第15章 その3 熱血の詠唱試験!! 前篇
その3 熱血の詠唱試験!! 前篇
「魔術詠唱で勝負ですか!?」
シャルノが表情を一変させます。
わたしと並んで、初年度前期でレベル5という、記録保持者です。
普段は仲の良いお友達ですけど・・・実は前期の魔術師レベル認定の後、時々、こんな感じになります。
友達ではなく、戦う相手としての顔です。
「わたくしは幼いころから剣も魔術も高名な師について学んでまいりました。あなたとはいい友達ですが、魔術の腕で市民のあなたと並んでいるわけにはいかないのです!」
そう言って、一人、この場を立ち去り、いち早く次の試験の準備に向かうシャルノの後ろ姿を、わたしは見送るしかないのです。
「・・・ん。負けない。」
そしてリトも。
「基礎体力」で一位になっても、この子にはおごりも油断もないのです。
「当たり前よ、魔術師を目指す者として、魔術詠唱は術式解析と並んで最重要の科目・・・わたいだって、今度はあんたなんかに負けないわ。フェルノウル教官殿に教わりながら、今程度のあんたには、ね。」
アユルンです。
叔父様がみんなに「魔術教典」を渡してから二か月余り。
彼女はいっそう力をつけました。
ガクエンサイの対抗魔術戦でも最も活躍した一人です。
わたしの宣戦布告に応じて、わざわざここまでやってきて名乗りを上げたのです。
向こうではヒルデアがこちらを見ています。
あそこにまでわたしの声、届いてたんですね。
きっとクラスのみんな聞こえて、みんなに挑戦したように思われたんでしょう・・・ですが、それこそ望むところです!
本気になったみんなと堂々と競ってこそ、なんです。
さっきみたいに、相手の油断がどうこうなんかもう考えないんです!
「魔術詠唱」の試験は、室内演習場です。
わたしは運動着から無言で着替えはじめます。
「クラリス・・・ちょっと?」
「え?なんでそれ着るの?なんでなんで?」
「・・・決闘の気分なのね?」
デニーが驚き、リルが面白がり、レンはわたしの気持ちに反応しています。
そして・・・
「ふふふ。面白いですわ。」
「ん。」
「一人だけ目立つじゃないわよ!」
先に着替えていたシャルノ、リト、アルユンまでが手を止めて、そしてわたしに倣うのです。
「ねえ、ボクは思うんだ・・・どうせなら・・・ねえみんな?」
あら、ヒルデアまで、そんなことを。
なんだかそれはめずらしいんです。
「で、みんなでわざわざ・・・制式戦闘衣で御登場かい?仲のよろしいことで。」
叔父様がうっすらと笑い、イスオルン主任が渋いお顔になり、ワグナス副主任は呆れたご様子。
そうです。
普通の制服でいいはずの試験なんですけど、わたしは制服の上にハーフローブをまとい、軍長靴をはいたのです。
もちろん左手には愛用の学生杖。
わたしの「勝負服」はコレなんです。
そして、みんなも。
「学園長。別にいいんじゃないかって僕は思うんだけど。」
担当の叔父様は、スンナリです。
「あら、甘いわね、フェルノウル教官。なによ、自分の姪がいるからって。」
最近、わたしたち叔父姪の関係がいっそう気になっているみたいな学園長です。
ちょっとリアクションが若返ってると言うか、子どもじみて来たというか。
「僕は公私混同は、たまにしかしてない!」
で、更に子どもっぽいこの人です。
でも、え?
たまにしてるんですか?
