表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/277

第4章 その2 クラリスの戦い 

その2 クラリスの戦い


 よく似た展開が最近あった、ということは、目を覚ましてから思い出しました。


 どうやらわたしは、また誘拐されたようです・・・我ながらかなり凹みました。


 成長していない、ダメなわたしです。


 しかし誘拐されるのも二度目なので、少しは上手に対応したいと思うのです。


 ですから、まずは落ち着いて、自分の状態や部屋の様子を観察します。幸いまだ明るい時間です。



 まず縛られてはいません。次に衣服の乱れはなし・・・ほっとしました。


 持ち物は・・・最初から手ぶらです。


 講義室に魔術書も、愛用の羽毛ペンもノートも、みんな置いてきたまま。


 魔法学園の生徒が持つ学生杖までも。あれがないと魔術の行使は難しくなります。


 学生杖以外は、みんな叔父様から頂いた大切なものなのに・・・叔父様!


 ・・・ごめんなさい。わたし、なんであんなに・・・。


 先ほどの自分の言動を思い出し、情けなくてなります。急に涙がにじんできました。


 そして膝を抱え込んでしまいます。少しだけ、泣きました。


 シャルノ・・・エミル・・・リト・・・みんな・・・ごめんなさい。


 でも、これではいけません。わたしがこんなことでは。


 わたしが戻らなければ、叔父様はどんなに心配するでしょうか。そしてだれがみんなに謝るのでしょうか。


 涙をぬぐって部屋に様子を観察します。石造りの牢獄のように堅牢な部屋です。


 天井はかなり高いのです。その天井近くに鉄格子のはまった窓があり、到底届きそうにありません。


 机も椅子も家具もなし。わたしが寝かされていた粗末なベッドはありますが。


 部屋の出入口は見るからに厚くて頑丈な木の扉です。


 できるでしょうか?覚えたばかりの「解錠」。


 前回は教わっていないから使えない、と言いましたが、叔父様を見ていて、それは言い訳だと気づかされたのです。


 教えてくれないなら、それが必要だと思うのなら自分で学べばいいのです。


 魔法の才能がないという叔父様が、あれほどまでのことを独学で身につけているのに。


 まして、わたしは自分で魔術を行使できるのですから。


 だから、二度とあんな目に遇わないと思いながら、それでも「解錠」を身につけたのです。


 後は、学生杖・・・学生用のワンド・・・がないだけ。実行あるのみ、です。


 ワンドがない場合、平均すれば術式の成功率は4割下がる、特に詠唱を短くすると大きく下がる、と叔父様から聞いています。


 どうせわたしには無詠唱や簡易詠唱どころか未だに略式詠唱すらできません。


 充分に魔力と時間を使って通常詠唱で行使すればいいのです。


 なによりも、こんなことでは、わたしはこの5年間何を学んだのか、何を目指したのかわからなくなるのです。


 だれかが助けてくれるのを待つだけの自分が嫌で、誰かを助けられる人になりたいと願った10歳。


 このままでは、あの時の自分に負けてしまうのです。


 そして、わたしの誓いに、反対しながらも、いつも支えてくれている、あの人。


 あんなに面倒くさがりで、魔法を使えないどころか腕力もないあの人が、いつもどれだけのことをしてくれているのか。


 それにいつまでも甘えていればいいのか。自分が許せなくなります。


 わたしは絶対に、あの人の所に、みんなの所に帰るのです!



「我は、人の子の一人 クラリス・フェルノウル。」


 自分の体内に魔術回路を形成します。・・・うまくいきました。

 

 そして、わたしは白銀の輝きに包まれます。


「域を閉ざすものよ、


 道を塞ぎしものよ、


 界を隔てしものよ。」


 魔力中枢から、魔術回路に魔力を流します。


 叔父様に教えていただいた、術式の韻と律に合わせるタイミングを計って。


 出ました、魔法円が輝きながら回転していきます。


「境界を隔てし全ての扉に願わん。


 閉ざした領域が開かれんことを!」


 そして、魔力を充分にこめて、詠唱の終了とともに一気に放出します。


「我、人の子の一人 クラリス・フェルノウルが願う。『解錠アンロック』!」


 強い光に包まれたわたし。そしてわたしの目の前の扉に魔力と輝きが伝わっていきます・・・魔法の発現象!


