第17章 その5 再生の日
その5 再生の日
「・・・叔父様。それでわたしたち、なんでまたこんな格好してるんですか!?」
パーティーが終わり、結局叔父様は表に出ないまま「豆の木の館」を去りました。
なにしろ引率責任者はエクスェイル教官に押し付けられていたので、その辺りは都合よく解釈したみたいです。
わたしたちエス女魔一同は、子どもたちやクレオさんのお礼を受けた後、町庁舎に設置された「転送門」から学園に帰還しました。
そこで全員解散・・・のはずなのに。
わたしは叔父様にこっそり呼ばれたのです。
「クラリス・・・大事な話があるんだ」って!
ひょっとして、ついにその日が!
わたしの全面攻勢が実を結ぶ時が来たのでしょうか!
・・・そんなことを思ったわたしがうかつというか、考えなしというか、端的に言ってバカというか、もう自分を罵る言葉に不自由がないのです。
せっかく授業まで抜け出して、実家に戻って、お墓にまで行って、叔父様と二人きりでちょっといい感じだって思ってたのに。
「なんでまたあの特殊な魔法生物の『こすぷれ』なんか!しかもメルとおそろいなんて!」
「メルはご主人様のご要望にお応えできるならなんだってできるのです。クラリス様はお疲れならどうぞお帰りください。もうベッドでお休みになる時間なのでしょうし。」
そこで何気にわたしを子ども扱いし、この場の優位に立とうとする、トナカイ姿の犬娘です。
油断もスキもありません。
「・・・そうだよね。今日は朝から迷惑だったよね。ゴメン。ホントにゴメン。じゃ、あとは僕とメルだけで・・・。」
そう謝る「三択ロース」姿の叔父様に、ここぞとばかり、べったりとへばりつくトナカイ姿のメルなんです。
これは・・・ここで帰っては、この変態主従二人きり。
それはもはや危険な想像しかできません。
「・・・いいえ。叔父様。ここまで来たら最後までお手伝いさせていただきます。毒を食わば皿まで、いえ、毒シチューを食わばスプーンまで、毒パスタを食わばフォークまで、毒バーベキューを食わば串までいただくのが士道というモノなのです!」
「・・・最近になって思うんだけど、キミの士道ってすごく偏ってるよね?それ、おっさんの影響かい?」
絶対にあなたのせいです!
それが直接の教育の成果か反面教師の結果かはともかく!
「それにしても・・・こんな非常識なこと・・・見つかったら犯罪、いえ、見つからなくても立派な犯罪ですよ?」
星明りの空を飛ぶわたしたち三人。
そしてその眼下には壮大にして華麗なテラシルシーフェレッソ伯爵家の邸宅があるのです。
確かに最後まで付き合うとは言ったものの、なんで叔父様と一緒の星空を、こんな「こすぷれ」姿で、おまけの犬メイドつきで、更には不法侵入目的で飛ばなければならないのでしょうか?
真夜中に人のお家に侵入し、その娘の部屋に忍び込む・・・これが犯罪でなくてなんだというのですか?
「ええっとね、僕の元いた世界じゃこの格好してプレゼントを枕元に置く分には許されるんだ。」
なんて非常識な世界!?
道理でそこの「転生者」である叔父様が非常識になるわけです。
しかし・・・それでも伯爵家の警護をすり抜けてここまでやって来られるとは!
いくら「浮揚」に「探知妨害」に「偽装迷彩」に「視覚認知妨害」「聴覚認知妨害」・・・様々な感覚的魔術的妨害を行っているにしても・・・順調すぎます。
真下にいる衛兵さんたちも全然気がつかない。
「おっと、ストップだ。そこは『魔力探知』の範囲でね・・・魔法装置があるんだ。どれどれ、ちゃんと反応してるな・・・オケ、今無効化したよ。」
それに、なんて巧みな潜入術・・・どこにどんな探索魔術が作用して、どうすれば無効にできるか全て対策できてるんです。
まるで、その道の専門家のようです。
まさか・・・まさか!
