第18章 その7 登場は慌ただしくて
その7 登場は慌ただしくて
大穴に近づくわたしたち。
幸いアリたちは巨大ミ・・・を運ぶので精一杯で、巨大ミ・・・もあれ以上は出てこない。
ですが近づくにつれて、なにやら臭気が・・・。
「ケホケホ。」
「・・・なんだか変なにおいがする。」
「臭え、なんだかカビ臭いよ。」
・・・注意を向けると足元からなんだかイヤな臭いがして、一面に漂ってるんです。
でも、いくら墓地の近くだからってもう冬のこんなところにカビ?
それもこんなに・・・。
「あれ!」
あれ?
更によく見れば、まわりの草は枯れ、土が変色し、ネバネバ。
なにやらドロドロして濁った薄茶色の、スライムのような・・・そんなものが蠢き、一面に散在しているんです・・・ああー・・・あれ。
「・・・モールド。」
まさか一生に一度でもこんなモンスターに会うなんて。
さっきのミ・・・といい、絶対今日は不幸な日です。
「なに?」
「聞いたことないよ。」
「俺も知らねえ。」
エス女の授業「魔獣学」でも、習ったことはありません。
ですがわたしはなぜか知っているんです。
確か「トンデモモンスター図鑑」で読んだ気がします。
あまりとんでもないんで読むのは途中でやめましたけど・・・。
つまり、あれは
「もう!つまり、巨大カビです!」
本来は暗くて湿気の多い場所に繁殖するカビですから、おそらく地下の空洞かどこかにいたのに、あの穴が開いたせいで一時的に外に飛び散ってしまったのでしょう。
しばらくすれば日光やら湿度の関係やらで勝手に消えるのでしょうが、今はまだこんなにたくさんいます。
「かび?」
「・・・ホントにぃ?」
「いくら先生でも、そんなの聞いたことねえよ。」
なかなか信じてもらえません・・・親友のリトに素直なレンにすら。
でも!
「いけません!みんな、足は大丈夫ですか?息苦しくはありませんか?」
モールドは、主に近づく者に麻痺や毒のダメージを与えます。
もちろんわたしたちエス女の生徒は、あの自慢の長軍靴ですから、足元は平気。
でも息は止めることはできません。
いや、術式を使えば、別ですが。
「あ?なんだかクラクラする。」
リトとダン少年は平気のようですが、レンは少し臭気にやられたようです。
これ以上進むのは危険かもしれません。
カビですから火には弱いはず。
火をつけて、足元のカビだけでも焼いていけば・・・或いは「風操り」で風向きを変えれば?
まぁ所詮はカビですから、動きませんし、こっちから近づかなければ問題ないので、避けて通るルートを探すのが一番楽・・・。
「あれ、合体してる?」
まさか!
ですが、濁った薄茶色でドロドロした・・・要はモールドが集まり次々と合体、みるみる大きくなっちゃいました!
そんなのあるんですか?
こんなことなら、あの「トンデモモンスター図鑑」最後まで見ておくんでした!
今ではもう、酉さんはおろかその三倍はあるくらい巨大になった超巨大モールドは、辺りに一層の臭気と腐敗をまき散らしていくのです!
地面からは、もうもう、じゅじゅうとイヤな煙が音と立てて上がっていきます。
「ううっ!痛いよぉ~。」
「ゲホゲホゲホ・・・。」
レンが頭を抱えうめいています。
さっきまで平気だったダンもセキこんで苦しそう。
巨大化によって毒性が強化されています。
これはいけません!
わたしとリトは、再び学生杖を構えます。
ただ・・・実は二人とも、モールドに最も有効な火系列の術式は苦手なのです。
それでもわたしは必殺「酸性風」の、リトも「風刃」斬の構えに入るのです。
ですが、どちらも魔力を多大に消費します。
ここで使っていいか、悩むところです。
しかも、わたしたちの最大の攻撃術式が、モールドに効くかは不明。
「酸性風」は、もしモールドのもとになったカビとどう反応するかわかりませんし、リトの「風刃」で切断しても、また合体するだけかもしれません。
最も確実なのは軍の推奨制式術式「魔力矢」ですが、あの大きさでは何発必要になるんでしょう?
「レンは一度さがって」
ですが、今はためらいこそが最も危険。
まずはわたしが!
「待って、クラリス。レンなら大丈夫だから。ううん、みんなも大丈夫。」
レン?
