第18章 その4 休暇初日も慌ただしくて
その4 休暇初日も慌ただしくて
「どうしよどうしよ?クラリス~、あたい、どうしよ~!」
年末休暇の初日です。
とは言え、我が校は軍が管理する魔法学校。
かぎりなく「ぶらっく」な学園は、今日から三日間、ほとんど強制参加の自主演習なんですけど。
おかげで朝食はいつもどおり学生食堂で食べられます。
とは言え寮や食堂で働く方々も交代で休暇に入るため、今朝はトウモロコシのパンにベーコンエッグ、スライストマトという簡単なモノ。
わたしには少々物足りないんですけど、リトやレンは小食なので「クラリスは食いしん坊」なんて不当なことを言い出すんです。
違います、ただの成長期です!
あなたたちは小食ですからそんなに背が伸びないんです!
そんな時に、食堂にやって来たリルがさけびながらいきなり抱きついてきます。
びっくり。
「リル、いきなり何を?」
「そんなに慌てて?」
座ったまま抱きとめたものの、勢いに押されるわたしとわたしを支えてくれるリトです。
「朝からずっとこうなんですよ。」
リルと一緒に来た、困り顔のデニーのメガネはしっかり曇ってます。
この表情補正まで以前のメガネと同等以上。
三択ロースはよほどデニーやわたしたちにくわしいのです。
「・・・リルがにぎやかなのはいつものことだけど。」
一方、レンはあきれ顔です。
リルより3つも年下なのに、こっちがお姉さんみたい。
「だからどうしよどうしよ?」
「はいはい、どうしたのですか?」
わたしより年上ですが、小柄で童顔なリルは素直に頭を撫でられてくれます。
それで少し落ち着いたリルが、ようやく本題に入るのです。
「あたいのマジカルペイントペンが使えなくなっちゃったよ~!」
「ええっ?」
それはさらにびっくりです!
三択ロースからもらった魔法の絵筆が?
絵具がなくても使えると聞いていたのですけど。
まさかの不良品?
あるいは普通に絵筆の中に絵具が入っていてそれがなくなった・・・とか?
しかしここで考えてもわかりませんし・・・。
「仕様書に何か書いてませんでしたか?」
「あたいには難しくて、まだ全部は読めないよぉ!」
「デニーには見てもらったのですか?」
「すみません。気づきませんでした!」
三択ロースのプレゼントはなぜか靴下に入れて届けられ、同封された仕様書で、プレゼントの機能や取扱について詳しく説明されています。
ですが、どうやらリルは「使えない」ということに動転して、読んでもらうということが思いつかなかったようです。
「なら、今日の演習が終わったら一緒に寮で仕様書を見ましょう。」
幸い、演習は午前中で終わりです。
昼食後は今日からエクサスに戻るつもりでしたが、そのくらいなら大丈夫でしょう。
「・・・リル様。毎日魔力を込めていらっしゃいますか?」
「え?・・・あれ、メルメル、おはよう。」
「メル?」
わたしの後ろから突然声をかけてきたのは、犬耳犬尻尾の学園講師メルセデスです。
半獣人の身の上のせいか、わたしたち生徒にもへりくだった態度をとるのですが、食堂で会う時は決まってわたしに用事がある時なのです。
「リル様、仕様書には、絵具を使わないかわりに一定以上の魔力を消費するので、毎日余剰魔力を込めること、と書いてあるはずなのです。」
要するに、あの絵筆は「大地の精霊」系の魔術で、術者のイメージ通りの色の絵具を魔力と交換に発生させるというマジックアイテムなのでしょう。
そして、描かれた絵を実体化させるためには更に魔力を消費するので普段から蓄積しておく、ということのようです。
「ふええ?意外に大変なんだぁ・・・でもわかった。ありがと、メルメル!」
「・・・リル、今度はちゃんと自分で仕様書読むの。」
リルが元気にお礼を言う度に、身長に似合わないム・・・が揺れて、それを白い目で見つめるレンです。
「どういたしまして、なのです・・・それで、クラリス様。」
やっぱり。思わず身構えます。
なぜかメルには警戒するわたしなんです。
「・・・何ですか?」
「実は、家庭教師のお願いがあるのです。」
メルの頼みというのは、先日社会見学にいった「豆の木の館」で、子どもたちに文字の読み書きを教えてほしいんだそうです。
なんだか奉仕活動みたい。
「そうなのです。クラリス様は先日わたしの講義を抜け出して学園外に無断外出なされたのです。その処分のかわり、ということなのです。」
「なんですって!あれはあなたが・・・?」
思わず立ち上がりメルに詰め寄ろうとして・・・立ち尽くすわたしです。
それを見つめるメル。
なんだか恐る恐る、という感じで「メルが何か?」って聞いてくるんですけど。
でも・・・あれ?です。
わたしはなぜ授業を抜け出したんでしたっけ?
