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第18章 その2 学園視察は慌ただしくて 

その2 学園視察は慌ただしくて 


 ゴラオンや機甲馬、機馬車の扱いに追われるわたしたちでしたが、急遽イスオルン主任から「全員整列!」の命が出たのです。

 

 慌ただしくも整列し、学園長がご案内している一行の方々に向かいます。


 そこにいらっしゃった方は・・・濃緑の服に金モール。


 肩章には、金の重線に交差した剣が二つ・・・。


「中将閣下に敬礼!」


 これは魔法兵式ではなく、通常の軍の敬礼。


 気を付けの姿勢から、右手を指先まで伸ばし、こめかみ近くまで持っていき、肘は横にはりだします。


 そのまましばらく。


 中将閣下が返礼してくださり、わたしたちも手を降ろすのです。


「本日は、急なことながら中央軍参謀府より、ガイーゼラデルカ中将閣下が学園視察に参られました。」


 セレーシェル学園長の固い口調からも、教官方すら予期せぬご訪問、ということがうかがえます。


 イスオルン主任に至っては、あの悪辣なお顔が多少とも人がましくなられているのです。 


 中将閣下は、中央軍参謀府の重鎮だそうで、いかにも軍人という、恰幅がよく厳格なお顔をしておられます。


「学園長にエルミア。そのまま訓練を続けさせてくれ。我々は、アレを見に来たのだ。」


「はい、中将閣下。」


 やや低くも魅力的なお声は、学園長です。


 いつもならそのお声に聞きほれるくらいなのに・・・わたしたちはそのお声ではなく、自分たちの頭上に浮かんでいるはずの「?」を消すのに精いっぱいです。


 心の中では「エルミアって誰?」なんです。


「・・・全員、駆け足で演習を続行せよ!」


「「「「「はい、主任!」」」」


 それでもそんな困惑を隠し、散開して駆け足で戻るわたしたちは、立派な軍人見習いだと思うのですが・・・でも、その足が一斉に止まったんです!


