第14章 その6 アシカガ衆の系譜
その6 アシカガ衆の系譜
「という訳なんだけど・・・タイト・アシカガさん。」
最初にサムライさんを見た平地に戻り、わざわざ空に「光」を放って待ち受けた叔父様です。
少し待つと、灰色の平民服を着た男性がゆっくりとやってきました。
20代半ばくらいでしょうか?細く鋭い目つきだけが特徴な人です。
そして二人は正面で向き合っています
「何が『というわけ』なのでござるか?」
男性にしては高めの声ですが、声には感情がまるで籠っていません。
それなのに聞いただけで背筋がゾクっとする感じです。
これ、「殺気」って言うんでしょうか?
以前、キッシュリア商会に雇われた冒険者さんたちと戦ったことがありますけど、その時はこんな感じはまるでしませんでした。
むしろあの戦場でトロウルの群れに単身潜んでいた時の緊張感に近い感じがします。
「・・・キミと戦う気はないって言う訳さ。ただ、話があるんだ。剣を納めて聞いて欲しいんだけど。」
「拙者、口舌の徒と話す口はござらん。」
それは大丈夫です。
叔父様口がうまいどころか口下手だから・・・でも、そんな人が説得?
あらためて不安しかありません。
しかも相手が話したくないなんて言ってます。
「やれやれ・・・んじゃ、キミはなんで衛兵たちに剣をふるったんだい?何を頼まれて何をもらう予定だったんだい?」
「目先の褒美目当てで戦う拙者ではござらん!」
ああ・・・やっぱり怒らせて!?
思わず駆け付けようとして、遠くの叔父様ににらまれたわたしです。
そうです。
今、わたしは二人とは離れた場所で、成り行きを見守るだけ。
「多分、さっき、あの男はキミに気づいて・・・女の子には剣をふるえなかったんだと思う。」
潜んでいる家屋の中で、叔父様がそんなことを言い出したんです。
「でも、あの人、あんなに遠くから一方的に攻撃して!」
そう詰めよったんですけど
「それは警告じゃないかな。そう思って反撃も控えてひたすら逃げ回ることにした。そうでもしなかったら、きっと僕は斬られていた、そんな気がする。」
「じゃあ、叔父様。話し合うにしても戦うにしても、わたしがいた方が有利なんですね?ならこの後もついて行きます。だってわたしがいれば攻撃されないんですから・・・」
時々。
ほんの時々ですが、叔父様だってわたしの発言に怒ることがあるんです。
「キミは、僕をそんな男にしたいのか!キミを盾にして戦うような、そんな男に!」
そう。
まさに、今、この時のように。
「僕はホントは生きている価値のない男だ。前世の、ここでは決して償えない罪を背負ったままの・・・いつ死んだって仕方ない最低の男なんだ。それでもまだ生きているのは・・・キミの夢をかなえるためなんだ。それだけがまだ僕が生きている理由で、今僕が生きていい理由さ・・・そのキミを盾にする僕なんか、この最低の僕ですらない!」
その声を、本気でわたしに怒る叔父様の声を聴いたわたしは、固まってしまい、声を上げることすらできず・・・そして、ひたすら後悔するだけ。
そのまま、どれくらいたったでしょうか?
