第18章 その3 下校時間は慌ただしくて
その3 下校時間は慌ただしくて
慌ただしかった二学期最後の日もようやく最後。
クラス担当教官のワグナス副主任も心なしかお疲れのようです。
そんな中、わたしたち全員に二学期の成績表が渡ります。
そう言えば、先ほどエリザさんとお話しましたが、世間の他の学校、例えばヘクストス女子魔法学校などでは友人同士で成績を互いに見せ合うという風習があるようなのです。
なんと恐ろしいことでしょう。
ヘク女ではそれが友情の証だそうで、確かに一理ありますが、なにやらそれでは互いに競い合ってるという気がしません。
その緊張感のなさが、さすがに自由過ぎるヘク女です。
一方、遠巻きながらわたしたちの話に加わったジェフィなんかも「そんなんありえまへん」って。
これに関しては、ジェフィが元居たパントネー魔法女子学園の方が、我がエスターセル女子魔法学園に近いのでしょう。
今年から半官半民を目指して、軍人教育に力を入れ始めたということですし。
もっともウチは、さすがにあそこまで厳格ではありませんけど。
というよりあれはただの生徒不信でしょう。
さらに言えば、ジェフィなんかに成績を知られては、弱みを握られるようなものです。
ちなみに二人とも学期末に転入ということで、2学期のエス女の試験は受けていません。
ですから今期はほぼ前の学校の評価が適用されるそうです。
それでもエリザさんは・・・本物のエリザさんの評価ですから気にしておらず「むしろ・・・王女殿下の成績が気になりますわ。もしもの場合は・・・おほほほほ」って、おそらくは影武者の「殿下」の秘密法廷が開かれるのでしょう。
それはおかわいそうなのですけど、公開処刑にならないだけマシかも。
さて、と。
そんなことを考えているうちに、全員に成績表が渡りました。
「では、どうぞ。」
ワグナス教官のお声で、わたしたちは一斉に自分の成績表を開くのです。
わたしたちエス女魔の伝統として・・・創立一年目の伝統ですが・・・ここから5分ほどは自分の成績表を見る時間なのです。
無言のままの、白羊皮紙をめくる音とつばを飲み込む音だけが響く時間・・・なんて緊張感なんでしょう。
きっと目だって血走ってます。
成績は、大きく分けると学科、実習の2点です。
学科も細かく見れば一般教養と魔術学科に分かれて、もちろん「魔術原理」や「術式解析」など魔術学科の方が重視されますが、それでも「地政学」「王国近代史」など多岐にわたる一般教養もおろそかにはできないのです。
実習は、「戦闘」関連と「魔術」関連に分かれます。
前者では「戦術」演習や「戦場実習」での考課表が重要です。
もちろん最重要なのは「術式詠唱」などの魔術実習ですけど。
恐る恐る成績表を見ていくわたし・・・ぐっ。思わず拳を握りしめます。
やりました、オールA!
一学期ではやや苦手だった戦闘関連の実習も!
そして、総合順位・・・①!?
やりました!!
一学期の2からアップ。
ついに首位。
ですが・・1に〇?