 だって、


「貴様が主任教授とはな。魔法兵あがりの身で、出世したものではないか、エルミア・イスオルン大尉。」


「はっ。ガイーゼラデルカ中将閣下。」


 ・・・こわごわとチラ見してしまう正直者のわたしは、その目の隅にやや顔を赤らめ不機嫌さをお隠しになった鬼の主任を捉えてしまったのです。


「貴様ら、何を立ち止まっているか!急げ!」


「「「「はい!主任!!」」」」


 ですが、この時の主任は、あの人の悪いお顔からは程遠かったのですけど。


「鬼には似合わない、なんて優美なお名前」って、間違いなくわたしたち全員がそう思っていたでしょう。




「シャルノ。ゴーレム参式に搭乗、ただちに模擬戦闘訓練を行う。続いてリルル、ファラファラ、ヒルデアも順次参加せよ!他のものは一時演習を中断し観戦!」


 ・・・各班から一名ずつ、指名された生徒がゴラオン参式、つまり単座式の格闘戦タイプ量産仕様に搭乗していきます。


 その標準装備は大剣に盾です。


「妙ですね。」


 わたしの隣で、怪しく輝くメガネ。


 プレゼントのせいか、怪しさまで「ばぁじょんあっぷ」したみたいです。


「デニー?」


「ああ。おめえだってわかるだろう?」


「へえ、ジーナがわかるくらいなら、きっとクラス全員わかってるよ。」


 脳筋族のジーナに、いつもはわたしをさけるアルユンまで、わたしたちの近くにいます。


 離れた場所からはさり気なくジェフィがこちら伺ってる気がします。エリザさんも。


「やっぱ、そうだよね。めっちゃおかしい。どう見てもゴラオンの操縦がずば抜けてうまいクラリスを外してるし。」


「そんな、エミル。たまたまです。」


「いや。変。」


 リトまで。


 でもリトだって下手じゃないんです。


 狭い操縦席が苦手なだけで、運動神経や魔力はトップクラス。


 2班、チームアルバトロス(自称)の代表なら・・・リルも意外に上手ではあるんですけど。


 特別自分のことを気にしないようにしても、やはり腑に落ちないところはあります。




 そして・・・ここは、広い野外演習場の中央です。


 わたしたちの目の前に、シャルノが乗る白いゴラオンと、イスオルン主任が使役なさっている黒いアイアン・ゴーレムが対峙しています。


 ゴラオンは二回りほど小さい印象ですが、これは参式が単座式で、最も小型のタイプだからでしょう。


 壱式や弐式と比べると、腰部・胴体部・胸部が筒のようになっていることを除けば、手足や頭部は多少人型のバランスに近いのです。


 それでもゴーレムの方が、低い重心、短めの手足、広い横幅があっても、まだ人型のプロポーションと言えます。


 ゴラオンは、確か、主任の上級術式「アイアンゴーレム生成」を基に再編集、簡略化した中・下級術式で造られた機体。


 極論すればアイアンゴーレムの簡易版と言えなくもないのです。


 ですが、その戦果はあまりに大きくて、開発された方々を除けば最も詳しいはずのわたしたちですら、実態は不明。


 そして、この力を求めて先日学園が襲撃される事件にまで発展してしまいました。


 そのゴラオンの力が、わたしたちの目の前で、しかも同級生シャルノの操縦によって明らかになるのです。


 わたしたちは息をひそめ、かたずをのんで見守るだけ。

 



「開戦!」


 ワグナス教官の合図で模擬戦闘がはじまりました。


 初手はゴラオンです。


 機体は小型ながら、武器を持たないゴーレムに対して大剣を片手にもつゴラオンですから、リーチで引けはとらないでしょう。


 間合いをつかむや、やや斜め右から一気に接近し、斬撃を放ちます。


 ガィ~ン!


 大剣を真っ向から受け止めたのは鉄の拳。


 鉄と鉄の激突は火花を飛ばし、わたしたちの耳の奥まで高い音を響かせます。


 その間にもゴーレムの残る拳は、動きの止まったゴラオンを捉え襲い掛かるのです。


 それを盾で受け流すゴラオン。


 しかし力比べになると、ジワジワと押されていきます。


 不利と見て、大剣をさげ、一度距離を取る白い機体。


 その足もとに砂塵が舞います。


「逃がすな。」


 離れた位置からのイスオルン主任の指示に忠実に従い、それを追う黒い鉄の人型。


 やや反応が遅れ気味なのは、ゴーレムとしてはやむを得ない所なのでしょう。


 対称的に、シャルノが乗った白い参式は、とても今日初搭乗とは思えない軽快な動きをみせます。


 普段は細剣レイピアを得意としている彼女ですが、今は大剣と盾。


 それでもまるで熟練したかのような戦いぶりです。


 自分を追う直線的なゴーレムの動きを見据え、その左に回り込むように動きます。


 そして大楯を捨てて、両腕に持ち替えた大剣で斬りかかるのです!


 さすがシャルノ!


 これは決まったでしょう、そう思った直前に冷静な主任のお声です。


「左腕で弾け!」


 ガキッ!


 身軽な分、軽量のゴラオンは、単に攻撃を防がれただけではなく、勢いを殺されたばかりか、むしろ相手の防御の勢いでノックバックしてしまいます。


 続いて


「右拳で攻撃!」


 ドゴッ!


 まっすぐ後退させられたスキに、剛腕が襲うのです。


 直撃し、転倒するゴラオン。


「踏みつぶせ!」


 その胴体部に乗せられた足。


 その下からはミシミシって音がします。


 ここでワグナス教官のジャッジです。


「終戦!勝者ゴーレム!」


 右足で踏まれ、動きを封じられ、おそらくその自重をかけられれば潰されてしまうとのご判断でしょう。


 ジタバタと抵抗していたゴラオンでしたが、そこで動きを停止し、エクスェイル教官とメルの操る弐式に回収されるのです。


 白い機体が砂にまみれ、中から出て来た時のシャルノもフラフラしてます。


 よほど強い衝撃を受けたのか「ぱんちどらんかー」って単語がわたしの頭に浮かんだのです。


 