いえ、確かに時々教官室に行って友達とお茶を戴いていますし。
魔術書もお借りしてますし・・・そのくらいですけど。
「着替えさせる時間が惜しい。早く始めろ、フェルノウル教官殿。」
「ま、全員で同じ服装ですから、条件に有利不利もありませんし。」
主任も副主任も黙認です。
ありがとうございます。
「あなたまで・・・主任、最近生徒に甘くなってない?」
そう不満そうなセレーシェル学園長です。
いつもの低く魅力的なお声が不機嫌そう。
「まさか・・・ただ、大事な試験ということは女生徒なりにわかって覚悟を決めて来たのだろう。なにしろここは魔法学校だからな。」
「ええ。ならその覚悟は術式の詠唱にもよい影響をもたらすでしょう。」
いつもながら傲然とした主任に穏やかな副主任。
そんなお二人の後押しもあり、学園長もしぶしぶうなずかれました。
わたしたちはヒルデアの指示に従い整列し、試験監督の教官方に敬礼をするのです。
「魔術詠唱」の試験は、生徒一人一人が教官方の目の前で魔術の行使を行うんです。
その時、詠唱する術式は二つ。
一つは詠唱の早さを、もう一つはその威力を試すのです。
ですから、生徒が最初に唱えるのは可能ならば、略式または簡易詠唱なのですが、9月前半の詠唱試験でそれができた者はなし。
それがヘクストス市内の魔法学校史では当たり前だそうです。
もっとも、その後の「悪魔の術式」特訓で習得者は続出。
今回はそれを披露するチャンスなんです。
もう一つの術式は、その威力を試すため、各自得意な術式を通常詠唱で行使します。
わたしは自分の意志力と叔父様から学んだ詠唱技術で、魔術の威力は自信があります。
ちなみに、もっとたくさん暗唱できる術式はあるのですが、そちらは今回、筆記試験で試されることになります。
もちろん、みんな、この試験のためにどの術式を唱えるのか、とっくに決めているのです。
そして、そればかりはどんなに仲がいい友達にですら・・・例えばわたしとリトですら・・・お互いに秘密なのです。
緊張する空気の中、叔父様が、原稿とニラメッコしながら、話し始めます。
声の調子はいつも通りのんびりした調子でしたけど。
「では・・・術式詠唱の・・・実技試験を・・・行います。」
でも、うつむいたままなので聞きにくいんです。
ま、仕方ありません。
ひきこもりで、コミュ障ですし。
「なお、試験は・・・これから呼ばれる順番で・・・。」
ちなみにこの順番は、一学期の試験の順番が基になっているそうです。
「一番手リルルくん、二番手レンさん、三番手デニスくん・・・」
リル、レン、デニーは情けなさそうにわたしを見て・・・今、目をそらしましたね!
あの子たち!
やっぱり1学期は最下位争いしてたんです・・・まったく。
でも、いま、何かひっかかった気がしましたけど・・・なんでしょう?
「・・・16番手ファラファラくん、17番手ヒルデアルドくん、18番手リーデルンくん、19番手クラリス、クン、20番手シャゼリエルノスくん。」
叔父様が試験の順番を読み上げました。
この試験官の中では一番立場が低いので雑用する羽目になったみたい。
でも、わたしを「クラリス、クン」って呼ぶのがぎこちなさ過ぎです。
それまでの「フェルノウルくん」がさすがにおかしいということにお気づきなられたのは、今さらですけど。
そして・・・
「全員、速やかに整列したまえ。」
最後まで読み上げて、ホッとしている叔父様です。
つい、「よくできました」って言いたくなるくらいの大きなため息をついていらっしゃいます。
「クラリス。お急ぎになって。」
「ん。」
今はライバルのシャルノとリトです。
それでもちゃんと声をかけてくれる、堂々と競う相手でもあります。
「一番手、リルル、いっきま~す!」
「とっぷばったあ」がリルなのは、とても助かりました。
こんな時でも物怖じしないどころか笑顔を絶やさず元気がいいからです。
おかげで、みんなの間に漂っていた緊迫感が和らいだのです。
そして、弾むように話すたびに、身長には不相応なム・・・が揺れて、叔父様は目をお逸らしになります・・・意識し過ぎでは!
