第15章 その6 再試験とその顛末
その6 再試験とその顛末
「がんばれ、二人とも。」
わざわざ早朝からわたしについてきてくれたリトです。
術式詠唱試験の再試験が行われる室内演習場はまだ寒くて、話すたびに白い息が出るんです。
広いから暖房も利きが悪いんです。
教官方に使役されている火の精霊さんたちも、何となく眠そうに見えます。
「うん、ありがとう。来年からキミと一緒に魔法騎士科に入れるよう、ボクは頑張るよ。」
ヒルデアはリトの言葉少ない、でも気持ちのこもった応援でいっそう気合が入って、こんな寒い中でも手袋を外し、コートも脱ぎます。
「寒くありませんか?」
ってつい聞いてしまうわたしですけど
「もう、それどころじゃないよ・・・キミと勝負してるのはリトやシャルノだけじゃない。」
まるで少年のような凛々しい顔で、わたしを見つめるヒルデアです。
わたしのほうが士道不覚悟でした。
「・・・そうです。わたしもあなたと勝負です!」
勢いでコートを脱ぎます。
手袋と、マフラーも外して。今日もわたしたちは制式戦闘衣。
気合いは充分です!
「やれやれ・・・若いね、二人とも・・・リーデルンくんは室外で待っていてくれたまえ。すまないね。」
問題発生後の再試験ということで、昨日とは違い見学はなし、だそうです。
叔父様・・・黒いコートとマフラーに加え、帽子までかぶっていらっしゃいます・・・がそう言うと、リトは不満に「リトでいいのに」ってつぶやいていますけど・・・不満なのはそっちなんですか、見学できないことじゃなくて?
「リト様。ご主人様は女生徒との距離感で苦労なさっているのです。特に学園長の前では。」
犬の耳で抜かりなくリトのつぶやきを聞きつけたメルが、ヒソヒソって。
「ん。でも残念。」
叔父様を教官として尊敬しているリトですが、今は不満を抑えて出ていきます。
でも扉の前で一度、わたしを見て、拳を突き上げて見せるんです。
同じ動作で返すわたし。
「では・・・一番手、ヒルデアルド・デルミーヒッシュです!」
ヒルデアがきびきびした動作で教官方に敬礼します。
再試験も主担当は叔父様ですが、魔法学園で一重要な試験とウワサされるだけあって、今日もしっかりセレーシェル学園長にイスオルン主任教授、ワグナス副主任まで勢ぞろいです
以前は紫色の装いが多かった学園長ですが。最近では赤いスーツが多く、そのせいか若々しく見えます。
いえ、もともとまだ20代でお若いんですけど、近頃言動も若返ったような・・・率直に言えば大人げに少々・・・。
「何か言いたそうね、クラリスさん。」
「いいえ、別に。」
こんな風にわざわざお聞きになるのが子どもじみてきたって思うんです。
隠し事が態度に出てしまう、わたしの乙女としての未熟さはさておきますけど。
「ヒルデア・・・昨日の「魔力付与」は支援呪文として有効だ。よって二回目の術式詠唱だけでいい。聞いているな?」
「はい。」
「そうですか。何か質問は・・・よろしければ始めてください。」
主任と副主任の諸注意も終わり、いよいよです。
ヒルデアは、右手に長剣、左手に小盾を持ったまま教官を正面から仰ぎます。
そして、力強く、それでいて滑らかな通常詠唱で唱えたのは・・・
「・・・・・・・・・・魔力よ 壁となって、わが身を守り給え。
我、人の子ヒルデアルド・デルミーヒッシュがその発現を願う・・・「防御!」」
「防御」は、文字通り魔法力を防御力に変換する呪文です。
魔法騎士を目指すヒルデアにとっても有効な術式でしょう。
再試験というのに気合も充分。
そして発現した魔法円の大きさは昨日のソレに劣らない!
