第17章 その6 一瞬の空白に
第17章
その6 一瞬の空白に
「・・・クラリスへ。
親愛なる、なんて言葉はどうも空々しくて使う気になれなかった。
僕にとってキミは・・・いや、これはいいや。
そもそもこのメッセージは僕の未練でしかないのだから。
これはきみも知っている、僕が以前つくった、記憶を視覚的、聴覚的に再生する術式を応用したメッセージだ。
このアイテムを装備した瞬間に作動するよう呪符した。
でも、声の再生だけで勘弁してくれ。
映像・・・つまり今の僕の顔は見せられたものじゃない。
ええっと、そうだ。
以前・・・確か巨人災禍の日だったと思う。
キミは世界の意志、という言葉を言い出した。
あの時はわけがわからなかったけれど、なんでキミがそんなことを言い出したのか、それがどういう意味なのか、どうも気になって仕方がなかった。
それで、僕はしばらくひきこもって思索を重ねたんだ。
キミにも話したことがある。
実は世界は認識でできてる。
僕の元居た世界では、あらゆる物質は極限状態まで解析していけば素粒子まで観測することができた。
ところが、この素粒子レベルになると、観測という行為そのものがこの素粒子を変質させる可能性が指摘されている。
つまり観測するかしないかで、物質の状態が変わっているかもしれないってことさ。
俗に言う「シュレディンガーの猫」・・・観測するまでは、毒ガスにつつまれた箱の中の猫が生きてるか死んでるかもわからないってわけだ。
観測したら生きてる猫になるかもしれないし、死んでる猫になってるかもしれない。
でも、そのあいまいな状態はあくまで人間が観測しなければ確定しない。
ま、結局、観測という、近代科学では普遍的で客観的なはずの行為が、最先端の現代では、観測者の主観・・・その認識によって決定されかねないことになってしまったわけだ。
さらにこれが進んでいくと、人間原理。
つまり人間の認識そのもので世界が構成されるという理論になるわけで、これが世界分化の根源ではないかってうのが、現時点での僕の仮説だ。
この辺は、量子力学の・・・おっと話が難しくなり過ぎた。
さすがのキミも苦手な分野だったね。
そんなに時間もないし。
じゃ、結論だ。
世界とは、その世界の住人たちの潜在的な・・・つまり集合意識が、認識することで、その世界そのものを構成している。
だから、住人、ま、人間でいいんだけど、その世界の人間の認識がずれていけば、その認識ごとに世界は分裂する。
例えば、僕が元居た世界は「数式」によって認識されていた・・・「科学」ってやつだ。
数理によって道具を、更には機械をつくり、機械を使うことで本来人間になしえない現象を具現化していた。
だけど、この世界・・・キミたちの、今じゃ僕がいるこの世界は「術式」により認識されている。
生物に流れるオドが、人の意志で直接魔術という形で空間に書き込まれ、世界に蔓延するマナと結びつくことで現象になる。
遠いご先祖様が、世界を「数式」でとらえたか、「術式」でとらえたかで認識がわかれ、その違いによって世界そのものも分化していったんだろう。
これは一例だけど、いろいろな世界があるのは、結局その認識ごとに世界が分化していたからで・・・って、おっと。
・・・ゴメン。
急いでるわりには、脱線ばかりで・・・。
なかなか用件に入る勇気がなくてね。
僕は臆病者だ。
だから、結論は出ていて、準備も終わっていたのに今日まで・・・キミに認めてもらうまでは勇気が出なかったんだ。
もともとこの世界に転生した僕だけど、結局元の世界の記憶がくっついてるせいか、どうも僕の転生は問題が多過ぎた。
加えて、こっちの世界で、最初に見た光景が、ホントの両親が死ぬ場面で、だから名付けられる前に、とうさんにもらわれて・・・だから自分の存在が常にあやふやのままだったんだ。
だから毎年、今日は混乱状態で・・・今なら昨日かな?
