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第18章 その5 エクサスの日々は慌ただしくて

その5 エクサスの日々は慌ただしくて


 二人と過ごすエクサスで年末休暇ももう三日目。


 最初は、わたしの家族の熱烈歓迎に、リトもレンも押されまくって。


「いやぁ、よくきてくれたね!」

 

 拳を握って迫る父さんに


「ホント。クラリスが友達を連れてくるなんて初めてじゃないかしら!」


 って、しゃもじを振り回す母さん。


「おお、なんて可憐な娘じゃ!」


 ってリトに抱きつこうとして逃げられたおじいちゃんに


「ああ・・・かわいいわぁ、こんなかわいい子、よく連れて来たわね。」


 しっかりレンを抱きしめてるおばあちゃん。


 でもそれじゃあ恋人でも連れ帰ったみたいな言われようです。


「だって、お前、同い年で仲のいい友達なんて、あまりできなかったからな。」


 ぐっさし、です。


 とうさん・・・わたし、「ぼっち」でしたっけ?


「そうよぉ。それがヘクストスなんかの都会にいって、どうしてるか心配してたんだから。」


 そう言いながらも豪華な夕食・・・と言っても職人の家にしてはですけど・・・をつくってくれる母さんです。


 じゃがいものパンはとても甘くてもちもち、大好評。


 それ以外の牛肉の煮込み料理や得意の「星豆とベーコンのスープ」、ワインはやっぱりイノッサル産の赤です。


「ん!おいしい!」


「ホント、クラリスのお母さん、お料理上手!」


 鼻高々の母さんに、一緒になって喜ぶ父さん。


 いい年して最近また仲良くなったみたい。


「ええ!クラリスお姉さんになるの!?」


「びっくり!」


 母さんが妊娠中って聞くと、二人ともうらやましがります。


 弟がいるリトは


「やはり男の方がいい・・・兄さんならもっといいけど。」


 なんて無理なこと言うし、兄弟がいないレンは


「・・・でも、妹もいいと思うよ。クラリスはどっちが欲しいの?」


 って聞いてきます。


 わたしは本当にどちらでもいいんですけど。


「んじゃ、かあさん、双子にして!男の子と女の子の!」


 なんて「ムチャブリ」です。


 それでも


「ほほほほほ、そうね。大変だけど二人一遍でもいいわね。」


 なんて、ホントにかあさんは年の割りに幼いというか、考えなしというべきか・・・。


「まぁ、クレシェさん、よくおっしゃったわ。その時は何かと手伝いますからね。」


 でも、おばあちゃんまで楽しそうにはしゃいでます。


「女の子がいると家が明るくなるなぁ。」


 わたし、そんなこと言われたことないです、父さん。


「・・・ところでリーデルンさん、お国はどちらじゃ?」


 そこで何気なく出身を聞くおじいちゃん。


 でお、父さんも興味深げです。二人とも黒髪に黒い瞳ですから・・・おじいちゃんは白髪交じりですけど・・・同じ髪のリトには親近感でもあるんでしょうか?


「東部のニューボストン市近郊にアーカムって街がある。その近くのテクス村。」


 そこに騎士であるアスキス家の領地があるんです。


 聞いたおじいちゃんたちは微妙な顔。


「レンネルちゃんは?どこの子なの?」


 見た目通りの幼いレンですから、母さんたちはもう親戚の子みたいにかわいがってます。


 幸いレンも嫌がってないみたい。


 この子、人見知りのくせに甘えん坊だし。


「ヘクストス市内です。」


「あら、実家に帰らなくていいの?」


 母さんが聞いたのも無理のないことなんですけど・・・


「・・・うん。」


 レンが急にうつむいてしまって。


「母さん・・・レンはちょっと事情があって帰れないのよ。」


 ウソやごまかしが下手なわたしとしては、精いっぱいの援護です。


「クレシェさん。人にはいろいろあるんですよ。レンネルさん、ごめんなさいね。でも、ここを自分お家だと思ってくつろいでくれればうれしいわ。」


「・・・はい!」


 おばあちゃんのおかげで、無事解決。


 それから毎晩夕食はこんな感じ。


 ただ・・・この時ばかりは、みんな沈黙したんです。


「なんで、ここ使わないの?」


「ホント。テーブルのここ、なんで空席なんですか?」


 ・・・あれ?


