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第16章 その5 暴走は突然に

その5 暴走は突然に      


 ぎいいいい、がたん・・・どかぁぁあん・・・


 金属的な軋みをあげて、何かが飛ばされた音がします。

 

 わたしは遠くのその音を聞きながら、倒れた叔父様に抱きついているのです。


 その頭上からは、エスターセル女子魔法学園の制服を着た少女の声がします。


「お前・・・この『異民』の姪か?ならばお前も汚れた一族。俺がアントともども、『異民』どもの言うあの世とやらに送ってやる!」


 「異民」。


 異世界からの転生・転移者をこの世界ではそう呼称しています。


 叔父様が転生者ということは、わたしが6歳の時にご本人からお聞きしました。


 おまけに、実はおじいちゃんが転移者の一族で、わたし自身が「異民の子孫」ということも最近になって知らされたのです。


 こういう身になってみて、初めて「異民」という言葉の奥にある、ある種の疎外感や侮蔑感に気づいたものですけれど・・・ですが!


「叔父様をこれ以上傷つけさせるわけにはいきません!」


 今は、何よりもそれが大事!


 この少女は人質にされたフリをして、助けた叔父様をだまし討ちにしたのです!


 わたしは小剣を構え、立ち上がります。


 しかしその前に、その少女は横から蹴り飛ばされたのです・・・怒り狂ったメルによって!




 メルは、敵である狼獣人が人族に産ませた半獣人です。


 一見愛らしいその姿ですが、頭の上にはイヌ属の耳が、お尻の上に尻尾があるのがその証拠です。


 半獣人として奴隷となり、ついには半ば廃人となってあわや処分される所を叔父様によって救われました。

 

 幼いころから人族に虐待され迫害され続けた彼女は、人の悪意にとても過敏です。


 生まれ持った身体能力に加え、12歳にして中級魔術を修める天才児でありながら、人族、特に男性から悪意を向けられると怯えて何もできなくなるほど。


 ですから慣れないこのヘクストスに来てからは、学園の外に出ることすらほとんどなかったのです。


 今にして思えば、頻繁に彼女をエクサスへ「転送門」でお使いさせていたのは叔父様の心遣いなのかもしれません。


 往復金貨一枚という随分な「散歩」ではありましたけれど。


 しかし、そんなメルが誰かに強く怒る理由は、ただ一つ、叔父様を守る時だけ。


 彼女にとって、世界そのものよりも大切な「ご主人様」のためなら、自分の命すら平気で捨てられるのです。




 そして・・・今。


 叔父様を傷つけられたメルは、その獣人の眷属としての特徴である耳や尻尾を怒りで逆立たせ、いつもの愛くるしい顔は憎しみで歪んでいます。


 その目は赤く輝き、人族の敵、亜人そのものに見えます。


 それでも、彼女はわたしたち、いえ、倒れた叔父様の前で、敵に立ちふさがっているのです。


「・・・油断した。この卑しい半獣人!アントめ、こんなものまで飼っていたとは。」


 そう言い、お腹を押さえながら立ち上がる賊の少女・・・メルのケリを受けて、まだ動ける?


 でも、さすがに足元はふらつき、立つのがやっとのようです。


 そんな賊にめがけて再びメルが襲い掛かります!