僕はどうも一種の精神的な失調状態で・・・自家中毒みたいになっててね。
まわりに迷惑かけないように結界内に閉じこもってたわけさ。
でも、もう大丈夫。僕の手をキミがつかんでくれた。
僕の存在をキミが認めてくれた。
だから、僕はこの世界でも存在を確立できたって思う。
そこで、どうしても気になるのが・・・異世界からの亜人たちの存在だ。
この世界は、もうこの大陸以外はすべて奴らに滅ぼされてしまった。
そして、この大陸も、残るのはこの王国のみ。
だから、キミがキミの夢をかなえるのなら、この世界を守りたいのなら、なんであいつらが転移してくるのか、その仕組みを知らなきゃいけない。
だけど、いきなり亜人の本拠地に出向くのは自殺行為だし、出向いたところで何かがつかめる保証はない。
なら・・・身近なところから手を付けようと思う。
つまりは世界の根源・・・この世界が本質的には、人族にどう認識されていて、僕たち異民は異なる認識の世界から、なんでここにやって来るのか、それがわかれば・・・亜人たちがこの世界にやってくる仕組みもわかるんじゃないかな?
そこで、僕は大規模な実験をすることにした。
だけど、小さな実験ならともかく、かなり本格的なものだ。
他人になんか頼めない。
僕に対する認識・・・まわりの人族たちの記憶を書き換えて、その結果、転生者の僕の存在が、この世界でどう認識されるのか確かめるんだ。
きっとキミは、僕が以前右腕で新しい術式の実験した時みたいに怒るんだろうけど、こればかりはしかたない。
それに・・・ミライの予測も僕の仮説と大差ないことを考えれば、ま、大きな問題は発生しないはずだ。
僕は、正直に言えば、世界の命運そのものには興味がない。
何もなければ、キミに認めてもらった僕の在り方のまま、生きていってもよかった。
だけど、キミの夢をかなえたい。
あんなに小さかったキミが、邪竜に襲われてもすぐに他の人を守ろうって考えられるエライ子になって、僕がどれだけ誇らしかったことか。
そのキミのためなら、僕なんかでできることはなんだってしてあげたい。
だから・・・これから「記憶置換」という術式を行使する・・・なんと、超級術式だ。
これで、キミやみんなの記憶を少しだけ書き換えさせてもらう。
効果範囲から外れた人や高位の人たちには効かないと思うけど・・・でも多くの人に効果があれば集合意識に影響するはずだ。
きっとうまくいく。
人の記憶を操作するなんて外道な術式だけど、僕のことだけに限定するから許してほしい・・・なんて謝るのも、僕の未練なんだけどね。
このメッセージをキミが聞いているってことは、もう全部済んだあとなんだから。
そういうわけで、さっき僕が言ったこと・・・プレゼントの感想を聞くのはきっとムリだと思う。
そう言う意味では僕はキミにウソをついた。
僕のウソがキミにばれなかったのは、ひょっとしたら初めてかしれないけど・・・ゴメンね。
こんな時に謝るのは卑怯だけど、僕は結局キミには謝ってばかりなんだ。
迷惑かけて、イヤな思いさせて、ホントにゴメン。
でも、もうキミは僕の親類ということでイヤな思いをすることもなくなるはずだ。
うまくいけば。
でも、たった一つだけ。
僕に心残りがあるとすれば・・・きっと僕はもう、キミから「叔父様」って呼んでもらえないことだ。
せっかく前世からの願いがかなったのに。
しかも、僕の憧れの「お姫様」そっくりのキミに「叔父様」って呼んでもらって、だから、僕は幸せだった。
だけど、キミの「叔父」でなくなっても、きっと僕はキミを見守っている。
ちょっと立ち位置が変わるだけで、きっと側にいる。
それは許してもらうしかないんだけど。
肉親じゃない僕なんか、キミにはきっと嫌われるだろうけど、それでもキミの側でキミを見守ることは僕の幸せで、キミの願いをかなえることが僕の夢なんだ。
だから、さようならだけど、すぐ会える。
僕のクラリス。
大好きなクラリス・・・愛してる。」