第17章 その2 鎮魂の日
その2 鎮魂の日
それほど大きい町ではないとはいえ、一万人が住むエクサスでも西のはずれともなれば子どもの足では遠いはず。
そこに、4歳から叔父様が失踪する秘密があります。
いえ、秘密はもうおばあちゃんが教えてくれていたんです。
おばあちゃんは、一度だけ、この日に叔父様を見つけたことがあったそうです。
それは叔父様が5歳の時。
おじいちゃんやとうさんなんか一年前の失踪なんてすっかり忘れてたけど、おばあちゃんは「もしかして」って思って、その日叔父様をつけていたそうです・・・さすがです。
「でも、あの子、何も話してくれなくてね・・・必ず戻るから今日だけは独りにしてって必死で頼むから、ついにはわたしが根負けして。でもあの子がなぜか知っちゃったんだって、確信しちゃったの。だから・・・行くならあなたも覚悟がいるのよ。」
そこは、町の共同墓地。
その一画には物心つく前に亡くなった子どもたちを弔う石碑があるのです。
魔術が発達したわたしたちの王国でも、幼い子どもの死亡率は低くはありません。
とりわけ豊かでもない市民なら、なおのこと。
毎年大勢の子どもが病気や事故で死んでいきます。
ですから、5歳以前になくなった子どもたちには、一人一人を葬るお墓をつくらないのです。
遺骨の一部は親が持つこともありますが、遺体は川に流します。
おばあちゃんも、亡くなった子の遺骨を密かに隠し持っていました・・・。
そして、わたしが探す人は予想通りそこにいたのです。
独り。
薄暗い冬の空の下、冷たい風が吹く中、コートもマントも着ずに、教官の白ネクタイもつけず、眼鏡も外し・・・あとはいつもの黒のシャツとスラックス姿。
そして、その背中は、まるで見る者をこばんでいるかのよう。
そこは、墓地の中でも本当の外れ。
墓地そのものは木々に囲まれているのですが、この辺りには木々もなく、枯れた草が辺りを覆っています。
そしてぽつりと置かれた灰色の石。
よく見なければ、それだってただの石にしか見えないでしょう。
ここはあくまで墓地の中のオマケの場所なのです。
実の親たちだって、ここに来ることはほとんどない。
その石碑の前に無言のまま立ち尽くす叔父様。
一体何をお考えになっているのでしょうか?
そして・・・わたしはこの光景を見て・・・どうすればいいのでしょうか?
叔父様が心配で、叔父様を探して、叔父様を見つけて・・・それから?
何を話して、そして一緒に帰ればいいんでしょうか?
いざとなると怖気づいて考えがまとまらないのです。
何よりも、声をかけるどころか近寄る勇気すらでてきません。
それほど、今の叔父様は、全てを拒否している、そんな気がするのです。
その場に張り詰めた空気は、まるで透明な氷の壁のように感じられるのです。
そのまま、どのくらい遠くで叔父様を見守っていたことでしょう・・・。
「くしゅん!」
わたしのバカ!
コートを着てるとは言え、風の強い中ずっと立っていたせいで体が冷えていました。
慌てて身を隠そうにも、周囲には樹木どころか丈の長い草すら生えてないのです。
結局右往左往して立ち尽くすだけで。
でも、叔父様は身じろぎ一つしていません。
わたしよりずっと薄着で、わたしよりも長くここにいたはずなのにクシャミ一つ、見じろぎ一つしない・・・
いえ、何よりもわたしのクシャミを聞いても無反応。
すると、たった今まで自分がくしゃみをしたことを悔やんでいたのに、急にわたしに気づかない叔父様が腹ただしくなってきたのです。
ワガママって自覚はあります。
でも・・・叔父様がわたしに気づかないなんて、ありえないんです。
それはあのエスターセル湖の主が、忠誠を誓った精霊の女王に気づかないくらいありえない!
