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第18章 年末は慌ただしくて その1 2学期最後は慌ただしくて

第18章 年末は慌ただしくて


その1 2学期最後は慌ただしくて


 目覚めた時、わたしは自分のベッドに突っ伏したままでした。


 さっき起きていた記憶はありますから二度寝してしまったと思うのですが、それにしてもなんて無様な寝相!?

 

 ベッドに突っ込んだ頭と、それを支えた首の痛いこと・・・。 


 幸いなことに魔術時計によれば二度寝したのはほんの20分・・・いえ、それは「ほんの」はないのです!


 乙女の朝にとって、1分1秒は血の一滴なのです!


 しかも今日は儀礼用の制式戦闘衣着用の指示がでているんです。 


 急いで身支度しなくてはいけません。


 今日はあの長かった2学期がようやく終わる日というのに、なんて慌ただしいんでしょう。 


 ところが、枕元にある靴下が視界に入ってしまい、わたしは凝固してしまいます。


 あの中にあったのは・・・そう、今、わたしの左手の薬指にある、碧玉が光る銀の指輪はプレゼント!


 なんて素敵な指輪・・・見てるだけでため息が出ます。


 ですが、このままずっと見ていては遅刻必定です。


 なんとか指輪から目を背けると、その方向には同室のリトのあられのない姿が。


「リト、起きて!あなたまで二度寝しちゃったの?」


 隣のベッドで、撃沈してるリトですが、さすがは武闘派。


 変わった刀剣を大事そうに抱きしめています。


「そんなの抱いて寝たら危ないですよ!やっぱりリトも戦闘種族ノウキンです!」


 ですが・・・弾む自分の声とは裏腹に、なぜか胸の奥には空虚な寂寥感が残っているんです。


 こんなにさわやかな朝日なのに、なんだかさわやか過ぎて。




「これを見てください!」


 一緒に朝食を食べ終わったわたしたち2班、あらためチーム・アルバトロス(自称)は今朝自分の枕元にあったナゾのプレゼントの話でもちきりなんです。


 一番興奮してるデニーは勢いよく立ち上がって、男の子みたいな瘦せぎすな顔にかけたメガネの銀フレームを、親指と人差し指で微調整しています。


 ですが、もともとこの子のメガネはほとんどマジックアイテムみたいなアヤシイものでしたし・・・今さら?


「そんなもんじゃないんですよ!このメガネ、オプションの術式一覧や百科事典と魔術的に接続していて、必要な情報を検索しレンズに投影してくれるんです!」


 デニーが手に持っていたのは、掌に乗るくらいの小さな書物。


 でも確かにそれからも魔力を感じます。


「それに・・・私の得意な『検知』『探知』系の術を支援する効果もありますし・・・」


 それ、よほどデニーのことを知ってなきゃ作れないアイテムです。


「そして・・・極めつけはコレ、このポーズ!」


 デニーは左手の人指し指で、メガネの鼻フレームを上にもちあげる仕草をします。


「このポーズは、かのメガネ探偵アンティ・ノ-チラスが推理を披露する直前に取る決めポーズなんですけど・・・」


「それ、あのデニーが好き好きな絵本の?」


「いつも持ってる?」


 デニーのフリに、リルとリトも身を乗り出してます。


「そうです。これをこうすると・・・『平穏アタラクシア』!」


 白銀の光がそのメガネからデニーを覆いっていきます。


 そしてメガネが怪しくキラキラ光るんです。


「これで頭の回転はばっちりです!事件さえあればいつでも推理を披露できますよ!」


「ええっ!?それ、まさか中級・・・」


 思わず絶句してしまいますが、それは精神系の中級術式「平穏」・・・対象の精神を研ぎ澄まし、感情を安定させることで知力を数段高める効果のある魔術です。


 しかし中級術式を呪符したアイテムなんて・・・とてもお金で買えないんじゃ?