 突然の視察のせいでしょうか、午前中の全ての授業が演習になり、ようやくそれを終えてお昼の学食です。


「・・・あたい、ボロッボロだよ。もう~・・・。」


 模擬戦闘に参加した生徒は全員救護室治療されたんですけど、精神的なダメージが言わせているようです。


 眼の前では、いつも明るいリルが、テーブルに突っ伏してるっていうなかなか見ない景色です。


「意外な結果。」


「しかたありません、でも、リルも頑張ったんですから。初めてのゴラオンをよく動かしていて、立派でしたよ。」


 実は前期の成績はクラス最下位だったリルです。


 そのリルが、シャルノほどではないにしろ、軽快に機体を操る様子は、観戦なさっていた中将閣下にとっても予想を「いい意味で裏切られた」のです。


 なにしろ試合前、成績表を見ながら「家名すらない底辺の劣等生」なんて失礼なことをおっしゃっておられた閣下が試合中は、膝を打ってお喜びになっていらしたのですから。


 わたしの言葉でようやく顔を挙げたリルは、もう、いつもの笑顔に戻ってます。

 

 それを見て、ようやくほっとするわたしたちです。


「そうですよ。間合いが詰まった瞬間瞬殺なのは仕方ありませんよ。それに負けたのはリルだけじゃありませんし。」


 デニーのフォローは微妙ですけど。


 シャルノは珍しく不機嫌さをあらわにしています。


「わたくしも、散々な目にあいました!主任のアイアンゴーレム強すぎですわ!」


 それでも、そんなシャルノが一番健闘していました。


 むしろ中将閣下は初戦こそ一番期待外れ・・・クラス主席が操るゴラオンの性能をかなり買いかぶっていたようでした。


 「こんなものなのか」ですって!


 まったく、なんて言い草でしょう。


「いやぁ~みんな、めっちゃやられてたね。」


「ファラも~♡も~大変だったの~♡」


「おめえ、ここでその♡いるのかよ?」


「それがファラの自己主張だからいいんだよ、ジーナなんかろくに乗れもしないんだから。」


 もっともファラファラも積極的に戦うのが嫌だったようで、乗っただけといいますか、チャンスをうかがっていたら主任の苛烈な攻撃にいいとこなしと言いますか、そんな感じでした。


「・・・みなさん、大変だったんですぅ。わたしなんか、機甲馬にも乗れないんですぅ。」


「ボクは機甲馬の方が好きだな。身軽で小回りが利いて。あれでも頑丈だし・・・ちゃんと術式が使えるし。」


 最後にぼそっと負け惜しみをつぶやいたのはヒルデアです。


 ゴラオン参式を操縦しながら、なんと魔法騎士の術式発動を試みたヒルデアでした。


 「魔力付与」が発動した瞬間、みんなとても驚いたものです。


 ヒルデアは二学期の詠唱試験でもワンドなし、剣と盾を装備しての詠唱に成功していましたし「さすが委員長!」と思ったものです・・・。


 まさかゴラオン全身への「魔力付与」で彼女の魔力が尽きて、気絶するとはびっくりです。


 「ですから参式は術式戦闘仕様ではないと申しあげたのです」・・・メルの言う通りでした。


 


 珍しく、学生食堂では、クラス全員集合しての座談会(?)です。


 結局今日の午前中は、全授業が例の「演習」になりました。


 それで、さっきから各班代表のゴラオン参式と主任がお操りになられたアイアンゴーレムとの対戦の感想戦に入っていたんです。


「で、結論を言いますと・・・」


 それで、なぜか司会と講評を言う羽目になったわたしです。


「ゴラオンは、秘密兵装ではあっても、汎用人型決戦兵器ではなかった、ということです。」


 みんなの頭上に「?」が浮かんだようです。


 そろって首までかしげてます。


「クラリスはん、お頼みしますからそんなわかりにくい言い方、おやめくだはりまへんか?」


「ジェフィ、クラリスはこういう言い方しかできないのですわ。」


 ・・・ジェフィはともかく、エリザさんにまでそう思われている自分が呪わしいのです。


 どこにこの怒りを向ければいいのでしょう?