これは確か同じ順位が二人いる、という印です。
その時、ゾク、と寒気にも似た気配を感じたんです。
その方向に目を向けると・・・見つめる視線はシャルノのモノ。
秋の魔術師レベル認定以後、時々シャルノはこんな目でわたしを見るようになりました。
共に魔術師レベル5という、ヘクストス市内魔術学校初年度生前期での公式記録を達成して以来。
伯爵家に育ち英才教育を受けた才女からすれば、わたしのような市民の娘と同じということは許しがたいことなのでしょう。
いつもは身分の差を気にせずつき合えるようになっていても、こればかりは別だったのです。
それでも、戦場実習やガクエンサイなどを通して、より一層仲が良くなったわたしたちです。
シャルノのこの、さすような視線もしばらくなくなっていたのです。
試験中も、一緒に頑張っていたのに。
でも・・・だからといって譲れないのです。
わたしには「魔法兵になって困っている人を助ける」という夢が、「世界の深淵を覗き、この戦いを終わらせる」という大望があるのです。
そのためには常に全力で学び、全力で挑み続けるしかないのです。
わたしはシャルノの視線を静かに受け止め続けました。
ワグナス教官の「はい、やめ」の合図でシャルノが目を背けるまで。
「クラリス?」
「どうしたの?なんか暗いよ。」
リトとエミルが両脇から話しかけてくれます。
わたしは、少し肩の力を抜いて、強張った頬に何とか笑みを浮かべたのです。
成績関係の悩みは、たとえ友達であっても自分から言わない限りは触れない、そんな不文律があるんです。
二人とも、それで追及はしません。
わたしの場合は、人間関係かもしれませんけど。
あっちでは「シャルノ~なんだか怖いんですぅ~」ってミュシファが怯えてます。
「大丈夫さ。ボクはシャルノの器は大きいって思ってるし。」ヒルデアはうすうす事情を察しているようです。
ふとヒルデアがこちら目を向け、わたしはちょっと頭をさげたのです。
「あとはお願い」って感じです。
そう、きっと少しすれば、またいつものシャルノです。
明日からは年末休暇ですけど、強制参加のゴラオン実習がありますし、そこで会えばきっと・・・。
ワグナス教官のホームルームが終わり、一斉に下校。
そんな中、ちょっと中庭の東屋を見かけ、気分転換に寄り道したくなったわたしです。
さすがに年末ともなれば寒いはずなのですが、この冬季用コートは、これくらいなら平気なのです。
そんなわたしに、リトにデニー、リル、そしてレンが付き合ってくれます。
5人で過ごすゆったりした時間が、とても大切に感じられて。
「今日は朝から慌ただしかったですからね。」
「ん。午後までギッシリ。」
「そうそう。あたいらがゆっくりできるのも今日までだもんね。」
学生寮もさすがに年末は閉鎖してしまうのです。
ですから明日からみんな実家に帰省。
でも、年末の帰省はこういう事情なので、普段なら金貨一枚の学園「転送門」を無料で開放しています!
だから王国中の各都市にはひとっ飛び・・・なんですが、実家の場所によっては、その都市から何日も歩く必要のある子もいます。
リトもそうなんです。
だから明日からの練習でも会えないんです・・・。
「んん、帰らない。」
「え?リト、帰省しないんですか?」
「ん。」
言葉少ないリトですが、騎士になるまで帰らない、せめて魔法騎士科への転科が決まるまでは家族に会わす顔がない、とのことなんです。
ホントに頑固な子です。
「頑固?クラリスに言われたくない。」
ふん、です。
でも、その後の言葉!
「でも、帰らないから実習に参加できる・・・だから冬はずっと一緒。」
「もおぉ、リトォ~!」
思わずその小柄な体に抱きついてしまうわたしです。
リトは言葉を飾らない直球派。
そのまっすぐな黒曜石みたいな目はうらやましくらい。
「それで、下宿を探してる。けど、うまく探せない。」
学園では寮以外の宿は推奨しませんし、そんなに世慣れていないリトは苦労しているそうです。
最悪の手段としては、お金はかかっても素泊まりの宿屋で、食事は外食。
女子が安全に泊まれる宿、という条件を考えれば、一日銀貨2枚くらいはかかりそうなんです。
「・・・レンも帰りたくないの。下宿、いいなぁ。」
そんなレンの事情は、実は以前聞いているのです。
レンは「夢見の一族」という、かつては王国中枢部に関わる予言を行っていた家系です。
ですから、かつては国に重用される一方、厳密に管理されていたのです。
しかし、その一族はすでにその力を失って久しく、レンの家族にいたっては傍流でもあり、完全に野に下っていたのです。
ですから、学園に入学した段階で、レンは最年少ながら高い魔力を買われて入学を許可された二次募集生にすぎませんでした。
しかし・・・戦場実習の前後、彼女はかつての「夢見」の力を取り戻してしまったのです。
加えて、ミレイル・トロウルの亜種であるミライと精神的なつながりをもち・・・。
こんなことが知られては、レンはその身を拘束され、一族も再び王国に使役される身に、悪ければ全員管理されてしまうのでしょう。
それを出世と思い、望む者もいるでしょうけれど、レンはわたしたちと共にあることを願っています。
「力」がもどったことは気づかれたくないのです。
だから「帰りたくない」。
その想いがリトの話を聞いてぶり返したのか、緑がかったきれいな瞳が憂鬱そうなのです。
「二人とも。このデニーにお任せください。」
そう言うデニーが取り出したのは一冊の分厚いノート・・・通称「デニー・ノート」!