 フェルノウル家の食卓は、つく位置が決まっているのです。


 北に当たる場所には当主の父さん。


 西の席におじいちゃん、おばあちゃん、東の席にかあさんとわたし。


 そして、レンは西の、おじいちゃんとおばあちゃんの間、リトは東の、かあさんとわたしの間にいるんです。


 実は少しだけ窮屈。


 でも南の席は空いたまま。


「ここは・・・ずっと空席でしたね?」


「・・・そう言えば・・・なんでだろ?」


 父さんたちも首をかしげています。


 もちろんわたしも。


 なにしろずっとそうでしたし。


 しばらく不思議な静寂がフェルノウル家の食卓を包んだのです。


 


 そして、夜は二階のお部屋に二人をつれていきます。


 ここは長年使ってなかった通称「開かずの部屋」です。


 今までつかってなかったとは思えないくらいきれいで、しかも大きなベッド。


 それを見ると、どっちが使うとか言う前に


「レン、ベッド、一緒に使おう。」


「うん、リトと一緒に寝るのって初めてだね!」


 ・・・なんだか置いてかれた気がするわたしです。


 わたしは、まぁ、自分の部屋があるんですけど・・・でもなんだか仲間外れ?


 きっと面白くないって顔になっちゃった未熟なわたし。


 そんなわたしの表情は二人には丸わかりだったのでしょう。


「・・・もう一人入れる。」


「三人一緒がいいな!」


 って二人とも!


 わたしは思わず二人に抱きつくんです。


「リト、レン!んじゃ決定です!」


 結局今回の帰省中は、この部屋でわたしたちは一緒に寝起きすることにするんです。




 最初の三日間は、エクサス町庁舎の「転送門」を使って学園に行き、学生食堂で朝食。


 午前中はゴラオンや機甲馬の演習。


 実機は使えないので、全て魔法装置の仮想訓練です。


 学生食堂で昼食を摂ったら、学園の「転送門」でエクサスへ戻ります。

 



 そして午後は「豆の木の館」へ・・・


「来たぞ!」


「来た!」


 門に近づくと、そんな警戒の呼びかけが聞こえます。


 みんな10歳以下の男の子の声。


「いいか、今日こそは敵の侵入を防ぐんだ!」


 ダン少年は今日も元気です。


「おお!」


 彼に従う年少組の男子たちも元気です。


 これぞ人呼んでダン・ダダン少年団です!


 彼らは門に近づくわたしたちに向かって、通りの影から門の向こうから、柵の上から次々と泥の玉や虫、ミミズを投げてきます。


 伏兵、多方面からの同時攻撃・・・なかなかの手際です。


 しかも石みたいな、わたしたちにケガをさせるようなものは投げません。


 主に精神的ダメージを誘うようです。


 男らしいのか、らしくないのか?


 難しい所ですけど。


「先生たちは帰れぇ!」


「俺たちに勉強はいらない!」


「文字なんか読めてもメシは食えないんだ!」


「計算ができたって、お金は増えないぞ!」


 まったく。


 初日はこの「言葉合戦」だけで凹みましたけど、三日目ともなれば投擲だって余裕でかわせます。


 リトが防衛線となり、投げつけられたモノを持ってる木切れで叩き落します。


 後ろのレンは陽動作戦です!


 「あ、クレオさん」って。


 ウソですけど。


 この欺瞞情報で敵は居もしない後方の大敵に注意を向け、攻撃の手をとめてしまいます。


 ふふん、です。


 そして


「はい、おしまい!」


 最初から少し離れていたわたしは、一瞬のスキに猛ダッシュして、ダン少年を抱え上げます。


 敵大将の捕獲成功!