「すごいすごい!」


 もう興奮して飛び跳ねるリル・・・あの身長に不似合いなくらい凶悪なム・・・も跳ねまわってますけど。


「・・・なんてデニー仕様のプレゼント。」


 黒曜石のようなきれいな瞳でつぶやくリトは、中身を知らなければお人形さんのように可憐な美少女。


 そして、まさにリト言う通りです。


 これは完全にデニーの趣味嗜好を熟知してなければ不可能なプレゼント。


 デニーは、もう得意の絶頂です。


 でも、それでは、本当に冷静さを保ってるか、なんだか怪しいんですけど。


 「平穏」効いてないんじゃ?


「デニー、術式の無断使用は違反ですよ!」


 つい注意してしまいます。


 なんだか、このままでは推理を披露するためには、事件の一つや二つくらい、つくってしまいそう。


 それは究極の「まっちぽんぷ」なのです。


 思いっきり釘を刺しておかないといけません。


 「ごすんくぎ」くらいが適当でしょうか?


 予想されるデニーの暴走をこのまま見過ごしては、今度はリルがプレゼントの「絵筆」で食堂どころか学園中に落書きを、リトが自慢の「カタナ」を抜いて試し切りという名の辻斬りを始めるのでしょう。


 そんな光景が浮かんで、わたしは思わず額を押さえるんです。


 どちらもデニーのメガネに匹敵するような、すごいプレゼントアイテムみたいですけど。


 友達の暴走を未然に防ぐという義務感に駆られたわたしです。


 そんなわたしにらまれて、デニーはおろか、リトやリルも首をすくめて座りなおしますけど。


「まったく。わたしの指輪にレンの・・・こんなすごいプレゼント・・・これ、わたしたちチーム・アルバトロス(自称)だけでしょうか?」

 

 なんだか大人しいレンに話を向けてみますが、レンは力なく首をふるだけ。


 プレゼントの説明もそんなに力が入ってなかったし、気に入らなかったのでしょうか?


 宙に浮きそうな話題を、かわりにリルが引き取ってくれます。


「確か・・・これ、『三択ロース』のプレゼントだよね?だったらあたいたちみたいないい子にだけのプレゼントだよ。」


 あ!?


 そう言えば確かに「三択ロース」の伝説は聞き覚えがあります。


 結構最近聞いた気がします。


「ならば・・・やはりわたしたちだけ?」


 さすがは伝説の魔法使い。


 こんなにピンポイントで個々の趣味嗜好のツボをつくプレゼントなんて、おそるべし情報網です。


 加えてそれを実現できる技術力。


「そんなわけあるかい!これ、ええ子へのプレゼントなんやろ。うちかてええ子や。ちゃんともろうたでぇ!」


「エミル、声が大きすぎです。あまり騒いでは、もらったもらってないでクラス内格差、カースト発生の危険につながりますわよ。」


 珍しく朝の学食にやってきたのはエミルにシャルノ。


 二人は寮外生。


 市内の実家から通学しているので朝、ここを利用することは滅多にないのです。


 二人ともプレゼントを見せびらかして仕方ない、そんな気分なのでしょう。


 結局はわたしたちと一緒なのです。




「で、エミルとシャルノにも『三択ロース』のプレゼントが届いたんですか。」


 わたしたち寮の生徒ならまだしも、天下の大商会に何し負う伯爵家にまで・・・どうやって届けたんでしょう?


 まるで子どもの頃に読んだ絵本の「泥棒さん」みたいです。


 もっとも何も取らずに、むしろ贈り物を置いていくんですから違うんでしょうけど。

 

 でも、わたしたち、この7人は「キッシュリア事変」に「南方戦線」、挙句に「巨人災禍」と、いろいろとカツヤクしたので、「三択ロース」がプレゼントしてくれたのは、不思議ではないかもしれません。