 叔父様を傷付けた敵に対し、メルが攻撃を緩めることはありません。


「グルゥ・・・ゴシュジンサマニ、ヒドイコトシタナ!!」


 一瞬で紅金の髪の少女に近づき、その突き出される短剣などに目もくれずに今度は前蹴りを放ちます。


 その場で崩れる少女の頭を、なんのためらいもなく踏みつぶそうとするメル。


 おそらくあの踏みつけで、少女の頭蓋骨は砕けるでしょう。


「メル!殺してはいけません!」


 思わず叫んだわたしの声も、今のメルには届きません。


 わたし自身、叔父様をだまし討ちした敵を、どこまで本気で助けようとしていたのかは怪しいくらいなのです。


「!?・・・グルルゥ・・・」


 しかし、メルは突然その場を飛びのき、唸り声をあげ警戒の構えを見せます。


「さすがはケダモノ。勘がいい・・・。」


 メルがにらむ方向には、いつに間にか、長剣をかまえた一人の男が立っていました。


 その身長はおそらく2m近く。


 体重はメルの3倍はありそうです。


 そのくせ動きがしなやかで、一目でとてもかなわないと悟らせる、圧倒的な力量です。


「だが、所詮は犬畜生!」


「ウルルッツゥ!」


 メルがすごい速さで近づき、ケリや手刀を連続して放つのですが、男はそのことごとくをかわします。


 そして長剣での胴薙ぎ!


 かろうじて飛びさがったメルですが、一瞬遅れて、そのお腹から大量の血が噴き出します!


「メル!」


 その間にさっきメルに倒された少女が立ち上がり、わたしたちに向かってきます。


「そのケダモノは曹長に任せる。俺は本命をやらせてもらうぜ!」


「ロード殿!」


 その声の直後、少女を剣撃が襲います!


 リトです。


 リトは長剣で一気に少女の胸を刺し貫こうとします。


 ガキッ。


「ち・・・邪魔者がまだいたか。」


 リトの突きは短剣で防がれてしまいました。


「たかが女学生と侮ってはいけない。巨人災禍の際にはこの者らが邪巨人を倒したという情報も。」


「義父上はそんなことを言ってなかったぞ・・・ちっ!」


 話をする少女に続けざまに攻撃するリトです。


 こちらは明らかにリトが優勢。


「クラリス、教官殿を救護室へ!」


 幸い叔父様の使い魔さんたちは、賊のほとんどを無力化していて、残る強敵はこの「曹長」と言われた男と、リトが相手する少女だけのようです。


「ですが・・・メルが!?」


 メルはお腹をケガしても一歩もひかず、「曹長」に立ち向かっています。


 しかしその動きは明らかに落ちているんです。


 しだいに受け身になり、右肩、わき腹、左腕と傷を増やしています。


「メル、今助けます!」


 わたしの声なんかまったく耳に入っていないメルですが、見捨てられません。


 わたしは「曹長」に向け、左手でつくった剣印をふり降ろします。


「衝撃!遠当て・・・え!?」


 なのに!


 期待した衝撃波は起こらず、そもそも魔法円が形成していません!


 魔術が発動しない?


 体内の魔術回路は動いたのに、それが体の外に出て魔法円を形成する前に霧散していくんです。


「班長、さっきから私たちも試しているんですが、術式が作用しません!」


「魔術が使えないと、あたいはまた劣等生だよ。」


「・・・ミライとのつながりもたたれたの。」


 デニー、リル、レンは魔術こそ長足の進歩を遂げましたが、白兵戦はまったく・・・。


 こうなっては


「これ、対魔術結界よ!」


「そんなもの、どうやってここで展開したのやら。」


 学園長とワグナス教官もそんなに変わらないのです。




「ロードォ、手ぇを焼いていますねぇ・・・リーチ曹長もぉ仕留めきれませんかぁ。」


「義父上!」


「大尉殿、ご無事で。」


 さっき叔父様に昏倒させられた「ラーディス大尉」とやらが起き上がりました。


「もぉしもスリラムがやぁられるようなことがあぁれば迷わず使えぇ、『大佐』殿がぁそうおっしゃられなければぁ、つぅいためらぁったとこですぅ。何しろぉ国宝級アイテムゥ、『星のぉ瞳ぃ』でぇすからねぇ。」


 そう言うラーディス大尉の右腕には、大きな青い宝玉がついた腕輪が光っているのです。


 あれが・・・・対魔術結界を展開した呪符物?


「そんなものがあるなんて・・・。」


「勉強不足でした・・・わたしもまだまだです。」


 絶句する学園長に反省する副主任ですが、そんな余裕はないんです。


 「曹長」の長剣の撃ち込みをかろうじてかわしたメルですが、続いて放たれたケリはよけきれず、蹴り飛ばされてしまいます。


 もともと軽量の身、かなりの勢いで飛んで、でも、地面に転がりながらダメージを減衰しているようです。


 そして立ち上がって・・・でもそのお腹からは先ほどにも勝る勢いで血が流れ落ちているのが見えます!


