第16章 その3 再会は突然に
その3 再会は突然に
通用門を通った後、わたしたちは食堂の裏を右に向かいます。
「班長、転送館から研究棟にかけて、戦闘です!これは・・・ゴーレム戦です!」
叔父様が聞いたら狂喜乱舞しそうな、デニーの報告。
転送館と研究棟は学園の北東部にある施設です。
このまま直進すれば行き当たります。
おそらく研究棟の裏手で戦闘・・・。
耳をすませば確かに激突する鈍い音が響いています。
「それはゴラオン?」
リトが聞くのも当然ですが、
「アイアンゴーレム一体がサンドゴーレム三体と交戦中です。イシオルン主任が単身迎撃していらっしゃると思われます!その周辺に10名程度の侵入者も・・・すでに何人かは戦闘不能です。更に向こう・・・北校舎の裏手に石の壁が多数展開。その前方に敵十数名が動かないまま・・・これは石の迷宮?」
北校舎の裏手は、そのまま地下研究室への入り口につながります。
目標はやはり・・・。
「・・・「石陣」・・・敵を惑わし侵入を防ぐ幻術の一種。土系の精霊術式。」
デニーの疑問に答えたのはレン・・・詳しいです?ちょっと棒読みみたいだったけど。
(ミライが知ってたの。)
あ、なるほど、です。
そして研究棟と外壁の間を進もうとするわたしたち。
「正面からから敵!6人!」
多過ぎ!予想外です。
「散開!迎撃!」
やはり素直に奇襲されてはくれません。
ですが、こちらに注意を向けさせるだけでも教官方の援護になるはず!
「回避!」
「閃光!」
前衛役のわたしとリトがそのまま敵に向かいます。
「光!」
「防御!」
「氷結!」
デニー、リル、レンが打ち合わせ通りの術式を詠唱していきます。
リトの閃光は敵へのめくらましとしてその足並みを大いに乱します。
何人かは目がくらみ一時的に戦闘不能になります。
レンの「氷結」も抵抗が難しい術式で、一人の敵の足元を凍らせ動きを止めました。
「閃光」が止んだ後はデニーの「光」のおかげで敵は丸見え。
リルの「防御」も心強いんです。
一時的に数が減った賊を一対一で迎え撃つわたしとリトです。
敵の一撃を小剣で防ぎ、即座に
「衝撃!」
鉄である剣を伝わってわたしの「衝撃」が抵抗不可能なまま敵を無力化します。
そして
「風刃!」
術式と!
ガキィイン!
剣撃を自在に操るリトはあっさりと敵を切り伏せていきます。
「強い!リト!」
「クラリスも!」
覚悟を決めたわたしたちは、みるみる敵を倒し、そのまま駆け抜けていきます!
「第一陣、突破しましたね!」
「メガネさん、油断しないで次の敵はどこ?」
「クラリス、あれ!」
「あれは・・・」
争う大きな人影が四体。
その中で、ひときわ大きく横幅もあるゴーレムが、夜にまぎれても黒光りしています。
敵に拳を打ち込む様子は、人間の動作とは異なり、腰や脚部が連動することなく、腕と肩の動きだけでふるう独特のもの。
生物ではありえないものです。
一方、その一撃を受けた灰色っぽい人型は、それを胴部に受けて周囲に砂をまき散らしながらも、未だ動きを止めません。
あの砂はむしろ緩衝材みたいになっているのかもしれません。
もちろんその人型は人族の大きさでもプロポーションでもないんです。
「ゴーレム・・・小型巨人くらいだね。意外にちっちゃい。」
冷静になって見れば、リルの言う通り。20m級の中型巨人を何体も仕留めたわたしたちです。
10m未満の小型巨人級に今さら驚くわけでもありません。
「ですが、生き物でない対象を仕留めるのは大変ですよ?」
叔父様の世界の「お話の中のゴーレムさん」は、頭にわかりやすい弱点があるということですが、さすがにこの世界では・・・しかもサンドゴーレムなんて、壊しても壊してもキリがなさそう・・・ならば!