「ところでクラリスは、なんでナゾの方からのプレゼントをそんな大切な場所にはめるのです?確かに素晴らしい指輪だとは思いますけれど。」


 細やかな装飾をした銀のリング。


 その台座には、とても純度の高い碧玉が飾られています。


 透かして見れば、碧玉の奥に秘められた魔力のキラメキ。


 もちろんデニーのメガネに劣らない様々な効果が呪符されているんです。


 ですが、確かにシャルノに言われてみれば、左手の薬指というこの場所は乙女にとって一番大事な位置のはず。


 ちなみに学園から支給された生徒用指輪は、今はみんなと同じ右手の人差し指に移してます。


「・・・それもそうですよね。」


 なぜか・・・引っかかるわたしです。


 それでもやはり不自然さはぬぐえず、わたしはその碧玉の指輪を薬指から中指に移すのです。


 指輪は自然にしゅってアジャスト・・・。


「さ、みんな。そろそろ教室に行きますよ。今日は二学期最後の日。朝は全体で集会なんですから。」


「ん。」


「ですが、朝会の後、また授業なんですよね。」


「そうそう。すぐ着替えたり、忙しいんだよ!」


「そういえばアサイチは主任の実習でしょ?主任、今日はいるのかな?めっちゃ不安。」


「まさかあなた・・・いなければいい、などと思ってはおりませんわよね?」


 そんな感じで、わたしたちは仲良く教室に向かうのです。

 



 そして。


 担当教官ワグナス教授のあいさつの後は、急いで廊下に整列。


 慌ただしいのです。


 すぐに室内演習場まで駆け足・・・ですが


「おはようさんです。今日は朝からみなさんでお騒ぎでしたなぁ。」


「・・・すみませんね。朝からうるさくて・・・」


 ふん、なんて遠回しで厭味ったらしい。


 転入してきたエリザさんとジェフィが加わったことをきっかけに、この数か月の成長も加えて、新しい身長順になったのです。


 その結果、なんとわたしのとなりにジェフィが・・・このメギツネ。


「お二人とも仲がよろしいんですね。」


「・・・エリザさん、ちゃんと見ていらっしゃいます?あれは少し、いえ、かなり・・・」


 しばらく前まで少し背が低かったエリザさん(実はレリューシア王女殿下14歳)とデニー(これもホントは14歳)はわたしたちのすぐ前。

 

 そして


「みなさん、お静かに。」


 この前まで近く後ろにいたシャルノは少し離れて・・・差をつけられました。


 わたしに成長期はいつくるんでしょう?


 さすがの「三択ロース」でも成長期は届けてはくれなかったのです。


 ま、別にいいですけど。


 左手の中指には、暖かい気配があるんですから。




 室内演習場は、朝会や式典にも使われる場所です。


 これがエス魔院やヘク女のような名門校なら、別に講堂があるんですけど、ウチは小規模な新設校。


 でも、デニーの仕入れた噂では近日中に着工するそうですけど。


 あ?

 

 イスオルン主任です。


 本当に久しぶりです。


 わたしたちの整列の様子を怖い顔で見ていらっしゃいます。


 もしもわたしたちに失態があったら、きっと怒鳴られるんです。


「あの方が噂の鬼主任ですか?」


「し!エリザさん!」


「そこの新入りにメガネ!こそこそするな!」


 ほら・・・。


 でも主任、今、怒鳴った相手がホントは王女殿下だって知ったらどうなるんでしょう?


 ワグナス副主任は身分に弱かったですけど・・・わたし一度見捨てられましたし。

 

 


 ざわざわ・・・。


 赤いスーツ姿の学園長が、あいさつを終えた後、わたしたちは集会が終わると思っていたのです。


 しかし


「続いて、新任式と認定式があります・・・一同、そのまま!」


 ワグナス教官のお声に、びくっです。


 思わず緩めた気を、引き締めなおします。


 そして、みんな演壇にあがる人影に注目するのです。




 最初に壇上に上がられたのは威風堂々とされた老紳士です。


 金糸で刺繍された白いローブをまとい、白髪に白いオヒゲ。


 手には、きれいな白木のメイジスタッフをお持ちで、とても立派なお姿なんです。


 ただ、学園長がどことなく言いづらそうに紹介なさるんですけど。


「今度から客員講師として、みなさんの『魔法言語学』を担当してくださる・・・セオードルン・セレーシェル師・・・魔術階位は、超級です。」


 超級!


 それはもはや常人の域を超越した魔術師です。


 国の宝と言えるのです。


 その術式の威力は一軍に匹敵するとも言われる存在!


