第15章 その4 熱血の詠唱試験!! 後篇
その4 熱血の詠唱試験!! 後篇
ヒルデアが魔法騎士に・・・。
みんなの拍手を浴びながら列に戻るヒルデア。
そしてそれを見つめながら、リトはとっても複雑そうです。
普段表情にはアンマリ出さない子なのに。
リトも魔法騎士を目指しています。
適性も高く、来年度からは専門に転科するつもりでいたはず。
だから、先を越された悔しさと、それを実行したヒルデアへの賞賛の両方があるんです・・・わたしと同じように。
そして、そのリトの順番です。
リトは、目を閉じて、口をへの字に結んでいます。
「リト・・・ヒルデアを意識しすぎないで。いつも通り、ね。」
そう、いきなりあんなものを見せられ、平常心を保つのは難しい。
でもここで心を乱したり、或いは急に対抗して自分も似たようなことをやろうとすると、おそらくはいつも通りの力は出せない。
見かけよりずっと感受性豊かなリトだからこそ、普段は平常心を大事にしてるんですから。
「ん。感謝。」
リトもわたしが言いたいことをわかってくれたみたいです。
一度閉じられた瞼が開かれると、黒曜石のようなきれいな瞳がわたしを見ています。
そして微笑んで、すぐ真顔に戻して
「18番手、リーデルン・アスキス。」
もう大丈夫・・・いつものリトです。
前に出たリトが最初に唱えたのは、得意の「風甲」。
回避力も防御力も同時に上げる便利な術式です。
この術式を簡易詠唱で行使できるリトは、いつも果敢に敵に立ち向かっていったんです。
しかも、リトもその魔力はランクB!
もう下手な矢や短剣くらいでは傷一つつかないでしょう。
思わずため息がもれます。
そして・・・
「・・・我は人の子の一人、リーデルン・アスキスが願う・・・」
長い通常詠唱の果てに繰り出される聞きなれない術式は・・・
「風刃!」
リトの前に展開される、白銀に輝く魔法円。
それが一瞬で消え去り、見えない刃となり・・・
「斬!」
リトの左手のワンドが横に薙ぎ払われると、標的どころか、その背後の演習場の壁に一文字の亀裂が走るんです!
風の精霊系の攻撃術式!
下級ではかなりの高難度です。
その時一斉に上がったのは感嘆の声ではなく、もはや悲鳴。そしてその威力は
「・・・ランクA・・・初年度生の市内歴代最高記録です・・・。」
うめくようなワグナス教官も声が聞こえます。
「ねえ、いっそのことこのまま魔術士認定やっちゃおうか?空前の記録続出だよ?」
そんな無責任なお声に反応する余裕は、あのイスオルン主任にすらありませんでした。
無表情で、しかし顔を紅潮させて戻ってくるリトを、わたしは微かな笑みと、挙げた右手で迎えます。
同じく微笑みを浮かべ、左手で返してくれるリトです。
わたしたちの手が「パァン」って鳴り、視線が一度だけぶつかります。
「ここまでやられたら・・・もう怖いモノはありません、勝負です。」
わたしは改めてリトに宣戦布告をし、そして背後のシャルノにも視線で戦意を送るんです。
「19番手、クラリス・フェルノウルです!」
左からは教官方の、右からはみんなの視線。
ですが、もうどちらの視線も気になりません。
さっきまでの気負いがウソのように消えています。
演習場内の空気の流れ・・・いえ、魔力の動きがわかるような、そんな感覚。
最高の状態です。
ならば、ここで行使する術式にも迷いはありません!
離れた場所にある標的をにらみつけます。
脳裏に術の完成イメージを浮かべ、充分に気合を込めて、その術名を叫びます。
「・・・・・・衝撃!」
と!
左手に握られたワンドから魔力が放たれ、眼前に形成していく魔法円、それが標的に向かう「衝撃波」に変わってきます。
それがいつもより、いえ、ありえないほどはっきり、ゆっくりと見えています。
これは、ウィザーズハイ!?
最高度に集中が高まった魔術師にのみ起きる現象なんです!
