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第16章 その4 暗殺は突然に 

その4 暗殺は突然に     


 あれは学園祭の数日後のことでした。


「ジェフィがパン魔女を退学したばかりか、デクスフォールン男爵家では彼女の後継ぎを取り消し、放逐したそうですわ。」


 貴族界にそういう噂がある、シャルノが教えてくれたんです。


 新しい後継ぎは現当主の次男の方・・・ジェフィのお兄さん・・・になったとか。


 ジェフィのお姉さんはシャルノの叔父さんの夫になるはずですが、それでも詳しいことはわからないそうです。


「ああ・・・やはりそうなりましたか。」

 

 デニーが言うには、以前ファラファラがパン魔女に潜入調査を行った時に、一年生のかなりの生徒がジェフィに反発を感じていたそうです。


 教官や先輩に取り入って、対抗魔術戦の指揮官になったやり口や厳しい訓練が、同じ一年生からすれば我慢できなかった、ということなのです。


 デニーは一度ジェフィを自宅まで送っていったことがありました。


 それなりに関心があったのでしょう。


「私が見たところ、ご実家でも、必ずしも支持されていた様子ではなかったんですよね。もともと家庭内下克上の結果の後継ぎでしたから・・・。」


 彼女はそう言ってメガネを曇らせたんです。


 そして


「それが、ファラたちと準決勝で、あの醜態・・・一気に仲間の不満も爆発したみたいなのぉ~♡」


 そのハートマークは不要でしょう、と言うのも忘れ、わたしは自分の立てた作戦が彼女をそこまで追い詰めてしまったことを後悔していたんです。


「違う。本人の人望のなさ。」


「ま・・・実際に幻術使ったわたいが言うのもなんだけど・・・あんなのに引っかかる方が悪いし。」


「あたいもクラリスが責任感じること、ないと思うよ?」


 ガクエンサイの対抗魔術戦では幾度となく煮え湯を飲まされたわたしたちは、ジェフィにいい感情を持っていません。


 そのせいもあってか、みんなそう言ってくれましたけど、それでもわたしの気が晴れることはありませんでした。


 だからでしょう。


 その日、わたしはデニーと一緒にデクスフォールン男爵家を訪問することにしました。


 男爵家と言っても、窮乏し、とっくに邸宅を手放していたので、今では移転してやや大きな民家でしたけれども。


 結局、わたしたちは本人はおろか、ご家族の方にも会えず追い払われたのです。

 ・

 ・

 ・

「そこの眼鏡の方も・・・あん時は、お送りいただいて、ありがとうございます。」


 ジェフィは紅金ストロベリーブロンドのウイッグを脱ぎ、いつもの濃い緑色の地髪に戻っています。


 うちの学園の制服姿は見慣れませんけれど、よく見れば、まぁまぁ似合っていなくもありません。


 異常に長かった、パン魔女のスカート姿よりはまともですし。


「お家も追い出され困っとったところ、うち、そのイケメン教官さんにスカウトされましてなぁ・・・女子学生として転校手続きいうことにして、今日ここに潜入しましたん。これでも夕方クラリスはん見かけた時はばれるんやないか、心配しとったんです。」


 ジェフィは、エス女魔に潜入する工作員として、ジャーネルン講師に勧誘されたとの事です。


 あの神経の太さといい、魔術の腕といい、巧みな口舌といい、向いているという気はします。


 何よりも人の弱みを突いてくる性格・・・ジャーネルン講師もガクエンサイの頃から眼をつけていたとのこと。


「そやけど、なんやらお仲間、いけずな人ばかりで・・・これはあきまへん思うとりましたけど、なかなか途中で抜けられるもんでもなし・・・ほんに悪い誘いになんて、のるもんやありまへんなぁ。」


