第17章 その4 祝宴の日
その4 祝宴の日
「んじゃ、厨房借ります。」
叔父様は今日のパーティには今年が初参加ということで、いつもは持参するお菓子を今からここでつくっちゃうことにして、早速館長室から出ていかれます。
ここに来るまでに食材は買ってきたんです。
家事適性が限りなく低いわたしは置いてきぼり。
「もともとこの豆の木の館が毎年この日にパーティすることにしたのは、パパが言い出したことなんだけどね。本人はずっと不参加だったけど。」
そう首をかしげるクレオさん。
でも、女装、いえいえ、そのスカート姿は新鮮でおきれいです。
その後もお二人からこの「豆の木の館」の様子やわたしの知らない叔父様のお話をいろいろお聞きすることができました。
叔父様ご本人がいれば、こんな話は嫌がって止めさせたでしょうけど。
「そう言えば、ここの館長を引き受けた後、結局わたし以外の働き手の人選も丸投げされて・・・わたしも戦争未亡人の身で、そんな知り合いも多くなくて困ったんだけど、でもこっそりイーフェさんが助けてくれたんですよ。あの子には内緒にしてって言いながら、いろんな人に声かけてくださって。」
おばあちゃん・・・叔父様のやること、実はけっこうお見通しなのかしら?
「3年前だったかねえ・・・一度だけ、フェルノウルさんとイーフェさん、二人してここに来られたんですよ・・・二人ともお互い何も知らないふりして・・・おかしかったねえ。」
「あれね・・・アンティパパが『僕はこんなとこがあるなんて全然知らなかったよ』って「言うと、イーフェさんまで『わたしも。こんな近所なのに。年取るとだめねえ』なんて・・・あたしと母ちゃん、笑うのを我慢するのが大変で・・・後で大爆笑だったよ。」
3年前。
わたしが叔父様から距離をとっていた頃・・・だったら
「半獣人の娘は一緒じゃなかったんですか?」
その頃の叔父様に付き従っているのは、わたしではないのです。
「ああ・・・あの子・・・その翌年だったかな?一回だけアンティパパがつれてきたんだけど・・・子どもたちが・・・あたしもだけどさぁ・・・。」
クレオさん母娘の表情が暗くなります。
それでおおよその見当がつきます。
それはしかたのないことなのです。
事情を知らない人からすれば、いえ、世間の在り方からしても、メルの姿は、子どもとは言え人族の仇敵なのですから。
「最近クレオが、その子は今でもフェルノウルさんのお側に仕えていると聞いて・・・でもあの時はただの怪物にしか思えなくて・・・悪いことをしました。」
クレオさんとお母さんは、そろってわたしに頭を下げたのです。
しかし、それはわたしにさげても困るというか、かといってメルを連れてきて直接、という訳にもいかないというか・・・。
「フェルノウルさんはまだ厨房ですし、クレオに館内をご案内させますね。」
そう言っていただいたので、わたしたちは広い館内をゆっくりと歩いていきます。
現在ここでは5歳から14歳までの子どもを30人ほど受け入れているそうです。
それでもエクサスやヘクストス周辺では孤児が後を絶たず、クレオさんのお母さんは叔父様に施設の拡充を相談しようと考えているとか。
そんな会話の間にも、走りまわる元気な男の子たち、いえ、元気な女の子も交じっています。
それでも中には元気のない子もいて、ところどころ一人でいる子どもを見かけます。
最近やってきた子・・・あの巨人災禍で親を失った子もいるのです。
「嬢ちゃん、パパは、時々子どもたちにおやつやおもちゃを持ってきてくれるんだ。でも・・・パパ、子どもが苦手で、それで、だいたいオレに手伝ってくれってお願いするんだよ。この日のパーティーは、パパが来なくても顔を出してるんだけど。」
叔父様は、子どもたちに文字の読み書きや絵の描き方を教えに来てるんだそうです。
でも子どもたちの多くは、それよりもお菓子やおもちゃに夢中。
しかもちゃんと話を聞いてくれない・・・まぁそうでしょうけど。
学園での授業を毎週やって、ようやく最近は「まぁまぁ」の水準です・・・リトやシャルノたちにはかなり高評価ですけど。
「クレオ、そう言えば、そいつ、誰だよ?」
「クレオ姉の知り合いなんだよね。でも、ここエクサスに女のはいれる学校ってないし?」
歩いてるわたしとクレオさんを見かけた子どもたちが近寄ってきます。
さっき門でわたしたちを取り囲んだ子ども・・・あ、ダン少年とアンヌ少女!