 お気に入りのメイド服は、もうボロボロで血まみれ・・・。


「メル、一度さがって!このままではあなたが!?」


 そう叫ぶ声は、やはり今のメルには届かないのです。


 その間、近寄った「曹長」がふるう長剣をかわし、反撃の機をうかがうメルですが、身体能力には長けていても格闘術の心得を学んだわけではなく、体格で劣り武器を自在に操る敵の前には、再び傷を増やすばかりなんです。


 不利を悟ったのか、メルは大きく後ろに飛びさがり距離をとりました。 


「・・・ゴ・・・ゴシュジンサマ・・・ゴシュジンサマノタメナラ・・・ゲゴォッ!」


 メル?


 いつのも声とはまるで異なる異音交じりのメルの声・・・それすら次第に違うモノに変わっていきます。


 いえ、メルそのものが、違うモノに・・・二本の足で立つ姿が、歪になり、口は大きく前に突きだし、目はいっそう毒々しい赤光を放ちます。


 そして体中に髪と同じ赤茶色の毛が・・・狼獣人みたいに!?


「いけない!メル、それはダメ!戻ってきて!!」


 メルの獣人化が始まってしまったのです!

 ・

 ・

 ・

「叔父様、半獣人は、お母さんの人族の姿に、獣の耳や尻尾がついただけなんですか?」


 あれは叔父様がメルを引き取って間もなくのことです。


 メルはまだボ~ッとしていて、いつもベッドの上に居ます。


「そう思われてるし、ほとんどはその理解でいい。」


 叔父様はまだ傷だらけのメルを治療しています。


 今よりずっと幼く、包帯まみれの姿を、わたしは今でも覚えています。


 かわいそう、と思わないでもないのです。


 ですが、それでもそのころのわたしは、人族の敵、獣人の一族である怪物という見方を捨てきれません。


「だけど・・・そんな半獣人でも極めてマレに、父方の獣人の姿に変わってしまうことがあるんだ。」


 それを「獣人化」現象、と叔父様は教えてくれました。


 治療を終え、メルに薬を口移しで与えています。


 コクっとのどを鳴らして薬を飲み込むメル。


 それを見て、微笑む叔父様に、むっとするわたし・・・キスは嫌いなくせにって。


「どうしてそんなことが起こるのですか?叔父様?」


「何かに強く怒ったり憎んだりするとなっちゃうんじゃないかな。獣人化の被害に遭った人族は、だいたいその半獣人にひどいことをしているようだ・・・でも、正直、僕もよくわからない。やっとその手の書物を何冊か手に入れただけで・・・実際、人族は他の種族に対する興味が少なすぎる。このままじゃすぐに僕が一番の専門家になりそうだね。」


 眠ったメルの髪を撫でる叔父様。


 なんでそんなバケモノに優しくするのか、思わずヤキモチを焼く幼いわたしです。


「メルもジュウジンカするんでしょう?叔父様、危ないです!」


 叔父様の手を引っ張ったんですけど


「メルは獣人化なんか起こさないよ。だって、この子はず~っと人族にひどい目にあっても、獣人にならずにいたんだ。とっても優しい子だよ、何かに傷つけられても自分が傷つく方を選んでたんだ・・・こんなに小さいのに。」


 一度獣人化した半獣人が、もとの姿に戻ることは難しい。


 そう教えてくれながらも、叔父様の手は眠るメルをひたすら優しく撫でています。


 その時メルが自然に浮かべたのは、まるで赤ん坊のように安心しきった笑顔でした。

 ・

 ・

 ・

 わたしは腕の中の叔父様を抱きしめます。


 メルは獣人化しないと叔父様は言った。


 でも、そのメルが、叔父様を守る為に獣人化してしまう!