「あ!・・・きったねえぞ先生たち!クレオさんなんかいないじゃないか!」


「それでも先生って呼んでくれるようにはなったんですね。ちょっと前進。」


 この二日間の成果でしょうか。


 教育、というより躾の。


「ん。じゃ、みんな降参?それとも・・・」


「・・・まだやる気?レンだってこれでもジャイアントスレイヤーだよ?」


 ここでニコニコ微笑むのは、意外に怖くないですか、二人とも?


 もっとも、リトはともかく初日はあの程度の悪口で泣きそうだったレンですけど。


「そういやぁ・・・」


「先生たちって・・・」


「エス女!」


「じゃあ称号持ちだ!」


「「「「巨人殺し!!」」」」


 まさに脱兎のごとく逃げ出す少年たち。


 これでは「称号持ち」がまるで「凶状持ち」みたいな反応ですけど。


「ああ、俺を置いて行くなぁ!」


 情けなくも置いてきぼりのダン団長。


 ですが


「仲間を置いて逃げる?」


 リトの声でピタ、と一斉に立ち止まる少年団。


「・・・逃げたらひどいよ?ちゃんと勉強部屋に行ってね。」


 さらに追い打ちをかけたレンの声に、全員「・・・は~い」って。


 しょんぼりしてるけど、そんな仕草が、なんだかかわいんです、男の子って。


「・・・でもその前にちゃんと手を洗ってね。虫なんか触った手は許さないから!」


 そして、とどめも「怖いお姉さん」のレンなんです。


 単に虫嫌いなんですけど。




「で、あんたらは、クラリス先生たちにたてついて、そのザマなのね。バッカじゃないの。」


 すごすごと勉強部屋に入ったダン少年団に投げかけられるのは、アンヌ少女の冷たい罵倒です。


「だいたい、先生たちはただで勉強教えに来てくれるのよ!それを追い返そうなんて、ほんとバカ!バカにも限度があると思ってたけど、底なしのバカ!」


「「「「ばぁかばぁか。」」」」


 アンヌ少女の仲間の年少組女子、通称アンヌ少女隊が冷ややかにはやし立てています。


「あたいたち孤児なんか、勉強しないとどこも雇ってくれないし、誰も引き取ってくれないのよ!それすらわかんないあんたらはバカ以下。」


「くすくす。ホントね。バカ以下。」


「バカイカ?」


「イカじゃないわよ。以下よ。バカよりひどいの。」


「それ、絶望的ね。」

 

 もう少女隊は圧倒的優勢で、一方的に攻撃を続けてるんです。


 でももう休戦でいいでしょう。


 これ以上は相手を追い詰めて戦いを長引かせてしまうんです。


「はい、アンヌちゃんたち。そこまで。」


 10歳児ながら大人びた少女隊は、ちゃんと勉強の意義をわかっているんです。


 でも、今のままでは、男の子たちには伝わらないのです。そして男の子の扱いは


「ん。任せて。」


 リトが得意なんです。


 かなりのスパルタで、ふざけたり怠けたりする子にはもうビシバシです。


 でもその反面、ちゃんとできたら褒めるし、ちゃんと考えて間違った子は決して叱ったりしないんです。


 「前に、自分がこうされた時、うれしかった」って・・・いつされましたっけ?


 そんな教官の方なんて?


「・・・じゃ、みんなも、勉強だよ。今日はここからね。」


 一方、レンは女の子たちと年が近いせいか、すぐ仲良くなりました。


 大人しいレンも巨人災禍では最前線で戦ったという戦歴が、アンヌ少女隊ですら一目を置かせるのです。

 

 そしてわたしは


「クラリス先生、今日もお願いします。」


「あたしたち、早く先生を先輩って呼びたいです!」


 年長組の少女二人を猛特訓。


 二人はなんと、エス女魔を受験するんです!