あの人・・・35にもなって女子免疫ないから。
同じ独身のワグナス教官ですら微動だにしてませんのに。
リルの前期での認定魔術士レベルは1。
残念ながら最低です。
それは、それまでの彼女は魔法文字どころか現代文字の読み書きが苦手で、また暗記が得意でないこと、学園から支給される手当のほとんどを実家に仕送りしているため魔術書どころか紙やインク代にすら不自由していたことが原因です。
リル自身も一学期では魔術士になるというよりは「お嫁さん」にならず、しかもお給料をもらえればそれで満足していたところがあります。
そのあたりの事情はレンやデニー、アルユンなどの市民階級の生徒たちには、多かれ少なかれ共通する事情とも言えます。
ですが、2学期になって、多くの経験が、彼女らを、いえ、わたしを含むみんなを変えたんです。
特に2班のみんなは、「キッシュリア商会事変」を潜り抜け、「戦場実習」でも先行偵察を経験し、「巨人災禍」でもいち早く学園外の中型巨人と戦闘しました・・・なんだかわたしの個人的な問題につき合わせてしまった気配もありますけど。
だからこの数か月の彼女らの努力は・・・
「9月にレベル1だったものが、3か月で?」
ワグナス教授は目を見開き。
「ちょっと・・変わりすぎじゃない?」
セレーシェル学園長は両手を口に当て
「ふん。」
イシオルン主任は鼻を鳴らされます。
「うんうん」
そして叔父様は当然と言いたげにうなずいてます。
当のリルは、みんなのもとに「イェ~イ、どうだいどうだい!」って手を振りながら戻っていきます。
全員思わず大きな拍手です!
あのうるさい主任ですら、口をへの字にしたままで、こんな騒ぎを黙認してしまうほど!
だって「魔力矢」を略式詠唱で成功させ、またその際の魔力もランクDなんです!
それに「眠りの雲」は通常詠唱でしたがランクB!
覚えている術式の数は多くはないのですが、威力は素晴らしいんです。
ちなみに術式の威力は、その発動時に展開される魔法円の輝きの強さと大きさで判定されます。
ランクは一般にはA~Eの五段階で評価されます。
Eは術として発動はしているが威力が乏しく実効性が乏しいレベルです。
魔術としてはDが普通でCで良い出来、Bなら優秀といっていいでしょう。
Aにもなると、下級魔術師としては望まれる最高レベルの威力なんです。
それは、その術式に関しては上級魔術師並みの威力、ということなんですから。
ちなみに、リルが言うには、9月の認定試験では早口で詠唱しようとして術そのものが失敗して評価外、二回目は成功したもののランクはDだったとか。
「リルすごい。」
「これは・・・わたくしもみんなも張り切らざるをえませんわね。」
わたしなんか、うれしい反面、自分からケンカを売った「ぷれっしゃあ」がますます強まるんですけど、リトとシャルノは余裕みたいです。
その後、レン、デニーと試験が続いて行きます。
レンは「魔力矢」も略式詠唱をランクDで成功させた他、通常詠唱では「氷結」という、下級術式では難易度の高い術式をランクCで成功させます。
でも、ホントはレン、こういう攻撃呪文は得意じゃないので、精神系の術式が認められればもっと高いランクになったはずなんですけど。
一応は軍学校なので、基本的には戦闘系の術式を披露することが望まれているのです。
だからデニーも、得意な探知・検知・感覚強化系術式を披露できず、不利な条件なんです
けど、それでも「魔力矢」の略式詠唱を成功。
そして「集中」なんて地味ながらも難しい精神系術式を披露しました。
「集中」は「平穏」の下級術式ですが、一つの行動についてその成功率を高めるという、まさに瞬間的に「集中」力を向上させる術式です。
こんなのを覚えるなんて、なんてマニアックな・・・ホント地味すぎ。
おかげでやっぱり教官方が首をかしげ、「集中」は参考にとどめるので別な術式の行使を指示されました。
デニーはメガネにヒビが入るほどショックだったようですが、気を取り直し定番の「眠りの雲」を唱えたのです・・・。
リルに続いてレン、デニーの試験を見ながら、私たちは大いに驚き、感嘆し、賞賛しました。
そして、その流れはその後も続き・・・
ジーナは「筋力強化」は行使して、自分よりずっと大きい岩を持ち上げるパフォーマンです。
そして最後には術式用の標的に投げつけるっていう荒業です。
ですが、もともと怪力なだけでは?って思っちゃいます。
だって、どう見ても魔術師には見えないんですから。
その辺りが戦闘種族ノウキン・・・命名わたし・・・の所以なんでしょうけど、充分にインパクトは与えました。
でも、あんな大きな岩、そもそもだれがどうやってここまで運んだんでしょう?