 自分がどんな目に遇っても、決して暴力を振るわなかったこの子が・・・。


 その献身はいつも叔父様のためにあったメルです。


 それが獣人になって、元の姿に戻れないことになったら、おそらく生きててもわたしたちに会おうとはしないのでは・・・。


「メル!お願い!叔父様の為に・・・あなたのご主人様の為に、いかないで!」

 

 おそらく「ご主人様」という言葉がかろうじてメルの意識に届いたのでしょう。


 メルは・・・もう目が血のように赤く、顔まで体毛で覆われた姿で・・・わたしを見たのです。


「・・・クラリス、サマ・・・ゴシュジンサマヲ・・・ゴシュジンサマヲ、オネガイシマス・・・メルノ・・・タイスキナ・・・ゴス、イィジンサマ・・・」


 その大きな口が横に裂けたのは、おそらく笑ったのでしょう。


 その口からは犬歯、いえ、大きな牙が飛び出しています。


 いつの間にかメイド服は跡形もなくなり、傷口がふさがった様子が見えます。


 そうしてわたしから目をそらしたメルは、一度姿勢を伏せるや、宙を飛ぶような勢いで「曹長」に向かっていくのです。


 「曹長」の剣撃をかわし、その首に牙を立てようとしましたが、それは左腕で防がれ、二人は対峙します。


「まさに犬畜生とはな・・・この世界から滅殺してやる!」


「グルルルゥッ。」




「ぬかった!」 


 別な場所では、リトがメルの獣人化に気を取られたスキに、紅金髪の少女に右腕を切り裂かれてしまいました。


 握力を失ったのか右腕は柄から離れブランと下がったまま・・・。


「ふせぎやがったか・・・やるな。女のくせに。」


 急所への一撃は防いだものの、片腕で長剣を操るのは、小柄なリトにとってかなりの負担です。


 いえ、それ以上にリトが辛そうです?


 ですが・・・・加勢に行こうと思いながら、わたしは叔父様のもとをはなれる勇気がありません。


 夜目にも蒼白になったお顔を見つめます。もしわたしが離れた時に何かあったら、このまま叔父様が死んでしまったら・・・そう思うと動けないのです。


 お願い、叔父様・・・メルを、リトを助けて・・・動かない叔父様を抱きしめるしかない、無力なわたし。


「クラリスはん!しっかりなさいまし!」

 

 ばしん。


 わたしの頬が鳴ります。


「あんたがそれでは、助かるもんも助かりまへん。」


 なんでジェフィなんかに、そんなことをいわれなければいけないんでしょう!


 そう思ってにらみつけると、ジェフィがわたしを見る視線とぶつかります。


「こんなやにこいとうさんにうちは負けたんやありまへん!」


 その視線の強さにうつむいたのはわたしの方。


「でも・・・叔父様が・・・。」


 ジェフィがわたしを肩をつかんで揺さぶります。


「いいですか!だいたいあそこの使い魔がまだ実体化しとるんですから、教官はん、まだご無事ですやろ?」


 その指さす方を見ると確かに使い魔さんは姿を見せたままです!


 みんな寝そべってはいますけど。


 わたしの腕の中の叔父様。


 その胸からまだ血が流れています。


 服も地面も赤く染めて。


 でも・・・おそるおそる耳を当てると・・・トクン、トクンって力強い、あの鼓動が!


 いつか聞いた、あの音のまま。


 なら、まだ、きっと大丈夫。


「・・・ジェフィ。この借りは今度返します!」


「ええ。助かってからでかまいまへんけど。そん時は、せーだいかえしておくないな。」




 気を取り直したわたしは、宙に向かって呼びかけます。


「酉さん!起きてますか!叔父様は今どういう状態なんですか!?」


「・・・ヤツガレめも少々ショックで、一時的に気絶しておりました。」


 どうやら半活性化状態ながら、酉さんも消滅していないようです。


「あなたのことはいいから!」


「・・・はいはい。どうせ所詮はしがない使い魔の酉めでございます。ええ、ええ、お話しますとも・・・。」


 見えない酉さんを縊り殺したい衝動に耐えながら、わたしは次の言葉を待つんです。


「短剣の一撃は、ヤツガレの仲間、がかろうじて防ぎ、心臓への刃をそらしました。ケガそのものは致命傷ではないですな。しかし、おそらくあの短剣は魔力へのダメージも、与えたのでしょう。子めが受けた損害をご主人様が肩代わりした形になり、一時的な魔力の欠乏となったようです。それでなくとも使い魔の同時使用はかなり魔力を使うのですから。」


