第16章 その11 決断は突然に
その11 決断は突然に
もう予鈴までなっちゃって、主任の授業に遅れまいと更衣室であたふたと運動着に着替えるわたしとリトです。
もう息が切れそうなくらいですけれど、もしも遅れでもしたら、あの「たるんだ精神に活を入れるため」の懲罰、いえいえ過酷な準備運動が待っているのですから、気が気ではありません。
ところが!
「イスオルン主任教授は不在です。そこで本時はぼくの『基礎体力向上』の時間とします。」
室内演習場で待ち受けていたのは、18歳の美少年教官エクスェイル講師です。
わたしもリトも、もちろんシャルノたちも気が抜けてしまいそう。
当のエリザさんは、そんなシャルノとヒルデア、ミュシファを不思議そうに眺めていらっしゃいますけれど、これは「シラヌがホトケ」とか言うのです。
しかし今後、主任がエリザさん・・・実はレリューシア王女殿下その人に懲罰することってあるんでしょうか?
ばれたら大問題になりそう。
それにしても・・・主任がご不在?
叔父様じゃあるいまいし、何があったんでしょう?
そう言えば、あの襲撃事件以来お見掛けしていないのです。
安心したという本音の反面、密かに気になっていたのも事実なんです。
「ちっ、冬季実習前に生白いお坊ちゃんの授業じゃ気合が抜けるぜ。」
聞こえよがしに言い放つのはクラス一の長身で戦闘種族ノウキン・・・命名わたし・・・の一人、ジーナです。
彼女の中では、もう冬季実習の参加は決定みたいです。
そんなジーナに向けられたのは、エクスェイル教官一推しシャルノのこわ~い視線。
あ、ジーナがにらみ返してバチバチって、とっても不穏。
でも、いつもの展開なんで、わたしたちは我関せずです。
だってこの後の展開もどうせ同じ。
「そこのお二人。教官の発言中は前を向くのです。」
ホラ。
そこに運動着姿の犬娘の声が。
エクスェイル教官の助手を務めるメルの登場です。
叔父様に言われて、自分の弟子であるエクスェイル教官をサポートしてるんです。
「あ~あ、メル助手ににらまれたら、ジーナもやばいよ~」
かつて一撃でメルに昏倒させられたジーナ、そのトラウマを刺激するのはアルユンです。
「メル助手、今日もかわいいの~♡ファラもあの耳欲しいの~♡」
思いっ切り脱線してるのはファラファラです。
それにしても、あの犬耳が欲しい?
相変わらずこの娘の言動は理解不能なんです。
ですが
「それはなかなかいい趣味だね、ファラファラくん。今度考えてみるよ。」
「本当ですの♡ファラは楽しみにしますの♡」
ファラファラとなにやら意気投合してらっしゃるのは・・・遅れて演習場にやって来た叔父様です!
「おじさん、今日は例の・・・」
叔父様を見つけ安心したのか、つい勢い込んで話かけたエクスェイル教官ですけど
「こっほん。エクスェイル教官殿、公私混同は困るね。しかも何度言えばいいんだい。僕は男に『おじさん』って呼ばれて喜ぶ特殊な趣味はない・・・まったくキミは自分の過ちを直すのがいつも遅い。詰めが甘いんだ。だからエス魔院でも最後の最後に追い越されて主席になれなかったんだよ。」
「そ、それこそぼくの個人情報をばらさないでください!」
子どもの頃から家族ぐるみでお世話になっていたエクスェイル教官は、叔父様に頭があがりません。
妹のクレオさんみたいに、会うとベッタリってほどでもないんですけど。
「今日は行軍訓練を行います。」
・・・みんな微妙な反応です。
メルやシャルノがいるので表立った反対こそしませんけど。
全員同じペースでひたすら歩く行軍訓練は長距離走についで不人気なんです。
「あ~ほらほら・・・エクスェイル教官。」
「え!?おじさ・・・いえ、フェルノウル教官、訓練の前に、例のモノをお願いします。」
なんなんでしょう、さっきからのこのやりとり?