全身に白銀の、魔力のヨロイを帯びたヒルデアを見て、思わずガッツポーズのわたしです。
「・・・難しい判定になりますが・・・魔力ランクBでしょうか?」
「かなりAに近いが・・・そうだな。妥当な線だろう。」
昨日と違って「酉さん」の「声寄せ」はありませんが、何しろ試験者が二人だけではここまで聞こえています。
そしてヒルデアは少し残念な様子でこちらに来ました。
「Bか・・・「防御」のような比較的一般的な術式で・・・Aに届かなかったな。」
昨日の「魔法剣」のような複雑で威力も高い戦闘術式と比べると、どうしてもそう思ってしまうんでしょう。
「いいえ。見事な術式でした。片手に長剣を持ったままの詠唱ですよ?あんな重いモノをもったまま自然に呪文を唱え、動作も正確。すごいって思います!」
魔法兵が護身用に装備する刀剣は、わたしも使う小剣が一般的ですが、重さ的には一キロ未満が一般的です。
それでもアント時代の叔父様なんて、これを振り回すことすらロクにできなかったくらいですし、実際に携行しない魔法兵の方が多いのです。
それが、このロングソードともなると最低1.5キロ、標準で2キロ。
片手で振るうにはかなりの重さを意識しなくてはいけません。
でもヒルデアは、それを構えたままの術式を行使したんです!
しかも盾まで持って!
そして何より、ワンドなし!!
「僕もリッパだとは思うんだけど、でもあんなもの持たないでワンド持って唱えた方がうまくいったんじゃないかな、ヒルデアルドくん?」
そんなことを言う叔父様は、やはり人の気持ちがわかっていないんです。
「違います!いいですか、叔父様。ヒルデアは・・・」
つい叔父様に反論するわたし。
「待って。クラリス。助勢はありがたいけど、後は自分で言うよ。」
ですがヒルデアは片手でわたしを抑え、自分で叔父様に正対します。
「フェルノウル教官殿。ボクはあなたの教えに従っただけです。そしてそれは正しかった。」
そう言われたご本人は、「ハトが豆鉄砲をくらったような」お顔なんです・・・鉄砲ってなんでしょう?
そう思ってる間に、叔父様の表情は一瞬でとってかわり、それはとっても愉快そうなものとなっていたのです。
「なるほど。昨日も今日も、キミは自分の意志を、覚悟を示すことで術式への集中を高め、今までの自分の限界を超えた。そう言うことかい?」
「はい!」
「ならばオッケーだ。僕はキミを応援する。」
そう言って叔父様は試験官の位置にお戻りになるんです。
「どうだ、フェルノウル教官殿。教え子に言いまかされる気分は?」
そんな風に人が悪いイスオルン主任ですが
「そうだな。あの時のおっさんの気持ちがわかったよ。」
って言い返されて、憮然としています。
あの時って、あのキッシュリア動乱の時?
「あなた・・・少しは教官らしいことをしてるのね?」
「人を教官にしたてた張本人がそう言うんだから、そうなんだろうよ。」
学園長の「からかい」にも負けない叔父様です。でも・・・
「教官が人を教えるなんて言いますけど、実際は自分が気づかされて成長することも多いのです・・・あなたが教官になって良かったと私は素直に喜びますよ。フェルノウルくん・・・まぁ、えらい人たちが素直じゃないんで、お節介に言わせてもらえば、ですけど。」
ワグナス副主任が穏やかにお話になると、叔父様はなんだか小さくなって、なんだか先生と生徒にも見えちゃいます。
あの人が?
素直過ぎて意外です。
後のお二人は、素直じゃないって言われたせいか、渋面ですけど。
わたしとヒルデアは、大人である教官方の意外な姿を見て、ちょっと驚き。
でも、この驚きは・・・いろんな意味でうれしい驚きです。思わずニンマリです。
「ああ!?そこの二人、何見てにやにやしてるの・・・ホラ、試験の最中だよ。次の方!」
そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。
大人ってそんなに年下に格好つけなきゃいけないんですか?