 じゃあ・・・魔力さえ回復できれば!?


「学園長!魔力回復薬をお持ちですか?」


「ないわ。救護室に行けばあると思うけど。」


 確かに。


 でも、今ここを離れては・・・


「デニー、リル、レン。叔父様をお願い!」


「はい!わかりました!」


「でも、クラリスは?」


「・・・アント・・・。」


 デニーが周りを見渡し、状況を見守っています。


 リルは自分も不安ながら、わたしを案じてくれました。


 レンはハンカチを出して叔父様の手当てをしてくれています。


 白兵が苦手の三人に叔父様を預けます。


 わたしは、また叔父様を見つめます。


 その目を固く閉じたままで、胸元からの血が止まらない。


 でもきっと大丈夫、そう自分に言い聞かせて・・・


「リト!?」


「まだまだ!」


 そう答えながらも、いつしかリトの足元がおぼつかない様子です。


 リトもさっきの短剣で魔力を失ったのです。


 ここまで来るのにもかなりの魔力を使った上に、さっきの一撃で相当に疲弊したのでしょう。


 肩で息をしているみたいで、苦しそう。

 

 それでも、少女はリトに任せるしかありません。


「なんや思いつきましたか?」


「はい、ですが誰にだってわかることです。あなたが先にしなかったのが不思議なくらい。」


「・・・あんじょうできますやろか?」


「あなたが本当に味方なら。」


 そう言ってジェフィを見つめるわたしです。


「またそないにうちをいちびりなはる。」


 そんなジェフィが浮かべた笑顔は、きっと今のわたしと同じはず。




 闇にまぎれて、こっそりと近づくわたしです。


 目標は、「大尉」です。


 あと少し!


 そして一気に立ちあがって、切りかかります!


「ええぇぃっ!」


 カキィィン!


「なぁにものぉ!」


 わたしの小剣ショートソードを防ぐ大尉の濶剣ブロードソード


 ぶつかる刃から火花が飛び散ります。


 刺突用の細剣レイピアよりは幅広いこの剣は、実は軍事用の重剣の一種です。


 敵を断ち切るための両刃で、柄には手を守る護拳ナックルガードがつき、小剣と長剣の間くらいの刀身。


「学園を襲う者は、一介の生徒の身であってもこのクラリス・フェルノウルが許しません!」


 一度距離をとって、構えます。


「フェルノウル・・・アントの一族か!?」


 そのわたしを追って迫りくる「大尉」の濶剣。


 正規の剣術を身につけているのか、まともに戦ったなら、勝てないでしょう。


 しかし、本来歩兵用ではない刀剣をなぜこの人は使うのか。


 そんなことをつい考えてしまうわたしですが、手足はちゃんと迎撃のための動作をしてくれます・・・しかし!


 チィィィン!


 わたしの小剣を、遮るモノが!


「大尉はん、ご無事ですか?」


「あぁなたはぁ、確かぁ工作員のぉ?」


「ジェフィ、あなた、やっぱり裏切るの。」


 紅金のウィッグをかぶりなおした彼女は、スカートの下に隠していた三節棍でわたしの小剣の軌道をそらしたんです。


「おや、今更それ、言いなはる?」


 本来フレイルの一種の三節棍を、連結して短杖としてふるうジェフィは、得体のしれない笑みを浮かべるのです。


「クラリスはんみたいな、こーとなとうさんをだますなんて、ちょろこいことです。」 


 ムカッ、です!