みんなで一斉に首をかしげるんです。
エリザさんとジェフィは、わたしたち20名が打ち合わせもなく自然に同じ動作をする光景にビックリです。
「・・・なんて息の合った人たち・・・」
「ガクエンサイ、勝てんかったわけです。」
ぞれぞれそんな感想をもらしてました。
ズシィン・・・ズシィン・・・軽い地響きを立てながら、大きな人型の魔法生物がやってきます。
白っぽい砂で生成されたサンドゴーレムです。
乗っぺらとした顔で、体長5mはありそうですが、その胸には無意味な♡模様のエプロン・・・の絵が描かれています。
両手にはとても大きな木箱を抱えているのです。
そして頭の上の耳をピクピク、お尻の上の尻尾をフリフリしてるわかりやす過ぎる犬娘メイド。
褒めて褒めてオーラを出しまくり、叔父様の方を見て、賛辞を待ち構えているんです。
それに気づかずに、なんのためらいもなく、期待以上のご褒美をあげる叔父様です。
「メル、すごいよ!立派なゴーレムになったね。あのエプロンもかわいいよ。」
「まぁ、ありがとうございます。ですが、これも全てご主人様のおかげなのです!」
運動着姿で叔父様に抱きつくメル。
・・・もうわたしなんかは「いい加減にして」って感じです。
みんなは意外にそうでもないんですけど。
しかし、その振る舞いはともかくとして、自分よりも幼いメルがゴーレムを生成したという現実に、わたしが密かに歯ぎしりしてるのも事実です。
同じように感じてるのか、不愉快そうにしてるのが、シャルノにリト、アルユン。
それにエリザさんも悔しそう。
「メル助手が中級魔術師とは知っていましたが・・・もはやゴーレム生成までできるとは。」
「せんぐりせーだいにたしないもんがでてきますなぁ、ここは・・・勘弁しておくない。」
一方ジェフィはあきれ果てている様子です。
「さて・・・荷物を降ろしてくれ。みんなに配らなきゃな。」
「はいなのです。アル、箱を降ろすのです。」
ゴーレムの名前はアルファロメオ、愛称はアルだそうです。
その素材は、実は学園防衛のために用意されていた加工済みの砂で、砂もゴーレムも普段は野外演習場の砂場に偽装されているとか。
用心深いのか不用心なのか、判断に迷うところです。
そして、アルが抱えていた箱の中には・・・。
「キミたちの冬季用の新装備だ。冬季実習に間に合わせて何とか仕上げた・・・」
うれしいです叔父様、と言いかけて、ふとデニーたちに目をやるわたしには、彼女らがうつむく様子が・・・それに叔父様もお気づきになったみたい。
「ああ、大丈夫、実習に参加してもしなくてもみんなに支給するよ、僕の一存で。」
本当は高価なモノなので実習参加者だけに、という意見も学園内にはあったそうですが、なにしろ開発責任者がこんな人です。
みんな歓声を上げて、アルが降ろした箱に集まります。
「あ、クラリス、クン、キミは着用の身本になってくれ。」
相変わらずわたしに「くんづけ」するのが、ぎこちなさ過ぎる叔父様ですが、いちいち突っ込むのもめんどうなので、素直に応じるのです。
「今回みんなに支給するのは、まず寒冷地用のコート、サイドポーチ、新しい長軍靴、手袋に靴下、帽子、それに『魔伝信』を呪符した指輪、こんなところだ。」
叔父様は装備を一つ一つ取り出して、みんなに見せていきます。
そのたびに「おお~」って歓声が上がったのですが、最後の指輪が終わるとみんなザワザワです。
なんて豪華な装備・・・しかも『魔伝信』の指輪まで!これって・・・ふっとジェフィを見てしまう素直過ぎるわたしです。
こんなモノ、持ち逃げでもされたらとんでもないことになっちゃいます。
以前の魔法文字の解説や魔術教典もそうですが、叔父様は人を信じ過ぎるんです。