叔父様の前世はあの絵本の「泥棒さん」なんでしょうか!?
「クラリス様。ご主人様は以前テラシルシーフェレッソ伯爵様よりお屋敷の警備用魔法装置の設置を依頼されたのです。」
警備の仕組みをつくった責任者自ら侵入するっていう・・・相手の信頼を裏切る最低な行為です!
「それ、一番やっちゃいけないことじゃないですか!人からの信頼を裏切るんですよ!・・はっ、まさか!?」
「さすがはクラリス様なのです。この後向かわれるアドテクノ商会も同じなのです。」
「こら、メル。人聞きの悪い。クラリスもちゃんと僕の話を聞いてくれよ。」
叔父様が言うには、実は伯爵や商会長には既に連絡しておいたんだそうです。
それで、魔法装置の動作点検を兼ねての行動ということで了承を得ているとか。
それで、わたしもちょっとだけ安心、というより罪悪感が薄れたのが正直なところ。
「でも、それなら堂々と訪問すればいいでしょうに。」
やはり当事者への連絡がないのはダメだと思い返します。
寝室に侵入されたと知ったシャルノが後でどんな反応をするのか恐ろしいほどです。
エミルは大したことないと思いますけど・・・プレゼントをもらえる分には。
「いや、それはサンタクロース的に却下だ。様式美に反している。」
年頃の女子の部屋に忍び込む様式美ってなんなんでしょう?
それは、わたしの乏しい想像力では到底思いつかないのです。
結論から言えば、わたしたちは例の、「空飛ぶソリを曳く角ある女鹿の魔法生物トナカイ」と「赤いコートを着た白いオヒゲの魔法使い三択ロース」として、王国屈指の名家テラシルシーフェレッソ伯爵家と、ヘクストス最大のアドテクノ商会長家への潜入を無事終えたのです。
シャルノもエミルもパーティーでいただいたワインのせいもあってか、スヤスヤ寝入っていました。
さすがに寝室に叔父様を侵入させることはわたしが断固阻止して、代わりに枕元にプレゼントを置いてくることになりましたけれど、その際には「ごめんなさい」って頭をさげてしまうのです。
しかし寝ているシャルノはプラチナブロンドの髪が星明りを映して幻想的なまでにきれいでした。
エミルも、寝ている分には金髪碧眼の憂いある美少女でしたけど。
こんな二人の寝顔、叔父様には目の毒なんです。
二つの潜入を終えて、いろんな意味で安心し、わたしはほっと胸をなでおろすのです。
しかし、その安堵は、ほんのつかの間だったのです。
「んじゃ、お次は学生寮だ。」
なんてこの人が言い出して!
「ええ、まだやるんですか!?それに学生寮だったらわたし一人で置いて来ればすむ話です!」
いえ、そもそもプレゼントを寝ている間に枕元に置いて来るという設定が意味不明なのです。
さらに言えば、なんでプレゼントをこんな巨大な靴下にいれるんでしょう?
巨人退治のご褒美なんでしょうか?
そんな「どろっぷあいてむ」設定なんて聞いたこともありませんし、それではゴブリンを倒したら小さめの汚い靴下、ドラゴンを倒したら、あの爪を収納できる大きくて頑強な靴下が・・・なんてことになるのでしょうか?