大変ですね。
それでも気をとりなして、わたしは前に出て叫ぶんです。
「はい。二番手クラリス・フェルノウル、参ります!」
「クラリスくん。昨日の試験であなたが行使した術式は二つとも規格外。非公式呪文で、更に魔術協会への申請は事情があって慎重にならざるを得ません・・・聞いていますね?」
「はい・・・これらの術式を公開することは、世に混乱を、最悪、新たな争いをもたらしかねません。」
「ちっ・・・どうせならもっと早く気づいてほしかったんだがな。」
そう主任に言われると、確かにその通りで・・・
「ちょっとハリキリ過ぎて、周りが見えなくなってたんだよ。若いってそんなもんさ。」
・・・35にもなって未だ独身の上、いちいち子どもっぽいこの人にそう言われると、なんだか心外なんですけど。
「またあなたは・・・自分の姪をかばい過ぎよ。」
「・・・事情を知っていながら身内の彼を推薦したのはあなたですよ、学園長?」
「んん?何か言ったかしら、ワグナス副主任?」
これ、いつまで続くんでしよう?
わたし、試験前でせっかく集中していたのに。
丈夫でしょうか、わたしの緊張感・・・そんなわたしの様子に気づいてくださったんでしょうか。
「・・・ええっと・・・早く試験やろうよ?僕も生徒もこの後忙しいんだ。」
「ふん。」
「エラそうに。」
「そうですね。」
ふう、です。
これでようやく始まりそう。
今日唱える術式の一つ目は、わたしの得意呪文です。
「回避!」
魔法円の展開と、その後の術の発現象もスムーズです。
わたしの姿は今かすんで、攻撃する相手がいたとしてもその命中力は大きく減殺されるはず。
微かに期待していた「ウィザーズハイ」は訪れませんでしたけど、手ごたえは充分です。
「ランクB」の声が聞こえ、まずは一安心です。
そして、一呼吸ついて、次の術式!
「魔力・・・それは世界の根源を司るもの」
わたしの体内の魔力・・・生命魔力オド・・・が、わたしの集中と詠唱に合わせて形づくられていくのがわかります。
それが魔術回路となって、体内を駆け巡っていくんです。
「魔力・・・それは生命の中に流れるもの
魔力・・・それは精霊の働きを促すもの
魔力・・・それは物質を形成しうるもの」
その魔術回路で増幅され、性質を決定されたオドが体内から放たれ、触媒となって、世界に満ちる魔力・・・現象魔力マナ・・・を呼び寄せ魔法円を形成します。
これで、わたしの意志が、魔力により世界に刻まれていくんです。
「魔力よ 今、その姿を矢と化して ・・・かの全ての標的を撃ち抜きたまえ」
そうです。
今なら、この攻撃呪文の基本中の基本と言える術式が、魔力を操作して意志を込めて魔術を発現させるという、根源的な構成から成り立っていたことがわかります。
それは、自分の意志を最も反映させやすい、ともいえるんです。
だから!
「我、人の子の一人 クラリス・フェルノウルが願う。魔力矢!」
わたしは左手にワンドを構え、右手は剣印を結んで額につける姿勢で、発動のきっかけとなるべく最後の魔力を放ちます!
わたしの眼前の魔法円は、形を変え、白銀の矢となります。
それは、今のわたしに可能な数の限界・・・五つの矢!
それを視認すると同時に右手を前に振り下ろします。
矢は標的に向き合って飛んで、白銀の軌跡を残しながら飛んでいき、目標を破壊しました!
やりました!
これが魔力矢の複数展開です!
正確な詠唱と動作に加え、大量の魔力、さらに、術式への高い理解度と明確な完成イメージがあって初めて達成できる大技なんです!!
「ウィザーズハイ」にはならなかったけど、本来の力で・・・。
って・・・あれ?
クラッとします。
なんだか急に視界が真っ暗になって・・・
「クラリス!?」
叔父様の声が、遠くで聞こえて・・・あれれ・・・ばたん、です。
目を開くと、そこは・・・救護室のベッドの上?