思わず後ずさります。
さすがにクレオさんの前では「黒い恋人」扱いはされませんけど。
そこに、さらにやってきた女の子二人。
この子たちはわたしとそんなに変わらない年頃に見えます。
卒園間近の子なんでしょう。
二人とも金髪ですけど、一人は髪の色同様に明るい表情で、身長も高く、積極的にわたしに話しかけてきます。
もう一人は淡い色の金髪で、小柄な子です。透明感のある肌にソバカスが浮いています。
でもとっても繊細な顔立ちなんです。
「クレオさん、その方の制服、どっかで見たことあるんだけど・・・あ、ホラホラ、ヘクストスガゼットの!」
ぎくっ!
それはクレオさんも執筆してる新聞の名前なんです!
「ホント。エス女魔のイラストそっくり。」
年長の少女二人の発言に驚くダン少年とアンヌ少女。
「お前、あの巨人殺しの学校の生徒か!?」
「ウソ!じゃあ、あんた、邪巨人と戦った魔法兵なんだ!?」
それはわたしにとって必ずしも褒め言葉ではないのです。
ヘクストスの市街で時々投げかけられる好奇の視線と、「閣下」とか「突撃娘」っていう冷やかしの声を思い起こすんです。
もう脱兎の如く逃げ出すわたしです!
無許可で「俊足」を唱えたいくらいです。
そんなわたしにちゃんとついてきてくれるクレオさん。
「クレオさん、これは筆禍です!責任とってください!」
「いいじゃないか、ウソじゃないんだから。何で逃げるんだい?」
「巨人殺しなんて、まっぴらです!だいたいなんで子どもたちまで新聞読んでるんですか?」
「これもパパの教育の成果だよ!・・・ホラ!」
クレオさんが指さす先には、壁一面にはられた新聞が!
「こんなところにまで新聞を拡大して掲示しないで!」
子どもの教育に必要なことだとは理解してますけど、それでも不本意なんです!
あの記事の書きようは!
「こら、二人とも。廊下を走らない。」
走ってる途中でわたしたちに投げかけられた注意は叔父様の声です。
「叔父様!・・・すみません。もう終わったのですか?」
「今できる分は。後はA班、B班がもどってきてから。で、そろそろ来たみたいだ。」
「B班、デニス・スクルディル、リルル、レンネル・リシャイロスの3名、ただ今着到いたしました!」
意気軒昂に敬礼するデニーです。
やせた体格なのに一人だけ大きな似物を背負っているのは、クジビキで負けて荷物係になったとか。
三人とも力はないんですから、分担すればいいのに。
「しましたしました!あたいたちがイッチバ~ンだね!」
跳ねるような勢いで、一番宣言するのはリルルです。
例によって無邪気な顔に似合わない凶悪な兵器・・・ム・・・も弾んでます。
わたしにとって、あの破壊力は驚異で脅威。
「アン・・・フェルノウル教官殿、レンたち、とっても楽しかったの。」
引っ込み思案のレンが叔父様のすぐ前に駆け寄ります。
珍しい・・・それほど楽しかったのでしょうし、叔父様への遠慮が以前にもまして薄れているのでしょう。
そろそろ危険かも。
3人は生まれも育ちもヘクストスですが、大都市生まれだけあって逆に周辺の村落に出かけたことはないのです。
それに軍から受給されているにもかかわらず苦学している身。
お小遣いまでもらって自由行動なんて初めてだったのでしょう。
みんなとってもいい笑顔です。
それでも、お金はちゃんと残して叔父様に返そうとしています。
意外にしっかりしてます。
「ああ、それは取っておきたまえ。今度自分の好きなモノを買うといい。」
そう聞いてまた喜び、お礼を言うデニーたちです。
そんな様子をみる叔父様もうれしそう。
「楽しんでくれて何よりだ・・・しかし意外だな。」
「意外ですね。」
叔父様のお言葉を繰り返すだけの、芸のないわたしです。
でも、しっかり者のシャルノや冷静なリトがいるA班より、暴走しがちなこの3人が先に到着なんて、やはり想定外なんです。
エミルがなにかやらかしたんでしょうか?