いえ、わたしのクラスには持ち逃げするような人はいませんけれど、半ば大公家のスパイとして転入してきたエリザさん、そして先日敵の手下として潜入していたジェフィ。
この二人には・・・。
でも、なんで急いでこんなものを・・・。
はっ、とするわたしです。
そして
「ん。きっとそう。」
「わたしたち7人だけでよかったのに・・・。」
いち早くわたしと同じ結論に達したリトとデニー。
「あ?ガクエンサイに約束したヤツかい!」
「それをクラス全員になんて・・・なんだか申し訳ありませんわ。」
これはおそらく、あの「ふぃぎゅあ」騒動の真相の口ドメ料。
そう思ったわたしたちです。
「わたしたち7人だけではえこひいきと思われたからでしょうか?」
変なところで律儀な叔父様ですし・・・きっとそうって、この時は思ったんです。
「あの、教官殿!この装備は正規の軍の装備としてクラス以外に支給するおつもりはありますか?もしも・・・もし売る気あるんなら、うちんトコで商売させておくんなはれ!」
最後はただの商人になったエミルです。
実家のアドテクノ商会は叔父様と医薬品や軍装品などで提携し大儲けしているので当然の反応ともいえます。
「エミルくん・・・悪いがアドテクノ商会は先日僕との契約違反を犯し、現在提携を見直し中だ。現時点での協力は考えていない。」
「そんな!とうちゃん、何しでかしたんや!」
いつもながらその美人な顔を台無しにして嘆くエミル。
そんな残念な彼女を不憫と思った、人のいい、というより女子に甘い叔父様は簡単に事情を説明するのです。
以前ガクエンサイで屋台の「たこ焼き」をするため、ジーナ、アルユン、ファラファラたちがリトを誘ってクラーケン退治に向かったことがありました。
その時彼女らが乗り込んだのが真っ赤な塗装の「エスターセル号」。
この船にはゴラオンと同じ魔力供給システムが採用され、魔術師が「風」と「水」の精霊に働きかけることで、他の船より3倍の速さを実現した画期的な快速艇なんです。
「ところが商会長のおっちゃんにも内緒で、商会の魔法技師たちが僕の術式や魔力供給システムを調べようとしたんだな・・・バカだね。今じゃ僕の開発したモノにはちゃんと『暗証』まで呪符しているのに。」
『暗証』。
叔父様がつくった術式のひとつです。
以前エミルとシャルノにも説明していました。
つまり、手紙や魔法装置など、秘密を守りたいものにこの魔術をかけておくと、正確な暗号を唱えない限り、開封したとたんに、中の文字や情報が消去されてしまうというのです。
爆発するというのはウソでしたけど。
「いや、今回はホントだよ。」
「ええ!?」
「だからエスターセル号は、魔法機関に船体外装、帆も全て機能を消滅して、普通以下の船だ。で、アドテクノ商会はこの不始末が僕にばれて、今は提携を凍結されている。」
もう情けない顔のエミルです。
お嬢様顔がさらにトホホなことになってるんです。
「まぁ、オッティヤン商会長・・・おっちゃん自身に非はなさそうなんで、今後の態度によっては再開すると思うんだけど。この軍装をつくる時に人手を借りたしね。」
そう聞いてエミルも少し安心したみたい。
ですが、エクスェイル教官がなぜか大興奮なんです。
「おじさん!やっぱりおじさんが最近話題の、あの情報系魔術の創始者なんですね!僕はきっとそうだと思ってたんだ!魔術の中に情報通信や管理という概念を持ち込み、次々と画期的な術式を作り出す、あの・・・?」
あ。
いけません。
叔父様はこう見えて気難しい方で、特に褒められるのが大嫌いという、とても難儀な変人です。
わたし・・・或いはメル・・・が褒めてあげると喜んでくれることでも、男性がうかつに、しかも大袈裟にほめたりすると、もう大変です。
オマケに「おじさん」扱い・・・ホラ、どんどん表情がなくなって、今、目がスッと細くなって!
「衝・・・」
問答無用で衝撃ですか!