 なんとか行使成功です!・・・カチ。カギが開いた音が聞こえるとふうっとため息が出ました。


 扉の向こうに気配がないことを確認して、そっと重い扉を開きます。


 上にも下にも石造りの階段が続きます。

 

 ところどころには明り取りの窓がありますが、やはり鉄格子がはめられています。


 窓から洩れるのは、少し夕暮れに近づいたのか、オレンジ色の入った日の光です。


 意を決したわたしは、下に向かいます。このままここにいても何もない。


 そう。わたしはいつまでも助けられるだけのお姫様ではないのです。自分の道は、自分で開く。


 自分の身は自分で守る。そして、自分の未来は自分の手でつかみたいのです。


 そして、自分の力で叔父様に・・・。その隣に並びたいのです。


 あの、魔法を使えないと言いながらも、誰よりも魔法使いのような叔父様に。


 でも・・・それだけでしょうか?いえ、わかっています・・・。本当は・・・。


 でも、それは心の奥底に眠る暗闇。白日にさらしてはいけないもの・・・メル、憶えてなさい!

 

 なぜか犬耳に尻尾の半獣人を思い出すと、腹ただしさと同時に力が湧くのです。


 わたしがいなくなって、叔父様を独占できると喜ぶメルを想像すると、無性に怒りがこみ上げます。


 だいたい、考えてみればあの半獣人がわたしに追いつけないわけがないのです。


 きっとわざとわたしを逃がして、放置したのでしょう。そして自分は今頃・・・。


 つい拳に力が入ります。


「絶対ここから逃げてやります・・・あなたに独占させません!」


 わたしは握った拳で、たまたま近くにあった扉を殴りました。


「誰だ。」


 ・・・いけません。中に人がいました。わたしのドジ!いそいでこの場から離れます。


 そして、少し下にある柱の陰に身を隠しました。そこからそ~っとさっきの扉を見ます。


 すると、中から男が出てきました・・・。あっ!わたしをさらった人です。


 学園から走り去るわたしに、追いついてきた馬車。


 その中から何人かの男が出てきて、わたしの口に布を当てて・・・おそらくその布に眠らせる薬がしみこませてあったのでしょう。


 それでわたしは意識を失ったのです。ひょっとして、学園長が話してくださった、例の人たちでしょうか?


 男は扉の前でウロウロしています。不審そうです。


 そして、階段の上と下を交互に見て・・・その間「上に行って」とひたすら願うわたし・・・上に行きました。ふう、です。


 わたしは再び静かに降りていきます。時々窓を見ます。もう2階くらいの高さまで下がりました。


 きっとヘクストスのどこかだとは思うのですが。


 しかし、ここで問題です。一番下の階層は広く、ここからでも大勢の人が見えます。


 みんな冒険者風の・・・武器や鎧を身に着けてはいますが、武装も職業もバラバラな感じです。


 軍の兵士が南方に送られるようになって、街や村の治安維持や、警護、魔獣討伐に山賊退治、更には遺跡や迷宮の探索・・・様々な仕事が今まで以上に冒険者に依頼されるようになりました。


 中には非合法の仕事も・・・。この人たちは、そういう冒険者なのでしょうか。


 わたしは再び覚悟を決めます。このままここにいても、何も変わらない。だったら!


 堂々と、当たり前のように階段を下り、一階に入ります。そして、その人たちがわたしを見る前に


「こんにちは!」


 にこやかにあいさつをします。制服姿で武器も持たないわたし。この中では浮いています。


 ですが、あくまで、ここにいるのが当然、という態度で歩いていきます。


 顔は自然な笑顔に見えるように、仕草は焦らず、堂々と・・・本当は足が震えそうです。


 息が苦しいのです。でも、そんなそぶりは見せられません。

 

 一歩また一歩。出口の扉に近づきます。何人かの人が


「お嬢ちゃん、こんにちは」


「かわいいね、酒でもどう?」


「一人かい、一緒に冒険しないか?」


 などと、意外に気さくに声をかけてきます。そのたびに、笑顔を返します。


 ですが、そのまま歩みは止めません。クラリス頑張って!あと少し、もう少し・・・。

 

 その時!


「娘が逃げた!制服を着た赤毛の娘だ!捕まえろ!」


 上から大声がします。さっきの人の声です。


 おそらく上に行って、わたしのいた部屋に誰もいないことに気づき、慌てて降りてきたのでしょう。

 

 わたしは、出口まで一気に走り抜けようとします。


 しかし何人かの冒険者らしい人たちが道を塞ぎます。


「大した度胸だな、お嬢ちゃん。」


「かわいい顔して、すっかり若いお仲間かって騙されたぜ。」


「男はダメだねえ。ちょっとかわいいとすぐに甘くなって。」


「なんだと、このアマ!」


「やめろよ、捕まえるのが先さ・・・へへへ。」


 わたしは前も後ろもふさがれ、囲まれてしまいました・・・次第には包囲の輪が狭まります。


 中にはいやらしい目でわたしを見る人もいます・・・いやっ!助けて!