 そういうヌケヌケとしたところは相変わらずです。


 そんなジェフィですが


「そいでもなぁ、ようやく言われたことも済ませましたし、後はスキみてサイナラしよ思うたんです。そしたらあんたがたがいらはって、えろう助かりましたわ。」


 要するに思ったより危険で悪質なことに関わったので、さっさと逃げようとしていたところにわたしたちがやって来た、ということなのです。


「このメギツネ!裏切る気か!」


「転送門」を閉鎖して、主任と合流したわたしたちです。


 その中に拘束したジャーネルン講師もいます。


 講師・・・主任の直接の助手だったのに・・・は、その整ったお顔をゆがめてジェフィに怒鳴りつけています。


 ですが当のジェフィは


「裏切るなんてとんでもございません。うちは表返っただけです。」


 この通りです。


 ジャーネルン講師の気持ちはわかります。


 わたしだって「何がタスカッタですか」って言いかけてましたから。


「こん人たち・・・「コアード」言わはるんですけど、ご存じです?そちらの主任様?」


 ジェフィはさっさとこの場の権力者、イスオルン主任に取り入る気満々です。


「ああ・・・なるほどな。ジャーネルン、貴様も見かけによらず愚かな選択をしたものだ。」


 確かにお顔は賢そうで優しそうでハンサムなんです・・・クラスでもジャーネルン派が一番多かったはず。


 でもわたしは以前から苦手で、幸いうちの班はわたしの影響のせいなのか、みんなフェルノウル派です。


 だからこうなっても、ショックは・・・まだ少ない方。


「はん!主任殿、あんたのほうこそ情けない限りだ・・・我らコアードの思想に近いところにいたのに・・・一度敗れたからと言って変節するとは情けない。再起してからのあんたは、ただの腑抜けだ。」


 そう憎々し気に叫ぶ姿は、わたしたちの前でいた時とはもう別人・・・。


 そして、この人が学園を裏切って、多くの賊を手引きしたのです。


 決して尊敬する相手ではなかったにしろ、そんな姿を見ると、やはりやりきれないのです。


「後でいろいろ聞いてやるが・・・」


 主任はそのまま「スタン」と唱え、ジャーネルンの意識を奪います。


「どうせ何も言わんだろう・・・そちらのお嬢さん、少し聞かせてもらおう。こちらについてくれるんならな。」


「ええ。それはもう、喜んでお話ししはります。こんなブッソーなたくらみに乗ってしもうたせめてものお詫びです。」


 わずかなスキにも自分の「誠意」アピールをねじこむジェフィなんです・・・ホント、抜け目ない。


 そのジェフィが言うには、侵入した賊たちは「コアード」・・・核人主義という思想集団・・・組織と言うのです。


 つまり、この世界の中核は人族であり、それ以外の種族の存在は認めないという考えです。


 侵略してくるゴブリン、トロウル、獣人といった亜人の殲滅はもちろん、異民・・・異世界からの転生者や転移者・・・やその子孫をも排斥し、さらに男性優位の血族社会の再構成を目指すのがその根幹思想とか。


「こん人たちの右手の甲に魔力を流すと、小さい星の輪が出るんです。死星環言わはるそうですけど・・・九つの罪ある種族に死をもたらす言う、誓いの証やそうです。」


 イスオルン主任が、意識を失っているジャーネルンともう一人の賊の右手をつかみ、魔力を流したのでしょう。


 その手の甲には確かに小さな九つの銀の星が輪をつくっているのが見えるのです。


「ちなみに・・・うちの手にも魔力を流してもらいますやろか、クラリスはん?」


 わたしはジェフィに言われるまま、その右手をとって魔力を流します・・・反応なし。


「これでうちがこん人たちの仲間やない言うん、わかりますやろ?」


「・・・たまたま時間なかっただけでしょう。」


 たかがこれくらいで、また味方アピール・・・相変わらず鉄面皮なジェフィです。


 しかし本人は気にもせずに、細い目をいっそう細めて微笑むばかりです。


 しかも


「あら、疑り深いお人やなぁ。うちとクラリスはんの仲やありまへんか。」

 

 って!