 そんな高位な魔術師には初めてお目にかかります。


 でも、え?


 セレーシェル?


「ああ、儂は、このセレーナの父じゃよ。本来なら軍の学校に関わりたくはなかったんじゃが・・・ま、かわいい娘の頼みでの。ホッホッホッ。」


「お父さん!ここで暴露しないで!」


 なんだか、いきなりアットホームになって、壇上が「四畳半一間」みたい。 


「セレーシェル超級魔術師と言えば・・・魔法言語の研究者としては当代第一のお方です。」


 ポツリ。


 そうおっしゃるのはエリザさんです。


「そんなお方がわたくしたちの授業を・・・恐れ多くもすばらしいことですわ」


 シャルノのつぶやきはわたしたち全員の本音。なんだか興奮してしまいます。


「・・・もう。お父さんったら・・・っと、コホン。ええと、本来は超師には新年あけての三学期から御参入していただく予定でしたが、年始休業中の冬季実習の際にもご同行していただくことになりましたので、突然ながらご紹介させていただくことになりました。早速今日、授業変更を行い、講義を始めていただきます・・・もちろん、その様子によって、みなさんの・・・年末休暇の課題が増えることになるでしょうけど。」


 ギク、です。


 どうやらいきなり抜き打ちテストを実施して、結果が悪ければ実習までに底上げされる・・・露骨に言えばしごかれる、ということのようです。


「それは、結局、悪魔がまた一人増えたということなんです。」


 思わずつぶやくわたしです。


 悪魔とは、異世界の邪悪な存在で・・・あれ?


 なんで異世界の話なんかで出てくるんでしょう?


「続いて、認定式です。」


 はっ。


 いけません。


 ワグナス教官のお声で再び我に返るんです。


 あんまりぼうっとしてれば、きっと悪魔一号こと主任の怒声が飛ぶのですから。




「・・・は、この度、魔術協会により正式に中級魔術師として認定を受けました。そこで今後は講師として・・・」

 

 次に壇上にあがったのは小さな人影。


 あれはメルセデスです。


 犬の耳と尻尾を持ち、かつてイーシェおばあちゃんがひきとって、わたしの家に勤めていた半獣人のメイドです。


 今はこのエスターセル女子魔法学園の助手として働いていました。


 狼獣人の血を引くメルセデスは、わたしたち人族からは忌み嫌われていた存在でしたが、魔術師としては破格の才能があったらしく、十二歳にして中級魔術が使えるという天才児でした。


 最近ではついに「ゴーレム」の生成にまで成功し、アルファロメロというサンドゴーレムを使役しています。


 しかし、半獣人の身の上のため、正式な魔術師として魔術協会に力量を認められる機会はなかったとのことのです。


「なのに・・・いつの間に正式な認定なんて・・・。」


 自分より年下で、なぜかわたしには生意気な犬娘が、ついに正式に。


 悔しくないと言えばそれはウソなんです。


 黒い教官マントに白ネクタイ、清楚なスーツ姿・・・その姿にも、なんだか違和感があるんです。


「・・・メイジスタッフ。」


 更に、自然につぶやきが漏れてしまいます。


 それくらい学園長からさずけられたメイジスタッフは見事なモノ。


 わたしたち学生が持つ、樫の木の枝を加工しただけの学生杖ワンドとは大違いです。


 もともと生命力あふれる自然樹を基に加工し、魔力を束ねるために宝玉をとりつけたメイジスタッフです。


 所属する魔術協会から認定された時や、自分の師匠から一人前と認められた時にいただいたりすることが多いのですが。


 メルセデスが持つモノは、メルの身長とさほど変わらないほどの長さで、長さだけなら一般的なものなんでしょうけど・・・。


「あの木、ルーン樹の古木ではありまへんか?それに絶妙な曲線に握りの部分の加工・・・」


 隣のジェフィも


「・・・それに魔術杖についてる魔宝玉・・・あれほどのもの・・・我が伯爵家ですら手に入れることができるかどうか・・・」


 後ろのシャルノも


「・・・シャルノ、それはわたくしの父ですら、ムリでしょう。」


 すぐ近くのエリザさん・・・実はレリューシア王女殿下も。


 殿下は半ばご正体をおもらしされてしまいそうなくらいの驚きようです。

 

 でも、王弟であられるサーガノス大公殿下まで入手不能と娘に言わしめるなんて・・・ヘクストス魔術協会はそれほどの力があるということなのでしょうか?