「このジュンサイメギツネ!」


「ジュンサイ?メギツネ?・・・あんた、それ言うたらあきまへん!」


 わたしの顔めがけて、ぶうんと振るわれる三節棍をかがんでかわします!


「大尉はん、こんいらち、うちが止めおきます。ですが、敵は数だけは多いんです。もしもに備えて、大尉はんはあちらにお退りに!」


「ジェフィ!」


「おおぉ、あぁなたはぁいい働きをぉしますねぇ。帰ったらぁご褒美あげますよぉ。」


 大尉はジェフィが示した方に向かうんです!


 それを追おうとするわたしと、短杖となった三節棍を振いその間に入るジェフィ。


 しかし「大尉」からはどんどん離されていきます・・・このまま・・・!?


 そして!


「今よ!」


「はい!」


 茂みに隠れていた学園長とワグナス教官が飛び出し、大尉の両腕をつかみます!


 わたしたちから離れて安心していた大尉は、いきなりのことで完全に不意を打たれます!


「ジェフィ!」


「クラリスはん!」


 わたしとジェフィもそのまま猛ダッシュで追いつき、大尉の体を拘束して、ついにその腕輪を強引に奪い取るんです!


「きぃさぁまぁらぁ!」


 騒ぐ「大尉」を、押さえつけるワグナス教官・・・あぶなかっしいです。


 学園長も猿轡をかませようとして噛まれてますし・・・お二人とも、肉体労働は苦手みたいです。


「クラリスはん、これで・・・対魔術結界、消えはりました!」


「リル!叔父様に『魔力供与』を!」


 わたしに声が届いたのでしょう、離れた場所から白銀の魔力の輝きが見えます!




「クラリス様!お見事でございます!主が目覚めましたぞ!」


 もう、ヘナヘナになりそうなわたしです。


 でも、そんな場合ではないのです。


 まだメルが、それにリトだって。


 そんな、よろめくわたしを、ジェフィが支えてくれます。


「・・・ありがとう、ジェフィ・・・でも、さっき本気でわたしの顔をねらったでしょう!」


「なに言わはりますか。クラリスはんが、ジュンサイやらメギツネやら言うたからです。」


「それはあなたが、ちょろこい何て言うから!」


「だって、そうでも言わんと。なんです、あの棒読みセリフ。あんなんで人をだませる思います?少し本気にさせよ、思うたんです。」


 ああ言えばこう言うジェフィなんです!


 いつもそうして、しれっと言い逃れる・・・。


 ですが、こんな気にゆるみは一瞬で消えます。




「メル!」


 目覚めた叔父様の悲鳴が、わたしに胸を貫くんです。




「あんた・・・リーチ特務曹長か?」


 駆け付けたわたしが見たものは、


「・・・15年ぶりか。随分背が伸びたな、見違えたぞ、アント。」


 まだ胸の血が止まらない叔父様と、にらみ合う賊の巨漢の姿。


「隊でもマシな方だったアンタならわかるだろう。その子から離れろ。そうすればこの場は見逃してやる。」


 その「曹長」の足元には、倒れ、血まみれになったメルの姿が!


「その子?こんな人外のバケモノ、人族の敵を見逃せというのか?」


 「曹長」もいくつか傷を負った姿です。


「メルは人族の敵じゃない!人族こそがこの子を言われなく虐待してきたんだ!」


「獣人を害せんとするのは当然の正義。この世界の秩序を守る正当な行動だ。」

 

「何が正当だ!この子は・・・うわっ!」


 叔父様に駆け寄る影は、紅金の髪!

 

 その手には未だあの短剣が!


 追いつき防ごうとしたリトも疲労が激しく、走るのはムリそうです。


「ちぃぃぃっ!」


 叔父様が右腕を一振りすると、いつぞやのように細長い棒が出現します。


 本当に魔法使いみたいです。


「引き寄せ(アポーツ)」とは明らかに違いますし。


 ところが・・・


「主!それはいけませんぞ!」


 酉さんの思念の声はわたしの頭にまで響きます!