そんな憤りが、わたしを駆り立てるんです。
もうそれからはわざとらしく、「くしゅん、くしゅん」ってくしゃみを連発し、「ゲホンゲホン」って大きなセキをして・・・もう依怙地になったわたしです。
叔父様が振り向くまでやめないつもりで、本当に喉がいたくなるまでそんなバカなことを続けて・・・。
そしてようやく叔父様が振り向いた時はうれしくて駆け寄ります。
これなら最初から近くに行った方がよかったって思いましたけど。
ですが振り向いた叔父様が。
わたしには、そのお姿がなぜか別の人に見えたのです。
そして、その人がわたしを見る目・・・かつてこんな冷たい目で叔父様に見つめられたことはないのです。
そこでわたしは立ち止まって・・・そのまま。
叔父様のはずの人は、またわたしから目を離し、もとの姿勢に戻ってしまうのです。
わたしもその場に凍りついたまま。
これでは冬の湖の精霊によって氷漬けにされた愚か者です。
一人世界から隔絶されて、差し伸べた手は、誰にも、一番取ってほしい人に、一番近くにいる人に、とってもらえないまま立ち尽くすだけ。
再びどのくらいたったでしょう。
わたしにとって、こんなに孤独を感じた時間は初めてでした。
いつしかわたしの前には3つの影が立っています。
影はぼんやり光ってるようで、それでいて黒くて・・・辺りの暗闇に溶け込むようで浮かび上がるようで。
え?
そうです。
いつの間にかわたしの周りは暗闇に包まれています。
そして影の一つがわたしにゆっくりと近づくのです。
一番小さい影。不思議なことになんだか懐かしいにおいを感じます。
そのままその影はわたしの周りをグルグル回って、なんだかあいさつされてるみたい。
「初めまして・・・わたしはクラリス・フェルニウルと言います。あなたはどなたですか?」
その小さな影は、わたしの両掌の上に乗るくらいの大きさ。
それがわたしの顔の前まで来て、数秒そのまま浮かんで。
なんだか人懐っこいなって思っちゃいます。
そう思ったら・・・フッと一瞬強く輝いて・・・はじけて消えてしまいました。
まるでシャボン玉のように。
わたしはしばらくの間、言葉にでき得ない、敢えて言えば寂寥感のような感覚に包まれてしまいます・・・。
しばらく後。
続いて、別な影が近づきます。
この影も見覚えがあるのです・・・なぜでしょうか?
その影はゆっくりと人の姿を取ります。
でも、輪郭はまだ不鮮明で・・・そのまま立ち止まります。
そしてプイ、と去っていき、ある程度の距離で居座るんです。
なんですか、この面倒くさそうな動き・・・見覚えがありそうで、ないんです。
なんだか、これも口には出しがたい感覚です。
やはり懐かしい、でも全然知らない、相反する感情が沸き上がり混乱します。
さらにしばらく後。
もう一つの影がやってきます。
ぴょんぴょん跳ねるようなうれしそうな動きです。
・・・何なんです、この気安い動作は?
ですが、その影は見る見る人型になるんです。
そしてわたしに接近・・・と見るや減速。
今度は恐る恐る、という感じで、一進一退・・・いえ、わずかに進んでいる気がします。
「三歩進んで二歩下がる」というところでしょうか?
なんだかイライラします。
ようやく、わたしの目の前まで来て、今度は「一歩進んで二歩下がる」的に手を前に出したりすぐ引っ込めたり、とてもじれったい!
わたしは、なんの迷いもなく、その手を取るんです。
あわてて手を引っ込めようとするその手。
ですが・・・でも、そう・・・ですが、わたしはその手を離してはならないんです。
もしもこの手を離したら、この人はもう二度と・・・。
はっ!
見渡せば、まだお昼過ぎで、見上げれば薄暗かった冬の空がいつの間に晴れていて、透き通るような透明な青空です。
もちろんここはエクサスの共同墓地です。
その一画の、あの石碑の前。
そして・・・その前にいる、黒の上下に身を包んだ人。
わたしはゆっくりとその人に近づこうと・・・それなのに!
「くぅ~」って、わたしのお腹が!
静かな墓地に響き渡るその音の大きいこと!
もう恥ずかしくて死にそうです!
「ハズカシヌ」なんです!
でも・・・その人がまた振り向いてくださって・・・おそるおそる見つめ返すわたし。
すると、そんなわたしと目が合うや、あの冷たい目が見る見る和らいだのです。
それは凍り付いた湖の精霊が、春の精霊によって融かされ解放された、そんな感じです。
そこでわたしを見る人は・・・やはり叔父様です。
そして、いつもの叔父様です。
わたしの叔父様なんです!