わたしはさすがにお止めしようとするんです。
でもその前にメルがエクスェイル教官の後頭部を殴ります。
そこには一切の遠慮も、容赦も、躊躇すらありませんでした。
ドサッていう音と共に顔面から地に倒れるエクスェイル教官。
それでも叔父様の「衝撃」をくらうよりははるかに軽傷でしょうけど。
「ご主人様。できの悪い弟子が失礼したのです。かわりにメルがお詫びするのです。」
一応は師匠の立場で、間に入ったメルです。
さすがの叔父様も口をへの字にして渋いお顔。
それでも後は何もおっしゃいませんでしたけど。
その間、
「情報系魔術?」
「そんな系列、あったっけ?」
「聞いたことないね。」
そんなささやきがあちこちで飛び交うのですけれど。
わたしだって「創始者ってどういうことでしょう?」って聞きたいんでど、さすがにこの雰囲気では。
それに・・・細い目をいっそう細くまるで糸のようになっているジェフィの、うっすらとした笑みを見てしまえば、この話題も危険なのです。
その間、シャルノがちゃっかりエクスェイル教官を介抱しています。
いまやクラスで一番人気の大派閥ですが、その大人数を出し抜いて、さすがに抜け目がないのです。
「まぁ・・・それで、だ。キミたちのことは信じてる。それでも、もしもこれらの軍装品をなくしたり盗まれたりしても安心したまえ。これは個人装備で、ちゃんと『物品探知』で見つけられやすいように工夫しているし、もし不届きなヤツが解析しようとしても「暗証」で今言った通り。だからって、もちろん売ったり質入れされたら困るけど。相手に迷惑だし。」
叔父様は決してそんな心配をしているわけではなのですが、それでもこんな高価なものを預かる身として過大な責任を感じていたわたしたちを安心させたのです。
それははからずとも、転入生の二人、特にジェフィにはいい牽制にもなったでしょうし。
さて、場が落ち着くと、わたしは小さくわたしの名が刻まれた指輪をはめるのです。
指輪のサイズは「適正化」の術式のおかげでどの指にはめてもアジャストされるとのこと。
それなのに覚悟を決めてわざわざ左手の薬指にはめるわたしに、みんな「うわ、イミシン」「大胆」って大注目です。
気づかないのは叔父様くらい。
メルがなんだか悔しそうなのがせめても慰めです。
もっともメルだって同じ場所に指輪をしてるんです。
でも、わたしのモノとは素材やデザインが少し違う?
「ああ。ええっと、生徒用の指輪の『魔伝信』は教官用と比べると、いくつか簡略化され機能に制限がある。一例を挙げると、友達との私信ばかりして勉強不足にならないよう、生徒間の通信に使う魔力は無駄に高く設定している。」
「ええ~!」
一斉に落胆する声があがります。
みんな、その気だったんですね。
「僕の元いた・・・あ、いや、とにかくけっこうあるんだよ。これがきっかけで勉強しなくなったとかって苦情が・・・」
叔父様の元いた世界では、この世界と比べものにならないほど、全てにおいて「情報化」が進んでいたとか。
ですから叔父様にとっては、この世界の術式の形にさえしてしまえば、情報を扱う技術を独占することはたやすいことだったのでしょう。
でも、その独占は決して私利私欲のためではないのです。
ただ、今急に普及させるには早すぎる、そういう判断なんです。
2学期にあったイスオルン主任やキッシュリア商会との確執から、叔父様は随分と慎重にふるまわれています・・・ご本人にしては、ですけど。
で、指輪の次は靴下・・・。
「叔父様!向こうを向いていてください!・・・みんなも。」
わたしだってむやみに人前で素足になるのは恥ずかしいのです。
今はいているものをサイドポーチにしまい、新しい靴下に履き替えます。
白い布地に、ワンポイントで校章が縫い付けられています。
しかし、普通より厚いし長いんです。
ハイソックスでしょうか?