叔父様はわたしをずっと見つめていて・・・でも少しずつそのお顔から怒気が消えていきます。
「ゴメン・・・大きな声なんか出して。キミを叱るつもりはないし、責める気なんか全然ない・・・逆に・・・自分の心の弱さを責められた気になってただけさ・・・だから泣かないでおくれ。ゴメン、ゴメンよ・・・ああ、キミに泣かれると僕は・・・。」
叔父様に言われるまで、わたしは自分が涙を流していたことにすら気づきませんでした。
そっと自分の頬に触れ、それを確認します。
「え・・・あ・・・」
謝るのはわたしで、子どものまま、何も考えずに叔父様を傷つけたことで・・・でもそう言いたいのに、叔父様に謝りたいのに、わたしは何もできずに、ただ泣くだけ。
どうしてわたしはこんなに愚かで弱いのか・・・叔父様を苦しめてばかりで、傷つけることしかできなくて、いつもいつも守られて・・・。
今も、そんなことを言いたいのに。
叔父様に謝らせてばかり。
声が出ない、涙も止められない、なら・・・わたしは叔父様に近づき、そして
「クラリス?」
かろうじてうなずくわたし。
その両腕は叔父様の背中にまわっています。
そして、その胸に顔をうずめるのです。
子どもみたいに、いえ、子どもの頃に、よくしていたように。
「ホントにゴメンね。でも・・・キミはこんな僕を許してくれるんだね。」
だけど、また叔父様を謝らせてしまって・・・悪いのはわたしなのに。
それでもわたしの背中に、そして頭に優しく置かれることが、申し訳なくもうれしいのです。
そして、顔を押し付けた叔父様の胸から聞こえる心臓の音が、今のわたしには・・・。
ようやく話ができるようになったわたしは「せめて離れた場所で見守らせてください」って必死にお願いします。
それしかできませんでした。
そして今は、わたしの足元には・・・赤茶色でトサカのある鳥、つまりニワトリがいます。
叔父様がわたしにつけてくれた「式神」の「酉」さんが、叔父様たちが話す声をわたしに届けてくれているのです。
「酉」さんは、鶏の姿をしてるけど、ちゃんと空を飛べる不思議な「酉」さんです。
それを言えばさっき叔父様をかばった「丑」さんに「未」さん、閃撃を迎撃した「午」さんと「卯」さん、「巳」さん、お「申」さんたちも短い距離なら飛べるそうですけど。
ちなみにみんなサムライさんにやられちゃって、今は叔父様の手元で魔力の補充中とか。
「ええ、ええ、みんなですよ、み・ん・な。情けないですよね~。やはり一番主の信頼が厚くお役にたてるのは、この『酉』、この『酉』なんです。大事なことだから二回言いました~。ですがヤツガレはなにより信頼が厚いがために最も大切な御役目、クラリス様の護衛を務めなくてはなりません。ああ、これでは不甲斐ない同僚たちが主のお身を守れるのか大いに心配で心配で、ヤツガレは夜も眠れません。ああ、ホントに寝てるわけではありませんので、ご心配なく・・・」
・・・この「酉」さん、とってもおしゃべりなんです。
おかげでさっきまで落ち込んでいたわたしも気が晴れましたが、今は逆に気になりすぎ。
しかも
「酉さん、すこし静かにしてください。」
ってお願いしただけなのに
「何ですと!ヤツガレの声がお耳汚しとおっしゃられるので!・・・ではいっそのこと『酉』めをその小剣でお切りください!主がこの世で最も大切になさっているクラリス様にご不快の念を抱かせるとは、この酉生きている甲斐がございません・・・ホントに生きているわけではありませんけど。」
「ああ、もう、わかりました。斬ったりなんかしませんけど、でも、ホラ、大切なお話が聞こえないんです。今だけ、ちょっとだけ遠慮してください。」
さっきまでの悲壮感は完全になくなりましたけど、一緒に緊張感までなくなっちゃいます、この酉さんのおしゃべりで。
「・・・主の最も大切なクラリス様の、しかも再度のお叱り・・・わかりました、わかりましたとも・・・この酉、しばらくの間、卵に戻ったかのように沈黙させていただきます。されど『鶏が先か卵が先か』と言われば・・・」
「いいから、早く黙って!」
「・・・こ~こっこっこっこ・・・。」
おまけに、なんだか変な鳴き声・・・泣き声?
酉さんって・・・まさかあんまりうるさくて邪魔だからわたしに押し付けたんじゃないですよね、叔父様?