「叔父様っ!!」



 ごかあん!


 その時、外の扉が大きな音を立てて飛んできました。それに巻き込まれて何人かの冒険者が倒されます。


 悲鳴と、その後の一瞬の沈黙の後に、外から誰かが入ってきました。


 そして、その人がわたしを見つめ、こう呼んだのです。


 「クラリス!」


 と。叔父様の声!いつのも黒い服に、今は教官のマント、白ネクタイ。


 「叔父様!叔父様!」


 茫然とする人たちの間をすり向け、わたしは叔父様に飛びつきました。


「よかった・・・よく頑張ったな。ここまで一人で逃げて来たんだろう・・・えらいぞ。」


 叔父様が抱きしめてくれます。褒めてもくれます。わたしは叔父様に抱きつくだけ。


 そして、それが絶対の安心をもたらしてくれます。叔父様!


「なんだ、てめえ!」


 ですが、冒険者のみなさんが叔父様を取り囲もうとします。


「叔父様?」


 叔父様は面倒くさそうに片手でポケットから紙の束を取り出します。


 目の隅で見ると、一束銀貨2枚の白牛皮紙・・・高い!しかもそれはスクロールでしょう!


 でもさすがに詠唱の時間がありません。


「叔父様!」


「大丈夫だ。こんな連中・・・クラリスを怖がらせたんだ、痛い目を見せてやる!」


「でも眠りの雲は」


 いけません、そう言おうとしたわたしです。怪眠事件はもうイヤなのです。


 しかし、叔父様は手に持った大量の紙をそのまま宙にばらまき


麻痺矢パラライザー!」


 と唱え、右手で指を鳴らし、すぐに人指す指を周りの人たちに向けます


 すると、空中にばらまかれた白牛皮紙が一斉に小さな魔法円に包まれ、そのすべてが白銀に輝く矢となったのです!


 そして指さされた人たちにすごい勢いで飛んでいきました。


 矢に当たった人は、その場に次々と崩れ落ちます。痺れながら。地味に痛そうです。


「叔父様・・・これはいったい?」

 

 叔父様は得意げです。言いたそうです・・・鼻がピクピクして、子どもみたい。今は許しますけど。


「前もって作っておいた特別製「麻痺矢」のスクロールを使っただけさ。符術の応用だね・・・使い捨ての式神みたいなものって言った方がわかるかな?」


 わかんないです。でも、全ての銀の矢が消えると・・・立っているのは叔父様とわたしの二人だけです。


「本当に魔法みたい・・・。」


 わたしは叔父様に抱きついたまま、陶然とつぶやきます。


 そんなわたしに叔父様は優しくつぶやくのです。


「じゃ、一緒に帰るよ。クラリス」って。もちろん返事は「はい!叔父様!」です。



 叔父様に手を引かれ、わたしたちは外に出ました。


 しかし、外にはこれまた大勢の冒険者さんたちがいました。


「うわぁ、団体さんのお着きだぁ。」


「叔父様・・・スクロールは?」


「調子に乗って、全部使っちゃった。」


「叔父様のバカ!」


 わたしがそう言うと、叔父様は傷ついた顔をします。


「おい、おっさん。つまらない真似してくれたな・・・。」


 一行の隊長さんらしい、高価なプレートメイルを着た人が前に出てきました。


 まだ若そうなのに、こんなことに手を染めて・・・。


「ちぇ。おっさん?傷つくなぁ。30過ぎじゃ仕方ないけど。・・・クラリス。ちょっと目をつぶって。」


 そうブツブツ言いながら叔父様はわたしの体に優しく左腕をまわします。


 右腕は・・・一枚の紙。あれは青銀羊皮紙!一枚で銀貨4枚はします!高価すぎます!


 目を閉じるどころか目が飛び出そうです!


「『浮揚レビテーション』!」


 叔父様が唱えたのは、空中に浮かぶ呪文です。


 叔父様とわたしは一瞬浮かんだ魔法円の後、空中に浮いていきます。


 そしてあっという間に高く昇りました。下のみなさんが小さく見えます。ですが・・・


「ハハハ。ずいぶん高価なスクロールだが、上下にしか動けない『浮揚』じゃな。俺たちは魔術の効力が切れるまで、ここで待ってりゃいいだけさ。矢を使うなよ。商品に傷がつく。」


 あの冒険者さんは魔法に詳しいようです。そうです。このままでは捕まってしまいます。


 でも、今は何よりも・・・


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
作者:SHO-DA 作品名:異世界に転生したのにまた「ひきこもり」の、わたしの困った叔父様 URL:https://ncode.syosetu.com/n8024fq/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