それにしてもふわふわした素材です。
「これは冬用の、保温と保湿を十分に考えて作られた靴下だ。西部にいる白丘羊の羊毛で編んでいる。軍靴の中の空気をこの靴下が調整して、断熱効果を生むんだ。」
いつのまにか叔父様の説明をメモするリトにアルユンにシャルノ・・・ジェフィまで。
「乾いた寒冷地じゃ鉄鋲から地面に熱を持ってかれるんで、鋲の代わりに靴底の滑り止めには刻みをいれてる。あと・・・」
叔父様の前世の世界では、軍靴にまつわるさまざまな逸話があったみたいです。
さすがに「異民」とか「転生」とかはお伏せになりましたが、その内容を少しお話しくださいました。
その国は、かつて大きな戦争を始めたそうです。
ですが、異国の地での戦いに不慣れなこと、もともと靴を履く習慣が乏しかったこと、そして国の力に見合わない大規模戦を繰り返してしまったことなどがあって、軍装品が全体的に欠乏。
特に軍靴はその中でも質量ともにひどかったとか。
特殊な生物素材や魔法加工品でもない限り、軍靴に使う皮革は牛皮、縫いつける糸は亜麻糸が最も適しているというのはこちらと同じなのですが、それらをちゃんと用意できなかった軍は、戦う前に多数の兵士を失っていったのです。
質の悪い軍靴で湿地や沼地を歩いたりすれば、例えば、質の悪い皮では湿気を防げず、質の悪い糸では靴底が抜けてしまい、足から虫や疫病に侵されます。
同様に、そんな靴で寒い土地を歩けば、足元から体温を奪われ、足が凍傷になり腐ってしまうんです。
そして、兵士にとって移動手段である足が傷つくということは、戦闘手段である腕を失う以上に損失なんだそうです。
その移送のために友軍に負担をかけ、隊にとってはゼロではなくむしろマイナス・・・時には戦死するよりも損害が大きいのだ、とか。
叔父様は以前から、わたしたちが行軍でただ歩くだけで足を痛め、大いに消耗したことを気にかけていらっしゃいました。
「いいかい、だから靴は兵士にとって槍よりも大事で、魔法兵にとってもワンドより重要な装備なんだよ。」
そして、コミュ障のくせにこんな力の入った演説まで。
実はこの人、靴が好きなんでしょうか?
靴ふぇち?
いえ、その論旨が正しいのは理解できるんですけど。
そして、わたしが厚い靴下を履き、ひざ下までの長軍靴に足を入れると、叔父様が膝まづいて手ずから丹念にひもを編み上げてくださるのです。
「ま、最初は丁寧にやらないとね・・・みんなもちゃんと見てて。あ、セイン、じゃないや、エクスェイル教官、そこにキミの装備があるから、勝手に装備してくれ。」
ようやく復活した同僚の教官にはゾンザイですけど。
でも、いくら冬でストッキングをしているとはいえ、スカート姿で男性に、しかも叔父様に靴の紐を編み上げていただくのは恥ずかしいのです。
箱に腰掛けながら、ついスカートを押さえるわたしです。
叔父様にそんなおつもりがないのは百も承知なのですが。
でも「ふぃぎゅあ」事件の前科がありますし・・・ハッ、まさか!
「叔父様!まさか、わたしたちの『冬の軍装ばーじょんふぃぎゅあ』をおつくりになろうなんてことは!」
すると、なんということでしょう!
それまでとても器用に私の靴ひもを結んでいた叔父様の手が、一瞬とまったんです!
「・・・ハハハハ。ナニをイウのかな、クラリス、クンは?」
・・・これは容疑確定、有罪です!
なのに!
「ええ!?今度はわたしの『ふぃぎゅあ』をつくってくださるのですか!なんてお優しいお方!」
もう弾むようなレリューシア王女殿下、いえいえエリザさんのお声が聞こえます。
「え、ガクエンサイの時のあの人形!?」
「またつくってもらえるの!」
クラスメイトも、あの「ふぃぎゅあ」を知っていて、かなり評判だったみたいです。
もっとも「下着」の件を知っている人たち・・・リトやデニー、レンは複雑というより不満げ。
でもシャルノやエミル、リルなんかはそんなに気にしていない感じ。
真相を知っているわたしたちの中ですらこれですから、意外に「ふぃぎゅあ」って人気あるみたいなんです。
「・・・これでオッケーっと。」
「ありがとうございます、教官殿。」
わたしは箱から立ち上がって履き心地を確かめます。
「とてもしっかりしたつくりで・・・重いですけど。それに・・・少しだけど傾いているような?」
前に少し・・・思ったより底が厚い?
でも安定はしてますし、装着感は申し分なしで、さすがに以前休憩室で足のサイズを測っただけのことはあります。
「ああ。軍靴は防寒・耐水、耐久力が第一だから重いのはしかたがないね。良い素材を選んだとはいっても、手に入りやすい一般的なモノに限定されてたし。でも・・・それだけじゃないよ。少し歩いてごらん。体力がないキミたちの手助けはちゃんと考えてるから。」
そんな叔父様に言われるままに歩いてみると・・・あ!?