少々ボ~っとしますけど・・・以前もここで目を覚ましたことがあります。
では、こういう時は
「ここは・・・知ってる天井です。こう言えばいいんですか?」
「・・・やれやれ。キミは・・・こんな時に・・・誰の影響だよ、まったく。」
そう言ってわたしを額に軽くデコピンする叔父様です。
ちっとも痛くはありませんけど。
でも絶対あなたの影響なんです。
自覚してほしいって思います。
「イタいです、病人相手にヒドイですよ、叔父様ぁ。」
大げさに痛がってみせて、少しすねてしまうんです。
甘えてるって自覚はあります。
「一時的な魔術欠乏だ。このくらいは平気なはずさ。さっきまでの僕の心痛を返して欲しいくらいだね。なんだか知らないけど頑張りすぎ!」
叔父様はそう言って、メルから薬を受け取り、わたしに渡すんです。
「ご主人様は本当に先ほどまではとてもご心配なさっていたのです。正直、メルは嫉妬していたのです。それでも、こんな時にも第一声に中二病的な言動をなされるとは・・・さすがはクラリス様なのです。」
そこで犬娘メイドに感心されると、イタスギです。
いただいたお薬って・・・魔力回復薬では?
銀貨4枚はします。
わたしたちに毎月支払われるお給料の半分くらい!
「いただけません!こんな高価なモノ!」
って言ったんですが
「クラリスさん、素直に飲んで頂戴。お薬だって期限がくれば廃棄するんだし、期限内に使ってこその薬よ。それに学園長の許可もいただいてる。早く回復して、試験に復帰しなさい。」
スフロユル教官に強く言われ、仕方なく体を起こし、人生二度目の魔力回復薬を飲み干します・・・。
「ん・・・ほっ・・・なんだか、ぼんやりしていた頭がスッキリしてきました。」
そこで、ようやくわたしは自分が何で救護室にいるのかわかったんです。
「叔父様!試験は?詠唱試験はどうなったんですか!?」
時間がないから結論だけ。
叔父様はそう言ってあの後の、わたしが倒れた後の様子を教えてくださいました。
「まず・・・キミは魔法矢を5本召喚した。ただ実際に行使できたのは3本。それぞれの標的に向かった3本の魔力矢は、全て命中し、標的を破壊した。2本は消散しちゃったけどランクは最低でもA。評価のしようによっては・・・AA。」
叔父様はわたしが術式の中で、「一瞬のため」をつくり、「全ての」標的と敢えて詠唱を変えたことに気づいていらっしゃいました。
今は、教官方の間で評価の打ち合わせをしているとか。
ただ・・・自分の魔力量と平均的な魔力矢1本の消費量を考えれば最低でも5本は行使できると思っていたのに・・・ちょっと残念です。
「まったく・・・いきなり5本?やりすぎだ!いくら術式を理解して魔力が高いからって、初めてじゃ無駄な魔力消費が多過ぎるんだ。だからキミは魔力が欠乏して倒れちゃったんだよ。」
うれしいのか怒っているのか心配したのか、話しながら叔父様の表情がどんどん変わっていきます。
「いいかい!事情は試験官の僕は理解しているけど、魔術を教えた身としては賞賛したいし、でも、キミの叔父としてはあんな無茶なことはやめて欲しいし、僕はどうすればいいんだい?」
もう、すごい勢いでまくしたてる叔父様です。
でも、わたしに言われても困るんです。
「ご主人様。それは、クラリス様がお目覚めになったからそんなことが言えるのです。」
「そうですよ、フェルノウル教官。さっきまでの様子をこの子にも見せたかったわ。」
「別に、そんな大騒ぎしてないだろ?」
そういう叔父様は不本意そうに口をとがらせて・・・またあんな子どもじみたお顔に。
「ご主人様に反論するのは、メルにとって心苦しいことなのですけれど、あれを大騒ぎと言わないのであれば、世の中の大抵の事件は事件で無くなってしまうのです。先日の「巨人災禍」ですら珍事ですまされてしまうのです。」
「フェルノウル教官がこの子を担いでここに飛んで来たときは、ホントに邪巨人か邪竜でも来たかと思ったわ。後でここと演習場の戸、直してしておいてくださいね。」
・・・叔父様、どれだけご迷惑をおかけになったのでしょう?
わたしも周りの方々に謝罪をしなくては、そう思ってしまうんです。
「なにより・・・もう授業に向かってはいかがです?さぼる口実はなくなりましたよ。」
ええ?
授業またお休みになろうとしていたんですか!?