術式の行使の瞬間、まるで時間の流れが止まっているかのような感覚。
そして強い高揚感がわたしを包んでいます。
・・・と、急に感覚が戻りました。
その間、あっという間に「衝撃波」は標的にたどり着き、それを完全に粉砕しました!
細かい破片が辺りに散らばる光景は、まさに粉微塵!
わたしは思わず教官方、いえ、長年の師である叔父様を見るんです。
ですが・・・叔父様は腕を組んだまま、渋い表情です・・・なんで!?
なにか失敗したでしょうか?
不安になったわたしの耳に届けられた小さなささやき声。
「いつの間に僕の術式を盗んだやら。後でとっちめてやる。」
そのつぶやきは怖くありません。
だって叔父様がわたしにできることはたかが知れてるんですから。
いえ、「わたし的」にはむしろ「ご褒美」なんです。
「これもランク・・・B。ただし、この術式の難度は・・・もはや下級術式とは必ずしも言
い難い・・・」
「なにしろ威力云々より、魔法抵抗が極端に難しいし、成功しても麻痺しちゃうからねぇ。」
「おい、フェルノウル教官殿・・・これはあの時の術式だな。こんな物騒なものを教えていたのか?」
「いいや、おっさん。僕もびっくりだよ。呪符した指輪はまだ回収したままだし、編集した術式は教官室に・・・僕がひきこもっているうちに勝手に入ったんだろう。まったく。」
「だから貴様は管理が甘いんだ!なんでもかんでも垂れ流し過ぎだ!」
「この術式、制式術式でなければ、魔術協会に認可された公式呪文でもありません・・・どう評価したものでしょうか?」
あ?
それはいけません。
教官方が小声でもめていらっしゃいます。
なんだか申し訳ないんですけど。
気を取り直して次に向かうわたしです。
次の術式も、叔父様の・・・でも、躊躇は不要!
普通より長い詠唱入ります。
そしてようやく最後。
「我は人の子の一人、クラリス・フェルノウルが願います・・・酸性風!」
これは・・・わたしのオリジナル術式です。
正確に言えば、叔父様から(勝手に)学んだ、「結合詞」による付帯術式を使った術式。
「風操り(シルフコントロール)」「液酸」の2つの術式を同時展開して行使したものです。
標的の周囲に発生した酸が、同時に発生する渦巻によって金属なら酸化して錆び、非金属なら溶解し、消散する術式なんです。
またもウィザーズハイになったわたしには、酸の発生と風の渦がとてもはっきりと見えます。
風の精霊さんと水の精霊さんが手を組んで標的の周りをクルクルと踊るように回っているのが見えるんです。
水の精霊さんが吹き出した酸を、風の精霊さんが両手でかき回して、それが標的をボロボロにし、生じたチリをあちこちに吹き散らすところまで・・・。
ふう。
時間の流れが戻り、思わずため息をつくわたしです。
「魔力はランクA。これも・・・初年度生の新記録です。しかし、こんな術式・・・フェルノウル教官!?」
いつもは温厚なワグナス教授が、怒っているみたいです。
「やれやれだ。そりゃ二つの術式をいい感じでくっつけてるからね。でも、こんなんじゃ、ますます嫁の貰い手がなくなるぞ・・・。」
なぜか、そんな叔父様のつぶやきまで聞こえてしまうのを不思議に思いながら。
でも、
「だから、あなたが責任とってください・・・。」
わたしは、誰にも聞こえないようにこっそりつぶやくんです。
そして、顔を上げて・・・ようやく演習場に広がる重苦しい沈黙に気が付きます。
・・・誰かなんとかしてください!
さっきのリトの時のみたいな悲鳴すら起こらない・・・わたしは耐えきれずに、そそくさと元の場所に戻るんです。
出迎えてくれたのはリトの微笑み、そして・・・シャルノの戦意のこもったまなざしです。
「20番手、シャゼリエルノス・デ・テラシルシーフェレッソです。」
シャルノが名乗りを挙げました。
しかし、プラチナブロンドの髪をなびかせるいつも仕草がありません。
本気も本気。
なにしろリルに始まって20人のクラスメイトの最後です。
それもこんなにハイレベルの。
それでもクラスみんな、それに学園長に教官方の見守る中、微塵も臆さないシャルノです。
もうこんなところから別格なんです。
「火撃!」
強い光を放つ魔法円が、火の矢に変わり、標的を貫き、次いで燃やしていくんです。
簡易詠唱であの威力・・・さすが得意呪文です。
もちろん
「下級術式の簡易詠唱でこの威力・・・これもランクBです。」
ワグナス教授が言うのはもっともなんですけど・・・この場の全員が驚いたのは続く二つめの術式!