「報酬目当じゃないなら、なんでキミは衛兵隊を退けたんだ?」
突然激するサムライさんの前で、臆することなく叔父様は続けます。
でも、聞いてることはさっきとほとんど同じことです。
わたしはもう見てられなくて・・・でも見ているしかなくて。
そんなわたしを見た酉さんがまた話し出そうとするのを押しとどめて。
忙しいです。
「お主に答える所以がござらん。」
「やれやれ。人見知りの上に頑なだね。まるで僕みたいだよ。」
・・・サムライさんのコミュ障は、叔父様のコミュ障とはまた方向性が違うと思うわたしです。
「・・・ふ。」
そう言ってまた黙り込むサムライさんは、言葉が少なすぎるんです。
これではすぐに戦闘、よくてケンカの種が尽きません。
一方、叔父様は言葉を選ばないで人を怒らせるタイプです。
しかし、実は昔は確かにわたし以外の人にはもっと寡黙だった気がします。
特に教官になってからは、お言葉が増えたようにも思うんです。
言葉の使い方は、全然ですけど。
「これじゃ話にならないな・・・まさか、キミは語りたいことは剣で、そう言いたいんじゃないだろうね?」
剣で?
そんな会話なんてあるわけありません!
まったく、何を言うのやら、呆れるわたしでした。
これではサムライさんも困るんじゃあって思って・・・ところが!
ニヤリ。
そこで浮かべる、サムライさんのうれしそうな笑顔!
それはとっても不吉なんです。
そのまま、ゆっくりと腰の剣の柄に右手を伸ばすサムライさん・・・その腰をかがめ、姿勢が低くなります。
それに従うように「殺気」が増していくように感じられるんです!
「問答無用かい・・・やれやれ。ソードハッピー相手だって、覚悟はしていた僕だけど。」
「先に抜け。」
「それは・・・アシカガ流刀術『一閃』の構え。いわゆる居合斬り、抜刀術だね。いくら反曲刀のサーベルだって、剣なんかでできるもんか。」
またもうれしそうなサムライさん。
あの人、笑えば笑うほど、怖い人です。
その右手が握るのはサーベル。
この地域では、主に騎兵が携行する、片手剣の一種です。
ただ、サーベルと言っても、斬撃用の曲刀型、刺突用の直刀型、刺斬両用の半曲刀型があります。
そして、このサムライさんが振るうのは半曲刀型です。
ちなみにクライルド隊長さんたち、騎馬衛兵隊のみなさんは曲刀型のサーベルをお持ちでした。
「知っていたか・・・その所作に髪。やはり同族か?」
「勝負の後で話すよ・・・僕が生きてたら。」
ズキッ。
叔父様が戦って・・・死ぬかもしれない?
どうして?
あんなに戦うのがお嫌いなのに?
耐えきれず、再び駆け寄ろうとして、でも、やっぱり叔父様はわたしを視線でお叱りになるんです。
いえ・・・叱るんじゃない。
「信じて」って諭してくださるみたい。
もはやわたしは立つこともできず、その場に座り込んでしまいます。
叔父様は、サムライさんからやや離れた位置にいます。
左手で剣印・・・拳を握り人先指と中指をたてる、思念の集中に適した構え・・・を額に当てます。
一方、右手を一振りして・・・棒を出現させます!
あれは・・・アントがやっていた術技です!
同一人物ですから、できて当たり前なんですけど、それでも今の叔父様があんなものを手にするのは、わたしは初めて見たのです。
棒を握る右手は、不自然なほど高い位置で後ろに引かれ、その先はまっすぐサムライさんに向けられています。
まさか・・・あんな技を振るうサムライさんと棒なんかで?
でもサムライさんはわたしと真逆で、さっきからどんどん楽しそうになっていきます。
あれが「そぉどはっぴぃ」・・・ホントにしあわせそう。
「いつでもどうぞ。」
そんな、落ちついた叔父様の声。
それに無言で首を振るサムライさん。
その間には見る見る緊迫した空気が高まっていきます。
「んじゃ・・・お言葉に甘えて。」
そんな空気とは無縁のような、いつも通り過ぎる叔父様の声です。
そして・・・
「「亥」「子」「寅」「辰」!」
声と共に叔父様の左手の剣印が振り下ろされ、その手から3つの光が放たれました。
光はサムライさんに近づくと、イノシシさん、トラさん、スネークドラゴンさんに変わるんです!