そんな光景を思い浮かべ、つい額を押さえるわたしです。
率直に言わせていただけるならば、さっきみんないた時に渡せばよかったのです。
そんなふうに、次から次へと疑問が沸き起こるのです。
そして何よりも大きな疑問。
「叔父様・・・叔父様は、前世の知識や技術、文化をこちらに持ち込まないようにしていたと思っていたんです。なのに今回はどうして・・・こんな文化を?」
叔父様は、わたしたちにはわからないことわざや言い回し、たとえ話をなされます。
ですが、それは自分の知らない故事に由来する昔話や異国の逸話と思えば、さほど無理はないのです。
しかし、ご自分がもといた世界で発達した技術や知識、文化など、わたしたちの世界に影響を及ぼしそうなモノについては、頑ななまでに広げることを拒んでいらっしゃいました。
叔父様が、元の世界での知識を基に、術式を開発することはあります。
ただ、もちろんそのための技術はこの世界のものなのです。
叔父様がおつくりになった「ふぃぎゅあ」だって、この世界の素材を利用したモノなのです。
要は精密な人形。
もっともあまりに精密なためにわたしには魔術的な意図があるのかと考えてしまうのですが、ご本人の様子からすればあくまで観賞用なのです・・・他に保管用と宣伝用があるともいいますけれど。
例外としては、巨人災禍の際、ゴラオンの強化装甲として「ハロウィン仕様頭部装甲」があったのですが、結局何を「強化」したのは謎のまま。
叔父様はこの件に関しては口を固く閉ざしたままです。
よほど不本意な結果になったからなのでしょう。
そのゴラオンそのものですら、前世での「リョウサンガタ」というモノが発想の基になっているものの、結局その再現は全てこの世界の術式や技術でなし得たのです。
結局叔父様は、この世界に、元の世界の知識や技術そのものを持ちこむことはしていない。
そして文化的なモノも・・・ですから、今日はその例外なんです。
「ま、サンタどころか降誕祭そのものが、僕の国じゃかなり歪んで行われてるからねぇ。今さらって感じだし。でももともとの本質は再生なんだ。館長さんがパーティーの最初に言ってくれたように。」
その年で最も太陽が弱々しい、冬至。魔術的な解釈では、一年の「死」を意味するのです。
そして、その次の日からは、また輝きを強めていく、新しい太陽の誕生。
「だから、冬至とは、太陽の死と復活。再生を意味する日でもあるんだよ。」
その日に、別な意味を強引に加えて、いつしか「降誕祭」になり、プレゼントの習慣ができたり、フライドチキンを食べたり、恋人と過ごしたり、地域ごとにいろんな習慣に変遷していったとか。
最後の習慣には少しドッキリです。
叔父様の前世のお国がそうだということは・・・ひょっとしたらって考えるとドキドキです。
「クラリス様・・・妄想はほどほどにしていただかないと、見つかってしまうのです。」
ち、この犬メイド、さすがに勘がいい・・・いえ、舌打ちはしませんけれど。
わたしたちは、小声で話ながら、学生寮に侵入し、最初にレンとファラの部屋の前まで来ています。
「やれやれ・・・二人とも、こんな時にまでにらみ合わないでおくれ。」
ぷう、です。
「豆の木の館」の子どもたちみたいに、ついむくれてしまう子どもっぽいわたしです。
メルもふくれてますけど。
なぜか、この子とわたしはいつもおんなじ反応をしてしまうのです。
叔父様を挟んで、鏡写しのわたしたち・・・。
そして
「あれ・・・叔父様・・・プレゼントは、レンの分だけなんですか?ファラファラのは?」
「うん、だってこれは口止め料だから。」
・・・そこでわたしは初めて今日夜中に忍び込んでいるのは、ガクエンサイの日に結んだ約束の、「ふぃぎゅあの下着」の秘密を暴露しないための品だったことに思い当ったのです。
「では冬の軍装や今日のパーティーのケーキなんかは・・・」
「え?あれはもちろん普通のプレゼントさ。なにしろ今日は僕の国じゃプレゼントを大盤振る舞いする日なんだから。」
そのお国は子どもに甘すぎる気がするのです。
そう思いながら、レンのかわいい寝顔を見ちゃいます。
この子は時々わたしのベッドにもぐりこむ寮則違反者ですから、このくらいは許されるでしょう。
そして、枕元にそっと、大きな靴下を置くのです。
「プレゼントって・・・いい子にだけじゃなかったんですか?」
もともとはそうだったそうです。
プレゼントと言っても素朴なもので、悪い子には罰が与えられることもあったとか。
でも、時代が下り場所が広がるにつれて随分変わってきて。
「そういう意味じゃ、キミたち7人は、ちゃんと約束を守ってくれたし、それに・・・キミとキミの友達なんだ。みんないい子さ。僕としては張り切ってプレゼントをするしかないね。もっとも今日渡そうって思ったのは・・・ついさっきだけどね。」
デニー、リルの部屋の前です。
デニー・・・寝る時もメガネしてるんでしょうか?