レンはさっきまでの気弱気な様子を一変させています。
ステッキを抱きしめ、覚悟を決めた表情なんです。
「ここはレンの出番なの!任せて!」
そして、酉さんの上で立ち上がり、三択ロースからもらった白い金属製のステッキを右手に掲げるのです。
「はぁ・・・いくよ!」
その、1mほどの長さのステッキの先には大きな翠色の宝玉が輝いているのです。
それがレンの声に合わせ、一層強く光るんです。
「チャームアップ!マジカルチェ~ンジ!!」
これがレンのステッキの力!?
白く強い光がレンを包みます。
その足元・・・酉さんの背羽ですけど・・・には白銀の魔法円が形成し、回転しています。
ですが!
レンの肢体は輝きに包まれてはいますが、そのラインは丸見え!
あれは恥ずかしい!
しかもレンの足元には顔を真っ赤にしたダン少年が・・・思わず酉さんから引きずり下ろし目を隠すんです。
まだ10歳?
いいえ、男は何歳でもオオカミなんです。
「あれ?」
「リト?どうかした?」
「レンの身長・・・伸びてる?」
まさか!?
慌てて酉さんの上に立つ、輝くレンの姿をよく見るんです・・・。
「ウソ!?・・・なんだか大人っぽい・・・これ、時間魔法?」
あらゆる系統の術式の中でも最難度とも言われる時間魔法ならば、自分を成長させることも可能かもしれませんが・・・身近で見たことはないのです!
そして・・・渦を巻くように光が収斂し、消えていくと・・・そこには!
「は~い!マジカル・レンネルで~す!『見た目は大人、中身は一緒』の魔法少女は3分限定だけど。どう、クラリスにリト。レンは一足先に大人だよ~ぉ!」
確かに見た目は17,8歳くらいの少女が立っているんです。
元々のレンよりは少し大人びた顔立ちで、10cm以上は背が高い気がします。
体つきそのものは、今とそこまで変わらない印象ですけど、その服装はライトグリーンのミニドレス。フリルとかリボンとかついてかわいいんですが、その年恰好にしては異常に丈の短いスカート!
「あ、それ、魔法で中は見えないんだって。」
「どんな魔法ですか!」
それ、ゼッタイ、ウソ!
こんなものをつくった人の趣味を思いっきり疑うわたしなんです。
しかも魔法少女?
どっかで聞いた気がするんですが、それは激しい頭痛を伴う記憶で、わたしは思わず額を押さえるんです。
「さぁ?でも、大人になるのは、ちゃんとした時間魔法で、『変身』なんだって。5年後の自分を召喚するイメージ?それに、この姿の間は、体の代謝も向上して、毒や麻痺、石化とかの属性ダメージも無効!これはレンの回り全部の範囲だって。」
「成長加速」という、確か、土系の精霊魔術に類似のものがあったと思うのですが、それは植物の生育や家畜の成長に限定されているはずです。
系列が違うし・・・しかも時間限定?
では3分経ったら「変身」が解けて元に戻ってしまうんでしょうか?
なぜか、大きな青い宝玉を胸につけた巨人になったわたしの姿が浮かぶのです・・・。
気がつけば、レンがまだ放っているうっすらとした光に照らされて、モールドも縮んでいきます。
除菌殺菌効果もバツグン?
「だから、この術式が効いてるうちに、一気に行くよ!」
術の影響か、大人になってお姉さんぶってるせいか、いつもよりテンション高いレン、いえ、マジカル・レンネルです。
「ん!」
「がんばれ、レンちゃん、いえ、マジカルレンちゃん!」
「こら、ダン!先生って呼べ!」
酉さんの上で、レンはダン少年を再び酉さんの上に持ちあげます。
筋力も向上してる?
成長したレンに抱きかかえられて、またまたデレデレのダン少年。
「んじゃあ、大きくなって魔力も増大してるレンの、ブーストォッ!「氷結」!」
魔力を溜めて、増幅し、レン得意の攻撃魔法「氷撃」が放たれます!
カビといっても超低温では生きられませんし、今のレンは殺菌効果が飛躍的に高まっているのです。
大きな魔法円が輝き、周囲に氷がビキビキって広がっていきます・・・。
「ほ~ら、カチンコチンだよ。」
酉さんごと近寄ったレンがステッキでコンって叩くと、ガラガラっ崩れる超巨大モールドです。
もう辺り一面、超低温で殺菌され、清潔になったみたいです。
通常の「氷結」ではありえないこの威力!
なんだかとってもクリーンな世界ですけど、生き物の姿は、それこそ細菌一つ残さず消滅したのでしょう・・・。
「ふう・・・あ!?もう?」
そう叫んだレンは、再び光に包まれ・・・そして、あっという間に元の13歳のレンに戻ったんです。
「『変身』解けるの早すぎ!もっと大人でいたかったのに~!」
そう怒ってるレンは、年齢以上に幼く見えるんですけど。
「ふう。身長、抜かれたかと思った。」
リトも身長、気にしてたんですね。
「レンちゃん、かわいい。大人になったレン先生もキレイだったし・・・。」
やはり男の子は何歳でもオオカミなんです。
しかも対象年齢関係なし?