わたしは安心して、その場に崩れちゃうんです。
「やれやれ・・・僕は今日くらいは孤高の男でいたかったんだけどね。だいたいこの辺りには僕の『隔離結界』があったはずなのに、キミにあっちゃ形無しだよ・・・。」
「隔離結界」。
叔父様が本格的に人から遠ざかりたいときは、いつもお部屋にこれを張り巡らせます。
わたしは「隔離結界」って呼んでますけど。
それでもわたしにだけは効果がなくて・・・今も叔父様はわたしをこばんでいない。
だから、さっきの冷たい目は別の人のモノだ、そう思うと急になんだか視界がぼやけて。
「どうしたんだい、クラリス?・・・ああ、また・・・泣かないでおくれよ、キミに泣かれちゃ、僕はホントにダメなんだ・・・ゴメン、ホントにゴメン・・・ダメだよ、寒くて震えてるんじゃないか?ホラ、これを着て。」
そして座り込んでいるわたしの手をひいて、どこから取り出したのか、教官の黒マントでわたしを包むのです。
わたしはそのマント越しに寒さに震えていた自分の体を抱きしめます。
そして「ありがとうございます、叔父様」って言おうとして・・・声が出ない!
何と言うことでしょう!
寒空の中、わざとらしくくしゃみやらせきやらを繰り返し過ぎたせいでしょうか、わたしは完全に喉を傷めてしまったのです!
「どうしたんだい?・・・僕と口をきいてくれないのかい?そんなに怒ったの?」
声も出せずに、しまいには自分のあまりものみっともなさで本気で泣き出したわたしに叔父様は一生懸命謝ってくれたのですが、そうではないのです。
わたしは自分が情けないんです。
それに、さっき一瞬だけとはいえ、叔父様に拒絶されたような、そんな不安が今はもうなくなって、安心して。
叔父様がわたしを心配してくださってるってうれしくて。
いろいろ入り混じって複雑なんです。
それなのに、わかってもらえなくて。
「キミは・・・大きくなっても、僕に対してだけはそうやってすぐに泣いて訴えて・・・まだ子どもだって安心すればいいのか、もう大人だろって言い聞かせればいいのか。」
子どもじゃありません。
そう訴えたいのですが、ろくに声が出ないうえにこの有様。
情けなくて言い訳すらできません。
「まったく・・・ほら、泣き止んで。僕のクラリス。いい子だから・・・だいたい学園で友達といる時のキミはとってもしっかりしてる優秀な生徒なのに、なんだって僕と二人きりになるとすぐに甘えんぼになったり泣き虫になったり、子どもに返っちゃうんだい?」
そう言いながら、やさしくわたしを抱きしめ、頭を撫でてくれる昔からの仕草。
思わず自分からも抱きつくわたし。
でも・・・「なんで?」。
そんなこともわからない残念過ぎるこの人です。
そんな人が、そんな人のままでうれしいって思うのは、わたしだって自分が不思議なんです。
何より、あんな冷たい目でわたしを見る叔父様なんて、絶対いちゃいけないって思うんです。
「あの・・・叔父様。」
叔父様に抱きつき、すっかり元気になった・・・と言いたいのですが声はまだ枯れちゃったままです。
叔父様はマントの中から「ポッド」を出してわたしにお茶をくださいます。
なんだか叔父様、「猫型」の方みたいです。
ブランデーをいれたアツいお茶は体を中から温め、外からは叔父様の体温がわたしを温めてくださいます。
そしてのどもお茶のおかげで少し戻ったみたい。
少し落ち着いたわたしは、叔父様に包まれたまま話しかけるのです。
「ここには・・・その・・・」
今日はうまく言葉がでないことばかりです。
でも叔父様もわたしがここに来たことで察してくださっていたのでしょう。
「ここは、僕と僕のお墓。」
そうお答えくださいました。
わたしの髪を撫でながら、そんな不思議な答えを。
すぐ近くでないと見つけられない、そんな小さな盛り土が石碑の側にありました。
「ここの石碑には、かあさんととうさんの、本当のアンティノウスが眠っている。町の他の子どもたちと一緒にね。だから、もう一人の僕のお墓って思うことにしてるんだ。」
そう話す叔父様です。
「そして、その隣にあるのが、4歳の僕がつくった、僕の・・・前世の僕の墓さ。今日は、元の世界の僕が命を絶った日。僕の命日なんだ。」
そう話す叔父様は、その衝撃的な内容とは裏腹に、とても穏やかなお声でした。
思わずお顔を見ようとして、それでもわたしはその時の叔父様のお顔をまっすぐ見る勇気はでず最後はうつむいてしまって。
それでも、話し続ける叔父様の声は、やはり不思議な感じで・・・そう、影のある明るさとでも言えばいいのでしょうか?