 思わず拳を握りしめるわたしです。


 でもレンが「・・・レンは、クラリスのそういう言い方が好き」ってかばってくれましたし。


 さっき、メルと二人で話してから、少し元気になったみたい。


 わたしは気を取り直して続けることにします。


「こほん。つまり、ゴラオンは、開発中であり、まだ試験中なんです。何より、たまたま南方戦線や巨人災禍で活躍したため、つい単機でも戦局を変えうる決戦兵器では、という憶測が広がってしまいましたが、実際のゴラオンは、あくまで量産性に重きを置かれたモノで、しかも操作性・追従性を考えると兵器ではなく兵装、と考えるべきモノだったんです。」


 そうです。


 模擬戦闘後、失望していらっしゃる中将閣下と落胆しておられる学園長でした。


 ですが、そのお相手をしていたイスオルン主任は意外に平静だったのです。

 ・

 ・

 ・

「なるほど。以前、学園から受けた報告と、実際の戦果の落差に戸惑ったものだが、現実に見てしまえば理解はできる。」


「そうですわね・・・下級魔術士、しかも今日演習を始めたばかりの学生が曲がりなりにもアイアンゴーレムと戦っているという、この事実は、軽く見てはいけないのですね。」


「正直、御両所には期待外れではあったかもしれません。が、全く無力なものではないのです。いいえ、熟練した中級魔術士が搭乗することで、能力の向上も期待できるとすれば、まだまだ発展途上のモノ、とお考えください。」


「・・・惜しいな。実戦で多大な戦果を挙げた実験機とその搭乗者を失ったことが。その両者があれば、より迅速に開発が進んだであろうが。」


「申し訳ありません、中将閣下。しかし、充分な予算や時間をいただければ、中級術式のスクロールを量産し、特殊装備を開発することも可能なのです。それらの装備ができれば・・・。」


「・・・仕方があるまい。貴様らの軍閥化の疑いは完全に晴れたわけではないが、現行のままの状態を当面見逃さざるを得ない。それに・・・あの機甲馬は、即戦力として南方軍が欲しがるであろう。そちらの関係は?」