あれは探偵気どりのこの迷惑メガネが、調べ上げた全てを書き記したノートなのです。
その内容は学園が隠してる教官の秘密からわたしたちの足や胸のサイズにまで至ると言われる・・・まさか実在していたとは!
「ああ!奪おうとしないで!クラリス!」
「いえ、こんなものはこの世にあってはならないのです!」
「どうどう。」
「リト、わたしはアバレ馬ではありません!」
このタイミングでの横撃はさすがです。
手ごわい。
「あたいは気にしないけどな。少しくらいのヒミツ。」
「それはあなたの・・・が隠れてないからです、リル!」
正面には小さくても分厚いモノが立ちふさがります。
形勢は不利。
「・・・秘密は誰にでもあるよね。レンも、そのノート、いやだな。」
「レン、そうです。一緒に戦いましょう!」
支援攻撃を要請します。
敵陣を突破するには主攻を助ける助攻が定石なんです。
これで2対2!
しかし、タッチの差で後ろに逃れるデニーです。
抜け目のないメガネ。
ちっ、いえ、舌打ちはしませんけれど。
「だから待ってくださいって・・・これと、このメガネを連動させてっと」
魔術特有の白銀の魔法円を浮かび上がらせ、虹色に輝くアヤシイメガネ・・・ついみんな、見入ってしまいました。
あの「三択ロース」の贈り物はこんな風に使うのですね。
「リト、レン。魔法街の近くに1日二食なら銀貨1枚で泊まれる下宿が1軒ありましたよ。」
そんな検索までできるんですか、そのメガネとノート・・・。でも普通にノートを見ればいいんじゃ?
「それじゃダメなんですよ、けっこう条件付けとか検索項目とか多くて、まだ未整理なんです・・・この方が早いんです・・・ここなんてどうです?この辺りなら、ウチと違ってと治安もいいですし。」
「ゴメンねえ。あたいんちに泊められればよかったんだけど。」
「それを言うなら、私のウチも・・・二人を泊めるにはいろいろと・・・」
リルもデニーも実家はヘクストス市内ですが、二人とも実家は家族が多くて、余裕がないのです。
デニーは家の周りが非教育的って言ってますし、そっちこそ大丈夫かしら。
「そうですか。二人で同じ部屋で暮らすんですか・・・うらやましいです。」
なんだか楽しそう。
二人とも、小柄でかわいいので、外で下宿させるのは少し不安ですけど、リトは顔に似合わず武闘派・・・襲った相手がいたら、そっちのほうが不幸でしょうし。
「・・・皆さま。すぐに下校しないといけないのです。こんなことだと思ったのです。」
ぎくっ。
その声は、今日はどこにでもいるメルなんです。
いえ、別にやましいことをしていたわけではないのですが、気が付けばもう夕暮れ。
下校時間も過ぎています。
しかし・・・黒い教官マントに白ネクタイ。
清楚なスーツ姿のこの子の教官服姿、なぜか見慣れないのです。
「ふう、なのです。クラリス様。こんなこともあろうかと、実はご実家の許可はとってあるのです。」
「「「「・・・は?」」」」」
話の展開についていけず、全員少しお間抜けな顔になってしまいます。
他の人に見られなくてよかった・・・エミルやファラファラに見られたらきっと笑われます。
ジェフィに見られでもしたら、遠回しにバカにされるに決まってます。
「ですから、エクサスのご実家にリト様とレン様をお連れすればよろしいのです。今なら、幸いお部屋も空いておりますし。」
「いいの?だってかあさんが・・・」
って、昨日見た時は元気でしたか。
お腹の子がいますけど、誰かさんじゃあるまいし、迷惑かけるリトやレンでもない・・・誰かさん?