 もちろん、わたしの未熟な鑑定技能では値段もつけられません。


 メルセデス・・・メルはそのメイジスタッフを何よりも大切そうに抱きかかえ、そして、ある方向を向き大きく礼をしたのです。


 わたしたちは全員「はてな」の動き。


 エリザさんとジェフィまで初めてそろった、完璧な動きでしたけど。


「・・・そのメイジスタッフは、メルセデス講師本人が魔術協会の許可を得て、特別に作っていただいたものです・・・そうですね、メル講師。」

 

 すると、学園長が今のメルの不思議な動作を説明をしてくださるんです。


「そうなのです。そんなワガママを聞いていただくかわりに、当方で費用も製作も全て受け持つことになったのです。」


「よくそんなワガママがとおりましたね・・・。」


「はいなのです。全てはメルの大切なご主人様のおかげなのです。」


 ああー、メルのご主人様ですか。


 時々メルの講義が脱線した時に始まる「ご主人様講座」の・・・。


 ではさっきこの子が礼をしたのは、その人のいる所に?。


「いやいや、見事な一品じゃぁ・・・お嬢ちゃん、これ、儂に譲ってくれんか?」


 え!?


 式の途中、壇上で超師ともあろうお方が、半獣人におねだりですか?


「儂のコレより素晴らしいんじゃ・・・ぜひゆずってくれ。譲ってくれたら儂の愛弟子にしてあげるから、のぉ?のぉったらの~ぉ?」


 ざわざわ・・・「超師の愛弟子!」「ウソ、それじゃ、あの子、もう将来安泰?」「そんなにあのスタッフすごいんだ・・・」「あのおじいちゃん、なんだかかわいい」・・・そんな声が列のアチコチから洩れだします。


「申し訳ないのです。ですが、メルにとってこのメイジスタッフは何よりも大切なモノなのです。差し上げることはできないのです。」


 スタッフを抱きかかえたまま首を振るメルに、がっくしの超師。


 なんだか孫にふられたおじいちゃんみたいです。


 それでも超師は未練たっぷりの視線を送り、メルは警戒して一層強くスタッフを抱きしめています。


「おとうさん、いい加減にして!」


 ついに学園長がお叱りになり、超師もこの場は断念させたようです。


 それでも、その後の式の最中も度々物欲しそうな視線を向けては、メルを困らせ、学園長ににらまれるのです。




 そして式が終わって、一校時。

 

 慌ただしく運動着に着替えたら、今度は久しぶりの鬼の主任の戦術実習です。


「聞いてますか、クラリス。実は、主任の不在は、謹慎だったそうです。」


「ええ?デニー、どういことですか・・・って・・・あ!」


「もうわかっちゃったんですか?さすがは戦隊長閣下。その指輪にも『平穏』かかってるんですか?」


「まさか。たまたまです・・・だから『閣下』は禁止。」


 昨日の社会見学で「豆の木の館」の子どもちにまで怖がられてしまいました。


 なんでわたしだけ。


 ホントに不本意です。


「主任があの襲撃事件の直後、報復のために飛び出したことは知っていましたし・・・。」


 わたしが停学になったくらいですから、主任教授はきっとより厳しい処分を、しかも自ら願い出たに決まってます。


 ですが・・・報復。


 軍事的報復の必要性は戦術的には正しいのでしょう。


 一方で、わたしの中の何かがそれをためらわせます。


「それで・・・デニー。主任の戦果は知ってるの?」


「はい、それですが・・・」


「こら、そこの二人!私語をする元気があるのなら走ってこい!」


 いけません!