「A班、シャゼリエルノス・デ・テラシルシーフェレッソ、エミリウル・アドテクノ、リーデルン・アスキスの3名、ただ今到着です!」
B班より遅れることたっぷり一時間。
冬至の日の夕日はとっくに沈み、辺りは暗くなって、叔父様が「心配だから探しに行くよ」と言い始めたころです。
ようやくシャルノたちが「豆の木の館」にやって来ました。
しかし、遅れて来たわりにはシャルノもエミルもなんだか、おかしいんです。
いつになくテンションが高くて、目がちょっとコワいんです。
「わたくし、こんな体験初めてでしたので、少しはしゃぎ過ぎてしまいましたわ!」
なぜか両手に一杯の駄菓子をかかえる伯爵令嬢。
その頬っぺたには食べかすがのこっています。
「うちもや。こんなん、ヘクストスじゃなかなかできへんで。」
負けじと布袋を掲げる大商会のお嬢様。
その中身は、カップにペンだて、古着などの日用雑貨品だとか。
「・・・・・・ふう。」
疲れ切ってため息をつくリトの反応が唯一まともな気がします。
でも、目に隈ができてるよう見えるのは気のせいでしょうか?
シャルノはなにしろ身分が身分。
お小遣いを持って買い物なんてヘクストスでは到底できなくて、その挙句に、日ごろ許されない庶民の食べモノを食べあさるという経験に夢中になったとか。
この子、男性の趣味と言い、意外に「ポンコツ属性」なのかもしれません。
一方エミルは、ヘクストスでは買い物の度に値引きさせ過ぎて警戒されていたので、顔を知られていないエクサスでの価格交渉が楽しくて仕方なかったとか。
それにしても、あんなに買う必要はないでしょうに。
カップやペンだてなんか、絶対もう持ってるし。
そんな二人をなんとかここまで連れて来たリトの苦労がしのばれます。
「やれやれ・・・ま、怪我やトラブルじゃなくて何よりだよ。」
「叔父様、甘すぎです。これがイスオルン主任なら懲罰必定です!」
わたしは女の子には甘すぎる叔父様の分まで怒ってみせます。
なのに
「それ、今日真っ先に学園抜け出したクラリスが言いますか?」
ぐっさし、です・・・デニーの裏切り者。
「いやあ、なかなかみんな病んでるね。」
「「ク、クレオさん!?」」
ヘクストス・ガゼットが誇る女性初にして敏腕記者クレオさんの女装姿・・・いえいえ、スカート姿での登場にみんなびっくりです。
そう言えば、デニーたちがやって来た時も、お顔は出してなかったのです。
さてはタイミングを計っていたのですね。
「アンティパパが、後で生徒たちが来るって言ってたけど、おなじみのメンバーで、話しやすくて助かるよ。早速取材させてもらおうかな。」
どこからか、ペンとメモを取り出し、もう「仕事もぉど」なんです。
さすがは職業婦人、抜け目がないのです。
しかし・・・そのシャルノたちの様子が急におかしいんです。いえ、デニーたちも?
「・・・何かあるんですか?」
と聞こうとしたわたしにかぶる、男性にしては甲高い声・・・。
そしてそちらを見るとナゾの一団が並んで敬礼してるではありませんか?
・・・いえ、うす暗闇に慣れた目で見れば、ナゾでは決してなかった
「おじさん、セイン・エクスェイル他、生徒15名、無事到着しました!」
「一部生徒だけの社会見学なんか不公平だからね。ボクたちも自主参加さ。もちろん許可はもらったよ。」
エクスェイル教官!?
しかもヒルデアを先頭に、ジーナやアルユン、ファラファラ・・・ミュシファにソニエラにジェフィまで、全員ニヤニヤ笑って、特にジェフィなんかわたしを嘲笑してるんです。
さらにそれだけならまだしも、それにまぎれてエリザさんに扮したレリューシア王女殿下が!