「それはいけません!ゼッタイに!?」
わたしは飛び上って叔父様の腕をつかむんです。
「こら、病人が元気になるな!」
「なに言ってるんですか、叔父様こそ病人でもないのにまたさぼろうなんて。ちゃんとお仕事なさってください!」
そのまま強引に連れ出すんです。
「メル、叔父様が授業にお使いになるものはあなたが持ってきて。」
「・・・それはとっても不本意なのです。」
メルは犬の耳を前に、尻尾を下に垂らし、わたしに抗議するんですけど、叔父様さえ押さえてしまえば、こっちのものなんです。
「やれやれ・・・僕の授業は試験も終わったし、今日は自習でいいって思ってたんだけどねえ。他の科目の試験勉強に使ったらいいんじゃない?」
生徒を前にした教壇でよくもまあ。
ですが
「いいえ、教官殿。よく来てくださいましたわ。」
「ん。待ってた。」
「あたし、できれば試験の感想とか、お聞きしたいです。」
シャルノにリト、エミルまで。
あんなダメな人に寛大です。
そのスキにわたしは後ろの戸からそ~っと教室に入ります。
「試験の感想は・・・個別に聞きたいものは、放課後教官室に来ればいい。僕の個人的な感想なら教えてあげるさ。でも他の教官が下した評価は言えないし、本人以外の生徒のことには何も言えない。」
みんな、こそこそ相談してます。
でも、さすがに試験勉強で忙しい放課後は難しい、というところでしょう。
そもそも教官室に私用で赴くのはよほどのことです・・・わたし以外は。
その間、何人かがわたしの着席に気づきましたが、わたしが人差し指を口に当てると頷いて黙ってくれます。
「さて・・・んじゃ、来たからには授業だよ。今日は術式の理解を高めるために、魔法文字で作文してみよう。」
実際にある呪文を訳すのではなく、自分で文をつくる?
「魔法文字は、古代魔法文字と違って、実際生活にも使用された言語だ。だったら意味と文法がわかれば作文できるし会話だってできる。」
決められた魔術の形式ではなく、自由に会話するレベルにまで魔法文字を使いこなせれば、確かに魔法文字への理解が深まり、術式のイメージをつかみやすいのです。
ですが、そんなことを生徒にご教授できる方は、この方をおいていないのです。
「ええと・・・クラリスくん。KIMI、IMANOKIBUNNHADOUDAI?」
「は、はい・・・WATASIHA、MOUDAIJYOUBUDESU。OJISAMA。」
久し振りに叔父様と魔法語での会話です。
ちょっとドキドキしました。
ところが・・・
「クラリス?いつの間に戻っていらしたのですか!?」
「まさか瞬間移動?」
「ていうより何て言ってるの?めっちゃわかんない。」
術式の形式からはずれた魔法語で会話なんて、みんなしたことがないせいか、いつも学んでいる魔法語が全然聞き取れなかったみたいです。
「そうか・・・クラリスはこれだけ魔法言語を自在にあやつれるから、魔力矢を5本出すなんてこともできちゃうんだ。」
そして、ヒルデアがそんなことを呟いちゃったから・・・
「なにヨそれ!」
「魔力矢が5本?」
「どうすればそんなことが・・・」
教室中大騒ぎです。
おかげで結局、叔父様の今日の授業は・・・
「ええっと、術式の威力や範囲を増幅することはみんなもやってるだろう。だけど、「魔力矢」や「火撃」「飛礫」なんかの投射式の攻撃術式は、瞬間的に攻撃対象を複数イメージすることが難しく、更には標的に向かって同時にコントロールするのは困難だ。それを可能にするのは、術式の完全な理解と魔力の操作なんだけど、これが難しくて・・・。」
わたしの「魔力矢」複数展開の解説をすることから始まってしまいました。
ですが
「だからね、いきなりやろうたって素地が必要なんだ。ちゃんと呪文を魔法言語として理解することが重要。」
ただの、発音も聞き取りもあやふやな外国語として唱えているうちはムリですし、言語の意味を正確に理解して・・・
「その上での、自分の意志だよ。もちろん意志の強さは重要だ。それは空間に術を刻む強さでもある・・・だけど、術式の効果をより明確に発現したいんなら・・・絵に例えて言えば、筆圧だけじゃなくて精緻な筆遣いが求められる。」
強く刻むのは意志の力。
でも正確に、能率よく発現するには魔法言語の理解と実践がもたらす明確なイメージ。
そんなお話の甲斐あってか、後半の魔法文字の実践は、とても試験が終わった授業とは思えないほどの熱中ぶりです。
おかげで遅れて来たメルばかりかわたしまで助手扱いで・・・
「クラリス・・・ここの意味はこれでよろしいのでしょうか?」
「教官殿!これ見て。」
「ありがとう、メルッち。」
「あんたなんかに聞きたくないわ。少しくらい先を行ってるからって・・・いいわ。聞いてあげるわよ。」
一部わたしに対して問題のある子もいますけど。
でも、いいんでしょうか?