「これ、自然に足が前に出る感じで・・・しかも石畳を強く踏んでも衝撃があまり伝わりません!叔父様すごいです!」
つい、また公然と叔父様って呼んでしまって、公私混同しちゃうわたしです。
ですけど、それくらい履き心地も歩き心地もいいんです。
そして、手袋に帽子、コートも装備して・・・それだって実は全部に見えないところまで工夫されてるんですけど、ちゃんと量産に耐えるようになってる優れものです。
これに追加装備で背嚢と雪眼鏡があるんですが、今日は省略です。
なお、詳細は実習で、です・・・うぇぶ?
なんです、それ?
「まあ、わたしの足にもぴったりですわ!さっきのは・・・なんて用意周到なお方・・・。」
実は本物のエリザさんと殿下では足型が違うので、昼休みに測り速攻で直したそうです。
「うちのもです・・・ほんにありがたいことです。」
ジェフィはいつ調べられたのやら。
ですが、この述懐は本音のように思えるのです。
「ま、通気性はそこまでよくないから、毎日ちゃんと靴の中も足もケアしてね。今日は、みんなこれを履いて行軍訓練だ・・・よね。エクスェイル教官?」
「はい、おじ・・・いえ、では、靴下と軍靴を全員着用!着用後は整列、行軍訓練に入ります!」
新たな装備に身を固めると、みんな行軍訓練前なのに生き生きとしています。
デニー、リル、レン、あのミュシファまでが楽し気に歩きまわってるんです。
特にもともと前向きなリルはさっきまでとは打って変わって飛び跳ねる勢いです。
厚いコート越しにも、その見事なム・・・が元気に揺れるのが丸わかり。
「では、全員整列!」
「はいっ、教官殿!」
「っっ!」
みんなエクスェイル教官の甲高い声に素早く従います。
あのジーナですら。
エリザさんとジェフィがまだ返事のタイミングが遅れるのはしかたないんですけど。
「行軍、はじめ!」
「はい!・・・全体、進め!」
ヒルデアの号令で、一斉に前進します。
もともとガクエンサイでの集団訓練で息がピッタリのわたしたち。
加えてこの軍靴!
足が自然に前に進みます。
靴底のわずかな傾斜と反発性の強い素材のおかげだそうです。
いつになく機嫌よく行軍が進むんです。
「ぜんた~い・・・止まれ!・・・よし。それでは小休止です!」
20分以上歩いたのに全然疲れた気がしないばかりか、歩き終わってもまだ足が歩きたがってる感じは初めてのモノです。
「ん。とてもいい靴。さすが教官殿。」
珍しくウキウキしてるリトです。
踊りだしそうなくらい。
「ホント、なんか調子いいですね。」
ようやくメガネが光り出したデニーも鼻歌交じりで。
「うんうん、あたい、歌でも歌いたい!」
リルなんかさっきから元気いっぱいです。
「・・・歌?行軍歌なの?」
もう、微笑みながら小首をかしげるその仕草は反則級です、レン。
ですが・・・歌?
歌なんてとんでもないんです。
「そらええわ、自分歌わんの、レン・・・リルなんかもごつううまそうやな。そうお思わへんか、シャルノ?」
「エミルの言う通りですわね。それに軍では士気高揚のために、さまざまな歌が・・・?どうしたのですか、クラリス?」
「はひっ?・・・いえ、なんでもないですよ、シャルノ・・・」
俯いていた顔を上げ、ぎこちなく微笑むわたしです・・・・・・・・・どうかこれで見逃して。
「歌!?歌の話ですかぁ・・・でも軍の歌って、男の人が歌う歌ですから、ワタシたちには歌いづらいんですぅ~。」
久し振りにわたしたちの輪に入ってきたのはミュシファです。
自分からなんて珍しいんです。
そう言えばガクエンサイの時、演劇で「歌、歌いたい」って、珍しく自己主張して、最後のクラスパーティーでも「湖の精霊」って歌を披露してくれて・・・とっても上手で・・・あの時、青い湖水の上に降り立つ精霊の女王の気高く美しい姿がわたしたちの目に浮かんだんです。
「そっかあ~じゃあねぇミュシファ、あたいらが歌いやすい歌つくってよ!」
「レンもそれがいいと思うの!ミュシファ、お願い。」
実は最年長ながら無邪気なリルの頼みと、見た目通りの最年少で無垢なレンのお願いは、なかなか強力な連携攻撃なんです!