 やっちゃいました。


 でも体の反応は別なんです。


 これぞ、訓練の成果。


「はい、教官殿!クラリス、デニスの両名は演習場を周回します!」


 気を付けでそう復唱するや、走り出すわたしたちです。


「どんくさいですなぁ。」


 さすがは厳しさに特化したパン女出身。


 転入してすぐ順応してますけど・・・でも、ジェフィ、憶えてなさい。


「・・・さすがは鬼ですわ。なんという恐ろしいお声・・・」


 同じ転入生でも自主的な研究と自由な校風ヘク女から来たエリザさんです。 


 なかなかこの厳格さにはなじめず、もう青ざめてます。


 エリザさん、怒鳴られないように気を付けてください。


 それはなんだか国家の一大事になりかねないんですから。

 

 わたしたちは話しの途中でしたが、二人で走りながらそれを再開する・・・というわけにはいかないんです。


 なにしろ主任の「走ってこい」には、その行間に「全力で」という言葉があるんです。


 もしも少しでも速度を緩めると・・・


「こら!そこのメガネ!・・・そんなのが走ってるうちに入るか!?1周追加!」


 ほら。


 とても話しながらなんてムリなんです。


 体力のないデニーなんて、もうヘロヘロ。


 しかし、みんなに授業の説明をしながら、わたしとデニーをしっかり監視してる、さすがは鬼なのです。


 あの人の悪そうなお顔と底意地の悪そうな丸眼鏡にふさわしいのです。


「クラリス・・・なんだ、その顔は!お前は5周追加!」


「はい!クラリス、あと5周走りまぁす!」


 つい顔に出てしまった素直なわたしです。


 鬼、悪魔。


 そう心中で罵りながらも、それでも、ちゃんと指示に従うのは、魔法兵として躾けられたおかげ。


 それは、誇らしくも呪わしいのですけど。


「・・・イスオルン主任。それでは実習が始まらないのです。今年最後の実習なのですから、もう時間に余裕はないのです。」


「・・・ち。貴様ら、メル講師に感謝しろよ。」


「はい、主任。メル講師、ありがとうございます!」


 不本意ながら、正規の教官に就任したメルに感謝する(フリの)わたしです。


 ですが、その主任のお言葉は意外なんです。


 メルがこの場にいることも、わたしを助けたことも、そして主任がメルの差し出口を聞き入れたことも。

 



 そして、ようやく始まった実習。


 準備運動を終えて再び整列したわたしたちの面前には・・・


「これ・・・あれだよね?」


「ウ、ウソでしょ・・・」


「有人式戦闘用ゴーレム・・・」


「通称・・・」


「「「「「ゴラオン!!」」」」」


 そうです。


 そこにあったのは、5mくらいの体長の、黒と銀で塗装された、少し不自然な人型。


 南方戦線で苦境にたった軍を救い、巨人災禍ではあの特大種や魔術種の邪巨人を打ち破った、我がエスターセル女子魔法学園の秘密兵装ゴラオン。


 もともと上級術式「アイアンゴーレム生成」を、編集・簡略化して、複数の中・下級術式に書きなおし、量産性と操作性に特化しているとはいえ・・・それが8機も!


「正式には、これはゴラオン壱式4、弐式2、参式2機なのです。」


 ちなみに実際に以前起動して戦ったのが特殊仕様の実験機、零式だそうです。


「壱式は、通常の複座型なのです。魔力炉に魔力を供給する者と、操縦する者を分けているのです。」


 続くメルの説明によれば、弐式は、指揮官機として開発された複座型で、どちらの座席からも魔力供給を行うことができる上に、指揮官は搭乗しながら魔術の行使や弩弓の操作ができる上に、戦況の把握や味方機への「拡声」を増幅した万能機。


 そして参式が単座型。


 操縦者は魔力供給しながら戦闘をする、直接戦闘型にして、おそらくは量産機。


「みなさんには、さっそく今日から実機で練習していただきます。」


 そんなメルの説明に加えて、


「ええっと、みんな、目に入ってないと思うけど、こっちも見てください。」


 それはメルの弟子にして18歳の美少年講師、セイン・エクスェイル教官のお声です。


 熱狂的なファンのシャルノが小さく「ラッキーですわ」とか呟いてるのが聞こえて、エミルに「ビョーキや」って呆れられてます。


 そして、教官の声の方には、4騎の灰色の騎馬と4台の荷馬車・・・でも、なんか違和感があるのです。


 あのお馬さんたち、動きが滑らかですが、妙に、こう・・・硬い感じ?