はずした顔ってどんな顔なんでしょう?
リルは・・・パジャマの胸元、きっと窮屈なんでしょうね。
「クラリス様。お二人には、もうメルがお届けしたのです。」
少し残念・・・でもいくら友達でもやはり人の寝姿を見るなんてよくないですし。
じゃあ、最後は・・・
「リト?なんでまだ起きてるんですか?」
こんな「こすぷれ」を見られて思わず両腕で体を隠すわたしです。
もっとも「豆の木の館」でもこの格好でしたし、今さらって自覚は十二分にあるんです。
でも部屋に入るやいきなり灯りをつけられ、制服姿のリトのきれいな瞳の前では、なんだか自分が「汚れてる」って気になっちゃって。
「クラリスが帰ってこないから・・・でもフェルノウル教官殿と一緒?・・・心配して損した。」
こんなに不満そうなリトはめずらしいんです。
まだ制服姿のままということは、わたしに何かあったらいつでも外出できる準備をしていてくれたんでしょう。
ホントに友誼に厚い親友なんです。
「やあ、リーデルンくん・・・いつもクラリスがお世話になっている。キミのような友達がいてくれることが、人付き合いの苦手なこの子にとってどんなに助かってるか・・・」
めずらしく年長者らしい挨拶ですけど、それ、どの口がおっしゃいますか?
「何が人付き合いが苦手ですか。ひきこもりの叔父様に言われたくないんですけど。」
「教官殿も、なんでそんな格好?」
叔父様はわたしたちの声なんかどこ吹く風です。
やはりコミュ障の一種・・・自分のやりたいこと言いたいことが優先なんです。
「起きてるから、このまま渡しちゃうよ。これは約束した口止め料。」
不思議そうに大きな靴下を受け取るリトです。
「中にはキミ用の武具をいれてある。キミの太刀筋には、絶対この「カタナ」が合うはずだ。使ってみてくれ。」
すると、リトの黒曜石のような瞳がいつになくキラキラと、光るんです。
さすがは見かけによらない武闘派・・・この子も戦闘種族ノウキン寄りですから。
「ここで開けても?」
プレゼントは、もらってもすぐには開けない派のリトが許可を求め、
「ぜひ。」
叔父様も大きくうなずきます。
その包みを開き、中から出てきたのは・・・変わったつくりの刀剣です。
印象的には、以前あのサムライさん・・・アシカガさん・・・が持っていた刺斬両用のサーベルに少し似ています。
半曲刀の一種。その黒鞘が艶やかに光り、リトが両手を添えるとカチャリを乾いた音を立てるんです。
彼女の身長に比して刀身が長いように思えるのですけど。
「扱いはわかってるよね。キミなら。」
そんなナゾめいた言葉に微笑むリト。
そして、叔父様に軽く一礼するや、右手で柄を握り、その曲刀をスラリと抜き放つのです。
反り返った刃が上になっていて、あんなに刀身の長い曲刀を抜く自信はわたしにはありません。
そして、抜き放った刀身は、ランプの明かりを反射して氷の結晶のようです。
その刀身を顔の前にたて、ウットリと眺めてるリトの顔は、銅貨を見てる時のジェフィのように・・・いえ、この例えはなんだかふさわしくないんです。
要するに、まさに「夢中」になっています。
無言のまま、息をひそめるように見つめることしばし、ようやくリトは鞘に戻します。
戻すと、少しして大きなため息。わたしもつられて息を吐くのです。
それくらい真剣な、いえ、荘厳とすら言える雰囲気でした。
実際、「カタナ」を抜いた状態で話をしたり大きな呼吸をするのは厳禁だとか。
「ま、もともとは息や唾液での劣化を防ぐためで、こいつには『保護』の術式は施しちゃいるからいいんだけど、雰囲気的にもね。」
そう言って仕様書をリトに渡す叔父様です。『保護』の他にもいろいろありそうなんです。
「教官殿・・・ホントにいいの?」
「ああ・・・僕なんかの打った『ナンチャッテ刀』だから当然無銘だし・・・こんなモンでよかったら。」
頭をカキカキ、照れくさそうな叔父様です。
リトは「カタナ」を胸に抱いたまま