 ・・・ぶちっ。


 今わたしのこめかみでなにか鈍い音がしたのです。


「それは、犬猿の仲、というヤツです!」


 他に例える言葉はありません!


「両雄並び立たず。」


 それはどっちも「雄」、つまり「男」をさすのです、リト。


「不倶戴天の仲、とかですかね?」


 「仲」じゃなくて「敵」です、デニー。


「ええっと・・・」


 ムリに探さなくていいんです、リル。


「・・・同病相憐れむ、なの。」


 それは全然違うんです、レン!


 みんな適当なことを言って、事態の深刻さ、分かってますか?


 しかし、その直後、事態を一変させるデニーの報告です。


「主任、班長!石の迷宮が破壊されています!敵のうち・・・約半分・・・10人近くが突破する模様!」


「ちっ、かなりの手練れだと思ってはいたが、予想以上だな。さすがはこの学園を襲撃するだけのことはある。」

 

「そんな!感心してる場合ですか!」


 わたしは、すぐにみんなをまとめ援軍に向かおうとします。


 しかし・・・


「班長、敵の援軍が接近中です!ストーンゴーレム2体!」


 どこでそんなもの生成しているのですか?


「それなら、そこんお人が・・・」


 どうやらジャーネルンが事前にゴーレムの素材を校内に持ち込んでいたようです。


「相当に手の込んだ襲撃と覚悟はしていたが・・・まさか、これほどとはな。」


 主任が無力化した賊の数だけでもかなりのものです。


 ご自身の魔力は随分消耗為されているはず・・・。


「イスオルン主任、意見具申です!「転送館」の守備をお願いいたします。わたしたちはこのまま叔父様のもとへ向かいます!」


「・・・いたし方あるまい。ヒュンレイの「石陣」はまず突破されまいし。」


 忌々し気に同意する主任です。


 ヒュンレイ教官のおつくりになったこの石の迷宮は、あらかじめ北校舎裏手に埋めていた石を素材としてつくられる本格的な迷路で、まず精神的な圧力をかけて敵を幻惑し、侵入をやめさせようとします。


 それで侵入した場合、その中に配置された底なし沼とか、坂から転がる巨石とか、足をつかむノームとか、ロープを引っ張って転ばせるストーンサーバントとか無数の罠があって、その突破は極めて困難とか・・・教官室の「室内迷宮」の比ではないようです。

 

 あそこの空き地、不自然だとは思っていたのですが、そんな危険なモノがあったなんて驚きです。


 しかし、主任はそれでもこう付け加えます。


「もしもの時は、決してムリをするな。最悪、この学園がどうなろうと、お前らの命には代えられん。そう思っているのは、あの男だけではないのだ。」


それは、その厳しい表情とは裏腹に、教官が軍人を志す生徒に告げるには優し過ぎるお言葉だと思うのです。




「侵入したんは、38人です・・・もうぎょうさんやっつけましたけど。」


 やっつけたのはわたしたちであって、あなたじゃありませんけど。


 すっかり味方になった様子のジェフィに言いたいことは山ほど、いえ、天岩山脈ほどあるのですが、今は貴重な情報源であることに変りはありません。


「こん度の「コアード」の狙い言うんは、学園北西の地下研究室です。うちも「巨人災禍」の日に、あそこから何かが飛び立ったいう噂は聞きましたけど、何しろ翌週のガクエンサイでは近寄ることもできませんでしたし。」


 近寄ろうと思ってたんですか、スカウトされる前から!