 冬至の日に会っていた二人ですけど、ちゃんと紹介されたのは家庭教師の初日でした。


「クラリス先生!わたし、ウラーリャです!先生ってホントにあのエス女の生徒だったんですね!身近で見るとおしとやかに見えちゃうけどすごく強いんでしょ!」


 ウラーリャさんは一つ年下の14歳ですが、わたしより長身で、明るい金髪、人柄も活発なようです。


 少しエミルに似てます・・・崩れてないときの方の。


「ウラン、失礼よ・・・ですけど先生。わたしたちエス女のみなさんを尊敬してるんです。まだ生徒しかもわたしたちと年も変わらない女性の身でとても多くの人を救ったと聞きました。」


 穏やかな口調なのに、なかなか話が止まらないのは、大人しそうなこの子が実は激情を秘めているからってわかったのは、もう少し後のこと。


「わたしたちは孤児ですけどそれでも頑張ればみなさんのようになれるかもしれないって思ってそれからわたしもエス女に入りたいって思うようになったんですさいわいわたしたち魔法適性があると言われて」


「キラ!またやらかしてるよ!先生ひいてる!」


 もうどこで息をしているのかわからない連続トークに、確かに呆気にとられたわたしですけど。


「は!?・・・・・・すみません、すみません!」


 ウラーリャさんがそう声をかけて、ようやく我に返ったんでしょう。


 真っ赤になって今度は平身低頭。


 淡い金髪で小柄な少女、キラシアさんも14歳。


 透き通った肌にソバカスが浮いていますけど、とても長い睫毛に淡い金灰色の瞳の、繊細な顔立ちです。


「クラリス先生、わたし、夢中になると言葉が止まらなくて・・・」


「普段は落ち付いてるんですけど、たまぁにね。」


 なんでも興奮するとこうなる、とか。


 穏やかな口調ながら息もつかせず延々と話し続けるんだそうです。


「キラは、エス女の戦隊長閣下にあこがれてるんです。わたしもそうですけど。でもキラには負けます。」


「ええっ!?わ、わたしですか!」


 こんなに直接的にほめてもらうなんて、驚きです。


「わたしなんてみんなに助けられてるだけで全然たいしたことないんです!」


 もう大慌てて手を振るだけのわたしですけど。


 学園長にはなんだか警戒されていそうですし。


「いいえ!クラリス戦隊長閣下はステキです!市民を救うために率先して死地に飛び込み仲間を率いて果敢に戦ったんですよねご自分は市民の身なのに貴族のご令嬢たちも閣下に従って身分の差すら感じさせないエス女の一体感はすばらしいですそんなエス女をわたしは」


「キラ!」


「あ!?・・・・・・すみません、すみません、すみません!」


 ・・・もうこんなことがこの後何回もあって。


「キラぁ~感激のあまりやらかすのもいい加減にしないと!そんなんじゃ先生逃げちゃうわよ!」


 そう言うウラーリャさんも、実は面倒な性癖が・・・それがわかるのもまた後日ですけど。




「ではウラーリャさんにキラシアさん。今日も基本からです、エス女合格のために、その1!」


「「はい!瞑想による魔力強化!です!」」


 そうです。


 エス女は軍の管理する魔法学校。


 まず高い魔力が必要です。


 はっきり言ってしまえば、魔術適性がなければ魔術回路が生成できず魔術師になれません。


 当然入学不可能。


 どんなに知識があっても優れた技術を身に着けても、なぜか魔力だけは異常に高かったとしても、体内に魔術回路を生成できなくては魔術師にはなれないんです・・・あれ?


 なんだか・・・?