「本当にありがとう・・・教官殿。」
そう言ってうつむくのです。
なんだか感激した顔を見せまいと恥ずかしそうなんです。
この子のこんな乙女な顔、初めてかも。
ですが武器をもらってのこのリアクションは、さすがは戦闘種族なのです・・・なんだか不愉快ですけど。
「・・・叔父様。わたしには?プレゼント?」
そんな気分を引きずったせいか、失礼にも自分から催促してしまうわたしです。
「おっと・・・キミには・・・これをあげる。でも中を開けるのは明日の朝にしてくれ。」
そう言う叔父様がわたしに手わたすのは、一番小さな靴下。
期待ハズレでがっかりです。
別に大きければいいというのでは、どこかの「欲張りなおばあさん」みたいなので言いませんけど。
「明日?どうしてですか?」
リトには意味深なことを言って、感想まで聞いたのに!
「ホントはそうなんだよ。リーデルンくんには、起きてたし、・・・叔父としてキミの分もあいさつをしようって思ったから、つい。」
少しだけぎこちない、叔父という言葉・・・その一瞬の間。
その後でわたしはうなずくのです。
ですが
「気に入らなかったら、別なモノをもらいますからね。」
そんな、自分でも憎たらしいくらいワガママなセリフに、リトの方が目を剥いたのです。
「なんて失礼な!」
って。
当の叔父様は
「うん。なら明日でも感想を教えてよ。良かったらリーデルンくんも聞かせてくれ。じゃ、今日はもう遅いから。」
って、何事もなかったように去って行かれたのです・・・窓から。
「来年もいい子にしてたら・・・また会おう。」
「・・・ご主人様。メルにとってご主人様がいらっしゃることこそがご褒美なのです。プレゼントなんていただけなくても、こうして一緒にいてくださるだけで幸せなのです。」
「・・・おねだりしなくても、メルの分もちゃんとあるから。」
「ご主人様ぁ♡今夜こそメルの全てをご主人様に捧げるのですぅ♡」
「今夜そんな不謹慎なことをするのは僕のもといた国くらいだよ。」
「愛を交わす手段は不謹慎ではないのです♡」
・・・なんだか、とっても不愉快な会話が聞こえます。
わたしは無言で窓をぴしゃりを閉め、ほぼ同時にリトはカーテンを閉めるのです。
そして「こすぷれ」衣装を返しそこなったことに気づいてため息をつくんです。
ま、明日にしましょう。
パジャマに着替え、ようやくベッドにもぐりこんだのは、もう1149。
ベッドの中で思い起こすのは、先ほど叔父様とかわした会話の内容です。
「叔父様・・・なぜ急にこんなことを?」
プレゼントを渡す道中、星空を飛んでいるわたしと叔父様・・・もう一人?そんなの、見ないふりです。
「毎年、この日は僕は・・・不安定になっちゃってね。お墓でお参りしてるうちに、自分の存在が不安になっちゃうんだよ・・・魔術も使えない、前世の罪はどうやったって償えない、本当のアンティノウスの代わりに生きてる僕は・・・」
それは、罪を償えないまま転生してしまった悔い、転生したことでこの世界の魂を追い出したのではないかという不安、死んでしまった本当のアンティノウス・フェルノウルに感じるやましさ。
そして
「僕は、本当の僕は誰なんだろう、この世界で何をすればいいんだろうって。」
それはアイデンティティ。
今日は、叔父様がご自分の存在意義を問いかける日だったのです。
「困ったことに年々・・・特に戦争から帰ってからは、さらにひどくなっててね。だから誰も来ない共同墓地の端っこなのに『隔離結界』まではって・・・それでもなんだか頭の中がぐちゃぐちゃになるのさ。」
「そんなにひどくなるんなら、いくらお弔いでも、ご自分のけじめであっても、もうおやめになってください、叔父様。」
一見無神経なくせに、その中には繊細さを秘めている、そんな叔父様はキライではないのです。
でも、その繊細さはいつもご自分を責めることに向かうんです。
「・・・ゴメンね・・・いや、違うな・・・。」
「?」
「ありがとう、クラリス。」
え?