お話の内容からすればいつも通り過ぎるのにもかかわらず、どこか諦念、いえ、安らかさすら感じたのです。
「その日は・・・とても暑い日だったんだけど、どういうことかその夜、僕はすごい寒さで目覚めた。そして目覚めると同時に、夢が夢じゃなかったことがわかっていた。」
4歳の叔父様は、その晩、夢という形で全てを思い出してしまったそうです。
前世の記憶、そしてこの世界に生まれてからの出来事も。
「僕の魂は、この体のもので間違いはないみたいだ。突然転生した僕がのっとったとか、いろいろ可能性も探ったけど、この世界に生まれてからの・・・つまり本当の両親の顔も、あの日邪黒竜が襲ってきたことも全部覚えている・・・ヒトの記憶は、実は思いだせないだけで、生まれてから見聞したもの全て脳の中に保存されてるんだ。ただ表に出なくなっちゃうだけでね、なくなるわけじゃない。そして・・・僕の魂は、その瞬間を記憶していた。ただし・・・もとの世界の記憶も一緒に思いだしてしまった。」
記憶がもどっても、4歳という本来の年齢は変わらず、「見た目は子ども、中身は大人」にはならなかったとか。
確かに叔父様は、16歳のアントの姿ではわたしより年下に感じるくらい子どもっぽかったし、それを言えば今だって・・・
「ああ。二つの世界で生きた時間をたせば僕は結構な年齢のはずなんだけど・・・あんまり中身は変わらない。結局前世の記憶は記憶でくっついてきちゃったけど、転生した魂はこの体本来のもの。35年分、体と一緒に成長してるんだろうな。」
そんなに成長してない、というわたしの本音は隠しておきます。
「それでも、しばらく僕は混乱してね・・・それまではかあさんととうさんの本当の子供だと思ってたし、記憶が正しければ僕の実の両親は死んじゃったし、加えて前世の記憶までついてきた。それで、その日。そう、この世界と僕が元いた世界の暦は、表面上はだいたい同じ。とりあえず、同じ日付のこの日を前世の僕の命日にして、一回整理しよう・・・子どもながら懸命に考えてね。これをつくった。」
その小さな盛り土は、そう言わなければお墓とは気づかないと思います。
「毎年この日は、本来かあさんたちと暮らすはずだったかわいそうなアンティノウスと、罪を犯して自ら死んでしまった愚かな前世の僕、二人と話すことにしたんだ。」
死者と話す。
叔父様は降霊術が使えるわけではありません。
だから、それは・・・
「まぁ、そうだ。その気になってるだけさ。僕の、ただの気休め。一年のことを報告したり、世間話をしたり。だけど・・・この日は前世の僕が、僕に憑りついている、そんな気がするよ。だからけっこうぞっとする上に、ぞっとしなくてね。人は隔離結界で遠ざけてたんだ。」
それは怖い上に感心しない話・・・いえ、それ、ぎくり、なんです。
「叔父様・・・実はわたし、さっき叔父様が違う人に見えました。」
そして、あの冷たい目・・・まるでわたしを、いえ、世界を否定するような、すべてを拒絶する冷淡な・・・。
「僕の前世の・・・一番ひどい状態は・・・そんな感じかも。自分では頑張ってたつもりでも、認めてもらえない。こんなに我慢してるのに、だれもわかってくれない・・・次から次へとイヤなことが自分の所にやってきて、それでも頑張ってやっと成果が出たら、また転勤、部署移動・・・で、また一からやり直し。今にして思えば、そんなに向いてない仕事で苦労するんならやめちゃえばよかったのさ。ま、事情もあったし、わかるんだけど・・・他人事になって見れば、自分だけがかわいそうな気になって、周りが全部自分を追い詰めてるように感じて・・・その挙句、自分を甘やかして道を踏み外して。まるでバカだね。ま、さっきまで確かに僕はそんな前世の僕になってたみたいだから、余計に今は腹ただしい・・・そんな自分だから、この日は誰にも会いたくないんだ。」
「でも・・・今は大丈夫なんですか?」
「ああ。今年はなんだかすぐに離れていったよ。きっとキミのおかげさ。そう言えば、この日にキミに会うのは初めてなんだな。」
その、いつもよりほんの少しだけ強くわたしを抱きしめる叔父様の腕が、とてもうれしく感じます。
「そんな・・・叔父様・・・わたしなんて。」
そう言いながら、実は口元がニマニマしてるわたしです。
そのまま体を更に叔父様に押し付けて、ささやかな攻撃力をアピールです。
