第3章 その3 フェルノウル教官の魔法
フェルノウル教官の魔法
「一件落着。」
「そっか~またあの講義を聴かなきゃなんないのか・・・。」
そう。しかしまだ問題の全てが解決してはいないのです。だったら・・・。
「教官殿!再び質問があります。よろしいでしょうか?」
わたしは挙手をして立ち上がります。みんながわたしを見ます。
事情を知ってる友達も、知らない級友も度合いは違いますが怪訝な顔です。
確かに普段の授業でわたしがこれほど出しゃばることはないのです。
「わたしはクラリス・フェルノウルです。教官殿の『魔術原理』の授業について質問です。初めての授業なので、魔法学園の生徒であるわたしたちにとって、それを学ぶ、その意義と必要性をお聞きしたいのです!」
そう。授業の最初にきちんと説明してほしい。
わたしたち魔法を学び、いずれ戦場に赴く者にとって、魔法の実践ではなく理論を学ぶことが、どんな意味があるのかを!
それがわかれば、みんなだって、座学でもきちんと受けようって気になるはずですから。
「クラ・・・っとフェルノウルくん。」
下手すぎ!もっと普通に他人を演じてほしい。また3人が笑いを懸命に殺しています。
「要するに、みんな退屈で役に立たない授業は聞きたくない、そう言うんだね。」
ドキドキです。わたしはそう思っていないんですけど、でも、ここは・・・。
「そうです。」
息をのむみんな。まさかわたしが教官に対し正面からの批判はしないと思っていたのでしょう。
エミルに言わせれば、堅苦しいのが取り柄のわたしですから。
「わたしたちは10月にも戦場実習に参加します。この時期に実践的な演習を削って原理・理論を学びなおす時間が惜しいと思います。」
みんなはわたしが叱責されることを予想していたでしょう。
それが上下の秩序、教官と生徒の関係としては正しいのです。
ですが、叔父様は怒ったりもせず、眼鏡をゆっくりとはずしながら穏やかに答えます。
「それは『術式の書方』という僕の別な授業の中で多少触れさせてもらう予定なんだけど・・・。でも、そうだね。確かにこの授業の意義はちゃんと話さないといけないね。これは僕の失態だ。謝罪する。すまなかった。」
叔父様はみんなに頭を下げます。教室がザワザワします。
生徒と違って、教官が頭を下げるのは、よくないことです。上下の秩序を乱します。
ですが叔父様は一度わたしに座るように指示します。
そして少しためらってから、ゆっくりと話し出しました。
「まずこの学園の性質に基づけば、僕が頭を下げるのは間違いです。ですが、この失態の原因が完全に僕の問題から発生したことなので、特に謝罪が必要と思ったのです。」
この表面上穏やかで、でもその中に深い憂鬱を秘めた声・・・。真剣な時の声です。
「まず、僕は魔法が使えない・・・その才能がない。」
講義室内がどよめきます。
魔法学園の教官が「魔術原理」の授業中にそう言えば、聞いた者は誰だってそうなるでしょう。
シャルノ、エミル、リトがわたしを見ます。わたしは静かにうなずき返しました。
「それをきちんと話すべきだった。それを避けたのは僕の不誠実で臆病さだ。だから謝罪したんだ。」
叔父様は、ご自分の事情を話していきます。「転生」とかはさすがに伏せましたけど。
エスターセル魔法学院を受験し落第したこと。20年間ひきこもってきたこと。
だから人前が苦手、話すのは もっと苦手。若い女の子は亜人並みに苦手。
最後のを聞いて何人かがクスクス笑ってます。エミルも。リトは「亜人?失礼な!」って怒ってますけど。
「で、その僕がなんで魔法のしかも女子生徒の教官になったんだってみんな思うだろ?・・・思わない子はまさか・・・いないよね?」
教室中に笑い声が漏れ出します。
「まぁ、いろいろあって、説得されたのさ。」
まぁ、いろいろありましたけど説得されたのは初耳です。
「つまり、5年前の敗戦以来、若い子たちが戦場に行く時代だ。しかも女の子まで。学園も軍関係者は前線に引っ張りだこで、人手が足りない・・・他にも理由はあったけど、それは大人の事情でここじゃ言えない。」
え~って声がします。みんな随分叔父様いえ、フェルノウル教官に馴染んだようで、うれしい気がします。
でも、メルの耳と尻尾は少しピンと立っていて、軽く警戒してる感じ・・・その気持ちもわかってしまいます。
感じ過ぎとも思いますが。所詮は叔父様ですから。
「そんなわけで、若い子が無駄に死なないためにって説得はされたけど、じゃ、僕の授業でどうしようか、ちょっとまだ迷っててね。・・・なにしろ、決まったのがけっこう急だったんだ。」
本当に急だったのはわかりますが、わたしに相談も報告もなしですか。イラっとします。
「ただ、まず・・・メル。」
「はい。」
叔父様の指示でメルが板ガラスを取り出します・・・息が合いすぎです。
ですが、ガラス?何に?
そう思う間もなく、叔父様はいきなり右拳でそれを殴りつけ、割ってしまいました。
ガチャ~ンという音と、その後の「ヒッ」と息と飲むわたしたちの声。
「まずこれが、今のキミたちが考えている魔法だ。ある種の意外な暴力。対象も壊れるが・・・」
叔父様は素手の拳を見せます。血まみれです・・・痛そうです。何であんなことを。
「自らも傷つく。これが軍の、戦場の兵器としての魔法だ。しかし、この手には」
・・・叔父様は懐から何かを取り出します・・・。
紙・・・絹毛紙の上質紙、あれだけで銀貨6枚以上はします・・・分かってしまう自分が残念です。
こんなことだから「意外にケチ」とリトに言われるのです。
「学んだことを活かし」
続いて愛用の羽毛ペン。素早くインクをつけ、なんかすらすらと書いていきます。
「書き記し」
そして、叔父様が書き終わった紙を手早く折っていきます。
あれは異世界の「折り紙」という技です。
わたしも一緒にあれで遊んだことはあるのですが・・・。
「形を変える力もある!」
叔父様は折り終った紙を空中に放り投げます。
「いでよ式神!」
床に着く前に叔父様が古代魔法語を唱え終わると・・・その紙が白く輝いて魔法円を展開し、鳥の形になって飛んでいくのです!
講義室中、いえ、わたしも思わず歓声を上げます。
開いた窓から空に向かってはばたく白い鳥。
手品?いえ、あの輝きは確かに魔術の顕現によるもの。魔法学園の生徒ならわかります。
「今のは、符術でつくった式神という・・・こっちじゃ知られていないけど僕の生まれたとこじゃ、けっこう聞いたことのある系統の魔術だ。こちら風に言いなおすと簡易スクロール。特別な処置をした紙に術式を書いただけのものさ。事前の準備が大変で、実は簡易じゃないんだけど、鰹節みたいなもんで。」
鰹節が何かは誰もわかりませんが、すごいのはわかります。
「教官・・・まるで大魔法使いみたい・・・」
「エミルに同意。」
エミル。リト。それはわたしたちがいうセリフじゃないんです。
しかも、魔法を使えない叔父様に向かって。
でも、本当に叔父様は魔術師よりも魔術師っぽいことが似合うんです。