「これは機甲馬。確か・・・簡単に言えば、馬型の簡易ゴラオン・・・だったかな?」


 つまりは騎馬とほぼ同じ操作で操る有人式戦闘用ゴーレムということなのです。


 それを見て、目を輝かせるのは、魔法騎士志望のリトやヒルデアです。


 一方首をかしげるのはリルにエミル。


「なんでなんで?本当の馬の方がかわいいよ?」


「それもそうね。本物の方がめっちゃ安いし。」


 それを聞いた主任は「クラリス、答えてやれ」って突然わたしに振るんです!


 何かとわたしに風当たり強くないですか?


 なんて絶対おくびにも出しませんけど。


「はい、教官殿・・・リル、エミル。思いだしてください。南方戦線で、騎士団や騎馬隊を見ましたか?」

 

 そろって首をふる二人。


 実はそれ以外の生徒たちもけっこう一緒に首を振ってます。


 エリザさんやジェフィの二人は行ってないから仕方ありませんけど、ジーナはともかく、ミュシファやソニエラまで。


 ふう、です。


 わたしはみんなに聞こえるように少し大きめな声で説明します。


「南方戦線、つまり侵略してくる亜人たちの軍勢は、強い臭気を放ち、訓練された騎馬ですら近づけばそれに怯えてしまうのです。だから、いざ戦いになっても動いてくれません。むしろ敵の食料にもなってしまいます。ですから、南方では使役する家畜は最低限。そもそも馬は暑さには強くないので気温の高い南方には向かない、ということもあるんですよ。」


 お~って感心してくれる声。


 えへ、です。


 少しハナタカなわたしです。


「さすがは戦隊長閣下でいらはりますなぁ」


 それは皮肉でしょうか?


 ジェフィ、このメギツネめ。


「・・・加えて」


 ここからは主任が引取ってくださいます。


「全員、冬季実習に参加するからには、機甲馬または機馬車の扱いには習熟してもらう。もちろん、このオモチャにも。よって、年末年始休暇中も、室内演習場には模擬練習用の魔法装置を設置して、希望者に開放するのだが・・・」

 

 それ、限りなく強制参加の臭いがします。


 これでは「ぶらっく学園」なのです。


「実習前に実機を使えるのは、今日だけだ。各班には、壱式1、機甲馬1を預ける。操縦方法は最初に全員に図説、続いてメル教官とエクスェイル教官が弐式に同乗し教える。あと・・・ク」


「主任、メルたちだけで大丈夫なのです。」


「・・・そうだな。」


 なんでしょう、この不自然なやり取り?


 一瞬、主任とメルがこちらを見た気がしましたけど?


「各班長、1班シャルノ、2班クラリスはエクスェイル教官と、3班ジーナ、4班ヒルデアはメル教官と、まず壱式に同乗して操縦を教わる・・・いや、3班はアルユンだ。」


 どて。

 

 盛大にジーナが転倒しましたが、確かに最初が魔術師にあるまじき肉体派のジーナでは3班は出遅れてしまうでしょう。


「・・・特に魔法騎士を志望する者は積極的に機甲馬ゴーレムを、機械に抵抗があるものは機馬車の扱い方を、それぞれ責任もって学ぶこと!先に操縦を学んだものは必ず次の者に感想や注意点を伝えること・・・他に何か質問は?」


「「「「はい。いいえ、教官殿!」」」」


「では、実習開始!」




「・・・クラリスさん。すごいです。もう教えることはありません・・・乗ったことあるんですか?」


「え!?・・・はい、いいえ!教官殿。」


 教官に対するNOは禁止な軍人教育のおかげで、否定する時でもYESからのわたしたちです。


 ですが・・・ゴラオンの操縦は呆れるほど簡単で・・・体が勝手に操縦してくれるくらいです。


 多少の違和感は、壱式は零式よりも構造が、よく言えば洗練、悪く言えば簡略化されているから、でしょうか・・・って、あれ?