「これ?」
「おんなじ?」
みんなも気づいてザワつきます。
そして、長い通常詠唱を終え・・・
「わたし、人族シャゼリエルノス・デ・テラシルシーフェレッソが命じます・・・。」
そう、シャルノがここで敢えて唱えたのは
「火撃!!」
大きな火の矢が、標的に命中し、今度はそれを一瞬で焼き尽くしていきます!
一回目と二回目。
確かに同じ術式を唱えていけない、という決まりはありません。
暗唱できる呪文の数は他の試験で試されますし。
ただ、一回目は詠唱技術の早さを、二回目はその正確さと威力を示すものですが、試験官に強い印象を残すため、やはり違う術式を行使するのが一般的。
しかも二回目はできれば難易度の高い呪文を唱えてしまいがちなんです。
しかしシャルノは自分の得意術式を二回とも行使した・・・つまり一つの術式をより習熟し高めたという自信があるのでしょう。
それは魔法兵としては正しい選択なのかもしれません。
しかも、同じ術式だからこそ簡易詠唱の時と比べて、形成された魔法円の見事さ、魔力が変換された火の矢の大きさ、それが着弾した時の標的のダメージ・・・際だってわかりやすいんです。
「これもランクA・・・もう驚かないつもりだったんですけど・・・。」
「スキのない、気力も魔力も充分にこもった、実戦的な詠唱だな。」
「うち・・・創立一年目でもう永久に抜けない記録が乱立じゃない?ランクAが、しかも3人も!」
「ま、いいんじゃない?それだけの人材だと思うよ。」
教官方も密かに絶賛です。
ですが、なんでこんなに聞こえるんでしょう?
でも・・・人材がそろってるなんて、違うと思います。
才能以上に・・・わたしたちはこの数か月でいろいろな体験をして覚悟を決め、尊敬できる教官方に学んだのです。
そしてなにより互いに仲間としてライバルとして過ごした濃密な時間が大きく育ててくれたんだと思うんです。
試験を終えたシャルノは、教官方に敬礼を、わたしたちにはウインクをして、そのままわたしの隣まで来るのです。
ちょっと「してやったり顔」の伯爵令嬢を、わたしたちは拍手で迎えるんです。
「けれんみのない、でも実戦的で、いかにも魔法兵でした、シャルノ。少し意外でしたけど。」
「そうですね。でも、あなたの後ではどんな目新しい術式でもくすんでしまいます。あきらめて手慣れたものに絞っただけですわ・・・もちろん自信はありましたけれど。」
「シャルノ・・・豪胆。」
リトも自然にそう言うのです。
そんな時、教官方のヒソヒソ話がまた聞こえてきます。
「あらためてすごいじゃない?初年度の二学期で、ほとんど全員が略式詠唱以上、簡易詠唱も5人も!」
「しかもランクAのレコードが三人も。最初のリルルくんからいきなりBで始まったのもアリエナイくらいです。」
「かつてない優秀さだ。今、レベル認定をしても上位三人のレベル8は固い。いや、評価のしようによってはあと一人二人は・・・」
「さすがは、というところですね。後期では間違いなくレベル9に達するでしょう。創立一年目で新記録、いえ、もしかするとそれ以上の・・・」
離れたところにいる教官方の声は、なぜかさっきからわたしに丸聞こえ・・・これって?
「ねえ、クラリス。あんた、なに背中に張り付けてるの?」
「ええっ?」
アルユンが怖い顔でわたしをにらんでます。
彼女は「幻視」の才能を持ち、通常見えないものが見えるのでしょう・・・違う意味でも怖いんですけど。
すると・・・
「ヤツガレ、お節介ながら、いつでもクラリス様のお力になりますぞ。」
「!?まさか「酉」さん!いつから活性化していたの!」
叔父様がわたしの警護のために、つけてくれている「使い魔」の酉さん。でもいつもは非活性化していているはずなんですけど?