「はっ。テラシルシーフェレッソ伯爵家とアドテクノ商会の協力の元、進めております。ただし、最終的には・・・。」


「サーガノス大公殿下か・・・ちっ。いつの間に利権に絡んだのやら。」




 わたしには、少し前からナゾの霊体「酉さん」が憑りついているんです。


 そのせいで、意識を集中すると、離れている場所の声を届けてもらうことができるようです。


 もっともなかなか思い通りにならず、勝手に要らない「ウワサ」を仕入れてしまうので困る時もあるんですけど。


 デニーあたりに憑りつかれては、被害が甚大過ぎるので、追い払うのはしばらくガマン。

 ・

 ・

 ・

「つまりは、わたくしたちのような、戦闘経験の浅い下級魔術士でも、数をそろえたゴラオンと組めば戦況の好転に寄与できる、ということなのですか?」


「はい、シャルノ。それに、壱式や弐式なら魔術の併用もできますし。」


 下級魔術士ですら希少な戦力として前線では喉から手が・・・あやうく「ろけっとぱんち」が、と言いそうになり飲み込むわたし・・・出るほど欲しいはず。


 その一方で、魔法兵は、特にわたしたち女子の魔法兵は運用に難あり、という評価がつきまとっているのです。


 軽装、ひ弱、戦闘時間が短い、などなど、一度劣勢に追い込まれれば、大量の犠牲者がでてしまう兵科でもあります。


 それが、ゴラオンに搭乗すれば。


「それで、決戦兵器ではないけど、秘密兵装・・・なるほどです。さすがは閣下。」


 そこのメガネ、閣下は禁止です。


「ん。でも機甲馬の評価高かった。」


「そうだよ。これはボクやリトたち魔法騎士を志望する者にはありがたいね。」


 リトはゴラオンではなく、中将閣下たちの前で、機甲馬の試走を行いました。


 見事に乗りこなして、カッコいいのです。


 ヒルデアが密かに悔しがるくらい。


「でも・・・本物のお馬さんの方がかわいのにぃ。」


「かわいい、で戦争はできないんですよ、リル。」


「そうですわ。わたくしたちは魔法学園の生徒なのですから。」


「でもさぁ、あの機馬車って、めっちゃ変だよね?」


「何がですぅ~?あたしは機馬車くらいしか使えないですぅ~。」


「だって、ゴラオンとか機甲馬とかの魔力炉を使えば、馬車も馬がいなくても走れるようにすればいいんじゃない?」


 言われてみれば・・・エミルは勘が鋭いのです。


 その彼女が言うからには、何かあるのかもしれませんし、或いは普通に馬車と同じ操作だから便利だという理由が大きいのかもしれません。


 馬車そのものには特別な工夫はありませんでしたし。


 キーン・・・コーン・・・カラーン・・・


 いけません。


 魔術時計の確認をし忘れたせいで、話し合いに夢中になっていたわたしたちは予鈴が鳴るまで時間を失念していたのです。


 二学期も最後だというのに、次々と大事な授業ばかり。


 ホントに慌ただしいのです。


「あれぇ?ねえねえ、次はなんだっけ?」


「リル~♡次の授業くらいは覚えておくんですの~♡で、なんでしたっけ~♡」


「次はセレーシェル超級魔術師の魔法言語だよ、ボクは先に講義室へいってるからね。」


 ちゃっかり先行していたのはクラス委員長のヒルデアなんです。


 以前より日和見じゃなくなったけど、まったく、要領のいいところは変わらないのです。




「全員起立!超師に・・・敬礼!」


 ピタッ。


 今度は魔法兵式の敬礼です。


 右手で剣印をつくって肘は少し小さめに、指をこめかみにつけたら、弧を描くようにやや緩やかに戻す。


 たった数日でエリザさんもジェフィもタイミングばっちり。


 さすがに優秀です。


 超師は、助手代わりにメルセデス教官とエクスェイル教官の若手お二人をつれてご来室です。


 上機嫌のセレーシェル超師に、おすまし顔のメル、緊張してるエクスェイル教官。


 ただし、後ろには授業視察ということで中将閣下と学園長がいらっしゃいます。


 緊張して当たり前なんです。わたしなんてガチガチです。


「ホッホッホ。なかなかそろっててきれいじゃが、敬礼なんて、儂にせんでもよろしい。」


 それはなんだか、だれかさんが言いそうな・・・あれ?


「クラリス、どうしたの?」


「ん。着席。」


 あ、みんなに遅れて着席します。


 こんな大切な授業なのに失態です。


「そこの赤毛のお嬢ちゃん。まずはあんたからいこうか。」


「は、はい、教官殿!」 


 わたし目立っちゃいました?


 大失態・・・。


 仕方ありませんけど。


 超師は自己紹介もなく、いきなりなんです。


 温厚な言物言いに似合わず実践主義のようです。


 そのまま超師の指示にしたがって、魔術教本の中の魔法言語一覧に従って音読をしていきます。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


 あれ?


 一通り読み終わたのですが・・・超師、反応なし?


 どうすればいいんでしょう?


 次のページも読めばいいんでしょうか?


 でも、超師はとっても険しいお顔になられて、なんだか怒っているみたいです。


 わたし、なにをやらかしたんでしょうか・・・不安です。


「うぬぬぬぬ・・・・・・。」


 わたし、にらまれてます!


 どうすればいいんでしょう?


「にらみ返す。」


 いえ、リト。


 教官にそれは非礼すぎです。


「見なきゃいいじゃん。」


 ホントですか、それで問題解決しますか、エミル?


 あそこでいい気味って顔に書いてるのはジェフィです。


 なんだか悔しいのです。


「お嬢ちゃん!」


「はい!」


「名前は!」


「クラリス・フェルノウルです!!」


 どんどん迫ってくる超師です。


 今朝見た時の紳士然とした姿は跡形もないのです。


 さすがに、もう敵前逃亡もやむなしの判断をせざるをえません!


 敵じゃありませんけど。


「儂の愛弟子になりなさい!」


「は・・・いいえ!!」


 あやうく勢いにのまれて「はい」と言いそうになったわたしです・・・え?


 でも弟子?


 しかも愛弟子?


 それ、誰にでも言ってませんか?