「はい。旦那様も奥様も、いつもクラリス様がお世話になっているお友達であれば歓迎してくださると仰せです。もちろん大旦那様も大奥様も。」
気が付けば、リトもレンも期待で目を輝かせてるんです。
「じゃあ・・・家に来る?二人とも?」
「「行く!」」
「「いいなぁ。」」
そんなこんなで、リトとレン。
二人と一緒の年末休暇が慌ただしくも決まったのです。
デニーとリルとも、ゴラオンの演習のために毎日会えますし。
さっきまでシャルノのことや毎日の課題や強制参加の訓練が念頭にあったのですが、なんだかとても楽しい休暇になりそうです。
期待に胸膨らますわたしたちなんです。
ところが
「いけないのです。そろそろ清掃パペットが起動するのです。ここは危ないのです。」
「「「「・・・は?」」」」」
メルが不思議なことを言い始めて、またも少しお間抜けな顔になるわたしたちです。
「今日から校内の清掃をパペットで自動的に行うシステムが試験的に行われるのです。」
寝耳に水、という言葉はまさにこの時のためにあるのです。
メルが言うには、一日の内に教官や生徒から自然放出されるわずかな魔力を補給し、それを動力として小型の魔法構造物パペットを動かし、掃除させるとか・・・なんて魔法学園にふさわしい清掃システムでしょう!
「・・・皆様にはお察しと思いますが、このシステムは学園の防衛にも転用できるのです。」
「「「「「あ!?」」」」」
・・・数日前に起こった学園襲撃事件。
わたしたちの知らない警戒・防衛システムがめぐらされていた我がエス女でしたが、内通者の存在もあり、危うく中枢まで突破されるところだったのです。
「今日のゴラオンの視察も、学園の・・・」
「そこまで!講師として正式に勤務してるあなたが、一介の生徒に話すべき内容ではないでしょう!」
「ええ!?ここは最後まで聞きましょうよ!」
デニーの困った悲鳴があがりましたけど、わたしとしては、学園の機密事項になんか関わりたくはないのです。
それでなくても、班長の責任で三日間の停学処分を受けたわたしなんですから。
今さらながら、よくもまぁ、2学期成績1位になれたものです。
そう言えば文面での講評に「果断であることは軍人として、指揮官としてよい資質ですが、時に暴走するのは、冷静であるべき魔術師として欠点になりえます」なんて書かれていたんです。
グサ、なんです。
ですが・・・こんなことをしている場合じゃないのは確かです。
「あれ!」
「クラリス、なんか、変なのがワシワシやってきますよ!」
「なになに、あのアヤシイ人形!?」
「・・・1mくらいの?あれがパペットなの、メルちゃん先生?」
パペットとは単一素材・・・主に木材・・・でつくられた魔法構造物の人形で、小型の使役ゴーレムの一種とも言えます。
普段は庭木に偽装されていますが、学園襲撃の際には、ワグナス教官の術式で集団運用されて大活躍・・・って、目の前にその実物が迫ってるんです!?
「そうなのです。元はワグナス副主任がおつくりになったパペットなのです。ですが、これは清掃や雑務にも転用できるよう、強度や戦闘力は落としながらも、小型化し量産に耐える、術者にも学園にも優しい省エネ型なのです。」
なぜか得意そうに話してる犬娘ですけど、何が省エネですか!
なんだか癪に障るのです。
「どこのだれですか、そんな変な発想で魔法構造物をつくるなんて!」
そこで奇妙な顔をするメルとレンは放っておくとしても
「だいたいなんでわたしたち取り囲まれてるんですか?」
わたしがさけんでる傍らで、リトはとっくにカタナを準備しています。
むしろ試し切りができそうなんで楽しそうです。
リルもニコニコしながらカバンから「♪マジカルペイントペン~♪」って不思議な節をつけながら絵筆を取り出します。
そういう使用条件なのだそうです。
デニーはメガネにいろんな情報を映してるようで、悦に入っているのか「うへへ」って、変な声。
さすがはみんな、もはや歴戦の魔法兵、余裕なんです。
「メル、このままでは危険です。教官として、わたしたち生徒に戦闘許可を!」
なにしろ無許可の術式や武器の使用はさすがに叱られますから。
リトやデニーが「許可なんかとってる場合じゃ」なんて言うけどダメなんです。
「学園の指輪をしていれば皆様を生徒と認証して、襲われることにはならないはずなのです。そういう設定にしたはずなのです。」
いえいえ、そうはいっても現実に20体ほどのパペットが、木目が見えるほどの距離にきています。
手にもった竹ぼうきが、なんだかとっても物騒なんです。
「メル教官。自衛は大事。」
もう半分抜いた刀身をギラッと輝かせるリトです。
「そうそう。いいでしょ、メルメル。」
メルがイヤそうなのは、戦闘許可ではなくて、その呼び方なのでしょう。
「メルちゃん先生?ダメ?」
それでもレンにかわいくお願いされると、メルも諦めたようです。
「仕方がないのです。原因は後で究明するのです。皆様の自衛のための術式・武器の行使を許可するのです。なお、メルは教官ながら指揮経験はありませんので、戦闘指揮は班長のクラリス様に委譲するのです。」
メルの許可が出ました。
指揮権もいただきました。
ならば遠慮は無用です!