 まったく油断のできないジェフィなんです。


「ほいで、組織で一番偉いんは「大佐」呼ばれてるお人です。これがもう・・・雰囲気からして、おそろしゅうて・・・今回は同行せんので幸いなことです。そんで、指揮官は「大尉」。他にスリラム言わはる上級魔術師が一人。あまり聞かん名やけど、内からの手引きがあったとは言え、ここの結界に穴を開けたんやから、使い手です。で、弟子の中級魔術師・・・これは、もうやっつけましたなぁ。」


 だから、やっつけたのはわたしたちであって、あなたじゃありませんけど。


 そこに肩を叩かれ、振り向くとデニーの青い顔が見えます


「班長・・・あちらを・・・」


 デニ-が指さす方向には、星明りに照らされて、粉々に砕けた石の破片が飛び散っているのが見えるのです!


 いえ、近くによってみると、そればかりか・・・


「これ・・・人の?」


「・・・手、あれは足・・・。」


「見ないで!」


 敵がいた場所から目を背けるのは、兵士としては失格かもしれません。


 けれど、リルやレンには見せたくないのです。


 ここには石の破片にまぎれて、バラバラになった人体が・・・。


 「生存者はないようです。」


 デニーの声が無情な事実を告げています。


 リルもレンも、夜目にも顔色を青くして・・・いえ、きっとこの場の全員がそうだったです。


 ここでなにがあったのでしょうか!?


「クラリス様、これは敵の魔術師が行使した魔術でございます。石の迷宮に入り、抜けられなくなった味方ごと、「超音波フォノン・メーザー」で粉砕し、突破したものと思われます。ちなみにヒュンレイ師は「石陣」を作ってすぐにお帰りになったのでご無事です。」


 教官のご無事はせめてもの朗報ですけど・・・でも、味方ごと?


 なんてひどい!


「ホンマにわやや。こないえげつないこつ・・・うちかていかん思います。」


 そのジェフィのつぶやきは、わたしは信じていいと思うのです。


「・・・ええ。絶対に許しません。」


「・・・ん。」


 だから、わたしたちは敵であったはずの死者たちに頭をさげ、そして急ぎこの場をはなれるのです。


 弔いは後で必ず、そう自分に言い聞かせながら。




「酉さん、回復したのですね。さっきはありがとう。もう大丈夫?・・・では、叔父様や他の方々の様子を教えてくれる?」


 宙に話しかけるわたしをうっすらと胡散臭げに見つめるジェフィですが、わたしはかまわず続けます。


 デニーが気を効かせて説明してくれるのは、助かりますけど。


「なんとお優しいお言葉!ご心配していただき感謝の念に堪え切れませんぞ。この酉、クラリス様のご厚情にかならず報い・・・」


「いいから、急いで話して!」


「こ~こっこっこっこ・・・」


「そこで落ち込まないで、ホントに急ぐんだから!」


 誰に似たのかしら、この面倒くさい性格・・・「使い魔」は主に似るそうですけど。


 気を取り直した酉さんの報告によれば、この先で、セレーシェル学園長が「蜘蛛巣城キャッスルオブコブウェブ」で賊集団を捕縛し、逃れた賊とはワグナス教官が「守護像パペットガーディアン」で戦ってるそうですけど・・・


 学園長が行使なさった「蜘蛛巣城」とは、レンも使う「蜘蛛のウエブ」系統の上級術式で、広範囲に展開し、進入したものを魔力でできた糸でからめとり捕縛するというモノ。


「ワグナス教官のパペットって・・・」


 人型の像を使役して、自由に動かす術式というのはわかってるんです。


 ゴーレムのような強さはありませんけど、多数を一度に使える点では便利です。


 でも、多数を展開するためには素材も大量にいるはずです。


 やっぱり石?


 でも石像は頑丈でも動きが遅くて、こんな場面では逃げられてしまうし・・・。


「はい、ワグナス教官のパペットは木像ですな。あれなら強度もそこそこかつ軽量で動きも俊敏なのでございます。素材は、学園の庭木です。もともと術が施されていたようですぞ。」

 

 確かに地下研究室周辺は、一見公園風で、固いマックの木もたくさん植えていましたけれど・・・まったく、どこに何を置いていたんでしょう?