「いやはや、レン様、天晴れでございます。さすがのヤツガレもあんなものを飲み込むのはごめんですからな・・・いえいえ、それでも皆様の危機であれば、意を決しわが身を顧みず飲み込む覚悟でございましたぞ。」
思いっきり疑わしいこの発言。やっぱり酉さんは調子いいんです。
「急いで、みんな!リトも酉さんに乗ってください。わたしは・・・『俊足!』」
レンの活躍で障害を破り、急ぐわたしたちです。
さすがに小柄なわたしたちでも4人での騎乗はムリです。
この中では一番背の高いわたしは、術式で加速して走るのです。
そのまま、走ったのは3分ほどでしょうか。
ヘクストスから離れたわたしたちでは、正確な時間をする術はありませんけど。
ところどころ、目標の穴から広がったひび割れがあるので、よけたり跳んだりしながらの疾走です。
さすがに酉さんには追いつけませんが、それほど離されてもいないのです。
「なんかおかしい?」
わたしたちの中で一番感覚が鋭敏なリトが異常に気づきます。
グラグラッ!
走っているせいで気づくのが遅れましたが、地面が激しく揺れているのです。
「地揺れです!・・・酉さん、一旦空へ!」
「承りました!」
「「クラリス!?」」
「先生は?」
四者三様の返事ですが、酉さんはわたしの指示に従いすぐに飛び立ちます。
大きな地揺れでは、地割れができたり、噴砂したり地表は危ないのです。
それでなくても揺れが大きいと走れ・・・あれ?
ヨロヨロって、ホントに真っすぐ走れません!
もう足元を見て、スピードを落とし・・・あれれ?
ついに転んじゃいます。
「クラリス、前!」
「地割れが来るの!」
「先生、危ない!」
前?
目標の周りの穴の周りにあった裂け目が、さらに大きく裂けて、それがわたしの方に向かってくるではありませんか!
これはいけません!
・・・一瞬でやるべきことを考えます!
「浮揚」!中級術式は覚えてません。
裂け目がドンドン近づいてきます。
「飛行」。上級術式なんて論外です。
ガラガラってすごい音が聞こえます。
「土形成」。土系列は苦手です。そもそも覚えてないし。
割れ目の中に崩れ落ちる石が見えるくらい。
「石形成・・・」って、上に同じ!それにあんな大きな裂け目を埋めるにはどれだけの魔力がいるんでしょう?
ああ、割れ目はもう目の前に迫っています。
とりあえず立ち上がりましょう。
普通にジャンプ?
・・・もうそれしかないのです!
揺れてる中、助走はムリなので立幅跳びです。
一気に2m以上の大ジャンプで!
えい!!
そうです。
こう見えてもこの数か月の努力のたまもので、わたしはクラスでもリトについで二番目の跳躍力の持ち主なのです!
ホラ!
あと少しで、手が・・・届きました!
・・・ふう、です。
地割れに落ちる前に、右に跳躍して、何とか地面に指が届きました。
後はこのまま体を上に・・・。
まだ地面はグラグラ揺れてます。
そして・・・もろくなった地表が、つかんでるわたしの指の周りごとボロって・・・崩れちゃいます。
それが、なんだか、妙にはっきりと、ゆっくりと見えるんです。
音なんか聞こえなくて、きっとリトやレンが悲鳴を上げてるんでしょうけど・・・。
そして、わたしはゆっくりと下に落ちていくのです。
見上げると、冬の空が高くて、青くて。
終わった?
こんなにあっさりと・・・まだ願いはかなってなくて、みんなと一緒の学園生活も卒業までまだまだで、生まれてくるのが弟か妹かもわからないのに・・・。
こんなのイヤです!
これでは、幼いわたしに顔向けができないのです。
まだわたしは何もしていないのに!
何者にもなっていないのに!
それに!
わたしを見つめる、あの夜の色の不思議な瞳をした人にも!
あなたは・・・・・・・・・・・・・・・だれ?
「やれやれ・・・まったく、なんだってこんなところでキミが・・・あ、いや、女の子なんか落ちてくるのかな。」
世界は静かなままで、でも、その穏やかな声が耳に心地よく、それだけがこの瞬間のわたし。
そして、世界は全ての動きを止めていたのです。
おそらくは、わたしの心臓さえも。