気が弱いミュシファではとうてい太刀打ちできないのです・・・いえ、実は彼女も嫌がってるようには見えませんでした。
自分から言い出せなかったことを、むしろ二人に言ってもらったのかもしれません。
短い休憩時間です。
ミュシファはさっそくウンウン唸り、ブツブツ唱え、フンフン鼻歌、ついにはポツポツと歌い始めます。
急速に歌ができていくんです。
ミュシファ、すごい!
天才じゃないですか!
それでも時々節やリズムで引っかかると、なぜかわたしの方に来ては「クラリスぅ~お願いですぅ~」って・・・なんでも歌を作る作業は、術式の詠唱で律や韻を整える作業に近いんだそうで・・・驚きです。
それで詠唱が得意なわたしに手伝ってほしいみたいなんです。
ですが・・・実はわたしは歌うことが苦手なのです。
子どもの頃、叔父様の歌を身近に聞いて、ある日同世代の前でつい歌ってみせて、大失敗。
みんなにバカにされて・・・以来、小さなトラウマなんです。
それでもミュシファが頼りにしてくれます。
いつも自信なさげでオドオドしてる彼女がこんなに積極的になってるし、わたしも恥ずかしさをこらえて・・・。
仲間たちにもいろいろ聞いて、試してもらって・・・即興で、できたのが、これです!
「我らエス女魔 魔法兵」。
「冬の雪原 踏み越えて 進む我らは魔法兵」
「まみえる敵に放つのは 『氷撃』の一斉射!」
「慌てふためく敵陣に これぞ必殺『氷雪嵐』!」
「我らの術は仲間を守り 我らの術でお国を救う」
「我らの意志を世界に刻み 我らの意志で世界を変える」
「吹雪に負けぬ深紺のコート、乙女の勇姿、目にも見よ!」
「我ら無敵の魔法兵 我らエス女魔 魔法兵!」
ついには休憩時間なのに、2班改めチームアルバトロスとミュシファで、行進しながらできたての行軍歌を大合唱。
リルやレンはもちろん、いつもはこの手のことが苦手なリトですら、ノリノリなんです。
わたしは・・・実はできだけ小さい声で目立たないようにしてましたけど。
「なんの騒ぎです?・・・ミュシファ?あなたなんで2班の中で歌ってるのですか?」
1班の班長シャルノは、私たちの中にいる班員のミュシファを見つけて、つい非難めいた口調になり、彼女を悄然とさせてしまいます。
ミュシファ、泣き出しそうです。
「待って、シャルノ。これはわたしたち、クラスみんなの歌だから、班とか関係ないんです。」
そう彼女をかばうわたし。
そこに心強いデニーの援護です。
「どうせならみんなで歌いながら行軍しませんか?シャルノ・・・みんな元気になりますよ。」
こうして、わたしたちは、まだ休憩時間も終わらないうちから勝手にみんな集まって、行軍を再開し歌い出します。
その様子を見て頭を抱えるエクスェイル教官と、にやにや笑うフェルノウル教官に、素知らぬ顔のメル助手です。
「なぁ、セイン。別に休憩時間だし、自主練習したっていいじゃないか。」
「ですがおじさ・・・フェルノウル教官。ちゃんと休むときに休むのも訓練なんですよ。」
「キミは堅苦しいねぇ。さすがエス魔院の次席さんだ。」
「・・・それって絶対皮肉ですよね。」
「セイン、ご主人様に向かって失礼なのです。」
・・・結局そのまま「休憩終わり、訓練再開!」ってなるんですけどね。
「クラリスぅ~ワタシ、決めたんですぅ~。」
実習後、許可を得て休憩室の足湯につかるわたしたち。
靴の手入れも忘れずに行う中、ミュシファがやってきます。
リトがわたしの隣を少し空けて、彼女が座る隙間をつくります。
「ミュシファ?なんだか楽しそうですけど、何を決めたんですか?」
「ワタシ・・・冬季実習に参加することに決めたんですぅ~。」