「その若さで、なんと見事な魔法言語の発音に理解・・・素晴らしい!あのバカ弟子に負けないほどじゃあああ!」


「超師、それは失礼なのです。それに、そんなに興奮なされてはお体に障るのです。」


「し、しかしじゃな、メルメルちゃん。」


「その呼び方もおやめいただきたいのです。」


 なんだか超師に冷たいメルです。


 いえ、既に「見切った」感のある対応というべきなのでしょう。


 今朝のメイジスタッフの1件以来、午前中にもいろいろあったのでしょう。


「それに超師。クラリス様は別格としても、このクラスは魔法言語による会話実習をすでに始めていると申し上げたのです。ですから、超師のお弟子様にも負けないほどの生徒は数人いるのです・・・シャルノ様。お願いいたします。」


 なんだか妙に自慢げなメルです。


 それに「わかりましたわ」と素直に従い、わたしの続きの音読を始めるシャルノです。


 あの険悪だった初対面の時からすれば信じられないのですけど。


「・・・確かに。この生徒も我が弟子たちの水準に充分達しておる。何と言うことじゃ。我がウンジュウネンの研究の成果を、こんな初年度生が既に実践し始めておるとは。」


「もともと超師の研究が急速に発展したのは、メルのご主人様の研鑽があってのことなのです。」


「それを言わんでおくれ、メルメルちゃん!あのバカ弟子には感謝しとるんじゃよ?」


「いくら超師でも、ご主人様をバカ弟子などとお呼びになってはいけないのです。もう口をきいてあげないのです!」


 ぷい、とそっぽを向いたメルに向って、超師が悲鳴をおあげになります。


「そんなぁ、メルメルちゃぁん・・・」


「メル師匠、それではあまりに失礼では?」


 メルの年上の弟子であるエクスェイル教官は、微妙なお立場です。


「セイン!あなたにとっても・・・いえ。とにかく超師。このクラスのレベルは一般的な魔法学校の水準を既に大きく超えているのです。それはご理解していただきたいのです。」


 なんだか、メルの様子が今までと違うような気がするんです。


 何より、わたしたち、この子にこんなに評価されていたんでしょうか?


 とっても違和感。


 そして講義室の後ろでは、なにやら不自然な笑顔を浮かべられる中将閣下とお顔をお隠しになったままの学園長がいらっしゃるのです。

 

 そんな感じで、クラス全員次々と「音読」や「現代語訳」「会話」「解説」などの口頭試問が行われていきます。


 超師は、少々、いえ、かなりの速さで次々とわたしたちを試すのですが、なんとかセレーシェル超級魔術師の「抜き打ち口頭試験」を全員クリアしました。


 そして、その様子を見ておられた中将閣下に向けて、再び「敬礼!」をして見送ります。


 閣下は返礼をしながら教室から足早に立ち去られていったのです。


 こうして軍の重鎮たるお方の急な学園視察は終わったのです。


 その後はにこやかに手を振られて退室なさる超師にも手を振り返して、二学期最後の授業も終わり。


 本当に慌ただしい一日でした。




「へへぇ・・・劣等生のあたいも、白じいちゃんに『見事じゃあ』なんて言われちゃったよ。」


「白じいちゃんって・・・。」


 そう。


 白いローブに白いおヒゲ。


 全身真っ白な超級魔術師に対し、初日についたあだ名がこれなんです。


 あまりに親し過ぎるというか、非礼というか・・・ですが。


「ん。そんなモン。」


「本人がそれで満足してますからね~。」


 リトもデニーもそんな薄いリアクションなんです。


 超師も、授業の始めはわたしたちの予想以上の熟達ぶりに驚きと不満・・・課題が出せないから?・・・でしたが、メルが上手に扱ってくれたおかげで、最後は上機嫌でした。


 「来年もよろしくなぁ~」って。


 おかげで超師に対しての親近感がわき過ぎたと言いますか、単にご自分から人格的評価をおさげになられたと言いますか・・・それで、みんな、すっかり仲良し気分なんです。


「うれしいよぉ!勉強で褒められるってうれしいよぉ!」


 秘密のこととは言え、とてもクラス最年長者とは思えない無邪気な喜びようのリルです。


 さっきから飛び跳ねてます・・・。


「・・・でも、白じいちゃん、あの時・・・。」


 そうなんです。


 超師は、リルがなんとか噛まずに音読を終えた時に「見事じゃあ」といったんですけど・・・その視線は。


「・・・きっと・・・。」


 レン、それは口にしてはいけない気がするのです。


 言ったら負けなんです!


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作者:SHO-DA 作品名:異世界に転生したのにまた「ひきこもり」の、わたしの困った叔父様 URL:https://ncode.syosetu.com/n8024fq/
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