殿下は叔父様の善行を知ってかお顔の前で両手をくんでいらっしゃいます。
おそらくは「なんて、〇〇なお方」とでも、おつぶやきになっているのでしょう。
まさかの全エス女魔生徒全員参加!?
その光景に呆気にとられるわたしと叔父様。
わたしたちだけが知らされてなかったようです。
「へえ、天下に名だたるエスターセル女子魔法学園全生徒がここに訪問!?パパ、何の騒ぎ何だい?しかもバカ兄貴が何しに来たやら?」
全生徒と言ってもたかだか22名ですけど。
「すまない、僕も何が何やら・・・とりあえずセイン、いい加減におじさんは止めろ。で、どういうことなんだ、これは?」
「あ、フェルノウル教官、これは・・・そのボクの計画ではなくて・・・その・・・あの・・・」
「わけが分からないな。キミの仕業じゃない?じゃあ誰の・・・」
いつも人を混乱させる人がめずらしく混乱し来ています。
そんな中、暗闇にまぎれて不審な影が一団の影から飛び出すのです。
でも・・・なんでしょう、その、妙な頭巾に着ぶくれた格好は?
まるで歩く雪だるま?
しかし、その雪だるまは、叔父様の前で立ち止まります。
「ご主人様・・・ぐすっ・・・お許しください。ですが・・・ですが・・・ひっく・・・」
・・・なるほど、です。
この子はこの子で必死だったのでしょう。
最終的に社会見学の引率はこの二人になったのは自然というより必然ではあったのです。
それでも叔父様の意志に反して・・・必ずしもそうでもないのでけれど・・・ここに来たことを怯え謝罪するメルです。
叔父様はそんなメルを叱るはずもありません。
それどころか優しく抱き寄せ、自らメルを放置して追いつめたことを謝罪するのです。
「ああ・・・ゴメンね・・・しかもこんな変装までしてここに来るなんて・・・。」
叔父様がいなければ、不安で仕方のないこの子は、その行方を突き止めるや、あらゆる手段を行使して、ここにやってきたのです。
彼女にとって、ここは決して居心地のいい場所ではなく、またそのために多くの生徒や教官と巻き込んだとしてもそこに選択の余地はなかったのです。
隠れた犬の耳や尻尾は、おそらく今喜びで震えているのでしょう。
叔父様がその体を抱きしめ頭を撫でるたび、その口からかすかに甘い「くぅん♡」という鳴き声がもれるのです。
「ああ・・・しかし、このままじゃ子どもたちにばれそうだし、ばれると面倒だし・・・。」
確かに、さっきの話だとそうなる可能性が高いのです。
遺憾ながらわたしもつい心配してしまうんです。
でもすぐに叔父様の妙に明るい声がします。
「なるほど・・・ファラファラくん、それにクラリス、クンにリルルくん・・・手伝ってもらおうか?当然セイン、キミにも責任をとってもらうぞ。」
そこで真っ先になんでファラファラの名が挙がったのか・・・それに気づけなかった自分を、わたしは大いに悔やむことになるんです。
「さて、みんなにも、社会見学としていろいろ手伝ってもらうよ、まずは奉仕活動。パーティーはその後だ。」
「「はい、教官殿!」」「「っ!」」
それでもこの時は何も気づかず、転入生二人以外は息のそろった敬礼を返すのです。
館内でも一番広い食堂が、パーティーの会場です。
館長の許可を得るや、ガクエンサイでも装飾で腕を振るったリルたちは、早速イラストや飾り付けの製作に入るのです。
それ以外の生徒もリル達の手伝いをしたり、子どもたちを一緒に遊んだりしています。
意外なのはジーナ。
その長身と怪力から、子どもを抱きかかえて空中に放り投げてはキャッチして、その大技が大人気。
「すげええ!さすが巨人殺しのでっかい姉ちゃん!」
「がはははは。そうだろ!」
本人の豪快な性格も子ども相手には向いているようです。
ヒルデアは、女の子たちになぜか人気で囲まれてます。
「巨人と戦った勇敢な魔術士なのに、お姿はすてきな騎士様みたいです。」
「ホント。同じ女なのにドキドキします!」
さっきわたしに話しかけて来た年長の女の子たちも、なんだかうっとりした目で眺めてます。
ちょっとアブナイ世界。
デニーは常時持参している絵本を年少組に読み聞かせています。
あの「メガネの魔術師は探偵さん」・・・叔父様が黒歴史とお呼びの。
ですが、デニーにとっては人生を変えた一冊なんです。
あの子は読むのもとっても上手で、これも地味ながら人気です。
他の年少の子はリルのイラストやアルユンの飾りつけを見て驚いてます。