アユルンは「幻術」で演習場に小型巨人を出現させ、みんなの度肝をぬきます。
彼女の力を知ってるわたしですら巨人と戦おうと一瞬身構えたくらいです。
中には突然で心の準備ができてなかったせいか「腰が抜けた~」とか「チ〇っちゃう・・・」とか、乙女としては不用意すぎる声も。
挙句に学園長は「趣味が悪すぎます!」って怒っておられましたけど。
この二人の術式はともに通常詠唱でランクBでしたが、術式のレベルそのものの難易度が高いため、例えばリルの「眠りの雲」のような初級術式でランクBと比べても更に高く評価されます。
ですからみんな一斉に「おおお~」ってなるわけです。
しかし試験の見せ場はまだまだ続き、エミルは「魔力矢」、ファラァラは「火撃」の簡易詠唱です。
わたしたちには知られていた二人の簡易詠唱ですが、学園長とワグナス教官は絶句。
簡易詠唱ともなれば実戦的な詠唱技術としては、初年度生にありえないレベルです。
お二人は以前エミルの「魔力矢」を見ていたはずですが、乱戦中でしたからよくわからなかったんでしょう。
今回エミルがワンドの一振りと「魔力矢」と叫んだだけで魔法円が出現すると、もう飛び上らんばかりでした。
更にファラファラの「火撃」です。
あのユルカワな仕草にも、騙されなかったみたいで、これにもしっかり驚かれていました。
しかもファラファラの「火撃」は簡易詠唱でランクB!
ランクCだったエミルは「あの「ぶりっ子」めぇ」って悔しがっていました。
そして・・・
「魔力付与!」とワンドも持たないその子が唱えると、全身が白銀の光に包まれます。
手に持つ長剣と盾、それに衣服に魔力をまとわせる支援系の術式です。
でもワンドもなしで簡易詠唱なんて!?
ランクはCでもそれ以上の技術レベルです。
「・・・やられた。」
「まさか、あの子がここまでなされるとは驚きですわ・・・。」
しかも、そのまま連続して唱えた通常詠唱は、全く聞き覚えのないモノ。
「魔法剣・・・斬撃!」
魔法剣!
それは魔法騎士の術式です!
わたしたち魔法学校の初年度生ではまだ学びえない学科の術式!
術式を剣に帯びさせ、剣撃と術式の威力を同時に与える戦闘術式なんです。
そして、叫びと共に振り下ろされた剣から白銀の波が放たれ、標的を大きく破壊します!
呆気にとられたわたしたちと教官方・・・いえ、約一名の「ヒュウ~」って不謹慎な口笛が聞こえますけど・・・を前に、その子はこういうのです。
「ボクは・・・魔法騎士を目指します。本当はここで使うワクにない術式ですが、今のボクにできる最高の決意表明だと思います。教官方、お認め下さい!」
ヒルデア・・・。
あの様子見に長けた・・・いえ、バランス感覚と状況判断に優れた彼女が、ここでこんな暴挙・・・いえ、冒険に出るなんて?
「・・・ヒルデアくん。あなたのお父上は反対していると聞いています。いいんですか?」
ワグナス教官がそう話し始めると、うつむいたヒルデアです。
ですが
「えっと・・・それ、後で話さないかい?とりあえず術式の詠唱を評価しようよ。僕は彼女のもランクBはあったと思うけど。」
って叔父様が言い出します。
なんだかごまかしに入ってません?
ああ!?さては・・・
「お前・・・なんか知ってるな、フェルノウル教官殿?」
イシオルン主任も何かお気づきになられ、後のお二人も叔父様をジト~って見つめます。
「だから・・・後にしようよ?」
それ、もう「モロバレ」ですよ。