「はい、術者は・・・あそこに!」
サンドゴーレム生成は中級術式です。
つまり相手は中級魔術師。
ならば格上相手に躊躇は不要!
幸い、賊の魔術師はアイアンゴーレムとの戦いに集中していて、まだわたしたちに注意を向けたばかり。
今なら!
「みんな!」
わたしたちは一瞬で魔術戦隊形になって、手をつなぐんです。
そして!
「・・・「衝撃!遠当ての術!!」
今のわたしたちの、2班、いえ、アルバトロス(自称)の必殺技です!
わたしの魔術回路に流れた魔力が、リトの、デニーの、リルの、そしてレンの魔術回路に一瞬で駆け巡り、そしてレンからリル、デニー、リト、わたしと戻ってきました。
その間に魔力は増幅して、最初の大きさよりはるかに強くなって・・・それが形作る魔法円の大きさは中級術式のソレを超えているんです。
本来接触系のこの術式を行使するには距離は離れていますけど、みんなの魔力があれば充分射程距離です!
試験では認められませんでしたこの術式も、その威力は折り紙付き。
魔法円は、わたしたちの眼前で姿を変えて、不可視の波となって術者の一人を襲います!
見えないはずの衝撃が魔力の波となって目標となった黒ローブの男に向かう様子が、今のわたしにはとてもはっきりと見えます。
狙いたがわず、その賊は抵抗もできずに一瞬で倒れこみます!
下手したら命を失っている威力を、でも、ためらう暇はなかった・・・。
三対一でかろうじて優勢だったサンドゴーレムですが、その一体が直接の管制から離れ、半自律に切り替わります。
動きが急に単調になったのが夜目にも丸わかりです。
黒光りするアイアンゴーレムは、その鈍くなった一体を手刀で唐竹割り、両断します。
とたんに砂となって崩れ落ちるサンドゴーレム。
一方アイアンゴーレムは、まるで生き物のような、とは言いませんが充分滑らかな動作で、残った二体を圧倒していきます。
突然遠距離から仲間を倒され、形勢を逆転されたことに後の二人の魔術師も気づいていました。
アイアンゴーレムに向かうべきか、その術者に向かうべきか、はたまた新手のわたしたちに・・・まだ迷いが見えます。
そのスキに!
「衝撃!」
もう一撃を加えます!
再び倒れる敵の術者。
自分の胸の痛みは今は気にしないんです。
「リト!」
「承知!」
わたしは自分とリトに「俊足」をかけて、残る一人にスキを与えずに急接近します。
しかし・・・
集中力を乱した敵を
「魔光砲!」
巨大な白銀の光線が、容赦なく飲み尽くすのです。
その光が消えた時、そこには塵一つ残っていませんでした。
その向こう側の外壁もまた、跡かたなく。
ここでの戦闘は終了のようです。
しかし気が緩むと・・・
「ふう・・・。」
ついに・・・わたしは人を相手に手加減なしで攻撃しました。
相手を殺してしまったかもしれません。
正直、胸には重苦しいものがこみ上げてきます。
ですがその想いは一瞬で捨てます。
今わたしが揺らいだら、リトはともかく、他の3人は・・・だから
「これはわたしの指示だから。もしも賊の魔術師が死んじゃっててもみんなは気にしちゃだめよ。どうせ敵はわたしたちを殺す気、満々だったし・・・軍属の魔法兵としては当然のこと。ね。」
そう笑ってみせるわたしです。
そしてみんなが気にする前に矢継ぎ早やに指示を下します。
「リトはわたしと、敵の生死と、装備品を確認。デニーは周辺の索敵に集中。リル、レンはこの場で警戒態勢を続けて!」
「「「「・・・はい。」」」」
みんな、きっと心は乱れています。
でもそれを忘れたかのように指示通り動こうとしてくれます。
しかしそれを遮るように
「・・・このバカモンどもが!」
わたしたちに浴びせられるのはそんな怒声。
アイアンゴーレムを操り、単身で敵集団を防いでいた、鬼の主任です。
でもこの怒りはきっとわたしたちに向いていない。
「イスオルン主任!軍の魔法学校の生徒であれば、自分の所属する施設の防衛は軍法に基づいても違反では・・・」