 ・・・うちの学園って、いったい・・・。


 なんだか自分たちが暮していた場所がとってもアヤシイって感じてしまうんです。


「なにを言わはりますか。魔法学校言うたら、程度の差こそあれ、どこもかしこもいろいろあるに決まっとります。ましてここは軍が経営してるんです。当然でしょうに。」


 なんだかジェフィに上から目線で言われ、カチン、です。


「・・・そうですね。侵入者自身が言うんですから、実に説得力がありますね。」


「また、そないにイケズなこと言わはって・・・スケンドやなぁ。」


「だれが愛想なしですか!?」


 ホントにこの女は・・・細目で微笑んでばかりで、何を考えてるやら・・・まるで狐みたいです。


 あ、そう思ってみたら、なんだかそっくり。


 ジャーネルンが「メギツネ」って言ったのは、ただの悔し紛れではなかったのかも。




「あらら・・・これは?」


 しかし、見えない酉さんが突然困惑しきった声を上げて。


「班長!様子が変です・・・これは・・・拘束されていた賊が次々自由に・・・。」


 「敵探知」を行使していたデニーがあわて出して。


「あ、いけません!あいつら、やっぱりあのババチイ手を使うてきましたか!?」


「あの手?あの手ってなんです、ジェフィ!?」


 


 地下研究室入り口に急行したわたしたちです。


 その目に見えるのは


「学園長!」


「ワグナス教官も!」


 メイジスタッフを奪われ、手足を縛られたお二人の姿!


「伏せるんです!」


 ジェフィに頭を押さえられて、茂みの中に顔から突っ込まされたわたしとデニー。


 ゲボゲボ・・・これ、わざとやってませんか!?


 そんな不満を押し殺すわたしです。


 続いてリトやリル、レンも茂みに隠れます。


 ようやく顔を上げると、向こうに金髪で背の高いやせた男がいます。


 一人だけ、夜目にも鮮やかな白い軍服風の格好なのです。


 が、その男が拘束されたお二人に向かって


「上級魔術師とぉもあろうものがぁ情けないですねぇ。こぉんなに簡単に捕縛されるとはぁ。」


 と、嘲笑を浴びせているのです!


 ギリッ。


 わたしの奥歯がなんか鳴ってます。


「でも、言うほど簡単じゃない。」


 リトが指さす場所には魔術師・・・おそらくスリラム師・・・が倒れたままです。


 それ以外にも多くの賊が倒れたまま。


 お二人のお力です。


 ですが、そのお二人に近づく人物。


「あれがラーディスいう大尉、あいつが賊を実際に指揮してるんです。」


 そして、その男が肩を抱いているのは、うちの制服を着た少女!?


 その子はうつむいたままで、顔が見えません。


 身長はわたしと同じくらいですけど・・・でもあの長い紅金の髪は・・・だれ?


「あいつら、最初から人質に使うつもりで、エス女魔の制服を何着か用意して、うちや別の女子に着せて連れて来たんです!」

 

 そんな!?


「でも、生徒かどうかなんて学園長たちなら・・・。」


 もちろん、わかるはずです。


 一瞬惑わされたにしても。


「・・・生徒じゃなくても?」


 リトのつぶやきにハッとするわたしたち。


「ええ。クラリス、たとえ生徒じゃないってわかったとしても・・・学園長や教官方があの子を人質にされたら、見捨てられますか?いえ、フェルノウル教官なんか一番危ないですよ。」


 そう苦し気に言うデニーの声を聞き


「・・・きたない、きたないよぉ!」


 リルが声を殺して、うなり


「・・・レンも許せないの。」


 レンが泣きそうになってます。




「所詮は覚悟もなぁく、女を魔法兵にしよぉうなどという、軍一部の愚行に力を貸す者ですぅ。正義も信念もなぁい魔術師などぅ、この程度ぉ・・・さぁあ、そこで貴様らに朗報でぇす。そんな貴様らにもまぁだ正道に戻る機会を与えてやろぉう・・・我々を地下室に案内するでぇす!そうすればぁ命は無論のことぉ、我らの同志として遇してあげましょぉう。その働きによってはぁ、位階も授けようではあぁりませんかぁ!」