「いえいえ、ヤツガレはクラリス様のお力になるべく、ただいま半活性化しております。教官方のお話する内容に興味がおありと存じまして、お助けしておりました。」
今は姿を隠している酉さんは本来、空飛ぶニワトリの姿をしています(?)けど、離れた場所の声を届ける力があるみたいです。
だから・・・ああ、もう!
「黙ってて。ていうか、助けなんていりません!このお節介のお調子者!」
そんな教官方のお話を盗み聞きするような特殊な趣味は・・・いえ、失礼なことはしてはいけないのです!
もう、これまでの盗み聞きでも充分失礼でしたけど。
「叔父様に叱られる前に非活性化しなさい!さもないと、丸焼きにされちゃうんだから!」
そして、試験が終わってもわたしは更衣室でアルユンに追及されてしまいます。
「・・・で、あんたはなんでそんなのを従えているのよ!」
近くにはリトやリルがいて、さりげなくケンカにならないよう気を使ってくれてるんですけど。
「ええ?フェルノウル教官の使い魔!?・・・ちょっと姿を見せなさいよ?教官殿の使い魔って、話もできたの!?すご!」
ってアルユンが教室で大きな声を出したおかげで、もう大変です。
みんな大注目。
おまけに。
変な煙がもくもく出て、デデデンって変な効果音がしたと思ったたら・・・
「ヤツガレは酉と申します。呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン、でございます。皆さま、どうぞお見知りおきを。」
あ~あ・・・わたしの足元に赤茶色の、トサカのある鳥、要はニワトリが出現すると、着替え中のみんなが大騒ぎ!
わたしは左手で顔を隠して天を仰ぐんです。
「これが使い魔?」
「すごいすごい、ちゃんと話してるよ!」
「さすがはフェルノウル教官殿ね!」
みんなが騒いでいる間に、わたしは黙々と着替えていきます。
他人のフリ、他人のフリ・・・。
「やあやあ、皆さま、実にお美しい。おめもじ戴きこの酉、歓喜に耐えかねておりまする。」
調子もいいことを言って、みんなからきゃあきゃあ言われてる酉さんなんて、もう放置して、次の試験に向かうんです。
・・・ところが。
「ちっ・・・試験に来たのがお前ひとりとはどういうことだ?」
鬼の主任を前にして、ポツンと立ってるのはわたしだけ。
みんな・・・酉さんのおしゃべりに巻き込まれて、気が付けば試験開始時間に遅れちゃって・・・。
「クラリス・・・あんた、わざとあんなモン呼び出して、全員を試験から脱落させようとするなんて・・・なんて恐ろしいヤツ。」
「ええ!?わたしは呼んでませんし、勝手に怒って、勝手に見たがって、勝手に話して、勝手に遅れたのはあなたのせいでしょう!?」
「なによ?全部わたいのせいだって言うの!?」
そう叫び続けるアルユンを筆頭に、わたし以外の19人は、もうイスオルン主任の、試験前とは到底思えないハードな準備運動を・・・みんな、かわいそう。
わたしは勇気を出して鬼で悪魔の主任に向き合うんです。
「あの・・・主任。意見具申です。これ、テストに差しさわりがあるのでは?」
「ふん・・・お前ひとり別メニューじゃ確かに不公平だな。連帯責任だ。一緒にやれ!」
そっちですか?
「試験前だから勘弁してやる」じゃなくて「不公平だからわたしも」!?
これは「予想の斜め上」って言うんです。
一瞬、なんだかとっても理不尽な気持ちになったんですけど。
でも・・・!
「はい!ではクラリス・フェルノウル、過酷な準備運動に参加します!」
そうです。
こんなことでハンデなんかいりません。
わたしはみんなと堂々と競いたいんです!
むしろ嬉々として参加するわたしに、リトもシャルノも呆れていました。
もっとも
「過酷は余計だ!」
って主任には叱られちゃいましたけど。