イノシシさんは低く地を突進し、トラさんは地面から飛び跳ね、スネークドラゴンさんは飛んで直進します。
そして三方向から時間差でサムライさんに襲い掛かります。
フッ。
そして・・・またもサムライさんのうれしそうな顔!
その右手がかすかに動いた、と見えるや、一瞬で3つの光が弾かれ、叔父様のもとに戻っていくんです!
「三方向の時間差攻撃を一瞬で!?」
しかもわたしには全く見えませんでした。
それは、まさに「一閃」なんです!
そしてサムライさんの右手は、納められたサーベルの柄に戻ったまま。
それは、まるで今何も起きなかったみたいな錯覚を覚えさせます!
そしてサムライさんは勝利を確信したかのように嘲笑を浮かべ、再びその右手が閃き!
「叔父様!」
しかし!
既に叔父様は果敢にその右手を、いえ、それに握った棒を突き出していたのです!
それもわたしの目では追えない閃光のような一撃なんです。
閃撃と閃光。
その、二つ閃きの、一瞬の交差!
そしてそのまま動きを止めたままの二人・・・。
もうダメ!
わたしは我慢の限界を超え、「叔父様!叔父様!」と叫びながら飛び出していくんです。
すぐ近くで酉さんが話す内容なんて、全然耳に入ってません。
「・・・クラリス様。ヤツガレの発言をお許しください。主の構えた棒の先は、サムライと完全に正対しておりました。つまりサムライからは、棒の先端の円しか見えず、その長さすら把握できず間合いはまったくつかめない、ということです。サムライが剣を鞘に納めたままで間合いを悟らせなったのと同様ですな。主は武術なぞは使えませんが、それなりに心得と勝算をお持ちなのです・・・更に大きな『亥』の影に小さい『子(ね』を張り付け、『亥』が倒れた後も密かにサムライの足に飛びつきその踏み込みを妨げたのです。極めつけは敵が動き始めた瞬間にそれより一瞬早く放たれる『後の先』の極致とも言える刺突です。独自に磨き上げた符術『式神』と鍛えられた『棒術』の技の融合、加えて足元をすくう姑息さ・・・いえいえ、用意周到ぶりは、まさに主にふさわしいと言えるのではないでしょうか・・・ってクラリス様、聞いていらっしゃいますか?この『酉』めの詳細にして流麗な解説を・・・」
だから、聞いてないんです!
そんなの!
駆け寄ったわたし。
倒れるサムライさん。
叔父様の頬が切れて、一筋の血が流れます。
慌ててハンカチを取り出すわたしを、叔父様はなぜかお笑いになるんです!
「だってさあ、あんな物騒なヤツ相手に手当てがハンカチで済むくらいなんだから、無傷っていってもいいんだよ?なのにキミったら・・・ははは。」
わたしの慌てぶりを指摘して、またお笑いになる叔父様・・・。
「だって・・・だって・・・・・・。」
わたしがどんなに不安で心配で泣きそうだったのか、この人は全然わかってくれなくて!
「叔父様のバカ!・・・ううっ・・・う・・・」
ハンカチを持った拳が震えて、声が裏返って、目の前の景色が滲んでぼやけて・・・。
「え?あ・・・待って、それはヤメテ。だから僕はキミに泣かれると・・・」
「バカバカバカァ~」
「一日に二度も!それはないだろ!ね、いい子だから!」
そんな叔父様の言うことなんか、聞いてあげないんです!
もう、大泣きするわたしなんです!
あれもこれも、みんなあなたのせいです!