 その声を気にもせず、叔父様の振るわれる棍棒は少女の短剣をからめとるのです。


 酉さんの警告って、何だったのでしょう?


「・・・僕は、女の子には暴力を振るわない・・・そもそも非暴力主義だけどね・・・っく。」


 顔をゆがめる叔父様は・・・いつもと様子が違います。


「俺は女じゃないぞ!」


 一方、少女はそう叫び、叔父様を火のような目でにらむのです。


「・・・?いや、キミは女の子だ。ボクが見まちがえるはずがない・・・それに・・・ロデリアさん?」


 以前オルガさんを一目で「男の娘」と見破った、眼力と言いますか、セクハラアイとでも言いますか、その特技は健在のようです。


 ですが・・・ロデリアさん?


「言うなぁ!母の仇め!」


「ロード殿!」


 素手のままとびかかるロードと呼ばれる少女ですが、叔父様の棒で遮られ・・・?


「主!」


「ちっ・・・やっちまったか。」


 叔父様の持つ棍棒が、いえ、その右腕がぼんやりとした白い霧に包まれ、消えていきます!


 少女はそんな叔父様に体当たりして、転倒させ、そのまま馬乗りになります。


 そして叔父様の首にその両腕をかけ!


「ダメだ!クラリス!」


 叔父様の声で飛びのき、離れます。


 あと少しでこの女の心臓を貫けたものを!


 駆けつけたわたしは叔父様とその少女の間に立ち、右手に小剣を、左手に学生杖ワンドを構えます。


 「叔父様、甘すぎです!この人たちは仲間をも平気で殺す危険な賊なんです!!わたしもここに来るまでに何度もその光景を見ました!」


「それでも・・・僕はキミに『同族殺し』はさせたくない。女の子を殺したくもない。」


 転がったまま、叔父様は左手で懐からスクロールをお出しになろうします。


「待て、アント!動くのは止めろ!」 


 声の場所では、「曹長」が長剣を倒れたままのメルに向けます。


 その方向に走り寄るロードと呼ばれる少女(?)。


「ダメだ、クラリス。」


 小剣を向けたわたしを目ざとく止める叔父様です。


「・・・ですが」


 と、言いかけて、わたしは左腕だけで起き上がろうとする叔父様を支え、起こします。


「すまないね。いつもキミには手間をかける。」


 こんな時でも「すまない」。


 いつもわたしに謝ってばかりの叔父様。


 でもなぜかひじから下の右腕は消えたまま。


 敵を目の前にして、気をとられそうになる自分を必死で押さえます。


「リーチ曹長・・・いけ!さっき言った通りだ。」


 魔術が使える今なら、きっと勝てるはずです。


 ですが、その前にこの男はメルの命を奪うのでしょう。


 そう思うと、わたしも見逃すしかない、と思うのです。


「誰が逃げるか!曹長、アントを、母の仇を討つまでは俺は・・・!」


 曹長は、叫ぶロードのお腹を無言で殴り、あっさり気絶させます。


「ついでに大尉の身柄も返してもらおう。」


「大尉?そんなやついたのか?」


「・・・サーデガルド・ラーディス大尉だ。となりの中隊長だった。」


「あのいけ好かないヤツか・・・待てよ!じゃあ、やはりその子は!」


「いいのか、詮索している間に、このケダモノは死ぬぞ?」

 

 その足元には、もうピクリとも動かない、獣人姿のメルがいます。


「・・・いけよ、曹長。」


「フェルノウル教官!?」


 学園長はまだためらっています。


 学園に侵入し、多大な被害を与えた賊の首謀者格を見逃すことに納得がいかないのは責任者としては当然です。


 ですが、このままではメルが・・・もし生きのびたとしても、完全に獣人のままになってしまうかも・・・あの子はあの姿でも、ちゃんとわたしのことを、叔父様のことを分かっていた。