「ホント?でも、さっきはあんなに嫌がってたのに・・・怪物と戦うの、怖くないのですか?」
「ううぅ~それは怖いんですぅ・・・でもぉ、さっき、みんなワタシたちが作った歌をあんなに楽しそうに歌ってくれて・・・歌しか取り柄がないワタシだってみんなの役にたてた、あんなに喜んで、褒めてもらえたって思うと、うれしかったんですぅ~。」
赤くなってモジモジしながら話すミュシファ。
実習の後はみんなが彼女の周りに集まって、大騒ぎだったんです。
でも歌しか、なんて、自分の実力を謙遜しすぎなんですけど。
実は秋の認定魔術師レベルは3で、本番であんなに緊張しなければおそらく4のはずだったのに。
「それに・・・。」
「それに?」
「・・・みんなが戦ってるのに、一人で家にいる方が嫌なんですぅ。みんなと一緒がいいんですぅ~。ワタシなんかでも、クラスのみんなといたいんですぅ~。」
やっとのことでそれだけ言うと、もう耳まで赤くなってうつむくミュシファです。
ホントに美人さん・・・守ってあげたくなってしまいます。
ん?
デニーどうしたんです?
「ミュシファの言う通りです。わたしも参加します、冬季実習!」
男の子みたいに瘦せぎすな彼女のメガネがギラッと怪しく光ります。
「うんうん、あたいも!実習でもみんなで行軍歌歌おうよ!」
ひたすら明るく元気なリルです。
悩んでた時の暗い顔は、やっぱりこの子には似合わないんです。
「・・・レンは、あの歌、冬の歌詞だけじゃなくて、春、夏、秋もみんなでつくりたいの。それに・・・せっかくア・・・フェルノウル教官殿から新しい装備をもらったし・・・。」
叔父様の意図は、参加不参加なんて気にするな。
そういうつもりで全員に新装備を支給したのでしょうけど・・・。
「・・・ヒトは道具を持てば使いたくなる。」
確かに。
リトの言う通りなんです。
あの軍靴を履けば歩きたくなるし、新しいコートを着れば出かけたくなるんです。
みんなだって今も隣の子と「魔伝信」してるし。
「頭痛い」って・・・魔力使い過ぎみたいです。
でも・・・
「ですが、みんな、本当にいいんですか?このまま軍人の道を進んでも本当にいいんですか?」
みんなと、わたしたちと一緒にいたいと言ってくれるのはうれしいし、みんな随分力を付けました。
幾度も一緒に危機を乗り越えた仲間は得難いモノです。
それでも、この決断がみんなの将来を縛っては・・・。
悩んでしまうのです。
「クラリス、そこは学園長もおっしゃったではありませんか?今後何度もこういう機会はあるんです。わたしだって、今、突然ノリだけで決めたわけではありませんし。」
「そうそう。次のキカイにもちゃんと考えるから。」
「・・・だから、今はみんなと一緒にいたいの。レンはその気持ちを大切にしたいの。」
なんて言い張るデニーにリルにレンなんです。
それに。
「ワタシもそうなんですぅ~。今回だけじゃなく、毎回ちゃんと考えますぅ~。それでやっぱり戦闘に不向きだと思ったら学園長がおっしゃる非戦闘部門に志願してみんなの支援をするんですぅ~。でも・・・それまでは、一緒にがんばるんです!」
結局わたしたち、新編成22名は、叔父様の新装備とミュシファの決意、そしてみんなで歌った行軍歌が影響して、全員冬季実習に参加することになりそうです。
おそらくは叔父様の意に反して、ですけど。
「見事な結束力ですわ・・・これも師の装備品のおかげ・・・なんて深謀遠慮なお方・・・」
それ、叔父様に言うときっと心外なお顔をされるんです、レ、いえ、エリザさん。
「わざわざ、休みの日に危ないことしなはるとは、みなさんモノ好きですなぁ。」
そう言うジェフィは、きっと強制参加なんでしょうけど。