ですが、わたしの授業抜け出しをごまかすためにクラス全員の社会見学という名目になってることは確かで、わたしはこの件に関してはメルに借りがあるのです。
「ふう、です・・・では、お願いするのです。もしもお断りになるのなら、家庭教師のかわりに・・・子どもたちの前で歌でも歌っていただくのです。」
ぎく、です。
わたしが音痴だということを懸命に隠しているのに、この子は!
思わずハンカチをとり出してかみたくなります。
「できましたならば、リト様とレン様にもお手伝いいただきたいのです。」
「ん。」
「・・・レンも?」
まさか、エクサスの実家に二人を招いたのは、こんな依頼のため?
なんだか最近のメルは手が込んでいるというか、悪知恵がついたというべきか・・・この学園に就職すると「悪辣さ」が上昇した「教官」に「くらすちぇんじ」するのでしょうか?
メルはわたしたちに一礼して立ち去っていきました。
「なんでメル助手、リルのもらったプレゼントの機能を知っているのでしょう・・・これは何かがあります!フフフフフ、このデニーがその謎を突き止めて見せましょう!」
デニーは最近詮索好きが悪化しているのです。
絶対あのメガネのせいです。
呪いのアイテムかもしれません。
「負けませんわ!」
「こっちこそ!」
室内演習場には、魔法装置による仮想演習機が設置されています。
10席の座席はゴラオン参式を模していて、起動すれば実際に操縦しているように演習場内で幻のゴラオンが動くんです。
そして、わたしはシャルノと模擬戦闘の真っ最中!
「このユニコーンの角にかけて、あなたには負けません!」
シャルノの機体は、純白で、額に角があります。
その機体が大剣を振りかざし、直進してきます。
わたしは盾で受け流し、長剣で切りつけるんです!
ガィィィン!
ガキン!
音や衝撃は、多少作り物めいていますが、それでも武器や機体がぶつかる度に、わたしたちに伝わってきます。
「さすがですわ!」
「シャルノも!」
高い魔力に卓越した剣技、そして優れた判断力・・・ホント、手ごわいんです!
わたしたちが「2班はチームアルバトロスを名乗ります」といって、リルが隊章を描いてくれたのを見て、シャルノたち1班は「それではわたくしたちはチームユニコーンです!」って対抗。
リルはすぐに1班の隊章を図案化し、メルが魔法装置内のゴラオンの意匠を書き換えたのです。
白銀の機体に大きな翼の隊章が描かれたわたしたちアルバトロスのゴラオンと、ユニコーンを模したゴラオンが対決するのは当然の流れ。
しかも昨日から何やら含むところがあるシャルノがわたしを名指しするのは必然と言っていいのです。
「シャルノ、そこや、やってしまわんかい!」
「クラリス、今だ!」
1班のエミルに、2班のリトが先頭を切って、今はそれぞれのチームメイトの応援です。
なかなか盛り上がってますけど。
幾度か切り結び、一旦距離をとるわたしたち。そこでシャルノが、ゴラオンの脚部についている走行用車輪を駆動させます。
急直進して攻撃するつもりなのでしょうけど・・・甘いです!