「先生?」


「どうかしたのですか?」


「いえ、なんでもないのです。」


 わけもなく泣きたくなるのは、繊細な乙女の時期の特権なのです。


 さて、そんな最重要の魔術適性ですが、二人とも、これはクリアしてます。


 メルによって適性ありの判定は受けているんです。


 ならばエス女入学のための最低条件は魔力の高さです。


 魔法言語の読解や術式の暗記などは最悪入学してからでも学べますが、魔力の質と量だけでも入学は可能。

 

 例えばリルです。


 以前の彼女は、魔法文字どころか現代文字の読み書きすら苦労していました。


 ですがそんなリルですら・・・しかもホントは16歳で・・・二次募集で合格。


 そして今では授業以外にも独学で勉強し、わたしやリトによく質問にくるようになりました。


 二学期の詠唱試験では教官方ですら驚く成長ぶり!


 このように、向学心さえあれば、入学後も成長は可能なんです。


 ただ、それは逆に言えば、高い魔力があって入学できたからこそ、です。 


おそらく他の女子魔法学校と比べても、エス女は相当高い魔力保持者を求めているのでしょう・・・こんな推測、誰から聞きましたっけ?


 ・・・まあ、そう言うことで、「エス女合格のために、その1」は「瞑想による魔力強化」なんです。




 ここは、二人を特訓するために特別にお借りした狭い物置です。


 掃除は二人がしっかりしていて、ゴミはおろか、空気もほこりっぽさはありません。


 わたしが入ると、そこにメルが描いた魔法円がうっすらと白銀の光を帯びます。


 彼女とわたしは、魔術師としての流儀がなぜか同じなんです。


 ですから、これはそのまま使えます。


 この儀式魔法円の中での瞑想トレーニング・・・「ゼン」の。

 ・

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「クラリス様、人にお教えするということは、ご自身の基本をより深くより洗練する形で確認することになるのです。ですからお二人をご指導することで、クラリス様は魔術師として更に成長されるのでは、とおっし・・・思うのです。」


 わたしは「人に教えられるほど偉くないのです」って家庭教師を断ろうとました。


 ですがその時、メルが言った言葉がこれ。


 なんだか、できの良過ぎる妹にでも言われたような、複雑な気持ちです。


 そして、その言葉の向こうには、なぜか暖かく深い何かがあるような気がしたのです。


 それに


「クラリスが勉強教えてくれるから、あたいも成績すごく上がったよ」


「そうです。魔法言語や術式の理解度は、クラリスが一番です。」


「教え方も、わかりやすい癖に、ハードルは高くて・・・ちょうどいいの。」


「ん。みんなに同意。」


 ・・・みんなもそう言ってくれて。


 それでわたしは引き受けることにしたんです。


 そして、エス女を受験する二人の為にわたしができることは、わたし自身が受験前に実践していた訓練です。

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 ・

 まず、わたしが二人の前で「調身」のお手本を見せます。


 「結跏趺坐」といって、乙女としては少し恥ずかしいんですけど胡坐に近い姿勢をとります。


 まず、左ももの上に右足を乗せ、右かかとを腹に近づけます。


 次に右ももの上に左足を乗せるんです。


 両足とお尻でバランスとうまくとらないと、すぐ痛くなっちゃうので、少し調整します。


 続いて、手は法界定印を組みます。


 右掌を上に向け、その上に、左掌を上にして重ねて、両手の親指の先っぽを軽く合わせるんです。


 できたら、左右に上体を揺すって、もう一回、重心を安定させます。


 続いて、肩の力を抜いて、背筋をスッと伸ばします。


 腰は少しひいて、お腹は少し前に突き出す感じ。


 呼吸する鼻と体の軸となるおヘソがまっすぐ縦になるようにしたら、あごを引き、舌は前歯の付け根に軽く触れるようにして口を軽く結ぶんです。


 目は半眼。

 

 視線は1mくらい先で落として。

 