何人かは真似しようとし、失敗しては、アルユンに「そうじゃない!」って怒られてますけど。
エミルも子ども相手は得意そう。
飾らない明るい笑顔が引き付けるのでしょう。
彼女はエリザさんをつれて、子どもたちの様子を見て回っています。
エリザさんも戸惑いながらも楽しそうで、シャルノはそのお目付け役・・・大丈夫とは思いますけど、その正体を知ってる彼女がいれば安心です。
一方、わたしやリトなんかは・・・かなり子どもに敬遠されてます。
いえ、わたしに至ってはもはや警戒のレベル。
なにしろ家事適性が皆無に近いうえに、さっきの「黒い恋人」の一件が広まってるんです。
それでも勇気を出して手伝おうとすれば、子どもたちの邪魔ってリルやアルユンに追い出され、ユイみたいに料理なんかはできるはずもなく・・・なんとなく壁の花って気分で、食堂の片隅を占拠してます。
内気なレンやミュシファも子どもたちから逃げてわたしたちの側にいます。
気がつくとジェフィまで。
「おやおや、こんなところでお会いするとは。『戦隊長閣下』も子ども相手には苦戦しはるんですなぁ?」
「あなたこそ。まぁ、子どもには好かれそうにないですね。その陰険さは子どもにも伝わるのです。」
「それはお互い様でしょうに。あんたの蛮勇は隣町にも轟いていなはります。」
にらみあうわたしとジェフィです。
「・・・二人とも、そんなだから子どもたちが逃げてくってレンは思うの。」
「ん。」
「みんな、仲良くするんですぅ~。」
まぁ、二人とも場違いな気分の八つ当たりなのはわかっているのです。
もっとも一番場違いな人はこの場にもいませんけど・・・え?
なんです、リルにファラファラまで?
「クラリスクラリス、あたいらも行くよ。」
「そろそろ準備するの~♡」
なんだか二人とも楽しそうですけど、準備ってなんでしょう?
不備をかしげながらも、二人につれられて向かった一室にいたのは・・・とってもいい笑顔を浮かべた叔父様だったのです。
・・・・・・準備とやらが終わり会場である食堂に戻ると、もう始まる所でした。
エクスェイル教官始め、生徒一同が待ってます。
あわててリルやファラファラと一緒にみんなの列へ加わります。
「今日は、毎年冬至の日に行うパーティーです。冬至は一年で一番お日様が空にいる時間が短い日です。寒くて暗い、そんな苦しさの象徴かもしれません。でも、そんな今日を乗り越えることで、お日様は、明日からまた明るく、暖かく、希望に向かって歩き出す、そんな意味のある日って考えることもできるんです。そんな思いで始まったこのパーティーに、エスターセル女子魔法学園のみなさんがお客様としてやってきてくれました。本当にありがとうございます。」
館長のクレオさんのお母さんがわたしたちを紹介してくださると、会場にいる子どもたちや働く女性たちが一斉に拍手してくれます。
それに対し、ヒルデアが生徒代表としてあいさつし、その号令で全員「敬礼」で答えると、さらに大歓声です。
わたしなんかは、こういうのは恥ずかしいんですけど。
それに・・・
「うん。ホントはバカ兄貴とかじゃなくて、アンティパパが始めてくれたことなんだよ。だからオレなんかもパパにちゃんとあそこに立ってほしいって思うし、子どもたちにもちゃんとパパのことわかってほしい。でも・・・何より本人が嫌がって。」
乾杯の後、こっそりわたしに本心を教えてくれるクレオさんです。
もともと評判が悪い叔父様に、子どもたちがいい印象を持たないのはしかたないし、更に感謝とかを強要するのもさせるのも大嫌いな叔父様です。
みんなの前に出てお礼を言われるのも、ムリヤリ言わせたりするのもゼッタイ嫌がるに決まってます。
それでも・・・ホントはあの人のことをきちんと評価してほしいって思うんです。
だからって、こんな和やかなムードの中で言い出す気にはなれませんけど。
みんなも子どもたちも笑顔で油で揚げた鶏肉やじゃがいも、パンにシチュー、そういう料理に夢中です。
わたしたち生徒はワインくらいは許可されてます。
それでもお茶やヨーグルトドリンクが好きな子はそちらを選んでます。
さすがに10歳以下の年少の子は飲酒は禁止。
それなのに、あそこでワインを飲もうとして叱られてるのはダン少年です。
それを指さして隣の子と笑顔になってるのはアンヌ少女。
さっきの大人びたドライな顔がウソみたい。
そんな中・・・え?