わかってください、わたしのアンティノウス。
散々叔父様に甘えてなだめられて、ようやく鎮まったわたしは、今の自分の非力さをかみしめることになります。
考えてみれば、わたしは生身のままの叔父様が、本格的に誰かと戦うのを見たのは初めてで・・・ゴラオンに乗った時とかアントだった時は、だから例外・・・それもあんな強い人相手に戦うなんて考えたこともなくて。
だからわたしは、さっきまでは自分が叔父様を守れるつもりだったんです。
でも、やっぱりわたしでは叔父様の足を引っ張るだけだったんです。
商会に雇われたならず者や闇営業の冒険者さん相手に戦えたからって、5年も軍にいた叔父様を守れるなんて、なんて思いあがり。
邪巨人と戦えたのも、みんながいてくれたから。
一人のわたしはこんなに無力で。
今のままのわたしでは、叔父様と共に世界の危機を救うなんて妄想以下なんです。
5年まえ、「魔法兵になって困ってる人を助けたい」という願いを抱き、己を鍛え始めるわたしに隠れて、叔父様は人知れずそれ以上の研鑽をお積みになっていたのでしょう・・・わたしを助けるために。
でも、このままではわたしはこの人に守られてばかり。
その隣に並び世界の深淵を覗きたいという今のわたしの願いには届かないのです・・・。
「主、主・・・こいつ目を覚ましそうですよ。今のうちにとどめを刺さなくていいんですか?なんなら十二神将最強にして最も忠実なこの『酉』めが主に成り代わって天誅を・・・」
叔父様の足元で酉さんがグルグルせわしなく歩き回っています。
「相変わらずうるさいな、お前は。焼き鳥にして食っちゃうぞ!」
「ひぃっ!そればかりはどうかご容赦を!主に捧げたこの命、主の命であれば焼き鳥だろうが、から揚げだろうがフライドチキンだろうが、立派に務め上げてごらんに入れますけれど、願いますにはもっと有意義なことに使わせていただきたいのです。クラリス様の安否をお知らせすると言う最重要任務は、これからも誠心誠意務めさせていただきますし、クラリス様も先ほどからたいそヤツガレを頼りにしてくださります。このような繊細な任務は、我輩をおいてなしうるものはおりませんぞ。ほかの式神どもは寡黙か多弁か唸り声ばかりで、ヤツガレのようにコミュニケーションに長けた者でなくば到底・・・」
最初は酉さんの話を聞こうとしていた叔父様ですが、途中からはもう、見るからにウンザリしてます。
「だから、それがうるさいんだって・・・しばらく非活性化してな。」
叔父様がそういうと、酉さんは光って、そのまま姿を消します。
そんなところは、魔術も使えないくせに、誰よりも魔術師らしく見えてしまうんですけど。
「まったく、誰に似たのやら。」
そして、当の叔父様がおっしゃるには、「式神」などの「使い魔」が擬人化した場合、主人の性格に影響されることは多いんだそうです。
そう言えば、あの酉さんの、相手の都合も考えなしに自分の言いたいことをひたすら話し続けるところは、聞きたくもない趣味の話をわたし相手に延々と続ける叔父様に・・・。
「そのイヤ~な視線だけど・・・なんか僕の顔についてる?」
なるほど。
酉さんをああも煙たがるのは、叔父様の一種の「近親憎悪」というものなのです。
わたしが一人で落ち込んで、酉さんのおかげで(?)立ち直ってるうちに、気絶していたサムライさんが目を覚まします。
「拙者、敗れたのでござるな・・・見事な技でござった。」
そうつぶやくサムライさんに叔父様は
「タイト・アシカガ。キミの名前でいいんだね。」
とお聞きになり、サムライさんも無表情のままうなずきます。
さっきまでとは見違えるような素直さです。
心なしか、眼光の鋭さも和らいだような気がします。
「貴殿・・・同じアシカガ衆でござろう。ひょっとしてリンドー殿の縁者でござるか?怪しげな妖術の類はともかく、『後の先』の技・・・顔もよく似ておられる。」
「・・・ちっ。その話は後日聞かせてもらうよ。」
その時、叔父様は、ほんの一瞬だけわたしを見たのです。
きっとわたしに知られたくない名前なんでしょう・・・リンドー・アシカガ・・・リンドー?