この間合いで車輪を駆動すると、加速するまでのわずかな間ですが、むしろ無防備になるのです!
わたしはゴラオンを走らせて距離を詰め、動きが停まったシャルノ機の脚部にスライディングします!
ガァアアン。
衝撃と共に倒れこむシャルノ機!
すぐに立とうとするのですが、その前に組み伏せたわたしの機体が真上から長剣を突き立てるのです!
狙うは操縦席です!
そして、グワシィィン・・・ぶしゅう。
手応えとも言える振動と、それに続く白旗。
「いっっつぽぉ~ん、しょぉぶ、あぁりぃ~。」
「両者あっぱれぇ~・・・アルバトロスの、あ、しょうりぃぃ~。」
・・・・・・そして、なぜか目の周りを隈どった、細いフクロウの副審と太った熊の主審が、アヤシイ節回しでわたしの勝利を告げたのです・・・「隈どりベア」?
悪ふざけしすぎ。
こんなの設定したのは誰でしょう?
なんだか遊ばれてる気がします。
「クラリス、お見事ですわ。ゴラオンに関しては、完全にわたくしの負けです。」
「いいえ、シャルノこそ。昨日乗ったばかりなのに、もうこんなに上手になってすごい!」
仮想操縦席から出たわたしたちは、そのまま抱き合うんです。
よかった、シャルノはもういつものシャルノ。
なんですけど
「ゴラオンの操縦は今はかないませんけど、すぐに追いついてみせます。そして、3学期の成績こそは、わたしの圧勝で終えてみせますわ!」
そう言って、プラチナブロンドの髪をたなびかせるシャルノは、同性ながら見とれてしまうほどきれいなんです・・・負けそうです。
いろんな意味で。
「しっかし、クラリス、めっちゃ操縦上手だね。」
「ん。」
「さすがは戦隊長閣下です!」
「そして、あたいらの班長!でも、熊さん、かわいいかわいい!」
「・・・うん。フクロウさんも、かわいい。」
ですが、そんな仲間たちの声にまぎれて、離れたところからの声が聞こえてしまいます。
酉さんの「声寄せ」でしょうか。
「・・・やはり、昨日今日の腕やありまへん。あん時も乗ってらしたんでありましょうか?」
・・・その方向には、緑色の長い髪に細い目の姿。
わたし、なにか怪しまれてているんでしょうか?
あっちこそ怪しいのに。
そして、その日の午後です。
わたしとリト、レンは、学生寮で荷物をまとめるや、転送館で「転送門」を使い、エクサスに向かったのです。
帰省期間中は一日一回無料なだけあって、さすがに混んでいましたけど。
「あ、アルユン!」
「リト?あんた、帰省しないんじゃなかった?」
白い髪に赤銅色の肌のアルユンは、東のコルン高原の生まれ。
かなり遠方で、「転送門」が設置している都市から、さらに四日は歩くとか。
だから背中の大きな荷物は食料に寝具がほとんど。
大陸東部は、異世界軍と戦う南部や怪獣・魔獣の生息が多い北部よりは安全でしょうけど、街道途中で盗賊や怪物がでないとも限らないのです。
「わたいは『辺境民』だから、それくらい平気だ。道中もなんか出たら幻術でもかましてやるさ。」
コルン高原は、今から百数十年ほど前の、異世界侵略が始まる直前に王国によって併合された土地です。
「辺境民』とは、王国の人が差別する時に使う言葉で、アルユンは自嘲する時に使うみたいです。
でも、そんなアルユンは「幻視」という希少な才能があるんです。
「演習の参加は初日だけ、実家にいるのは3日間だけさ。年明け早々すぐに戻んなきゃ冬季実習参加できなくなるし。」
そんなリトとアルユンの会話には、なかなか入れないわたしです。
なにしろアルユンはわたしを嫌っているみたいですし。
「へぇ、年末はクラリスと一緒なんだ。レンも・・・あ?」
そこで、アルユンが係のミラス教官に呼ばれます。
順番でしょう。
「んじゃ、元気で。」
「・・・またね。」
「あの・・・アルユン、道中、気を付けてください。」
それでも別れ際になんとかこれだけ言ってみました。
アルユンは、少し目を大きくして
「ああ、おめえらもな。」
一瞬、少し優しい口調のアルユンです。
でもすぐに
「言っとくが、わたいは道中もちゃんと勉強するんだからな!演習に参加できなくても、戻ってきたらすぐに追いついてやる!」
そう言い捨て足早に「転送館」に入っていくのです。
なんだかすごい勢いで。
「あれは照れてるの~♡アルユンはツンデレだから~♡」
ファラファラ!?