そろそろ出番?
やはりやるんですか。
わたし、なんだか気が進まないまないのです。
わたしたちが再び準備に入る間、ソニエラたちが即興で劇をしてます。
また敵役で出ろとか言われないのは幸いですけど。
劇中歌はミュシファが大慌てでこしらえてましたし、背景画はとっくにリルたちが描いちゃって、みんなすごい芸達者です。
そして劇の最後。
その年いい子にしてたみんなに、空から魔法使いのおじいさんがやってきて、プレゼントを配る場面・・・。
「用意は言いかい。合図したら食堂の大窓をリーデルンくんたちが開けてくれることになってるから、タイミングを間違えないでね。」
「おじさん・・・ホントに魔法使い役、ボクでいいんですか。」
「キミはまたおじさんって・・・ああ、もういいから、とにかくキミに頼んでるんだよ。」
エクスェイル教官は、赤いコートを着ています。
ですが、コートの袖口や服の淵、端々に白い布を縫い付けて、赤と白のコントラストですごく目立ちます。
あごには長くて真っ白なオヒゲも。
頭にはこれまた赤い三角帽子で、その先っちょには大きく白い毛玉・・・なんだか不思議な魔法使いです。
いえ、不思議だから魔法使いというべきなのでしょうか。
「キミたちも・・・いいね、頼んだよ。」
「はい、ご主人様!メルはお言いつけ通り、頑張るのです」
「ファラも~♡この格好すごくかわいいの~♡」
「うんうん。あたいもそう思う。クラリスも似合ってるからそんな不安そうな顔やめようよ。」
「・・・だって・・・なんでこんな格好なんてするんですか?叔父様・・・だいたいこの鹿さん、変じゃありませんか?わたしたち女子なのに角があるなんて。」
「いいんだよ、この馴鹿・・・トナカイって鹿は、鹿種の中じゃ唯一メスでも角があるんだから。」
「でも、なんで魔法使いなのに、鹿さんに空飛ぶソリをひかせてるんですか!」
自力で「飛行」術式で飛べばいいでしょうに。
「そういう設定なんだよ。いい子だから頼むよ、クラリス。」
だって、なんでわたしたち、鹿の「こすちゅうむぷれい」なんかしなきゃならないんでしょうか?
こんな上下茶色い服を着て、一応体の線は、胸や腰のあたりが毛皮っぽくモッサリした装飾が施されて目立ちませんけど・・・それになぜか動物の耳と大きな角がついたこの帽子に、極めつけはテラテラ光る真っ赤なお鼻。
「叔父様、こんな光るお鼻の鹿さんなんて、いえ、動物なんていません。あんこうさんでもありませんし。」
もう、最後まで抵抗をつづけるわたしを、メルにファラファラ、リルまでがヤレヤレって視線を送ってきます。
これ、わたしが大人げないんですか、困ったチャンなんでしょうか?
なんだか理不尽なんです。
「いいかい、このトナカイは一種の魔法生物なんだ。この物語の魔法使いは一晩で世界中を飛び回り、全てのいい子にプレゼントを配るっていう『トンデモ設定』だけど、それは実は魔法使いがすごいんじゃなくて、この鹿の特殊能力のおかげなんだよ。」
ええ!?
それではソリで空を飛ぶのも、そんなすさまじい高速移動大量輸送を実現したのも、この「トナカイ」さんの力なんですか!