「とりあえず、衛兵隊まで付き合ってほしい。」
「承知。」
サムライさん・・・タイト・アシカガさんは、叔父様に自分のサーベルを差し出します。
「いや・・・まだ持っていたまえ。そんななまくらであんな技を振るえるキミに敬意を表すよ。」
「かたじけない。」
そして、叔父様の素直な賛辞を受け入れているのです・・・ホントに剣で会話した後みたいな二人です。
ですが、わたしは叔父様を危険な目に合わせた・・・あるいは殺しかねなかったこの人をそんな簡単に認められず、ムスっとしたままなんですけど。
「もし、衛兵隊の御用が終わったら、キミの技にふさわしい『カタナ』を用意しておく。もちろん買収でも同情でもない。」
タイトさんは、その顔をほころばせます。
何なんでしょうか、この二人。
言葉も交わさず「わかり合ってるぜ」感、あり過ぎじゃないですか!
・・・ギクッ、その時です。
「まさか・・・叔父様!そうなんですか!そんなはずないですよね!?」
それは、とってもイヤ~な考えがわたしの頭の中を横切ったんです。
叔父様は女性が苦手な方です。
だから35にもなって未だ独身で、あんなに「優良物件」のシャルノやエミルとの縁談を一蹴なされても、どこか当たり前だって思っていました。
ですが・・・
「叔父様!まさか・・・男の人の方が・・・」
そんな恐ろしい考えが・・・。
それはあり得ないのです!
至上の美しさを誇る、エスターセル湖の美姫「湖の精霊」がまさか「男性」だった、それくらいあってはならないのです!
「・・・クラリス、頼むからそういう腐女子的な発想には染まらないでって思ってたのに・・・。」
思いっきりゲンナリする叔父様です。
でも、それをタイトさんが笑って見ているのは、わたしにとって、不吉極まりないんです!
だから叔父様がわたしに向かってタイトさんと「二人きりで話したいんだけど」って言っても、全然言うことをきかないわたしなんです!
わたしに知られたくない話・・・それは決して許してはいけないのです!
「やれやれ。じゃ、タイト氏。衛兵隊の御用が済んだら、僕の部屋を訪ねてくれたまえ。」
叔父様とタイトさんのその約束だけは防げませんでした。
それが心残りです!
「向こうでもこっちでも、年頃の女の子ってなんでこんなに『腐敗』が進行しやすいんだか?」
それはわたしの知る所では・・・いいえ、そもそもわたしは「腐って」なんかいないんです!
わたしたちはクライルド隊長さんとアレイシル副長さんの所に赴き・・・彼らの居場所は「活性化」した酉さんが見つけてくれました・・・タイトさんを引き渡します。
その、あまりの殊勝な態度に驚く衛兵さんたち。
「拙者、剣を振るう修行のためならなんでもいたす。しかし、その修行で得られなかった充実感を今日得ることができたのでござる。もう思い残すことはござらん。」
「いやいや、そんな死亡フラグたってないから。キミはだれもケガさせてないし、建物は・・・まぁ、この地区の復興と一緒に直しちゃうから、そんなに重い罪にはならないと思うよ・・・なあ、隊長さんたち。」
「一緒に直すって・・・復興そのものがこんなに遅れてるんですよ、教官殿?」
「そこは大丈夫だ。レドガーの弱みを握ってるから、ここでそのカードを使っちまおう。」
「レドガー・・・誰です?隊長?」
「さぁ・・・」
それは、王弟であられるサーガノス大公殿下のことですけど・・・ここで言うには、はばかられるお名前なのです。
こうして、「北西街の暴動未遂」と言われるこの一件は幕を閉じるのです。
心配された民衆の暴動も王宮への直訴も起らず、けが人すらほとんど出さずに。