いきなり登場です。
ですがそのユルカワな言動に惑わされるのはおバカな男子だけで十分なのです。
市内各校に彼女のファンとストーカーがいるという噂はおそらく事実なのでしょうけど。
「・・・ファラ、まさか、その恰好で帰るの?」
寮ではファラファラと同室のレンです。
そのせいか、大人しい彼女にしては遠慮がありません。
いえ、あの恰好では遠慮のしようもありません。
「そうなの~♡このトナカイの『こすちゅうむ』お気に入りなの~♡」
帰省にもわざわざ「こすちゅうむぷれい」をする、さすがファラファラです。
その行動は常にわたしごときの理解を超えているのです。
彼女の出身地である王国第二の都市フルパは先進的な芸術都市とも言われていますが・・・そのせい?
ちなみにフルパも王国東部ですが、大きな湾に面した港湾都市で、東地区一帯を束ねる大都市なんです。
ただし厳冬季は湾内も凍り、流通が止まり気味。
なので、ヘクストスには今一つ及ばないとか。
「ヘクストスは国内水運の要、物流の心臓部。そうでもなけりゃ、しょっちゅう襲撃されるヘクストスなんてとっくに遷都だって。」
「ソニエラ?」
「や、レン。クラリス、リトも・・・ファラ、もう呼ばれたのに、何のんびりしてるの!?行くよ!みんな、んじゃね。」
ソニエラは演劇趣味のせいかどうか知りませんが、地理や歴史的なことには詳しいのです。
でも、二人同郷だったんだ・・・意外です。
ソニエラはムダに愛想よく手を振りまくるファラファラを強引に引率していきます・・・いえ、あれはほとんど拉致でしょう。
その後も南西部のへき地・・・もはや蛮地?・・・に向かうジーナや、年末は一家で温暖な地に避寒するミュシファを見送り、その後、ようやくわたしたち3人は「転送」されたのです。
ちなみに今日の「転送館」担当はセレーシェル学園長ご本人!
足元には飲み終わった「魔力回復薬」の瓶が転がっているのです・・・お疲れ様です!
「あなたたちで、だいたい今日は終わり。最終日が一番大変ね。ワグナスに押し付けたけど・・・で、あなたがた、特にクラリスさん・・・休暇中、気をつけるのよ!」
確かにわたしはもう何度も誘拐されていますし、それを心配してくださった学園長のお言葉はありがたいのです・・・なんて思ったわたしが大間違いでした!
「あなたは何かと事件を起こしたり巻き込まれたり、2学期は大変だったんだから!いい、休みだからって暴走はいけませんよ!いつも以上に気を引き締めなさい!」
それって、わたしのせいですか!
わたしだって大変だったんです!
なのに
「ん。暴走は抑える。」
「・・・レンも。ちゃんと見張ってます。」
わたしの右腕を抱え込むリトに左腕にしがみつくレン。
ふたりとも、まるでわたしを離すまいとしているみたい。
ここでまさかの造反!?
なんだかとっても不本意なんです!