なのに
「いや、待てよ・・・ひょっとしたら学園に勤めて、いろんな人間と交流したせいで、少しは僕にも対人耐性ができたのかもな。それで例年よりストレスが減って・・・」
もう・・・さっきのところで終ればよかったのに。
それに対人耐性って、それではヒトが毒か何かに聞こえちゃいますけど。
いろいろ言いたくなるんです。
「ま、いろいろ軽くなった気がするよ。自分じゃ前世なんかに縛られてないようにしてるつもりだったけど、全然そうじゃなかったし、最近いろいろあって困ってたし・・・でも何とかなるさ。僕にとって一番大切なものはとっくに決まってたんだし。」
でも・・・その最後の一言・・・まぁ、それに免じて全部許して差し上げます。
そして、叔父様と並んで、わたしは石碑に、続いてその隣の盛り土に手を合わせます。
死者を悼み、次の転生を願う儀式におそらく世界による違いはないはずなのです。
「わたしのもう一人の叔父様になるはずだったあなた・・・もう転生していらっしゃるかもしれませんけれど、あなたの次なる人生が幸せであることを願います。」
「前世の叔父様・・・あなたの魂は、今わたしの大切な方に転生なされました。ここだけのお話ですが・・・今度こそ、きっとわたしが幸せにいたします!」
無言のままの願い。
そしてもう一度石碑に向かいます。
「エクサスの子に生まれたのに早くにして亡くなってしまったあなた方も・・・次の転生ではお幸せに。」
石碑と盛り土から離れ、歩き始めたわたしたちでした。
わたしは今日も叔父様の左腕を拘束し、攻勢に出ます!
いえ、今日こそ全面攻勢、勝利を決する絶好の日!
なにしろおばあちゃんからも、攻勢の指示というか許可というか、そんなものをもらったようなものなのですから。
なのに
「クラリス、キミはまだ授業中じゃなかったっけ?」
ギク、です。その一言で、早くもわたしの攻勢は、止まってしまうのです。
でも・・・あれ、待ってください?
「その前に、叔父様こそ『魔術原理』の講義じゃなかったですか!」
そうです、ここで逆撃!
こっちこそ追い詰めて、逆包囲です!
「いや、それ?僕みたいなひきこもりならともかく、キミは学園を抜け出したりしたらまた処罰されちゃうよ?今すぐ戻らないと・・・」
「もう手遅れです。処罰なんかもう覚悟してますし。」
そして叔父様の突破を封じ込めるために陣形を組みなおすんです。
「ですから、どうせなら今日は叔父様と・・・」
それなのに!
また!
「きゅるるる~」ってわたしのお腹が!
その音はわたしの陣形を内部から崩壊させるんです・・・もう戦線崩壊・・・。
「はははは・・・ま、まずはキミのお腹の虫をなだめることが大事みたいだね。」
もうお昼はとっくに過ぎて、空腹は必然ではあります。
「軍は胃袋で動く」とは真に至言。
戦いにおける補給の重要さを改めて痛感させられたわたしです。
そう敗因を分析した結果、そのお誘いは受けることにするんです。
不本意ながらではありますけれど。
「ところで・・・おい、酉、お前、仕事さぼってるんじゃないよ!」
叔父様の足元に煙がたって、例の赤茶色のニワトリが姿をみせるんです。
でもすごい慌ててます。
「主!?この酉めの忠誠をお疑いですか!?ヤツガレはクラリス様のお願いすら振り切って、しっかり休眠していたのですぞ!」
羽をバタバタして叔父様の周りを走り周りながら懸命に弁明する酉さん。
「お前の最優先任務はこの子の護衛だろ?僕の言いつけを守るのは当たり前だけど、クラリスをつけてるヤツにも気がつかないで休眠なんて・・・今日は僕の元いた国で、お前らは油で揚げて食われちゃう日なんだけど・・・覚悟はいいか?」
でも、叔父様はそう言って、悪い笑顔を浮かべるのです。
「なんと恐ろしいお国ですか!?」
「ええ?わたし、つけられてたんですか!?」
酉さんは「音」を操るせいか、その声もこんな時はムダに響くんです。
だから、とても残念なことに、わたしの絶叫は酉さんと完全に被ってしまい、誰の耳にも届かなかったのです。
わたしは、あらためて辺りを見回し、
「叔父様、わたし、誰かにつけられてたんですか?」
と問い直します。
すると叔父様は困惑した顔でお答えくださいます。
「そうみたいだね・・・聞いてみよっか?あそこにいる人たちに。」
って。