隊長さんはご自分の慧眼、つまり叔父様とわたしを引き込んだことを誇っておいでです。
また叔父様にとっても、タイトさんが後日ご訪問された時にいろいろお聞きになる約束ができたのです。
ですがわたしにとっては、自分の未熟さを思い知らされ、更には謎ばかりが増えて、到底納得いかない終わり方でした。
その不満は、もちろん叔父様に向かってしまうんです。
学園への帰り道です。
あの角を曲がれば、もう校舎が見えます。
今は、作戦終了時間も残り少ない、夕暮れ時の1652。
「叔父様・・・いろいろ言いたいことがあるんですけど・・・一つだけ。これだけはお答えください。」
叔父様の左腕を抱きかかえたまま、でもお顔は見ないままに、そう問い始めるわたしです。
「やれやれ・・・じゃ、一つだけだよ。」
「・・・では、アシカガ衆って、なんなんですか?叔父様とどのようなかかわりがおありなのですか?」
「二つになってるけど。」
「それが何か?」
この時ばかりは、勇気を出し、背伸びして、叔父様の瞳を覗き込む勢いです。
叔父様の瞳は、夜の色の瞳です。
それが夕日を映し、何とも言えないほど謎めいた、でもとてもきれいな色・・・。
「まったく・・・・・・・・・・えっとね、父さんの・・・つまりキミのおじいちゃんの真名はタカジン・アシカガって言うのさ。フェルノウル家に婿入りする前は、ね。だからヒノモト族の一人。二世だけど。」
おじいちゃん・・・異世界転移二世なんですか!?
驚いて声も出ません。
でも・・・それじゃあ・・・!?
「そうさ。キミは異世界転移四世にあたるんだよ。もっとも母さんとクレシェ義姉さんの遺伝のおかげで、キミにはヒノモト族の特徴は全然見えないから、ピンとこないだろ?僕にとってはビジュアル的にベストなキミだけどね。」
結局わたしの追求に負けた叔父様が、少しだけ話してくれました。
ヒノモト族の多くの者には、黒い髪と黒っぽい系統の瞳という特徴があるそうです。
80年ほど前に集落ごと転移して、今でもその集落で暮らしているんです。
そこは、一種の自治区として認められているということです。
ただその見返りとして、その戦闘力を軍に提供・・・つまり軍役もあるんだとか。
「で、その自治区から飛び出して、大陸中央部までやってきた変り者の家がアシカガ衆。ま、一族郎党、今ではそこそこ数も増えて、中には・・・消息がわからない人もいるのさ。だから、その中であんなサムライが出るなんて、ホント珍しい。今度、どこで武術を学んだのか、タイト氏にはちゃんと聞かないとな・・・。」
ぶすっ、です。
なんだかあの人とはあまり会わせたくないんです。
「あのね、クラリス・・・僕には『そんな気』はないから。そりゃ女の子と仲良くなったことはないけど、野郎とはもっと疎遠だし。変な心配はやめてくれよ?」
その後も叔父様はご自分の無実を訴え続けるのですけれど、どこまで信用していいのか・・・。
だって剣で語り合うなんて非常識なことをする仲ですよ?
実際あの後のタイトさんの態度の変わりよう・・・。
「それはだね、戦いを通して、お互いの力とか立場を理解して・・・」
なんだか、言えば言うほど、怪しいのです。
こうして、わたしと叔父様の里帰りは終わり、わたしの「作戦」も微妙な結末で幕を閉じたのです。
やれやれ、です。
「でも叔父様。フェルノウル家の事情って意外に複雑だったんですね・・・あれ?じゃ、叔父様って・・・・」
「気づいちゃったかな。そうさ。僕は異世界転移者の子孫にして、転生者本人っていう、けっこうメンドくさい設定があったのさ。その割には特殊な力どころか普通に魔術すら使えないんだけどね。」
そんな、衝撃の事実を最後の最後に残して。