わたしは学生杖を構え、指揮を執ります。
「チーム・アルバトロス、防衛戦です。この東屋を中心にパペットの侵入を阻止します。メル、中庭の灌木からパペットの増援はありますか?」
「いえ、ここはまだ防衛区域から外れているのです。」
「班長、敵パペットは18体です。表面装甲に魔法処理されている模様。数に変化がないまま、縦列で直進中。」
増援はなし。
では目の前の敵に集中です。
「リルは正面に『幻画』を展開!敵を防いで!」
「やったやったぁ!さっそく三択ロースの絵筆の出番!」
リルは嬉々として東屋周辺の地面に魔法の絵筆で「城壁」の絵を描いていくのです。
絵具なしで思いのままの色で描けるだけでも不思議な絵筆なんですが・・・なんと、魔力を込めて描くと描いた絵が立体化するという恐るべき機能があるのです!
号して「幻画」!
強度も戦闘力も大したことはありませんけど、一時しのぎくらいなら!
リルの描いた絵が完成すると、「ええい!」という掛け声とともに、わたしたちの足元が、灰色の石っぽい壁となってドォ~ン!と実体化してパペットの眼の前を塞ぐのです。
判断力の乏しいパペットも、突如現れた障害に立ち止まります。
それを壁の上から見下ろすわたし。
敵に飛び道具はなし!
「デニー、レンは各自攻撃!」
「はい、『魔力矢』!」
「・・・『氷結!』」
二人の攻撃術式が次々と放たれていきます。
デニーの魔力の矢は命中する度に、パペットの手足を飛ばし、胴に穴を開け、頭を、胸を破壊していきます。
レンの氷の塊が、その足を地面にくぎ付けし、頭部を、胴体部を覆ってはパペットの動きを鈍らせ、封じていくのです。
二人の術式の威力は、夏までとは段違い!
「リトは右翼から横撃!」
「承知!・・・『風甲』!」
得意の防御術式を簡易詠唱し、勢いよく飛び降りるリトです。
抜き放たれた刀身は、青光り。
見事に着地し、戸惑うパペットに切りかかるや、その刀身が「風の精霊」の祝福を受け、剣速を早めていることがわかります。
一太刀ふるうごとに、強化されているはずの人形が次々と両断されていくんです。
リトの腕前に加えて、なんて切れ味!
その間にも石壁の上からの攻撃が続きます。
それにリルの「魔力矢」も加わり、パペットを制圧していくのです。
ですが、足元では数体のパペットが竹ぼうきを振るい、ついに石壁にヒビが入ります。
ま、所詮は絵ですし。
こちらが完全に破壊したパペットはリトが両断した6体。
後は損傷したり拘束されているものの、まだ大半が戦闘可能・・・。
「閣下、このままでは壁が崩れ、私たちは落ちて包囲されます!」
「やだやだ、囲まれたら魔術使えないよ~」
「・・・クラリス!?」
そんな悲鳴が上がりますが、わたしは無言でうなずくのみ。
左手に魔力を集中させたままです。
ビシィ!
壁が揺らぎます。
もう限界でしょう。
「!」
わたしは一人、下に飛び降ります。
左翼、リトから離れた位置へ。
そして、輝く青い光をきらめかせて、左拳を前に突き出すのです。
『酸性風!』と叫びながら!
この指輪はわたしの詠唱技術を高め、魔力を増幅してくれます。
特にわたしと相性のよい「水の精霊」「風の精霊」系術式は、ほとんどの術式が簡易詠唱で行使できるのです。
ですから、詠唱試験の時に付帯術式を使ってようやく行使できたこの術式も、この通り。
そして、先ほどから魔力を高め術の効果範囲を広めていたおかげで・・・。
残った敵の大部分に向かい。水の精霊さんと風の精霊さんが手を組みながら飛び回っています。
そして「水の精霊さん」が「えい」って酸をまき散らすと、「風の精霊さん」が「ほら」ってその酸を吹き付けていくんです。
デニーたちの術式で傷ついていたパペットたちはその傷から内部にも酸が侵食し、あっという間にボロボロと崩れていくのです。
一瞬だけ白い煙が立ち込め、気分的に酸っぱい感じがします。
それでもまだ動く数体は、わたしの小剣とリトのカタナでとどめを刺していきます。
『風刃!』
そして、最後の一体もリトの強力な術式で胴断されました。
敵の全滅を確認すると、みんな自然に集まります。
味方は全員無事。完勝です!
