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第3章 その4 その詠唱は光害です

その4 その詠唱は光害です!


「これは、僕が、魔法の原理や理論を学び、知識を増やし、技術を身につけ、触媒を厳選し、行使した・・・つまり、この手でやり遂げた技だ。魔法そのものではない。繰り返したくもないけど、僕には魔法が使えないのだから。それでも、これくらいのことはできる。だから、戦うことだけが魔法じゃない。学ぶことも魔法なんだ。」

 

 紙でできた鳥・・・式神?・・・の一羽が叔父様の手元に帰っています。


 叔父様が、鳥の口元に耳を寄せ、眉を微かにしかめました。


「話を戻す。つまり魔術原理だけど・・・原理を知ることで、到達できる高みが違う。これを知ってほしいんだ。今、分かっていることだけで、やっていくのは、無駄がないし。確実だ。軍学校としては、実戦ありき、即戦力が欲しいのはわかる。でも、ここは魔法を学ぶ学校でもある。魔法が何をして、どこまでできて、これからどう発展するのか、しっかり見据える場でもあってほしい。そのためには、原理をしっかり学び、理論を理解し、その上で次にやるべきことを見据える・・・長い目で見て、そういう場がないと、人族も魔法もいつかは衰える、力を失う。だから、人と魔法の未来のために、学ぶ、そんな姿勢を忘れたくない。それにキミたちの中から将来魔法を本格的に学んで研究する人が出ないとも限らない。そういう人の芽をつぶしたくない。ここは学校なんだから。」


 その間に、メルが叔父様の手をつかみ、静かに「治癒」を詠唱しました。


 無言でメルの頭を撫でながら笑う叔父様。微笑むメル・・・ムカムカします。


「・・・そして・・・原理を学び、理論を理解することで、魔法の威力や使い方が変わることがある。それができれば戦場での生存率も上がる・・・そう思ったんだ。」


 叔父様は、そこまで言ったものの、まだためらっているような気がします。


 ふとわたしと叔父様の目が合ってしまいました。


「僭越ながら、進言いたします。」


 ・・・もう、今日は散々目立っています、わたし。でもやってしまいました。


 立ち上がっています・・・わたしのバカ。エミル、笑わないで。リト、何の応援ですか!?


「寡聞ながら、わたしは教官殿が古式詠唱の研究をしていらっしゃるとお聞きしております・・・その実演をしていただければ、わたしたちも、原理と理論に基づいて発展させた術式の威力を実感できると愚考します!」


 しかも・・・叔父様にあれをやってほしいと言ってしまいました。叔父様の・・・。


「げ!・・・いや、あれは問題が多すぎて・・・」


「先ほどの、助手の方の通常詠唱と比較すれば、分かり易いです。『光』の術式なら被害もないですし!」


 わたしはこう言いはって、叔父様を押し切りました。


 さすがに何人かの生徒が、そろそろわたしの態度に違和感を持ったようで、首をかしげています。


 シャルノは何やらほくそえんでます・・・そのニヤニヤはあなたに似合いませんよ!



「天に星があり


 空に雲がある」


 また、みんなザワツキます。「光」とは無関係の知らない術式。でも・・・


「地に生があり


 野に花がある」


 そう。きれいで、滑らかな古代魔法語の詠唱。生徒たちの一部にもそれがわかるのです。


 シャルノやリトは目を閉じて・・・エミルは「何これ?」って首をかしげていますけど。


 メルはすっかり陶然となり、叔父様の詠唱に聞き入っています。


「そして世には人間じんかんがあり、その術理がある。


 我は人の子ひとり、アンティノウス。術理に基づいて、術式の詠唱を行う」

 

 アンティノウス。古代魔法を詠唱する時以外は、まず聞くことのない叔父様の名前。


 前回と違って、わたしには空間が聖別されていく感じが伝わります。


 勘のいい生徒の何人かも、気づいたようです。そして「光」の術式が浮かびます。


 これは初級クラスの術式です。


 叔父様の眼前に、スクロールが展開され、あの特徴的な飾り文字で描かれた古代文字を表出しているのです。


「大いなる太陽の光


 妙なる月の明かり


 美しき星の灯火よ」


 詠唱に途中なのに


「なんでスクロールを詠唱してるの?」


「そうね・・・スクロールだから簡易詠唱でいいのに。」


「儀式、長すぎない?」


「古代魔法語?言い回しが術式の魔法語と違うんじゃない?」


 叔父様の詠唱の真価がわからない生徒たちは、当然の疑問を浮かべています。しかし・・・。


「何、あの大きな魔法円?」


「うそ、スクロールって下級呪文なのに、あれじゃ中級並・・・」


 いえ上級クラスです。見聞が足りません。


 その間にも叔父様の真摯な、情熱的とすら言っていい詠唱は続きます。


 そして、わたしにはどこか物悲しく感じる響き。


「世界に満ちる、あらゆる光に願わん。


 この場をしばしの間輝かさんことを。」

 