それは突然の感謝でした。
いつも事あるごとにわたしに「ゴメン」って謝るばかりの叔父様が・・・「ありがとう」なんて。
「いや、今心配してくれたことだけじゃなくてね・・・なんだか、今日、お墓の結界の中で、誰かに手をつかんでもらった気がした。それがすごくうれしかった。なんだか、僕はここにいていいのかなって、認めてもらえた気がして・・・そしたら『結界』の外にキミがいたから、あれはキミの手だったのかなって。」
あの・・・出すのか出さないのか、じれったい手。
そしてそれを強引につかんだわたし。
その光景が頭に浮かびます。
「だから・・・あんまり自分のことでウジウジするのは、やめようって気になって。だから・・・今日は僕にとっても『冬至』だったのさ。」
それは、再生の日。
叔父様が、35年この世界にいて、それでもここに馴染めずにいた叔父様が、ようやく・・・。
「だからクラリスは僕の・・・やっぱり僕の大切なクラリスさ。」
それはわたしにとって、まさに天にも昇りそうな言葉で。
「ご主人様、それではクラリス様はご主人様の・・・心の『お母さま』なのですね。」
「ああー?・・・そうなるのかな?」
どて。
夢の中で、その瞬間を思い出し、ベッドから転げ落ちたわたしです!
イタタ・・・腰をうって思わず無様にもさすってしまうんです。
「クラリス?」
その音でリトまで目覚めさせてしまいました。
失態です。
リトの毛布からは「カタナ」の鞘がチラって・・・そんなに叔父様のプレゼントが気に入ったみたい。
なんだかとってもうらやましいんです。
そんなリトから目をそらし、体を起こすと、もうカーテンを透かして朝日がさしているのが見えるのです。
朝・・・。
そうです。
今日は冬至の次の日。
今日からは少しずつ太陽は強く明るく輝いていく・・・。
「おはよう、リト。今日はいい日になりそうよ。」
だから、痛くてもガマン。
思いっきり笑顔のわたしなんです。
早く起き上がりたくて。
ふと目に入った枕元の靴下。
よく見れば、白くて絹製で、エス女魔の校章が丁寧に刺繍されてます。
この靴下だけでも立派な品物。
それなのに、この中にはきっともっとステキなプレゼントが入っているんです。
叔父様は、わたしにどんなものを送ってくれたのでしょうか。
とってもワクワクします。
靴下に包まれた贈り物を見たくて仕方がないんです。
「クラリス、早く。」
リトも中身が気になるのか、珍しくわたしをせかすんです。
そして「カタナ」を抱えながらわたしの元にやってきます。
でも・・・
「ちょっと待ってて。最初に見るのはわたしだけです!」
そう言って毛布に潜り込んだわたしに向けられるのは
「ズルイ。自分は一緒に見たくせに。」
そんな怒ってるリトの声。
そして毛布をはぎ取ろうとするんです。
それを必死で防ぐわたしです。
「だから、ちょっとだけです!もう・・・リトォ。」
だってプレゼントって、開ける時が一番楽しいんですから。
そんな楽しい瞬間を、叔父様からのプレゼントをあける期待を、今は独り占めしたいんです!