「みんな、チーム・アルバトロス、勝鬨よ!」
もう、空に向かって元気に拳を突き上げるわたしたちです。
「えい、えい、おう!」
って、思わず喜ぶんです。
ですが・・・
「さて、学園の備品を壊して、何が勝鬨なのですか、クラリス様?」
って、メルがしれっと言い始めるんです!
しかも処分は免れない?
なんでそうなるんですか!
「あなたが、戦闘許可したんじゃないですか!しかも自分じゃ何にもしないで!」
「ん!クラリスの言う通り!」
「さすがに教官、それは考え直してください!」
「そうだそうだ!」
「・・・メルちゃん先生、ひどい。」
みんなもそろって、メルを突き上げますけど、全然こたえないんです。
「メルには、自衛の美名のもと、嬉々として破壊していたようにしか見えないのです。」
ドキ、です。
そういう気持ちがなかったとは言い切れません。
特に三択ロースのプレゼントを使ってみたい、試したいって思ったのは確かです。
使わなかったレン以外は間違いなく。
「なによりも・・・クラリス様。あの術式は禁止されていたのではありませんか・・・お忘れに・・・なりましたか?」
「え?」
その、最後の恐る恐る、という感じのメルの指摘は・・・
「・・・記憶にあるような・・・」
ないような?
ひどくあいまいな気がします。
ただ・・・あれ、魔術協会に申請していないし、申請なんかすれば存在を知らせることになる。世間に与える影響は考えたくない・・・そんな言葉だけがどこからか浮かんできたのです。
なぜか、めまいがして、額を押さえ、その場にしゃがみこんでしまいます。
「・・・クラリス。ムリはしないで。それは忘れてもいいんだから・・・メルちゃん先生!」
クラスで一番小さく幼いレンが支えてくれて、なんとかしゃがみ込むのをこらえます。
その間に他の子たちも支えてくれて・・・
「・・・みんな、ありがとう。もう大丈夫。少しふらついただけ。おそらく軽い魔力欠乏症です。」
下級術式にはあるまじき難易度の術式を、範囲拡大で使ったのです。
いくらこの碧玉の指輪があっても、一度にこれほど大量の魔力を消費したのでは、めまいくらいはしても当然といえるでしょう。
「・・・わかったのです。この件は不問にするのです。皆様はクラリス様を救護室へお連れ下さい。後始末はメルがするのです。」
メルはそう言って、わたしたちに一礼したのです・・・。
翌日のこと。
「セイン!やはり、あなたは不肖の弟子なのです!」
学園で、ゴラオンの仮想訓練を行っていたわたしたちの耳に飛び込んできたのは、こんな声。
「あなたが清掃用のパペットの設定を間違えたのです。検証実験で生徒用の指輪が認証されなかったのです!設定は弟子のあなたに任せていたのに・・・あなたに任せたメルが愚かだったのです!」
「え?メル師匠、すみません!許してください!『雷撃』はやめてください!わああぁっ!」
・・・そして、そんな悲鳴があがり・・・後には黒焦げになった美少年教官の姿が残るばかりでした。
「エクスェイル教官、よくあんな年下で理不尽な師匠に師事していますね。」
そんな首をかしげるデニーに、ついうっかり知ってる情報を開示してしまいました。
「エクスェイル教官は、昔、メルと決闘して負けたんです。」
って。
あ!?
後悔先に立たずです!
ギラギラって、あのメガネが怪しく輝いて。
今のメガネはまごうことなきマジックアイテムですけど、持ち主のせいでいっそうアヤしいんです。
「え?・・・閣下、その件について詳しく!ぜひお聞かせください!」
なんて言いながら、また「デニーノート」なんか出して!
このメガネの詮索好きの醜聞記者!
もう、その後も、つきまとわれて大変だったんです。まったく。