「そうではない!・・・そうではないのだ・・・だからバカモンだ!!」
無念そうな主任。
主任だって当然わかっているんです。
女とは言え、魔法学校に、軍の学校にいるということの意味は。
叔父様とケンカしてでも入学したわたしにだって、わかってたはずなんです。
「これでは・・・あの男に顔向けできん。」
主任も叔父様も、わたしたち女が戦場で戦うことを嫌がる差別主義者です。
その差別はわたしたちを守りたいからこその優しい差別。
でも、それでも・・・
「主任、わたしたちは戦場に行くことを覚悟してここにいる魔法兵です。どんなに未熟でも、自分たちの居場所を、自分たちを育ててくださった教官方を、そしてヘクストスを救ったこの学園を守ることに、もはやためらいはありません!」
わたしだけじゃない。
リトもデニーもリルもレンも。
「主任、班長・・・賊の魔術師二名の生存を確認しました。」
デニーの報告を聞くと、覚悟はしていても、つい大きくため息をつくわたしたちです。
わたし以上に覚悟していたように見えたリトですら。
そして
「ふん・・・それは確かに幸いだ。」
鬼の主任もそれは変わらなかったようです。
ご自分では一撃で人一人を消滅させても、わたしたちには「同族殺し」という禁忌を侵させたくはなかたのでしょう。
「まずは敵の武装解除と身柄の確保・・・自害しないように厳重に、だ。ここからは軍属として私の指示に従え!」
「はい、主任。ですが・・・」
本当は何よりも気になって仕方がないのです。
「敵の主力は、ここと、この先の「石陣」で足止めに成功している。更にその向こうには学園長とワグナスも控えている。念のため救護室にはスフロユルとミラスもいるしな。最終防衛線のあの男までは、さすがにたどり着けないはずだ。」
もっとも主任にはわたしの心配は見抜かれていたようです。
「それは安心。」
「はい、よかったですね、クラリス。」
「ホントホント。」
「・・・ミライもほっとしてるの・・・。」
みんなにも、ですけど。
そんなにわたしって、わかりやすいんでしょうか?
「主任、質問よろしいでしょうか?その・・・あの転送門から賊が侵入したとすれば・・・」
わたしが一安心しているうちにデニーが主任に質問を始めましたが・・・なんでそんなにこわごわと聞いているんでしょう?
主任が怖くて苦手なのはわかっていますけど・・・?
「ち・・・気づいたのはお前か、デニス・・・そう言うことだ。」
「本当に!?しかし、その手口では最低二人も!?」
驚くデニーに、ますます苦虫をかみつぶすような主任。
二人が何を話しているのか、ちょっとわからないわたしです。
「なんで、そこまで詳しい?まだ侵入経路もなにも話しておらんぞ!」
ああ~~・・・どうしましょう?
ですがここまで来たならば。
「すみません、主任。実は叔父様がわたしにつけてくださった「使い魔」が、学園の異変や侵入経路について教えてくれたんです。」
「あの男め!生徒にそんなものを憑けるな!・・・今後規則にさだめなくてはならんな。」
・・・今の時点ではセーフです。
怒ってはいますけど、これは倫理上のことでしょう。
勢いで一通りわたしたちから事情を聞こうとした主任に、再びデニーが恐る恐る進言します。
「・・・あのぅ、意見具申です。まずは転送門の閉鎖が急務ではないでしょうか?」
そんな、本当に不機嫌な鬼に向かって、勇気ある進言です。
主任もイヤイヤ認めざるを得ないようです。
ひと悶着ありましたが、
「もし侵入者が撤退したり逆に援軍に来た場合、あの人数をわたしたちでは足止めすらできません。しかし転送門の一時閉鎖はわたしたちで可能です。」
というデニーの説得で、ここの制圧はわたしたち、賊への警戒は主任が行うことになりました。
が・・・
「デニス・・・こいつらには?」
「・・・いいえ。主任からお願いします。」
真実の暴露というか推理の披露が大好きなデニーが、それを人に譲る?