 これで姿勢が整いました。


 次は「調息」。


 呼吸法です。


 ゆっくりと息を吐き出して、その後の呼吸は特に意識せず、自然に任せます。


 これを2、3回行います。


 口は閉じ、静かに細く、長く息を吸って、下腹の辺りからゆっくり吐いていきます。


 そして「調心」。


 心の中で呼吸を数え、1から10、10から1と繰り返していきます。


 これを数息観といいます。


 次の段階で、吐く息、吸う息の2つに集中し、数は数えず、自分自身が呼吸そのものになりきるイメージを創るのです。

 

 これが随息観です。


 ここまでが「座法」です。


 余計なことは考えず、呼吸を通して自分のまわりの空間と一体になるような、そんな瞑想状態に入っていきます。


 最後は「香吸」です。


 剣印に魔力を集め、指先に火を創り、その火を導魔香につけます。


 メルから預かっていた、白灰色の、15㎝ほどの細い棒状に加工したお香。


 霊山や霊脈の近くで採取される、希少な霊草や薬草を豊富に使っているんです。


 このお香は、この世界の万物の根源であるマナ・・・現象魔力・・・をその場に集め顕在化しやすくする、なんて言われた気がします。


 瞑想し、呼吸により世界との一体感を感じることで、そのマナを吸い込み、自分の中の魔力オド・・・生命魔力・・・に自然に融け合わせていく効果があるのです。


 そして、融け合った魔力を吐き出すと・・・息がうっすらながらも白銀の輝きを帯びるのです。


 ここで驚いたりすると、呼吸が台無しになっちゃって、初日のウラーリャさんみたいになるんですけど。


「先生の息、とってもきれいに光ってます。」


 おっと、そんなキラシアさんの褒め言葉に動揺してはいけないぞ、わたし。


 一瞬息が乱れ輝きが薄れましたが、すぐに立て直し、輝きも戻します。


 平静、冷静、わたしは空気・・・


「はい、では二人とも。やってみて。」


「「はい、先生。」」


 導魔香一本分・・・だいたい30分くらいを目標にして、こんな魔力強化を毎日です。


 そしてその後は、当然魔法言語の基礎をミッチリ。


 あとは魔術の基礎原理です・・・。


 あまり難しいことや、一般的な魔術師たちとかけ離れた知識は、教えません。


 この「導魔香」だって邪道、いえ、この瞑想法だってかなり独特なんですけど。


 「座法」を実践していたのは、クラスでもリトくらいですし。


 


 そして、ようやく三日目も終わりです。


 手を振って見送ってくれるウラーリャさんにキラシアさん、アンヌ少女隊に、わたしたちも手を振り替えします。


 ですが、男の子は全員いないのです。


 明日からしばらくは家庭教師もお休みだし、宿題をだしてきましたが、もう大ブーイングでした・・・。


 勉強したがらない子に教えるって、なんだかこっちもツライんです。


「クラリス先生?ああ、男子はさっさと遊びに行きましたよ。」


「え?」


 アンヌ少女が教えてくれると


「ん。集中力、女子の半分もない。中身を濃くする分早く終わった。」


 リトが捕捉してくれます。あのスパルタでは、確かに長い時間はムリでしょう。


「ダンはきっと今日もお墓ね。」


「え?」


 芸のない反応ばかりのわたしです。


アンヌ少女は勘がいいのか、まだ形にならないわたしの疑問に次々と答えてくれるので、こっちがついていけないのです。


「・・・ダンは・・・」


 何かをいいかけて、首を振り、アンヌ少女は微笑むのです。


「ああ見えて一人でウジウジするのが好きなのよ。ホント、男子ってバカ。」




「クラリス・・・元気ない?」


「今日で一段落でしょ?少しはレンもゆっくりしたいの。」


 二人に気をつかわせちゃいました。


 やっぱり未熟なわたしです。


「そうですね。明日からは二人にエクサスの名所案内でも・・・」


 名所なんてあったかしら、こんな田舎に・・・って言ってから密かに後悔するわたしです。


「あの店に行きたい!前はシャルノが暴走して」


 社会見学の時はシャルノとエミルのブレーキ役で、自分は全然楽しめなかったと訴えるリトです。


 この子がこんなに自己主張するのは珍しいんです。


「レンは・・・うん。前と違うお店に行きたいな。だから、今度はリトが案内して。お互いに知ってるお店を案内しあうの!」


「それは面白そうです。AチームとBチームがどんなお店に行ったのか、エクサス住人としては興味がありますし!」


「ん。決定。じゃあまずはAチームの・・・」


 リトがそう言った次の瞬間です!