 ラーディス大尉とやらが、そう言いながら地面に倒れているお二人に迫ります。


「覚悟もなく女子を軍人にしようなどと誰が思うものですか。そんなこともわからないの?バカな人ですこと。」


「正義や信念があれば、少女を人質をとってもいい?そんな正義や信念ならおことわりですよ。」


 賊に押さえつけられながらもお二人は堂々としています。


 きっと自分たちの行動に恥じるところがないのです。


 人質の少女を見捨てられず、例え騙されたとしても、そのせいで自分たちがどうなろうと・・・。


 ギリギリッ。


 わたしの奥歯が再び軋み音を挙げます。


「やるからには一瞬で!」


「ですが、賊は魔術抵抗を高める呪符物アイテムを持っていますし・・・」

 

 「偽装迷彩カメレオン」が使えれば!或いは叔父様から頂いたあの指輪があれば・・・。


 離れた場所で、激高した「大尉」が、ワグナス教官に蹴りつけ、セレーシェル学園長のお顔を踏みつけているのが見えるんです!


 その唱える正義がなんであろうと、抵抗できない、しかも女性の顔に足を!


 絶対に許せない!


「お待ちなさい、クラリスはん!」


「ん!」


「ダメです、まだ打つ手もないのに、ただ突撃してはお二人もあの少女も助けられません!」


「わかるけど!あたいも同じ気持ちだけど!」


「クラリス・・・もう少しだけ。」


 いつの間にかわたしは飛び出そうとして、みんなに押さえつけられていました。


 みんなが正しいのです。


 わたしが闇雲に飛び出しても事態は悪化するだけ!


 でも!




 ごおおおおおん・・・がん・・・ががん・・・


 その音は大きく、周囲に響きました。


 地下研究室の入り口から少し離れた位置からです・・・あの場所は!


 そうです。


 その偽装された地面が開き、せりあがるエレベーターから現れたのは、クロガネの人型!


「なんです、あの変わった形の・・・ゴーレム?」


「ゴラオン!?」


「だれが・・・ああ、言うまでもありませんね。」


「フェルノウル教官殿なの!?」


「・・・アント。」


 間違いなくゴラオンです。


 でも、今出て来ても・・・事情を知った叔父様が耐えきれずに出てきてしまったのでしょうか!?


 賊たちが呆気にとられ、続いてゴラオンを警戒するように陣を組みます。


 もはや数名しかいない人数であれば、散開した方が厄介でしょうに。


 動揺する様子がこれでもわかります。


 ですが、このままゴラオンが動けば人質の少女は、それに学園長にワグナス教官・・・。


 「大尉」もそのことに思い当ったようです。


「ねぇ、そこぉの中にいる人ぉ・・・そぉのままそいつから出て来なさぁい!出ぇてこなければぁこの人たちがぁどうなるかぁ、わぁかりますねぇ?」


 そう言って、再び人質を使おうとする「大尉」!


 絶対に許せません!


 叔父様には指一本触れさせないんです!


 わたしは仲間が止めるのも振り払い、立ち上がるのです!


 そして「衝撃ショックウェーブ」って・・・叫ぶ寸前!!


「ぐわっ!」


 突然「大尉」が絶叫して倒れたんです!


 そして聞こえる、飄々としたお声!


、二人の拘束を解いて。うし、お前らはその辺の賊を蹴散らせ。手加減無用だ。ひつじは倒れたヤツらを眠らせて。」


 叔父様の声です!


 すうっと暗闇から姿をお見せになったのは、黒いシャツに白ネクタイ、メガネ姿の、やっぱり叔父様!