わたしまでこんな教官めいたことをしてしまって・・・。
「仕方ないさ。キミとメルの魔法言語の実践力は・・・おそらくヘクストスでも十の指に入る。」
「そんな!?」
幼いころから当たり前のように叔父様に教えられた魔法言語です。
わたしにとっては時々エミルが話す変わった方言(?)よりも身近な言葉だったのに・・・。
「なによ、クラリス。変な目であたしを見て?」
「いいえ、別に。」
叔父様を師と仰いで学んだ結果、よくこういうことが起こります。
つまり叔父様、ひいてはわたし自身の常識は世間のソレとは大きく異なるという現実。
それに気づかされるたびに幾度「デカルチャー」とつぶやいたことか・・・。
「クラリス様は本当にご主人様の教えを金科玉条の如く大切に学ばれているのです。」
「なにが金科玉条ですか!?」
「文選」も地に落ちたものです。
地に落ちるのは「彗星さん」だけで十分なんです。
当の元凶の叔父様は教官室でくつろぎながら、珍しく「黒湯」を淹れています。
あんな真っ黒で苦いモノ、なんでお飲みになるんでしょう。
紅玉茶や黒鳳茶といった茶葉を淹れたものの、あの香りたつ気品が感じられないんです。
そんな不満げなわたしの視線にお気づきになったのは、叔父様にしては上出来なのです。
「あ?キミはいつものがいいよね?」
「はい・・・昨日のミルクティーがいいです。」
「あたしも、それがいいな。」
「では、わたくしたちは、みんなミルクティーでお願いいたしますわ、教官殿。」
「ん。感謝。」
「戦略論」に「地政学」といった重要な筆記試験を終え、放課後です。
もう期末試験も山場を越え、みんなもリラックスです。
「仮にも教官室で、こんなにくつろいでいいんでしょうか?」
才女シャルノにしてこのセリフです。
リトなんて「教官殿・・・「風刃」どう?」って言いながら、わたしを押しのけて自分の魔術の感想を迫ってます。
エミルにいたっては「メルッち、お菓子ないの?」って、もうお茶菓子の催促してます。
主な試験は終わり、後は学期末の成績表を待つばかり。
だからこそ許される、こんな時間です。
もっとも・・・そんな甘えは「本当にこの時ばかり」だったんです。
「試験が終わったからって気を抜いてるんじゃあるまいな!景気づけに走ってこい!」
そう怒鳴ってる鬼の主任とか。
「2学期はまだ終わっていませんよ。最後まで落ち着いて暮らしてください・・・とりあえずこの課題を明日まで。」
と微笑みながら大量の宿題を配布するクラス担当教官とか。
「キミたちの体力は全然足りないんだ。2学期の試験はオマケしたけど3学期は厳しくいくから!覚悟してください!」
って、やたら張り切る美少年教官とか。
「やれやれ・・・なんでこんな寒いのに授業なんてするんだろうね?そんなに寒い中震えるのが好きなんて、みんな特殊な趣味をもってるなぁ・・・。」
なんて仰るのは、さぼるスキをうかがうひきこもりですけど。
でもそう言いながらも「魔術原理」の授業はしてますし。
「術式の書方」は二回に一回は自習で、メルの「ご主人様講座」になってますけど・・・それはそれで一部の生徒には好評です。
こんな風に、どの授業もやたらと緊張感があって、なかなか2学期は楽に終わらないんです。
1学期の試験後は比較的くつろげた記憶があるのに・・・なんでこんなに厳しいんでしょう?