 今ならまだ・・・そして、その想いはわたしより、叔父様の方が強いんです。


「・・・学園長、すまない。でもお願いだ!メルを助けてくれ・・・。」


 ため息をつき、ワグナス教官がうなづくのを見て、あきらめた学園長です。


「あなた・・・これからは休講禁止よ。」


 そんなゆるい条件で叔父様の懇願を受けいれたのです。




「・・・グォ・・・グォス・・・ゴシュ・・・」


 まだ獣人の姿のとどめたままのメルです。


 そんなメルを叔父様は片手で器用に抱き上げ、救護室に運びました。


 ジェフィは当然ですが、学園長やワグナス教官ですら獣人姿のメルを険しい目で見つめ、デニーは近寄ろうとするレンを押さえ、むしろ距離をとろうとしています。


 ちなみにリトは疲労のため、リルは叔父様とリトに「魔力供与」をしすぎたため、二人とも叔父様の使い魔である、おウマさん、おサルさんに運ばれ、別のベッドに横たえられています。


 かくいう叔父様自身、使い魔を総動員した上に魔力を奪われ、お顔の色がとても悪いんです。


 胸の血もまだ完全には止まりません。


 それなのにメルに話しかけて、ご自分の治療を後回しにしています。


 スフロユル教官は、首を振って諦めます。


 彼女もメルを見る目には憎しみがあるのですけれど。


「メル・・僕がわかるんだね・・・いい子だ。これならすぐに元の姿に戻るよ。」


 毛むくじゃらなメルの手を握る、叔父様。


 本当に優しい声です。


 でもそのお顔は泣きそうになっています。


 いつもながら子どもみたいです。


 35にもなって。


 わたしだってホントは、賊の正体とか、昔の知り合いとか、仇って呼ばれたりとか、右腕はどうしたのかとか、聞きたいことはたくさんありますけど、そんな顔をされたら聞けないんです。


「・・・ゴ・・・ゴシュジ、ン、サマ・・・」


「いいから・・・ホントはこの姿のままの方が傷の治りは早いんだけど・・・」


「・・・叔父様。さすがに・・・」


 続く言葉は飲み込みます。


 でも、みんな、不安がっています。


 ハッキリ言えばメルを、怖がっているんです。


 早く人に戻してあげないと、いくら傷が治っても、ようやく認められていらメルの立場がまた元通りになりかねません。


 やっとクラスの子たちにもなじんできたのに。


「メル・・・早く戻るのよ。みんな・・・きっとみんな・・・」


 待っている。


 それだけの言葉が出ない・・・だめなわたしなんです。


 みんな、待ってくれるんでしょうか?


 デニーはレンを連れてリトとリルのベッドに行ってます。


 二人ともつかれてはいるけど、ケガは軽い。


 リルに至っては無傷。


 メルの方がよっぽど重傷なのに、でも誰もメルに会いに来てくれない・・・。


「・・・ク、ルァ、リュ、・・・シュ、サマ?」


 メルが心配そうにわたしを見ています。


 なんで?


 いつもはあんなにケンカばかりで、今だってあなたの方が重傷で、こんな姿になって・・・なのに。


「メルは優しい子だよ、クラリス。キミもだけどね。二人とも、いつも・・・そうだな、姉妹みたいだよ。ただし、素直じゃない、仲の悪い姉妹って感じ。」


 叔父様はメルに薬を飲ませています。


 薬もグラスの水も飲めない彼女に、昔みたいに口移しで。


 わたしはそれを見ることができず、その場を後にしたのです。


「今日は僕を、クラリスを、みんなを守ってくれてありがとう。大丈夫、きっと目覚めたら元の姿だよ。・・・メル、安心してゆっくりお休み。」


 きっと叔父様は半ば泣きそうになったまま、でもとっても優しい顔でメルにささやいているのでしょう。


 今日くらいは、それを見逃がしてあげます・・・あの子は、わたしの鏡写しの、仲が悪くて、出来が良すぎる嫌味な妹分なのですから。


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作者:SHO-DA 作品名:異世界に転生したのにまた「ひきこもり」の、わたしの困った叔父様 URL:https://ncode.syosetu.com/n8024fq/
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