 なんでしょう、今の?


 実は今日はさっきからこんな感覚が何度もあって・・・ムシムシです。


 でも、操縦しながら、時に「飛行」しようとして「飛びません!」って、時に袖のスクロールを探しては「そんなのついてません」って注意されて。


 そんな小さいこと以外は、もうマスターしました。


 失礼ながらエクスェイル教官ご本人よりうまく扱える気がします。


 そして、次のデニーにいくつか注意を与えて交代します。


 そして、班長らしく他の班員の様子を見に行くのです。


 


 室内のコースで、リトは機甲馬に乗り、見事な疾走ぶり。


 馬具は本当の馬と共通なので、操縦は変わらないそうで上機嫌です。


 もっとも「ホントは乗りなれた馬の方が反応がいい」ってこぼしてましたけど。


 それでも、リトは狭くて暗い所は苦手そうですから、ゴラオンよりこっちのほうが向いてる気がします。




 その一方で


「リル、ダメです、怒られちゃいますよ。」


 もう、自慢の「絵筆」で、余ってる参式にわたしたちチーム・アルバトロスの隊章を書こうとしてるリルなんです。


 この絵筆、今朝のプレゼントの品ですけど、絵具が不要なばかりか、描き手のイメージ通りの色を合成しながら描けるという逸品で、しかも魔力を込めると・・・


「こら!何しとるか!」


 ほら、また怒られちゃいました。


 ですが


「主任・・・ええっと、イケングシンです。部隊の識別、および士気高揚のために、隊章を描くことを提案します!」


 リル、なんて怖いもの知らず。


 いくら物怖じしないリルでも、さすがに一緒に叱責されることを覚悟するわたしです。


「・・・一理ある。許可する。」


 えええ?


 許可いただけるんですか・・・なんだか主任、ちょっとだけ「いめちぇん」?


 いえ、或いは単純にわたしにだけ厳しいのかもしれません。


「しかし、今は実習中だ。各班の意見を聞いたうえで、時間外でリルルが描くことを許可するだけだ。それでいいか?」


 ・・・つまりは時間外の奉仕です。


 またまた「ぶらっく学園」一直線なんです。ですが


「はい!ありがとう、主任!」


 リルは満面の笑み。


 一緒にいるわたしも、ついにこにこしちゃうんです。


 この笑顔を見ても眉一つ動かさないのは、やはり主任ですけど。

 



 そして・・・わたしは御者台にいる小さな人影を見つけます。


「レン?機馬車の扱いは慣れましたか?」


 一人、つまらなそうにしてるレンに声を掛けます。


 今日は朝から元気がないんです。


 わたしはレンの隣に座り、あせらず返事を待ってます。


 するとレンは、力なく、でもうつむいた顔をわたしに向けてくれました。


「みんな、忘れちゃったんだよね。まさかクラリスまで・・・」


 なのに、いきなりそんな意味不明の言葉。


「え?何をですか?」

 

 思わずきょとんとするわたしです。


 そのわたしを見つめる、緑がかかった金の瞳が、みるみる涙をあふれさせます。


「ええ?・・・レン、わたし何か悪いこと言いましたか?」


 あわてるわたしに、強くしがみついて嗚咽するレン。


 肩を震わせて・・・何があったのでしょう?


 まさか、また何か悪い予知夢でも!?


「違うの・・・そんなんじゃないの・・・んく・・・くっ・・・・くぅぅ、ぅぇぇ・・」


 わたしは訳も分からず、最後までレンを抱きしめることしかできませんでした。


 そんなわたしたちを、遠くでメルが見ていたことに、気づく余裕もないまま。


 



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作者:SHO-DA 作品名:異世界に転生したのにまた「ひきこもり」の、わたしの困った叔父様 URL:https://ncode.syosetu.com/n8024fq/
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