 ギラギラッ!って!!


 突然、強い光が辺り一面を照らしだします。


 まぶしいけど熱さは感じない、そんな光です。


 光源を探すと、遠くで光の柱が上がっているのです!


 それは太く、大きく、高く・・・遠くにそびえる天岩連峰どころか沈みかけた太陽すら隠してしまうほどの、強烈な白銀の輝きをまき散らして!


 そして、茫然とみとれるわたしたちを襲ったのは、遅れてやってきた強い衝撃!


 全てを震わせるような、強い風圧!


 わたしたちは一度地面にかがみこんで、衝撃と風圧をやり過ごします。


 目をつぶってわたしに抱きついているレンを優しくなだめながら、自分を落ち着かせようとします。


 わたしたちは魔法学校の生徒。


 軍属なんです。


 こんな場面でも、冷静に対処しなくてはいけなのです。


 どんな場面でも市民のみなさんを守らなくてはいけないのです。


 ですが近くにいる人たちは、うろたえ何もできないままです。


「みなさん!伏せるんです!立ったままでは危ないです!」 


 その声が聞こえたのか、何人かがわたしたちを真似して伏せると、周りの人はみんな伏せたりかがんだりしています。


 ここから見る分には、みなさん、ケガはないようです。


その間にも、近くの建物が揺れ、立て付けの悪い家はギシギシときしんでいます。


 まさか地揺れも?


 そんなのこの辺りで起こったことはないのに・・・。


 やや風圧は弱まり、落ち着いて辺りを見回すわたしたちです。


「西!」


「・・・なに・・・あれ・・・魔力の輝きでしょ?」


 そうです。


 エクサスの西から立ち上がる、その光の柱は白銀の、つまり魔力を顕現化する輝きなのです!


 ですが・・・西?


 それは町の外れの共同墓地のある方向でもあるのです。


 ダン少年がまだいるかもしれないのです!


「行く?」


 チャリ。


 うれしそうにカタナを取り出すリトは、やっぱり試し切りが足りなそう。


「もちろんです!」


 街になにかがあってからでは遅いのです。いち早く原因を突き止めたいのです。 


 この町では、小規模な衛兵隊がいるだけで、魔法兵どころか騎兵すら常駐していないんです。


「でも・・・」


 つい内気なレンを見てしまいます。


 魔術はともかく白兵は大の苦手。何があるかわからない場所に連れて行くのはためらいます。


「・・・レンも行くの。」


 そう言って学生杖ワンドではなく、最近お気に入りのステッキを取り出すレンです。


 そう言えばレンは、まだ三択ロースのプレゼントを試していないのかも。


「それもあるけど・・・でも!やっぱりクラリスといると、なにかに巻き込まれちゃうんだから!ちゃんと見張ってないとなにが起きるか、レンだって怖いんだから!」


「ん。同意!」


 って、まさか、これでなにかあったら、わたしのせいになるんですか!


 ゼッタイ無関係です!


 無実で濡れ衣なんです!


 それはなにかの「すけいぷごうと」に決まってるんです!


 なんだかとっても不本意!


 そう思いながらも西にむかって駆けだすわたし。


 そして、そんなわたしの左右に並ぶ、小さなリトとレンなんです。


 でも、その小柄な二人が、今のわたしには何よりも心強いのです。


 

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作者:SHO-DA 作品名:異世界に転生したのにまた「ひきこもり」の、わたしの困った叔父様 URL:https://ncode.syosetu.com/n8024fq/
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