「叔父様、トナカイさんってすごいです、なんで十二神将に入れないんですか?酉さんなんかよりよっぽどすごいのに。」
「クラリス様、そこでヤツガレを誹謗するのはおやめくだされ。」
そんな酉さんの反応はスルーしますけど、ようやく納得したわたしです。
そんな偉大な魔法生物なら「こすちゅうむぷれい」もやむなしです。
これは「りすぺくと」なのです。
キラって光る夜空の星。そんなイメージの合図です。
食堂の大窓が開かれると、メルが唱えた「浮揚」の術式で、ソリごと飛んでいくわたしたちです。
ソリ・・・急ごしらえの紙製品ですけど・・・とそれに乗ってる「三択ロース」という魔法使いを曳くのはメルとファラファラとリルとわたしが扮する4頭の魔法生物トナカイさんです。
ホントは八頭いるそうですけど、そこまではムリ。
でも、三択のロースですか・・・食べたお肉の種類を聞かれるクイズを出題しそうなお名前です。
ですがロースと言っても、肩ロースとリブロースと・・・あとはわたしには浮かばないのです。
所詮は一介の市民の娘。そんなにお肉には詳しくないのです。
「クラリス~、それ、違うと思うの~♡」
「そうそう。きっと牛ロース、豚ロース、羊ロースだよ。」
「リル~、それもきっと違うと思うの~♡」
小声でそんなことをつぶやきながら、大歓声の中わたしたちは食堂で、子どもたちにケーキとおもちゃを配るんです。
ケーキは叔父様が焼いたもの。
生クリームとイチゴでデコレーションしたスポンジケーキは大人気です。
「ねえねえ、悪い子はいない?いたらこの角で突いちゃうぞぉ。」
リルのその掛け声はなんだか違う気がするのです。
それでも、わたしたちがケーキやおもちゃを配ると、子どもたちは笑顔でお礼を言ってくれます。
どうせ子どもなんて、現金なんです、利害に敏感なんです、目の前のモノしか見えないんです!
でも・・・だからこそ、この笑顔には裏表が感じられないんです。
「セイン、その恰好、似合わないよ」
「いつものセイン兄さんが一番格好いいです。」
エクスェイル教官は、さすがに顔見知りなだけあって大人気。
白いオヒゲを引っ張られながら笑顔を絶やさない紳士ぶりです。
ですが、今はわたしたちにだって笑顔の子どもたちがやってきます。
「おねえちゃん、巨人殺しのくせに意外にかわいげあるぜ。」
「近寄ったら食べられちゃうかと思ってた。」
・・・少し不本意ですが、誤解が解けたのはなによりです。
そして・・・メルにも「ありがとう」「いただきます」って声が自然にかけられているのです。
わたしたちと違い、自前の耳があるメルの帽子は、彼女用に耳を隠すスキマがあって、耳のポケットみたいな感じです。
さらにその上に鹿さんの耳がついているという手の込みよう。
犬の尻尾も腰のフサフサでうまく偽装されています。
鹿さんの小さな尻尾がおしりにちょこんとついているのはわたしたちも一緒ですけど。
こんな格好だから、おそらく子どもたちは、メルのことに気づいていない。
かつて自分たちが恐れ迫害した相手ということに。
今のメルはおそらくわたしたちと同じエス女魔の人。自分たちに優しくしてくれるいい人。
そう思っているから自然に笑えるんです。
それはメルにだってわかってるはず。
それでも・・・あの子はお礼を言われる度に、笑顔を向けられる度に、微笑みを返すのです。
あの子のあんな子どもらしい自然な笑顔・・・わたしにもろくに向けたことないのに。
少なくても今日一日は、あの子と子どもたちは、敵ではない。
お互いに優しい気持ちを持てる存在なんです。
わたしは、この奇跡の時間が今だけでなければいいって思うんです。
もしもメルが半獣人としての姿を見せてしまっても、この笑顔が失わなければいいのにって。
そして、そんな光景を遠くから見ている叔父様。
なんだか満足そうに微笑んで。
どこから仕組んでいたんでしょうか、あの人?