それはあり得ないことのはず。
いったい何があるんでしょう?
そう不思議がるわたしたちに、主任の淡々とした声がです。
「・・・学園の転送門を利用できるのは学園関係者のみだ。それも、転送門を管理するものと、実際に転送されるもの中の誰か。最低二人は必要だ。」
「・・・・・・何をおっしゃっているのか、わかりません。」
そんなことは、ないんです。
絶対にないんです!
「クラリス?」
「・・・ええっと?あたいもわかんない?」
「・・・・・・。」
デニー以外のみんなも、いえ、リル以外は何か気づいた様子ですけど、それでも!
「やっぱり、そんなことは絶対にないに決まっています!何かの間違いです。そうでなければ・・・」
しかし、そう言いつのるわたしに、主任は冷厳に告げるのです。
「教官の中に賊に内通した者がいた。そして、もう一名、生徒の中にも協力者がいると思われる。」
そんな信じがたいことを。
「転送門」を設置しているのは「転送館」と呼ばれる小さな建物です。
小さいとはいえ、他の校舎と比べれば、というだけで、その辺の家よりは大きいのです。
この中に、「転送門」に加え、「遠話室」といった、術式によって外部との連絡・輸送を行う設備と、そのための宿直室などがあるのです。
その分厚い扉は今、閉じられています。
中には「内通者である」教官と彼の護衛についている賊二名ほどがいるはず・・・。
このままここを押さえられては、もしも三人目の内通者がいた場合、更に「転送」で増援がくる可能性があります。
ですが
「そんな内通者なんて、いるわけないでしょうけど。」
そう言うわたしに、イスオルン主任は不吉な言葉で送り出します。
「・・・私自身、かつてお前らを裏切った。そのことを忘れるな!」
それはそうです。
でも、今ではわたしたちをこれほど案じてくださる鬼の主任です!
だから
「・・・もしも、そうだとしても、きっと何かの事情が・・・。」
そう言うんです・・・。
「クラリス、不覚悟・・・現実を見に行く。冷静になって。」
そんなわたしをリトがたしなめます。
その可憐な顔も、今は厳しい表情。
わたしは顔を両手で一度叩きます。
バチンという音と痛みがわたしを刺激し、袋小路に入りそうな気持ちを切り替えてくれます。
「分かりました。まずは見届けます!・・・行きますよ、みんな!目標は侵入者の制圧と転送門の閉鎖です!室内戦闘になります。各種術式は今のうちにお願い!」
そして・・・
「解錠!」
みんなの魔力を集めて行使した術式は、下級魔術士のわたしの術式を飛躍的に高めてくれます。
賊がかけた「錠(ロック」)」を打ち破って、かちゃり、という音をたてました。
それを確認し、リト、続いてわたし、と侵入します。
数分後・・・。
わたしたちは「転送室」にいた二人の賊を無力化し、一人の人物を追い詰めました。
わたしの目の前には、リトに拘束され、悔しそうな金髪の美青年教官がいます。
「そんな・・・ジャーネルン講師!?」
賊と一緒に、わたしたちにためらいなく攻撃術式を唱えたからには、やはりこの方が・・・。
ですが・・・やや離れた位置に、さらに、もう一人いるんです!
それは、わたしたちの学園の制服姿、長い紅金の髪にすらりとした女生徒です。
夕方に一瞬見かけた・・・でも、こんな生徒はうちには・・・。
戸惑うわたしたちなんです。
ところが
「おやおや、お久し振りでございますなぁ、クラリスはん。」
その声!
その話し方!
そして、わたしを見るその細い目!!
「まさか・・・あなた・・・ジェフィなの?」
見覚えのある、いえ、それは決して忘れようのない、彼女の笑みなのです。