 時にむせぶように、時に歌うように響く叔父様の声。


「我 人の子の一人 アンティノウスが願う。『光』あれ!」

  

 スクロールの文面そのものは、先ほどのメルが唱えたものと同じはず。


 ですが実際には叔父様は、それを起動式としてだけ使って、後の部分は、より効力の高い古代魔法語の、更に韻や律に合わせて言い回しを直し、空間に上書きして詠唱しています。


 ですからよく見ていると、最初に展開したスクロールの文字が、変容していきます。


 それが術式の空間での上書き。魔法を使えない叔父様が、己の体内に魔術回路を生成できない叔父様が、スクロールに刻まれた魔術回路を利用して、かつ、自分が学んだ知識や技術をつぎ込んで、ようやく為した、魔法の真似事。


 どれだけ魔法を愛そうと、決してかなわない、その行使の、ささやかな代償行為。


 だから叔父様の術式の詠唱は、どれだけ美しくても、正確でも、流麗でも、どこかはかない。


 そう感じるのはわたしだけでしょうか。これは叔父様の恋歌。しかもかなわぬ恋の。


 聞き終わるとため息が出そうな、甘くせつない思いでわたしは満たされます。


 メルもまた同じなのでしょうか。


 わたしと全く同じタイミングで目を開けたせいか、目が合ってしまい、互いの様子をうかがってしまいます。


 そして二人同時に目を背けます。ふん、です。


 しかし、次の瞬間、巨大な光源が講義室に現れます。


 太陽と間違えるほどの強さで、しかしはるかに近い場所での出現です。


 わたしも再び目を閉じます。室内で悲鳴が上がりました。


「きゃっまぶしい!」


「なにこれ~!」


「爆裂呪文!?」


 いえ、ただの「光」です。


 はた迷惑ですけど。


 呪文じゃなくて、本人が、です!


 なにしろ瞼を閉じても目が痛いくらい。


 肌もピリピリして・・・。なんて強い「光」!


「さすが、ご主人様です。なんて力強く、美しい『光』でしょう。」

 

 褒める気持ちはわかりますが・・・遺憾ながら・・・時と場と考えなさい!


「『中和』を!メル!」


 わたしは思わず命じてしまいました。


 メルもそう思っていたのか、人目を気にしたのか、いつになく素直にわたしに従います。


 そしてすぐ


「『中和』!」


 と唱えたのですが・・・。


「全然効かないじゃないの~。」


 そうでした。


「高度な詠唱術式に対して、低位な簡易詠唱や無詠唱ではよほど魔力を費やさないと対抗できません!」


 シャルノの言う通りです。ですが。


「じゃあ、どうするの?」


 エミル、少しは自分で考えて。


「無理。あれ以上高度な詠唱術式はない」。

 

 諦めが早すぎです、リト。


「フェルノウル教官殿!ご自分で中和呪文の行使をしていただけませんか。」


 さすがシャルノです。ですが・・・


「ゴメン・・・『中和』のスクロール、持っていない。」


 叔父様・・・。叔父様は自力では魔法を使えないのです。


「ですがご主人様なら初級呪文くらい暗記なさっているのです。簡易スクロールですぐに自作されてはいかがなんのですか?」


 メル・・・不本意ですが、いい提案です。さすがは叔父様の使い魔メイド!


 なのに。


「それもゴメン・・・こんなにまぶしくちゃ、書き物なんて無理だよ。」


 ・・・叔父様の役立たず。


 しばらく光に苦しんでいたわたしたちですが、学園内にあふれるあまりの光量に教官室の皆様も不審に思い、ついに教官方の誘導で講義室から避難することになりました。


 教官方も、交代で「中和」や対抗呪文として「暗黒」を唱えたのですが、全く効き目がありませんでした。

 

 ついには、校舎内の全域がまぶしく、生徒たちの目に影響が出る、ということで、この日の午後は臨時休校になりました。


 最終的に「光」が消えたのは、その日が終わって真夜中過ぎ。


 ヘクストスの魔法街区は、この日、学園の異常な輝きに驚き、一晩中にぎわったとか・・・。

 

 これが世に言う「女子学園の光害事件」の顛末です。


「いや・・・ホント、ゴメン。」


 ・・・いえ。


 「光」なら被害がないなんて、考えたわたしが甘かったのです。


 今回は叔父様ばかりを責められません・・・ですが、ねぇ?


 叔父様がはた迷惑なことは永久にして不変です。


 本当に、誰が、なんでこんな人を教官にしたのでしょうか?




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作者:SHO-DA 作品名:異世界に転生したのにまた「ひきこもり」の、わたしの困った叔父様 URL:https://ncode.syosetu.com/n8024fq/
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