叔父様もあんな遠くにいないで一緒にプレゼントを配ればいいのに。
そうすればもう少し子どもたちだって・・・。
「あ、お前、さっきの・・・黒い変人の恋人だろ。」
わたしから騎士の人形セットを受け取った少年ダンは、一瞬カオをこわばらせるのです。
そしてわたしに挑むようにまっすぐ見つめてこのセリフ。
まったく。
そのセリフの末尾だけなら大歓迎なんですけど。
やはり子どもにわかってもらうのは難しいのです。
いえ、その子どもたちの感情はきっと大人たちが植え付けたモノなんでしょうけど、それでも叔父様を悪く言われると不愉快なことに変りはないのです。
「お前、あの変人のどこがいいんだよ。あんなヤツに惚れてもいいことないぞ・・・せっかくそんなかわいいんだから、もっと別の男を見つけた方がいいんじゃないか?」
・・・おそらくは見た目どおりの10歳児に、わたしは何を言われてるんでしょう?
この格好でもかわいいと褒められて喜ぶべきか、アドバイスにお礼を言うべきか?
いえ、そんな気持ちにはなれません。
でもムキになって怒るのもさすがに大人として・・・どうしましょう?
一瞬迷った挙句、とりあえずの、あいまいな笑顔でごまかすわたしです。
「ダン、あんた、年上趣味なんだ・・・へえ・・・賞味期限が切れたのをごまかすために、そんな痛い格好してる加工品が好みなんて・・・特殊な趣味してるわね。」
ぐっさぁ!
わたし、まだ15歳で大人になって一年目なのに!
普段はあの人と釣り合い取りたくて、「より大人らしく」を目指しているのですが、こんな言われようはさすがにショックです。
アンヌ少女はさっきはわたしたちの味方っぽかったのに、一転してこの変わりよう!?
わたしだって好きでこんな格好してるわけではないのに!
「あら~♡二人ともオマセさんなの~♡クラリスは痴話げんかに巻き込まれただけなんだから気にしちゃダメなの~♡」
そういうファラファラの笑顔を向けられると、にらみ合っていたダン少年もアンヌ少女も真っ赤になって、別々の方向にあわてて走り去っていくのです。
「子どもの言うことで一喜一憂するのは、まだまだ同じレベルってことなの~♡」
それは不本意ながら、わたしも叔父様もきっと該当するのでしょう・・・ファラファラの一言は概ね真実を言い当てるのです。
「だいたい、こんなかわいい『こすちゅうむぷれい』姿を理解できない、センス悪い子どもの言うことなんて気にしちゃダメなの~♡ファラは明日の学園にもこの姿で登校したいの~♡うう~ん、いっそ学園の制服がこれになればいいって思うの~♡」
・・・ですが、そのセンスも言動も、常人には理解しがたいことに変りはないのです。
結局ファラファラは、この魔法生物トナカイに扮した服を叔父様にねだり、家に持ち帰ることに成功するのです。
そして彼女の変装用クローゼットの中身がまた増えたのを見つけ、同室のレンが頭を抱えるのは後日のことなのです。
その後も「豆の木の館」のパーティーは続きます。
最後までみんな楽しく過ごしていました。
エリザさんは、身分を隠して子どもたちと接するのは初めてで、おっかなびっくりながらも笑顔を絶やさないのです。
側にいるシャルノとヒルデアの気苦労はしのばれますけれど。
ミュシファなんか半ば泣き顔。
ジェフィは・・・デニーが一緒にいました。
それなりにやってるみたい・・・今、ジェフィがケーキにかぶりつきました・・・その無防備な姿を見て近くにいた子どもたちが指さして笑ってます。
なんと、つられたジェフィもうっかりあの細い目を開いて笑顔になります。
「なにせ、ケーキなんてめったに食べられまへんでしたし・・・」
酉さんの仕業でしょうか、そんなつぶやきがわたしに聞こえます。
没落貴族の彼女も、幸せな子供時代には程遠かったみたいです。
でも今は、とってもいい笑顔・・・。
「クラリス?」
「・・・なにを考えてるの?」
リトとレンが左右からわたしを見上げています。
「・・・いいえ。ただ、みんな今日は特に楽しそうだなって。」
そして、この光景をつくったのが、今朝失踪したはずの叔父様なんです。
今日は、わたしが知らなかったもう一人の叔父様のことを知った日で、前世で叔父様がお亡くなりになった日で、でも当の叔父様が今は、遠くでちょっと笑ってる・・・そんな不思議な日なんです。