 叔父様はご自身の使い魔たちに矢継ぎ早に指示を飛ばしています。


 使い魔たちがその姿を実体化させ、叔父様の指示通り動き回っています。

 

 小さな青ヘビさんとパンダ柄のウサギさんが学園長とワグナス教官の縄をかみ切っています。


「ヘビィィィィ!?」


「学園長、落ち着いてください。」


 ・・・学園長はヘビさんが苦手なようで、逃げ回るため、なかなか自由になれませんでしたけど。


 一方で、黒いウシさんと茶色いイノシシさんは猛烈な勢いでまだ自由だった賊を体当たりで蹴散らしていきます・・・あれはイタソーです。


 叔父様に言われたとおり手加減してないんです。


 激突された賊は続々と重傷です。


「マッタク野蛮な連中です。ヤツガレ、同じ「十二神将」として恥じ入るばかりですぞ。」


 その力強さの前では、酉さんの負け惜しみが虚しいんです。


 そして、のっそりと動く白いヒツジさん。


 ヒツジさんは倒れた賊の上に乗ります。


 賊はジタバタ暴れながらも、その白くフカフカの毛に埋もれます。


 賊の上でヒツジさんがのんびりした様子で「メェ~」って鳴くと・・・あれ?


 賊はグッタリとして、グウスカって・・・寝てます?


 ヒツジさんは、賊が寝る度に、その賊の上でまた「メェ~」って鳴いて分裂し、新しいヒツジさんが別の賊の上に乗り・・・ドンドン増えていくんです。


「ヒツジさんが一匹、ヒツジさんが二匹・・・」


 その様子をリルとレンが楽しそうに数えていきます。


 そんな光景を、わたしは茫然と見ているだけ・・・いえ、実は思いっきり気が抜けちゃいました。


 地面にペッタン、です。


「・・・あそこにいるんは教官はん?」


「ん。そう。」


「いつの間に・・・」


「どっから来たの?」


「・・・ホッ。」


 みんなもこの急展開についていけないながらも一安心しています。


「やれやれ。ゴラオンに目を引き付けておいて、僕は「偽装迷彩カメレオン」でこっそり接近なんて、初歩の囮作戦だよ。どこの誰かは知らないが、あんたがバカにした軍学校の教官にはきっとモロバレだね。」


 それはケンソンし過ぎです。


 ここでゴラオンが出てくれば、誰だって、おそらくイスオルン主任がここにいたって騙されたって思います。


 めずらしく謙虚な叔父様は、そのまま「大尉」が捕まえていた少女に向かって微笑むのです。


「もう大丈夫だ、キミ。怖いことに巻き込んですまない。ケガはないかい。」


 そう言って少女の両手を戒めたロープを解きます。


「アレ・・・キミは!?」


 ところが!


 助けられた、紅金髪の少女が


「アント!会いたかった!」


 そう叫んで叔父様に抱きつくのです!


 思わず立ち上がるわたしです。


 これはどういう展開ですか!


 どこで知り合ってたんですか!?


 やっぱり「饅頭怖い」なんですか!!


「え?キミはダレだい?・・・まさか!?」


 離れた場所で怒ってるわたしに気づかず、叔父様は少女の肩をつかみ、その顔をよく見ようとするのです。


 ですが、次の瞬間、何かが閃いて


「うっ!」


 って、うめき、叔父様はそのままお倒れになったんです!


「いやぁ!?叔父様!叔父様ぁ!!」


 なにが起こったのか、わからないまま、わたしは叔父様のもとに必死で駆け寄るのです。


「会いたかった・・・嘘ではないぞ。アント・・・俺の母の仇!」


 そう言う少女の手には、不気味に光る短剣が握られていたのです。


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作者:SHO-DA 作品名:異世界に転生したのにまた「ひきこもり」の、わたしの困った叔父様 URL:https://ncode.syosetu.com/n8024fq/
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